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梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第8章 灯火
人気のない納戸に春彦を引きづり込むようにし、悠美は改めて春彦の眼を見た。
悠美の見た春彦の眼は生気のない死んだ魚の眼のように濁っている気がした。
「春ちゃん、息をしなさい。」
悠美がきつい口調で春彦に話しかけたが、春彦はうわの空で、何の反応もなかった。
「もう!」
そう言うと、悠美は春彦に顔を近づけた。
そして、春彦はなにか柔らかいものが唇に感じたと思うやいなや、いきなり、肺に熱い空気が流れ込んできた。
その熱い空気は、すぐに血液とともに全身を巡った気がした。
「!!」
春彦は、びっくりして正面を見ると、目の前に涙を浮かべ、怖い顔をした悠美の顔がすぐ近くにあった。
「こら、春ちゃん。
 ちゃんと息しなくちゃだめじゃない。」
先程までの剣幕とは違い、優しい声で悠美は言った
「……。」
それでも春彦はなにも言い返せず黙っていると、悠美は、春彦の頭に両腕を回し、春彦の顔を自分の胸に抱き寄せ、ぎゅーっと抱きしめた。
「悲しいよね。
 寂しいよね。
 何でこうなっちゃったんだろうね。
 私も、ものすごく悲しいの。
 知ってる?
 春ちゃんが生まれる、ずっと前から私は繁おじちゃんと仲良しだったのよ。」
「……。」
春彦は悠美が何を言っているのか理解できなかったが、悠美に抱かれてじっとしていた。
「すごく、悲しいの。
 繁おじちゃん、私のことをいつもいつも悠美、悠美って呼んでくれて、可愛がってくれたのよ。」
春彦は、春繁が悠美のことも自分の子供のように可愛がっていたことを知っていて、そして悠美の言葉を聞くうちに、眼が熱くなってくるのを感じた。
「春ちゃんも、我慢しなくていいから。
 私と居る時は、なんにも我慢しなくていいのよ。
 悲しいよね。
 だけど、涙をこらえちゃだめよ。
 無理に我慢すると心が壊れちゃうから。
 繁おじちゃん、そんなこと望んでいないからね。
 ここなら、私と春ちゃんだけしかいないから。
 思いっきり、泣いちゃおう。」
悠美の優しい言葉は、春彦にとってすべての鎖を解く魔法の呪文のようだった。
春彦は、すぅーと息を吸い込むと、いつもの優しく甘い悠美の匂いがした。
その匂いが春彦の凍てついていた心を一気に溶かした。
「今度の休みに、魚釣りに行こうって約束したのに…。」
「うんうん」
「キャッチボールの相手もしてくれるっていったのに。」
「うん」
「カブトムシやノコギリクワガタ取りに行こうって。」
「うんうん。」
「遊園地や動物園にも行こうって…。
 それから、一緒に、一緒に……。」
悠美は、相槌を打ちながら、優しく春彦の頭を撫でていた。
「それとね、それとね…。」
続けて何かを言おうとした春彦の頬にぽたりと一粒の水滴が触れた。
春彦が、顔を上げて悠美を見ると、眼を真っ赤にし、いっぱいに涙をため、それでも、笑顔を作っている悠美の顔があった。
そして、水滴と思ったのは、悠美の涙だった。
その涙を見て、春彦は誰にも聞けなかった疑問を悠美にぶつけた。
「なんで、お父さん死んじゃったの?
 もう、何もしてくれないの?
 笑ったり、遊んだりしてくれないの…。
 お父さん…」
春彦は、声を押さえながら、泣いていた。
しかし、いくら抑えようとしても、「お父さん、お父さん」と春繁を呼ぶ声が漏れていた。
そして、涙でくしゃくしゃな顔をあげ、すがるような目で悠美を見あげた。
「嫌だよ…。」
春彦はしぼりだすように言った。
「私もよ…。」
悠美も涙があふれ出ていた。
そして、力を込めて春彦を抱きしめながら嗚咽を漏らし始めた。
春彦もそれに呼応するかのように、言葉にならない声で、悠美の胸に顔を埋めて大声で泣き出した。
春彦は、自分の中で優しい父親の顔、笑い声、笑顔、春彦に話しかける声が走馬灯のように駆け巡り、体から水分が全部涙で出てしまうのではと思うくらい悠美にしがみつき泣いていた。
悠美も春彦をしっかりと抱きしめ、春彦の頭に、そっと頬を寄せていた。

しばらくして、春彦の泣き声が小さくなってきたころ、悠美は春彦の耳元で囁いた。
「私がいるからね。
 私が春ちゃんの傍にいてあげるからね。
 でもね、舞ちゃんも私たち以上に悲しいのを我慢しているから、二人で支えてあげなきゃね。」
春彦は、その悠美の言葉を聞きながら、小さく、しかし力強く頷いた。

しばらくして、悠美は春彦と手をつなぎ、祭壇のある部屋に戻ってきた。
舞は、二人を目ざとく見つけた。
悠美と、春彦は、泣きはらした顔をしていた。
しかし、春彦の顔は先程と違い生気が戻り、赤みがかっていた。
そして、しっかりとした顔で、春繁の祭壇と向き合っていた。
それは、先程と全く違い、正真正銘、しっかりとした春彦だった。
(悠美ったら、一体全体、どんな魔法を使ったのかしら。
 でも、助かったわ。)
舞は、悲しみに浸る暇なく、弔問客の応対に追われ、春彦のことを気にしてみている余裕がなかった。
悠美は、春彦を連れて、舞の方に近づいてきた。
「舞ちゃん、春ちゃん大丈夫だからね。」
泣き顔に一生懸命笑みを作って言った。
舞は、すごくありがたかった。
「悠美、ありがとう。
ありがとうついでに、悪いけど、春の傍にいてくれる?」
そういうと、悠美は、こくりと頷いた。
「舞ちゃんは、大丈夫?」
悠美は心配そうに聞いた。
「ええ、大丈夫よ。
 強い味方が二人も居てくれるから。」
そういうと、舞は春彦の顔を見た。
春彦は、じっと、舞を見つめ返し、黙って頷き、舞の傍に立った。
舞は、そんな春彦の肩に手を置き、「ありがとう」と小声で言った。
悠美と春彦のおかげで、舞は、何とか告別式までしっかりと喪主の役割を果たすことが出来た。
ただ、火葬場で最後の対面をした時は、さすがに我慢が出来なくなり、春繁の名前を呼び、泣きながら遺体に縋り付いていた。
しかし、火葬の時間になり、みんなでなだめられ、嫌々ながら遺体から離れ、焼き場に入っていく棺から離れ、立ち尽くしていた。
傍に、しっかりと悠美と春彦が涙を流しながら、しかし、気丈に舞を支えるように立ち、棺を見送った。
『ガッシャン』と棺が入っていった窯の扉が冷たく重たい音で閉まった。
そして、しばらくすると、ボッと火がついたような音とともにゴーゴーという大きな音が春繁の入った窯の中から聞こえてきた。
皆は、焼きあがる時間まで、控室に移動していったが、春彦は、最初、その場から動かなかった。
しかし、悠美に促され、控室に移動した。
舞と春彦、そして悠美の3人は、控室で周りの人間もかける言葉も見つからないほど、ひっそりと寄りそって座っていた。
どの位時間が経ったのだろう、そうこうしているうちに火葬場の係りの女性が、控室まで呼びに来た。
皆、係りの女性について、先程、棺を最後に見送った扉の前に集まった。
僧侶の読経の中、火葬の係りと思われる年配の男性が一同の前で頭を下げた。
「それでは、扉を開けます」
係りの人間がそういうと、扉の開閉ボタンを押し、ゆっくりと扉があき始めた。
春彦は、その扉の中を凝視していた。
中では、まだ炎が荒れ狂ったように渦を巻いていたが、扉が開くにしたがって小さくなり、そして、消えていった。
しかし炎がおさまっても、窯の中は恐ろしいくらいに真っ赤に焼けていた。
悠美は春彦の顔に手を伸ばし、そっと、顔を自分の方に向けさせ、焼けた釜から春彦の視線をそらせた。
先程は棺を乗せていたストレッチャーが窯から出され、そこには骨になった変わり果てた春繁が乗っていた。
係りの人の誘導で、最初に舞と春彦が箸を取って骨上げをした。
正確には、うまくつかめなかった春彦の手を悠美がサポートして3人で春繁の骨を拾いあげたのだった。
全ての物事が終わり、舞は愛おしそうに春繁の骨の入った骨壺を抱えて、葬儀場をあとにした。

告別式が終わり、皆が引き上げ、舞と春彦は春繁の遺骨とともにアパートに戻っていた。
春吉やキクが自分たちの家に来るようと何度も舞に言ったが、舞はせめて今日は、自分と春彦と春繁の3人で居たいと丁重に辞退した。
悠美も、さすがに泊まるわけにいかず、後ろ髪を引かれる思いで帰っていった。
「寂しくなったね。」
ぽつんと、舞が独り言の様に言った。
「うん」
春彦は頷くだけだった。
「あんなに大きなひとだったのに、こんなに小さくなっちゃって。」
「うん」
「春彦、こっちにおいで。」
「うん」
舞は、春彦を手招きし自分の前に座らせ、そっと抱きしめた。
「うじうじなんかしてる暇ないもんね。
お父さんの分もがんばらなくっちゃね。」
「うん。」
「でも、でもね、春彦。
 今日だけ、母さん泣いていいかな?」
「うん。」
「ありがとう」
そういうと舞は、春彦を抱きしめている腕に少し力を入れ、さめざめと泣き始めた。
春彦も、涙を流しながら、ずっと、舞の頭を撫でていた。
しかし、その反面、春彦は、真っ赤に焼けた窯の中で荒れ狂っていた炎を思い出していた。
その炎は、ゴーゴーと大きな音を立てて荒れ狂い、父を飲み込み、また、この世界を全て焼き尽くす炎ではないかと、春彦の幼い心に恐怖を焼き付けていた。

翌日から、舞は役所などの諸々の手続きや、告別式に来れなかった弔問客の相手、初七日の法要の準備で春繁をゆっくり偲ぶ時間もなく、ひたすら用事に追われていた。
春吉やキクも忙しく動いている舞を心配し、昼間、アパートを訪れ、春彦の世話や、何か手伝えることはと支えていた。
「舞さん、大丈夫?」
キクは、明らかにやつれた顔をしている舞を見て気遣っていた。
「大丈夫ですよ。
 でも、いろいろ役所に書類を出したり、名義変更の手続き。
 なんで、こんなにいろいろあるんでしょうね…。」
「まったくね。
 さあ、今日はもういいんでしょ?
 私が後片付けするから、ご飯食べて休んで頂戴。」
「ありがとうございます。
 でも、お義母さんも帰るのが遅くなるし、疲れちゃうんじゃない?
 私は、大丈夫ですから…。」
「いいから、いいから。
 少し休んで。
 いま、ご飯の支度をするから、お茶でも飲んでゆっくりしていて。」
「でも…。」
「いいから。」
舞はそんなキクの心遣いが嬉しかった。
「じゃあ、少し、休憩させてもらいます。」
「はいはい。」
キクは、優しい声を舞に掛けた。
そして、夕飯の用意をして、リビングの方を見ると舞が壁に寄りかかるようにうたた寝している姿が見えた。
「まあまあ…。」
季節は秋で、日が陰るとだんだんと寒くなってきていた。
キクは、周りを見回し、舞の体が冷えないように何か掛けるものを探したが、生憎、毛布の様なものはなく仕方なく、舞のコートをそっと背中にかけた。
その時、コードから病院の診察券がひらひらと舞い落ちた。
それは、春繁が逝った日、舞が受診した病院のもので、いつもなら会計と同時にきちんとカード入れに診察券を入れるのだが、嬉しさから後回しにして、取りあえずコートのポケットにしまって、それっきりだった。
キクは、その診察券を拾い上げ、何気なく病院名を見て、眼を見開いた。
その診察券には病院名と『産婦人科』という文言が書かれていた。
キクはまじまじとうたた寝している舞の顔を覗き込んだ。
「舞さん、何てことでしょう…。」
キクは、舞のお腹に小さな命が宿っていることを直感で感じ取った。
その後、舞が目を覚まし、ご飯を食べたのを見てキクはアパートを後にした。
当然、舞のお腹のことは何も聞かず、舞から話のあるまでは、そっとしておこうと思っていた。
ただ、それが、間違いだったことを、キクは、後に後悔することになるのを気が付かなかった。
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