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梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
春彦が部屋で読書をしていると、トントンとドアを叩く音とともに、ガチャとドアを開けて陽介が入って来た。
「春彦、いるか?
 あ、いたいた。」
そう言いながら陽介は春彦に近づいて来た。
「なあ、普通、ドアをノックして相手の許可を取ってからドアを開けるんじゃないの?」
春彦は笑いながら言った。
「え?
 まあ、俺とお前だからいいじゃん。」
「まあいいけど、俺がすっぽんぽんだったらどうするの?」
「えー、そうしたら写真撮って、姉ちゃんたちに売りつけるさ。」
美由紀や美穂子は春彦のことを気に入っていることを陽介は知っていた。

「おーい、勘弁してくれよ。
 で、なに?」
「『で、なに?』じゃねーよ、姉ちゃんたち、会社から帰って来たから、宴会始めるって。
 だから呼びに来たんだよ。」
「宴会?」
「そう、クリスマスパーティって言う宴会だよ。
 唐揚げにケーキ、その他たくさんあるから、早く行こうよ。」
陽介はそう言って春彦の手を引っ張った。
「わかった、わかったって。
 今行くよ。」
そう言って二人は1階に降り美由紀と陽介の居住スペースに入っていった。

春彦と陽介がリビングに入って行くと、テーブルにはオードブルや美味しそうな料理が並んでいた。
「来た、来た。
 さ、好きなところに座ってね。」
美由紀は春彦を見つけ声をかける。
「おー、来たか、少年たち。」
声の方向を見ると、美穂子が台所の冷蔵庫からワインを出して持って来た。
「はい。」
そう言って美由紀は美穂子にワインオープナーを手渡した。
「サンキュー。
少年たちもワイン飲む?」
美穂子は首を横に振っている春彦と陽介を見て笑いながら受取ったワインオープナーを使って器用にワインを開けた。
ワインはロゼで炭酸が入っていたので、栓を抜くと“ポン”という音がした。

「さ、ガキんちょたちはコーラでも飲んで。
 美由紀、私たちはこれでね!」
そう言ってワインボトルを持ち上げる美穂子は、すでに上気分になっていた。
「もう、美穂子ったら。
 何、一人で盛り上がっているのよ。」
美由紀は呆れた顔をしながらキッチンから春彦たち用にコーラのペットボトルを持ってきた。
「だって、今年は春彦君がアパートの住人になって、部屋が全部埋まってにぎやかになったじゃない。
 二階、私一人で寂しかったんだもん。
 それが、こんな可愛い男の子が入ってくれたんだよ。
 こんなに良いことないじゃない。」
美穂子は春彦のことを“可愛い男の子”と言ったが、内心は、容姿も性格も美穂子好みだったので、一緒に居るだけで舞い上がり、それを悟らせないようにわざと小さな子扱いをしていたのだった。

「まあ、そうだけど。」
美由紀も美穂子に負けず劣らず、春彦のことを気に入っていた。
特に美由紀の場合は大怪我をしながら自分を助けてくれた春彦に特別な思いを持っていた。
「ねえ、美穂子ちゃん、僕は?」
あまりに舞い上がっている美穂子を陽介は呆れた顔で眺めていた。
「ま、当然、陽介も可愛い男の子よ。」
「その、取ってつけた言い方。」
「あはははは。」
「さ、美穂子も陽介も、その位にしてパーティ始めましょう。」
「はいはい。」
美穂子と陽介は笑いながら料理の並んでいるテーブルの周りに座った。
「さ、立花君も座って、座って。」
そう言って美由紀は春彦の背中を押して、自分と陽介の間に春彦を座らせた。

「乾杯!」
美由紀と美穂子はスパークリングワインを、春彦と陽介はコーラで乾杯し、にぎやかなパーティが始まった。
いつも陽気な美穂子は、アルコールが入り、更に陽気に、また、美由紀ももともと明るい性格で、やはりアルコールが入り、二人は大はしゃぎだった。
春彦も陽介も、陽気な美由紀と美穂子につられるように、良くしゃべり、よく笑っていた。
「そう言えば、最近、そこの公園のお化け話、全く聞かなくなったわね。」
美由紀が、唐突に思い出したように切り出した。
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DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
トントン。
佳奈の部屋のドアを叩く音が聞えた。
「はーい。」
佳奈が返事すると、ガチャッとドアが開き、お茶のセットを持って茂子が入って来た。
「木乃美ちゃん、たいへんだったよね。
 もう、大丈夫なの?」
茂子も木乃美の怪我を知っていたので、心配していた。
「はい、もう大丈夫です。」
木乃美はにっこりと笑って見せた。
「よかったわ。
 顔に怪我が残ったらって心配してたのよ。
 それに手は大丈夫なの?」
「はい、このとおりです。」
そう言って木乃美は怪我をした左手を広げて見せた。
木乃美の左手には、まだ傷の跡が残っていたが目立つほどじゃなかった。
「よかったわ。
 良くなったって聞いていたけど、やはり実物を見ないとね。」
茂子は、安堵した顔をした。
「はい、ありがとうございます。」
木乃美は、心から心配してくれる茂子が嬉しくて仕方なかった。

「ご両親も、さぞ心配したんじゃない?」
「ええ、画像は見せていなかったんですが、怪我の状態を言ったら、母がすぐに駆け付けてきて、私の顔を見た瞬間、まじで卒倒しそうになってました。」
「え?
 おばさん、すぐに木乃美のところに飛んでいったの?
 でも、当たり前か。」
佳奈が納得したように頷いた。
「もう、佳奈ちゃんたら。
 当たり前でしょ。
 私だって、飛んでいくから。
 あ、でも、お父さんの方が先かしら。」
そう言って一頻り笑い話をした後、茂子は「ごゆっくり」と部屋を出て行った。

「さて、今日はなにするんだっけ?」
「えー、木乃美、もう忘れたの?
 午後からお買い物。
 それに、クリスマスなんだから駅前の美味しいケーキのお店でケーキ、食べるんでしょ。」
「そうだった、ケーキ。
 楽しみにしていたんだ。
 むこうのケーキも美味しいんだけど、こってりしていて。」
そう言いながら木乃美は生あくびをした。
木乃美は、前日に帰国し、まだ時差で身体が慣れていなかった。
「木乃美。
 出かけるの、午後からだから、少し、ベッドで休んだら?
 疲れているんでしょ?」
「うん。
 時差ボケで眠くって。」
そう言いながら木乃美は椅子から身体を起こし、佳奈の腰掛けているベッドに倒れ込んだ。

「ねえ、佳奈。
 春彦、どうした?
 この前の連絡の通り、やっぱり、こっちに帰ってきていないの?」
「うん…。」
佳奈は表情を曇らせた。
「まったく、どこで、なにをしているんだか…。」
そう言いながら、木乃美は小さく寝息を立てていた。
「ふふふ、もう、寝ちゃった。
 昨日帰って来たんだものね。
 お疲れ様。」
佳奈はそう言いながら、そっと木乃美の髪を撫でていた。
ふと足元にある木乃美のバッグの中にリボンのついた箱が見えた。
(あ、クリスマスプレゼントかな?
 私も木乃美にマフラーを編んだんだ。
 喜んでくれるかな…)
そう思いながら佳奈は横目で机の下の紙袋を見た。
紙袋から編んでは解いて、編んでは解いてを繰り返した男物のマフラーがあった。
(本当に春はどうしちゃったんだろう。
 木乃美も帰って来たのに。)
佳奈は寂しさを感じていた。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
クリスマスイブの朝、佳奈の家に木乃美が遊びに来ていた。
木乃美は、クリスマス休暇を利用してイブの前日に帰国していた。
ピンポーン♪
「はい。」
玄関のインターフォンを押しと、インターフォンのスピーカーから茂子の声が聞えた。
「こんにちは、木乃美です。
 佳奈、いますか?」
木乃美が話し終わらないうちに、玄関のドアが開いて、佳奈が飛び出して来て、そして、何も言わずにじっと木乃美を見つめていた。
「な、なによ。
 佳奈。」
木乃美は面食らった声を上げた。
「木乃美?
 木乃美~!!」
佳奈は木乃美の名前を言いながら、抱きついた。
「わわ、佳奈!
 どうしたの?」
木乃美はいきなりのことでバランスを崩しかけたが、立て直し、しっかりと佳奈を抱き留めた。
佳奈は、木乃美の怪我をした姿をパソコンのモニターで見ていた。
そして、木乃美の怪我は回復したのだが、どうしても、あの時の痛々しい木乃美の顔、姿が頭から離れられなかったので、こうして実物を目の前にして感極まっていた。
「もう、心配したんだから。
 とってもとっても、心配したんだからね。」
佳奈は半分涙声で木乃美の耳元で囁いた。
「ごめん。
 心配かけちゃったね。
 でも、もう大丈夫だから。」
「うん。

「まあ、寒いところで何をやっているの?
 早く中に上がって。
 佳奈ちゃんも、木乃美ちゃんが風邪ひいちゃうわよ。」
玄関から茂子も顔を出し、笑いながら二人に声をかけた。
茂子も、佳奈と木乃美が実の姉妹のように仲が良いことを知っていたし、茂子自身、木乃美が傍に居ることは自然なことのように感じていた。
「あ、おばさん。
 こんにちわ。
 ご無沙汰しています。」
木乃美は佳奈を抱きしめながら、茂子の方を向いて挨拶をした。
「はいはい。
 ともかく、早く家の中に入って。
 ほら、佳奈ちゃんも。」
茂子に促され、佳奈と木乃美は家の中に入って行った。

佳奈の部屋に入ると、木乃美はいつものように外套を脱ぎ、衣紋掛けから木乃美専用のハンガーを取り、外套をハンガーに通して、衣紋掛けに戻した。
12月も後半になると、佳奈たちの住んでいる地域は気温が2ケタに届かなくなり、特に朝の内は氷点下のように冷え込むので、佳奈の部屋はストーブを付け、暖を取っていた。
「やっぱ、こっちは寒いね。」
木乃美は、大げさに震える真似をした。
「え?
 あっちは、寒くないの?」
“あっち”とは木乃美が留学している地域のことで、木乃美から緯度経度的には、この地域よりも南にあると聞いていた。

「そうね。
 南部だから、寒いけど、こっちほどじゃないわ。」
「ふーん。
 ねえねえ、いつまでいられるの?」
「もう、言ったじゃない。
 このままクリスマスとお正月をこっちで過ごして、戻るのは1月の6日くらいかな。」
「ふーん。
 今日が24日でしょ…。」
佳奈は指を折って数え始めた。
「14日、2週間だ。
 やったぁ!
 ねえ、何処に遊びに行く?」
嬉しそうな顔の佳奈を見て、木乃美もつられて微笑んだ。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
春彦のアパートでは、陽介が大きな段ボール箱を物置から出して来ていた。
春彦はその手伝いに駆り出され、1階の陽介と美由紀の住居に来ていた。
「なに、その大きな段ボールは。
 何が入っているの?」
春彦は不思議そうな顔をして段ボール箱を見ていた。
「そっか、春彦君は初めてだったよね。
 我家のクリスマス。」
いつの間にか美由紀が美穂子を伴って入ってくる。
「これはね、家をクリスマスデコレーションでする電球や小物が入っているの。」
美由紀が段ボール箱を見ながら嬉しそうな顔をしていた。
「今年は、男手が陽介君意外にいるから、私は楽できるか。」
美穂子が横からのんきな声を出す。
「ちょっと、ちょっと、もう二箱あるんだから、ほら、春彦、手伝ってくれよ。」
陽介が汗をかきながら春彦を促した。
「ああ、ごめんごめん。
 今行くよ。」
そう言って春彦が腰を上げると、美由紀が心配そうな顔をして和彦の方を見た。

「立花君、重いものを持って、指は大丈夫なの?」
美由紀は春彦の怪我をした指を心配していたのだった。
「はい、大丈夫です。
 怪我した指のところには力をかけないようにするので。」
春彦は美由紀に心配かけさせまいと明るく答えた。
春彦の指は、事件で切断し、接合手術を受け半年以上たったところだった。
初めのうちは腫れが引くまで動かせず、腫れが引いてからはリハビリと若さで、みるみる良くなり、ようやく力を入れて拳をつくることができるまでに回復していた。

春彦と陽介が物置から残りの段ボールを折ってくると、美由紀を美穂子は最初の段ボールを開けて中身を出していた。
中身は、カラフルな電球が付いたデコレーション用の電線だった。
「もしかして、それで、家の中を飾るんですか?」
春彦も興味深そうに言うと、美穂子が指を立て、左右に振り違うというサインを出した。
「家の中じゃなくて、家の外、家の周りに飾り付けるのよ。」
「え?
 まさか、よくテレビで紹介されるようなやつですか?」
春彦が驚くと美由紀が笑った。
「そうよ、まあ、家を丸ごとじゃなくて、壁に少しだけど。
 知ってる?
 はす向かいの家なんて、屋根まで電球で飾り付けするのよ。」
「そうそう、去年なんて、そこの御主人が屋根から落ちそうになって、たいへんだったんだから。」
「あははは、それ覚えている。
 大声で『助けてー』って大騒ぎしていたよな。」
「そう、それで陽ちゃんが梯子を持って駆け付けたのよな。」
陽介、美由紀、美穂子は思い出したように笑い転げた。

「そんなことがあったんですか。
 飾り付けも命がけですね。」
「ああ、だから家は周りの壁だけ。
 でも、美穂子さんが寂しいからって、二階の手すりにもね。」
「そうそう、二階の手すりに、トナカイのそりに乗ったサンタを形どった飾りだけど、結構目立っていいのよ。
 しかも、自腹、自腹よ。」
美穂子が得意げに言う。
「そんなところで胸を張らなくても…。
 ところで、立花君はクリスマス、どうするの?
 予定がある?それとも実家に帰る?」
美由紀が気になって仕方ないという顔をした。
「いいえ、特に予定はないです。」
春彦の答えに、美由紀はほっとした様だった。

「じゃあ、毎年3人でパーティやっているんだけど、一緒にどう?」
「え?
 いいんですか?
 でも、僕、まだ未成年だから、お酒は…。」
「大丈夫だよ。
 アルコールは、姉貴たち二人だけだから。」
「そうよ。
 今年は片付けも2倍だから、安心して死ぬほど呑めるわ。」
美穂子は嬉しそうだった。
それを聞いて美由紀は呆れたように笑っていた。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
季節は秋から足早に冬になり、クリスマスが近づいた12月のある日、佳奈はアルバイト先の書店で本の整理をしていると、誰かに声をかけられた。
「菅井ちゃん、佳奈ちゃん。」
「あ、佐々岡さん。」
佳奈が声の主の方を振り返ると、白い歯を見せ笑顔の佐々岡が立っていた。
佳奈がアルバイトを始めて2ヶ月近くたち、仕事にも慣れてきていた。
その間、佐々岡は何かにつけ佳奈に仕事を教えたり、最近では教えることがなくなったが、なんだかんだかこつけて話しかけてきていた。
佳奈も、佐々岡の話が面白く、嫌な顔をせずに、楽しく談笑していた。

「佳奈ちゃん、もうすぐクリスマスだけど、何か予定あるのかな?」
佐々岡はさらりと佳奈の予定を聞き出そうとしていた。
「ええ、クリスマスは毎年両親と食事に行くんです。
 今年も、もうホテルの予約を取ってあるって言ってました。」
「そうなんだ、素敵な両親だね。」
(ち、箱入り娘か。)
佐々岡は心の中で舌打ちした。

「じゃあ、その前後はどうかな?
 いや、よければ皆でパーティなんてどうかなってさ。」
佐々岡は口実を作って佳奈を連れ出し、パーティが終わった後に佳奈のことを口説き落とそうと狙っていた。
「ごめんなさい。
 クリスマス休暇で、海外に行っている友人が、こっちに戻ってくるんです。
 なので、いろいろと買い物や遊びに行こうって約束していて。」
佳奈は悪びれもせず、さらりと言ってのけた。
「そうなんだ、素敵な友人だね。
 もしかして、彼氏?」
佐々岡は、焦ったような声を出した。
「いえ、違います。
 私の幼馴染の女の子です。」
佳奈は笑って否定する。
(ああ、焦ったぜ。
 彼氏持ちだったら、後が面倒だし…)
「じゃあ、しょうがないね。
 忘年会にしよう。」
(折角の上玉なんだから、絶対に落とさないと)
佐々岡は、諦めが悪かった。
「佐々岡さん?
 私、まだ20歳前でお酒駄目なんですよ。
 忘年会って、お酒飲むんじゃないですか?」
「え?
 ああ、でも、ジュースでもいいんだよ。」
(なんてくそ真面目なんだ)
佐々岡は、なかなか話に乗ってこない佳奈にイライラし始めた。

「菅井さん、本の整理、終わった?
 終わったら、こっち手伝ってくれる?」
遠くの方からやはりアルバイトだが佳奈より経験の長い女性が佳奈を呼んだ。。
「あ、はーい。
 今行きます。」
佳奈は、手順を覚えると何でもてきぱきとこなし、また、嫌な顔一つせずにいつも朗らかに接していたので、社員のみならずアルバイト仲間からも重宝され、また、可愛がられていた。
「佐々岡さん、呼ばれているので、私、行きますね。」
佳奈は、佐々岡にそう言うと手に残っていた本を本棚に仕舞い、さっさと佐々岡の横を通り抜け、佳奈を呼んだアルバイトの先輩女性の方に小走で行った。
「おう。
 じゃあ、また、声をかけるから…。」
その佐々岡の声はすでに佳奈には聞えていなかった。
「ちっ。」
佐々岡な舌打ちをすると、奥歯をギリギリと噛んで、佳奈の去っていった方と逆の方に歩いて行った。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
春彦と芳江は、芳江の部屋のベッドの中でまったりとした時間を過ごしていた。
「ねえ、立花君。」
うつ伏せになっていた芳江は上半身を起こし、優しい瞳で春彦に話しかける。
春彦は、仰向けになって目を閉じていたが、芳江に声をかけられると目を開けて、顔を芳江の方に向けた。
「…。」
「立花君は、今、大学生でしょ?
 卒業したらどうするの?」
「どうする?」

春彦は一瞬、芳江が何を言っているのか理解できなかった。
「うん。
 何のお仕事をしたいのかなって。
 大学に進学する時に、少しは考えたんでしょ?」
「…。」
春彦は考えこんでしまった。
今の大学は陽介に誘われただけで、将来のことを考えて決めたわけではなかった。

「立花君?」
黙り込んでいる春彦を見ながら芳江は不思議そうな顔をした。
「そうですね…。
 大学は特に何のためにって考えたわけでもなく、成り行きで。
 それと、母さんが今時、大学位出ておかないと就職に不利だからって。
 それで。」
「じゃあ、まだ、卒業してどうするか決めていないんだ。」
「はい。」
「じゃあさ、小さい時は何になりたかったの?」
「そうですね。
 飛行機のパイロット、宇宙ロケットのパイロットかな。」
「あはは、男の子らしいわね。」
「あとテレビで見たスーパードクターとか正義の味方だとか。」
春彦は悠美が病気になった時、真剣に医者になることを考えたことがあった。
「正義の味方?
 警察官?」
「いいえ、ウルトラマンとか超人です。」
「まあ。」
そう言うと芳江は面白そうに笑っていた。

「じゃあ、菊田さんは?」
「もう、“芳江”でいいって何度もいっているでしょ。」
芳江は怒ったマネをした。
「すみません。
 芳江さんは小さな頃何になりたかったんですか?」
「えー、そんなの決まっているじゃない。
 お嫁さんよ。
お父さんのような素敵な人のお嫁さん。
あ、私、実はファザコンなの。
その内、お父さんのお嫁さんになるのは無理だってわかってから、看護婦さんになりたいって思ったの。」
「へえ、じゃあ、夢を実現したんですね。
 すごいな。」
春彦が感心した声で言うと、芳江は少し恥ずかしそうにしていた。

「そうそう、お父さんと言えば立花君のお父さんは、何のお仕事をしているの?」
「え?
 ええ、父は会社員で、子供向け、主に幼稚園児向けの図書の販売の営業をやっていました。」
「まあ、素敵ね。」
芳江は、ぱっと顔を輝かせたが、ふと、春彦が言った言葉が過去形だったのに気が付いた。
「“やっていました”って、今はどうなさっているの?」
(そう言えば、病院にはお母さんとお爺さんお婆さんしか見舞いに来ていなかったわ)
「父は、僕が小学生の時、病気で亡くなりました。」
「まあ、どうして?」
「心筋梗塞だったと聞いています。」
淡々と答える春彦を見て、芳江は春彦の中にある深い悲しみを見た気がした。

「ごめんなさい、いやなことを聞いちゃって。」
「いえ、いいんです。
 変な話ですが、最近やっと父の死を受け入れられるようになって…。」
「立花君。」
春彦はそう言いながら、泣きそうな顔になっていた。
「立花君…。」
芳江は、もう一度春彦の名前を呼ぶと、そっと春彦の顔に腕を回し、自分の胸に春彦の顔を手繰り寄せ、愛おしそうに抱きしめた。
(この子は、まだ戦っているのね)
芳江は病院で春彦が外傷以外に精神的なダメージを負っていると聞いていた。
今腕の中にいる春彦は入院していた時のどこか儚い、傷ついた少年と同じ気がして、母性が強い芳江には、一層、愛おしく感じていた。
春彦は、芳江の胸の柔らかさを感じ、心が和んで行くのを感じていた。
(将来か…)
そんなことを考えながら顔に密着している柔らかで温かい芳江の胸にキスをする。
「まあ。」
芳江は何とも言えない声を出し、春彦を抱きしめる腕に力を入れた。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
佳奈のアルバイト先は、大学の近くの駅前にある大きな本屋だった。
その本屋は都市部に本店があり、全国展開している大手だった。
佳奈がアルバイトする店舗は、地方でありながら5階建て。
ジャンルごとに各階が分かれ、専門書も取り扱っている大きな店で、遠くからも学生たちが専門書を求めて訪れていた。
店員のほとんどは佳奈と同じアルバイトで、佳奈のように学生の女子が多く、佳奈が申し込んだ時も、他に3,4名同じような女子学生が同じ時期に採用されていた。
逆に、社員は4分の一ほどだったが、そのほとんどは男性だった。

「佐々岡、今度入って来たバイト、一人可愛い娘がいるって知ってる?」
「もちろん。
 菅井佳奈ちゃんだろ?
 俺の好みのタイプ。」
佐々岡と呼ばれた男は社員の一人で20代後半の女子うけしそうなタイプだった。
「え?
 もう、目を付けてるのかよ。
 この前も、可愛いバイトに手を出して辞めさせちゃったじゃん。」
「なにそれ。
 俺のせいじゃないよ。
 向うから寄って来たから、ちょっと遊んであげただけじゃん。
 辞めさせたわけでも何でもないよ。」

佐々岡は、女性に優しく、アルバイトの中に好みのタイプの女性がいると、なんだかんだと世話を焼き、女性をその気にさせて遊び、飽きると捨てていく、たちの悪い性格だった。
「菅井ちゃん、手を出さないようにね。」
「そんなの知らないよ。
 向うから勝手に来たらね。」
そう言って佐々岡は笑いながら本を並べている佳奈の方に歩いて行った。

その夜、いつものように佳奈はパソコンに向かって木乃美と話をしていた。
「佳奈、どうだった?
 アルバイトの初日は。」
「うん。
 今日は、本を並べるだけ。
 どこにどんな本があるのか、また、本の種類ごとや作者ごとに場所が決まっているから、まずはそれを覚えるようにって。」
「レジは?」
「うん、レジは2,3日してからだって。
 ともかく、フロアーの本の位置を覚えるのが先だって。」
佳奈は、生れないアルバイトで疲れていたが、興奮しているせいか目が輝いていた。
「まあ、そうか。
 お客さんに本の位置を効かれて、“?”マークをぶっ飛ばしていたら、お客さんにぶっ飛ばされるからね。」
「なによ、その“?”マークって。」
佳奈は、木乃美の形容が面白くて、つい吹き出していた。
「まあ、いいわ。
 で、佳奈の他にバイトさんは、いるの?」
「うん、今日から一緒に始めた人が4人もいたの。
 後、今まで店員さんと思っていたけど、ほとんどの人がバイトさんなのよ。
 びっくりしちゃった。」
「ふーん。
 で、今日からのバイトさんの中にカッコいい男性はいなかったの?」
木乃美は、興味津々に尋ねた。
佳奈は、一緒に入った女子のことを思い出しながら木乃美に説明した。
「残念でした。
 全員女の人よ。
 私と同じで、大学生なんだって。
 ただ、皆別々のフロアーに分かれちゃったから、その先のことはわからないわ。
 私の担当したフロアーは、やっぱり、同じくらいか年上の女性ばかり。
 社員さんのほとんどは、男性だけど人数が少ないのよ。」
佳奈の店では、フロアーが5階分あるので、店員は社員含め50人程で、常時40人近くが働いていた。
その中で社員は2割程度。
店長と会計経理は年配の人だったが、その他の一般社員は若い男性がほとんどだった。

「へぇー。
 その社員の中にカッコいい人はいないの?」
「また、木乃美ッたら、すぐにそうだ。
 でも、今日、フロアーでいろいろと教えてもらった社員さん、若くて、結構素敵な人だったな。」
佳奈が、そう言った社員は佐々岡のことで、佳奈に目を付け、何かにつけていろいろと世話を焼いていたのだった。
「え?
 じゃあ、その人にアタックすれば。」
「アタック?」
佳奈は思ってもみなかったことを言われ、目を丸くした。
「だっていろいろと教えてくれたイケメンさんなんでしょ。」
「まあ、優しくって、カッコよくって…。
 でも、目的は違うんだから。
 それに、そんな素敵な人、他の女性が放っておかないわよ。」
佳奈は困ったような顔をした。
「まあ、そうか。」
(でもね、外には怖い狼がうようよいるのよ。
 佳奈、赤頭巾ちゃん、気を付けるのよ。)
木乃美は心の中でそっと呟いた。

「そうなんだから。
 でも、春とは感じが違ったなぁ」
木乃美との通信を終えた後、佳奈は木乃美と話をした佐々岡のことを考え、胸のトキメキを覚えていた。

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