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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
夏休みが終わり、木乃美が海外の学校に戻り、1ヶ月くらいたった頃。

「木乃美ちゃんと、まだ、連絡取れないの?」
茂子がつまらなそうな顔をしている佳奈を見て、心配そうに声をかけた。
「うん、最期に話してから、かれこれ1週間。
 電話にも出ないし、どうしたのかしら…。」
「ゼミでどこかに籠っているとか。
 海外だから、なんとかキャンプってあるわよね。
 ほら、ブートキャンプだっけ。」
「お母さん、それ、ダイエット。
 サマーキャンプとかの話でしょ。
 今は、その時期じゃないわ。
 それに、ゼミで籠っているって言っても、電話くらい出るはずじゃない。
 もう、何回も留守電に連絡してって入れてあるのよ。」
「そうね…。」
佳奈も茂子も黙り込んでしまった。

「…州で先週発生した人種差別に関する抗議デモで一部暴徒化した市民と警官隊が衝突した事件で…。」
つけていたテレビから番組がニュースに代わり、世界のニュースを読み上げているキャスターの声が佳奈の耳に入って来た。
(え?
 その州って、木乃美のいるところじゃない。)
「日本人の留学生が、その衝突に巻き込まれたことが、その後の情報で分かりました。
 ただ、その日本人留学生の氏名や怪我の程度については一切不明です。
 いま、大使館を通じ…。」
(先週?
 木乃美と音信が途絶えた頃…。)
佳奈は、頭から血の気が引くのを感じた。

「佳奈ちゃん?
 どうしたの?」
茂子は、佳奈の様子がおかしいことに気が付き、声をかけた。
「お、お母さん、さっきニュースで言っていた場所、今、木乃美がいるところ。」
「え?」
「先週、人種差別で暴動が起こって、日本人留学生が巻き込まれたって。
 それって、木乃美じゃない…。」
「まさか…。」
茂子も何も言えずに絶句してしまった。

佳奈は、震える手で携帯を持つと、木乃美の携帯に電話をかけた。
木乃美の携帯は、相変らず留守番電話につながるだけだった。
「…お話しください。」
留守番電話サービスの案内開始のメッセージが聞えると、佳奈は震える声で言った。
「木乃美、聞いているんでしょ?
 暴動が起きて、日本人留学生が巻き込まれたってニュースでやっているわ。
 それって、木乃美のことでしょ?
 怪我したの?
 大丈夫なの?
 木乃美、返事して。」
佳奈は泣き声になりながら、必死に電話に喋っていた。
「怪我して動けないの?
 …。
 私、木乃美のところに行く。
 これから行くから。
 待っていてね。」
メッセージを吹き込むと佳奈は携帯を切った。

「お母さん、私、木乃美のところに行ってくる。」
佳奈は真剣な顔で茂子に言った。
「え?
 木乃美ちゃんのところに行くって?」
「うん、すぐに旅行会社に手配する。」
「ちょっ、ちょっと、待ちなさい。
 佳奈、パスポート持ってるの?」
「え?」
「木乃美ちゃんのところ、パスポートにビザの申請も必要でしょ?
 まあ、ビザはいいとしても、パスポートがないと駄目よ。
 佳奈は、一度もパスポートを作っていないじゃない。
 パスポートって、どのくらい時間がかかると思ってるの?」
「…。」
「最低でも一週間よ。」
「え?
 一週間もかかるの?」
佳奈は、絶望的な気分になっていた。
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DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
「パソコン、壊れちゃったのかしら…。」
佳奈は、パソコンの画面を見ながらつぶやいた。
佳奈と木乃美のパソコンには、テレビ電話の様にカメラを通してお互いを見ながら話が出来るソフトが入っていて、木乃美が海外に行ってから、いつも朝晩とおしゃべりをしていたのだが、ここ3日くらい音信不通だった。
パソコンの画面にはいつも木乃美を映しだす窓が真黒で“しばらくお待ちください」の文字が表示されているだけだった。

佳奈か木乃美のどちらかが先にソフトを立ち上げると、待ち受け画面が表示され、もう一人がソフトを起動すると、お互いの顔が映る仕組みになっていた。
今までに、2,3日連絡が取れないことがあったが、それは事前に予定を教え合っているので、まるで訳の分からない音信不通は今回が初めてだった。
佳奈は心配になり、木乃美の携帯に電話をしても、しばらく呼び出し音が鳴った後、留守番電話に切り替わり、何度も佳奈は連絡が欲しいと伝言を入れたが一向に連絡が取れなかった。

夏休みを利用して木乃美は2週間程帰国していた。
佳奈と木乃美はパソコンで毎日話をしていたが、やはり、直接会うのとは訳が違うように、二人は久々の再会を喜び、帰国している間、海やプールなどに出かけ二人の時間を満喫していた。
「そういえば、春彦と連絡取れた?」
木乃美は、不意に思い出したように佳奈に尋ねた。
「ううん、全然。
 夏休みも帰ってきていないようなの。」
「なにー、海外の私がこうして帰ってきているのに、同じ県にいる春彦は家に帰っていないって?」
「そうなのよ。
 舞さんも寂しそう…。」
「舞さんも、もっと厳しく言って家に帰らせればいいのに。」
「うーん、舞さんも春にはいろいろ好きなことをやらせたいって言ってたし。」
「まぁ、舞さんは、結局、春彦に甘いんだから。」
「そんなこと言って。
 木乃美だって自分の好きなことやりに、海外にまで言ってるじゃない。」
佳奈は、思わず吹き出した。

「まあ、そうだけどさ…。
 でも、様子が分からないのは、やだな。」
「そうだね、私も嫌だわ。」
二人は春彦のことが心に引っかかっていた。
「ねえ、佳奈は今何してるの?」
少ししんみりした空気を吹きとばすように、木乃美が声をかけた。
「何しているって?
 いつも、話していた通り、大学行って勉強しているわ。」
「そうじゃなくて、何か自分のやりたいことやってるの?」
「え?
 うーん、結局、夏美さんとは、あれっきりだし…。」
「違うって。
 ほら、佳奈、手芸が好きじゃない。
 可愛いお人形さんも作っているから、そういう趣味とかの話よ。
 まさか、一日、大学に行ってお勉強して終わり?
 まあ、大学の授業が楽しいなら、それはそれで仕方ないけど…。」
「うーん、大学の授業は、勉強になるけど、そんなに…。
 何かやりたいこと?
 …。」
佳奈は困った顔をして考えこんでしまった。

「たくー、じゃあ、将来は何になりたいの?」
「えー?
 何になりたいか?」
佳奈は、将来、何になりたいか、まだ漠然としていて考えていなかった。
「木乃美は、調香の関係に進むって海外まで行って勉強して、目的があってうらやましいわ。
 私は、まだ、何も…。」
「もう。
 サークルとか、バイトやってないの?」
「やってない…。」
「あちゃー!」
そう言って木乃美は頭を抱え込んだ。
「だって、私、どんくさいでしょ。」
「そんなことないよー。
 佳奈なら、何でもできるって。
 でも、メイドカフェや道路工事は止めてね。
 あ、でも、佳奈のメイド姿見てみたいかも。」
「駄目に決まってるでしょ。」
そう言って佳奈は掌でポンと木乃美の頭を軽く叩いた。

「ごめん。
 でもさ、なにか見つけてやった方が良いよ。」
木乃美は叩かれた頭を摩りながら佳奈を見た。
「バイト?」
「ううん、バイトに限らず、何かやりたいことがあったら習い事でも、カルチャースクールでも、なんでも。
 いまのうちだからね、いろいろできるのは。」
「そうだね。
 でも、木乃美はやっぱりすごいよ。
 行動的だし、目標に向かってまっしぐらって感じ。
 それに比べて、私ったら…。」
佳奈は、そう言うと、ぼんやり青空に浮かんでいる白い雲を眺めた。
周りは、アブラゼミの声に混じり、ヒグラシの声が聞こえ始めていた。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
少ししてトイレから出てきた芳江は、春彦の洋服と自分の洋服を洗濯機に入れ、洗濯し始めた。
「最近の洗濯機って、すごく静かなのよね。
 夜遅くでも気兼ねなく回せるし。
 ほら、君の洋服、雨でビショビショだったでしょ。
 この洗濯機、乾燥機のついているから、1時間半くらいできれいに乾くわよ。」
「すみません。」
「でも、そのまま裸じゃ風邪ひくわよね。
 そうだ!
 さーっと、シャワーを浴びたら。」
「え?」
「石鹸とかシャンプーとか使っていいから。」
そう言いながら、芳江は春彦の手を引いて、バスルームに連れて行った。

「さすがに二人で入ると近所に筒抜けになっちゃうから。
 春彦君、先にね。」
「え?
 菊田さんこそ風邪ひいちゃうから…。」
「芳江でいいわよ。
 それに、立花君、男の子だからシャワー早いでしょ?
 ということで、私が風邪をひく前にとっとと入りなさい。」
芳江はにっこりと笑いながら春彦の背中を押した。

春彦は、渋々バスルームに入り、手早く汗を流すと、さっとバスルームから出てきた。
「まあ、はやい。
 やっぱり、男の子ね」
芳江は、バスタオルを身体に巻いた格好でバスルームの前に立っていて、変に感心し春彦を見つめていた。
「じゃあ、これで身体を拭いて。
 夏だから寒くはないと思うけど、エアコンついているから、寒かったらベッドの上のタオルケットでも羽織っていてね。」
そういうと、芳江は春彦の横をするり抜け、バスルームに入って行った。

芳江は、春彦と違い20分位でバスルームから出てきた。
「ねえ、早かったでしょ。」
バスタオルで身体を巻き、乾いたタオルで髪を拭きながら、芳江が出てきた。
「ええ、早かったです。」
「うそだぁ、顔が嘘嘘言ってるよー。
 女って、なんで時間がかかるんだろうって。」
「そんなことないです。」
春彦は笑って答えた。

「ねえ、立花君、ひょっとしてずっと立ってたの?」
芳江はバスルームから出てきた時、腰にバスタオルを巻いて、所在無げに立っている春彦を見ていった。
「はい。」
そう言って春彦は、頷いた。
「もう、シャワー浴びたんだからベッドに腰掛けていればよかったじゃない。
 それに体が冷えているわよ。」
芳江は、春彦の胸を触るとそう言ってベッドに連れて行き、タオルケットをまくって座らせ、その横に座ると、まくったタオルケットを春彦と自分にかけ、春彦を抱きしめるようにした。

春彦は、芳江の弾力のある胸の感触と石鹸の匂い、芳江の温かさとほのかに香る何とも言えない体臭を嗅いで、自分のものが固くなるのを感じた。
「芳江さん…。」
そういって芳江を見ると、芳江は上気した顔で春彦を見ていた。
「ん?
 いいわよ…。」
春彦は、芳江をベッドの上に寝かせると、その上にのしかかり、何度も何度も芳江を求め続けた。

それから、夜中過ぎに芳江と別れ春彦はアパートの自分の部屋に戻っていた。
春彦の心の中に渦巻いていた様々な欲望が、嘘のように晴れ、久し振りに頭がはっきりしているようだった。
芳江は、別れ際に自分の携帯の番号を書いた紙を春彦に渡した。
「また、何かったらいつでも来てね。
 ただ、夜勤とかあるから、来るときはここに電話してね。」
芳江は、様々な葛藤が春彦の心の中に渦巻いて、自分でどうしようもなくなっているのだろうと見透かしていた。
そして自分といることで落ち着くのであれば、いつでも春彦を受け入れるつもりだった。
それは、恋愛とは違い、また母性とも違う、芳江は芳江で女としての本性が春彦の肌を欲していたのかもしれない。

その後、月に1~2回、春彦は欲望が溜まると、芳江のところを尋ね、心を落ち着かせるようになっていた。
公園は、その後も夜も安全な憩いの場に変貌を遂げ、変質者などが出没することはなくなっていた。
もっとも、街灯が整備され、警察官の定期パトロールのコースになったためと言えるが、走る老婆といった都市伝説だけは残ったようだった。

「ねえねえ、知ってる?」
夏もあっという間に過ぎ、初秋を迎えた時、いつものように、美由紀に誘われ、美穂子や陽介、そして春彦が集まって美由紀たちの部屋で昼食をとっている時、美穂子が口を開いた。
「なあに?」
美由紀が、“また始まった”と言わんばかりに美穂子の方を向いて言った。
「また、出たんだって!」
「え?
 なにが?」
「ほら、あの公園。
 この前、走るお婆さんの話をしたじゃやない?」
「ああ、あの誰よりも早く走り、足が地面についてないっていうお婆さんの話?」
陽介が話に食いつくと、美穂子は嬉しそうにした。
「そう、それ。
 今度はね、なんと、お婆さんだけじゃなくて、お爺さんも現れて、高速二人三脚で走る抜けたんだって!!」
(何か話が、ギャグになって来てるな…)
春彦は、半分呆れて美穂子の話を聞いていた。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
芳江のアパートは、2階建てのコンクリートの全室1DKでバストイレ付の間取りで、芳江の部屋は1階の一番奥だった。
玄関は外に面していて、道路から敷地に入って、他の部屋の前を通って行くので、敷地にはいる時、芳江は小声で静かに歩くようにと春彦に囁いた。
部屋に入ると、ベッドと、その横にちゃぶ台の様なテーブルが置かれていた。
部屋の中は、綺麗好きな性格なのか、きちんと整理整頓され、女性らしい明るい模様のカーテンや壁にもいろいろな可愛らしい小物が掛っていた。

「狭いけど、勘弁してね。
 あと、うーん、雨に濡れてビショビショね。
 タオルを持ってくるから、テーブルのところで座って待ってて。」
そう言うと芳江は、荷物を適当なところに置き、ベッドの横に春彦を座らせ、浴室の方から、大きなバスタオルを持ってきた。
「バスタオル、洗ったばかりできれいだからね。」
そう言うとバスタオルで春彦の髪を拭き始めた。
「で、どうしたの?
 あんなところで、座り込んでいて。
 あのままでいたら風邪ひいて肺炎になっちゃうわよ。」
芳江は春彦が入院している時、担当の医師から春彦が怪我と心に傷を負って入院していると聞いていた。

入院していた春彦は最初の数日は、全く何にも興味がないように、ただただ呆然とベッドの上で座っていた。
夜になると、芳江たちが、横に寝かせ、布団をかけたりしなければ自分で何もやろうとしなかった。
その内、芳江たち看護婦の呼びかけに少しずつ反応をするようになり、陽介が病室に出入りするようになると、心に傷を負った病人ということを忘れさせるほど、話すようになっていった。
そして、春彦が笑顔を見せるようになると、若く女性受けする容姿の春彦に看護婦たちは色めき立ち、用もないのに病室に顔を出したりしていた。
芳江もその看護婦の一人だったので、春彦の病気のことも良く知っていて、一人でベンチに座って雨に打たれている春彦を見た時、また何かあったのかと心配でたまらなくなった。
芳江は、春彦の前に回り込み立ち膝をついて、春彦の髪を拭いていた。

芳江は、小柄でむっちりとした体形で、春彦の頭を拭いている反動で、春彦の目の前大きな胸が上下左右に揺れていた。
しかも、春彦に傘をさしたりしたので、芳江のブラウスも雨で濡れていて、ブラウスからいピンクのブラジャーが透けて見えた。
また、暑さと甲斐甲斐しく春彦の面倒を見ていたので、芳江から汗のにおいが春彦の鼻につき、それが、春彦の理性の箍を外し、目の前で無防備な芳江の身体に腕を回し、力を込め抱きしめた。
「ちょっ、ちょっと、春彦君。」
芳江は、春彦に抱きつかれた直後は驚きの声を上げたが、すぐに、大人しくなった。
春彦は、そのまま芳江を押し倒し、上に乗るようにして、左手で身体を支え、右手で芳江の胸を揉みしだいた。
「春彦君、私、汗臭いよ…。」
芳江は、春彦のことが気に入っていて、アパートに引き入れた時に、こうなることを心の中で望んでいた。

春彦は、芳江の言葉に耳を貸すことなく、芳江のブラウスのボタンを一つずつ外し、ブラウスを脱がせようと手をかけると、芳江が少し上半身を浮かせ、脱がせやすくした。
春彦は芳江のブラウスを脱がせると、しばらくブラジャーの上から乳房を弄っていたが、すぐに右手を芳江の背中に回し、ブラジャーのホックを外し、芳江の乳房をあらわにし、右手で芳江の左の乳房を揉みながら右の乳首に吸い付いた。
「お願い…、優しくして…ね。」
芳江の声は、すでに乱れていた。
春彦は、次にスカートのファスナーを下げ、スカートを脱がそうとし、ブラウスの時と同じように芳江は下半身を少し浮かせ、脱がせやすくしていた。
下着1枚の姿になった芳江を見下ろしながら、春彦は急いで自分の着ている服を脱ぎ全裸になって、再び芳江にのしかかるように肌を合わせた。
部屋のエアコンから涼しい風が春彦の背中に当たった。
春彦は、芳江の下着の中に手を入れ芳江の股の間を弄ると、そこはぐっしょりと濡れていた。
「いや…、恥ずかしい…。」
芳江は恥ずかしそうに顔を横に背けた。
春彦は芳江の下着を脱がすと、芳江の脚を開かせ、その濡れているところに固くなった春彦自身を突き入れた。
そこは、春彦が今まで感じたことない柔らかなところだった。
「あっ、優しく…。」
その芳江の声が春彦をさらに欲情させ、まるで芳江をむさぼるように春彦は激しく芳江の身体を求めた。
そして、芳江の中にありったけの力を放出すると、春彦の頭は霧が晴れたように落ち着いた。
身体の下では芳江が、息を切らしていた。

春彦は、そっと芳江から身体をはなし、芳江の顔を見た。
芳江も目をゆっくり開け、まだとろんとした感じで春彦を見上げた。
「もう…、激しいんだから…。」
芳江はニッコリ笑いながらそういって、春彦の髪に両手を回した。
「ごめんなさい。」
春彦は、そういうと、優しく芳江に口づけした。
「赤ちゃん、できたらどうするの?」
「え?」
焦った顔をした春彦を見ながら芳江はクスクスと笑った。
「大丈夫よ、今日は大丈夫な日なの。」
「そうなんですか。」
複雑な顔を見せる春彦に、芳江はあかしかった。
(この子って、きっと、凄く優しい子ね。)
「立花君、起こして。」
「はい。」

春彦は芳江に言われたように、芳江のさなかに手を回し、芳江を座らせた。
「立花君は、まだ、学生よね。」
「はい。」
「今、実家?」
「いえ、知り合いのアパートで独り暮らしです。」
「じゃあ、もう少し、時間、いいかしら。」
「はい。」
そう言いながら春彦は芳江の真意がわからなかった。
芳江は、立ち上がると「あっ」と小さな声を上げると、春彦に「待っててね」と言って小走りにトイレに入って行った。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
大勢の警察官の喧騒から少し離れたところでは、華枝が完全に目を覚まし、婦人警察官から事情を聴かれていた。
華枝は、男に万引きを脅され、ここに連れ込まれ、乱暴されそうになって気を失ったと話した。
なので、男がどうして倒れたかは一切見ていなくてわからないと話した。
その後、婦人警察官から万引きについて厳重注意を受け、付き添われ家に帰っていった。
その一方では、華枝を襲った男は、念のため救急車で病院に搬送され、その後、取り調べを受けたが、今までの犯罪者と同じで、何かに怯えるようにしながら、悪事のすべてを自白した。
「しかし、なんだよな。」
「え?」
尋問した警察官が同僚の警察官に話しかけた。
「いままで、あの公園で犯罪を犯していた奴らが、同じように、取り調べの際、皆、逆らったり否定することなく、大人しく全部自供しているじゃないか。」
「ええ、でも、それはいいことで。」
「そう、そうなんだけどさ。
 でも、皆一様に、何かに怯えるようにキョロキョロしたりしていたじゃないか。」
「そう言われれば、そうですね。」
「しかも、何があったか、皆口をそろえて覚えていないって。
 あの公園で一体何があったんだろう…。」
そう言いながら、警察官はわからないと言わんばかりに髪の毛を掻き毟っていた。

華枝の方は、警察官に家まで送られ、万引きのこととかすべて説明され、警察官が帰った後、両親にこっぴどく叱られ、次の日、万引きした店に誤りと代金を払いに母親に連れられて行った。
しかし、華枝は一つだけ、今回の件で誰にも言わなかったことがあった。
それは、恐怖に震えながら耳を手で覆い、顔を伏せていた時、誰かが近づいてくる気配とともに、髪の毛のリボンを外され、解けた髪の毛を触られている感触があり、その時、同時に何とも知れない良い匂いを感じていたことだった。
それは、誰にも言ってはいけないことと、なぜか心がそう言っていた。

その夜、春彦は警察官を華枝のいる繁みに誘導すると、気配を消して反対の茂みから遊歩道に出て、かなり離れたところまで歩くと、遊歩道から一歩芝生に入ったところにある木製のベンチに腰掛けていた。
「俺は…、俺は…。」
華枝が、「殺さないで」と言わなかったら、春彦はきっと華枝を襲っていたと思うと、自分で自分のことが分からなくなっていた。
しかも、頭の中は、華枝とのことがあったばかりなのに、戦う暴力よりも、女性を抱きたいという欲求が渦巻、自制心が今にも崩れそうになっていた。
ぽつ、ぽつ。
いつの間にか、雨が降り出し、春彦の頭に雨粒が当たった。
春彦はベンチの背もたれにもたれ掛かり、天を仰ぐように空を見た。
雨は、だんだんとひどくなり、春彦の頭を冷やそうとしているようだった。
しかし、8月なので、いくら雨が降っても、頭が冷えることはなく、逆に温かな湿った空気が、春彦の欲望をさらに掻き立てていた。

「あら?
 もしかして…。
 そうよ、立花君?」
遊歩道の方から、春彦の名前を呼ぶ女性の声が聞えた。
春彦はゆっくりと顔を声の方向に向けた。
そこには、傘を差した20代後半くらいのぽっちゃりした体形の水色のブラウスに紺のスカートの女性が立っていた。
女性は、髪を茶色く染めたショートヘアで、可愛らしい感じのする丸顔で、身長160cmを少し欠けるくらいのようだった。

「…?」
春彦が不思議そうに見ていると女性は確信した様に、春彦の方に近づいて来た。
「やっぱり、立花君だ。
 一体、どうしたの?
 こんなところで、雨に打たれて…。
 どこか、具合が悪いの?」
「…。」
春彦は誰だかわからないというような顔をして女性を見た。
「やーね、憶えていないの?
 菊田よ、菊田芳江よ。
 立花君が半年前に入院していた病院の看護婦よ。
 やーね、ほんとに忘れちゃったの?
 まあ、ナース服姿じゃなくて、私服だからわからないかな。
 でも、悔しいわねー。」

菊田芳江は、春彦が指を切断した時に入院していた病院の看護婦で、春彦のことが気に入って、用事があるときはもちろんのこと、用事のない時でも、よく春彦の病室に顔を出し世話を焼いてくれた看護婦だったので春彦の記憶にも残っていた。
「あ…、あの菊田さん…?」
「そうよ、思い出してくれた?」
春彦が黙って頷くと、芳江は笑顔から心配そうな顔に変わった。
「ねえ、こんなところで、雨に当たって風邪ひいちゃうよ。
 それになんか具合が悪そうよ。
 大丈夫?」
そう言って、芳江は傘で春彦の頭の上に持っていき、空いている片手で、ピンクのタオルハンカチを出し、春彦の頭や顔を拭きながら、覗き込んだ。
心配して声をかける芳江の唇は、間近で見ると口紅を塗っていたせいか妙に艶っぽかった。

「少し、おでこが熱いわね。
 ねえ、具合が良くないなら、私の家、この先、公園を抜けて少し行ったところなの。
 寄って行かない?」
「え…?」
「大丈夫よ。
 アパート暮らしの独身なんだから。」
そう言うと芳江は、一人暮らしを強調したような気がして仕舞ったという顔をした。
「歩ける?
 少し寄って、休憩して行ったら?」
芳江は少し恥ずかしそうに言った。
「はい…。」
春彦はなぜか素直に返事をした。
その心の中には、まだ、女性に対する欲求が獲物を狙う毒蛇の様にとぐろを巻いていた。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
男が目にした春彦は、眼の光もなく、唇の両端がⅤの字に待ちあがった残忍な獣、いや、冷酷な魔物と言った方が当たっていた。
男はあまりの恐怖に息をのんだ。
「あ…、ひ…。」
そしてその場を逃げようとしたが、体は言うことを利かず、只々立ちすくみ、自分が哀れな生贄だと観念した様だった。
華枝は、得体のしれない空気から、そばに見てはいけないものがそこにいると直感し、春彦に背を向けたまま目をぎゅっとつぶっていた。

春彦は、男の方にゆっくりと右手を伸ばした。
男は春彦の右手が近づいてくるのを、鞴(ふいご)の様な息遣いで凝視していた。
春彦の右手は男の右手に握られている華枝の生徒手帳を掴み、取り上げると、男に向かって甲高く、そして声にならない声を発した。
男はその声を聞いて、心臓を握りつぶされたように感じ、その場に倒れ込んだ。
華枝も、その声に恐怖し、両手で耳を塞ぎ、眼を力いっぱい閉じ、ひたすらしゃがみ込んだ姿勢で震えていた。

その時、生暖かい風が華枝をするり抜け、春彦の方に流れてきた。
その風の中には、若い女性、華枝の匂いが混じっていた。
その匂いは、男を興奮させるような匂いだった。
春彦は、何も言わずにしゃがみ込んでいる華枝を見下ろした。
華枝はよく見ると、おさげの様に髪を二つに分けリボンで結んでいたので、白いうなじがしっかりと見えていた。
また高校生でありながら、体つきも中肉中背で胸や腰回りも十分に成熟していた。

「ぐぅ…。」
春彦は、小さく唸り声を上げ、自分の下半身が熱く、硬くなるのを感じ、女性に対する欲求を我慢できなくなっていた。
そして、一歩一歩華枝に近づき、華枝の背後にしゃがみ込み、右手に持っていた華枝の生徒手帳を左手に持ち替え、空いた右手で、華枝の二つに分けた紙を結んでいたリボンに触れ、ゆっくりと解いた。
リボンが取れた黒髪はさらさらと肩にかかっていった。
「ひぃ!」
華枝は小さく悲鳴らしき声を上げた。
春彦は、その解けた髪を右手で弄ぶように掴むと、自分の鼻をその髪につけ、すぅっと匂いを嗅いだ。
華枝の髪は、シャンプーの甘い香りがし、春彦の下半身をさらに刺激させた。

春彦は、そのまま華枝のうなじに顔を近づけ、匂いを嗅ぎながら、右手で華枝を抱きしめようと手を伸ばした。
「…さ…いで…さ…。」
その時、華枝の口から何かことばが漏れた。
春彦は右手を止め、耳を凝らしいた。
「お願い…です…。
 何でも…、します…から、殺さない…で…、くだ…さい…。」
華枝の口からは恐怖で震えた声で、助けを請う言葉が漏れていた。

それを聞き、恐怖に震えて華枝の後姿を見て、春彦は顔を歪め、華枝の胸ポケットに生徒手帳を押し込んだ。
恐怖の頂点に達していた華枝はいきなり胸に何かを差し込まれる感触を感じ、ついに失神して、その場に頭から倒れ込んでいった。
しかし、倒れ込む華枝を、春彦は、右手で支え、そっとその場に横たえた。
月明かりに照らされた華枝の顔は、可愛らしく、男に好かれる顔立ちだった。
春彦は、そっと立ち上がると周りを見渡し、何かの気配を探っていた。
そして、気配のする方向に、手近に合った木の枝を拾って投げた。

木の枝は、弧を描き茂みの傍の歩道に落ちた。
「なんだ?
 誰かいるのか?」
「どうした?」
「いえ、あそこの繁みから何かが飛んできたようです。」
「よし、行って見よう。」
声は巡回中の警察官だった。
春彦は、さすがに華枝をその場に置いて立ち去る訳に行かず、また、気を失っている男が意識を取り戻し、華枝にまた変なことをしないように、頻繁に巡回するようになった警察官の気配を探していたのだった。
そして、運のいいことに近くに警察官の気配、拳銃や警棒のこすれる音を感じ、注意を引いて華枝の方に誘導し、自分は、音もたてずにその場を後にした。

警察官が茂みの中をのぞくと、華枝が倒れているのと、その近くに中年の男が作業着を脱ぎシャツ一枚で、しかも、ズボンのチャックを下げた状態で倒れているのが見えた。
その光景は、どう見えても中年の男が女子高生に乱暴しようとして、何かの弾みに気を失ったとしか見えなかった。
「おい、きみ。」
一人の警官が華枝に声をかけると、華枝は“う~ん”と声を漏らした。
「こっちの娘は大丈夫みたいだ。
 そっちは?」
中年の男に声をかけ揺さぶっている警官に声をかけた。
「おい、おまえ、大丈夫か?」
警官は、男の胸に耳を当て、すぐに左手の脈拍を確認した。
「おい、こっちはまずい。
 心肺停止だ。
 心臓マッサージするから、早く救急車の手配を。」
「わかった。」
警官の一人が大急ぎで男に心臓マッサージを施すと、すぐに男の心臓は動き出し、口からくぐもった声をもらした。
「おい、大丈夫か?」
警察官が、男の顔を覗き込むようにして尋ねると、男は薄目を開け、頷くと、また大人しくなった。
いつの間にか応援の警察官が駆け付け、俄かにその場は、昼間のようにぎやかになっていた。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
それからしばらくしたある金曜日の夜のこと。
いつものように春彦の部屋で話していた陽介は自分の部屋に戻るため、部屋のドアに手をかけた。
「そうそう、春彦、今夜は雨が降るってさ。
 水しぶきをまき散らせて走る超絶ばあちゃんにならないようにな」
そう言うと笑いながらドアを開け手を振って出て行った。
「ありがとな。」
春彦は、その後ろ姿を見送りながら、つぶやいた。

時計を見ると夜の8時近かった。
美穂子は既に会社から戻っていて、美穂子の部屋から音楽が微かに聞こえていた。
それも春彦でないと聞こえないほどの音だった。
「ふぅ…。」
春彦は、軽く息を吐きだすと、自分の中から、いつもの凶暴な自分が目を覚ましてくるのを感じていた。
(もう、妄想相手に組み手をやっても、治まらなくなって来たな…。)
そう思いながら黒っぽい半そでのTシャツとジャージの下に着替え、春彦はまるでネコ科の獣のように音もなくアパートを出て公園に向かって走り出した。

夜だったが、空は重たい雲に覆われ、いつ雨が降り始めてもおかしくなかった。
そしていつものように、ジョギングコースを走り始めたが、時間が早かったのか、また天気を気にして早めに来たのかジョギングコースにはいつもの倍以上にランナーが走っていた。
さすがにいつものように自分のペースでは走れず、春彦は3周くらいでジョギングコースを外れた。
公園の奥の木々が茂っている方に行くと、やはり時間が早いのか、または、治安が良くなったのか家路を急ぐため公園を突っ切る人の数も増えた気がした。

「……。」
「……。」
春彦は、近くの茂みの方で男女の言い争うような声が聞え、そっとその方向に近づいて行った。
「お前、一体なにしたと思っているんだ。」
「…。」
「万引きなんかしてさ。
 わかってる?
 万引きって犯罪なんだよね。
 警察に突き出そうか?
 それとも学校に連絡してやろうか?」
そう言う男は片手に手帳のようなものを持ってひらひらと揺らしていた。

春彦は気が付かれないように、茂みの中をのぞくと、中年の男と、高校生くらいの学生服を着た女の子が見えた。
話の内容から、その女子高生が万引きしたのを見咎めた中年の男が何やらよからぬことを考え、女子高生を暗がりに引っ張り込んだようだった。
「その手帳、返して!」
男が手に持っていたのは、その女子高生の学生証が入っている手帳だった。
「おーっと、そうは行かねえよ。
 ここに、自宅の住所や電話番号も書いてあるじゃねーか。」
「返して!」
女子高生が男の持っている手帳に手を伸ばして取り返そうとしたが、男は上手によけ、逆に手を取り、後ろ手に絞り上げた。
「痛い!」
「まあ、そう急かさない、急かさないって。
お楽しみは、これからだから。
 ね、華ちゃん。
 お前、華枝って言うのか。」
「手を離してよ!」
華枝と呼ばれた女子高生が身をよじったが、男は絞っている手に力を入れ離さなかった。
「痛い!」
絞り上げられ女子高生は悲鳴を上げた。

「おーっと、大きな声を出すんじゃねぇよ。
 俺は、こう見えても怖い人たち知ってるんだよ。
 そいつらにお前のことを話せばどうなると思う?
 お前の家族なんか、行方不明になり、お前もどこかに売り飛ばされるぞ。」
男は声のトーンを下げ、ドスの効いた声で脅しにかかった。
その声を聞いて、華枝は大人しくなった。
「そうそう、それでいいんだよー。
 やさしくしてやるからなぁ。」
男は、華枝の締め上げている腕を外し、そのまま、後ろから抱きしめた。
「くっぅ……。」
華枝は涙を目にいっぱいため、唇を血が出るくらい噛みしめていた。

「うひひひひ
 下はふかふかの芝生だからね。」
男は明らかに興奮していて、意味の分からないことを口走っていた。
そして、力任せに華枝を芝生の上に押し倒し、男は自分の着ている作業着を脱ぎ始めた。
華枝は、うつ伏せで肩を震わせていた。
“バキッ”
男が作業着を脱いだ時、茂みの中から春彦が湧き出たように男の前に立った。
「ん?」
男は凄みをきかせて春彦を睨もうと、春彦の顔を下から見上げるように見上げた。
「はっ、えっ?」
春彦は、すでに人の顔ではなかった。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
美穂子は美由紀の前に数字の「1」を似せて人差し指を立てた。
「まずは、怪人ランナー。
 なんでも、普通に走っていたら、後ろから行き成り黒っぽい服装のランナーに抜かれるんだって。
普通なら足音が近づいてくるからわかるんだけど、足音も気配もなく、そして、今抜かれたと思ったら、半周もしないうちにまた抜かれるらしいわよ。
しかも、その抜かれた人ってゆっくりジョギングしているジョギング愛好家じゃなくて、ばりばりの現役陸上部で、トレーニングで真剣に走っていたんだってさ。
それが、1周のうちに2回も抜かれるって、人間には無理だろうって話よ。
可哀想に、その追い抜かれた陸上部の子、自信喪失で塞ぎ込んじゃったんだって。
また、その怪人ランナー足が地面から10㎝位浮いていたって目撃者もいるんだって。」
「えー、それって、もしかして、おばば?」
美由紀が素っ頓狂な声で言った。
「なによ、それ。」
「昔、お父さんが読んでいたマンガで、おばあちゃんの幽霊がすごい勢いで走っていくって面白いマンガがあったの。」
「美由紀ぃ、何言ってるの。
 これは、怖―い、怖―い、怪人のお話しなのよ。」
美穂子は、半分呆れた顔をしていた。

その時“ガリッ、ガリガリ…”と氷が砕かれる音が聞えた。
陽介が音のした方を見ると、春彦が飲んでいたコーラのコップに入っていた氷を口に頬張り無表情に齧っていた。
“ガリ、ガリ…”。
その音で、美穂子も美由紀も一瞬気を取られ黙ったがすぐ美由紀が口を開いた。
「でも、襲われた人、いないんでしょ?
 それに驚いて怪我した人もいないんでしょ?
 よっぽど、おばあちゃんが走っていた方が怖いわよ。」
「もう…。
 それはそうだけど…。」
美穂子は口ごもったが気を取り直したように口を開いた。

「じゃあ、これは?
闇夜に舞う笑い男。」
美穂子は今度は数字の「2」に似せて人差し指と中指を伸ばした。
“ガリッ!”
春彦の氷を噛む音が、さらに大きくなった。
それを聞いて、美穂子が春彦の方を向いた。
「春彦~、どうしたのかな~?
 怖くなって、氷をかじる力が強くなったのかな~?」
美穂子は、春彦が怖がっていると勘違いしニヤニヤ笑っていた。
「いや、別に…。」
そう言う美穂子に、春彦はそっけなく答えた。

「まあ、いいわ。
それでね、ジョギングコースから外れた暗い茂みの方に出るんだって。」
「まあぁ。」
「ほんと、ほんと。
 黒いタキシード姿、黒いシルクハット被った長身で細身の男。
顔は、眼が半円の様なこんな目で。」
そう言いながら美穂子は、眼の辺りに山の様な半円を描いて見せた。
「それでね、口はこんなⅤの字で」
美穂子は自分の口の辺りに鋭角なⅤの字を描いて見せた。
「それでね、踊るようにゆらゆらと闇夜に浮かんで、声にならないような笑い声を上げてるんだって。
 それで、その声を聞くと、みんな心臓が締め付けられ、弱い人だと心臓が停まっちゃうんだって。」

「ねえ、美穂子さん、それって西洋の伝説に出て来るマンドラゴラとごっちゃになっていない?」
陽介がおかしそうに口を挟んだ。
「あ、それ私も知ってる。
 植物で、引き抜くと人間の様な顔をして悲鳴を上げるんでしょ?
 それで、それを聞いた人間は死んじゃうって言う。」
美由紀も面白そうに口を挟んだ。
美穂子は、怖がらせようとして話した話が、美由紀と陽介の笑いを誘い、拍子抜けをして春彦の方を向いた。
「春彦は、どう思う?」
「え?」
「“え?”じゃない。
 本当にいると思う?」
「うーん、どうだろう。」

春彦は、美穂子の話が自分のことだとわかり、苦虫を噛み潰した顔をした。
(確かに、他のランナーをぶっちぎったよ。
 茂みの中で、エアー乱取りをやってたよ。
 それが、走るばあちゃんに笑い男か…。)
ポンと肩を叩かれ、顔を上げると陽介が面白そうな顔をし
「ドンマイ!」
と笑いながら言った。
陽介は、夜な夜な春彦がジョギングをしに公園に行っているのを知っていた。
ただ、単に走るだけとでしか思っていなかったが…。
「ほっとけ。」
春彦は、苦笑いをして答えた。
(今度は時間帯ややり方を考えなくちゃ…)
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
春彦が公園から歩いて帰って来ると、アパートの前に陽介が立っていた。
「春彦、何やってたんだ?
 こんな夜遅くに。」
「え?
 ああ、なんか最近身体がなまって、ジョギングしてきたんだ。」
「あそこの公園か?」
「ああ。」
春彦はにこやかに答えた。
その顔を見て、陽介は何かほっとした気分となった。

「でもさ、なんか公園の方が騒々しいけど、どうしたか知ってる?
 パトカーや救急車がけたたましくサイレンを鳴らして走っていったけど。」
「ああ、俺も帰る途中ですれ違ったよ。
 救急車や消防車、それにパトカーが数台。
 何か事件でもあったのかな。」
「ほら、だからあそこは夜は危ないって言っただろ。」
「でもさ、ジョギングコースは街灯があって明るいし、それに、数人、走ってたよ。」
「そっかぁ?
まあ、確かにジョギングコースは、明るいし大丈夫か。」
陽介は少し考え込むように言った。

「あ、ジョギングの話、美由紀さんには内緒な。」
「え?
 なんで?」
「だってさ、美由紀さん、きっとそんな時間に危ないからダメってすごく心配すると思うから。」
春彦は鼻の頭を掻きながら言った。
「まあ、そうかもな。
 わかったけど、春彦もあまり、なっ。」
陽介が春彦のことを気遣っているのが、春彦には良く判っていた。
「ああ、危ないことはしないよ。
 さて、シャワーを浴びて、寝っと。」
そう言って、春彦は陽介に手を振って玄関のドアに手をかけた。
「ああ、お休み。」
陽介の声に、もう一度春彦は手を振り玄関の中に入っていった。

その後も、春彦は毎晩のようにこっそりとアパートを抜け出し、公園に通っていた。
そして1ヶ月も経たないある夜、事件が再び起こった。
前回の強盗と同じように、巡回中の警察官がジョギングコースを外れた暗がりの道で下半身裸で立ち尽くしながら失禁、口からは「エケエケ…」と意味のない言葉を漏らしている中年の男を発見した。
声をかけながら近づくと、同じようにその場で倒れ込み、痙攣をおこし危険な状態に落ちっていた。
すぐに救急車で病院に運ばれ、事なきを得たが、ショックによる心臓麻痺だった。
男は、痴漢の常習犯で、取り調べに素直に応じ、全てを白状したが、やはりその夜のことを
家を出て公園の茂みに隠れたところまでで、それ以降のことは一切覚えていなかった。
前回の強盗と同じように、自分が今までに犯した悪事を反省しながら自ずら率先して全て語ったことも特筆されることだった。

「でも、あの公園で何が起こっているのかしら。」
美由紀が不思議そうな顔で言った。
日曜日の昼間、春彦と美穂子は美由紀に誘われ、陽介も混じって、美由紀の家でランチをしゃれこんでいた。
美由紀はいつものように茶色の髪をポニーテールにして、ぴっちりと体の線が出るジーパンにプリント柄のTシャツというラフな格好だった。
「でも、結構治安が良くなったんだって。
 あの2件の被害者は、強盗に痴漢だったんだって。
 だから、悪いのがビビッて近づかなくなったって噂よ。」
美穂子がフランスパンを齧りながら言った。
美穂子は、夏に向かってと言って美由紀と同じ茶色の髪をショートし、やはりジーパンにTシャツというラフな格好だった。

「そうそう、それに、警官の見回りも増えたんだって。
 だから、今じゃ1日中安全だって話だよ。」
陽介が利いた風な口をきいた。
「ええ?
 陽ちゃん、その話誰から聞いたの?」
美由紀が疑いの眼差しで陽介を見た。
「え?ええ…。」
口籠る陽介を後目に美穂子が口を出した。
「その噂、私も聞いた。
 ほら、いつも買いに行く酒屋さんの看板娘の、えっと、華ちゃんだっけ?
 その子が言ってた。」
美穂子はニヤニヤしながら陽介を見た。
「へえ、そうなんだ。」
「でも、その代わりに、出るって噂よ。」
美穂子は悪戯っぽい顔をして言った。
「出るって?
 何が?」
「やーね、美由紀ったら。
出るって言ったら、あれよ。」
「何よ。」
「しょうがないな、教えてあげる。」
美穂子が得意げな顔で話し始めた。

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