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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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よろしくお願いします。


DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
和彦がアパートに向かって歩き始めると、草むらから二人組の男が飛び出して来た。
二人組の一人は、刃渡り10センチくらいのナイフを持っていた。
「ちっ、ジャージ姿じゃん。
 金持ってないんじゃない。」
ナイフを持っている一人が舌打ちした。
「仕方ねえな。
 なあ、金持っていないなら、裸に引ん剝くってどうか?」
「ああ、よく言うよな。
 俺見たことないから、面白いかもな。」
「ということで、悪けどさ、金持ってる?」
春彦は静かに首を横に振りながらうな垂れた。
「じゃあさ、悪いけど、裸になってくんない?
 そのジャージ売れるかわかんないけどさ。」
手にナイフを持っている男は、春彦が完全に怖がっていると思い込み、その手に持ったナイフをちらつかせながら春彦に詰め寄った。
「それが嫌なら、家に帰って金を持って来てくんないかな、
 バックレようとしても、顔、よーく覚えたから、逃げられないぜ。」
普通なら震え上がるほど、一人が凄みをきかせて言った。

二人組の男たちが1,2歩春彦に近づいた時、がばっと春彦は勢いよく顔を上げて男たちを見た。
春彦と目を合わせた二人組の男たちは、猛獣に出くわした子羊のように、瞬時に自分たちの死を迎い入れた。
男たちを見ている春彦は、その目の黒目と思われるところにぽっかりと穴が開いていて、光というものが感じられなかった。
そして、まるで新月のように口の両端が吊り上がっりまるで笑っているようだった。
何よりも春彦から発せられている猛獣よりももっと恐ろしい、悪鬼、悪魔の様な波動が二人の心臓をがっちりと掴み、今にも握りつぶそうとしているようだった。
二人は、まるで悪魔の呪文にかかったように、呼吸もするのを忘れ、その場に凍り付いた立ち尽くすしかなかった。
その二人に、春彦は音もなく1歩1歩と近づいて行った。
「…に……。」
春彦の口から何かことばが漏れたが、二人組は動くことが許されていなかった。
そして、春彦が何か行動を起こそうとした、その時、懐中電灯の光とともに声が聞えた。

「そこ、何しているんだ!!」
声を発したのは、自転車を押していた巡回中の二人の警官だった。
警官の声が聞こえ、春彦は二人の眼から目を離さず、不気味な口元を見せながら、音もなく後づさりするように、暗闇に溶け込んでいった。
「おい、そこで何やっているんだ!」
二人の警官は自転車のスタンドを立て、2人組の男たちに走り寄って来た。
「おい!」
変事のない二人組に声をかけ、肩を叩くと、ナイフを持っていない方の男が、まるで糸の切れた人形のように、ドサッという音とともに、その場に倒れ込んだ。
もう一人のナイフを持っている男も、ナイフを握ったまま、へなへなと腰を抜かしたようにその場に座り込んだ。

警官の一人は、その手のナイフを見つけた。
「おい、お前、そのナイフは何だ。
 そーっとそこに置け。
 バカなこと考えるんじゃないぞ。」
そう言ってもナイフを持った男は、そのまま、動かなかった。
何か異様な雰囲気を感じた警官は、そっと男の手を掴み、ナイフを取り上げた。
しかし、男は放心状態で一切抵抗せず、また、その場で失禁し、座っているところを中心に水たまりが出来ていった。
「お…い…。」
警官は、あまりの事態にその男を見つめるだけだった。

「おい、たいへんだ。
 こっちの男は、呼吸が止まっている。」
「なに?」
慌てて警官は倒れ込んだ男を上むきにし、呼吸と脈の確認をあわただしく始めた。
「おい、脈もないぞ。」
「心臓マッサージをしよう。」
「俺は、応援と救急車を呼ぶ。」
それから、公園にパトカーと救急車が駆け付け、一時騒然となった。
結局、心臓が止まっていた男は、警官の迅速な心臓マッサージの甲斐があって蘇生し、そのまま。救急車に乗せられた。
もう一人の男も、失禁したまま心神喪失状態で、とても事情が聞けそうまなく、仕方なく、一緒に救急車で搬送された。

「おい、一体何が当たんだ?」
パトロールをしていた警官の上司の警官が二人に尋ねた。
「いえ、何か声が聞えて、近づいたらすでにこんな状態で。」
「でも、確か、もう一人いたような気がします。
 あの二人組が、その者を恐喝しているように見えたんですが…。
でも、どこにも痕跡が無くて、気のせいなのかなぁ。」
警官の一人はキツネに摘ままれたような顔をしていた。
「しかし、外傷もなく、争った形跡も、ましては変な薬剤の匂いもしないしなぁ。」
「それに無臭の毒ガスでしたら、近づいた私たちも無事ではないはずですし…。」
現場にいた警官が不思議そうな顔をして言った。
「一応、この辺りを細かく見てみよう。」
「はい。」
それからしばらく、公園のあちらこちらで警察官の懐中電灯の明かりが乱舞していたが、結局何も見つからなかった。

後日談になるが、二人組の強盗は回復した後、警察の取り調べに素直に応じ、今までも余罪含め、全て自白したが、あの夜のことは一切記憶になかった。
二人を診た医師の話でも、考えられないがあまりの恐怖に記憶の一部が欠落したのだろうということで、結局、その場で何があったのか誰も知ることが出来なかった。
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DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
アパート生活が3か月ほど経った6月のある夜、春彦は部屋の中でベッドに腰掛け、頭を抱えていた。
「うう…。」
春彦は、自分の中にいつしか住み着いた、暴力的な感情という怪物を抑えていた。
その怪物は、今はもう無い問題のあった道場で、暴力によって他人を蹂躙した頃の甘い誘惑を春彦に盛んに仕掛けていた。
春彦は時計を見ると夜の10時を過ぎたところだった。
壁越しに隣から水の流れるような音が聞えていた。
その音は、隣の部屋の美穂子が帰宅し、お風呂に入っている音だった。
木造の建物と言っても防音設備はしっかりしていて、普段は聞こえることはないのだが、今の春彦は感覚が異様に冴え、信じられないくらいに良く聞こえた。

春彦は、普段着を黒っぽいジャージに着替え、音を立てずにそっと部屋を出てアパートの玄関を出ると、近くの公園に向かって歩き出した。
公園と言っても、魚釣りができるほどの池や、サッカーが出来るほどの広さの広場、また、木々が多く、森林浴が出来るような場所があり、かなり広い公園だった。
昼間は、子供やお年寄りの憩いの場となっており、夜は池の周りのベンチで愛子奏でるカップルの憩いの場になっていた。
ただし、夜になると池の周りのベンチやジョギングコースにはオレンジ色の街灯が並んでいたが、一歩奥に入ると深淵な暗がりが広がり、かつ、大きい植栽が、身体を隠す格好の場所になり、そこを通って帰ろうとする人間を痴漢やひったくりなどが狙う危ない場所にもなっていた。
大抵の人間は公園を迂回して反対側に抜けていくのだが、公園を突っ切った方が迂回するよりもかなり早く、倍近い時間で行けるので、速足で通り抜けようとする者がいるので、被害は後を絶たなかった。
春彦も美由紀から夜10時以降は公園に近づいてはだめと釘を刺されていた。

春彦は、公園に着くと池の周りのジョギングコースを走り始めた。
池の周りのジョギングコースは1周1キロメートルくらいで、ラバーの道が出来ており、そしてその道の周りだけさんさんと街灯が点いていて、遅くまでジョギングを楽しむ人で人気だった。
春彦が走り始めた時、夜の10時を回っているのにかかわらず、数人がコースを走っていた。
春彦は最初の1,2周は他のランナーと同じくらいのスピードでは走っていたが、3周目からだんだんとスピードを上げ、逆に足音は静かに、まるで、ヒョウやトラの様な野生動物のようだった。
なので、春彦に抜かれたランナーは、いつの間にか後ろから抜かれ唖然とするものが多かった。

5周ほど周回を重ねると、春彦はジョギングコースから外れ、街灯のほとんどない道を進み、大きな木や植栽がうっそうと茂っているところに来ると、道から外れ植栽の中に入って行った。
植栽はすぐに途切れ、周りに大きな木が茂っている間の5メートル四方くらいの平坦な場所についた。
そこで、春彦は、一度引いた汗がまた拭きだすまで、入念にストレッチを行った。
ストレッチが終わった後、春彦は、静かに、まるで闇に溶け込むかのように立ち尽くした。
すると、春彦の周りの地面から、何か人の様な物体がもこもこと出現し、春彦を取り囲んだ。
それは春彦の妄想の産物で、何時しかその物体は真黒な人の影のように姿を変え、春彦に襲い掛かって来た。
春彦は、その襲い掛かってくる黒い影を避け、そして、その影に蹴りや拳で攻撃をし、春彦の打撃を受けた影は霧散するが、すぐに復活しては、春彦に襲い掛かって来た。
「ィィー!!」
いつしか、春彦の口から人の声ではない異様な声が漏れ、顔は笑いに包まれ、眼の光は失いぽっかりと全ての光を拒絶するかのような真黒な穴が2つ開いたような不気味な形相に変わっていた。
そして鋭い呼吸音のような音を口から漏らし狂ったように蹴りや拳を繰り出し、そこにもし誰かが出くわしたら、夜の闇で野生のトラと出くわしたように自分の命が食われていく妄想に襲われるに違いなかった。
「シャー。」
短い呼吸音とともに春彦は全ての動きを止めた。

最初は、単にストレスなどの発散でジョギングだけだったが、徐々に収まらなくなり、妄想を相手にするようになっていた。
しかし、それも、今の春彦には物足りなくなっていた。
「肉…、生身の肉の塊を殴りたい…。」
春彦の口から独り言が漏れた。
「あの感触…、拳が肉に突きは刺さっていく感触…。
蹴り脚が肉に埋もれていく感触…。」
この前まで、ストレスが溜まると道場で合法的に人を殴ったり蹴ったりすることが出来た。
例え防具の上からでも十分感触を味わえた。
それが、数カ月前の事件で道場が壊滅し、感触を味わえなくなり、飢餓状態になっていた。
更に悪いことに、その事件の時、防具なく手加減もなく向かってくる相手を潰していったご馳走を味わった後で訪れた飢餓だったので尚更、押さえきれない欲求が春彦の心を支配していた。

「喰らいたい…。
 肉を、生身の体を…。
 うっ、うっ…」
きちんとした武闘家であればあるほど、力が付くと同時にその抑止力も培っていくものだが、春彦はあまりにも稚拙だった。
そこで春彦はとうとう頭を抱えてその場でしゃがみ込んでしまった。
木々の間から、満月の黄色い光が差し込んできた。
春彦は顔を上げその光を見ると、先ほどの黒い影ではなく、黄色がかった白い肌の女性が現れた。
それは、木乃美が襲われた夜、感情が抑えきれなくなり春彦に抱きついた木乃美の裸体に似ていた。
「お、俺…」
その裸体にむしゃぶりついている自分が見え、いつしか興奮していた春彦だったが、その裸体の女性は恐怖と苦痛な顔を見せた、その顔が木乃美の顔に見えてきた。
春彦は、冷水を頭から掛けられた気がして一気に頭の中が冷めきった気がした。
「な、何やってんだよ。
 俺は…。」
自嘲気味に笑いながら春彦は立ち上がり、ふらふらと茂みを抜け、月の灯りが指している道に出て、アパートに方向に歩き始めた。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
その夜、いつものようにパソコンの電源を上げ、佳奈は木乃美が映し出されるのを待っていた。
10分位すると、パソコンに木乃美の顔が映った。
木乃美は佳奈の顔が曇っているのを見て取って、わざとふざけたように言った。
「おんや、佳奈、どうしたの?」
「こ、木乃美―ぃ。」
佳奈は、木乃美の顔を見たとたん声を上げて泣き始めた。
「わわ、佳奈、どうしたの?
 ちょっとぉ。
 何が何だかわからないんだから、少し泣き止んで、訳を話しなさいよ。」
木乃美は慌てて、佳奈に何があったのか話すように、何度も声をかけた。
「う、うん。」

少しすると、佳奈は少し落ち着いたのか、木乃美の顔を見て頷いた。
「少し、落ち着いたみたいね。
 何があったか、話しなさい。」
「うん。」
佳奈は、ぽつぽつと今日大学で夏美が自分を避けていたこと、プレゼントした人形がゴミ箱の近くに捨てられていたことを木乃美に話した。
木乃美は始め驚いたようだったが、佳奈の話に相槌を打ちながらじっと聞いていた。
「…ということなの…。」
佳奈は全て話し終わると、うな垂れ、しょげ返ってしまった。
「で、夏美さんと、その後は話できていないの?」
木乃美は先程とは打って変わって真面目な顔で聞いた。
「うん。
 だって、私の顔を見たらそっぽ向いてどこかに行ってしまって…。」
「でも、夏美さん、そんなことする人じゃないんだけどなぁ。」
木乃美も夏美のこと、夏美の性格について人づてに聞いていて知っていた。

「私も、そう思っていた。
 そう信じていた。
 だって、お人形渡した時、あんなに喜んでくれたのに…。」
「佳奈…。」
「お友達に“子供っぽい”て言われていた様に聞えたから、それで嫌になったのかな。
 確かに、お人形なんて子供っぽいし、大人っぽくて素敵な夏美さんには似合わないよね。」
「佳奈ったら…。」
「私が目の前にいたから、仕方なく受け取ってくれたのかな…。
 なんだか、とっても大事なものが無くなったみたいで、力が抜けてきちゃった…。」
佳奈は、そう言うとベッドに倒れ込んだ。
「こら、佳奈。
 顔が見えないって。」
木乃美に言われ、佳奈はのろのろと身体を起こした。

「でも、私の知っている夏美さんは、そんな人じゃなかったよ。」
木乃美はきっぱりと言った。
「うん、でも…。」
「何か事情があるのかな…。
でも、そんなことする事情て何だろう。」
木乃美は思わず自問自答をしていた。
「私も、わからない…。」
「きっと、いつかわかる時がくると思うよ。
 それまで、夏美さんを信じて、心に仕舞っておこう。」
「そうだね。
 木乃美と話してたら、気持が落ち着いて来たわ。
 そうよね、私たちが知っている夏美さんはそんな人じゃないもんね。
 その内、夏美さんから話してくれるかも。
 それまで、そっと待っているわ。」
「そうそう。」
「木乃美、ありがとう。」
そう言って佳奈は時計を見てはっとなった。
時計は夜の11時を回っていて、木乃美がいつも学校に行く時間をはるかに過ぎていた。

「木乃美!
 ごめん、学校が。」
「ああ、いいって。
 今日は遅刻していくから。
それに、最初の授業は、他の日でも受けられるから。」
木乃美は、落ち込んでいる佳奈を放って学校に行く気にはならなかった。
「木乃美、ごめん。
 いろいろ話を聞いてくれてありがとう。
 おかげで、もやもやがさっぱりしたわ。
 授業、ごめんなさい。
でも、私には木乃美がいてくれて…。」
佳奈は、何となく照れ臭くなり、語尾を濁した。
「なに?
 木乃美がなんだってぇ~?」
木乃美が面白がって聞き直した。
「もう。
 私には木乃美がいてくれてよかったって。
 私のかけがえのない大事な友人なんだから!」
佳奈は照れ臭くなりながらも一気にまくしたてた。
「ありがと!
 私も同じだよ。
 じゃあ、ゆっくり休んでね。
 私は学校に行ってきまーす。」
「はい、いってらっしゃい。」
パソコンの向うで木乃美がにこやかに手を振っていた。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
佳奈は、夏美の前に立つともじもじしながら話しかけた。
「あの、夏美さん。
 今月、夏美さんのお誕生日だよね。」
「え?
 わぁ、憶えててくれたんだ。
 なんか感激だわ。」
誕生日自体は5日前だったが夏美は、佳奈が自分の誕生日を知っていたので、嬉しくなって微笑んだ。
「ちょっと遅くなったけど、お誕生日プレゼント作ったの。
受取ってくれる?」
「え?
作った?
お手製?」
「うん。」

佳奈は、可愛い柄の紙袋を夏美に差し出した。
「もらっていいの?」
「うん。」
嬉しそうに微笑む佳奈を見ながら夏美は、妙に緊張し、手の震えがばれないように、そっと佳奈の手から紙袋を受取った。
「ねえ…、中、見ていい?」
夏美は、小さい子がプレゼント交換をしている時の様な、ワクワクした目で佳奈を見た。
「うん。」
佳奈の方は、夏美がどんな顔をするか、期待半分、不安半分だった。
ゴソゴソと夏美は紙袋から人形を取り出した。
「えー、まさか、これって、“私”?」
「うん。
 子供っぽいかな…?」
佳奈は、伏目がちに呟いた。

「そんなことないよ。
 そんなことないって。
 うれしいな!!
 こんな素敵なプレゼント、生まれて初めて!!」
「本当?」
佳奈は、嬉しさを爆発させたような夏美を見てほっと胸をなでおろした。
「なつみー、何してんのー。
 次の教室に行くよー。」
夏美の友達の女学生が教室の出入り口の付近から夏美に声をかけた。
次に御授業は、佳奈とは違う科目だった。
「はーい、ちょっと待ってね。」
「急がないと、始まっちゃうよー。」
「わかったってば―。」
そう言うと、夏美は紙袋をバッグに入れ、人形は手に持ったまま、バッグを肩に担いで立ち上がった。

「ごめんね、次の授業の教室、結構離れているの。
だから、急いでいかなきゃいけないんだ。
 でも、誕プレありがとう。
 大事にするね。」
「うん。」
「今度、ゆっくりね!」
「はい!」
佳奈が笑顔で答えると、夏美は嬉しそうに人形を握り締め、佳奈に手を振って教室から出て行った。
佳奈は、夏美の後姿に手を振っていた。
「なに、それ…。」
「……。」
友人に追い付いた夏美に、その友人が人形のことを何か言っているようだったが、夏美の言葉は、何を言っているのかわからなかった。
「…子供っぽい…。」
「……。」
その友人から子供っぽいと嘲るような言葉が聞えた気がして、佳奈は少し不安を感じた。
(でも、夏美さん、あんなにうれしいって言ってくれたんだ。
 大丈夫。
 今度会ったら、高校の時のこととか、お話しするんだ。)

それから、週末を挟んで、1週間があっという間に過ぎたが、佳奈はあの日以来、夏美に会えなかった。
(夏美さん、どうしたんだろう。
 あれから、1度も見かけてないし、同じ授業もあったのに…)
佳奈は教室の机で授業の開始を待っていた。
開始のベルが鳴り始めた時、出入り口に夏美の姿が見えた。
(あ、夏美さん。)
佳奈が腰を浮かすと、夏美と目が合ったが、夏美はすぐに目をそらして、佳奈に背を向け教室を出て行った。
(え?
 夏美さん…。)
佳奈は、なぜ夏美が自分を避けるのか、見当がつかなかった。
(どうして?
 あの人形、やっぱり嫌だったのかな。
 夏美さんのつもりで作ったのが、ダメだったのかな…。)
佳奈の頭はいろいろな思いが渦巻き、授業どころではなかった。

もやもやしていると授業の終わりのベルが鳴った。
(とりあえず、教室から出よう。
 どうしよう、夏美さんの次の教室に行って、話しを聞いた方が良いのかな。
 でも、プレゼントを勝手に押し付けたのは、私だし。
 でも、夏美さんの態度が気になるし。)
佳奈は、校舎から出て、広場のベンチに腰掛け、考えがまとまらない頭で途方に暮れていた。
ふと、ベンチから少し離れたゴミ箱の傍の植え込みの下に人形のようなものが落ちているのが見えた。
(まさか…。)
佳奈が、恐る恐るゴミ箱の横に落ちているものに近づいた。
それは、1週間前に夏美に渡した人形だった。
人形は踏みつけられたりしたのか、泥まみれでぼろぼろで、タンバリンを持っている手も取れていた。
(なんで…)
佳奈は言葉が出ず、人形を拾うと、そのまま、しばらくそこに立ち尽くすと、まだ授業が残っていたが、そのまま、家に帰ってしまった。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
「ちょっと、佳奈。
 あんた、寝てないんじゃない?」
それから数日たった朝のこと。
いつものようにパソコンに映った木乃美が驚いた声を上げた。
佳奈は、昨晩木乃美と話をした時と同じ格好で、眼の下に少し隈が出来ていた。
「あ、木乃美、おはよう…。」
「おはようって、佳奈…。」
「うん、今日中に仕上げちゃおうと思って、ちょっと頑張った。」
佳奈は眠そうな顔をしながら木乃美に笑いかけた。
「大丈夫なの?
 仕上げちゃおうって、あの夏美さんに渡す人形のこと?」
「うん。
 それより見て、出来たの。」

佳奈は、そう言うとパソコンの方に15センチくらいの女の子の人形を差し出した。
人形は、茶色に毛糸でショートヘアの髪型の女の子で、右手にはタンバリンを持っていた。
「わあ、すごい。
 特徴、よく出てるね。
 どこから見ても、夏美さんにそっくり。」
「本当?」
「うん、本当。
 足も長いし、夏美さんの好きそうな服を着て、特に、その顔!!
 その可愛い笑顔、そっくりよ。」
「そうなの。
 この顔を作るのがすごく大変だったのよ。」
「佳奈、やっぱり、そういうの才能あるよね。」
佳奈は、木乃美に褒められ、徹夜した疲れが飛んでいったようだった。

「それでね、バッグにつけられるように紐も付いてるの。」
佳奈は、得意げになって説明した。
「きっと、夏美さん、喜んでくれるよね?」
「もちろんじゃない。
 こんな可愛い人形をもらったら、喜ぶに決まっているじゃない。
 私も、欲しいなー、佳奈ぁ~!!」
「はいはい、今度作ってあげるね。
 来月、帰って来るんだよね。」
「うん、夏休みだから帰るよ。」
「でも、なんかドキドキしちゃう。
 夏美さん、どんな顔するかな~。
 子供っぽいって、笑って受け取ってくれなかったら、どうしよう…。」
「あははは、夏美さん、嬉しそうな顔をするって。」

木乃美も何回か夏美と話したことがあるので、夏美の可愛い性格を知っていた。
「そうだよね。
 今日、同じ授業があるから、頑張って渡そう。」
「うんうん、頑張って。
でも、眼の下隈娘(くまこ)じゃ、夏美さんびっくりして逃げちゃうかもしれないから、ファンデだけでも付けて行ったら。」
「え?
 ファンデ持っていない…。」
「なら、お母さんから借りる!
 ね。」
「はーい、考えておくね。」
「うん、じゃあ頑張ってね。
 行ってらっしゃい。」
「ありがとう、木乃美。」

その日、1限目の一般科目の授業は、佳奈も夏美も取っていたので同じ教室だった。
授業が終わると、佳奈は意を決して、教科書や筆記用具をバッグに仕舞っている夏美の方に歩みよった。
「……?!」
自分の方に近づいてくる佳奈を、夏美は漠然と見ていた。
「夏美さん。」
「はぁい、か…、菅井さん。」
夏美は“佳奈ちゃん”と言いかけて、慌てて言いなおした。
いつも詩音たちと、佳奈や春彦の話をするとき必ず名前をちゃん付で呼んでいたので、口癖のようになっていた。
(そんなに親しくもないし、佳奈ちゃんて“ちゃん”付して呼ぶのもなぁ)
そんなことを考えながら夏美は佳奈の顔を見た。
佳奈の顔は上気しているように赤みを帯びていた。
「?」
夏美は自分の名前を呼ばれたのに、その後の言葉が出てこない佳奈を不思議そうに見返した。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
夏美や詩音たちは、大学が決まると知り合いから、音楽サークルを紹介され、高校を卒業するとすぐにサークルに参加していた。
学部は、夏美だけ別で、詩音たちは皆同じ学部だった。
「なあ、夏美。
 なんで、同じ学部を受けなかったんだよ。」
詩音が、不思議に思い尋ねた。
「いいじゃない。
 バンドもいいけど、ちゃんと大学は卒業するって両親と約束したのよ。
 だから、自分の興味のある学部にしたの。」
(それに、同じ学部に菅井ちゃんがいるから)
夏美は、高校の時バンドの練習で春彦にくっ付いて、たまに軽音部に顔を出していた佳奈のことが気になっていた。
(でも、あの娘、真面目だし、私とは違うわよね…。)
夏美は、バンドで騒いでいる自分が、大人しそうでおしとやかそうな佳奈に話しかけても佳奈が困るだけだろうと、一線を引いていた。
そのうえ、サークルで同じような1年のバンドの女学生が同じ学部だったので、必然的に同じサークルの女学生と仲良くなり、佳奈については遠くで見るだけだった。

「そう言えば、菅井さんて、彼氏いるの?」
加津子がニヤニヤしながら佳奈の顔を覗き込んだ。
「え?
 彼氏?」
(春彦?
 でも、春彦は彼氏じゃないし…)
佳奈はいきなり聞かれたので、狼狽してしまった。
「あら、赤くなって。
 やっぱりいるんだ。」
「そうよね、菅井さんて、格好可愛いからね。」
横から郁美も声をかけた。
「えー、ほんと?
 いいなぁ。」
もう一人、丸顔で佳奈と同じくらいの背格好の照美という女学生が口を挟んだ。
「ね?
 いるんでしょ?」
とどめを刺すように加津子が聞いて来た。
「う、うん…。」
(願望だけど、いいよね)
佳奈は、春彦のことを考え、頷いて見せた。
「いいわね~。
 高校生の時から?」
郁美が興味津々な面持ちで聞いて来た。
「ううん、幼馴染…。」
佳奈は、喋っているうちに、急に切なさを感じ、口籠っていった。
(はる、今、どこで何しているの…)
「そう言えば、この近くに美味しいスィーツを出すお店があるんだって。」
「あ、そのお店、私も聞いたことがある。」
佳奈の顔が暗くなったので、加津子は気を利かせて、話しを変えると、郁美も話に乗って来た。
佳奈は、それに気が付かず、気分を変え、その話題の中に入って行った。

「ねえ、木乃美。」
「ん?
 なに?」
7月に入ったある日、いつものようにパソコンに映る木乃美に佳奈は話しかけた。
佳奈の時計は夜の9時を回っていたので、木乃美の住んでいるところは朝の7時頃だった。
「あのさ、同じクラスなのに、入学してから、夏美さんと一度も話してないんだ。
 なんか夏美さん、私のこと避けているのかなぁ。」
「ええ~?
 なんで、避けるの?」
「だって、声をかけようとすると、急に教室から出て行っちゃたりするの。」
「それは、佳奈の思い過ごしじゃない。
 ヨッ。」
パソコンに映る木乃美は、寝間着を脱いで、普段着に着替えている最中だった。
佳奈は、それを横目で見ながら話を続けていた。
「そうかなぁ。」
「だって、夏美さんに嫌われるようなことしてないんでしょ?」
「うん。
 あ、木乃美、ブラウス変よ。」
「あ、ありがとう。
 最近太ったのかな。
 何か洋服がきつくて。」
「ええ~?」
「だって、お昼とかみんなと一緒にピザとかパスタとか高カロリーなものばっかり。
それに帰ると、おばさんが自慢の肉料理を出してくれるの。」
「それって、まずくない?」
「うん、美味しいけど、まずい。
相撲取りになる前に、そろそろ、食生活の改善を考えなくっちゃ。
 で、夏美さんのこと。」
「うん、そう。
 おなじ高校出身だし、高校の時、何度もお話したことあるのよ。
 夏美さん、とっても素敵な人だから、仲良くしたくって。」
「そうよね、夏美さん、綺麗で、格好いいからね。
 だから、どんくさい佳奈のこと避けてんじゃない?」
「ええ~、そうかな…。」
「冗談よ、冗談。
 まじにならないで。」
「それでね、今月、夏美さんのお誕生日なの。」
「おおー、じゃあ、なにかプレゼントをあげて、仲良しになるきっかけを作ったら、っと。」
木乃美はズボンを履きながら、片足でバランスを取っていた。
「そうなのよ。
 私もそう考えて。
 それでさ、夏美さんに似たお人形を作って渡そうと思って。
 どう思う?」
「ええ~、等身大?」
「何言っているのよ。
 鞄に下げられるような大きさで、布製にして中に綿を入れて。」
「いいんじゃない?
 佳奈、そういう手芸は器用で上手じゃない。」
「いいかな~。」
「うん、いいと思うよ。
 あ、そろそろご飯食べて学校行かなくっちゃ。
 続きは、また夜ね。」
「うん、ありがとう。
 でも、木乃美、太らないでね。」
「おうよ!」
そう言うと木乃美は、手を振り、画像が消えていった。
(そうよね、可愛いお人形渡せば、きっと喜んでくれるわよね。)
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
ピッピ、ピッピ…。
「う~ん。」
佳奈は、目覚ましの音で目を覚まし、眠そうに眼をこすりながらベッドを出て、机の上のパソコンの電源を入れ、時計を眺めた。
時計は朝の6時30分を指していた。
パソコンが立ち上がると、デスクトップにある木乃美の似顔絵のアイコンをクリックすると、誰かの部屋の画像が表示された。
「佳奈、おはよう!」
パソコンから木乃美の声が聞え、木乃美の顔がパソコンに映し出された。
「おはよ、木乃美。」
佳奈は、まだ眠そうな声をしていた。
「眠そうね、起きたばっかり?」
「うん。」
木乃美の住んでいるところは、時差が10時間以上あり、佳奈のところが朝の6時30分だと、木乃美のところは前日の夜の9時だった。

木乃美は海外に行く直前に、佳奈のパソコンにテレビ電話のように通信ができるソフトを入れておいた。
そのソフトは、お互いがソフトを起動するとパソコンのカメラを通じてお互いがお互いのパソコンに映るような仕組みになっていた。
なので、話がしたい時は、自分側のソフトを立ち上げ、相手が同じようにソフトを立ち上げるまで待てばよかった。
時差があるので、平日は、どちらかが朝起きて出かけるまでの間の短い時間、休日はどちらかが眠くなるまで、他愛のいない話や真面目な話などをするのが日課のようになっていた。
ただ、海外という遠距離だからなのか画像は、コマ送りのようにぎくしゃくしていたが、顔を見ながら話せることで贅沢は言わなかった。

「今日は、どうだった?」
佳奈がパソコンに映っている木乃美に話しかけた。
「うん、この前、少し話したけど、この国のリーダーが人種差別撲滅運動を推進する人に代わって、平和になったのよ。
結構、古い風習が残るこの周りにも、いろいろな人種の人が住むようになっていたの。
 だから、前みたいに“よそ者が来た”って意地悪されることがなくなったていうのかな。」
「よかったじゃない。」
「でも、昔の仕返しが出来なくて、何か肩透かしって言う感じ。」
「何言っているのよ、何かあって怪我でもしたらたいへんでしょ。
 みんな、仲良しが一番いいんだから。
 木乃美、絶対に変なことをやったり、無茶しちゃ嫌よ。」
「はいはい、わかっているって。」

木乃美は、ぼさぼさの髪をかき上げた。
「ねえ、木乃美、その髪、ちゃんと梳かしなさいよ。
 ちゃんとすれば、木乃美、可愛いんだから。」
「いいの、私、こっちには勉強できているんだから。」
「でも、身だしなみくらいは…。」
「それより、佳奈の大学、オリエンテーションで一泊したんでしょ?
 お友達出来た?」
「うん、何人かは。」
「佳奈、ぽや~んとしているから、相手してもらえないんじゃないかって心配。
 京子や慶子は違う学部だしね。」
京子と慶子は佳奈と木乃美の中学からの共通の友人で、大学も佳奈と同じ大学に進学していた。
「うん、お昼ごはん、たまに一緒に食べているけど、学部が違うと校舎も違うから、あまり学校で会うことないの。」
「でも、夏美さんと同じ学部じゃなかったっけ?」
「うん、でも、夏美さん、忙しそうで。
 話しかけたら悪いんじゃないかって。」
「そうだね、夏美さん、バンドやっているんだもんね。」

夏美は、佳奈たちの高校の軽音部の部員で、春彦の参加していたバンドのメンバーだったので佳奈や木乃美とは顔見知りだった。
バンドメンバーはそのまま、佳奈と同じ大学に進学し、そのまま、音楽サークルに入り、バンドの活動を続けていた。
佳奈の学部には、その音楽サークルに入っている学生がいて、夏美は必然的にそのサークルのメンバーと固まっていた。
「でも、大丈夫よ。
 頑張るし、私も、大学には勉強のために行くんだから。」
「あ、私のマネして。」
「うふふふ。
 じゃあ、また、夜にね。」
「うん、じゃあ、気を付けて、行ってらっしゃい。」

数日前。
佳奈の大学は新入生を対象としたオリエンテーション合宿があった。
今までは常に木乃美という心強い友達がいたが、その木乃美がいないのは幼稚園の入園式くらいだったので、佳奈は不安な気持で参加していた。
しかし、参加してすぐにおっとりしている佳奈は、他の女子学生に話しかけられ、4人位の輪の中に入ることができた。
仲間の輪に入れたと何となくほっとして周りを見わたすと見知った顔は夏美だけで、その夏美はすでにサークル仲間と固まっていた。
夏美はショートヘアを明るい茶色に染め、決して派手ではないが明るい化粧をしていた。
夏美は化粧をしなくても十分整った顔をしていたが、その化粧は更に夏美を引き立てていた。
(夏美さん、やっぱり綺麗…)
佳奈が、言葉なく夏美を見つめていると4人のうちの一人から話しかけられた。
「あ、あの子たち、音楽サークルの子たちね。」
体格のいい加津子という女学生が佳奈の視線の先にいる夏美たちを目ざとく見つけた。
「え?
 知ってるの?」
「うん、みんな知っているわよ。
 この大学の音楽サークルって、ほとんどがプロのバンドを目指して集まっているんだって。
やっぱり、私たちとは、ちょっと違うわよね。
お化粧も、どこかあか抜けているし、何となく近寄りがたいわよね。
特に真ん中の娘なんか、芸能人と言ってもいいくらいに綺麗だし。」
痩せていて佳奈よりも背の高い郁美という女学生が夏美を見ながら、やっかみとかはなく素直に感想を口に出した。
「え?
 プロになるんだ。
 そうだよね…。」
佳奈は、夏美や詩音たちがバンド活動を続けているのを知っていて、プロのバンドになるんだろうとうすうす感じていたが、周りから言われあらためて実感した。
(そういえば、高校の時から綺麗だし、お化粧も上手だったな)
そう思うと、佳奈は夏美が遠い存在に思えてきた。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
四月に入り、春彦も佳奈も各々の大学の入学式が終わり、授業が始まっていた。
アパートでは、陽介が春彦の部屋で、散々文句を言っていた。
「なに、あのクラス分け。
 二クラスだからって、出席簿順で、しかも、タ行でクラスを分けてさ。
 俺が1組で春彦2組だろ、絶対に納得できないよな。
 どうせなら、入学テストの点数の良い順とかさ、そのくらいでクラス分けしてもらわないと。」
「なんだよ、それ。
 そうしたら、俺はペケだろ。」
「大丈夫、俺はペケから2番目だから。」
陽介は、春彦とクラスが分かれたことに立腹していた。
大学の授業は一般科目と専門科目があり、一般科目はクラスは関係なかったが、専門科目はクラス単位だった。
しかも、間が悪いことに一般科目にお互いの専門科目の授業が複雑に絡み合い、1年で一緒に受けられる授業は一般科目の2,3教科だけだった。
「ったく、新歓のオリエンテーリングもクラス単位に固まってたから、全然つまんなかったよ。」
「え?
 陽介、お前、女の子に人気があったって噂が流れてきたよ。」
「ああ、オリエンテーションの時、話しの合う女の子たちがいてさ、ついつい話しこんじゃただけさ。
 だって、春彦の方に行けなかったし。」
「そうか?
 他の男子学生、結構、陽介のことを羨ましがっていたって話を聞いたよ。」
「そんなことないよ、男の子たちとも楽しく話せたし、友達沢山出来たんだぜ。」
「なら、いいじゃん。」
「いや、俺は春彦と一緒にいたかったんだ。」
陽介は、細身の体で少し長めのマッシュ系の髪型で高校を卒業してから、赤茶系に髪を染めていた。
身長は春彦より2,3センチ低いが、もともと顔立ちも整っている方で、女性に好かれるタイプで、なによりも気さくで、面白く、話し好きだったので女性からも男性からも好かれていた。
「おまえ、社交家だからいいよな。」
春彦は、苦笑いをした。
「何言ってんだよ、春彦だって、女の子に結構人気があるってさ。」
「でも、誰とも話していないよ。」
「それは…。」
春彦も顔立ち、背格好から女性に人気のあるタイプだったが、どことな冷たい雰囲気があり、特に普段から表情があまりなく、女性から声をかけるのは、皆躊躇していた程だった。
(それは、お前がいつも周りに冷たい顔をしているからだって)
陽介は、そう言おうとしたが、今までの春彦の身に起こったことを考えると、さすがに躊躇していた。
そう言っても、普段、陽介や美由紀、美穂子とはよく笑いながら話していたので陽介は気が付かなかったが、ある時、休み時間に教室にいる春彦を見かけたとき、確かに近寄りがたい雰囲気があると感じたほどだった。
「でもさ、春彦も、友達出来たんだろ?
あの、大学デビューってもろに見える二人組と。」
「ああ、端田と戸張だろ。
 何となく向こうから話しかけてきて、それから、つるんでいるんだよ。
でも、その二人だけ。」
「ふーん。」
陽介は噂で、その二人は見栄えのする春彦に近づけば女の子と仲良くなれるという下心があってまとわりついていると聞いていたが、あえてそのことは言わなかった。
(まあ、春彦もその辺は馬鹿じゃないからわかっているだろう)
そんな話をしている時、部屋のドアをノックして美由紀が大盛のチャーハンをのせたお盆を持って入って来た。
「春彦君、夕飯まだでしょ?
 チャーハン作ったから、陽介と食べない?」
チャーハンの良い匂いが春彦の鼻をくすぐり、食欲を掻き立てた。
美由紀は、学生でお金がないだろうからと何かにつけチャーハンやカレーライス、オムライス、スパゲッティ、ラーメンといった簡単な物を作っては、春彦に食べさせていた。
「いつもすみません。
 でも、…。」
申し訳ないと言おうとした春彦を陽介は笑いながら遮った。
「気にしない、気にしない。
 そんな大した料理じゃないんだから。」
「こら、陽介。
 失礼よ。
 まあ、確かにありあわせの材料で作っているから、その通りだけど。
 そんなこと言うと、陽介にはあげないからね。」
美由紀は怒った顔をした。
「あ、ごめん、ごめん。」
「でも、美由紀さんの作るもの、みんな美味しいです。
 俺、喜んでいただきます。」
春彦は、確かにキクや舞が作る食事に比べると簡単なものだったが美由紀の作るご飯も好きだった。
「まあ、嬉しい。
 お世辞でも、嬉しいわ。」
「いえ、お世辞じゃなくて本当です。」
それを聞いて美由紀は嬉しそうに笑った。
「姉ちゃんは、食べないの?」
いつの間にか、チャーハンを頬張りながら陽介が尋ねた。
「うん、今日は美穂子と一緒にお酒を飲もうって約束しているの。
 今、美穂子がお酒を買いに行ってるから、帰ってきたら一緒に飲みながら食べようと思って。
 あなた達は、まだ、未成年なんだからお酒は駄目だからね。」
「はいはい。」
美由紀と美穂子は年が同じせいか仲が良く、ちょくちょく一緒にお酒を飲みながらご飯を食べていた。
「春彦君、今度、何か食べたいものがあったら言ってね。
 張り切って作るから。」
「はい、ありがとうございます。
 でも、美由紀さんの作るものでしたら、美味しいのでなんでもいいです。」
「まあ、本当にうれしいこと言って。
 じゃあね。
 陽介、食べ終わった食器は、後で持って降りてね。
「はーい。」
美由紀は、春彦に褒めら、鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。
春彦は、姉弟が居なかったので、年の近い人間の集まっているこのアパートの雰囲気が好きだった。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
それから一週間後の3月の終わりに、木乃美が海外に旅立つ日、佳奈と木乃美は昔からよく遊んだ公園にいた。
空港は佳奈たちの町から3時間以上もかかるので、佳奈は見送りに行くと言ったが、木乃美は遠いから公園までにしてと、佳奈に言っていた。
木乃美としては佳奈に空港まで見送りに来られると、寂しさがこみ上げて来て涙をこぼす気がして、それは嫌だった。
佳奈もそれを察してか強くは言えず、公園で見送ることにした。
「じゃあ、佳奈。
 行ってくるね。」
木乃美は大きな荷物と、ジーパンにダウンジャケット、佳奈が編んだポンポンのついた白いニット帽をかぶっていた。
佳奈は、ジーパンに“もこもこ”の毛が付いたフードのある白いワタ入りのジャケットを着ていた。
「うん、行ってらっしゃい。
 今度は、夏休みに帰って来るんでしょ?」
「うん。」
「水が違うから、お腹を壊さないでね。
 後、むこうはこっちより暖かいんでしょ?
 でも、薄着になってお腹を冷やしちゃ駄目よ。」
「わかっているわよ。
 だから、佳奈、腹巻まで編んでくれたんでしょ?」
「うん。」
「でも、この腹巻、尻尾があるのは、なぜ?」
木乃美に編んだ腹巻に3㎝位編んだ紐のようなものが付いていた。
「だって、後ろ前が分かった方が良いと思って。」
「なるほど。」
「おかしい?」
「ううん。」
二人はお互いの顔を見て笑い合った。

「さあ、そろそろ行くね。」
「うん。」
「佳奈も、体に気を付けてね。
 私がいないからって、惚けてないでね。」
「はいはい。」
「じゃね。」
「うん、行ってらっしゃい。」
そう言って木乃美は荷物を引いて、一度も佳奈の方を振り返らずに駅の方に向かって行った。
佳奈は、木乃美の姿が見えなくなるまで、その後ろ姿を見送っていた。

それから、佳奈は家に帰り、自分の部屋に戻ると、なにも掛かっていない木乃美専用の洋服掛け場所を見て、寂しさがこみ上げてきた。
「木乃美…。」
その時、行き成り佳奈の携帯が大きな音で鳴った。
「きゃっ!!
なっ、なに?」
いつもは携帯をマナーモードで音を出さなくしていた佳奈だったが、今日は音が鳴るようにしていたのを忘れていた。
発信元を見ると、木乃美だった。
「え?
 もしもし、木乃美?
 どうしたの?」

佳奈が電話を取ると木乃美の元気な声が聞えてきた。
「佳奈?
 言い忘れたんだけど、私、携帯をユニバーサルにしてあるから、いつでもつながるからね。
 それと、佳奈のパソコンのデスクトップに私の顔の絵のアイコンがあるから。」
「木乃美の顔のアイコン?
 そう言えば、この前木乃美が来て帰った後、木乃美の顔にそっくりな絵のアイコンがあったわ。」
「うん、それ。
 それをクリックすると、コミュソフトが立ち上がるから。」
「コミュソフト?」
「うん。
 コミュニケーションソフト。
 よくあるじゃないで、電話の代わりに使えたり、書き込みをするソフトが。
 そういうやつよ。
 パソコンのカメラを使って、お互いの動画を交換できるし、会話もできるの。
 テレビ電話みたいに使えるの。
 それもただで、海外でも使えるの。
 私のアドレスを設定しておいたから、いつでも顔を見て会話できるわよ。」
「きゃあ、じゃあ、いつでも会えるじゃない。」
「そうよ、それを言い忘れて。」
「もう、何でそんな大事なことを言い忘れていたのよ。」
「あははは、ごめん、ごめん。
 佳奈が寂しがるといけないと思って。」
「木乃美も、でしょ?」
「うん。
 じゃあ、向こうに付いたら、また連絡するねー!」
「はーい。」
いつしか佳奈の心から寂しさが吹き飛んでいた。

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