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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第8章 灯火
その窓からは立花家の玄関の方を向いており、反対側の山並みとの間の平地が遠くまで見渡せた。
「わー、ここは山に囲まれていたんだ」
悠美は今更ながらに立花家の立地がわかった。
立花家は、左右両側に山があり、その山裾を縫うように平地が遠くまで広がっていた。
窓を開けていると、遠くの方から鳥の鳴く声が聞こえた。
「春ちゃん、鳥の鳴き声が聞こえるよ。」
「うん。
 おじいちゃんが言ってたけど、この近くに池があって、渡り鳥が冬になるとやって来るんだって。
 その鳥の鳴き声じゃない?」
確かに、鳴き声はよくテレビとかで耳にする白鳥や鴨の声のようだった。
すると遠くの方で二羽の鴨の様な鳥が飛んでいくのが見えた。
(あの二羽は番(つがい)かしら…)
そんなことを考えながらぼーっと外を眺めていると、遠くから1台の車が近づいてくるのが見えた。

立花家の玄関の前の道は車1台が通れるくらいの細い道で、近所の人が買い物で通ったり、農作業の危機が通るくらいで車通りの少ない道だった。
車は立花家の玄関のところにある窪地に入り停車し、中から見覚えのある光一が降りてきた。
「春ちゃん、光ちゃんが来たわよ。」
悠美は振り向いて春彦に声をかけた。
「本当?」
春彦は、光一の車に乗るのを楽しみにしていたので、眼を輝かせて顔を上げた。
「春彦ちゃん、悠美さん、光一さんが見えましたよ。」
すぐに階段の下からキクが二人に声をかけた。
「本当だ!」
そう言いながら、春彦は椅子から飛び降りると急いで階段を降りて行った。
「こら、春ちゃん、そんなに急いだら危ないから。」
悠美が走っていく春彦に注意した。
「平気、平気!!」
春彦はそんな悠美の心配を吹きとばすように、トントントンと階段を駆け下りて行った。
「ちょっと、引き出しも開けっ放しで…。」
悠美は「まったくもう」と呆れた顔で、開けっ放しにされた引き出しを絞め、階段の方に一歩踏み出した。
その時だった。

“悠美…。”

背後から悠美を呼ぶ春繁の声が聞えた気がして悠美は机の方を振り返った。
今しがたまで春彦が座っていた椅子に、悠美が知っている笑顔の春繁が座っていた。
正確に言うと、座っている気がした。

“悠美、いつもありがとう。”
“悪いけど…。”
“もう少し、頼むな。”

悠美はそう言う春繁の言葉が確かに聞こえた気がした。
「繁おじちゃん…。」
悠美は春繁の方に一歩踏み出したが、胸が一気に熱くなり、涙で前がぼやけてしまった。
そして涙を拭うと、椅子はもぬけの殻だった。
「繁おじちゃん…。」
悠美は、そう呟き、そっと椅子に近付いて行った。

「悠美ちゃん、何しているんだろう?
 もう、光ちゃんが来ているって言うのに。」
「ん?
 悠美はどこにいるの?」
光一が春彦に尋ねた。
「うん、さっきまで二人でお父さんの部屋にいたんだ。
 光一兄ちゃんが来たので、僕だけ先に下りてきたんだけど…。」
春彦はそう言いながら二階の方を見上げた。
「ぼく、見て来るね。」
「ちょっと、春彦ちゃん。」
二階に上がろうとする春彦をキクは後ろから肩に手を置いて押しとどめた。
「え?」
なんで?という顔でキクの方に振り向いた春彦に、キクは優しく首を横に振った。
「悠美さんが降りてくるまで、待ってあげましょう。」
春彦は何となくわかったような、わからないような顔をしたが、頷いてキクの傍に立っていた、
二人の会話を聞きながら、光一は二人の荷物を車に運び込んでいた。
「春彦、荷物を運ぶの手伝ってくれ」
光一が、そう言うと春彦は「はーい」と返事をして光一の方に走って行った。
キクは、春彦を見送ると、また、心配そうな顔で2階を見上げていた。
「どうしたんだ?」
いつの間にか、春吉がキクの傍に来て、話しかけた。

「わかったわ。
 大丈夫、任せてね。」
悠美はそっと人差し指で机を撫でた。
「私もいつか次元の狭間に落ちていく。
そうしたら、誰が見つけてくれるかな?
春ちゃん?
佳奈ちゃん?」
そう独り言を言うと悠美は部屋をもう一度見まわし、部屋を出て階段を降りて行った。

階段の下では、キクに加え春吉も心配そうに悠美が降りて来るのを待っていた。
トントントン
悠美が階段を降りて来る音が聞えた。
「あ、降りてきたわ。
 悠美さん…。」
そう言いかけてキクは悠美を見て言葉を失った。

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DATE: CATEGORY:第8章 灯火
「ねえ、悠美ちゃん。
 今日の予定なんだけど…。」
朝食を食べる手を止めて、春彦は悠美に尋ねた。
「え?
 予定?」
「うん。」
「昨日話したじゃない。
 光ちゃんの車で、まずは、春ちゃんのアパートに行って、その後、光ちゃんと春ちゃんで舞ちゃんを迎えに行くって。」
「うん、それは聞いた。」
「え?
 じゃあ、その間、私とキクさんとでアパート綺麗にしておくって。」
「それも聞いた。
 そうじゃなくて…。
 その後、悠美ちゃん、どうするのかなって…。
 お家に帰っちゃうの?」
春彦はもじもじしながら聞いた。
「あら、今日は春ちゃんの家に泊まるつもりよ。
 舞ちゃん、退院したばかりで疲れちゃうでしょ。
 だから、明日までお手伝い。
 ちょうど、明日は私の学校、お休みなのよ。
 だから、帰るのは、明日の午後かな。」
「そうなんだ。」
春彦は今晩も悠美と一緒にいられると聞いて、顔をほころばせた。
「あら、甘えん坊?」
「違うよ!」
春彦は悠美にからかわれ、むっとした顔をしたが、すぐに笑顔になってご飯を食べていた。

「でも、春ちゃんは、学校あるでしょ?」
「え?
 そうだった…。
 ねえ、明日、学校休んでもいいかな?」
「さあ、それは、どうだか。
 舞ちゃんに相談しなさい。」
「はーい。」
久々に、舞がいるから春彦はきっとそばに居たいだろうなと悠美は思ったが、さすがに小学校を休んでいいとは言えず、舞の判断に任せることにした。
どちらにしても、休ませるのであれば、舞から小学校に連絡することになるので。
春彦と悠美の話を聞いていて、キクは横から口を挟んだ。
「まあ、悠美さん。
 大変じゃない?
 大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。
 春ちゃんのアパートは、ちょくちょくと泊りに行ってるので、勝手がわかるので。」
「そう…。」
(そうじゃなくて、あなたの身体を心配しているのよ。
 大丈夫かしら?
 慣れないところで1週間ずっと春彦ちゃんの面倒を見て、また私たちにも気を使って…)
キクはそう聞こうとしたのだが、悠美の横で嬉しそうにご飯を食べている春彦の顔を見たら、それ以上は口に出せなかった。

朝食が済み、持って帰る荷物の用意が終わり、あとは光一の到着を待つだけになったころ、春彦が悠美の手を引いた。
「ねえ、悠美ちゃん、お父さんの部屋に行く?」
「うん、行く行く、連れてって?」
「え?」
横で聞いていたキクが悠美の顔を見た。
悠美はキクに笑い返し
「繁おじちゃんの部屋に行っていいですか?」
「え?
 ええ、それは構わないけど…。
 春繁の部屋は、毎朝あの人が窓を開けて換気しているから、綺麗だけど。」
「はい、ありがとうございます。
 じゃあ、春ちゃん、行こう行こう。」
「うん。」
そう言って悠美は春彦の後に付いて2階に上がる階段を上がっていった。
「……。」
キクは、二人の後姿を感慨深げに見送った。

階段を上がり、春繁の部家の扉を開けると部屋の窓から朝日が入り、明るい部屋だった。
悠美は、春繁の部家に一歩入り、部屋の中を見渡した。
朝日が当たる窓の元には、春繁が使っていた机が置かれていて、その横の棚にはオーディオと思える機器が所狭しと置かれていた。
(繁おじちゃん、ベースやっていたから、その機械かしら。)
そのはす向かいの壁には、本棚や洋服ダンスが置かれていた。
また、扉のすぐ横の壁には大きいソファアが置かれていて、棚の下にあるスピーカーが真向かいになるように置かれていた。
(これが、舞ちゃんが言っていた繁おじちゃんの特等席ね。)
舞から春繁は、スピーカーから流れる音楽を聴きながら、丁度正面の窓から見える外の景色を眺めながら音楽を聴くのが好きだったと聞いていた。
悠美は、そっと、そのソファに座ってみた。
ソファアはクッションが利いていて身体が優しく包み込まれるようだった。
そして晴天のもと正面の窓から遠くの山並みが綺麗に見えていた。
(繁おじちゃん、何を考えながら音楽を聴いて景色を眺めていたんだろう)
ふと見ると、春彦は机の椅子に座って、引き出しを開けて何かを触っていた。
「こら、春ちゃん、勝手に触ったらだめよ。」
悠美が春彦に近づき、引き出しを覗き込むと、つまみがたくさんついた長方形の箱の様な機械があり、春彦はそのつまみを盛んにいじり、まるで飛行機を操縦しているような振りをして遊んでいた。
(まあ、これなら大丈夫か…。)
悠美は夢中になって遊んでいる春彦をそのままに、はす向かいにある窓から外を眺めた。
DATE: CATEGORY:第8章 灯火
翌朝、悠美が目を覚ますと外はまだ薄暗かった。
そして、春彦の布団で寝ていることを思い出した。
(あ、私ったら結局、春ちゃんのお布団で寝ちゃったんだわ)
そう思って、身体を寄せ合って寝ているはずの春彦を見た。
「えへへ。」
春彦は、先に目を覚ましていたようで、悠美を見て嬉しそうにニコニコしていた。
「あら、おはよう。」
「おはよう。」
「今日は、早起きじゃない。」
悠美は、春彦に顔を近づけて言った。
「だって、今日は、待ちに待ったお母さんが退院する日じゃない。
 なんか、わくわくして目が覚めたら眠れなくなっちゃった。」
「ええ?
 じゃあ、何時から起きているの?」
「うん、悠美ちゃんの目覚まし時計で、5時30分ごろ。」
「まあ。」
春彦は余程嬉しいんだろうと悠美は思い、顔を上げて枕元の方をみた。
「今何時かな?」
そう言って悠美は目覚まし時計を見ると、時計は、6時30分を指していた。
「じゃあ、1時間もお蒲団の中で私が起きるのを待っていたの?」
「うん!」
春彦は元気に答えた。
「起こしてくれても良かったのに…。
 春吉さんもキクさんも、もう起きているわね。
 じゃあ、私達も着替えて、お手伝いしましょう。」
「うん。」
「じゃあ、布団を剥がすわよ。」
「うん!」
「いち、にぃーの、さん!!」
そう言って二人は思いっきり掛布団を跳ね上げた。
すると、深々と冷えていた部屋の空気が、二人を凍えさせた。
「きゃー、寒い。」
「うわー、寒い!」
二人は、悲鳴をあげると急いで着替え始めた。
悠美は、春彦の目の前でパジャマの上のボタンを外し始めた。
「!!」
同じようにパジャマを脱ぎ始めていた春彦は、大急ぎで悠美に背中を向けた。
悠美は、春彦に裸を見られるのには何も抵抗がなかったが、春彦にとっては悠美の裸を見るのは恥ずかしくてできなかった。
(あら?
 春ちゃんも、そういう年頃かぁ)
悠美は、自分に背中を向けて着替え始めた春彦を微笑ましく見ながら着替えをした。

二人は着替えが終わると、布団をたたみ、脱いだパジャマを荷物の中に詰め込み、洗面所に向かった。
廊下は部屋よりも冷えていて、二人の息は白くなった。
「ここはさすがに田舎だけあって寒いわね。」
悠美はそう言って、両手をこすりながら廊下を歩いていると、階段の下で2階の方を見るように立ち止まった。
「どうしたの?」
春彦は、急に立ち止まった悠美を見上げるように尋ねた。
悠美は、春彦の方を振り返り、ニッコリ笑って言った。
「ねえ、春ちゃん。
 あとで、繁おじちゃんの部屋に連れて行って。」
「え?
 いいけど…。」
春彦は数日前に悠美を春繁の部屋に誘った時、強い口調で拒絶されたことを思い出していた。
「うん、やっぱり、行ってみたいなって。
 ね、いいでしょ!」
「うん。」
春彦も春繁の部屋はいろいろな春彦の興味をそそる物があり楽しくて仕方なかったのと、そこにいるだけで春繁の匂いがするようで好きだったので、二つ返事で頷いて見せた。
「じゃあ、ご飯を食べたらね!」
悠美は、そういうと鼻歌を歌うように歩きだした。
春彦と悠美が洗面所で顔を洗って居間に行くと、すっかりと日が昇り、朝日がさんさんと居間に注ぎ込んでいた。
「今日は良い天気ね。」
悠美はそう言うと居間の障子を開けて外を眺めた。
「本当だ、雲一つない青空だね。」
悠美の横から春彦も顔を出し、外を眺めていた。

明るい居間のテーブルの上には、すでに朝食が並んでいた。
「あら、二人とも、早いわね。」
そう言いながらキクが目玉焼きのお皿がのっているお盆を持って居間に入って来た。
「あ、おばあちゃん、おはよう。」
「キクさん、おはようございます。」
「はい、おはようございます。」
悠美は、キクからお盆を受取って目玉焼きの皿を机の上に並べた。
「あら?
 今日は春吉さんもキクさんも、朝食、まだだったんですか?」
悠美は目玉焼きの皿が4つあることに気が付いて聞いた。
「ええ、今日は最後だから4人で食べたいって、あの人が言って。」
「まあ。」
「春彦ちゃん、悪いけどおじいちゃんを呼んできてくれる?
 たぶん、お部屋で新聞を読んでいると思うから。」
「はーい。」
春彦は返事をし、居間を出て春吉が書斎代わりに使っている部屋に入って行った。
キクの言う通り、春吉は部屋で新聞を読んでいた。
「おはよう、おじいちゃん。
ごはんだって。」
「おう、春彦、おはよう。
 今朝は、早起きだな。」
「うん。」
春吉は、新聞を置いて座布団から立ち上がり、春彦の頭を撫でた。
「今日はいよいよ舞さんが帰って来る日だな。
 よかったな。」
「うん。」
春吉は、頭を撫でられながら嬉しそうに頷いた。
「おじいちゃんは、今日は、お留守番でお前のところに行かないけど、すぐに、舞さんの顔を見に行くからな。」
「はーい。」
春彦は万遍の笑みを見せた。
DATE: CATEGORY:第8章 灯火
洗面所で歯磨きをした後、春彦と悠美はひいてある布団に潜り込んだ。
「なんか、今日寒いね。」
布団に入って悠美は春彦に声をかける。
「うん、おじいちゃんが言ってたけど、今日はすごく寒くなるって。」
「ええー、そうなの?
 じゃあ、春ちゃん、一緒に寝よう。」
「ええ?」
悠美は、さっと春彦の布団に入り込んだ。
春彦は、一瞬恥ずかしかったが、すぐに悠美の暖かい体温と優しい香りに包まれじっとしていた。

悠美はお構いなしに、春彦の脇に手を入れくすぐり始めた。
「わ、わ、なに?
 いきなり反則だって、あははははは…。」
「そうよ、何すかしてんのよ!」
「あはははは、そ、そんな、ひーひー。」
春彦は身をよじって笑いまくった。
「降参、降参だってば…。」
「よーし、少しは温かくなったかな。」
「(ヒーヒー)なったよ、なったてば。
 このー!」
そういって今度は春彦が逆襲に出て、悠美の脇腹を掴んだ。
「ちょっと、だめって、私、くすぐりに弱いんだって、キャー。
 もうっ!」
悠美はそう叫びながら、くすぐられないように春彦を両手で抱きしめ、動けなくした。
「どうだ、まいったか。」
悠美が勝ち誇ったように言った。
「くそー…。
 ずるいよ~。」
「ふふふん。」
もじもじする春彦を押さえつけ、悠美は勝ち誇ったように鼻歌を歌った。

「ねえ、悠美ちゃん。」
悠美に抱きしめられながら一呼吸おいて春彦が真面目な声で悠美の名前を呼んだ。
「ん?
 なあに?」
悠美はきつく抱きしめていた腕の力を緩めた。
そして、ランドセルから落ちた紙のことを思い出した。
(あれって、もしかして学校からのお手紙じゃないかしら。)
ふと、そんな気がした。
「どうしたの?
 学校で何かあったの?」
「うん、実は、今度、父兄参観があるんだ。」
「まあ。」
悠美は、春彦が暗くなった理由が分かった。
「学校からの手紙、お母さんやおばあちゃんに見せたんだけど、お母さんは退院してもその頃はまだ無理だって。
 おばあちゃんが、おじいちゃんと来てくれるって。」
「あら、よかったじゃない。」
「そうなんだけど…。」
「……。」
悠美は静かに次の言葉を待った。

「父兄参観日って、他の子たち、皆、お父さんとお母さんが来るんだって。
 僕は、お母さんが病気だから無理だって。
 でも、お父さんのことなんて言おうかと思って。」
「他の子たち、繁おじちゃんのこと知らないの?」
「ううん、先生が説明したらしい。
 でも、知らない人に聞かれたらどうしようかと思って…。
 死んじゃった…、って言いたくないし…。」
春彦は、眼をギューッとつぶった。
「春ちゃん…。」
そう言って、悠美は、優しく春彦を抱きしめどうしたものかと考えを巡らせた。
そして悠美は何か思い立ったように春彦に声をかけた。

「春ちゃん。
 じゃあ、繁おじちゃん海外に単身赴任しているってことにしたら?」
「え?
 たんしんふにん?
 何、それ?」
春彦は悠美を見上げた。
悠美は頷いて見せた。
「単身赴任て、会社の仕事の関係で家族と離れて一人で遠いところにお仕事に行くことよ。
 海外だったら、そうねぇ、普通1年に1回くらいしか帰って来れないのよ。」
「そうなんだ…。」
春彦は、考えこんでいるようだったが、すぐに顔を上げ、笑顔で悠美を見た。。
「じゃあ、僕、誰かに”お父さんは?”って聞かれたらそう言う。
 ぼくのお父さん、仕事で海外に単身赴任しているんだって。
 そうすれば、待っていれば、いつか帰って来るもんね。」
春彦は、現実と希望が混同しているようだった。
「春ちゃん…。」
悠美はそう言って抱きしめていた片手を離し春彦の頭をそっと撫でた。
春彦は悩みが解決したせいか、または、悠美の体温の温もりからか、すぐに寝息を立てはじめた。
「あら?
 寝ちゃった…。」
悠美は春彦の寝息を聞いて、顔を覗き込んだ。
そこには、まだまだ無邪気な子供の顔があった。
「繁おじちゃん、やっぱり、早いわよ…。
 春ちゃん、お父さんに会いたいって。
 帰ってきてほしいって…。」
そう悠美は呟き、春彦の頭を撫でる手を止めることはなかった。
そしてだんだんと悠美も春彦の温もりで眠気に襲われ、そのまま春彦の布団の中で眠ってしまった。
春彦と悠美は、寂しさをお互いの温もりで埋めるように、そして気持よさそうに、そのまま朝までぐっすりと眠り込んだ。
DATE: CATEGORY:第8章 灯火
そして、夕飯で全員のお腹が膨らんで来た頃に、春吉が悠美と春彦に向かって口を開いた。
「二人とも、明日に予定はどうなっているのかな?
何時ごろに出発するのかな?」
それを聞いて悠美は、真っ青になった。
「きゃあ、大事なことを言うのを忘れていました。
 ごめんなさい。」
すまなそうに言う悠美に春吉は笑いながら手を振った。
「いいから、いいから。
 明日の予定を教えておくれ。」
「はい。
 明日、朝の9時ごろに兄が車でここに来ます。
 で、私と春ちゃんは荷物を積んで、兄の車でそのまま繁おじちゃん…、舞ちゃんのアパートに向かいます。
 たぶん、サキちゃん、いえ、祖母も乗ってくると思いますので、荷物を置いたら、私以外は兄の車で舞ちゃんを迎えに行きます。」
「あら?
 悠美さんは、どうするの?」
「はい、私は、アパートに残って、換気と掃除をして舞ちゃんを待つつもりです。」
「まあ、えらいわね。
 でも、朝、あんまりゆっくり寝てられないわね。
 7時ごろでいいのかしら。」
「はい、今日中に支度しておきますから大丈夫です。」
「そう。」
キクは悠美の話に思わず舌を巻いた。
(本当にこの娘ったら、何から何まで気が利いて…)

「おい。」
その横から春吉がキクに声をかけた。
「お前も一緒に乗って行って、悠美さんの手伝いをしたらどうだ?」
「あ、そうね、そうしましょう。
 光一さんの車、私も乗れるわよね?」
「え?
 いえ、そんなことしてもらったら、キクさんが疲れちゃいますから。」
「あら、手分けしたほうが早いし、食べるものとか、足りないものの買い出しだってあるでしょ?」
「それは、午後にゆっくり…。」
「いいじゃない、私も舞さんの顔も見たいから。」
悠美は舞の顔をみたいと言われると、それ以上キクの申し出を断る理由はなかった。
「いいんですか?
 春吉さん、キクさんが居なくて大丈夫ですか?」
悠美の思わぬ言葉に春吉は飲みかけていたお茶を噴き出しそうになった。
「ああ、大丈夫だよ。
 心配しなさんな。」
「ええ、この人は意外と一人でもちゃんとできるから、大丈夫よ。」
「意外とはなんじゃ!」
キクの言葉に、春吉はムッとしたがすぐに笑顔になった。
「じゃあ、キクさん、すみませんが一緒に来ていただけますか?」
「はい、もちろん。」
笑顔で尋ねる悠美に、キクも、笑顔で返した。

「ねえ、悠美ちゃん。」
春彦が悠美の腕を引っ張った。
「なに?春ちゃん。」
「あれは、いいの?」
「あれ?
 あっ!!
 あー!!!」
春彦の言葉に悠美は何かを思い立ったように立ち上がった。
「すみません、ちょっと、部屋に戻りますが、すぐ、戻ってきますので、春吉さんとキクさんはここに居てくださいね。」
そう言うと速足で居間を出て行った。
「え?
 ああ。」
「はいはい。」
春吉とキクは呆然と悠美を見送った。
「悠美さん、一体全体どうしたのかしら…。」
「春彦?」
「ん?
 悠美ちゃん、すぐに戻って来るって。」
少しして、大きな紙袋を下げて悠美は居間に戻って来た。
そして少し息を切らせながら、座布団の上に座ると、紙袋の中から何かを取り出した。
「あの、これ、私と春ちゃんから、お世話になったお礼です。
良かったら使ってください。」
そう言うと、悠美は春吉に水色のリボンが付いている包装されているものを差し出した。
「え?
 なに?
そんなことしなくても…。」
春吉は、そう言ったが、悠美と春彦の期待一杯の眼、春吉がきっと受け取って喜ぶだろうという期待の眼を見て、喜んで受け取ることにした。
「じゃあ、遠慮なくいただくよ。」
「はい!」
二人は声を揃えて返事をした。
そして悠美は、また紙袋から今度はピンクのリボンのついた包装紙に包まれているものを取り出し、キクに差し出した。
「これ、キクさんに!」
「まあ!」
キクは目を真ん円に見開いて、受け取った。
「何かしら。」
「何だろう。
 開けていいかな?」
悠美と春彦が頷くと、春吉とキクは各々受け取ったものの包装紙を丁寧にはがし、中身を出してみた。
「おお、これは暖かそうだ。」
「本当。」
中から出てきたものは、春吉に焦げ茶色のニットの帽子とマフラー、キクにもオレンジ色のニットの帽子とショールだった。
「春ちゃんと何が良いだろうって相談したんですよ。
 そうしたら、春ちゃんが二人とも帽子やマフラーが無くて寒そうって言ったので。
 もしかしたら、帽子やマフラーをお持ちだろうと思ったのですが、これから、寒さが厳しくなるので、もしよかったら使ってくださいね。」
悠美がにっこりと笑っていうと、春吉とキクは目を潤まして頷いていた。
「ちょうど、帽子もマフラーも古くなって、買い替えようと思っていたところなんだよ。
 ありがたく使わせてもらう。
 悠美さん、春彦、ありがとう。」
「わたし、こういう帽子持っていなかったの。
 それにこのショール、とっても暖かそう。
 うれしいわ、ありがとう。」
二人は、受け取ったものを大事そうに胸元に抱き、悠美と春彦に礼を言った。
「やったー!」
「やったね、春ちゃん。」
春彦と悠美は、春吉とキクの喜ぶ顔を見て、嬉しそうにハイタッチした。
「でも、こんなに良い物を、高かったんじゃないか?」
「そうですよ、こんなに暖かそうなもの、さぞ、値段も張ったんじゃないの?」
春吉とキクが心配そうな顔をした。
「いえ、大丈夫です。
 ちょうど、学校に近くのお店でバーゲンやっていたので。
 それに、少し、祖母に手伝ってもらったので…。」
悠美は、照れ臭そうな顔をして、チョロっと舌を出した。
「まあ、そうなの。」
「これで、今年の冬は温かく過ごせそうだ。」
「本当ですね。」
春吉とキクは嬉しさで万遍の笑顔を悠美と春彦に見せていた。

夕食の片付けが終わり、食器を食器棚に戻し終わると、悠美はキクに近づいて声をかけた。
「キークさん。」
「え?なあに?」
悠美の甘えたような声に、キクはすっかり実の娘と話すかのように返事をした。
「キクさん、ちょっとここに座ってくださいな。」
悠美は台所の真ん中辺にある小さな机と2脚の椅子の一つを指さしていた。
「あら、何かしら?」
「いいから、いいから、座って、座って。」
「ええ?
 はいはい。」
そう言いながらキクが椅子に座ると、悠美はキクの背後にまわってキクの肩を揉み始めた。
「ゆ、悠美さん、そんなこと…。」
キクはあまりのことでびっくりしたが、あまりの気持ちよさに言葉が途切れてしまった。
「キクさん、痛くないですか?」
キクの肩を揉みながら悠美がキクに話しかけた。
「いい…、すごく気持ちいいわ…。」
「よかった、サキちゃんもいつも気持ちいいって。
 あ、祖母がですが。」
慌てて言いなおす悠美を、キクは面白そうに笑った。
「でも、嬉しいわ。
 肩なんか揉んでもらったのは、春繁が幼稚園の時の母の日以来かしら。」
「ええー、そんな前なんですか?
 だからカチコチじゃないですか。」
談笑しながら悠美はしばらくの間キクの肩を揉んでいた。
「悠美さん、ありがとう。
 明日の支度も残っているんでしょ?
 もう大丈夫よ。
 本当に、ありがとうございます。」
キクは、悠美の手に自分の手を乗せ、優しく揉む手を止めさせた。
「はい、じゃあ。」
「うん、ありがとう。」
「そうそう…。」
そう言いながら悠美はポケットから何かを取り出し、キクの前に置いた。
「これは?」
キクが聞くと、悠美はキクを後ろから抱きしめるように腕を回した。
「これは、美味しいお弁当のお礼で、匂い袋です。
 気に入ってくれればうれしいんですが。」
「ええー、そんなことまで。
 もう…。」
「どうですか?
 ちょっと嗅いでみて。」
「はいはい。」
そう言って袋から匂い袋を取り出し顔に近づけると、甘く優しい、そしてどこか懐かしい香りが袋から漂ってきた。
「あら、いい香り。」
キクはうっとりする様に言うと、悠美は嬉しそうな顔をした。
「よかった、キクさんに合う香りはどれがいいかなって、一生懸命探したんです。」
「まあ、ありがとう。」
(きっと、私にも娘が居たら、いつもこんな感じで楽しいかしら)
キクは悠美が自分の娘だったらと、つい思ってしまった。

悠美が客間にもどると、春彦が荷造りせずに布団の上で春吉に買ってもらった本を読んでいた。
「きゃあ、春ちゃん!!
 荷物の整理はどうしたの?」
「え?
 うん、悠美ちゃんと一緒にやろうと思って。」
春彦は涼しい顔で答えた。
「何言ってるの、もう、遅いでしょ。
それに明日朝早いのよ。
早く片付けて、早く寝ないと。」
「ええ?
 だって起きるのいつもと一緒だよ。」
「何言ってるの、ともかく早く片付けないと。」
「はーい。」
春彦は悠美に指図され荷物の整理をしたが、大半は悠美が荷繕いをし、30分も掛からずに終わることが出来た。
「ふう、やっと終わった。
 やっぱり、日頃から整理整頓しておくと早いわ。
 さあ、手と顔を洗って、早く寝ましょう。」
「はーい。」
春彦は、ランドセルから落ちた紙を見つけると、無雑作にランドセルに戻した。
「?
 どうしたの?
「ううん、なんでもない。」
心なしか元気がなくなった春彦を見て悠美は気になって尋ねたが、春彦は首を横に振って洗面所に行った。
「ちょっと、春ちゃん、一緒に行こうよー!」
悠美は慌てて、春彦の後を追うように洗面所に向かった。
DATE: CATEGORY:第8章 灯火
帰って来た悠美が、キクと二人で玄関先で話しこんで10分以上経っていた。
最初は遠慮していた春吉だったが、何時まで経っても話が終わりそうになかったので、ついに痺れを切らせて二人に話しかけた。
「あ、春吉さん、ただいま帰りました。」
にこやかな顔で答えてくる悠美に、春吉は目じりを緩めた。
「ほらほら、玄関先で話し込んで。
 おい、悠美さんが疲れるだろう。」
春吉はキクに向かって言った。

「え?
 そんなに経ちます?」
「そんなに…って、もう10分以上経つよ。」
「きゃあ、たいへん。
 悠美さん、ごめんなさい。
 疲れているところに、本当に。
 さあ、上って上がって。」
「はーい。
 あ、そうそう、春吉さん、靴、綺麗にしていただきありがとうございました。
 学校で皆に自慢しちゃいました。」
悠美がそういうと春吉は照れ臭そうに片手を上げ、笑顔を見せた。

「それはそうと、今日はまだ明るいから、明るいうちにお風呂に入りなさい。」
「え?」
「そうね、それがいいわ。
 うちのお風呂、窓から山並みが見えて良い眺めなのよ。
 景色を眺めてゆったりできるから。
 いつも、お風呂入るの夜でしょ?
 今日くらいはお手伝いいいから、うちの自慢のお風呂にゆっくり入って頂戴な。」
「え?
 本当に、いいんですか?」
「当たり前だ。
 いつも、本当に頑張ってくれているんだから、今日くらいはゆっくりしなさい。」
「じゃあ、遠慮なく。」
春吉の強い勧めもあって、悠美は素直にお風呂に入ることにした。

春吉の家のお風呂は道に面していないので、のぞかれる心配はないし、一応目隠しの出来る格子戸が窓に付いていた。
風呂自体はヒノキの日本風呂で、悠美でも足が延ばせるほど広く、そして、何よりも、窓から遠くの山並みが見え、心が和む田園の風景が湯船から一望できた。
また、悠美をお風呂に入れようと、春吉が時間を見計らって、新しく沸かした一番風呂だった。
「あははは、こんな明るいうちからお風呂なんて。
 何か、温泉旅行に来たみたい。
 そう言えば、春ちゃんも、ここの家のお風呂、いい眺めだよって言ってたわね。
 いつも夜で真っ暗だから景色なんて見えなかったもんね。
 あ、でも、お月さまは見えたな…。」
そう思いながら悠美は脱衣所で洋服を脱ぎ、浴室に入って行った。
「うわー、明るい!」
思わず悠美は言葉を漏らした。
いつも、夜なので電球の光の下、少し薄暗かったが、それはそれで風情があった。
しかし、今、目の前に広がる浴室は、夜とはまるっきり異なり、露天風呂のように明るく、窓から陽の光が浴槽のお湯を光らせていた。
そして遠くの山並みは紅葉で真っ赤に染まり、絵画に出てくるような田園の風景だった。
「すてき…。」
そう言って悠美は息をのんだ。

それから、悠美は、体を洗いゆっくりと湯舟に浸かり、足を延ばしていた。
「うわー、いい気持。
 体が蕩けちゃいそう…。」
湯加減も丁度良く、悠美はお湯を手にすくい、遊びながら外の景色を眺めて見た。
「ほんと、今日は天気もいいし、遠くの山並みまでよく見えるし、素敵な景色。」
そう思いながらお風呂に浸かっていると、何だか一週間の疲れが襲ってきたようだった。
「今週、がんばったもんね…。
 明日は舞ちゃんの退院の日。
 舞ちゃんのところに行って…、お手伝いしなくっちゃ…。」
そんなことを考えながら、体が温まって来たのと、檜の良い匂いが心を和ませた。
そして、誰かが悠美の髪を触っている気がした。
それは、悠美が小さな頃、舞の家に泊まりに行き、春繁と一緒にお風呂に入った時、よく髪を洗ってくれた春繁の手の感触のようだった。
「…、繁おじちゃん…。」
悠美はいつの間にか、湯舟の中でうとうとしていた。

「悠美ちゃん?
悠美ちゃん、大丈夫?」
どの位経ったのだろうか、春彦の声で悠美ははっと目を覚ました。
外を見ると、先ほどと違い夕暮れで薄暗くなっていた。
「ねえ、大丈夫?」
春彦は浴室の扉の外から声をかけていた。
「え?」
半分寝ぼけて背中まで湯舟から出したその悠美の背中に、天井から水滴が落ちた。
「ひゃう。」
その水滴の冷たさで、悠美ははっきりと目を覚ました。
「どうしたの、変な声を出して。
 ねえ、大丈夫?」
春彦が心配そうな声で尋ねた。
「いけなーい。
 春ちゃん、今何時?」
悠美は、慌てて春彦に時間を尋ねた。
「え?
 もうすぐ5時になるよ。」
「きゃあ、1時間も。
私、寝ていた!!」
「ええー?
 寝ていたの?」
今度は、春彦が呆れたような声を出した。
「うん、ごめん。
 すぐに出るわね。」
「ううん、大丈夫なら急がなくてもいいよ。
 おじいちゃんとおばあちゃんが、なかなか出てこないって心配していたから見に来ただけ。」
「あちゃー。」
悠美はそう言って顔の半分まで湯舟に浸かった。

「春吉さん、キクさん、遅くなってごめんなさい。」
お風呂から上り、着替えをして居間に行くと、春吉とキクがニコニコしながら悠美を迎えた。
春吉とキクにすまなそうに謝る悠美は長い髪を後ろで束ね、いつものようにGパンに水色のパーカーに着替えていたが、湯上がりの悠美は、顔がほんのり朱く、清楚な色香を漂わせていた。
春吉は、毎日見ていたので、大分、悠美のそういう姿に慣れてはきたものの、そっと、視線を落としていた。

「いいんだよ。
 お風呂が気持良くて、湯舟で寝てたんだって?」
「は、はい…。」
悠美は春彦にばれていたので、小さくなって頷いた。
悠美の横では、春彦がニヤニヤと笑っていた。
(もう、春ちゃんたら、全部ばらしたな~。)
しかし、湯舟でうたた寝をしていたせいか、悠美は疲れが取れたように元気になった気がしていた。
「でも、溺れなくてよかったよ。」
「そうよ、気を付けないとね。」
 舞さんも湯船でうたた寝して、危く溺れそうになったこともあるのよ。」
キクがそう言いながら、冷たいお茶をコップに入れて持ってきた。
「えへ?
舞ちゃんもですか?
でも、すみません。
 ちょっと疲れていたのか、つい、うとうとと…。」
「そうよ、悠美さん、いろいろ頑張ってくれたし、通学も片道2時間でしょ?
 慣れていなくて、疲れが溜まっていたんでしょうに。」
キクが心配そうな顔をして悠美を見た。
「でも、おかげさまで、疲れがとれたみたいです。
 このお家のお風呂は、最強ですね。」
「最強か…。」
春吉が面白そうに笑う。
「だから、キクさん、夕飯の支度、手伝います。」
「まあ、いいのよ。
 今日はゆっくりしていらっしゃいな。」
「そんなこと言わずに、ね!」
悠美はそう言いながらキクの背中を押して台所に入って行った。
キクはそんな悠美にまんざらでもない顔をしていた。
 
「うわ、今晩は、すき焼きだぁ!」
春彦が目を輝かせて、テーブルの上のすき焼き鍋を見ていった。
立花の実家では、あらかじめ土鍋に肉や野菜を入れて煮込んで食卓に出すのが普通だった。
「そうよ。
 でも、気の利いたお家だったら目の前でお肉を焼いたりして作るんでしょうから、我が家はすき焼き風鍋、ね。」
キクが、説明した。
「でも、私の家でもそうです。
 面倒じゃないし、具材に味がしみ込むから、私、こっちのほうが好きです。」
悠美が嬉しそうに言うのを春吉は眼を細めてみていた。
「さ、卵を溶いて、召し上がれ。」
「はーい。」
悠美と春彦は声を揃えて返事をした。
「ほら、春ちゃん、すき焼きとる深皿貸して、卵入れてあげるから。」
「うん。」
春彦からお皿を受取ると、悠美は、生卵を割ってその中に入れ、春彦の箸で卵を溶いた。
「さあ、何から食べる?」
「うーん、やっぱりお肉かな。」
「シイタケやネギも食べるのよ。
 あと白滝と春菊もね。」
「うん?
え?春菊?
えー。」
春菊と聞いて春彦はあからさまに嫌な顔をした。
「何言ってるの、春菊って体にいいんだから。
 少しでも食べなさい。」
「うー、悠美ちゃんも食べるんだよね…。」
春彦は最後の抵抗のように悠美の顔を見る。
「当然。
 私、春菊って好きなのよ。
 それに春菊って美容に良いんですよね、キクさん?」
「そうよ、栄養価が高くて体にいいのよ。」
「でも、子供には無理だろう」
横から春吉が春彦に助け舟を出す。
「あら、春吉さん、私も子供なんですが…。」
悠美が恨めしそうに言うと、春吉は参ったとばかりに自分の頭をぺしっと叩いた。
「いやー、すまんすまん。」
悠美はそんな春吉に笑顔で返し、春彦のお皿に少しだけ春菊をよそった。
「じゃあ、これで勘弁してあげる。」
「はーい。」
春彦は仕方ないとしぶしぶ返事をした。
春吉とキクは、甲斐甲斐しく春彦の世話を焼く悠美の姿と、取り分けられたすき焼きを美味しそうに頬張る春彦を目を細めて見ていた。
「本当に、姉弟みたいだな。」
「まったくですね。」
夕飯はいつものようににぎやかだった。
DATE: CATEGORY:第8章 灯火
悠美が出て行って、しばらくすると春彦が眠い目をこすりながら起きてきた。
「おじいちゃん、おばあちゃん、おはよう。」
「おう、春彦、おはよう。」
「春彦ちゃん、おはよう。
 偉いわね、うちに来てから一度も起こされずに自分で起きてきて。」
「うん。
 実は、悠美ちゃん、目覚まし時計をいつも違うところに隠しておくんだよ。
 だから、布団からでなくちゃ止められなくて…(ほわ)」
春彦は、欠伸をしながら言った。
「まあ、さすがね、悠美さんは。」
「そりゃー、起きなきゃいけないよな。」
春吉とキクが口をそろえて言うと、春彦は眉間に皺を寄せた。
「それに、もし寝坊したって悠美ちゃんにばれたら、後が怖くて。」
最初に春彦は悠美に約束させられていた。
もし、寝坊して春吉かキクに起こされたら、その日は一日中、口を利かないときつく言われていて、春彦はそれを思い出して肩をすくめた。
「春彦も、悠美さんには逆らえないな。」
春吉が面白そうに言った。

「そうそう、明日は、お母さんの退院の日ね。
 良かったわね。」
キクがそう言うと春彦は朝食を食べながら嬉しそうに頷いた。
「明日は、春彦は小学校お休みの日か?」
「うん、明日は、日曜日だよ。
学校はお休みの日だよ。」
「じゃあ、迎えに行けるな。」
「うん。」
「明日からは、いつものおうちでお母さんと一緒ね。
おばあちゃんの家は今日でおしまいだから、今夜の夕飯は、春彦ちゃんの好きなものにしましょう。
 でも、明日から春彦ちゃんたちがいなくなると、おばあちゃん、寂しいな。」
キクがわざと寂しそうに言うと、春彦はお茶碗を置いて大きな声で言った。
「また、すぐに遊びに来るから!」
その声に春吉とキクは笑いながら頷いた。
「おお、おお、いつでも遊びにおいで。
 春彦達なら、いつでも大歓迎だ。」
春吉が嬉しそうに言う。
「そうそう、今日は土曜日だから午前中で終わりだよ。」
春彦の一言で、春吉とキクはドキッとした。
「え?
ええ…、知っている…わよね。」
「あ、ああ。
 給食、ないんだろ?」
「うん。
 でも、お母さんのところに行きたけど、お昼はここでしょ?」
春彦は困った顔をした。
「じゃあ、おばあちゃんと、病院のレストランでお昼食べて、お母さんのところに行きましょうか?」
「え?
 本当?」
目を輝かす春彦を見て、キクは微笑みながら頷いた。
「やったー!
 あそこのホットケーキ、食べてみたかったんだ。」
「まあ。」
燥ぐ春彦を春吉とキクは眼を細めて眺めていた。

病院のレストランで約束のホットケーキを食べ、春彦とキクが舞の病室に行くと、いつものように、舞の横にサキが座っていた。
サキは春彦を見つけると手招きし、自分の座っていた椅子を春彦に譲り、春彦を舞のすぐ横に座らせた。
「お母さん、明日退院だよね?」
春彦が舞のベッドの横で嬉しそうに言うと、舞もにっこりと笑って頷いた。
「そうよ。
 でも、まだまだ、本調子じゃないから、お手伝いよろしく!」
そう言って舞は春彦に敬礼のポーズをとると、春彦も「任せて!」と敬礼のポーズを取った。
春彦にとって、舞は一番大事な存在だった。
特に、春繁がいなくなり二人きりの生活になってから、日に日に顔色が悪く、やつれ、元気がなくなって行く舞を見て春彦は心配で仕方なかった。
でも、今、春彦の目の前にいる舞は、以前のように明るく優しい舞だった。
「明日は、何時に退院なの?」
キクが、嬉しそうな春彦の肩に手を置いて聞いた。
「はい、朝食が済んで、診察を受け、会計が済めば、いつでも出られます。
 今の予定だと、11時ごろかしら。」
「じゃあ、その頃に迎えに行かなくちゃね。
 で、お家までタクシーでいいのかしら?」
「いえ、何か悠美が光一と交渉したって言っていたので、たぶん、光一の車と思います。
 それに、悠美の荷物や春彦の荷物もあるので、一度、立花さんのお宅に寄ってからになるかと思います。
 ですので、細かな話は悠美が話すと思いますが、10時前にお宅様にお邪魔するかと思います。
 すみません、朝早くから。」
サキが、キクに頭を下げる。
「いえ、うちは朝早いので、大丈夫ですよ。
 毎朝、休みの日も5時起きですから。」
「まあ。」
舞は、立花の実家の生活リズムは知っていたが、サキは知らなかったので、感心したような顔をした。
そして、あらたまるように
「それはそうと、悠美がたいへんお世話になりました。
 本当にご迷惑ばかりおかけして、申し訳ございませんでした。」
今度は、舞もサキと一緒に頭を下げた。
「いいえ、本当に楽しかったんですよ。
 こちらがお礼を言わなきゃいけないくらいです。」
そう言いながら、キクは昨日の悠美の悪ふざけのことを笑いながらサキと舞に話して聞かせ、一同、笑いに包まれていた。

「ただいまー。」
春彦達が家に帰り、おやつを食べているころ、悠美が家に帰って来た。
「おかえりなさい。」
キクが玄関に出迎えに行くと、悠美が笑顔でお弁当の巾着袋をキクに差し出した。
「キクさん、今日のお弁当、私が今までに食べたお弁当の中で1番美味しかったです。」
そういうと、キクはすまなそうな顔をして受け取った。
「ごめんなさいね。
 今日は土曜日で、半ドンじゃなくって?
 お弁当なんて持たせて、一人で食べたの?」
「いいえ、友達や先生と一緒ににぎやかに食べました。
 キクさんの作るお弁当が食べたくて、嬉しかったです。」

それは、悠美の本心だった。
朝、キクからお弁当を渡された時、嬉しかったがどこで食べようか考えていた。
悠美の学校の校舎は4階建てで、3年生の教室は最上階の4階だったので、窓から校舎内の庭園が一望でき、また遠くまで広がる街並みや走る電車が見えたり、なかなかの景色だった。
結局、悠美は放課後に教室で外の景色を見ながら一人で食べようと思っていた。
特にその日は、快晴で遠くまで良く見えていた。
「あれ?
 悠美、帰らないの?」
「え?
 うん、お弁当食べてから帰ろうかと思って。」
「お弁当?」
「うん、ほら、今知り合いの家から通っているって言ったじゃない。
 その家にお料理の上手なおばあさんがいて、お弁当作ってくれてるって。」
「そうね、昨日も一昨日も美味しそうなお弁当、持ってきていたもんね。」
「今日は、最期だからって。」
「そっか、悠美、自分の家に戻るんだったわよね。
 おばさん、明日、退院するんでしょ」
「そうなの、だから、お弁当もスペシャルだって。」
悠美が嬉しそうな顔をして言うと
「じゃあ、私も、購買で何か買ってくるから一緒に食べよう。」
「あ、私も。」
「私も。」
そう言うと、いつの間にか集まっていた悠美の4人の友人がこぞって購買に向かって小走りに走って行った。
「え?
 ちょっと…、でもいいか。
 皆で食べた方が楽しいし。」
そう思いながら、皆が戻ってくるまでぼんやりと外の風景を見ていると
「あら?
 南雲さん、まだ帰らないの?」
そう言いながら悠美の担任の女性の教師が手提げ袋を持って教室に入って来た。
「あ、先生…。」
悠美は、お弁当の件をかいつまんで説明した。
「ところで、先生は、何しに?」
「え?
 ええ、私も、お昼をここで食べようと思って。」
そう言うと、手提げ袋の中から弁当箱を取り出して見せた。
「先生も?
 土曜日なのにお弁当持って来ちゃったんですか?」
「何言っているのよ、教師は土曜日でも君たちみたいに半日で終わりじゃないのよ。
 これから部活や、日誌、来週の授業の準備や生活指導で夜までびっしり。
 せめて、お昼くらいはいい景色を見ながらゆっくりと思って、いつも、教室で食べているのよ。」
教師は苦笑いをしながら言うと、がやがやと、購買にお昼の食べ物を買いに行ってた悠美の友人たちが手に食べ物の入った袋を持って教室に戻って来た。
「あれ?
 先生がいる。」
不思議そうな顔をする友人に向かって悠美が
「先生も、ここでお昼のお弁当ですって。」
と説明をすると「じゃあ、一緒に!」と結局、担任を合わせ友人達とわいわいがやがやと楽しくお弁当を美味しく食べることが出来たのだった。

「そう言ってもらうと、嬉しくて…。
 いやね、涙が出そうになるわ。」
実際に、キクは掛けているエプロンで目じりを押さえた。
「もう、キクさんたら。」
悠美は、キクに笑顔を振りまきながら、指を折り始めた。
「卵焼きでしょ、焼き肉に煮物。
 そうそう、あのサツマイモと人参とお豆の煮たの、絶品です。
 友だちにもおっそわけしたら、『すごく美味しい』ですって。
 今度、作り方教えてくださいね。」
キクは悠美の言葉を“うんうん”と頷いて聞いていた。
「あと、梅干しのおにぎり!
 あの梅干しって、もしかして?」
「そうよ、うちで作った梅干し。
 梅もうちの庭になっていた梅なのよ。」
「そうなんですね。
 初めて食べた時からどこか違うなって思って。
すごく美味しかったです。
 それも、今度教えてください。」
「はいはい、だいたい6月の頭に漬け込むからその時にまたいらっしゃい。
 そうしたら、小分けにしてあげるわ。」
「本当ですか?
 やったー!」
悠美が小躍りしていると、風呂場の方から春吉が出てきた。
「ほら、そんなところで立ち話していないで、中に上がりなさい。」
春吉がいつの間にか玄関口で話しこんでいる悠美とキクを呆れたように言った。

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