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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第8章 灯火
舞は退院したあと、今住んでいるアパートに戻ることにしていたが、しばらくは休養が必要だったので、サキやキクから、自分達と一緒に住めばと誘われたが、春彦の学校のことや、二人だけならそんなに家事で大変なこともないし、何よりどちらの家に行ってもそれなりに気を遣うからと丁重に断っていた。
「そう言うと思っていたわよ。
 まっ、しばらく、私が世話焼きに行ってあげるわ。」
サキが、仕方ないという顔で言った。
「やったぁ。 
 お願いします。
 何せ、そちらは兄さん夫婦がいるので、私がお邪魔したらお嫁さんの敏子さんが気を遣うから…。」
舞がすまなそうに言うと
「今更、何を言ってんだか。」
サキが半分呆れたように言うと
「私も、行きますから。」
と、キクも慌てて割りこんできた。
「わがまま言ってすみません。」
しおらしく二人に頭を下げる舞を見ながら、
「それに、どうせ、週末は悠美が黙っていないでしょうから。」
とサキが、苦笑いして言った。
「え?」
キクは一瞬サキが何を言っているのかわからなかったが、すぐにわかった。
(あっ、悠美さんが週末に手伝いに行くのね。
 ならば、安心ね。)
「そうね、私も悠美なら気兼ねなくこき使えるから。」
舞はうれしそうな顔で言ったが内心は、気兼ねもいらないし、また何事も気が利き、動いてくれる悠美が来てくれるのが一番だった。
(いやね、私ったら、悠美に甘えているわ。)
自分の母親や義理の母親よりも年下の悠美をいつの間にか頼りにしている自分がおかしかった。

そういう昼間の舞たちの話を知らずに春彦と悠美は布団に入っていた。
「さあ、明日も早いから、早く寝ましょう。」
悠美は春彦の頭を撫でていた手をひっこめた。
「うん…。」
春彦の変事は、歯切れの悪いものだった。
「?
 どうしたの?」
悠美が気になって声をかけると、春彦はもじもじしながら口を開いた。
「ねえ、悠美ちゃん。」
「まだ寝られないの?
 それとも、お腹でも痛いの?」
「ううん。
 あのさ。」
「どうしたの?」
「聞いていい?」
「いいわよ。
 で、何?」

春彦は、さらにもじもじしながら口を開いた。
「あのさ、『好き』と『愛してる』って、どう違うの?」
「えっ?
ええー!!」
(どうした、小三。
 学校で女の子に告られたのか?)
と、喉から出そうになるほど悠美は春彦の言った言葉にびっくりして布団から跳ね起きそうになった。
「え?
 ね、ねえ、どうしてそんなこと聞くの?
 小学校で、誰かに言われたの?」
(『好き』と『愛している』の違いだって?!)
悠美は狼狽えている内心とは裏腹に落ち着いた声で春彦に尋ねた。
「ううん、学校じゃないよ。
 昼間見たテレビで、『好きだ』と言ったり『愛してる』って同じ人が同じ人に向かって言ったから。
 たぶん同じ意味だと思ったけど、昼間の悠美ちゃんの『こんにちは』と『ごきげんよう』みたいに言い方の違いなのかなぁ?」
(まあ、春ちゃんたら、いつからこまっしゃくれたことを言うようになったのかしら…。
 それに昼間見たテレビって、昼ドラ?)
悠美はまじまじと春彦を見た。
「ねえ、悠美ちゃん、教えてったら。」
「え、う、うん。」
悠美は一瞬なんて説明しようかと考えてしまった。
(小学生の子供に、真面目に答えてもねぇ。
 さて、何て説明しようかしら…)
そう考えてから、悠美はゆっくりと口を開いた。
「そうね、確かに『好き』も『愛してる』もその人を好きになるということでは変わらないわね。
 でもね、言葉の重さが違うの。」
「言葉の重さ?」
「うん。
 重さ、意味の大事さっていうのかな。
 好きって、人のことを好きって言ったり、このケーキ好きって言ったり、自分の気に入ったもの何にでも好きって言えるでしょ。」
「うん。」
「特に人に対しては、春ちゃんから見て女の子や、男の子、また、年の離れた人、そうね、おじいちゃんやおばあちゃん、誰でも春ちゃんが気に入ったら、好きになるでしょ?
 例えば、春ちゃんは、佳奈ちゃんのことは好き?」
「え?佳奈?
 あいつ、たまにいじめるからな。」
(え?そうなんだ。
 あのおとなしい佳奈が?)
「じゃあ、嫌いなの?」
「ううん、嫌いじゃないよ。」
「じゃあ、木乃美ちゃんは?」
「木乃美は、佳奈より、もっといじめるし。」
(それはわかる気がする。
 ていうか、困ったな。)
「でも、嫌いじゃないんでしょ?」
「うん。」
「じゃあ、じゃあね、舞ちゃんや私のことは?」
春彦は眼を輝かし即答する。
「当然、大好き!」
「ね、そういうのが『好き』っていうこと。」
「え?
 わからない。」
(そう来たか…。)
「お友達とか、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、私といった具合に、好きって相手はたくさんいてもいいのよ。」
「じゃあ、『愛してる』って?」
(まったく、小三の分際で…)
悠美は、心の中で苦笑いをした。
その時、一瞬、目の前を春繁の面影が映った気がした。
「…。」
「悠美ちゃん?」
春彦は怪訝そうな顔で、黙り込んだ悠美を見た。
「あ、ごめん、ごめん。
 そうね、『愛している』って、すごく重く、すごく大事な言葉なの。
 知ってる?
 鳥の中には、一度つがい…。
 つがいって、お父さんお母さんみたいに夫婦ってことね。
 つがいになると、どちらかが死ぬまで、ずっと一緒なの。
 片方が死んじゃうと、それからは命が終わるまで一人で過ごすのよ。」
「…。」
「そういう鳥たちって、鳥の言葉でお互いに『愛しています』って、誓いを立ててるの。
 だから、とっても神聖な言葉なの。
 命が燃え尽きるまで、一緒にいてくださいって。
 大事にしますからって。
 言われた方も、その言葉を受け入れたら、同じように返すのよ。
 お互い、その言葉を言い合ったら、つがいになるの。」
「じゃあ、僕、悠美ちゃんのこと愛してる。」
春彦は真面目な顔で言った。
「こら、そんなに軽々しく言うもんじゃないのよ。
 今説明したでしょ!
 『好き』は今日好きでも、明日は嫌いになって、また好きになるって、その時の思いで自由なのよ。
 『愛してる』って一度言ったら、変えちゃいけない、それは神聖な誓いの言葉なの。
 私の心は、ずっと、変わりませんよって。
 春ちゃんは、まだまだ、これからいろいろな人に合って、いろいろな人と話して、この人とならって思える人が見つかるまでは、言っちゃダメ。
 誓いの言葉なんだから、何度も言う言葉じゃないからね。
 大事にしなさい。」
「えー、僕、悠美ちゃんのこと大好きなのに。」
不満そうに言う春彦の顔をみて悠美は微笑んだ。
「ありがとうね。
 私も、春ちゃんのこと大好きよ。
 でも、あなたは私の一番大事な弟。
 愛してるとは違うけど、一番大好きよ。」
「なんだか、よくわからない…。」
春彦は不満そうな顔をした。
「ふふふ。
 これからいろんな人に合って、恋をすればわかるわよ。」
悠美は、しまったという顔をして春彦を見た。
これで『恋』とはまで聞かれたら、たまったものではなかった。
しかし、春彦の方から何の言葉も出てこず、代わりに小さな寝息が聞こえてきた。
(あは、寝ちゃってる。
 可愛いんだけど、これからドキッとするようなことをどんどんと聞いてくるかしら。
 そうしたら、舞ちゃんにバトンタッチだわ。)
悠美は、起き上がり、春彦の布団を掛けなおし、電気を消して自分の布団に潜り込んだ。
(私の『愛してる』は繁おじちゃんにプレゼントしたんだから。)
悠美は、春繁の通夜の夜、皆の目を盗んで、冷たくなった春繁の耳元に唇を近づけ、こっそりと『愛しています、いつまでも』と囁いたのだった。

翌朝、いつものように悠美が居間に行くと、お弁当の入っている巾着袋と朝食の準備が出来ていた。
「悠美さん、おはよう。」
キクがそう言いながら、ごはんとお味噌汁を持って居間に入ってくる。
「キクさん、おはようございます。」
「今朝は一段と寒いわよ。
 寒くなかった?」
「ええ、さすがにお蒲団から出にくくて。」
悠美は舌を出して笑った。
「もうすぐ12月だし、ここいら辺は田舎で寒いのよ。」
「そっかぁ、もう12月ですね。
 今年は、なんかいろいろなことがありすぎて、あっという間。」
悠美はそう言って、遠くを見る眼付をしていた。
「悠美さん、今日は、お弁当力を入れたのよ。
 お昼、楽しみにしていてね。」
キクが、悠美を励ますように言うと、
「え、本当ですか?
 嬉しいな。
 あ、今言わないでくださいね。
 お昼、楽しみにしますから。」
そう言って悠美はニコニコと笑った。
「はいはい、ふふふ。」
その悠美の笑顔を見るたびに、キクは嬉しくなってたまらなかった。

朝食が終わり、身支度を整え、悠美が学校に行くために玄関に行くと、悠美の黒の革靴が綺麗に磨かれて並んでいた。
悠美の学校は身だしなみチェックがあるので、普段から靴もきれいにしているのだが、今日は靴クリームで磨かれ、ピカピカに光り輝いていた。
「わわ!!」
悠美はびっくりして自分の靴を見る。
「まあ、あの人だわ。」
キクが笑いながら言う。
「春吉さんに、お礼を言わなきゃ。」
悠美は周りを見渡しても春吉の姿は見えなかった。
「あのひと、ああ見えても恥ずかしがり屋だから、お礼を言われるの恥ずかしいからって、きっと、どこかに隠れているわよ。」
「まあ。」
悠美とキクは、眼を合わせて笑った。
「春吉さん、ありがとうございます。
 行ってきまーす。」
周りを見渡し、そう言うと、悠美は駅の方に向かってまるでスキップをするように歩いて行った。
「ほら、そんなところに隠れていて。」
キクが、笑いながら言うと、春吉が門の外側から家の中に入って来た。
「まったく、子供じゃないんだから。」
キクが言うと、春吉は小声で「うるさい」とつぶやいた。
「それより、お前、今日は土曜日じゃなかったか?」
「え?
 ええー!」
「土曜日は、学校はお昼で終わりじゃないか?」
「は、はい…、それなのに私ったら、悠美さんにお弁当持たせちゃったわ…。」
春吉とキクは呆然とお互いの目を見て呆然と立ち尽くしていた。
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DATE: CATEGORY:第8章 灯火
悠美が春吉の家の帰ると、玄関のところでキクと、年配の女性が3人集まって何かを話していた。
「?」
悠美はどうしたんだろうと訝し気に見るとキクが悠美に気が付いた。
「あら、悠美さん。
 お帰りなさい。」
その一言で、キクと話をしていた3人の女性が悠美の方を見て目を見張った。
「まあ、あの娘が例の?」
「セーラー服姿が素敵。」
「す……」
悠美は、近所の人が自分のことを肴に世間話をしていたのだとわかった。
(何が「例の」よ。)
少しムッとした悠美は何か頭にひらめいた。
そして、キクの傍を通り過ぎる時、
「キクさん、ただいま帰りました。
 皆さん、ごきげんよう。」
そう言って、軽く会釈してその横をするり抜けて言った。
「ご、ごきげんよう…。」
3人とも返事に困ったように悠美の言った言葉を繰り返すだけだった。
それを見てキクは、感心するなり、お腹の中で笑っていた。
(悠美さんでも、あんな悪戯するんだわ。)
キクの家の周りでは、若い女性は皆結婚し、都会の方に出て行ったので、若いきれいな女性がキクのところにいると噂はあっという間に広がり、近所の知り合いがキクのところに押し寄せていたのだった。
「すごい…。」
「リアル…お嬢様…。」
「なんて垢抜けたセーラー服…。」
「キクさん、舞さんもきれいだけど、あの子は誰?」
皆呆気にとられ、悠美が玄関をくぐり中に入ったのを見て、キクに問いただした。
「え?
 ああ、悠美さんて言って、舞さんの従妹。
 舞さんが具合悪くて、子供の春彦君を預かっているんだけど、寂しいだろって言って…。」
「え?
 舞さん、入院してるの?」
「大丈夫なの?」
舞も、よくキクのところに来ていたので、3人とも顔なじみで、社交性のある舞は3人とも親しかった。
「ええ、大丈夫。
ちょっと体調を崩しただけで、もうすぐ退院よ。」
「でも、入院しているんでしょ。
 それって大事よね。」
「そ、そうね…。」
キクは順調に回復し明るさを取り戻して来ている舞や、笑顔を振りまく悠美や春彦を見ていると事の重大さが薄れている自分に気が付いた。
(私ったら…。)
しかし、それは皆が前を向いて生きている証拠だった。
「春繁さんの件もあったしね、舞さん無理しちゃったのかな。」
春繁のことは決して忘れたわけではなく、悲しみはどうしようもなかったが、その悲しみさえ悠美が、沈みこまないように引っ張っていてくれる気がして仕方なかった。
「でも、悠美さん?
 凄いわね。
 完璧なお嬢様ね。」
「本当、完璧だわ。」
3人が、悠美のことをほめているのを聞いて、キクは自分の子供が褒められている気がして嬉しかった。

キクが家に入ると、悠美は既に普段着のジーンズパンツにトレーナー姿に着替え、長い黒髪を後ろで結わき、春彦と遊んでいた。
(普段着の悠美さんは可愛いのよね。
 すましている悠美さんも素敵だけど、私はこっちの可愛い悠美さんが好きかしら。)
そう思いながら、キクは悠美の顔を見た。
「ごきげんようですって?」
キクが笑いながらそういうと、悠美はペロッと舌を出した。
「ごめんなさい。
 ちょっとふざけすぎちゃいました。」
「そんなことないわよ。
 あの時の3人の顔。
 まるで、トンビに油揚げをさらわれたよう。
 思わず吹き出しそうになったわ。」
「えへへへ。」
悠美が照れ笑いをすると
(本当、この娘の笑顔を見るとこっちも楽しくなるわ)
とキクはつくづく実感した。
悠美は、心の底から笑うと、眼が無くなるのではと思うほど目が細く垂れさがり、愛嬌のある顔になっていた。
キクは、その笑顔が大好きになっていた。
「さあ、お腹空いたでしょ?」
「あ、キクさん、お弁当ありがとうございました。
 今日も、とっても美味しかったです。」
そう言って悠美はニコニコしながら巾着袋をキクに差し出した。
「まあ、うれしい。」
キクは、巾着袋を受取ると、その軽さで残さず食べてくれていることがわかり、余計ニコニコしていた。
「さあ、おやつにしましょうね。
 お饅頭、買ってあるわ。
 お茶入れるわね。」
「あ、私も手伝います。」
二人は、仲良く台所に入って行った。

その夜も悠美を中心ににぎやかな夕食だった。
特に春吉は、春繁亡き後、がっくりと元気をなくしていたうえ、舞の入院が心に重くのしかかり、悠美がいなかったらふさぎ込み病気になっていたのではと、キクが心配するほどだった。
キクも、気持的には春吉に近かったが、春吉のことが気がかりで、それで何とか持っていたようなものだった。
それが、悠美と春彦が泊まることになり、悠美の明るさ、悠美も悲しいはずなのだが、皆を元気づけようとする気持ちが、春吉やキクを元気にしていた。
春彦も大好きな悠美が毎日傍にいて、嬉しさが寂しさに勝り、舞のことを思いやる強さが出てきていた。
「それでね、おじいさん、面白かったの。
 ご近所さんと話をしていたら、悠美さんが通りがかって『皆さん、ごきげんよう』って言ったのよ。
 皆の顔ったら、まるで、お姫様を見るような顔になっていたの。」
キクは、昼間のことを思い出し、お腹を押さえ笑い転げていた。
「へえ、そりゃあ、いい。
 悠美さんは、確かにべっぴんさんだから。」
春吉はまんざらでもないという顔で笑っていた。
「もう、キクさんも春吉さんも、ちょっと悪ふざけしただけですって。」
悠美は、ちょっと悪ふざけし過ぎたかなと、ほんの少し後悔をしていた。
その時、春彦が悠美の袖を引っ張った。
「ねえ、悠美ちゃん、『ごきげんよう』って何?」
春彦が不思議そうな顔をして尋ねた。
「『ごきげんよう』って、『こんにちは』って言う意味で、昔の身分の高い人が使っていた丁寧語なの。」
「へえ、でもどうしてそんな言葉を使ったの?」
悠美がそう答えると、春彦は興味津々に尋ねた。
「今日ね、学校で教わったのよ。
 だから、ちょっと使ってみたくなって。」
そう言って悠美は、舌をちょろっと出して、春彦にウィンクして見せた。
「そうそう、今日、仕事場の若いもんが話していたんだが、最近、6時くらいの電車が混んでいるっていってたな。
 いつもは、席も空いていてスカスカなのに、席もいっぱいで、立っている人もいるって。」
春吉が、昼間、工房の若手から聞いた話をした。
「6時頃って、悠美さんが乗る電車じゃない?」
キクが悠美の方を向いて言った。
「え?確かに立っている方いますが、私の乗るいつもの電車に比べれば空いてますよ。
普段通りじゃないんですか?」
悠美は、実家から学校に通う時、いつも混んでいる電車に乗っていたので不思議そうにきょとんとした顔をして見せた。
その悠美の顔を春吉とキクはまじまじと見つめて、(まさかね…。)と思いながらも原因は悠美にあると確信していた。

その夜、悠美と春彦はいつものように布団に入って話をしていた。
「ねえねえ、今日、お母さんのところに行ったんだよ。
 お母さん、この前より元気になったよ。」
「そうそう、言い忘れたけど、私も春ちゃんたちが帰った後に、舞ちゃんのところに行ったのよ。」
「えー、そうなんだ。
 でも、じゃあ、お母さんが良くなってきているの、わかるよね。」
「うん。
 舞ちゃん、笑顔も戻って、いい感じになってたわよね。
 でも、退院しても、1ヶ月くらいはゆっくりしてもらわないとね。
 舞ちゃん、すぐに無理しちゃうから、また、具合が悪くなったらたいへんよー。」
「うん、それはそうなんだけど。
 洗濯とか、ご飯とかどう手伝えばいいのかなぁ…?」
「そうね、さすがに洗濯とかご飯の支度は、まだ、春ちゃんじゃ無理だわね。」
「そんなことないよ、洗濯って、洗濯機に洋服入れて、スイッチ押すだけでしょ?」
「ぶー!!
 洗剤、洗濯石鹸を入れるの忘れています。」
「あ…。」
悠美に指摘され、春彦は言葉に詰まった。
「それに、洗濯もの干せないでしょ?
 まだ、チビなんだし。」
「そ、そんなことないよ。」
「だって、まだ、私より背が低いじゃない?」
「すぐに大きくなるもん。」
「私としては、ちっちゃな春彦が可愛くて好きなんだけどな。」
悠美は、春彦に聞こえないように独り言を言った。
「え?
 なに?」
「ううん、何でもないわ。」
「じゃあ、僕、料理を作る。」
「へ?」
「『料理小僧 米吉』で、料理作っているから、それをまねれば。」
「それ、漫画。
 あんな真似されたら、家が焼けちゃうわよ。
 『料理は火力だ!』なんて言って、火が”どばー”でしょ?」
「うん、ダメ?」
「だめ!
 絶対にダメ。」
「ちぇ。」
がっかりしている春彦の顔を見て悠美は笑いながら言った。
「でも、お手伝いすること、たくさんあるよ。
 洗濯物をタンスに仕舞ったり、ご飯を並べるのを手伝ったりね。
 それに、退院して少しの間は、サキちゃんがお手伝いに行くんじゃないかな。
 私も、土日なら泊りがけで行くから。」
「うん。
 でも、僕も頑張るよ。
 お母さんを休ませてあげなくちゃ。」
「おー、えらい偉い。」
悠美はそう言いながら、布団から手を伸ばし、春彦の頭を撫でた。
DATE: CATEGORY:第8章 灯火
元気になってきた舞と病室で楽しく話をした後、悠美は上機嫌で立花の実家に戻って来た。
「ただいまー。
 キクちゃ……(わ、危ない)。
 キクさーん、春ちゃーん、ただいまー。」
居間では、春彦とキクが仲良くおやつを食べていた。
「あら、悠美さんが帰って来たわ。」
「悠美ちゃん、何かご機嫌みたいだね。」
春彦は悠美の声を聞いて感想を口にした。
「本当?」
キクは、今朝渡したお弁当を悠美が気に入ったか気がかりで仕方なかった。
キクと春彦は、玄関に悠美を出迎いに行こうと腰を上げたが、そこに悠美が滑り込むように入って来た。
「早っ!」
悠美のあまりの速さで、春彦は面食らっていた。
そんな春彦を横目に、座り込んだ悠美は、早速、鞄を開けてお弁当の入っていた巾着袋を取り出した。
「キクさん、ご馳走さまでした。
 お弁当、とっても、とっても美味しかったですよ。
 残さず、全部頂きました。」
悠美はそう言って、キクにお辞儀をすると、万遍の笑顔を見せた。
「まあ、本当?
 嬉しい、良かったわー。」
キクも万遍の笑顔で巾着袋を受取った。
「?」
その真ん中にいる春彦は、ただ一人、何もことだかわからずにきょとんとしていた。
「それじゃ、明日は何のお弁当にしようかしら。」
キクが嬉しそうに、考えを巡らせていると悠美がすまなそうな顔をして声をかけた。
「大変じゃないですか?
 うれしいんですけど、あの、無理しないでくださいね。」
「何言ってるのよ、こんな楽しいことって滅多にないんだから。
 そうそう、おにぎりの量、足りた?
 女の子だから小さく作ったんだけど。」
キクは眼を輝かせて悠美に尋ねた。
「はい、丁度良かったです!!」
(でも、普通の女の子の量の2倍はあったんですが…)
悠美は、笑いながら心の中で思った。
でも、悠美にとっては、丁度いい量だった。
「悠美さん、おやつ食べてね。
 あ、着替えが先ね。
 着替えたらお茶でも出すからね。」
「はーい。」
キクは上機嫌で巾着袋を大事そうに持ち、鼻歌を歌うように台所に入って行った。
「ねえ、悠美ちゃん。
 おばあちゃん、どうしたの?」
春彦が、不思議そうな顔で悠美に尋ねる。
「え?
 ふふふ、どうしたんでしょうね。
 さ、春ちゃん、宿題出ているんでしょ?
 着替えたら一緒に見てあげるから、早く片づけちゃいましょうね。」
悠美も鼻歌を歌いながら着替えをするために居間から出て行った。
「???」
春彦は、ただ一人何のことかわからず、居間で首をひねっていた。
「なんで、悠美ちゃんと、おばあちゃん、あんなに嬉しそうなんだろう?」

その夜、春彦と悠美が寝静まったあと、キクは台所で考え事をしていた。
「どうしたんだ?
 こんな遅くに。」
春吉はキクが台所に籠っていたので、気になって様子を見に来た。
「あら、あなた。
 いえね、明日の悠美さんのお弁当のおかずを何にしようかと思って。」
「そう言えば、今日のお弁当はどうだったって?」
「ええ、美味しかったって、綺麗に食べてくれましたよ。」
嬉しそうな顔を見せるキクをみて春吉は眼を細めた。
「そうか、そうか。」
「ねえ、あなた。
 今晩のハンバーグ、明日のお弁当に入れるのは良くないわよね。
 冷凍のシュウマイもあるのけど、せっかくだから冷凍じゃなくて手作りがいいわよね?
 そうだ、生姜焼きなんてどうかしら?
 高校生の女の子って、生姜焼き食べるかしら?
 ね、どう、思います?」
「え?
 あ…ああ、食べるんじゃないか…。」
「そうじゃなくて、お弁当に入れていくかしら?」
「ああ、入れてくんじゃないか…。」
「そうよね!
 じゃあ、おかずの主役は決まったと。
 あと副菜は何にしようかしら…。」
キクの楽しそうな顔を見て、春吉は笑いながら台所から出て行った。

次の日、春彦はキクに連れられ学校帰りに舞の見舞いに来ていた。
「お母さん。」
春彦は、走り寄ろうとして、前回舞に叱られたことを思い出し、慌てて忍び足になっていた。
「まあ、まるで忍者ね。」
舞はにっこりと笑って春彦を見た。
舞は、まだやつれた感じがしたが、春彦の顔を見て顔に赤みがさしていた。
「あ、サキおばあちゃん。」
舞の陰にサキが座っていたのを確認し、春彦は慌てて挨拶をした。
「春彦ちゃん、こんにちは。
 元気ね。」
「うん。」
サキも春彦のことが可愛くて仕方なかったので春彦の顔を見て笑顔になっていた。
そして、春彦の後ろに立っているキクに向かって、笑顔で会釈した。
キクは、そのサキの態度で舞が順調に回復していることがわかった。
「キクさん、なにか悠美にお昼のお弁当まで作っていただいてるんですって?
 申し訳ございません。
 あの子ったら、意外と図々しいところがあって。」
そう言ってサキが頭を下げるとキクが慌ててかぶりを振った。
「そんなことないですよ。
 女の子のお弁当、作ったことが無かったので楽しくって。」
「まあ。」
そしてサキとキクは春彦と舞を置いて二人でお弁当談義に花を咲かせていた。
春彦はそんな二人を見て、舞に振り返り尋ねた。
「ねえ、お母さん、昨日ね、キクおばあちゃんと悠美ちゃん、凄くご機嫌だったんだよ。
 お弁当って、そんなにうれしいものなの?」
「あら?
 春彦、遠足の時にお弁当作って持たせたじゃない。
 玉子焼きに、唐揚げとか、おにぎりとか。
 それって、嬉しくなかった?」
舞に聞かれ春彦は慌てて首を横に振った。
「ううん、そんなことない。
 凄く嬉しくて、凄く美味しかった。」
「でしょ?
 それと、お、な、じ。」
そう言って、舞は春彦の頭を撫でると、春彦は嬉しそうに舞にくっ付いていた。

キクと春彦が病室を出て行ってから20分程経って、今度は悠美が昨日とは打って変わって機嫌悪そうに病室に入って来た。
「あら?
 悠美どうしたの?
 なんかご機嫌斜めね。」
「うん。」
悠美が舞のベッドに近づくと、サキの顔も見えた。
「舞ちゃん、サキちゃん、聞いてよ。
 今日電車の中でね、男の子に声かけられたの。
 何だろうと思って、その子の顔を見たら、急に黙って、そしてすぐに電車を降りちゃったのよ。
 声かけておいて、人の顔を見て何も言わずに降りちゃうなんて失礼しちゃうと思わない。
 自分の顔に何かついていたのかと気になっちゃったわ。」
その話を聞いて舞とサキは思わず顔を見合わせた。
「悠美、声掛けられた時、すました顔しなかった?」
舞が、苦笑いしながら口を開いた。
「当たり前でしょ。
 見ず知らずの人に、いきなり笑いかけたりしないわ。」
悠美がさらに機嫌悪そうに言う。
「まあ、普通そうよね。
 でも、私が言うのも変だけど、あなたのすまし顔、強烈だから。」
「え?
 何が強烈なの?」
悠美が不思議そうに言う。
舞はサキの方を見て、笑みをこぼした。
「ううん、何でもないわ。
 ただ、その男の子、随分向こう見ずというか、何と言うのか。」
「ただのお馬鹿さんでしょ。」
サキが横から吐き捨てるように口を挟む。
「???」
悠美の不思議そうな顔を見て舞とサキが笑いだす。
セーラー服姿の悠美は、肩の下まで伸びた長い黒髪、眼がクリッとし、卵型のふっくらとしているが小さめの美人顔、細身の均整の取れた体つき、背筋をピシっと伸ばした姿勢が気品をにじませ、皆ため息をつくほどきれいだった。
笑顔は愛嬌があって取っつきやすいが、今一緒に暮らしている春吉も悠美のそのすました姿を見るたびに、何度となく言葉が出ないほど固まったほどだった。
なので、高校生位の何の免疫のない男子が悠美に見つめられ、話せなくなり逃げるように電車を降りたのは、舞やサキには頷けることだったが、悠美には全くその自覚が全くなかった。
「あんた、天然の爆弾娘だからね。」
舞は悠美をまじまじと見ながらため息をついた。
「ここら辺までは、あなたの学校のお嬢さんいないでしょうし。」
悠美の学校は、しつけが厳しい学校で、みな姿勢よく身なりもきちんとしていて、美人が多いのも有名な学校だった。
なので、その学校の生徒を見ていれば、ある程度の免疫も付くのだが、学校まで2時間くらいかかるこの付近ではさすがにいなかった。
「そうそう、悠美、あなたキクさんにお弁当まで作ってもらっているの?」
サキが切り出すと、悠美は叱られるのではと緊張した顔つきに変わる。
「うん…。
 一応、辞退したんだけど、作ってくれるって。
 それに、すごく美味しくて……。」
「まあ、呆れた。」
サキは悠美の顔を見て苦笑いした。
「今度、何かお礼の品でも買って持って行かないと。」
サキがそう言うと、悠美が目を輝かした。
「そうなのよ。
 何かお礼をしたいんだけど、サキちゃん、何がいいと思う?」
「そうね、香り袋とか…。」
「香り袋かぁ、それもいいかな。
 舞ちゃんは、何がいいと思う?」
舞は、そんな悠美の顔を見て、また、笑い出した。
「悠美、今日は何しにここに来たの?
 私の具合を見に来たんじゃないの?
 さっきから聞いてると、私の具合とか一切聞いていないじゃない。」
「え?
 だって、舞ちゃんの顔を見れば、順調に回復してるんだってわかるわよ。」
悠美は、真面目な顔をして言った。
「あなたには、本当に負けるわ…。」
そう言って舞は片手で頬杖をつき、苦笑いをして見せた。
DATE: CATEGORY:第8章 灯火
しばらくして悠美はいつものようにジーンズパンツに水色のトレーナーという普段着に着替え居間に入って来た。
テーブルの上には、悠美の好きな板チョコが挟んであるチョコパンにブルーベリーのジャムが入っているジャムパン、それに、お饅頭が置いてあった。
春彦は、菓子パンを食べ終わったのか、座布団に座っていた。
「あら、春ちゃんはもう食べたの?」
見ると春彦の前にはチョコレートがかかっている菓子パンの入っていた空袋に、お饅頭が包んであった袋が2つほど散らかっていた。
「うん、お腹いっぱい。」
悠美は座って(これか、私の制服をチョコだらけにした犯人は)と思いながら、春彦が食べた菓子パンの空袋やお饅頭の包みを片付けていた。
「大丈夫?
 こんなに食べて、夕飯、食べられるの?」
「う、うん。」
春彦は一瞬戸惑ったが、お腹をぽんと叩き頷いた。
「春彦ちゃん、大丈夫よね。
 育ち盛りなんだから。」
キクがそう言いながら、悠美のお茶を持って居間に入って来た。
「あ、すみません。」
そう言って悠美はキクから茶を受取った。
「悠美さん、好きなの食べてね。
 菓子パンは、春彦ちゃんが悠美さんの好きなのって選んだのよ。」
「どうりで。
 春ちゃんは、私の好きなパンを知っているから。」
「だから、食べてね。
 あと、そのお饅頭も美味しいから。」
「はーい。
 いただきます。」
そう言って悠美は、ジャムパンに手を伸ばした。
「そういえば、悠美さん、いつもお昼どうしているの?」
「え?
 あ、はい。
 いつもは、お弁当を作って持っていくんですが、昨日今日は、学食でパンを買って食べています。」
「まあ、それだとお腹空いちゃうでしょ。
 お弁当作ってあげましょうか?
 でも、私、若い娘のお弁当作ったことないから、気に入ってもらえないと困るし。」
キクは、眉間に皺を寄せて考えこんでいた。
春吉は、いつも昼は作業場で皆と一緒に出前の弁当を食べているので弁当は作ったことがなく、春繁が学生時代に、育ち盛りの男の子用にこれでもかとご飯を詰め込んだお弁当を作っていたキクには、悠美の様な繊細な年頃の娘の“お”弁当のイメージがわかなかった。
「キクさん、大丈夫ですよ。
 そんな、心配しないでください。
 学食で、普通に定食とかご飯もありますから、大丈夫です。」
悠美は考えこんでいるキクを見て、慌てて手を左右に振ってみせた。
「そう?
 でも、お腹すかして帰って来るんじゃ、何か可哀想だわ。」
「キクさん、本当に大丈夫ですって。」
悠美は笑いながら、ジャムパンを食べた後、お饅頭に手を伸ばしていた。

「そうそう、春ちゃん、お母さん、どうだった?
 どんなお話ししたの?」
悠美がそう春彦に問いかけると、春彦は舞と話したこと、学校のことなど、悠美に話して聞かせた。
悠美は、笑顔で話を聞いて、たまに頷いたり、笑ったり、驚いたりと春彦の話の内容に合わせいろいろな表情をして見せていた。
春彦は、それにつられ、一生懸命悠美に話して聞かせた。
(まあ、悠美さんて、なんて聞き上手なこと。
 春彦ちゃん、あんなに一生懸命悠美さんに聞かせようとしてるわ。
 だから、春彦ちゃん、悠美さんが好きなのね。)
キクは二人のやり取りを聞きながら感じた。

夕方、いつものように春吉が仕事から帰って来て、元気そうな悠美を見て、胸をなでおろした。
「よかった、悠美さん、元気になっているようだが。」
「はい、学校から帰ってきたら、元気になっていましたわ。」
「何かいいことでもあったのかな?」
「さあ。」
キクは、悠美の春繁を慕う心と、気持ちの切り替えができる娘であることをサキや舞から聞いていたが、春吉に話しても仕方ないことと思い、あえて知らないふりをした。
「何にせよ、悠美さんが明るい顔をしていると、家の中が明るくなるな。」
「まあ、あなたったら悠美さんにぞっこんなんだから。」
そう言ってキクは笑うと、「何を馬鹿なことを」と春吉はばつの悪そうな顔をしながら咳払いをした。

翌朝、いつものように悠美が起きて来ると、キクがなにやらそわそわしていた。
「おはようございます。
 キク…さん?」
どうしたんだろうと悠美は気になって声をかけると、キクは「ヒャ」と驚いたように声を上げ悠美を見た。
「あ、悠美さん、お、おはよう。
 よ、よく寝られた?」
「はい…。」
悠美はいったいどうしたんだろうと気になって仕方なかった。
「テーブルに菓子パンと、卵焼きを出しておいたから食べてね。」
「はい。」
悠美はそう答え、居間に行くとテーブルの上に菓子パンや卵焼きの横にお弁当箱が入るような花柄のピンクの巾着袋が置いてあった。
「?」
悠美は一瞬何かわからなかったが、すぐに思いつき、巾着袋をあけると、アルミホイルに包まれたおにぎりとその下はおかずの入っているタッパーがあった。
タッパーの蓋を開けると、綺麗に渦を巻いた卵焼きに鶏のから揚げ、黒豆の煮ものにプチトマトとカラフルで美味しそうなおかずが入っていた。
「キクさん!」
悠美が振り返ると、今の入り口にキクが心配そうな顔して立っていた。
「悠美さん、お弁当作ってみたんだけど、どうかしら。
 若い娘向けじゃなかったら、気に入らなかったら、置いて行ってくれてもいいんだからね。」
悠美は、首を左右に振った。
「そんなことないです。
 色合いが綺麗だし、とっても美味しそう。
 それより、いいんですか?
 こんな美味しそうなお弁当、頂いちゃって。」
悠美の嬉しそうな顔と言葉を聞いて、キクの顔が華やいだ。
「いいのよ、持って行って食べて頂戴ね。
 女の子のお弁当作るの初めてだったから、どうかなって思ったんだけど。
 でも、だめね。
 可愛いお弁当箱が無くて。
 せめて可愛い袋だけでもと思って、昨日、買っておいたのよ。」
キクはニコニコしながら居間に入って来て、悠美の横に座り込んだ。
「本当、この巾着袋、可愛いです。」
悠美が広げたタッパーやアルミホイルに包まれているおにぎりを巾着袋に詰めなおしながら、まじまじと見て言った
「よかったー。
 これなら若い人でもいいわよねって、お店の若い店員さんに聞いてみたのよ。」
「そんなことまで?」
「それでね、おにぎりなんだけど、中身は梅干しと昆布を1つずつ入れたの。
 足りるかしら?」
おにぎりは、悠美ようにとそれでもキクとしては小さめに作ったつもりだったが、もともと春繁に持たせていたおにぎりがソフトボールのように大きかったので、結構な大きさだった。
それでも、悠美は意外と食が進む方だったので、嬉しそうに頷いた。
そんな悠美の嬉しそうな顔を見てキクは舞い上がりそうだった。
自分にも女の子供がいたらと可愛いお弁当を作って持たせたいと常日頃思っていただけあって、長年の夢がかなったようだった。
悠美は、そのお弁当をさも大事そうに鞄に仕舞った。

「キクさん、本当にありがとうございます。
 行ってきまーす。」
悠美が嬉しそうに手を振って家を出ると、キクのところに春吉が近づいて来た。
春吉は、昨夜、遅くまでキクがお弁当のおかずをどうしようかと、散々悩んでいたのと、朝早くから一生懸命揚げ物までしている姿を見ていた。
「どうだった?
 悠美さん、お前のお弁当、持って行ってくれたかな?」
あの悠美の嬉しそうな顔を見れば聞かなくても答えはわかっていたが、それでも春吉はキクに尋ねてみた。
「はい。
 嬉しいって言ってくれて。
 それで、大事そうに鞄に入れてくれて…。」
キクは感極まったようだった。
「それは良かったな。
 うん、良かった。」
春吉は笑顔でそう言いながら、嬉しそうにスキップしているようなセーラー服の悠美の後姿を見えなくなるまで見送ると、外は寒いからとキクの肩を抱いて、家の中に入って行った。

「ねえ、舞ちゃん、聞いて、聞いて。」
「え?
 なに?」
悠美は学校帰りに舞の病室を訪ねた。
舞は、日に日に元気になってきていて、その日も、ベッドの上で上半身を起こし枕をクッションの様にして座り、サキの持ってきた雑誌を見ていた。
「今日ね、キクちゃんにお弁当作ってもらったの。
 すごく美味しくて、見た目もきれいだったのよ。」
「キクちゃん?
 悠美、あんた、お義母さんに向かってキクちゃんって『ちゃん』付けして呼んでないでしょうね。」
悠美は「舞ちゃん」「サキちゃん」と親しい人のことを相手が年上だろうと『ちゃん』付けする癖があった。
だが、舞はさすがに自分にとって義理の母親にあたるキクに『ちゃん』付けされてはと心配で聞いた。
「え?
 ああ、大丈夫よ。
 私だって、さすがにそこまで、失礼なことはしないわよー。」
悠美が手を顔の前で左右に振って言った。
「どうだか…。」
舞は、疑いの眼差しで悠美を見て言った。
「そんなことより、お弁当作ってもらっちゃったけど、いいのかなぁ。
 たぶん、朝早くから起きて作ってくれたと思うんだけど。」
「そうね。
 で、お弁当は残さず食べたの?」
「もちろん、卵焼きでしょ、唐揚げでしょ、梅干しのおにぎりでしょ、鮭の塩っぽさもちょうど良くて、全部私のすきなものばっかり。
 それにね、おにぎりも一つがこんなに大きかったのよ」
そういって、悠美は両手で大きな球を作って見せた。
「まあ。
 じゃあ、丁度良かったんじゃない?」
舞も悠美が良く食べるのを知っていた。
「そうなの。
 美味しかったな…。」
悠美は思い出したのか、うっとりした顔をして見せた。
「て、そうじゃなくて、キクちゃんにお礼しなくていいのかな。」
そう言うと悠美は姿勢を正し、真剣な顔で舞を見た。
「いいんじゃない。
 たぶん、お義母さん、悠美にお弁当作ってみたかったんだろうから。
 それに、何よりのお礼は、残さず食べたってことかな。」
「えー、それでいいのかな?
 それでいいなら、美味しい思いをした私は万々歳で、『大満足じゃー!』なんだけど。」
悠美はそう言って、子供番組のヒーロー戦隊の決めポーズをまねした。
「なによ、それ。」
舞は、右手で拳を作り、口元に持っていきケラケラと笑い転げていた。

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