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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第8章 灯火
台所に近づくと、キクがお湯を沸かし、お茶を入れている音が聞えた。
「おはようございます。」
悠美がそう言って台所に入って行くと、キクが驚いた顔をして悠美の方を見た。
「あら、起こしちゃった?
 ごめんなさいね。」
キクは家の中の生活音で悠美を起こしてしまったと思っていた。
「いえ、ぜんぜん気にならなかったですよ。」
悠美はにこやかに否定した。
「そう?
 うちは、朝早いのよ。
 朝ごはんなんて、6時ごろに食べるんだから。」
「まあ、早いですね。」
「そうなのよ。
 もうあの人ったら夜明けとともに起きて庭掃除が日課で。
 それに、8時ごろには、もう仕事場に出ちゃうんだから。」
「え?
 8時にですか?」
「でも、悠美さんも、学校行くから、早いんじゃないの?」
「そうですね。
 いつも6時半ごろ起きて、7時半には家を出ます。」
「学生さんもたいへんよね。
 じゃあ、お母さんも早く起きて皆のご飯と、お弁当?」
キクは、そう聞くと、悠美はこっくりと頷いた。
「じゃあ、お弁当も作って、たいへんよね。」
「あ、でも、たいていはおばあちゃんが作ってくれるんです。
 母も働いているので。」
「まあ、サキさんが?」
「はい。
 だからいつも私も手伝って。」
「あら、いいわね。
 悠美さんが手伝ってくれるなんて、サキさん、喜んでいるんじゃないの?」
「ええ、まあ。」
悠美は照れ笑いをした。
「だから、キクさん。
 手伝います。」
そう言うと悠美は持っていた黒い髪ゴムで長い黒髪を後ろで束ねた。
「まあ、いいわよ。
 昨日は、疲れたでしょ。
 もっとゆっくりしていれば?」
「いえ、大丈夫です。
 何しましょう?」
「そう?
 じゃあ、お味噌汁のお出しを取るから、お鍋に水を張って、煮干しを入れてもらおうかしら。
 そうそう、ちょっと待ってて。
 エプロンがないと、洋服が汚れるといけないから。
 私のエプロンでいいかしら?
 舞さんのエプロンもあるんだけど、すぐに出てこないと思うから。」
「はい。」
そして、キクの持ってきたエプロンをすると、悠美は手際よく味噌汁用の両手鍋に水を入れ、火にかけ、キクから渡された缶から煮干しを取り出し、頭とはらわたを器用にとって、鍋の中に入れていった。
「煮干しは、5,6匹でいいですか?」
「そうね、今日は大勢で水の量も多いからそれでいいわ。
 あら、頭とワタを取ってくれているの?」
「はい、おばあちゃんに頭とワタのところは取らないと苦くなるって言われて。」
「まあ、本当にサキさんの仕込みがいいのね。」
キクは感心していた。
「じゃあ、お味噌汁は大根にするから、お任せしていい?」
「はーい。」
「朝は、目玉焼きとアジの開きを焼いて、悠美さんや春彦君にはウィンナーも炒めましょう。
 あと、トマトとお漬物。
 それと…」
「キクさーん、もうそれだけで十分ですよ。」
悠美は笑いながら答える。
いつしかにぎやかになった台所に春吉が顔を出した。
「なんかにぎやかな声がしていると思ったら、悠美さん、もう起きていたんだ。」
「あ、おはようございます。」
悠美も笑顔で返した。
「よく寝られたかな?」
「はい、ふかふかのお布団がとっても気持ち良くて、朝までぐっすりです。」
「そうかそうか。
 それは良かった。
 おい、お茶をくれ。」
春吉は笑顔で答え、キクの方に向かってお茶の催促をした。
「はいはい。
 じゃあ、居間で待っていてくださいね。」
「うん、頼む。
 そう言えば、春彦はまだ寝ているのかな?」
「はい、爆睡中です。
春ちゃんは、昨日はいろいろ頑張ったので、疲れていると思いますよ。」
「そうだな。
 君は、大丈夫なのか?」
「はい、このとおり。」
悠美は細い腕を曲げて、力こぶを作る振りをして見せた。
春吉は、そんな悠美を見て、ニコニコしながら台所を出て居間に向かった。
「まあ、あの人ったら、悠美さんにメロメロね。」
「え?」
「ほら、うちは春繁だけで女の子いないから。
 だから、悠美さんみたいな素敵な女の子が家の中にいると、家の中がぱっと明るくなったみたい。」
「まあ。」
悠美ははにかんだ。
「でも、舞ちゃんもよく来るんじゃないですか?」
「そうね。
 その時も家中、華やかというか賑やかになって、うちの人ったら一升瓶を抱えて右往左往するのよ。」
キクがおかしそうに話すと、悠美もつられて笑い出した。
「その姿が目に浮かびます。
 あははは。」
「そうそうお茶を入れなくちゃ。」
「あっ、私、持っていきますね。」
「そう?
 じゃあ、お願いね。」
悠美が居間にお茶を運ぶと、春吉は嬉しそうに顔を崩した。
「すまんな。」
「いえいえ。」
そう言って、お茶を春吉の前に置くと、後ろで人の気配がした。
悠美が振り向くと、パジャマ姿の息を切らした春彦が立っていた。
「悠美ちゃん、帰っちゃったかと思った。」
春彦は目を覚まし、悠美の姿が無かったので、半分寝ぼけながら探しに居間に来たのだった。
「何言っているのよ。
 荷物、あったでしょ?」
「あ…。」
春彦は頭がハッキリしたようだった。
「もう、男の子が…。」
悠美は笑いながら言うと、春彦はほっとした顔をした。
「もう、起きるよね?
着替え、出しておいたでしょ?」
「うん。」
「じゃあ、寒くなるから早く着替えなさい。
 それとも、まさか、私に着替えさせてもらおうと?」
「そんなことないよ、自分で着替えられるって。」
春彦は、今度は恥ずかしそうな顔をして言った。
「じゃあ、ちゃんと着替えてね。
 私は、キクさんと朝ごはんの支度しているから。」
「うん。」
悠美がウィンクして言うと、春彦は嬉しそうにうなずいた。
そんな二人のやり取りを春吉は微笑んでみていた。

「あら、春彦君も起きたの?」
台所に戻るとキクが尋ねた。
「ええ、今、着替え中です。」
「春彦君も早いわね。
 疲れていないのかしら。」
「子供ですから、疲れなんてです。」
しれっていう悠美の顔を見て、キクは吹き出した。
「本当にあなた達は、面白いわ。」
「ええ?
 そうですか?」
「そうよ、とっても素敵よ。」

にぎやかな朝食が終わり、片付けも一段落し、悠美は居間に電車の時刻表があるのを見つけた。
「春吉さん、時刻表、お借りしていいですか?」
「時刻表?
 ああ、いいよ。」
悠美は、時刻表を見ながら、なにやらブツブツと独り言を呟いていた。
「ここから駅まで、10分位。
 駅から、学校のある駅まで1時間40分かぁ。
 それで、学校のある駅から学校まで、10分位だから、6時に出て急げば6時15分の電車があるわね…。
 よしっ、決めた!」
春彦は、悠美の横で不思議そうに悠美を眺めていた。
「ん?
 なに、春ちゃん。
 私の顔に何かついている?」
「ううん。
 ただ、何しているのかなって。」
「何でもないわ。
 そうそう、春ちゃん、宿題全部終わった?」
「まだだけど、もうすこしで終わるよ。」
「じゃあ、お部屋に戻って片づけちゃいましょう。
 私、おじいちゃんとおばあちゃんにお話しがあるので、終わったら部屋に行くから。
 宿題が片付いたら、お母さんの病院に行きましょう。」
「お話し?」
「そうよ。
 後で、教えてあげるね。」
「はーい。」
春彦はどんな話か興味があったが、悠美は絶対的な存在だったので、しぶしぶ従い部屋に戻っていった。
春彦が部屋に戻っていったのを確認してから、悠美は居間でくつろいでいる春吉とキクのほうを振り返り、姿勢を正して話し始めた。
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DATE: CATEGORY:第8章 灯火
常夜灯の小さな灯りの下で、悠美と春彦は布団に入っていた。
「ねえ、悠美ちゃん。」
不意に春彦が悠美を呼んだ。
「ん?
 なあに。
 まだ寝ていなかったの?」
「うん。
 ねえ、お母さん、大丈夫かな。」
「え?」
「だって、お腹の赤ちゃん、ダメ…だったんだよね。」
「春ちゃん…。」
「弟だったのかな、妹だったのかな…。」
「……。」
春彦が、弟か妹かというと小さな命の灯りが消えたことを悠美は痛切に感じ、切なくなっていた。
「お母さん、元気になるかな。」
春彦は消え入るような声で言った。
「春ちゃん、こっちに来なさい。」
悠美はそう言って、掛布団をまくり、自分の布団に入ってくるようにと春彦を促した。
「え?」
春彦は、突然のことで躊躇すると、悠美は有無も言わせぬような強い口調で言った。
「いいから、こっちに入って来なさい。」
春彦は、もじもじしながら悠美の布団の中に入って行った。
布団の中は悠美の温もりとシャンプーやせっけんのいい香りがした。
春彦の身長は悠美の胸の辺り位だったので、悠美は、春彦を招き入れると掛布団をかけ、そのまま春彦の顔が胸に来るように抱きしめた。
悠美は温かく、また、柔らかかった。
そして、春彦の耳元に口を寄せた。
「赤ちゃんは…。
 私も会いたかったけれど、こればかりはどうすることも出来ないし…。」
「…。」
「舞ちゃんはもっとね。
具合が悪い上に、精神的にショックで悲しんでいると思うわ。
そう思うでしょ?」
「うん。」
「だからね、舞ちゃんが早く元気になるように、私達で励まさないとね。」
「うん。」
「まずは、私達が元気を出して、その元気を舞ちゃんに分けてあげましょう。」
「うん。」
春彦は自分の元気を母に分けるんだと、少し元気になり頷き、顔を悠美の方に向けた。
「でも、明日お母さんになんて言ったら良いの?」
「え?」
「きっとお母さん、赤ちゃんのこと言うよね。」
「そうね。
 舞ちゃんのことだから、春ちゃんにきっと“ごめんね”って言うと思うわ。」
「ごめん?
 なんで?」
「うん。
 春ちゃんも弟か妹、欲しかったんじゃない?」
「うん。」
「だから、ごめんて…。」
「……。」
春彦は心の片隅で、自分にも弟か妹がいたらいいなと思っていたので言葉が出なかった。
「ね、だから、舞ちゃんがそんなこと言ったら、“じゃあ、お母さん、早く元気になってね”って言うのはどうかしら?
 謝るんだったら、ともかく元気になってねって。」
「そうだね。
 “ともかく、早く元気になってね!”って言うね。」
悠美の言葉は、春彦にとって何でも解決してくれる魔法の言葉のようだった
「そうそう。」
「早く元気になってくれないと、寂しいし…。」
「こら、男の子でしょ。
少しの間、がんばらなくっちゃ。
 繁おじちゃんも笑っているわよ。」
「お父さん…。」
春彦は、眠気が襲ってきたのか、とろんという顔をしていた
「そう、お父さん、子供のころ、この家に住んでいたんだよね
 お父…さん…。」
春彦なりに、朝から気が張りっぱなしだったので布団の気持ちよさと、それに加え、悠美の温もり、優しい香り、柔らかな感触からいつの間にか眠りについていた。
「あら?
 春ちゃん?
 寝ちゃったの?」
悠美は、春彦の寝息を立てている無邪気な寝顔を見ながら微笑んだ。
「春ちゃんも今日は疲れたもんね。
 ご苦労様。」
そう優しく話しかけながら、春彦の頭をそっと撫でていた。
少しして、悠美は撫でる手を止め、天井や部屋全体を眺めた。
「そう、ここは繁おじちゃんの生れ育った家。
 どんな子供だったんだろう。
 繁おじちゃん…。」
悠美は眼に熱いものがこみ上げて来るのを感じた。
そして、悠美も春彦の湯たんぽの様な温もりを感じながら、いつしか眠りについていた。

「悠美さん、寝ちゃった?」
襖の向う側から、キクが声をかけた。
キクは二人が寒くないか心配し、見に来たのだった。
聞き耳を立てていたが返事がなかったので、静かに襖を開け、中に入ると悠美の布団で二人が抱き合うように寝ている姿が見えた。
そのままそーっと布団に近づくと、悠美の胸にしがみつくようにして、穏やかな寝顔の春彦が見えた。
「まあ、本当に悠美さんが居てくれてよかったわ。」
そう言いながら、キクは二人を起こさないように、入ってきた時のと同じように、静かに音を立てないように部屋から出て襖を閉めて行った。

「二人は、どうだった?
 もう、寝ていたか?」
居間では、春吉が心配そうな顔をしていた。
「はいはい、春彦君たら悠美さんに齧りつくようにして、悠美さんの布団で一緒に気持ちよさそうに寝ていましたわ。」
「悠美さんは?」
「はい、悠美さんもぐっすりお休みになってましたよ。
 二人とも、今日はすごく疲れたでしょうから。」
「そうだな。
 特に悠美さんが居てくれたから、何から何までとても助かったよな。
 考えてみたら、初めて会ったころから悠美さんはしっかりしていたよな。
 春彦が生まれて、すぐにお風呂に入れたり世話を焼いていたもんな。」
「そうですよ。
 あの時、私もびっくりしちゃいましたよ。
 小学生の腕の細い女の子が、春彦ちゃんをお風呂に入れているんですもの。
 それが、あんな美人のお嬢さんに育って。
 気立てもいいし、お料理も上手で。」
「そうだな。
 それにどこか舞さんに面影があるよな。」
「そりゃあそうですよ。
 二人は血がつながっているんですから。」
「あの明るい性格なんてそっくりだよな。
 傍にいてくれるだけで楽しくなるしな。」
「ほんとうに。」
「舞さんも早く元気になってくれるといいんだが。
 あの娘は、ああ見えてもいろいろ気を回すタイプだから、今回のことで、自分を責めないでほしいもんだ。」
「そうですよね。
 私が、もっと気を付けてあげれば、こんなことには…。」
キクは、肩を落とした。
「こら。
 そんなことを言っても仕方ない。
 もう済んでしまったことだから。
 それよりも、これから舞さんを、どう励ましていくかを考えなくては。
 な。」
「はい…。」
キクは、眼に涙を浮かべながら頷いた。
「それに儂たちのために、今日は悠美さん一生懸命明るく振る舞ってくれたんだから、元気にならなくっちゃな。」
「そうですね。
 元気な顔で舞さんを励まさないと。」
「まったくだ。
 あたは、舞さんが早く落ち着いてくれれば…。」
春吉とキクは、そう言うと今の電気を消し、寝室の方へ歩いて行った。

翌朝、悠美が目を覚ますと、襖から日の光が漏れ、時計を探して見ると6時をさしていた。
早朝にもかかわらず、春吉やキクは、とっくに起きているようだった。
耳を澄ますと、庭を掃除している音や、台所の方でお湯を沸かしたり、朝食の支度をしている気配がした。
ふと自分の布団の中を見ると、春彦が気持ちよさそうな顔をして悠美にくっ付くようにして寝ていた。
(あはは、あのまんま寝ちゃったんだわ、わたし。
 春ちゃん、温かいんだもんね。
 気持よさそうな顔をして可愛いこと。)
悠美は、よく寝ている春彦を起こさないように、そっと、布団から抜け出すと、パジャマを脱ぎ、枕元に置いておいた下着を着け、ブラウスを羽織り、その上に薄いピンクのトレーナーとジーンズパンツという普段着に着替え、そして髪をブラシで梳かし静かに部屋を抜け出した。
廊下に出ると冬が近いせいかひんやりとしていた。
(うー、寒くなったわぁ。)
そう思って腕を組むようにして朝日の指す方向に歩いて行った。
朝日は、玄関のところのガラス窓から入ってきていた。
ガラスは曇りガラスだったので、外は見えなかったが、その明るさからいい天気なことが容易に想像できた。
(今日もいい天気って、天気予報で行ってたわね。
 晴れの天気が一番。)
悠美は洗面所に寄って、手と顔を洗った。
洗面所はお湯が出たので冷たい思いをしなくて済んだ。
洗面所の横の窓を開けると、想っていた通りの青空だった。
そして、遠くに山並みが見え、冬が近いせいか畑の枯れた草が朝日を浴びて黄金色の絨毯のように光り輝き、それが山裾に向かって広がって見えた。
(わぁー、田舎!!
 でも気持ちいわ。)
悠美は自然と顔をほころばせ、窓から流れ込んでくる澄んだ冷たい空気を、大きく深呼吸をして吸い込んだ。
(あはは、美味しい!!
 やっぱりいいな、こういうところ。)
悠美はしばらく窓から身を乗り出すようにして風景をながめてから、ニコニコしながら軽やかな足取りで台所に向かって行った。
DATE: CATEGORY:第8章 灯火
悠美とキクが楽しそうに話していると、春吉が台所に入って来た。
悠美は長い黒髪を後ろで束ね、キクから渡された明るい柄のエプロンをしていた。
春繁たちが家に戻ってくると、必ず、舞とキクのこういう和やかな風景を見ていたので、舞ではなく悠美だったが春吉は心が和む気がした。
特に、悠美の笑顔は舞と同じくらい人の心を和ます笑顔だった。
春吉は、悠美の笑顔に顔をほころばせた。
「悠美さん、疲れているだろうから、お風呂に入りなさい。」
「いえ…。」
悠美はキクの手伝いをと思っていたので、躊躇して言葉を濁した。
「あなた、見てくださいな。
 悠美さんが半分以上手伝ってくれて。」
キクはそう言うと、出来上がりつつある夕飯のお惣菜を指さした。
「え?
 これを悠美さんが手伝って作ったのか?」
「そうなんですよ。
 おいしそうでしょ。
 このきんぴらなんか、全部、悠美さんの手作りなんですよ。」
「おお、本当にうまそうだ。
 こりゃー、晩酌が楽しみだ。」
それを聞いて“しめた!”とばかりに悠美は口を開いた。
「私、キクさんと楽しくお料理させていただいているので、お風呂は先にどうぞ。
 私、食事の後にしますから。」
「ええ?
 それは…。」
“それは悪い”と言いかけてキクの楽しそうな顔を見て春吉は先に風呂に入ることにした。
「じゃあ、悪いがお先に。」
もともと二人暮らしで、物静かなところ、春繁が逝き、重い雰囲気の上、今また不幸なことが起こり舞のことが気がかりで仕方がなかったが、明るく振る舞う悠美を間近に見て、春吉も何か吹っ切れた気がした。
「儂等がうつむいていたらだめだ。
舞さんや春彦を励まさないと。
はやく舞さんも、元気になってもらわねば。」
そう思いながら春吉は台所を後にした。

その夜の夕飯はにぎやかだった。
「うん、このきんぴら、うまい!!」
春吉は、美味しそうに悠美の作ったきんぴらごぼうを頬張った。
「春ちゃんも食べてね。」
「う、うん。」
悠美がそう言うと春彦は、恐る恐る取り分けられたきんぴらごぼうを口にした。
舞もたまに作るのだが、春彦は、どうも苦手だった。
しかし、悠美のきんぴらごぼうは、ごま油のいい香りと、ほどよく甘辛い味がして、しかもシャキシャキする噛み応えが春彦を虜にした。
「美味しい…。」
悠美は、そう言って夢中で食べる春彦の顔をニコニコしながら眺めていた。
「春彦ちゃん、おばあちゃんの作ったものも食べてね。」
キクも一生懸命自分の作った煮物を取り分けた。
「春ちゃん、キクさんの煮ものもおいしいわよ。
 私も大好きになっちゃった。」
「まあ、嬉しい。
 でも、これも悠美さんに手伝ってもらったのよ。」
春彦は、お腹が空いていたこともあり、言われる通りにパクパクと食べていた。
そんな春彦を皆微笑みながら見ていた。
「そう言えば、玄関の横に植わっていたのはブドウの木ですか?」
悠美が、ふと思い出したように尋ねると、春吉とキクは”ほう”という顔をした。
「おや、よく気が付いたね。」
「実が付いていないと何の木だかわからないでしょうに。」
「ええ、でも私ブドウが大好きで、よく父や母にブドウ狩りに連れて行ってもらったんです。」
春吉とキクは、再び感心したような顔を見せた。
「もう時期も終わったけど、毎年8月ごろになると実がなるんだよ。
 実は小さいけど甘くておいしいよ。」
「わぁ、いいな。
 家の庭でもブドウの木って育つんですね。」
「そうだよ。
 売り物じゃなくて、勝手に育ってるんだよ。
 うちの庭には他にも……。」
悠美は、話しを振ったり、合わせたりするのが上手で、会話が途切れないにぎやかな食卓だった。
夕食後、悠美は片付けの手伝いまでして、キクを感激させた。
「悠美さんのおかげで、夕飯の片付けも早く済みました。
 ありがとうね。
 一休みして、お風呂に入ってね。」
「はい。」

立花の家のお風呂は、広くゆったりしていた。
湯舟は、昔ながらの檜の風呂で、檜のいい匂いを楽しみながら、風呂につかりながら窓を開けると遠くの山々まで見渡せる心も体もゆっくり休めるお風呂だった。
また、お風呂場の灯りは柔らかく少し薄暗い感じで、悠美がお風呂に入った頃は、外は真っ暗だったで遠くの山並みなど気色は楽しめなかったが、ぽっかりと浮かんでいる月と星が良く見えた。
お風呂に入りながら外の風景を楽しめるのは田舎の特権で、悠美の家では近所の家が密集していて、こういう経験はなかなかできなかった。
「いいなぁ、こんな田舎も。
 今度は、明るいうちに入ってみたいな。」
悠美は、のんびりと湯舟に浸かっていた。
お風呂は悠美が入る前に、春吉がわざわざ入れなおし、丁度いい湯加減になっていた。
「あら?
 これって柚子ね。
 柚子も庭になっているっていってたなぁ。」
お風呂に黄色い柚子が2つ浮いていて、いい香りを放っていた。
悠美は、指先で柚子を突っついて遊んでいた。
「柚子って、食べられるのかしら。
 食べちゃったら、怒られるかな…。」
好奇心は人一倍あるほうだったが、あとで春吉やキクに呆れられると困るので、ここはじっと我慢をしていた。
髪や身体を洗い、再び湯舟に浸かり、湯舟のへりから腕だけだし、窓の外を眺めながら、今日一日起こったことを悠美は思い出していた。
「今日は、何て大変な日だったんだろう。
 でも、よかった、春ちゃんや春吉さんもキクさんも元気になって。
 あとは、舞ちゃんね…。」
悠美は、舞のことが心配でたまらなかった。

お風呂から出て、パジャマに着替え、居間に行くと春彦がテレビを見ていた。
「春ちゃん、宿題はないの?」
「え?」
春彦は、悠美の方を振り返った。
悠美は、もともと細身で着痩せするタイプだったが、パジャマ姿の悠美は胸や腰回りがふっくらしていた。
髪も背中までの長髪で、風呂上がりで乾かした後のせいか、しなやかで流れるようだった。
また、もともと整った顔は風呂でよく温まったせいか、頬もピンク色に上気しており、どことなく色香が漂い、幼い春彦もどきりとするほどだった。
「ん?
 どうしたの?」
「あ、いや、なんでもないよ。」
悠美はたまに春彦のアパートに泊りにきていたが、こんなにゆっくりと、間近で悠美のことを見たことはなかった。
もじもじする春彦に悠美はいつものように後ろから抱きしめ、耳元で囁いた。
「宿題は?」
「う、うん。
 これ。」
春彦が机の上の漢字練習帳を指さした。
「駄目じゃない。
 テレビ見ながらじゃ。
 もう、時間も遅いんだから宿題の方を“ちゃっちゃ”と片づけちゃわないと。
 明日も、病院に行ったりして忙しいんだからね。」
春彦は、背中に悠美の胸の柔らかな感触を感じながら頷いた。
「悠美さん、春彦ちゃん、お布団の支度が出来ているからね。」
キクが居間に入って来て声をかけた。
風呂上がりの悠美は、キクも一瞬戸惑うほどだった。
「ありがとうございます。」
悠美はにっこりと笑って返事をした。
「悠美さん、お風呂上がりで喉が渇いていない?
 麦茶でいい?」
「はい。」
「でも、夜は寒いから、湯冷めするといけないわ。
 何か羽織るものでも…。」
「大丈夫です。
 カーディガン持ってきてますから。」
そう言って、悠美は柔らかなピンク色の毛糸で編んだカーディガンを見せた。
「じゃあ、大丈夫ね。
それじゃあ、アイスクリームはいいかがしら?」
悠美と春彦は思わず顔を合わせ、「はい!」と声を合わせて返事をした。
「まあまあ、仲のいいこと。
 じゃあ、何がいいか、二人とも冷蔵庫の中を見て頂戴ね。」
「はーい。」
悠美と春彦はきゃあきゃあ言いながら、冷凍庫の中を覗き込んでいた。
「すごーい、たくさんあるね。
 春ちゃん何食べる?」
「うーん。
 悠美ちゃんは?」
「私は、チョコに包まっている小さなアイスがたくさん入っているこれ!」
「じゃあ、僕は、このソフトクリーム!」
二人の楽し気な会話は途切れることがなかった。

立花家の間取りは、2階建ての木造家屋だったが、2階は春繁の部屋が1部屋あるだけで、1階に春吉たちの部屋、居間、台所、客間、納戸など広く取られていた。
もともとは平屋だったが、春繁のためにわざわざ2階を増築した結果だった。
悠美と春彦は、8畳の客間があてがわれた。
客間は、玄関と2階に上がる階段で区切られた居間や台所と反対の方にあった。
1階は全て日本間で、ドアではなく、襖で部屋と廊下が仕切られていた。
二人が部屋に入ると、昼間は部屋の真ん中に大きな家具調こたつが置かれていていたのだが、そのこたつは壁側に移動され、代わりに見るからにふかふかの布団が二組引かれていた。
「わあ、このお布団、ふかふかだよー。
 気持ちいいね。」
悠美は喜んで、ピンクの柄の布団の上に転がった。
春彦は、水色の柄の布団に飛び込んだ。
「本当だ!
 ふかふかだ。」
二人はしばらく布団の上で転げまわったり、はしゃいでいた。
「さあ、そろそろ眠りましょう。
 春ちゃん、ちゃんとお布団の中に入ってね。」
「うん。」
「電気は、どうしよう。
 初めてのところだし、夜中におトイレに行きたくなったら困るから、常夜灯を付けておきましょうね。」
悠美がそう言うと、春彦はふしぎそうな顔をした。
「とこよとう?」
「あら、知らないの?
そうね、春ちゃんの家では、電気、全部消してたからね。
常夜灯って小さな灯りのことよ。
 一晩中点けておく小さな灯りのことを常夜灯っていうの。」
「へえ。」
「春ちゃん、またひとつ賢くなったわね~。」
「うん。」
春彦は、そう言って、布団の中に入った。
悠美は、電気を消して常夜灯だけにすると、春彦の傍に来て、春彦がきちんと掛布団をかけているか確認し、それから自分の布団に潜り込んだ。
「明日は、二人で舞ちゃんのところに行くからね。」
「うん。
 ねえ、悠美ちゃんは、その後、家に帰るんでしょ?
 僕は、お母さんが元気になるまで、この家に居ればいいんだよね。」
何となく寂しそうな声で春彦は言った。
「そうね。
 舞ちゃんが退院するまで、春吉さんとキクさんと、この家で暮らさなくっちゃ。
 学校までは電車で行かなくちゃいけないし、少し遠いけど大丈夫?」
「うん。」
春彦達のアパートは、立花の実家から電車で2駅の距離だったが、その2駅が電車で20分ほどかかるほど離れていた。
「電車好きだから、平気だよ。」
「駅から学校までは、どの位かかるの?」
「駅から家まで、歩いて10分位。
 小学校も家とは方向が違うけど、10分位かな。」
「じゃあ、何とかなるわね。
 朝は学校のある駅まで春吉さんが送ってくれるって言ってたし、帰りはキクさんが迎えに来てくれるって。」
「うん。」
「春吉さん、とてもやさしそうだし、それにキクさんの、ご飯、美味しいからいいわね。」
「うん。」
春彦は、だんだん声が小さくなり、明らかに寂しそうな声になっていた。
「春ちゃん…。」
悠美は、その声を聞いてどうしたものかといろいろと考えを巡らせていた。

DATE: CATEGORY:第8章 灯火
人形の様に無表情で蒼白な顔をしてストレッチャーの上で寝ている舞に、皆、何か声を掛けようとしたが、かける言葉が見つからなかった。
「あの、病室にご案内します。」
看護婦がそう言って歩き出すと、悠美は春彦の手を取ったまま、舞の乗っているストレッチャーの横に付いて歩いていた。
「母さん…。」
春彦は、小さな声で舞を呼んだが、舞は眼を閉じたままだった。
舞はナースセンターのすぐ傍の一人部屋に運び込まれていった。
それから、サキが付き添いで残ることになり、キクも最初は自分も残ると言い張ったが、ショックの大きい春吉のことを考え、帰ることになった。
春彦も舞に付き添っているつもりでいたが、いつ目が覚めるかわからないのと、子供なのでいつまでも病院に置いておくのはと、一度家に帰すことになった。
「お母さん、私、春ちゃんに付いているね。」
悠美が敏子にそういうと、敏子は頷いた。
「そうしてあげて。
 あなたが付いていれば、安心だから。」
「悠美さん、あとで春彦君を連れてうちに来て。
 ご飯とか用意するからね。」
キクがそう言って悠美の手を取った。
「そうね、舞は、しばらくの間入院だろうから、その間、春彦ちゃんをどうしようかしら。」
「え?
 我家じゃないの?」
悠美は驚いた顔をした。
「だって、悠美、春彦君だって学校があるでしょ。
 そんなに休んでいられないじゃない。」
「学校か…。」
悠美も春彦の学校のことを考えると強く言えなかった。
その時、横から春吉が口を挟んだ。
「春彦の学校なら、私どもの家から少し遠いけど通えないことはないし、我家であずかります。
 大事な春繁の忘れ形見だし、な、キク。」
「はい、それは是非そうさせていただきます。」
キクも、一も二もなく頷いた。
そう言うことで、春彦は舞が退院するまで立花の実家で預かることになった。
「悠美、春彦君の荷物、わかる?」
敏子は、春彦の寝泊まりする荷物や学校に行く荷物のことを悠美に尋ねた。
「うん、大丈夫。」
「じゃあ、立花さんの家で生活できるように、荷造りをお願いね。」
「それでは、舞が目を覚まし、お医者様から今度のことのお話を聞いたら、連絡しますから。」
サキのその言葉で、皆、病院を後にした。
「悠美、私、お義父さんを送ってくるから、あなた、舞さんの着替えとか入院の準備もできる?」
「うん、大丈夫。
 看護婦さんに、何がいるか聞いて用意するから。」
「じゃあ、買い物とかしてから、私が舞さんのアパートに寄って、入院道具を持って病院に戻るから。」
「うん、わかった。
 じゃあ、用意しておくから。
 買わなきゃいけないものがあったら、後で電話するね。」
母の敏子やサキをはじめ、南雲の人間は、悠美が年齢以上にしっかりしていて頼りになることを良く知っていた。
「あなた、私も、悠美さんと春彦君とアパートに行って荷物の準備とかしますから。」
キクも悠美だけに用事をさせるわけにはいかないと、春吉に向かって話しかけた。
「ああ、わかった。
 荷物が多くなるだろうから、タクシーを使ってな。
 儂は、家で待っているから。」

それから、すべての準備が終わり、悠美と春彦が立花家に着いたのは夕方近くだった。
また、舞が目を覚ましたのは、その日の夕方だった。
サキからの連絡では、舞にお腹の赤ちゃんが流産したといったところ、ショックから泣きさけび、発作を起こし、精神安定剤と睡眠薬でやっとしずかになるというたいへんな状態だったということだった。
サキがショックを受けたのは、それだけではなく、舞の身体が見るも無残に痩せ細っていたことだった。
「こんなになるまで、がんばって。
 こんなんじゃ、赤ちゃんだって…。
 なんて馬鹿な娘。」

その電話を聞き、立花家では春吉やキクは口数少なく、重い空気が漂っていた。
「ねえ、春ちゃん、今日、一緒に寝ようか?」
そんな重たい空気を吹きとばすように悠美が話し始めた。
「春ちゃんのおじいちゃんとおばあちゃん。
 今日、私、泊って行ってもいいですか?」
「え?」
「もともと、今日は春ちゃんの家に泊まるつもりで用意してきたんです。」
そう言って荷物を見せた。
「それに、ちょうど、明日は祭日でお休みですから。」
「あっ、そうか、明日は旗日か。」
春吉がポンと手を叩いた。
「はたび?」
春彦がぽかんとした顔で悠美に尋ねた。
「そう、祭日のことを旗日っていうのよ。
 昔から祭日は、国旗を飾って祝うの。
 家の門に国旗を飾ったり、乗り物の前の部分に飾ったりするのよ。
 だから、旗日っていうの。
 春ちゃん、見たことない?」
「あっ、バスの前に日の丸が飾ってあった。」
「そうよ、それ。」
「へえ、そうなんだ。」
「なんだ、春彦は知らなかったのか。」
「今の子は知らないわよ。」
キクが笑いながら言うと、悠美がすかさず口を出した。
「私も『今の子』なんですが!」
「あっ、そうね。
 ごめんなさい。」
そう言って、重苦しい雰囲気を笑い声で吹きとばしていった。
「でも、本当に泊まって行ってくれるの?
 助かるわ。」
春吉やキクは、春彦が夜寂しがるのじゃないかと気が気ではなかったが、春彦が一番慕っている悠美がいてくれるということで、胸をなでおろした。
「じゃあ、春彦君と悠美さんは客間に寝てもらおうかしら。」
「そうだな、後で布団を運んでおこう。
 二人とも、案内するから、その荷物を置いてこよう。」
「はい。
 それと後で電話をお借りできますか?
 家に今日はこちらに泊まると連絡を入れておきたいので。」
「ああ、もちろん、いいとも。」
「悠美さん、夕飯何がいいかしら?
 苦手なものある?」
キクが嬉しそうな声を出した。
「私、好き嫌いないので、何でも大丈夫です。」
「そう、じゃあ、腕を振るいましょう。」
「悠美さん、風呂も沸いているから、良かったら食事の前に入ればいい。」
春吉も明るい声で言った。
「はーい。
 春ちゃん、一緒に入る?」
「え?
 そ、そんな…。」
困った顔の春彦を見て悠美は笑いだした。
「冗談よ、冗談。
 春ちゃん、小3でしょ?
 お風呂、いつも一人で入っているわよね。」
「当然。」
からかわれたとわかった春彦は憮然として言った。
(あら、半分本気だったのに)
悠美は、心の中でそう思いながら、むくれた顔の春彦を見て微笑んだ。

春彦が先に風呂に入っている時、悠美は台所で夕飯の支度をしているキクのところに顔を出した。
「えっとー、何かお手伝いすることありますか?」
悠美は、春吉やキクのことを最初は「春ちゃんのおじいちゃん、おばあちゃん」と呼んでいたが、常に“春ちゃんの”とつけるのも、自分の祖父母でないのにおじいちゃんおばあちゃんと呼ぶのも、何となく躊躇っていた。
「あら、悠美さん。
 春彦ちゃんはお風呂に入ったのよね。
 着替えを出さないと。」
「春ちゃんの着替えは出しておきました。
 洗濯物はどうしましょう?」
「まあ!」
(本当に気が利く子だわ)
キクは感心した。
「脱いだものは洗濯籠に入れておいてね。
 悠美ちゃんのも洗濯籠に入れといてくれれば、一緒に洗っちゃうけど。
 もし、良かったらね。」
「いいんですか?
 あ、でも、明日持って帰りますから、大丈夫です。
 あと、これでも家では少し料理したことがあるので、お手伝いさせてください。」
悠美は、舞に料理を教わったりして、普通に下ごしらえから焼き物、揚げ物、煮物と全般的に料理が作れるのだが、自嘲気味に言った。
「まあ、嬉しい。
 でも、今日はお肉を炒めて、野菜を切ってとあまり手のかからないものだから。
 そうだ、きんぴらごぼう食べる?」
「はい、好きです。」
「大根と鶏肉、卵の煮たのは?」
「あっ、それも大好き。」
「へえ~。
 あと家の糠漬けなんだけど、キュウリとナスが漬かっているの。」
「糠漬け大好きです!!」
キクは自分が言うことにニコニコしながら喜んでいる悠美を見て、心が躍るのを感じた。
「じゃあ、キクさん。
 何からやりましょうか?
「大根の煮もの、時間がかかるからそれからかしら。」
「じゃあ、私、大根の皮をむきますね。
 皮を向いたら、4等分に切るでいいですか?」
「そうそう、それでいいわ。」
それから、キクと悠美は二人でたわいもないことを話ながら夕飯の支度をはじめ、すぐに、キクは悠美の手際よさに舌を巻いた。
「悠美さん、お料理、上手ね。
 お母さんにお仕込みがいいのね。」
「母は、仕事をしてますので、サキちゃん……、いえ、おばあちゃんと一緒に良く料理しているんです。
 でも、とっかかりは、舞ちゃんから教わったのですが。」
「まあ、そうなの。
 舞さんも、お料理上手だから、いいわね。
 でも、楽しいわ。」
それから、二人は阿吽の呼吸で次々と料理を仕上げていった。
その内、春彦が風呂から出てきて悠美を呼びに来た。
「おじいちゃんが、悠美ちゃんにお風呂って。」
「うーん、今ね、キクさんとお料理しているのが楽しくって。
 春吉さんに先にお風呂にどうぞって言ってくれる?
 私、ご飯の後で入るから。」
「わかった。」
「あっ、春ちゃん、お風呂上りに何か飲まないと。」
「それなら、麦茶があるわよ。」
「すみません、それもらいますね。
 コップは…。」
「これを使って。」
キクから渡されたコップに麦茶を注いで、悠美は春彦に手渡すと、春彦は一気に飲み干し、春吉のいるほうに歩き始めた。
「ちゃんと、髪の毛、拭くのよ。」
その後ろ姿に向かって悠美は声をかけた。
春彦は振り向かなかったが、片手を上げてわかったと合図した。
「まったく…。」
苦笑いしながら、振り向くとキクが笑っていた。
「なんだか、年の離れた姉弟って感じね。」
「そうですよ。
 春ちゃんは、私のかわいい弟ですから。」
悠美はキクの方を振り向くと、嬉しそうに微笑んだ。
DATE: CATEGORY:第8章 灯火
初七日を過ぎても、手続きの残り、弔問客の相手、葬儀参列者へのお礼、また、春彦の学校など、舞は全く休む間もなかった。
「ごめんね。
 あなたも少し休ませないと、一緒になって目が回っちゃうわよね。
 病院にも行っている時間もないわ…。」
舞は、独り言のように、自分のお腹をそっと撫でて言った。
そして、四十九日の法要に納骨と、それこそ春吉やキクがおどろくほどしっかりと舞は務めを果たしていた。
四十九日と納骨も無事に済み、墓地から帰る際、悠美が舞に話しかけた。
「ねえ、舞ちゃん。
 私、今日泊って行こうか?」
悠美は、舞の疲れ切った顔が心配で仕方なかった。
「ううん、大丈夫よ。」
舞の声も疲れ切っていた。
「家に帰ると、寂しくならない?」
悠美は春繁の納骨が済み、春彦と舞が本当に二人っきりになることを言っていた。
「そうね、今日からは、もっと部屋が、がらんとしちゃうわね。
 でも、春彦が居るから、寂しくはないわ。
 ね。」
そう言って舞は春彦にウィンクして見せ、春彦はそれに黙って頷いた。
「それに、悠美、学生服でしょ。
 今日は、帰りなさい。」
そう言われ悠美はしぶしぶ従うしかなかった。
「わかったわ。
 今日は帰るけど、明日は朝から手伝いに行くわね。
 ちょうど、日曜日だし、明後日は祭日だから、舞ちゃんも少し休まなくちゃだめよ。
 これでも、家事は出来るから、洗濯とかもしなくて寝てていいからね。」
「まあ、嬉しい。
 悠美が、家事全般できることは、私が一番よく知ってるから、じゃあ、待っているわ。」
舞は、笑顔でそう言った。
悠美は、舞から頼られたと思い、嬉しくなった。
高校生の悠美は、小さい頃から舞の後をついてまわっていたせいか、料理の手伝いから掃除、洗濯の手伝いと、年の割にはしっかり身についていた。
「じゃあ、今日は早く休んでね。
 深酒は駄目だからね。」
「はいはい。」
舞と悠美の会話を周りで聞いていた皆は、顔をほころばせた。

翌日の早朝、悠美は舞のアパートにやってきた。
(舞ちゃん、ちゃんと休んでいるかしら。
 今日は、何と言おうと寝かせておかないと。)
しかし、ドアをノックしようとした時、部屋の中から、ただならない春彦の声が聞えた。
「……母さん……大丈夫?」
それは一生懸命、舞に声をかける春彦の声だった。
悠美は、その気配を感じて、ドアを叩き、春彦を呼んだ。
「春ちゃん、春ちゃん、どうしたの?
 舞ちゃんがどうかしたの?
 ここを開けて!」
するとすぐにドアの鍵が外れる音がし、悠美は、ドアを開け部屋の中に滑り込むように入っていった。
そして、そこで目にしたのは、お腹を押さえ苦しがる舞の姿だった。
春彦はドアの鍵を開けると、すぐに舞の傍に戻って、大丈夫かと声をかけていた。
「舞ちゃん、どうしたの?」
悠美は急いで舞の傍に行き、舞の様子を見た。
舞は脂汗をにじませ、苦悶の表情を浮かべていたが、悠美の声に気が付き、薄ら目を開け悠美の方を見た。
「悠美…。」
「舞ちゃん、どうしたの?
 お腹が痛いの?」
「お腹が、赤ちゃんが……。」
舞の消え入るような声を聞いて、悠美は真っ蒼になった。
「赤ちゃん…?
 たいへん!!」
悠美はそう言うと、すぐに119番に電話をかけ救急車を呼んだ。
「悠美ちゃん、お母さんは?」
春彦は不安そうな声で悠美の方を見た。
「大丈夫。
 春ちゃん、何か毛布みたいのない?
 お母さんのお腹に掛けてあげなくちゃ。」
「うん。」
そう言って、春彦は自分のタオルケットを持ってきた。
そこで悠美は初めて春彦がパジャマ姿であることに気が付いた。
「春ちゃん、お母さん、いつからお腹が痛いって言ってた?」
「朝、何か声が聞えてこっちに来たらお母さんが痛がっていて。」
「わかった、じゃあ、早く洋服に着替えて。
 着替え、わかるわよね?」
「うん。」
春彦は、そう頷くと自分の部屋に戻っていった。
悠美は、タオルを濡らし、舞の額の脂汗を拭きながら話しかけた。
「舞ちゃん、いつからお腹痛くなったの。」
「1時間…くらい…前。
 急に…具合が悪くなって…、それで、着替えて…お医者さんに、行こうと…思ったら…
 お腹が急に…。」
「わかったわ。
 直ぐに救急車が来るから、頑張って。」
「悠美…、ありがとう…。」
舞はそう言うのが、やっとだった。
救急車が来て、悠美は救急隊員に舞のお腹に赤ん坊がいることを告げ、舞は産婦人科のある救急病院に搬送された。
舞の処置が行われている時、悠美は春彦の手を取りながら、自分の両親に電話をかけ状況を説明し、立花の実家にも連絡する様に言伝をしていた。
大人でも気が動転し、そこまで機転が利かない状況なのに、高校生の悠美はてきぱきとこなし、救急隊員や病院の看護婦が舌を巻くほどだった。
「悠美ちゃん、お母さん…。」
「大丈夫だって。
 疲れが出て、お腹が痛くなっただけよ。
 直ぐに良くなるから。」
「うん。」
悠美は、舞の容態が気がかりだったが、春彦にはそんな態度を見せずに明るく励ましていた。
1時間も立たずに春吉とキクが病院に駆け込んできた。
「悠美さん、舞さんは?」
キクが、悠美の顔を見て心配そうに尋ねた。
「はい、舞ちゃん、今処置室です。」
「一体どうしたんだね。」
春吉も心配そうに尋ねた。
「今朝、舞ちゃんのアパートに行ったのですが、その時には既にお腹が痛いってうずくまっていて。
 それで、急いで救急車を呼んで、この病院に来たんです。」
「お腹……。」
キクが心配そうな顔をした。
「過労だろうな。
 大事に至らなく、あっ。」
春吉は、春彦の顔を見て言葉を濁した。
春彦は、心配そうな顔をしており、迂闊に不安を掻き立てるような言葉は慎んだ方が良いと春吉は思った。
「舞さんのご両親には?」
「はい、母に電話して伝えていますので、もうすこしすればこちらに来ると思います。
 家が遠いので、どんなに早くても1時間以上かかると思いますので。」
「そう……。」
そう言いながらキクは不安そうな顔をしていた。
キクは、舞のお腹の赤ん坊のことを薄々気が付いていたので、もしもの時はどうしたらいいのか、実の母親が傍にいてくれた方がと思っていた。
それから、30分ほどで舞の両親の常吉とサキ、それに悠美の母親の敏子が駆け込んできた。
「悠美ちゃん、舞は?」
3人は春吉やキクへ挨拶も漫ろに、サキが悠美に尋ねた。
3人は肩で息をしており、タクシーを降りた後、速足でここまで来たのが明白だった。
悠美は、キクに話したことを同じように、サキに話した。
「舞……。」
一同、処置室の前で黙り込んでいた。
悠美は、春彦の手を握り、空いている手で肩を抱きしめていた。
それからすぐに、処置室から医師が出てきて一同の前にやって来た。
「患者さんの身内の方ですか?」
医師は、誰となく尋ねた。
「はい、私が舞の母親です。
 舞は、どうなんでしょうか?」
サキが一歩、医師の前に踏み出した。
「そうですか。」
それから医師は立ったまま、状態について説明を始めた。
まず、全体的に衰弱しており、危険な状態だったこと。
それは、迅速な判断で、病院に来たので危険な状態ではあるが、命に別状はないということ。
命は大丈夫と言われ、一同、安堵の顔を見せたが、次の一言で、皆凍り付いてしまった。
「はい、お母さんの命は大丈夫なのですが、お腹のお子さんが。」
「え?」
「残念ですが、流産です。」
「ええ!」
キクと悠美を除いて、一同、飛び上がるほど驚き、状況が把握できないでいた。
「流産……?
 舞のお腹に赤ちゃんが?」
「はい。
 ご存知なかった?」
「ええ…。」
「そうですか……。
本人は、今、麻酔で眠っていますので、どなたか目が覚めるまで傍に着いていてあげてください。」
医師はそう言うと、後を看護婦に託し、皆に一礼してその場を去っていった。
サキたちは、呆然自失で医師にお礼を言うことすらできなかった。
「私のせいだわ。」
いきなりキクが涙ながらに話し始めた。
「先月、舞さんが産婦人科に行ったことを知っていたんです。
ただ、本人の口から教えてもらうまではと、聴けなかったんです。
春繁が逝ってから、舞さん、大忙しで、身体のことをずっと心配していたのに。
結局何もできなくて……。」
「なんで、そんな大事なことを言わなかったんだ!」
春吉がキクに向かって声を荒げた。
「ごめんなさい。」
キクはそう言って、顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
「キクさん、キクさんのせいじゃないですよ。」
サキは、その中に割り込み、キクの傍にしゃがみ込んで肩に手を回し、そっと揺すった。
「こればっかりは、本人のことですって。
 どうか、ご自分を責めないでください。
 舞が、誰にも言わなかったのは、何か思うことがあってでしょうから。」
「サキさん…。」
眼に涙をいっぱい貯めてキクがサキの方を向いた。
サキは、そんなキクに頷いて見せた。
「春吉さんも、どうかキクさんを責めないでください。
 逆に、私共の方が、申し訳なくて。
 春繁さんの子を…。」
あんなに春彦の次の子供を待ち望んでいた春繁が、知ってか知らずか他界し、今、その後を追うように小さな命が消えてしまった残酷な現実に、皆言葉を失っていた。
春彦も、うすうす、どういうことか理解していて、ただ悠美の手を握り黙っていた。
一同の前をストレッチャー上で意識なく目を閉じている舞が通り過ぎていこうとしていた。

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