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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第8章 灯火
人気のない納戸に春彦を引きづり込むようにし、悠美は改めて春彦の眼を見た。
悠美の見た春彦の眼は生気のない死んだ魚の眼のように濁っている気がした。
「春ちゃん、息をしなさい。」
悠美がきつい口調で春彦に話しかけたが、春彦はうわの空で、何の反応もなかった。
「もう!」
そう言うと、悠美は春彦に顔を近づけた。
そして、春彦はなにか柔らかいものが唇に感じたと思うやいなや、いきなり、肺に熱い空気が流れ込んできた。
その熱い空気は、すぐに血液とともに全身を巡った気がした。
「!!」
春彦は、びっくりして正面を見ると、目の前に涙を浮かべ、怖い顔をした悠美の顔がすぐ近くにあった。
「こら、春ちゃん。
 ちゃんと息しなくちゃだめじゃない。」
先程までの剣幕とは違い、優しい声で悠美は言った
「……。」
それでも春彦はなにも言い返せず黙っていると、悠美は、春彦の頭に両腕を回し、春彦の顔を自分の胸に抱き寄せ、ぎゅーっと抱きしめた。
「悲しいよね。
 寂しいよね。
 何でこうなっちゃったんだろうね。
 私も、ものすごく悲しいの。
 知ってる?
 春ちゃんが生まれる、ずっと前から私は繁おじちゃんと仲良しだったのよ。」
「……。」
春彦は悠美が何を言っているのか理解できなかったが、悠美に抱かれてじっとしていた。
「すごく、悲しいの。
 繁おじちゃん、私のことをいつもいつも悠美、悠美って呼んでくれて、可愛がってくれたのよ。」
春彦は、春繁が悠美のことも自分の子供のように可愛がっていたことを知っていて、そして悠美の言葉を聞くうちに、眼が熱くなってくるのを感じた。
「春ちゃんも、我慢しなくていいから。
 私と居る時は、なんにも我慢しなくていいのよ。
 悲しいよね。
 だけど、涙をこらえちゃだめよ。
 無理に我慢すると心が壊れちゃうから。
 繁おじちゃん、そんなこと望んでいないからね。
 ここなら、私と春ちゃんだけしかいないから。
 思いっきり、泣いちゃおう。」
悠美の優しい言葉は、春彦にとってすべての鎖を解く魔法の呪文のようだった。
春彦は、すぅーと息を吸い込むと、いつもの優しく甘い悠美の匂いがした。
その匂いが春彦の凍てついていた心を一気に溶かした。
「今度の休みに、魚釣りに行こうって約束したのに…。」
「うんうん」
「キャッチボールの相手もしてくれるっていったのに。」
「うん」
「カブトムシやノコギリクワガタ取りに行こうって。」
「うんうん。」
「遊園地や動物園にも行こうって…。
 それから、一緒に、一緒に……。」
悠美は、相槌を打ちながら、優しく春彦の頭を撫でていた。
「それとね、それとね…。」
続けて何かを言おうとした春彦の頬にぽたりと一粒の水滴が触れた。
春彦が、顔を上げて悠美を見ると、眼を真っ赤にし、いっぱいに涙をため、それでも、笑顔を作っている悠美の顔があった。
そして、水滴と思ったのは、悠美の涙だった。
その涙を見て、春彦は誰にも聞けなかった疑問を悠美にぶつけた。
「なんで、お父さん死んじゃったの?
 もう、何もしてくれないの?
 笑ったり、遊んだりしてくれないの…。
 お父さん…」
春彦は、声を押さえながら、泣いていた。
しかし、いくら抑えようとしても、「お父さん、お父さん」と春繁を呼ぶ声が漏れていた。
そして、涙でくしゃくしゃな顔をあげ、すがるような目で悠美を見あげた。
「嫌だよ…。」
春彦はしぼりだすように言った。
「私もよ…。」
悠美も涙があふれ出ていた。
そして、力を込めて春彦を抱きしめながら嗚咽を漏らし始めた。
春彦もそれに呼応するかのように、言葉にならない声で、悠美の胸に顔を埋めて大声で泣き出した。
春彦は、自分の中で優しい父親の顔、笑い声、笑顔、春彦に話しかける声が走馬灯のように駆け巡り、体から水分が全部涙で出てしまうのではと思うくらい悠美にしがみつき泣いていた。
悠美も春彦をしっかりと抱きしめ、春彦の頭に、そっと頬を寄せていた。

しばらくして、春彦の泣き声が小さくなってきたころ、悠美は春彦の耳元で囁いた。
「私がいるからね。
 私が春ちゃんの傍にいてあげるからね。
 でもね、舞ちゃんも私たち以上に悲しいのを我慢しているから、二人で支えてあげなきゃね。」
春彦は、その悠美の言葉を聞きながら、小さく、しかし力強く頷いた。

しばらくして、悠美は春彦と手をつなぎ、祭壇のある部屋に戻ってきた。
舞は、二人を目ざとく見つけた。
悠美と、春彦は、泣きはらした顔をしていた。
しかし、春彦の顔は先程と違い生気が戻り、赤みがかっていた。
そして、しっかりとした顔で、春繁の祭壇と向き合っていた。
それは、先程と全く違い、正真正銘、しっかりとした春彦だった。
(悠美ったら、一体全体、どんな魔法を使ったのかしら。
 でも、助かったわ。)
舞は、悲しみに浸る暇なく、弔問客の応対に追われ、春彦のことを気にしてみている余裕がなかった。
悠美は、春彦を連れて、舞の方に近づいてきた。
「舞ちゃん、春ちゃん大丈夫だからね。」
泣き顔に一生懸命笑みを作って言った。
舞は、すごくありがたかった。
「悠美、ありがとう。
ありがとうついでに、悪いけど、春の傍にいてくれる?」
そういうと、悠美は、こくりと頷いた。
「舞ちゃんは、大丈夫?」
悠美は心配そうに聞いた。
「ええ、大丈夫よ。
 強い味方が二人も居てくれるから。」
そういうと、舞は春彦の顔を見た。
春彦は、じっと、舞を見つめ返し、黙って頷き、舞の傍に立った。
舞は、そんな春彦の肩に手を置き、「ありがとう」と小声で言った。
悠美と春彦のおかげで、舞は、何とか告別式までしっかりと喪主の役割を果たすことが出来た。
ただ、火葬場で最後の対面をした時は、さすがに我慢が出来なくなり、春繁の名前を呼び、泣きながら遺体に縋り付いていた。
しかし、火葬の時間になり、みんなでなだめられ、嫌々ながら遺体から離れ、焼き場に入っていく棺から離れ、立ち尽くしていた。
傍に、しっかりと悠美と春彦が涙を流しながら、しかし、気丈に舞を支えるように立ち、棺を見送った。
『ガッシャン』と棺が入っていった窯の扉が冷たく重たい音で閉まった。
そして、しばらくすると、ボッと火がついたような音とともにゴーゴーという大きな音が春繁の入った窯の中から聞こえてきた。
皆は、焼きあがる時間まで、控室に移動していったが、春彦は、最初、その場から動かなかった。
しかし、悠美に促され、控室に移動した。
舞と春彦、そして悠美の3人は、控室で周りの人間もかける言葉も見つからないほど、ひっそりと寄りそって座っていた。
どの位時間が経ったのだろう、そうこうしているうちに火葬場の係りの女性が、控室まで呼びに来た。
皆、係りの女性について、先程、棺を最後に見送った扉の前に集まった。
僧侶の読経の中、火葬の係りと思われる年配の男性が一同の前で頭を下げた。
「それでは、扉を開けます」
係りの人間がそういうと、扉の開閉ボタンを押し、ゆっくりと扉があき始めた。
春彦は、その扉の中を凝視していた。
中では、まだ炎が荒れ狂ったように渦を巻いていたが、扉が開くにしたがって小さくなり、そして、消えていった。
しかし炎がおさまっても、窯の中は恐ろしいくらいに真っ赤に焼けていた。
悠美は春彦の顔に手を伸ばし、そっと、顔を自分の方に向けさせ、焼けた釜から春彦の視線をそらせた。
先程は棺を乗せていたストレッチャーが窯から出され、そこには骨になった変わり果てた春繁が乗っていた。
係りの人の誘導で、最初に舞と春彦が箸を取って骨上げをした。
正確には、うまくつかめなかった春彦の手を悠美がサポートして3人で春繁の骨を拾いあげたのだった。
全ての物事が終わり、舞は愛おしそうに春繁の骨の入った骨壺を抱えて、葬儀場をあとにした。

告別式が終わり、皆が引き上げ、舞と春彦は春繁の遺骨とともにアパートに戻っていた。
春吉やキクが自分たちの家に来るようと何度も舞に言ったが、舞はせめて今日は、自分と春彦と春繁の3人で居たいと丁重に辞退した。
悠美も、さすがに泊まるわけにいかず、後ろ髪を引かれる思いで帰っていった。
「寂しくなったね。」
ぽつんと、舞が独り言の様に言った。
「うん」
春彦は頷くだけだった。
「あんなに大きなひとだったのに、こんなに小さくなっちゃって。」
「うん」
「春彦、こっちにおいで。」
「うん」
舞は、春彦を手招きし自分の前に座らせ、そっと抱きしめた。
「うじうじなんかしてる暇ないもんね。
お父さんの分もがんばらなくっちゃね。」
「うん。」
「でも、でもね、春彦。
 今日だけ、母さん泣いていいかな?」
「うん。」
「ありがとう」
そういうと舞は、春彦を抱きしめている腕に少し力を入れ、さめざめと泣き始めた。
春彦も、涙を流しながら、ずっと、舞の頭を撫でていた。
しかし、その反面、春彦は、真っ赤に焼けた窯の中で荒れ狂っていた炎を思い出していた。
その炎は、ゴーゴーと大きな音を立てて荒れ狂い、父を飲み込み、また、この世界を全て焼き尽くす炎ではないかと、春彦の幼い心に恐怖を焼き付けていた。

翌日から、舞は役所などの諸々の手続きや、告別式に来れなかった弔問客の相手、初七日の法要の準備で春繁をゆっくり偲ぶ時間もなく、ひたすら用事に追われていた。
春吉やキクも忙しく動いている舞を心配し、昼間、アパートを訪れ、春彦の世話や、何か手伝えることはと支えていた。
「舞さん、大丈夫?」
キクは、明らかにやつれた顔をしている舞を見て気遣っていた。
「大丈夫ですよ。
 でも、いろいろ役所に書類を出したり、名義変更の手続き。
 なんで、こんなにいろいろあるんでしょうね…。」
「まったくね。
 さあ、今日はもういいんでしょ?
 私が後片付けするから、ご飯食べて休んで頂戴。」
「ありがとうございます。
 でも、お義母さんも帰るのが遅くなるし、疲れちゃうんじゃない?
 私は、大丈夫ですから…。」
「いいから、いいから。
 少し休んで。
 いま、ご飯の支度をするから、お茶でも飲んでゆっくりしていて。」
「でも…。」
「いいから。」
舞はそんなキクの心遣いが嬉しかった。
「じゃあ、少し、休憩させてもらいます。」
「はいはい。」
キクは、優しい声を舞に掛けた。
そして、夕飯の用意をして、リビングの方を見ると舞が壁に寄りかかるようにうたた寝している姿が見えた。
「まあまあ…。」
季節は秋で、日が陰るとだんだんと寒くなってきていた。
キクは、周りを見回し、舞の体が冷えないように何か掛けるものを探したが、生憎、毛布の様なものはなく仕方なく、舞のコートをそっと背中にかけた。
その時、コードから病院の診察券がひらひらと舞い落ちた。
それは、春繁が逝った日、舞が受診した病院のもので、いつもなら会計と同時にきちんとカード入れに診察券を入れるのだが、嬉しさから後回しにして、取りあえずコートのポケットにしまって、それっきりだった。
キクは、その診察券を拾い上げ、何気なく病院名を見て、眼を見開いた。
その診察券には病院名と『産婦人科』という文言が書かれていた。
キクはまじまじとうたた寝している舞の顔を覗き込んだ。
「舞さん、何てことでしょう…。」
キクは、舞のお腹に小さな命が宿っていることを直感で感じ取った。
その後、舞が目を覚まし、ご飯を食べたのを見てキクはアパートを後にした。
当然、舞のお腹のことは何も聞かず、舞から話のあるまでは、そっとしておこうと思っていた。
ただ、それが、間違いだったことを、キクは、後に後悔することになるのを気が付かなかった。
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DATE: CATEGORY:第8章 灯火
その日、舞は午前中に産婦人科に行き、午後は自宅でくつろいでいた。
「さあ、あの人、帰ってきたらなんて言おうかな。
 春彦から随分間が空いちゃったけど、待ちに待った二人目だもんね。
 まだ、どちらかわからないけど、喜んでくれるかな?
 ううん、喜ぶに決まってるわ。
 喜ばなかったら、蹴り飛ばしてやる。」
舞は、春繁が二人目をどんなに望んでいたか、嫌というほどわかっていた。
「ほんと、あの人は子煩悩だから。」
そう思いながら、舞は顔がほころんでいた。
その時、突然、電話の呼び鈴が鳴り、舞はびっくりして飛び上がった。
「まあ、こんな時間に電話なんて。
 何かの売り込みかしら…。」
そう思いながら、舞は受話器を取った。
「はい、もしもし?」
舞が電話をとると、男性の声が聞えた。
「立花さん?」
「はい、そうですが?」
「私、春繁君の同僚の大和田と言います。
 奥さん…。」
大和田と名乗った電話の先の声は、重苦しかった。
「あの、何かあったんでしょうか?」
電話口で、相手が言葉に困っているのを雰囲気で感じ取り、舞は、自分から切り出した。
電話の相手は、深呼吸をしたように聞こえ、その後、言葉に気を付けながら話し始めた。
「奥さん、落ち着いて聞いてください。
 実は、立花君ですが、先ほど急に倒れて…」
電話の内容は、春繁が急に胸を押さえて倒れこみ、救急車で病院に搬送されたが、既に、心肺停止状態で、蘇生術の甲斐もなく亡くなったという内容だった。
電話口で大和田は病院の名前と告げ、早く来てほしいと言ったが、舞は、電話を持ったまま、しばらく茫然としていた。
「もしもし、奥さん、大丈夫ですか?」
その声に、舞ははっと我に返った。
「は、はい。
 病院…ですね…。
 すぐに、伺います…。」
舞は気もそぞろに電話を切り、いそいで身支度を整えながら、春繁の両親と自分の両親の両方に状況を電話した。
立花の方に電話を掛けると、電話に春繁の母親のキクが出た。
「お義母さん、うちの人が、春繁さんが、たいへんなことに!!」
「舞ちゃん?
 どうかしたの?
 春繁が一体どうしたの?」
キクは話の要点が全く掴めない舞を宥めながら、春繁が倒れたことを聞き出した。
「舞ちゃん、しっかりして。
 私達もすぐに行くからね。」
突然の訃報にキクは息をのんだが、舞の取り乱した声を聴いて気丈にも舞を励まし、すぐに病院に駆けつけると言って電話を切った。
南雲の方も母親のサキが出て、キクと同様に舞を励まし、病院で落ち合う約束をして電話を切った。
その時、丁度、春彦が小学校から帰ってきた。
「ただい…ま?」
その中、春彦は学校から帰って来て、舞の様子が尋常でないことに気が付いた。
「母さん?
 おかあさん、どうしたの?」
その声で振り返った舞は、真っ青な顔をして、目は真っ赤になっていた。
「春、お父さんが倒れたんだって。
 いま、病院から電話があって、急いで来てくれって。」
「え?
 お父さんが、倒れた…。」
「そうよ、早く行きましょう。」
春彦は、ランドセルを部屋に投げ捨て、舞と一緒にタクシーに乗り込んだ。
タクシーの中で、舞は春彦の手をぎゅーっと握りしめていた。
春彦は、少し痛かったが、心はそれどころではなかった。
(朝、あんなに元気だったのに。
 何かの間違い、そう、だれかと間違えたんだろう)
春彦は、一生懸命、頭を巡らせていた。
舞は、目をつぶったまま、拝むように春彦の手を握り締めていた。
二人を乗せたタクシーが病院に滑り込み、舞と春彦は走る様に病院の中に入った。
「立花君の奥さんですか?」
そう声を掛けられた方を見ると、30代くらいの背広を着た会社員が立っていた。
「大和田さん?」
春繁の会社の同僚の大和田には、何度か会ったことがあったので、舞は、顔を覚えていた。
大和田は、沈痛な面持ちで頷き、舞に声を掛けた。
「奥さん、こっちです。
 看護婦さん、立花君のご家族が見えました。」
「あっ、奥様ですか?
 こちらに。
 先生もすぐに見えますので。」
そう言って、看護婦は他の看護婦に何らか言葉をかけ、舞たちの前に来て、一緒に来るように促した。
看護婦について行くと、一般のエレベータと違う関係者専用のエレベータにのり、看護婦は地下階のボタンを押した。
明らかに一般病棟と違うので、舞は、エレベータのドアを凝視していた
通された部屋は、ベッドが置かれ枕元にロウソクとお線香が置かれている殺風景な部屋だった。
舞は、無意識に春彦の手をぎゅうーっと握っていた。
春彦は、手に痛さよりも、その部屋に意味する現実を薄々心ではわかっているが拒否したいという葛藤が優っていた。
「こちらです。」
看護婦は、感情を押し殺したような声で舞と春彦を呼んだ。
近づくと、ベッドに横たわる春繁がいた。
春繁は、まるで眠っているかのように、安らかな顔をしていた。
「し…げ…さん」
舞は、まるで夢遊病者のような足取りで、春彦の手をとって春繁の傍らに近づいた。
「繁さん…。
 繁さん、どうしたの?
 なに寝てるの?
 ねえ、起きて。
 起きてってば!!」
舞は、一生懸命春繁の身体を揺すった。
しかし、春繁は二度と目を開けることはなかった。
「ねえ、お母さん。
 お父さん、どうしちゃったの?
 死んじゃったの?」
春彦は、何が起きているのかわからずに、舞に話しかけた。
「うん。
 お父さんね、死んじゃったんだって。
 もう、目を開けて、笑ったり、話しかけたりしてくれないんだって。」
舞は、必死の思いで春彦に説明をした。
春彦は、そんな舞の話を聞きながら、春繁の顔を触っていた。
「うそ。
 だって、お父さん、暖かいよ。」
まだ、そんなに時間が経っていないためか、春繁の身体は温かみを帯びていた。
「はる…。」
舞は、たまらず、涙を流しながら、春彦をぎゅーっと抱きしめた。
「ねえ、お父さん、暖かいよ。
 寝ているだけだよね。」
春彦もだんだんと状況を理解し、涙声になってきていた。
「舞さん!」
ドアが開き、春吉とキクが室内になだれ込んできた。
「何ていうこと…。」
キクは、そう言うと物言わぬ春繁の顔を見て絶句した。
「馬鹿な…。」
キクの肩を抱きながら、春吉も言葉を飲み込んだ。
「お義母さん…。」
舞は涙でくしゃくしゃな顔をしてキクの方を見た。
「舞さん…。」
キクも舞の方に行くと、舞のことを抱きしめた。
「うっ、うっ…。」
舞はキクに抱きしめられ、嗚咽から泣き声を上げて泣き始めた。
春彦は、何も言わず春繁の顔を凝視していたが、眼から涙があふれていた。
春吉は、どうすることも出来ず、春繁と春彦をただ見つめるだけだった。
「あの、立花さん。
 先生からお話しが…。」
先程の看護婦の声で舞は、キクから離れハンカチで涙を拭きながら、振り向いた。
そこには、神妙な顔をしている看護婦と臨終に立ち会った医師が立っていた。
そしてその場で、医師は舞たちにお悔やみの言葉をかけてから、春繁の死に至った原因、経緯を説明し、後の手続きなどの話は看護婦に任せ、部屋から出て行った。

暫くすると、舞の母親のサキと悠美と悠美の母親の敏子が、真っ青な顔をして部屋に入ってきた。
悠美は、学校で知らせを受けたのか、制服姿のままだった。
そして、ベッドに横たわっている春繁を見ると、驚きと悲しみに顔を歪め、立ち止ったが、すぐに一歩一歩近づき、立ち尽くしている春彦の傍に立ち、そっと両手で春繁の顔を撫でた。
「悠美…。」
舞は、悠美に気が付き声をかけた。
悠美は、舞の声に気が付き春繁から手を離すと、舞の方を振り向いたが言葉が出なかった。
そして、春彦を抱き寄せ、春彦の後ろから抱きしめた。
「……。」
悠美は、黙ったまま嗚咽を漏らし春彦を強く抱きしめた。
室内では、皆悲しみに暮れ、時間が止まったようだった。
その後、病院には提携している葬儀社が詰めていたが、春繁の同僚の大和田が、沈痛な面持ちでこれからのこと、葬儀などについて協力させてほしいと申し出て、舞はただ頷くだけだった。

春繁の遺体は、春吉の家に運び込まれ、3日後に通夜が営なわれた。
春繁は生前、その明るい人柄から皆に好かれていたので、通夜に遠方から大勢の弔問客が訪れた。
舞は、悲しみに暮れていたが、春繁を慕って弔問に訪れた参列者一人一人に気丈にも挨拶してまわっていた。
しかし、春彦は知っていた。
あの日から毎夜、皆が寝静まったころ、舞は一人で春繁の枕元で何かを話しかけ、一晩中、声を押し殺して泣いていることを。

時間は無常に流れ、春繁との別れの告別式の日がやってくる。
悠美は、学生服に喪章をつけ、舞の両親の祖父母と舞の兄夫婦にあたる両親と兄の光一ともに早めに立花の家を訪れていた。
悠美の眼は、何日も泣き続けたのか、眼が真っ赤だった。
家の中に上がり、目の前の春彦に目をやった。
「え?
 春ちゃん?」
悠美は、春彦の顔を見て愕然とした。
そこには、蝋人形の様に顔色が悪く、無表情で立ち尽くしている春彦がいた。
春彦は、悠美のことを気が付かないのか、悠美の方には一切目を向けず、ひたすら、春繁の祭壇を見つめていた。
舞が悠美に気が付いて、近くに寄ってきた。
「悠美、今日はありがとう、来てくれて。
 あの人も喜んでいるわ…。」
舞は、参列者の応対で悲しみを抑え込んでいるようだった。
「ええ…。
 でも、あんなに元気で、優しい繁おじさんが…。」
悠美は、すぐに涙がたまって来て、言葉を続けることが出来なかった。
「悠美…」
舞も、そんな悠美の手を握っていた。
「舞ちゃんも、大丈夫?」
「うん。
 今は、あの人のために来てくれている人に失礼のないようにすること。
 そして、あの人をきちんと送り出すこと。
 悲しみは、その後。」
舞は、やつれた顔をしていたが、悠美に微笑んで見せた。
それが、悠美には痛々しく見えてしかたなかった。
舞は、不意に春彦の方を見ながら、囁いた。
「春彦、しっかりしてるのよ。
 全然泣いたりしないし、凄く静かなのよ。」
「え?」
悠美は、気になって、春彦の様子をうかがった。
「男の子なんだからかな。
 ちゃんとしてくれているんだけど、何かいつもの春彦と違うのよね。
 無理もないかな。」
春彦をジッと見ていた悠美は、はっと気が付いたように顔色を変えた。
(この子、息していない…)
正確に言うと、浅く感覚の長い呼吸はしていたが、まるで自ら呼吸をするのを拒んでいるようだった。
悠美は血相を変えて、舞に食って掛かる様に言った。
「舞ちゃん、ちょっと春ちゃん借りるからね。」
そういうと、春彦の方に走り寄り、その腕を握る、その場できょろきょろと周りを見渡し、人のいなそうなところを見つけると、春彦を引きずる様に連れて行った。
「ちょっと、悠美。」
舞は、あ然として、悠美と春彦が人気のない部屋の方に行くのを見送った。
「どうしたのかしら。」
そう思いながら、弔問客がちらほらと訪れてきたので、そちらの応対に気を取られていた。
DATE: CATEGORY:第8章 灯火
春彦が小学校3年に上がる春休みの時、立花一家は春繁の実家の近くのアパートに引っ越した。
「どうせだったら、一緒に住めばいいのに。」
休みの日に、春繁、舞、春彦は春繁の実家に遊びに来ていた。
春繁の父親の春吉は、当初、春繁たちがアパートに住むことを反対し、実家に一緒に住むことを望んでいた。
「そうすれば、毎日春彦に会えるし、毎晩、舞さんと晩酌が出来るし、儂は嬉しいんだが。」
「まあ、そんなこと言って。
 舞さんが困っちゃうじゃないですか。」
春繁の母親のキクが呆れて言うと、舞が笑いだした。
「そんなことないですよ。
 お義父さんの晩酌のお付き合いなら、毎晩でも。
 それにお義母さんにも、いろいろお料理を教えてもらいたいし。」
「じゃあ、アパートなんてやめて、ここで一緒に暮らせばいい。」
「親父、そんな無茶言わないでくれよ。
 ここから電車で2駅のところに引っ越したんだから。
 それでも、会社まで1時間30分かかるんだよ。」
春繁が少しむくれたように言った。
春繁自体、近い将来、春吉の跡を継いで実家に入るつもりでいたし、舞にもそう説明していた。
ただ、仕事の区切りとタイミングを考え、後1~2年は会社勤めをするつもりで、その間、実家近くのアパートに住み、春吉たちとの距離を縮めておくつもりだった。
「まったく、めんどくさい奴だな。
 今の仕事なんか、すぱっと辞めちまえばいいのに。」
春吉が口を尖らせた。
「まあまあ、お義父さん。
 これからちょくちょく春彦と遊びに来ますから。」
舞が、春吉を宥めるように言った。
「それに、このままと言う訳にはいかないだろう?
 春彦の勉強部屋とか、改築を考えなくちゃ。」
春繁は家を見回して言った。
「まあ、それは、勝手にやってくれ。
 なあ、春彦。
 この家は広くて良いだろう?」
春吉は舞の隣で美味しそうにお菓子を食べている春彦を見ていた。
「うん。
 僕、このお家のお風呂が大好き。
 凄く広くて、窓から遠くまで景色が見えるし。」
「そうだろう。
 お風呂だけじゃないぞー。
 近くの林に行けば、夏場はカブトムシとか昆虫もたくさんいるし、小川にお魚も泳いでいるから、魚釣りもできるぞ。」
「うん。
 それに、おばあちゃんのご飯、すごーく美味しくて大好き。」
春彦は万遍の笑みを浮かべて言った。
「まあ、春彦ちゃん、嬉しいこと言って!
 今晩、何にしましょうね。
 春彦ちゃんの好きな物言ってね。」
キクは、嬉しさで顔を崩していった。
「まあ、あんたったら。
 私のご飯とどっちがいいの?」
「え?
 おばあちゃんのご飯!!」
「ま!」
舞は、冗談で悔しそうな顔をしていった。
「あははは、そりゃあいいわ。」
「春彦、明日からご飯がどうなるか覚えておきなさい。」
「じゃあ、春彦君だけ家に住めば?」
そういう会話で、立花の実家は笑い声が絶えなかった。


それから数カ月、夏休みも終わり、季節は秋に向かっていた頃、春彦も転校した学校に慣れ、週末は必ずと言っていいほど、一家で春吉の家に泊りがけで遊びに行っていた。
また、平日、舞は変わらず自宅で翻訳の仕事をしていたが、時間があればキクに料理を教えてもらったり、平和な日々を過ごしていた。
ただ一人、悠美だけは遠くなったと不平を漏らしていた。
「もう、なんでこんな遠くに引っ越したの?
 電車で1時間段半近くかかるのよ。
 まあ、ここは自然が多くて気持ちいいけど。」
悠美も高校3年生になったが、相変らず、春繁たちのところに遊びに来て春彦と遊んだりしていたが、さすがに、泊る回数は減っていた。
皆、このまま立花の実家に合流し、楽しい生活がずっと続くと信じて疑わなかった。

春彦が小学3年の9月のある日のこと、春繁はいつものように会社に行く身支度を整えていた。
「ねえ、お父さん、今度の休みは魚釣りだからね。
 忘れてないよね。」
「おお、忘れるもんか。
 大きいマグロを釣りに行くぞ。」
「おー!
 だけど、お父さん、あの小川にマグロなんているの?」
「いや、今度は、3連休だし海の方に釣りに行こうかと思ってるんだ。
 たくさん釣って、おじいちゃんやおばあちゃんに持って行かなくちゃ。」
「え?
 海に行くの?」
春彦は興奮気味に言った。
アパートから海まで車で1時間ほどだった。
春繁は田舎暮らしで困らないようにと、小さな車を買って舞と交互に使おうと考えていたが、舞はほとんど運転はしなかった。
「だから、ちゃんと勉強するんだぞ。
 とくに宿題はちゃんとやるんだぞ。」
春繁は笑いながら春彦に話しかけた。
「え?
 うっ、うん。」
勉強と聞いて、春彦は言葉を濁して返事をした。
「さあ、二人とも、早くしないと、会社と学校に遅れちゃうからね。」
舞はそんな二人のやり取りを楽しそうに聞いていた。
「はーい。」
春彦はそう返事をすると、玄関で靴を履き、春繁と舞に向かって元気な声をだした。
「じゃあ、いってきまーす。
おとうさん、おさきにー。」
「いってらっしゃい。
 気を付けてね。」
「おおー、行ってこい。」
二人に送られ、春彦は手を振って元気に学校に向かって行った。
ランドセルを揺らして歩くその後ろ姿を見送って、舞は、笑いながら言った。
「あのこ、今度の休みの魚釣り、すごく楽しみにしているみたいよ。」
「ああ、僕も楽しみにしているんだ。
 男の子だから、あちこちに連れまわしたくってさ。」
「まっ!
私を忘れないでよ。」
「ああ、当たり前だろう。
 舞も一緒に来ればいいのに。」
「うーん、最近ちょっと体調が悪くて。」
舞は微妙な顔をした。
「体調が悪いのか?
大丈夫か?
 そう言えば、顔色、少し悪いぞ。」
春繁は心配そうに舞の顔を覗き込んだ。
「大丈夫よ。
 それに、今日、お医者さんに行って見てもらうから。」
「そうか?
 無理しないで、気を付けるんだぞ。」
舞は頷きながら春繁の顔を見た。
「今日は、早く帰って来る?」
「ああ、特に予定はないからまっすぐに帰って来るよ。」
「よかった。」
「ん?
 どうして?」
「どうしても。」
「ふーん、まあいいや。
 ともかく早く帰って来るからな。
 行ってきます。」
そういうと、春繁は舞を抱き寄せて唇にキスをした。
「いってらっしゃい」
舞も笑顔で春繁を送り出した。
「さあ、あなたは、どちらかしら。
 男の子?
 女の子?」
一人になり、そっと、自分のお腹を摩すりながら、舞はお腹に話しかけていた。

春繁は、出社してからいつものように午前中、客先周りをし、昼休みに会社に戻って来て、舞の作ったお弁当を食べていた。
(舞は、大丈夫かな。
実家のこととかいろいろあって疲れたのかな。
少しゆっくりさせて、本当は、もう一人子供が欲しいな。)
そんなことを考えながら昼休みが過ぎ、午後の就業時間に入った。
午後は、電話や事務作業などデスクワークがほとんどだった。
昼休みが過ぎ1時間ほど経った時、春繁は、急に胸に痛みを感じた。
それは、突然だった。
「あれ、どうしたんだろう。」
そう考えている間もなく、胸の痛みはどんどんひどくなり、激痛に変わっていった。
「ぐっぅ。」
声にならない声を発して、春繁は胸を押さえて椅子からドサッという音ともに転げ落ちた。
「立花、どうした?」
「立花さん!」
声をかけても春繁は胸を押さえ、苦悶の声を上げるだけだった。
「おい、だれか、医者を、いや救急車を呼んで。」
倒れこんでいる春繁の周りに人垣が出来き、皆心配そうに覗き込んだり、声を掛けたり、フロアー中騒然となった。
「舞…、春…。」
春繁は激痛の中、舞と春彦の顔が浮かんでいたが、すぐに漆黒の闇に飲み込まれていった。

DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
春彦の光と影(喪心編)をお届けしました。
気が付いたら、いろいろと思うことがあって、いつしか長編の章になっていました。
学生時代って、社会人になった今思い返せば、制約されているようで、でも結構時間を自由に使えましたよね(笑)。
その時間の中で、春彦はバンドで光り輝き、反面、いろいろな現実に直面し、心が不安定になってしまいました(中二病って言うのでしょうか…。)。
次のステージ(大学生活)で、現実とどう向き合っていくのか、そのお話は、また今度。
次章は、時代をまた巻き戻し、ちょっと悲しい、ちょっと切ない春彦と悠美の物語です。
舞と春彦は、今までで一番悲しい事態に直面します。
その二人を悠美は懸命に支えていきます。
タイトルは『悠美の灯り(あかり)』(仮)です。
お楽しみください。
では、また。
♪♪Kill The King(暴君を倒せ)♪♪
DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
「おお、やっぱ、ここに居たか。」
ドアをガラッと開け、青田、岸田、秀美、恩田、横山のベビーチョコレートのメンバーが、どやどや入ってきた。
「もういいのかな?
 秘密の話は?」
青田が、笑顔で詩音に尋ねた。
「ちょうど、終わったとこ。
 やっと、気分が納まってきたし。」
「あっ、おばちゃん、お願いします。
 あと、人数増えたけどいい?」
夏美が階段を途中まで降り、1階のお店の女性に声をかけた。
「ああ、いいよ。
 まかしときな!!」
「ありがとう、おばちゃん。」
それから、運ばれてきたお好み焼きを食べながら、皆、思い思いに高校の3年間の思い出話に花を咲かせていた。
「詩音たちは、大学に行ってもバンドを続けるんだろ?」
「ああ、皆、一緒の大学じゃないけど、続けていくつもりだよ。
 そっちは?」
「うちは、これで終わり。
 おれや、秀美、恩田の3人は、進学しないで働くし、横山は、遠い大学に進学。
 唯一、岸田だけが普通に進学さ。」
「そうだったな。
 岸やん、俺と同じ大学だよな?」
詩音が岸田に声をかけた。
「ああ、そうだよ。
 それでさ、詩音、頼みがあるんだけど。」
「ん?
 なに?」
岸田が今まで見せたことない真剣な顔をしていた。
「おれをさ、詩音のバンドのベースで入れてくれないか?」
「え?」
「おれさ、今日の演奏で、テクじゃ春彦にまけていないと思っているのに、結果があれだろ。」
「でもさ、俺ら聞いてても、全然、おかしくなかったぜ。
 むしろ、いい出来だと思ったぜ。」
青田が横から口を挟んだ。
「うん、俺も自分で最高の演奏が出来ていると思ったけど、何かが違った。」
「……。」
詩音は黙って岸田の話を聞いていた。
「何て言うのかな……。
 自己満足じゃなくて、去年の文化祭の時みたいに、まるでみんな競い合って、無茶やって、でも、最高にまとまった演奏になっていて…。
その中心に、春彦が居たような気がしたんだ。」
黙って聞いていた、詩音や夏美、小久保が頷く。
「だからさ、俺もやってみたい。
 最高のベーシストを目指したいんだ。
 それには、春彦のベースを知っている、このメンバーじゃないと駄目な気がして。
 詩音たちに認めてもらえて、初めて目指すベーシストになれる気がするんだ。
 どうだろう、詩音。
 物足りないことはわかっているけど、絶対に追い付いて見せるから、俺を入れてくれないか?」
夏美、小久保、近田、町田が皆、詩音を見つめる中、詩音が口を開いた。
「知ってる?
 軽音部、苗字に田が付く奴が異様に多いの。
 岸やんが入ってくると、うちのメンバー、4人目の“田”になるんだよな。」
 バンド名も“田”た(くさ)んオールスターズに改名しないと。」
パシっと、夏美が後ろから詩音の頭をはたいた。
「馬鹿なこと言わないの!」
「へーい。」
そういうと、詩音は、右手を岸田に差し出した。
「ベースをよろしくな、岸やん。」
「詩音…、ありがとう。」
そう言って、岸田は強く詩音の右手を握り締めた。

福山警備会社の道場では、俊介が、稽古に汗を流していた。
「ふう。」
「ご苦労様。」
一段落した俊介に久美がタオルを差し出した。
「お、サンキュー。」
俊介は、にこやかな顔でタオルを受取り、汗を拭いていた。
「いやー、俊介君、強くなったな。
 もう、僕じゃ相手が出来ないよ。」
今しがたまで俊介の組手の相手をしていた穴吹が声をかけた。
「そんなことないですよ。
 でも、春彦がいたから、ここまで強くなれたんです。」
「ああ、立花君か。
 あのこの強さは半端じゃなかったからな。
 一緒に来ていた女の子が、いつもハラハラしてみていたっけ。」
「ハラハラさせられていたのは僕の方です。」
「え?」
春彦は、以前俊介との組手で、スイッチが入り俊介に怪我を負わせたことがあった。
それから、佳奈が稽古の時に付き合い、春彦が少しでもおかしなそぶりを見せたら、大声で制止する役目で、いつも一緒に来ていた。
「あいつは、危なっかしいけど、いいやつで…。」
「俊介…。」
久美が、しんみりした声を出した俊介に声をかけた。
「そういえば、春彦どうしたか聞いていないか?」
「ううん、まだ入院しているって。
 面会が出来ない状況なので、佳奈にもわからないって。」
「そっか、菅井も会えないのか。
 じゃあ、菅井もがっくりしているよな。」
「そうなのよね。
 一生懸命強がっているんだけど。」
「ああ、もう一度、あいつと手合わせしたいな。
 あの張りつめた緊張感。
 思い出しただけで、気が高ぶるのにな。」
「何言ってるの。
 けちょんけちょんに負けるくせに。」
「そんなことないよ。」
「冗談よ、俊介の方が強いに決まっているでしょ。」
ひとしきり、俊介と久美は笑い合った。
(春彦、早く帰って来いよ。
 お前がいないと、寂しいよ。)
俊介は、道場の窓から見える青空を見ながらつぶやいた。

卒業コンサートも終わり、卒業式もつつがなく終わり、佳奈と木乃美達は高校を卒業した。
本当なら、卒業は寂しくもあり、嬉しくもあるものなのだが、佳奈と木乃美はなんとなく気分が晴れなかった。
卒業式から数日、佳奈と木乃美は、いつも春彦と通った高台の公園のベンチに座り、鯛焼きを食べていた。
「結局、詩音さんたちの卒業コンサート行かなかったね。」
「うん。
 詩音さんたちには悪いけど、はるがいないバンドの演奏は聴きたくなかった。」
「そうだね。
 私も。」
佳奈は、一口、鯛焼きを頬張った。
「春彦は、卒業式どうしたかな?」
「それが、入院していたから卒業式出なかったんだって。」
「え……、そうなの……。」
「なんのために、学校辞めて、むこうの学校に転校して、しかも怪我で入院して卒業式にも出ないなんて。」
佳奈は、悲しそうな顔をしていた
「……。」
「それより、あれ以来、一度も会っていないの。
 私達のこと、嫌いになったのかな。
 忘れちゃったのかな……。」
「佳奈…。」
「いつも、このベンチで鯛焼き買って食べてたのよ。
 二人して。」
「知ってるよ。
 たまに私も混じっていたの、忘れた?」
佳奈は忘れていないと首を横に振った。
「なのに、あれ以来、一度も。
 本当に、私のこと忘れちゃったのかな?
 嫌いになっちゃったのかな?
 やっぱり、はるのお父さんのこと知っていて、知らん顔していたから嫌いになっちゃったのかな…。」
「ばかね、そんなことないって。」
そう言って、木乃美はうつむいている佳奈の肩を抱いて慰めた。
「木乃美……。」
「大丈夫だって。
 佳奈のこと嫌いになるなんてことないって。」
「じゃあ、なんで、おかしくなったんだろう。
 確かに、逆に加害者にされそうになったけど、全部、誤解だってわかったわけじゃない。
 それに、木乃美のこと守れたって、あの日、嬉しそうに言ってたのよ。
 それなのに、なんで、心が壊れたの?」
「ほら、舞さん、言ってたじゃない。
 お父さんが亡くなってから、春彦、心の成長が止まってたって。
 それがいきなり動き出したから、心が付いて行かなかっただけだって。
 佳奈のせいじゃないよ。」
「木乃美。」
「大丈夫だよ、心の整理がついたら、きっと、何食わぬ顔をして目の前に現れるって。」
「そうかな…。」
「そうだよ。
 だから、くよくよするの止そう。
 一生懸命、女を磨き、春彦が一緒に卒業したかったって悔しがらせようよ。」
「木乃美ッたら。
 でも、そうね。
 きっと、戻ってくるわよね。」
佳奈の顔はパッと明るくなった。
(そう、きっと戻ってくる)
佳奈は、何で春彦がいなくなったのか、同じことをずっと自分に問い続けていたが木乃美の一言で出口が見つかった気がしていた。
「そうよ。」
「よーし、何だかくよくよしていたのがばかばかしくなってきたわ。
 頑張らなくっちゃ。」
「…。」
「大学でも木乃美と同じクラスならいいなぁ。」
佳奈は、ニコッと笑って木乃美を見た。
その目線の先には、思いつめたような木乃美の顔があった。
「佳奈、実は、そのことで話があるんだ。」
「え?」
冷たい一陣の風が二人の間に流れていった。

一方、春彦は病室で陽介と話していた。
「春彦、やっと退院だね。
 指もくっ付いたし、リハビリの成果も少しずつ出てきて。」
入院してから、1ヶ月、指もきれいについて、少しだが曲げることが出来るようになっていた。
心の方も、落ち着いて来たので、岩崎から退院の許可が下りていた。
「なあ、この前の話、どう?」
「ああ、お前の家のアパートに入らないかって話?」
「そう、だって、春彦の家から大学まで結構かかるだろ?
 家からなら1時間かからないよ。
 それに、春彦なら、家賃、おおまけにしてくれるって、姉さんが。」
「そんなことして、大丈夫なのか?
 美穂さんにも格安で貸しているんだろう?」
「ああ、それは大丈夫だって。
 それに、全く知らない人に貸すよりは、知っている人の方が安心だから。」
「え?
 でもさ、俺、お前の姉さんとは、あの時の1回だけだぜ、会ったの。」
「いいんだよ、俺が良く知ってるから。」
「そんなもんかな。
 まあ、いいや。
 わかった、母さんに話してみるよ。」
「よしよし、いざとなったら、俺も一緒に頼み込むから。」
陽介の真剣な顔を見て、春彦は吹き出した。

その夜、いつものように看護婦が見回りに来た。
「立花さん、明日退院ね。
よかったわね。」
「ええ、あれ、今日は菊田さんなの?」
「うん、今日、高橋さん用事が出来たって。
 だから変わったの。」
菊田は最近勤め始めた若い看護婦で、春彦がお気に入りだった。
「ふーん。」
「で、大丈夫かな?
 電気消しちゃうぞ。」
「はーい。」
そういうと、菊田は春彦の病室の電気を消して出て行った。
菊田はナースステーションに戻ると、同年配の看護婦の傍に坐った。
「立花君、どうだった?」
「うん、変わりなし。
 でも、あの子、本当にかっこいいわ。」
菊田が夢を見るような顔をしてみせた。
「じゃあ、押し倒しちゃえば?」
「もう、変なこと言って。
 そんなこと言うから、世間一般に変な妄想が私達看護婦に向けられるんじゃない。」
「あはは、ごめんごめん。
 でも、あの子、たまにすごく冷たい感じがするのよね。」
「そうね、なんか“やばい”って感じかな。
 あのくらいの年の子って、なに考えてるんだろうね。」
「何言ってるの、年、そんなに離れていないじゃない。」
「まあね、ティーンエイジャーと、うちら20代との差かな。」
「まあ。」

看護婦たちが、他愛のない話をしている時、病室では暗がりの中、春彦は上半身を起こし、両手で顔を覆っていた。
そして、泣いているのか笑っているのか、小刻みに肩を揺らしていた。

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