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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
春彦が病院に担ぎ込まれた頃、道場のあるビルも騒ぎが納まりつつあった。
道着を着ている者、刑事たちに歯向かってくる者たちは、根こそぎ逮捕されていた。
ただ、全てが逮捕されたわけではなく、どさくさに紛れて逃げおおせた者も多数いいた。
また、違う階では、改造拳銃、日本刀、ダイナマイト、怪しい化学薬品の研究物などが次々と押収され、刑事たちも何か出て来るとは思っていたが、あまりの種類や量に度肝を抜かされていた。
「たんなるカルト集団ではなく、ここまで用意していたとは。」
「これだけ用意できるということは、どこからか資金提供があったのかな。」
「そうだな、信者たちが集めたぐらいじゃな。」
館長の伊地知や師範の金光を春彦とやり合った20名ほどのけが人は次々と救急車で搬送されていった。
「しかし、こいつらのやられ方は半端じゃないよな。」
田中が救急車で運ばれていく怪我人を見送りながら言った。
「まあ、伊地知の怪我は日本刀によるものだけど、他は、キングコングでも来たのかな。
 それとも、本当に悪霊の類でも来たのかな。
 怪我人は、皆、金属バットのような何か鉄棒の様なものに殴られたみたいだし、それ以上に、意識がある者は、何かに怯えたように震えて何も言おうともしないで……。
こんなの見たことある?
小山ちゃん。」
「ええ。」
小山が、どっちつかずの返事をした。
「他に誰かいたはずなんだけど。
それに、襲われていた女性もいないし…。
まあ、女の方は、わかっているから明日、事情聴取をするとして。」
「わかってる?」
「ああ、小山ちゃんも知っているだろ?
 半年前位に河川敷で男の全裸の死体が見つかったって事件。
 全身痣だらけで、集団でリンチを受けた後、河川敷に放置されてたって事件。
 その被害者の娘が、犯人を見つけるって言って、この道場に通っていたんだよ。
 どうも、その件で、何かを掴んだかで、暴行を受けそうになったって、110番があったんだよ。
 こっちは、以前から、この道場をテロを起こそうとして準備しているって通報があって、ずっと内々に調べていたんだよ。
 そしてやっと、拳銃だとか、薬品、麻薬だとかいろいろな証拠が集まってきたので、一斉に検挙しようと準備していた矢先だったんだよ。」
「へえ、そうだったんですか。
 それで、リンチで死んだっていう男も、テロの仲間だったんですか?」
「いや、白戸恭介は普通の一般人で、健康のためって勧誘されて道場に何も知らずにかよっていたんだよ。
 それで、何か見てしまったのか、殺されたってことらしい。
 その犯人たちもいるので、取り調べで吐かせてやるけどな。
 そうなんだけど、これだけ大立ち回りをした奴がわからないんだよな。
 それも明日、白戸美由紀から聞きださないと。」
「そうですね。」
(でも、この怪我の負わせ方は、この前の高校の事件と、一緒だな。
 やはり、あの女に連れられていた男はあいつか。
後で、母ちゃんの方に連絡を入れてみるか。)
小山は、春彦のことを口には出さず、心の中で呟いていた。

翌朝、世間はこの事件で大さわぎになっていた。
何せ、街中でテロを起こそうと着々と準備を進めていた集団が、一晩で一斉検挙されたこと。
武器や薬品が大量に押収されたことで、新聞をはじめテレビの報道番組も一斉に取り上げていた。
但し、表向きは警察が事前に情報を掴み、密偵の上、証拠をつかんで一斉に検挙したということで、美由紀や春彦たちのことは、伏せられていた。
美由紀や春彦のことを知っている道場のものは、皆、病院送りで、比較的意識のある人間も、何かに恐れおののき、春彦達のことは取り調べでも一切口に出さなかった。
警察の中でも、110番のあったことを知っているのは数名で、道場に踏み込んだ時は、修羅場で美由紀や春彦を見かけた者はなぜか皆無だった。
館長の伊地知は、意識は戻ったが精神が破たんし、廃人状態だった。
金光他数名は、生死の境をさまよっていたが危機を脱し、まだ意識は戻らない状態だった。しかし、後日、意識は戻ったが、金光や数名は館長と同じように精神に障害を起こし、話しにならなかった。
ただ、他の階で検挙されたものからは、伊地知たちがテロを起こそうとして準備を指示されていたことを自供し、容疑は固まっていた。
また、道場で比較的話が出来るものの中から、白戸恭介にかんするリンチ殺人の供述も取ることが出来、事件は一気に解決に向かっていた。
美由紀や陽介は、警察から父の殺害の件について説明を受けていた。
但し、その日、道場にいた春彦のことについては、面識のない人物が助けてくれた、ビルを出たらどこかに消えてたとしか答えなかった。
その春彦の件については、美穂も含め、何度か警察で聞かれたが、3人とも知らず存ぜぬを通していた。
「じゃあ、何度も聞くけど、本当に道場で君たちを助けてくれた人物について、知らないんだな。」
「はい、いきなり助けていただいて。
 それに、常に私はその人の背中に隠れていたので、顔も見ていないんです。」
「私も、遠くからで、全く顔はわかりませんでした。」
「僕は、姉たちに合流した時は、すでに、姉と美穂さんだけだったので、わかりません。」
「本当は、お会いして、お礼を言いたいのですが……。」
「まあ、そうかも知れないけど。
 犯人たちが大怪我していて、まあ、死人が出なかったのが奇跡かな。
 ともかく、過剰防衛や傷害の疑いもあるので、取り調べをしなくてはならないんだよ。
 それに、そいつ、テロの仲間かもしれないし……。」
田中が最後のセリフを言うや否や、3人は口をそろえて言った。
「テロの仲間じゃありません!!」
「え?
 何でわかるの?
 しかも、陽介君まで。
 陽介君は、そいつ、見ていないんだろ。」
「ええ、でも、姉を助けてくれたので、仲間じゃないと思って。」
田中は、怪しいと言わんばかりの眼で3人を見つめたが、3人とも、絶対に喋らないという意志が見え見えだったのと、あくまでも3人は被害者の参考人なので、取り調べということはできなかった。
「わかりました。
 じゃあ、なにかわかったら、連絡をください。」
「はい。」
「それと、何人かはどさくさみなぎれて逃げ出し、行方が分かっていないんだ。
 それに、他にどのくらいの規模で残っているのか、取り調べをしないとわからないので、もし、何か変なことがあったら、すぐに連絡を入れてください。」
「へんなこと?」
「ああ、逆恨みとかで変なこと考える奴もいるかと思うから、念のため、用心に越したことはないから。」
「そうですか…、わかりました。」
美由紀は、逆恨みという言葉を聞いて、自分達が被害者なのにと憤りを感じていた。
「美由紀、大丈夫よ。
 なにかったら、すぐに警察に言えば、駆け付けてくれるから。」
美穂の言葉に、田中は黙って頷いた。
ただ、美穂も内心怖かったが、美由紀のを励ますのと、自分を奮い立たせようとしていた。
「そうだよ、姉さん。
 俺も居るから。」
陽介も同調する様に美由紀に話しかけた。
「そうおね、陽ちゃんがいるから。
 でも、美穂も気を付けないと駄目よ。」
「はいはい。
 じゃあ、陽介君、私のこともお願いね。」
美穂は、陽介にウィンクしながら言った。
「はい。
 大丈夫ですよ。」
「じゃあ、気を付けて。
 脅かすわけじゃないけど、何かあったらすぐに連絡をください。」
「はい、お願いします。」
そう言って、3人が警察を出たあと、田中が小山に話しかけた。
「3人とも、もう一人のことを知っているな。
 それなのに、何で庇うんだろう。
 テロの仲間でもないのだろうに、何かあるのかなぁ。」
「…田中さん、その件ですが、自分に心当たりがあります。
 私の方で、預からせていただいていいですか?」
「ああ、いいよ。
 特段、こっちも犯人側でなければ表だって騒いだりしないし。
 ほら、今回はあくまでも警察が踏み込んで検挙した、館長や首謀者たちは、その際に怪我をした、一部は毒ガスを吸って廃人状態になっているということになっているから。」
小山は、黙って頷いた。
「ただ、真相だけ、知りたいからね。」
「わかりました。」
そう言って、小山は、田中と別れ、警察署を出て行った。
小山は、もともと違う警察署の管轄で、今回はたまたま知り合いである田中を訪ねたところ、巻き込まれただけだったので、本来自分の席のある警察署に戻っていった。

春彦は、医師の予想に反して、次の日も、また次の日も目を覚まさなかった。
「先生、春彦ですが……。」
舞は、憔悴した顔で担当の医師に聞いた。
「うーん。
 頭を打った形跡もないし、手の指以外は、これといったものはないんですよね。
 脳波もちゃんとしてるし、ただ寝ているだけなんです。」
「起きないことは?」
「今のところは、なんとも言えません。
 何分、原因がわからないので。」
「……。」
舞は、入院費を考え春彦を3人部屋に移そうとしたが、駆け付けたキクが入院費は負担するから個室のままにしましょうという言葉と、相部屋で目が覚め、周りに迷惑をかけた時のことを考え、そのまま、個室に置くことにした。
「でも、お義母さん、費用、ばかにならないので負担何ていいですよ。」
「いいえ、舞さんだって、女手一つで、たいへんでしょ?
 私達、もう、そんなにお金を残しても仕方ないから、気にしないで。
 それより、あの人ったら、腹を切って春繁と舞さんにお詫びするって大騒ぎして。」
「腹を切る?
 だって、お二人は何も悪くないじゃないですか。」
「いいえ、大事な孫を預かって、怪我をさせてしまって。
 気が付けば、絶対に止めていたのに。
 絶対に、外に出さなかったのに…。」
「お義母さん…。」
「舞さん、ごめんなさいね。
 本当にとんでもないことをしてしまって…。」
キクは涙をにじませ、舞に深々と頭を下げた。
「お義母さん、そんなことしないで。」
舞は慌ててキクの手を取った。
「お義母さん、本当に気にしないでください。
 聞いた話じゃ、春彦は正しいことをしたんですよ。
 名誉の負傷なんですって。
 だから、気にしないでくださいね。」
「舞さん…。」
「お義父さんにも、早まらないでって、よくよくお義母さんから言ってくださいね。」
舞は、春吉やキクの性格が良く判っていた。
春吉やキクは、心底、春彦のことを愛していて、腹を切るというのもまんざら冗談とは取れないことを。
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DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
舞に促され、美由紀たちは美穂の車で家路に着いた。
(あの人、温かかったな。
 まるで、お母さんに抱きしめられたよう……)
美由紀は、窓の外を眺めながら、ぼーっとしていた。

「え?
 帰れって?
 そんなことできません。
 春彦さん、私のために大怪我して、意識もないんです。
 せめて意識が戻るまでは、付き添わしてください。」
美由紀は、舞から突然、家に帰えりなさいと言われ戸惑っていた。
舞は、春彦が目を覚ました時、また、精神的にどうなるか不安だったため、自分や病院関係者以外は、春彦の傍に置きたくなかった。
それに、美由紀の疲労は見て取れたので、尚更だった。
「いいから、言うこと聞いて、今晩は帰りなさい。
 さっきも言ったけど、暫くはあわただしいと思うわよ。
 身体壊して倒れたら、折角、頑張った春彦の努力も無駄になっちゃうわ。
 春彦が気が付いたら、連絡入れますから、今晩は、もうお家に帰りなさい。
 美穂さん?」
「はい!」
いきなり振られたので美穂は緊張した。
「美穂さんもお疲れのところ申し訳ないのですが、美由紀さんと陽介君、お願いできるかしら?」
「はい、もちろんです。
 私、美由紀と同じところに住んでいますから。
 あっ、陽介君も。」
「そう、じゃあ、お願いしますね。
 陽介君?」
「はい」
舞は、今度は陽介に話しかけた。
「これに懲りないで、春彦の友達でいてくださいね。
 お願いします。」
舞は、陽介に頭を下げた。
「そっ、そんな、頭を上げてください。
 僕の方こそ、姉ちゃんを助けてもらって。
 春彦が嫌だと言っても、友達でいさせていただきます。」
「そう、良かった。」
舞は、軽く微笑んだ。
「じゃあ、私はここで。」
「はい。」
美穂が、そう答える。
「美由紀、陽介君、行きましょう。」
「だって…。」
「美由紀が居ても邪魔になるといけないから。」
「…。」
渋る美由紀を引っ張って、陽介を促しながら、美穂は舞に挨拶し、二人を駐車場に連れて行き、車に乗せた。

陽介は、車の窓から時折現れる街頭を見ながら、美由紀が春彦に助けられたこと、それによって指を切断する怪我を負ったこと、なによりも、最近、楽しそうにエレキベースの話をする春彦の笑顔を考える、複雑な心境になっていた。
美穂は、美由紀と同じように緊張から疲れ切っていたが、ともかく、集中して車を運転していた。
皆、思い思いの状況だったので、帰りの車の中は誰一人、口も開かず静かなままだった。
そして、家の駐車場に着き、3人とも自宅に向かって重い脚を引きずる様に歩いていった。
美由紀たちの家は、木造2階建てで、1階が美由紀と陽介の住む階で4DKの広さ。
2階は2DKの2部屋を賃貸として貸し出していて、1部屋を現在、美穂が暮らしていて、もう一部屋は空き状態だった。
美由紀と陽介は、アパートの賃料の収入、それと美由紀の給与、美由紀は近くの会社で働いていた、あと両親の残した生命保険料などの遺産で生計を立てていた。
幸いに両親の残したお金で、陽介の学費には困らなかったが、アパートの賃料は、美穂の1室のみで、美穂に格安で貸していたので収入とは言えず、生活は、美由紀の給料のみでどちらかというと質素な方だった。

家に着くと、直ぐに刑事が声をかけてきて、美由紀たちの父親の件、また、あの道場に居合わせた件など事情聴取をしたいが、今日は遅いので、明日、警察署に来るようにと言伝を残し帰って行った。
「じゃあ、美由紀、お休み。」
美由紀たちの住居と2階のアパートは、玄関も完全に別れていてアパートへは、美由紀たちの玄関の横の階段を上っていく構造になっていた。
美穂は、疲れ切ったと言わんばかりに、その階段の手すりにもたれ掛かかった。
「美穂、今日は本当にありがとう。
 何から何まで、助かったわ。」
「いいよ、いいよ。」
深々とお辞儀する美由紀に向かって美穂は優しい顔で手を振った。
「晩御飯、どうする?
 何もないから近くで買ってくるけど、一緒に食べない?」
「ううん。
 今日は疲れたからいいわ。
 冷蔵庫に何か入っていたはずだし、シャワーを浴びてビールでも飲んで早く寝るわ。」
「ほんと?
 だいじょうぶ?」
「うん、じゃあ、おやすみ。
 陽介君もお休みね。」
「美穂さんも、ゆっくり休んでください。
 本当に、今日は、ありがとうございました。」
陽介も、美穂に向かって頭を下げた。
「いいって、いいって。
 じゃ、ね。」
そう言うと、美穂は、カンカンと音を立てて階段を上がっていった。
美由紀たちは、美穂を見送った後、近くのコンビニで夕飯替わりにお弁当を買って、玄関を開けて中に入った。
真っ暗な室内に入り、手探りで電灯のスイッチを探し、スイッチを入れる。
蛍光灯で明るくなった居間は、綺麗好きな美由紀の手にかかり、小奇麗に片づけられていた。
ただ、疲れから二人は上着を無雑作に脱ぎ、椅子に掛け、お弁当をテーブルの上に置いた。
「片付けは、後でいいわね。
さあ、まずは、お風呂に入ろうね。
 いま、お風呂の支度するから。」
「あ、姉さん。
 いいよ、疲れているだろ?
 俺がやるから。」
「え?
そう?
 じゃあ、お願いしちゃおうっと。」
美由紀は、陽介に笑顔を向けていった。
自分の家に戻り、美由紀はひどく疲れを感じていた。
しかし、陽介が風呂場から出てくると脱いだ上着は、綺麗にハンガーにかかって梁に吊るされていた。
荷物は、部屋の片隅におかれ、テーブルには買ってきたお弁当と昨夜の夕飯のおかずの残りが並んでいた。
「姉さん、お風呂、先でいいよ。
 春彦の血がついたり、いろいろたいへんだったから。」
陽介は。『血で汚れた』と言わなかった。
そう言うと春彦の血が、汚いもののような気がして言葉を変えていた。
「うん。
 そうさせてもらうわ。」
美由紀は、一瞬考えてから微笑みながら言った。
美由紀も、陽介の気持ちが分かった気がした。
そして、風呂場に入り、来ていた洋服を脱ぎ洗濯機の放りこんでから、洗面所でヘアバンドを外した。
少しブラウンに染めた髪が、ばらばらと肩にかかった。
鏡を見ると、疲れ切った顔が見えた。
「いけない、いけない。
 春彦さんは、まだ、治療の最中で大変な思いをしているんだから。
 私も、頑張らなくっちゃ。」
そう言って、自分を奮い立たせた。
それから、二人は交互にお風呂に入り、簡単な夕飯を済ませ、おのおのの部屋に引きこんでいった。
美由紀は、いつ舞から連絡が来ても取れるように、携帯を枕元に置いた。
「春彦さん、大丈夫かしら……。」
美由紀は、春彦の容態を案じていたが、布団に横になったら、疲れからすぐに寝入ってしまった。

病院では、美由紀たちが帰った後、医師が舞に状況説明をしていた。
「怪我は、左手薬指と小指が鋭利な刃物、日本刀って言ってたかな、それで、第1関節付近から切断。
 中指も切り傷が骨まで達していたけど、骨は切れていないので大丈夫。
 あと、全身、擦り傷やら切り傷があったけど、それらは、大したことはないです。
 ただ、出血のショックか憔悴しきっているのか、意識はない状態です。」
「先生……。」
「大丈夫ですよ。
 明日には意識は戻るでしょう。
 で、これから指の縫合手術ですが、2本なので6~7時間かかるかな。」
「先生、指はくっ付くのでしょうか?
 動かせるようになるのでしょうか?」
「うーん、不幸中の幸いで、切断面が綺麗なのと、一緒に居た女性が、切り落とされた指をすぐに拾って、適切に処置してくれたので状態はいいです。
 きっと、ちゃんと付きますよ。
 また、リハビリ次第で動かせるようにはなるでしょう。」
「前の様に……?」
「それは、本人次第かな……。
 あと、きちんと接合されるまで入院です。
 おそらく3週間から1カ月位は見ておいてください。」
「わかりました。
 先生、どうかお願いします。」
「はい。」
舞は手術室に向かう医師に深々と頭を下げた。

手術は、明け方近くまでかかった。
「先生?」
舞は一睡もせずにじっと待合室の椅子に腰かけていた。
舞の前に、白衣姿の岩崎がやって来た。
「お母さん、指二本とも、きれいに処置が出来ましたよ。
 おそらく、きちんと接合されるでしょう。
3週間くらい入院し、それからリハビリです。
外傷は、それでいいかと思うのですが……。
この前の件もありますし、目が覚めてからどうなるか、そちらが心配です。」
舞は、だまって頷いた。
「まあ、ともかく、目が覚めてからですね。
 看護婦にもよく伝えておきます。」
岩崎は、さすがに疲れた顔をしていた。
「今日は、個室が空いていたので、そちらに入ってもらいます。
 お母さんも、今晩は傍に付いていてもらえますか?」
「はい。」
「ずっと意識がないので、意識が戻った時に混乱するかと思います。
 先程のことも気になりますし、お母さんが付いていた方が、本人も落ち着くと思いますので。」
「はい、先生。
 何から何まで、ありがとうございました。」
舞は、深々と岩崎医師にお辞儀をした。

春彦の方は、処置が終わった後一足先に、個室の病室に運ばれていた。
看護婦に連れられて舞は、春彦の寝ている個室に入っていった。
「じゃあ、立花さん、何かあったら、そのナースコールを押してください。」
当直の看護婦が舞に声をかけ、部屋を出て行った。
舞は、常夜灯のみの薄暗い中、春彦の寝顔を覗き込んだ。
春彦は、眉間に少し皺を寄せて、苦しそうな顔をしているみたいだった。
「まったく、あんたって子は。」
舞の頬に一筋の涙がこぼれていった。
DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
春彦が指定した病院は、周りが自然公園に囲まれていて、夜は街頭の灯りくらいで暗闇の中に病院の十字のマークが浮かび上がっている寂しげなところだった。
その中、美穂は目を凝らして救急外来の入り口を捜し、そこに車を付けた。
救急外来の前で、岩崎をはじめ数人の看護婦がストレッチャーを用意して待っているのが見えた。
陽介は、急いで車外に出て岩崎たちを呼んだ。
「すみません!
立花くんは、ここです。」
直ぐに、医師と男性の看護師が春彦を車からストレッチャーに乗せ換え、大急ぎで救急外来の入り口の中に向かって行った。
「あっ、これを!」
美由紀が、手に持っていた水筒を差し出した。
一人の看護婦が、それに気づいて、美由紀たちに近づいて来た。
「立花君の指が入っています。」
美由紀がそう言うと、看護婦は頷いて水筒を受取り、ストレッチャーの後を小走りで追いかけていった。
「なんとか、なるかな?」
美穂がつぶやいた。
美由紀は、わからないというように首を横に振った、
「指以外に他に怪我は?」
それもわからないと美由紀は首を横に振った。
美由紀は、スイッチが切れたように、うな垂れ、その場に立ち尽くしていた。
美穂は無理もないなと思った。
何せ、暴漢に囲まれ緊張の絶頂から助け出され、今度は、春彦を病院に連れて来るので、ずっと緊張状態が続いていたのだった。
陽介も、ストレッチャーが入っていったドアの方を呆然と眺めていた。
美穂は美由紀の肩を抱き、救急外来の中の待合室に連れて行きベンチに座らせてから、車を病院の駐車場に入れ、再び、美由紀たちのいる救急外来の待合室に向かって歩いていた。
駐車場から救急外来のところまで、夜遅くのせいか真っ暗な闇に染まっていた。
普段は、外来患者や病院関係者がごった返す待合室も、真っ暗で非常口を示す緑の灯りがぼやっと灯っているだけで、何とも言えず、ぞくぞくっと背筋に冷たいものを感じた。
「夜の病院って、好きになれないな。」
しかし、救急外来の待合室は灯りが煌々と灯り、一目見て具合の悪そうな人や、泣きさけぶ幼児で騒然としていた。
「陽ちゃんも、大丈夫?」
美穂は、よく見ると真っ青な顔をして美由紀の横に立ちすくんでいる陽介に声をかけた。
陽介は、黙って頷いた。
「ここに座りなさい。」
そう言って美由紀の反対隣のベンチを指し、陽介は、何も言わずにベンチに腰を下ろしていた。

それから、十数分後、救急外来の入り口から細身で凛とした女性が険しい顔で入ってきて、窓口にいる看護婦に話しかけた。
「すみません、先ほど、お電話いただいた立花ですが。」
女性は、舞だった。
“立花”という名前を聞いた途端、美由紀は雷に打たれたように飛び上がり立ち上がった。
「立花さん、いま、処置中ですので、そこで、お待ちください。」
「あの、春彦の怪我は?」
「いま、先生が診ていますので、後で先生から説明があると思います。」
「わかりました。」
そう言って舞は、窓口の看護婦にお辞儀をして、美由紀たちの方を振り返った。
そして、呆然と突っ立っている美由紀と目が合った。
「立花……さん…?
 春彦さんの……おかあさん……ですか?」
美由紀は、声も切れ切れに舞に話しかけた。
「あなたは?」
舞は、刺すような鋭い目線で美由紀を見た。
美由紀はコートの下に道着を着ていて、また、その道着も血と思える赤い染みが付いていた。
「私、白戸…、白戸美由紀と申します。」
美由紀は、舞の眼力に圧倒され、顔面蒼白でたどたどしく答えた。
「僕は、白戸陽介です。」
陽介も、立ち上がって舞に挨拶した。
一瞬遅れて、どうしようかと躊躇っていた美穂も立ち上がった。
「私、美由紀の友達の河田と申します。」
3人は、舞に頭を下げた。
「で、何か?」
(白戸って、どこかで聞いたことがあるわ。)
舞は、そう思いながら尋ねた。
「立花さん…。」
受付の看護婦と違う看護婦が、舞を呼んだ。
「はい?
 あっ、高橋さん。」
舞は、美由紀から目線を外し、声をかけてきた看護婦の方を見た。
高橋と呼ばれた看護婦は、昔から舞とは面識がある看護婦で、先ほど、美由紀の電話を取った看護婦だった。
「そこだと、他の患者さんや付き添いの方がいらっしゃるから、こちらに来ませんか?
 先生が出てきたら、お教えしますので。
 そちらの方たちも、ね。」
美由紀は舞の目線から逃れ、へなへなと座り込みそうになっていた。
高橋は、美由紀がコートの下に血の付いた道着を着ているのを見て、混み入った話になるだろうと気を利かせ、待合室ではないところに4人を案内したのだった。

4人が通されたのは病室のような一室だった。
「殺風景な部屋で、ごめんなさい。
 いつもは、病室で使っているんだけど、ちょっと内装を工事する関係で開けてあるの。」
高橋はそう言いながら、パイプ椅子をどこからか4脚運んできた。
「高橋さん、そんなことまでさせて、ごめんなさい。
 お仕事の途中でしょ?」
舞がすまなそうに言った。
「いいえ、今、丁度、休憩時間なの。」
「そう……。」
そう言って、舞は一瞬、何かを考えたようだった。
「ねえ、高橋さん。
 休憩時間で悪いんだけど、もう少し、付き合ってもらえないかしら。
 こちらの方が、息子の件で話があるらしいから、一緒に聞いてくれない?」
「え?
 いいんですか?」
舞は、黙って頷いた。
もしも激昂に触れるような内容で、自分が取り乱さないように高橋にいてほしいというのが本音だった。
高橋も、うすうす感づいたのか、だまって、舞の傍に立った。
「じゃあ、白戸さんでしたわよね。
 そうそう、私は、母親の立花舞です。」
舞はそう言うと、軽く会釈した。
美由紀たち3人は、舞の眼の鋭さに緊張し、凍り付いたような顔でお辞儀をした。
「で、息子の話って何でしょう?」
舞は、畳みかけるように美由紀に言った。
美由紀は、今にも泣きそうな顔になっていた。
「あ…あの…、春彦さんの怪我の件なのですが……。」
それから、美由紀はたどたどしく言葉に詰まりながら、しかし、きちんと何があったか自分が見た通りのことを舞に話した。
舞は、あの道場に春彦がたまに通っていたことに驚きを隠せなかった。
そして、美由紀が父の真相を探りに道場に通っていたこと、それが見つかって危機に陥った時、春彦が美由紀を救ってくれたこと、その時、自分を庇って、師範代から日本刀で指を切り落とされたこと、その後も乱闘の中、ずっと美由紀を庇ってくれていたことをいつしか涙ながらに舞に説明した。
美由紀は話し終わった後、改めて、舞の方を見た。
舞の顔は、先ほどのような剣のある目ではなく、どことなく優しい目に変わっていた。
「よくわかったわ。」
舞は、そう言うとしばらく下を向いていた。
「舞さん……。」
高橋が心配そうに舞を覗き込んだ。
そして、顔を上げると、寂しそうな顔になっていた。
「美由紀さんは、怪我はない?」
「はい!」
思いがけない舞の言葉に美由紀は恐縮した様に返事をした。
「その血は?」
「はい、全て、春彦君の……です。」
「そう、なら、よかったわ。
 えっと、そちらが陽介君?」
「はい!」
陽介も気を付けのようなポーズで返事した。
「あなた、春彦のお友達?」
「はい、今の学校で仲良くしてもらってます。」
「そう、あなたが春彦が話して聞かせてくれた陽介君ね。
 春彦を運んでくれて、ありがとう。
 これからも、仲良くしてくださいね。」
「はい。」
「それと、河田さん?」
「はい。」
美穂も吊られたように緊張した声で答えた。
「あなたは?」
「あっ、美穂は、私を心配して。
 そして、車で、ここまで運んでくれたんです。」
横から美由紀が説明した。
「まあ、それは、すみませんでした。」
そういうと、舞は深々と美穂に頭を下げた。
「いえ、とんでもない。
 美由紀を助けてくれたんですから、当然です。」
美穂は、顔を赤らめ答えた。
「高橋さん、一応、美由紀さんに怪我がないか、見れます?」
「ええ、医師ではないので、詳しくはわかりませんが、傷があればわかります。」
「じゃあ、美由紀さん、その恰好じゃ大変でしょうから、この部屋を借りるついでに、ここで着替えたら?」
「じゃあ、僕は、待合室の方で待っているから。」
「私は、タオルを濡らして持ってきますね。」
高橋は、そう言うと陽介と一緒に部屋を出て行った。
「美由紀さん。」
「はい?」
「大変だったわね。
 お父さんの件もあって、しかも、怖かったでしょう。」
舞の言葉に、美由紀の緊張が一気に溶け出したようだった。
「そ……そう…なんです……。
 やっと、父の亡くなった真相がわかり、……犯人まで、わかったんです。
 それでも、春彦君が居てくれなかったら、私、私……、どうなっていたか…。」
「美由紀。」
わなわなと震え出していた美由紀に、美穂が声をかけた。
美由紀は、囲まれた時の恐怖が、今頃、襲ってきたようだった。
「え?」
震えていた美由紀を、舞がふわっと抱きしめた。
舞の暖かさで、美由紀はとうとう泣き出してしまった。
「もう、大丈夫よ。
 安心してね。
 ほんと、春彦がいて良かったわ。」
美穂も、二人の姿を見て、涙ぐんでいた。
美由紀はしばらく泣きじゃくっていたが、舞に抱かれ、震えも止まり、ほどなく泣き止んでいた。
「まあまあ。」
濡れたタオルとお湯を持って部屋に戻ってきた高橋は、舞と美由紀を見て笑いながら言った。
それから、美由紀は着替えながら高橋に怪我したところはないか、体を見てもらった。
「手足に擦り傷があるけど、倒された時とかでしょう、まあ、大丈夫。
 それ以外の傷はないわね。
 頭が痛いとか、お腹が痛いとか、どこか痛いところある?」
高橋の問いかけに美由紀は首を横に振った。
「どこか痛くなったら、すぐに、お医者さんに診てもらってね。」
「はい…。」
美由紀は素直に頷いた。
美由紀が着替え終わると、舞が声をかけた。
「さあ、もう疲れたでしょ。
 春彦のことは、私に任せて、お家に帰りなさい。」
「え?
 いえ、春彦君の怪我の状況を聞かないと。」
「大丈夫よ。
 きっとまだ何時間もかかるでしょうから。
 心配なら明日にでも、連絡を入れるわよ。
 それに、美由紀さんは、警察とお話しなくちゃならないでしょ。
 お父様のことや、集団で暴行を受けそうになったこと。」
美由紀は、暴行というセリフに身震いしたが、だまって頷いた。
「きっと、お家にも警察が来ているかも知れないから、ともかく、家にお帰りなさい。」
美由紀は、黙って頷いた。
DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
警官が数人、美由紀や陽介の隠れている方に近づいて来た。
「陽ちゃん、どうしよう。」
「姉ちゃん、俺がおとりになるから、その隙に。」
「無理よ、春彦さん、連れては。
 逆に陽ちゃんが春彦さんを連れて行って。」
「どこに?」
陽介と美由紀が押問答している間に、警官がドンドン近づいてきて、二人は万事窮すで顔を見合わせていた。
その時、警官に女性が声をかけた。
「お巡りさん、あっちに変な人がいるわ!」
その女性が指を刺した方向は、美由紀たちのいる方とは逆の方だった。
「なに?」
警官は、その女性の指さす方に、速足で向かって言った。
そして、警官が行ったのを見計らって、女性が小走りで近づいて来た。
「美由紀!」
そして、その女性は美由紀の名前を声を押し殺すように呼んだ。
「美穂?」
美由紀、声の方を振り返ると、そこには両手で荷物を持った、背格好は美由紀位で、ショートボブの若い女性が息を切らせて立っていた。
「美由紀、大丈夫なの?」
「大丈夫よ。
 美穂の方は?」
「うん、私も大丈夫。」
美穂と呼ばれているのは、河田美穂といい、美由紀と同じ年で、美由紀とは道場で知り合い、一目会った時からお互い意気投合し、それが縁で、今は、美由紀が管理しているアパートの一室を格安の家賃で借りて住んでいる間柄だった。
美穂は、体を動かすことが好きで、単に、運動のため道場に通っている道場の裏とは一切かかわりのない娘で、今日も仕事帰りに身体を動かそうと道場に寄ったら、美由紀が囲まれている場面に遭遇したのだった。
「もう、急いで、警察に電話したのよ。」
「ありがとう、それで、助けてくれようとしたのね。」
美穂は、黙って頷いた。
「入り口付近で、木刀を持っている美穂が見えたの。
 来ないでって、合図したの分かった?」
美由紀は屈強な男たちに囲まれ危機一髪の時、横目で道場の入り口付近で木刀を持って、思い詰めたように蒼白な顔をして今にも飛び出してきそうな美穂が見えていた。
そして、男たちに気が付かれないように、美穂に『来ないで』とひたすら念じていたのだった。
「うん。
 でも、助けに行こうと思ったら、この子が入って来て。」
美穂は、ぐったりしている春彦を心配そうな顔で見ながら言った。
「大丈夫なの?
この子?」
「わからない。
でも、たいへんな怪我しているの。
早く病院に連れて行かないと。」
「じゃあ、急がないと。
ほら、美由紀。
 美由紀の着替えと、バッグとか一切合切、持ってきたから。」
「ありがとう、美穂。」
「少し離れたところに、私の車、止めてあるから。
 ともかく、どこか物陰で、その道着を着替えなくっちゃ。」
「そうよね。
 この格好じゃ目立つしね。」
美由紀はそういうと周りをきょろきょろと見回した。
「そうだ、建物の入り口付近の外に、ごみ置き場があったでしょ。
 ともかく、そこで着替えてくるわ。」
「わかった、私も一緒に付いて行ってあげる。」
「陽ちゃん、春彦君、お願いね。」
「わかった。」
美由紀と美穂は小走りに、建物の裏手に消えていった。
「春彦…、大丈夫か?」
陽介が話しかけても、春彦はピクリとも動かなかった。
それから、少しして美由紀たちは建物の裏手から現れ、一目散に陽介たちの方に走ってきた。
「早!」
陽介は、美由紀がいつも着替えに十分以上もかけていたのを知っていたので、思わず驚いて声を上げた。
「急いでいるからね。
 ズボンを履き替えて、上はコートを羽織っただけよ。
 ともかく、急いで春彦君を病院に連れて行かないと。
 美穂、車、お願いできる?」
「うん。
 小さくて狭いけど、いいよね。」
「当然。」
そう言って、また、美由紀は春彦の右手もぐりこんで、支え上げた。
4人は、美穂を先頭に、美由紀と陽介が春彦を抱えるように、タイミングを見計らって野次馬の中に溶け込み、美穂の車へ急いだ。
ぐったりしている男性を女性と男性が抱えるようにしている姿は、一瞬、眼だったが、皆道場着ではなく普段着(美由紀はコートで道着を隠していた)なので、野次馬たちはすぐに道場の方に眼をやったいた。
何とか警察にも見つからず、怪しまれることなく4人は美穂の車が止まっている駐車場までたどり着いた。
「今日は、道場の駐車場じゃないのね。」
「うん。
今日はいっぱいだったの。
だから、少し離れたこのコインパーキングに止めていたの。
それが幸いしたわ。」
道場に駐車場には警察関係の車が押し寄せ、1台も逃がさないように固めていた。
「ともかく、早く乗って。
検問とかはられると厄介よ。」
「うん。」
美穂の言うことは説得力があったの、皆急いで美穂の車に乗り込んだ。
後ろの席に美由紀が乗り込み、春彦を膝枕する様に抱えるようにし、運転席には美穂、助手席に陽介が乗り込んだ。
美穂の車は、軽自動車だったので、大の大人4人はかなり窮屈になるのだが、美由紀と美穂が小柄だったので、すんなりと乗り込むことが出来た。
「私が通勤用だけに買った軽だから、狭いの我慢してね。
 で、美由紀、どこの病院?」
「え?」
美由紀は、頭の中を想い巡らせたが、思いつかなかった。
「どうしよう……。」
途方に暮れていると、腕の中の春彦が何か言っていた。
「……びょう…ん…、……せんせい……。」
「春彦さん、なに?
 その病院の先生のところに行けばいいの?」
美由紀は春彦の口もとに耳を寄せ、春彦の喋ったことを皆に聞こえるようにそのまま復唱した。
春彦は、力を振り絞って美由紀の問いに頷くと、また、ぐったりとした。
「美穂、その病院、わかる?」
「ううん。」
美穂は、頭を左右に振った。
美由紀は、バッグから携帯電話を取り出し、104で病院の電話番号と住所を確認した。
美穂は、地図を広げて美由紀が電話越しに復唱していた住所を聞いて、親指と人差し指で輪を作り、わかったというサインを出した。
それから、美由紀はすぐに聞いた電話番号で病院に電話した。
「この時間で、電話に出てくれるかしら……。」
7,8回呼び出し音が鳴ったところで、携帯の向こうで女性の声が聞えた。
「はい、……病院です。」
「あっ、夜分にすみません。
 岩崎先生って名前の先生はいらっしゃいますか?」
「はい?
 岩崎先生はいますが、どういう御用でしょうか。」
「あの、春彦さん……。」
(ねえさん、立花、立花春彦。)
陽介が小声で教えた。
「立花春彦さんから、そちらに電話する様にと。
 彼、今、大怪我して…。」
「…。
少しお待ちください。」
そう言うと電話が保留音に切り替わり、少しして、男性の声が聞えた。
「ハイ、岩崎ですが、どちらさまですか。」
「わたし、白戸といいます。
 実は……。」
美由紀は、手短に春彦が事件に巻き込まれ指を切り落とされたこと、ぐったり失神状態であることを告げた。
「わかりました。
 で、切り取られた指は?」
「はい、持っています。」
「わかりました、氷とかないですよね。
 ともかく、なるべく冷やして、早く連れてきてください。
 何分で来れますか?」
「何分?」
美由紀が顔を上げ美穂を見つめる。
「ここからなら、30分も掛からないわ。」
美由紀は、携帯を握りなおした。
「30分くらいで。」
「わかりました、受け入れの準備をして待っています。
 春彦君のお母さんには?」
「いえ、まだ、何も。」
「わかりました。
 こちらから連絡しておきます。」
「お願いします。」
美由紀が電話を切る前に、美穂は車を出発させていた。
「すごいね、その病院、結構大きい病院よ。
 それに、名前を言っただけで、すぐ連れて来いって。」
「うん、そうね。
 確かここに……。」
美由紀は、生返事をしながらゴソゴソとバックから小さなビニール袋と水筒、タオルに包まれているものを取りだし、タオルから2つの物体、春彦の切断された指をビニールに入れ、きつく結び、水筒のキャップを開け、その中に入れ込んだ。
「なに、それ?」
美穂は運転しながら怪訝そうな声で訊いた。
「え?
 ああ、春彦さんの指。
 水筒に冷たい水を入れてあったから、少しでも冷やして持って行かないと。」
「……。」
美穂と陽介は、何とも言えない顔をした。
「陽介君、一応道はわかったつもりだけど、間違えそうになったら言ってね。」
「はい。」
そう言って、陽介は地図を穴の開くほど見つめていた。
美穂は、駐車場を出て道場から離れ、野次馬の群れが切れるところまで、慎重にスピードを落とし、目立たぬように楠間を滑らし、道場から離れた大通りに出てから、アクセルを踏み込んだ。
美由紀は、春彦の頭を自分の腿の上に乗せ、動かないように両手で優しく包み込んでいた。
「でも、よくあの大勢の奴らから逃げ出せたよね。」
陽介が口を開く。
「私も遠くからだったので、よくわからなかったの。
でも、すごく強かったわよ。
 何人かやっつけたところで、あとからわらわら来たから隠れていたけど。」
「意外…、でも、ないか。
 春彦、何かがあるような気がしていたんだ。
 でも、姉ちゃんを助けてくれて…。」
陽介は、それ以上言葉が続かなかった。
美由紀は、小さく頷くと、じっと春彦の顔を眺めていた。
DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
美由紀は、金光が畳に沈みこんで行くのを横目で見えたが、視線の先は、切り落とされた春彦の指にあった。
そして、急いで春彦の指を拾って、道着のズボンのポケットの中に入れていたハンカチーフを取り出し、それに包むと落とさないように、自分の道着の下に着ているTシャツの中に入れていた。
「ぎゃあ。」
今度は、神坐の方から、悲鳴が聞こえた。
春彦と美由紀がその方向を見ると、館長の右肩の辺りに金光の放り出した日本刀が深く突き刺さっていて、まるで生き物のようにびくっびくっと動いていた。

時を少しさ逆戻り、春彦が道場に入る少し前。
美由紀が、金光達に囲まれて、今にも無残な目に合おうとしていた時、警察に美由紀の危機を知らせる電話が入っていた。
「田中さん、例の道場で暴行事件のようです。
 女性が一人、ガタイのいい男たちに取り囲まれているそうです。
 同じような電話が2件、ありましたよ。」
「あそこか。
 2件とも同じ奴か?」
「いえ、一件目は女性で、二件目は男性です。」
「両方とも、名前を名乗っていたか?」
「はい、最初は河田っていう女性で、次が男性で白戸って言ってました。」
「じゃあ、本物だな。
で、白戸って、あの白戸か?」
「たぶんそうかと。
 じゃあ、襲われている女性って、娘の方?」
「道場に潜り込んで、父親をあんな目に逢せた尻尾を捕まえてやるって言ってたな。
 何か、掴んだのか……。」
田中と呼ばれている刑事は、一瞬何かを考えていたが、すぐに決断を下した。
「明日、令状が出たら踏み込もうと思っていたんだが、そんなこと言ってられないな。
 おい、今、署には何人いる?」
「はい、出られるのは10人程度です。」
「少ないな。
 カルト教団の道場だから、確か常時5,60人位いるって言ってたよな。
一気に肩を付けないと、援軍を呼ばれたらことだからな。
 他にも緊急招集して、現場に直行するぞ。
 小山ちゃん、悪いが付き合ってくれ。」
田中という刑事がそう言うと、すぐそばに居た大柄の刑事が頷いた。

「ひいぃ、助けてくれ……。
 痛いよ……。」
館長の伊地知は、突き刺さっている日本刀を見て、引き抜く度胸もなく、ただ、ヒイヒイと騒いでいた。
ここ数年、金光が道場を仕切っていて、伊地知には見ているだけでよいと言いくるめていたので、伊地知は稽古も何もせず怠惰な生活を送っていた。
金光は、そんな伊地知を奉るかのようにあがめ、利用し、裏では自分の地位を固めていた。
そのため、伊地知は武力も気力も体力ともめっきりと無くなっていて、昔を知っている者にとっては見る影もない状態だった。
春彦は、泣きさけんでいる伊地知の方にゆっくりと歩を進めた。
残っていた師範代や弟子が2,3人ほど館長を守ろうと、春彦の前に立ちふさがったが、直ぐに道を開けるように、しりもちを付いていた。
「?」
美由紀には、その光景が信じられなかったが、ともかく、春彦の後ろについて歩いていた。
「ひいぃ、助けてくれ……。」
伊地知は、春彦に気が付き、涙ながらに助けを請うような目で春彦を見たが、その瞬間、眼が見開き、恐怖に顔を歪め、息を吸いたくても吸えないように、ぜぃぜぃと音を出していた。
春彦は、伊地知の近くまで行くと立ち止った。
その瞬間、美由紀は春彦の中から発せられた何かの力で吹き飛ばされそうになった。
「きゃっ」
美由紀は、悲鳴を上げ、2,3歩後ずさったが、何とか踏み止まった。
見ると、伊地知は白目を剥き、口から泡を吹き、失禁して気を失っていた。
春彦は、失神している伊地知にとどめを刺そうと一歩踏み出したころで、美由紀に気が付き、足を止めた。
「……に…。」
「え?」
美由紀は、春彦の言ったことが聞きとれず、聞き直した。
「お父さんの仇だろ。
 (好きにすればいい。)」
それを聞いた瞬間に美由紀は、憑き物が落ちた気がした。
そして晴れやかな顔をした。
「ううん。
 もう、いいわ。
 後は警察に任せて、法の裁きを……。」
その時、道場に入り口が開き、新たに20人近い弟子が飛び込んできた。
「どうしたんですか?
 あっ、館長!」
伊地知や金光の無残な姿を見て、血の気の多い若者たちは血走ったように春彦たちを見つめたが、その瞬間、皆、凍り付いたように静寂が支配した。
(治まらないんだよなぁ。
 身体の疼きが……。
 お前ら俺を楽しましてくれるか?)
春彦は、そう心の中でいいながら快感、そう完全に暴力に飲み込まれていた。
「また?」
美由紀だけは、何が起こっているのかわからなかった。
春彦と対峙した弟子たちが、一様に固唾を呑んで凍り付いている姿がどうしても理解できなかった。
「一体、何が…。」
その時、いきなり別の方から大声が聞えた。
「警察だ、動くな。」
その言葉を先頭に、今度は、違う入り口から、刑事や警官が道場に雪崩れ込んできた。
それを合図に、凍り付いていた弟子たちは、呪縛が解けたように、だが、春彦たちには見向きもせず刑事たちに襲い掛かっていった。
警察含め、40人ほどが道場狭しで大乱闘になっていた。
「……(ちっ、これでおしまいか)……。」
「え?
 ちょっと、大丈夫?」
春彦は、切り落とされた指が蛇口のように鮮血を滴り落とさせ、顔面蒼白で力が抜けたように、しゃがみ込んでしまった。
「大変、出血が…。」
美由紀は傷口を押さえるものがないかと、辺りを見回したが、あいにく包帯代わりになるようなものはなかった。
美由紀自身、道着を着ているので、小物も先程、春彦の切り落とされた指を包むのに使ってしまい、他は持ち合わせていなかった。
「どうしよう…。」
ふと、汗拭きように自分の帯に挟んでいたフェイスタオルを思い出し、急いでそのタオルで傷口を縛って止血した。
そして美由紀はいそいで、春彦の右わきに頭を入れ、肩を貸すようにして起き上がろうとした。
「ねえ、ここを出るわよ。
 大丈夫?
 起き上がれる?
 私が支えてあげるから、早くお医者さんのところに行かなくちゃ。」
美由紀は、瞬時に、これ以上春彦を巻き込まないように、ともかく、警察の厄介にならないように春彦を連れ出そうとした。
「姉さん、大丈夫?」
刑事たちが乱入してきた入り口から、男の子の声が聞えた。
「あっ、陽ちゃん。」
そういうと、美由紀の方に白戸陽介が乱闘を避けながら美由紀に近づいて来た。
「姉ちゃん、大丈夫だった?
 警察に電話したんだけど、なかなか来なくて。
 あれ?
 その人は?」
陽介は、美由紀に支えられている春彦を見た。
「この人が、助けてくれたの。
 でも、怪我していて。
 早く病院に連れて行かないと。」
「春…彦…。
 おい、春彦!」
陽介は、真っ青な顔で、春彦に呼びかけた。
「え?
 陽ちゃんの知っている人?」
「ああ、僕のクラスメート!!」
「あの最近話してくれた子?」
「うん。」
「ともかく、警察に連れていかれないように運び出しましょ。
 手伝って。」
「うん。」
そう言うと陽介は春彦の左側にまわった。
春彦は、ぐったりとしていて身動きしなかった。
「え?
 春彦!
 血が…、指が…。」
陽介は春彦の左手の指にタオルが巻かれていたが、すでに血がにじんで赤くなっているのと、その部分が妙に短いことに気が付いた。
一瞬息を呑んでから、左側から春彦を支えた。
春彦は、無意識に支えられながら歩き始めた。
刑事たちは、弟子たちと乱闘を繰り広げている最中で、女性に担がれて出て行こうとする春彦に興味を示さなかった。
ただ一人、小山という刑事を除いて。
小山は、そっと春彦達を逃がすように周りを操作していたのだった。
そんな小山の助けを知らずに、美由紀と陽介は、混乱の騒ぎに乗じて、奇跡的にも春彦を表に連れ出すことに成功した。
外は、パトカーが何台もビルを取り巻き、立ち入り禁止のテープと集まってくる野次馬を整理する警官でごった返していた。
ビルの入り口を出て、すぐに裏手の野次馬のいない物置の陰に3人は隠れるように腰を下ろした。
春彦は、しゃがみ込んでうつむいたままピクリとも動かず、陽介は、春彦を自分の方にもたれ掛からせるようにしっかり抱きかかえていた。
「さすがに、姉ちゃん。
 その道着姿じゃ目立つよね。」
「え?
 あっそうか…。
 え!
 でも、着替えやバック、まだ道場に……。」
美由紀は、自分の状況にやっと気が付いた。
「どうしよう、タクシー使いたくてもお金がないし、どこかに連絡取りたくても携帯電話もないし。
 ねえ、陽ちゃん、お金持ってる?」
「財布に、500円ほど…。」
「困ったわ、この子を早く病院に連れて行かないと。」
「春彦だよ、姉ちゃん!」
春彦は、力を使い果たしたのか、何も言わずに陽介に抱きかかえられていた。
「どうしよう……。
 どうしたら…。」
美由紀は、途方に暮れながらも、何とか状況を打破できる案を考えていた。
しかし、騒ぎは、どんどんと大きくなり、野次馬も増えてきて、警官たちに見つかるのも時間の問題に思われていた。

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