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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
春彦は、黙ったまま人垣を押しのけて、美由紀の周りを取り囲む輪の中に入って行った。
「おいおい、春彦よぉ。
 道着に着替えないのか?
 それより、早く、そいつを犯りたいってかぁ?」
金光が、欲望で目を光らせながら容赦なく春彦の背中に向けて大声で怒鳴った。
春彦は、そんな金光の言葉に動じることなく怯えている美由紀の方にうつむきながら一歩一歩近づいて行った。
「来ないで!」
美由紀は、けなげにも拳を握り中段の構えを取ったが、眼には絶望の色が浮かんでいた。
美由紀も、たまに道場に来て金光や他の師範代と稽古をしている春彦の顔は知っていた。
そして、師範たちに一歩も引けを取らないのも知っていたので、まともにやり合っても絶対に勝てないこともわかっていた。
しかも、今、目の前にいる春彦から、威圧的な何かを感じていた。
美由紀は、近寄ってくる春彦を睨みつけながら、自分の息が上がってくるのを感じ、肩で息をし始めた。
春彦は構わず、また、無防備で美由紀のすぐそばまで近づいていた。
「こないで……。」
美由紀の口から一言、絞り出るように漏れた。
春彦は美由紀の前で脚を止め、ゆっくりと顔を上げ、美由紀の瞳を見つめた。
美由紀は、自分を見つめる春彦の眼に温かさを感じた。
「傍を離れないで。」
春彦は、そう美由紀の耳元で囁くと、さっと美由紀に背を向けた。
美由紀は春彦の身長の半分くらいの小柄だったので、まるで春彦が周りから美由紀を隠したようだった。
「え?」
「大丈夫。」
美由紀は春彦のその一言で、全てがわかった気がした。
(この人、味方……)
そして、小さく「うん」と返事をして頷いた。
「え?
 あれ~、どうしたのかな、春彦君。
 みんなに見られたら恥ずかしいのかな?
 俺達、早く犯りたいんだよな。
 とっとと、犯ってくれないかな。」
金光は、口とは裏腹に、厳しい顔になっていた。
そう、正面を見据えている春彦から禍々しい何かがにじみ出てきていることを見逃してはおらず、身体中に警報が鳴っていた。
ガタッと音がし、美由紀が春彦の横から館長の方を見ると、館長は中腰になって、驚いた顔をして春彦の方を見ていた。
「どおすんの?
 お前が犯らないんだったら、俺達が犯りたいから、そこどいてくんない?
 え~、春彦君よー!!」
金光は、最後は声を荒げ、恫喝した。
それも普通の人間なら委縮して動けなくなるほど激しいものだった。
しかし、春彦は、何も言わなかったが、金光には笑っているように見えた。
そして、一気に禍々しい影が春彦から立ち上ってくるのを感じ、悪寒を感じていた。
「ちっ、おい、お前!
あいつを絞めて来い。」
そういうと、金光は横にいた黒帯を絞めた師範の一人の背中を押した。
その師範代は、押されたのと、春彦の異様な雰囲気に腰砕けの様に、春彦の前によろけ出た
が、さすがに師範代だけあって、直ぐに組手の型をとり、キェーと気合を吐き出した。
しかし、その気合が吐き出し切る前に、その師範代は春彦の目前から消えていた。
そして、春彦の左手の方からドスンという音と、誰かの唸り声が聞こえた。
美由紀が急いで、その声の方を見ると、そこには今しがたまで春彦の前にいた師範代が、体を横に“く”の字にして、口から赤っぽい泡を吹いて倒れていた。
唸り声は、その飛んできた師範代の直撃を受けた一人が漏らしたものだった。
美由紀には、一瞬、目の前の春彦の姿がぼやけたようにしか見えなかったが、実際は、春彦の蹴りがその師範代の脇腹にめり込み、そのまま、吹き飛ばしたのだった。
「てめえ、立花!
 おい、みんな、まずこいつを血祭りにしちまえ。」
「……くせぇ、三文芝居が……。」
美由紀は春彦の背中越しに何かが聞えたが、全部聞き取れなかった。
「てめー!」
金光の罵声に、弟子の黒帯が3人、春彦に向かって行った。
しかし、3人は、春彦の前に立った瞬間に、凍り付いたように立ち止まった。
春彦は、その凍り付いている3人に向かって2,3歩進んだ。
その途端、3人は、へなへなとその場に崩れ落ちた。
「なんだ、だらしない。」
そう言って、違う師範代の二人が3人を蹴散らし、春彦の前に立った。
そして、二人を含め、春彦の前方にいた者は全員見た。
春彦の顔は、そう、口はⅤの字のように不気味に両端が吊り上がり、まるで笑っているようだった。
そして、両方の瞳から光はなく、まるでサメの眼のように黒目が全てぽっかりと、まるでブラックフォールの様に光を全て吸い込むような深淵の闇のように開き、それはまるで人間ではなく魔物と言えばきっとこういう顔をしているんだろうと納得できる顔になっていた。
「ぐっ。」
二人とも、息を呑むと、脂汗を垂らしながら、懸命に戦う型で身構えたが、その腕は小刻みに恐怖で震えていた。
後ろでは、他の弟子が、こっそりと美由紀に近づいていた。
美由紀は、前で展開している春彦と師範たちの間に何が起こっているのかに集中していたので、後ろから近づいてくる者に気が付かなかった。
「きゃっ。」
美由紀は、いきなり後ろから髪を掴まれ、倒された。
そして、一人が抱きしめるように馬乗りになり、他の2人が美由紀の手と足を抑えていた。
3人は、春彦の後ろだったため、眼の前で何が起こっているのかわからなかったが、金光が負けるはずなく、ただ、美由紀を犯したいという衝動だけだった。
「い…。」
“嫌”と美由紀が言おうとした瞬間、馬乗りになっていた男の首から上が無くなっていた。
正確に言うと、ものすごい勢いで左に曲がっていた。
男は首から上を左に曲げたまま、美由紀から降りると、そのまま、倒れ込み、身体を痙攣させていた。
そして間髪入れずに、美由紀の手を抑えていた男の首は真後ろに跳ね飛ばされ、足を抑えていた男は、頭が胴体にもぐりこむかと思うくらい、つぶされ、二人とも、同じようにその場に倒れ込み、悶絶していた。
美由紀が唖然としながら体を起こし、はだけた道着の前を合わせていると、春彦の声が聞えた。
「おい、離れるなよ。」と、言葉遣いは先程より荒々しくなっていた。
美由紀は顔を上げたが、春彦は、正面の師範代の方を向いていた。
(えっ?
 一瞬で、3人をやっつけて、助けてくれたの?)
美由紀は、今の状況が信じられなかった。
そして、春彦越しに正面を見ると、先ほどまで春彦に対峙していた師範代二人が畳の上に横たわり身体を痙攣させていた。
春彦のことを強いと認識していたが、突出した強さで相手が何人いても大丈夫だと変な安心感を抱き始めていた。
「今まで稽古していたんだろ?
少しは抵抗しろ。」
また、春彦の声が聞えた。
「うん。」
美由紀の声にも覇気が戻ってきた。
今度は、師範代と弟子が混じって、10人ほどが、大声でm叫びながら二人に向かってきた。
美由紀は、懸命に自分に押しかかってくる相手の拳と蹴りを受け止めていた。
その瞬間、声ではなく、何も聞えないのだが、何か風のようなものが美由紀の身体を通り抜け、そのまま、押しかかってくる相手の身体も通り抜けたように美由紀には見えた。
その何かが通り抜けると、通り抜けた男はその場に崩れ込み、失神した様に動かなくなっていた。
春彦は5,6人を相手にしていたが、その相手が片端から、畳みに崩れ落ちていった。
(一体何が起こっているの。
 何でバタバタと倒れていくの?)
美由紀には理解できないほど、流れるように、かつ、静かに、というよりはほぼ無音に近く全く無駄のない動きで、春彦は正確に相手の腕や脚の関節を捻り、拳や蹴りで傷めつけ、相手が怯んだところを体の急所と呼ばれるところに拳と蹴りを入れていたのだった。
しかも、春彦の気、そう、殺気で、怯えたように竦んでいるので、尚更、効果があった。
そして、あっという間に10人が、新たに畳に咲く赤い花になった。
館長の伊地知は、腰を浮かせ春彦の動きを凝視していた。
伊地知の見る春彦は、以前伊地知が目指した相手の身体を破壊する武術、それの完成形、いや、それ以上に凄まじいものだった。
気が付くと20人ほどいた師範代や弟子が、金光を含め数名になっていた。
「たちばなー!!」
金光が、春彦の名前を呼んだ瞬間、ヒュっと何かが風を切った。
美由紀が、金光を見ると、怒りの顔を真っ赤にした金光が、日本刀を持って立っていた。
そして、その横に、二の腕から血を流し、それを抑えてうずくまっている弟子がいた。
金光の日本刀の一振りを、春彦は軽く受け流し、勢い余った金光は弟子の一人を切ってしまっていた。
しかし、そのおかげで、日本刀は切れ味の鋭い本物ということを証明していた。
「てめぇ、今まで目ぇかけてやったのに、恩を仇で返すつもりか!
 大人しく、首を跳ねられやがれ!」
金光は、春彦からにじみ出る何とも言えない恐怖に耐え、日本刀という心の依り代が出来たせいか、怒りに任せ、日本刀を振り回しながら春彦の方に突進してきた。
春彦は、後ろの美由紀の様子をちらっと見た。
美由紀は、金光の恫喝と憤怒の形相に凍り付いたように固まっていた。
(ちぃ。
 避けるとこいつが日本刀の餌食か)
春彦は、心の中でそう思うと、左手を向かってくる金光に差し出した。
金光は一瞬、春彦の左手で、目くらましのようになったが、お構いなしに日本刀を右に払った。
ボト、ボトと何かが畳に落ちた音がした。
落ちたのは、春彦の左手の薬指と小指だった。
「えっ?」
美由紀も、落ちた春彦の指を見た。
金光の払った日本刀が運悪く春彦の左手の第一関節付近から切り落としていた。
(あっ、指が……。)
春彦は、最初に頭に浮かんだのは、父の顔で、父のベースがもう弾けなくなったこと、詩音たちと楽しい演奏が出来なくなったこと、佳奈にギターを弾いてやれなくなったこと。
そう思った瞬間に、目の前が真っ赤になった。
「ぃー!!」
春彦は、天を仰ぎ立ち回りの中初めて声にならない音を口から発し、その髪の毛は、静電気でチリチリと跳ね上がっていた。
「ひぃー。」
金光は、悲鳴を上げると日本刀を真後ろに万歳する様に放り出してしまった。
(殺されるー。)
金光の目の前の春彦は、すでに人の顔をしていなかった。
その顔を見た瞬間、金光は、自分の無残な死を予感した。
金光は、瞬時に自分の両脚の膝が、本来曲がらない方向に折れ曲がったのと、両腕も肩から下に力が入らず、そして鳩尾に春彦の脚がめり込み、肋骨という肋骨が粉々になり激痛で涙とよだれを垂らしていた。
そして、金光が最後に見たのは、顔面に襲いかかってくる春彦の右手の拳だった。
春彦の拳が顔面を捉え、鈍い音が顔の骨から聞こえ、そして、ものすごい反動で後頭部から畳にめり込んだ。
実際は、顔面にめり込んだ拳だけが本物で、脚や腕、肋骨は春彦の殺気が見せた幻影だった。が、そこは総師範代として館長をも凌ぐ力のある金光だったので、何とか意識を保ち、春彦に掴みかかっていった。
が、金光にはそれが失敗だったことを途中で気が付いたが、体に着いた勢いを止めることは出来なかった。
「ひっ、しまった。」
(殺される)
金光は、半分覚悟を決めて、春彦の顔を見て、戦慄を走らせた。
春彦は、光のないぽっかり空いたまるで人間の感情を持ち合わせていないような黒目を見せ、口は、悪魔が舌なめずりしているように残忍な笑顔で舌なめずりをしているようだった。
(ひぃ…。)
金光は、そのまま春彦に押しかかる様にして、倒れ込んだ。
少しの間を置いて、春彦は、のしかかっている金光の身体をどけて立ち上がった。
金光は、右の肩が脱臼し、その肘があらぬ方向にねじ曲がり、右足も膝のところから、真逆にねじ曲がっていた。
また、右胸の辺りはへこんだようなくぼみが出来ていて、肋骨が折れ、肺に刺さっているのが見て取れた。
そして、金光の顔の右半分は、陥没した様にへこんでいた。
金光は、口から赤い泡を吹いて、白目を剥き、静かになっていた。
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DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
2月に入り、春彦も佳奈も大学受験が終わり、最後の高校生活を送っていた。
高校生活と言っても授業はなく、週に1回の登校日に学校に行くだけだった。

その2月の登校日のある日、佳奈はいつものように木乃美と京子と教室でお喋りをしていた。
すると、教室のドアが開き、皆がざわざわし始めた。
佳奈は何事かと入り口の方を見ると詩音と夏美が誰かを捜しているようにキョロキョロし、夏美は佳奈と目が合うと、ニコニコして手を振って見せた。
「詩音、ほら菅井ちゃん、あそこにいるよ。」
「あっ、本当だ。」
詩音と夏美はざわついている生徒の間を抜け、佳奈の傍にやってきた。
「あ、こんにちは。
 詩音さんに、夏美さん。」
「詩音でいいって。」
「夏美でいいって。」
詩音と夏美は、ほぼ同時に言った。
佳奈は、それを聞いて吹き出すのを抑えながら言い返した。
「佳奈でいいですって。」
「木乃美です。
 いつも春彦と佳奈がお世話になっています。」
「京子です。」
木乃美と京子も便乗した様に言葉を返した。
「佳奈ちゃんに木乃美ちゃん、京子ちゃんね。
 よろしくね。」
夏美が笑いながら返し、横にいた詩音も3人に会釈した。
「で、なにか?」
「うん、実は立花君のことを教えてほしくって。」
「え?
 はるのこと?」
「ええ、立花君、転校したって言ってたけど…。」
「いや、あのさ、春彦と連絡が取りたいんだけど、どうしたら、連絡取れるかなって思って。
 佳奈ちゃんなら、連絡取れるんじゃないかって思って。」
詩音が我慢できないと言わんばかりに横から口を出した。
「はるですか?
 いま、お父さんの実家に下宿して、そこから学校に通っているそうです。
 私も連絡取りたいんですけど……。」
佳奈は途中まで話して、口籠った。
「そうなの。
 佳奈ちゃんでも連絡取れないんだ。」
「あっ、でも、ずいぶん元気になったって、舞さんが。
それに舞さんに頼めば、はるの耳に入りますよ。」
「舞さん?」
「あっ、春彦のお母さんです。」
木乃美が助け船を出した。
「そうなんだ……。」
詩音は、暫く考えたあと夏美と目で合図し、佳奈に話し始めた。
「軽音部の卒業ライブの話、しってる?」
「はい、知ってますし、皆、楽しみにしているんですよ。」
「じゃあ、去年の文化祭のライブと今年の文化祭のライブ、知ってる?」
「はい、もちろん」
「今年は、飛び入りで1曲でしたが、去年のライブ、凄かったですよね。
 私、まだ覚えています。」
京子も興奮した様に佳奈の後に付け加えた。
「ありがとう。
 実は、僕たちも去年のライブ、やっていながら大興奮。
 皆、終わった後、魂抜け抜け。」
「そうなのよ、演奏していた自分たちが興奮して舞い上がっちゃってたいへんだったの。」
「でさ、今年の飛び入り、あれで、超不完全燃焼状態。
 火が付き始めたら終わりでしょ。」
「だって詩音。
 他のバンドの時間を取っちゃったら可哀想でしょ。」
夏美が苦笑いしながらいった。
「そんなことは、わかっているって。
 それでさ、高校最後にもう一度、あの時の昂奮を味わいたくってさ。
 それには、春彦のベースが絶対不可欠なんだ。」
詩音が興奮しながら言葉を続ける。
「それで、春彦に卒業ライブに参加してほしくて、連絡をと思って。
 今は、学校の視聴覚を考えているんだけどさ。」
「そう、先生にも頼んでいるの。
 今はうちの生徒じゃないけど、春彦も参加させてって。
 先生ったら、二つ返事でOKくれて、校長にも頼んでくれるって。」
「で、もし、学校に来たくなかったら、他のライブハウス借りてもいいからって。」
詩音と夏美は交互に早口で、まくしたてた。
「えー!」
「キャー!!」
「私、絶対に行くー!!」
詩音たちの話が聞えていたのか、周りの生徒が騒ぎ始めた。
「どうだろう、来てくれるか…、いや、絶対に来てほしいって、春彦に伝えてくれないか。」
「これ、今ライブでやろうとしている曲のリスト。
 これも渡してほしい。」
「日にちは、卒業式の前の週の土曜日なんだ。」
そう言って詩音と夏美はじっと佳奈を見つめた。
「わかりました。
 絶対に伝えますし、絶対に連れてきますね。
 皆が待ってるって……。」
そう言うと佳奈は嬉しさから涙声になっていた。
「佳奈…。」
横から木乃美が佳奈の頭を撫でた。
佳奈は「うんうん」と頷いた。
「私達だけじゃなくて、詩音さんたちも、みんな待ってるんだね。
 はるのことを……。」
佳奈は、涙を流しながら笑顔を木乃美に向けた。

佳奈と詩音が話した数日後、春彦は、舞からライブの話を聞いていた。
「おばあちゃん、今日は少し遅くなるので、夕飯はいいです。」
「あら、こんな遅くに、どこに行くの?」
キクが心配そうに声をかけた。
「ちょっと運動に。
 最近、体がなまっちゃって。
 知り合いのジムで少し汗をかいてこようかなって。」
「そう。
 でも、あんまり遅くいならないようにね。」
「はい。」
春彦は、そう言って夕方に家を出た。
その日、春彦は内緒にしていた昔から通っている道場に久々に向かっていた。
(最近、体がなまっているし、ライブやる体力をつけなくっちゃ。)
道場とは春彦が小学生の時に通っていた総合格闘術の道場で、そこの師範で館長の人物は最初は普通だったが、何かに感化され道場の生徒を過激派に仕立てようとし、騒ぎを起こし、一時は道場の閉鎖に追い込まれていた。
しかし、怪しい取り巻きの存在があり、名前も変え道場を違う場所で再開していた。
また、総合格闘術ではなく、完全に戦闘術に内容も変わっていたのと、まるで宗教の教祖の様に人を集め、その資金で何やら不穏な動きをしていた。
春彦にとっては、そう言うのには一切興味がなく、多少、箍を外しても皆そこそこ強く乱取りしても問題なかったので、単にストレス発散に舞に内緒で顔を出していた。

春彦は電車を乗り継ぎ、1時間以上かけ宵の口に道場にたどり着いた。
その道場は、繁華街の一角の5階建てもビルにあった。
道場は3階にあり、他の階もすべて館長や若い師範たちが怪しげに使っていた。
ビルの入り口には、道場の看板など出ておらず、見た目普通のビルだった。
春彦は、いつものように三階まで階段で直接上り、道場の入り口を開き、中に入った。
いつもは、中に入り、道着を借り、ロッカールームで着替えるのだが、その日は様子が違っていた。
師範はいつものように道場の神坐と呼ばれる一角でひじ掛け付きの椅子に偉そうな格好で座っていたのだが、道場の真ん中あたりに人だまりが出来ていた。
春彦が目を凝らしてみると、道着を着た一人の小柄な女性を、若い師範や黒帯を付けている弟子が20人ほどで取り囲んでいた。
取り囲まれている女性は、20歳前半で少し茶髪にしているワンレンの髪を後ろに束ね、可愛らしい顔だちが、今は緊張で歪んでいた。
師範代で春彦のことを弟子として可愛がっている金光という男が春彦を見つけ、手招いた。
「おう、春彦。
 久し振りだな。」
「金光さん、一体どうしたんですか?」
春彦は怯えた顔の女性を見ながら言った。
「いや、こいつ、公安の犬でさ。
 これからみんなで、お仕置きしようとしていたんだ。」
「誰が公安の犬なの。
 それより、父をリンチで撲殺したんでしょ。
 さっき、そこの人が話をしていたの、聞いたわよ。」
女性は、わなわな震えながら、それでも力を振り絞って言った。
「リンチ?撲殺?」
金光はとぼけたように言った。
「金光さん、こいつの父ちゃん、1年前に(公安の)犬臭いといって、ほら、ぼこぼこにして、意識なくなったからって、河原に捨てたじゃないですか。
 次の日、冷たくなって発見されたって。
 あいつの娘ですよ。」
「ああ、あいつの娘ね。
 その割には、可愛い顔じゃん。
 母親譲りかな。」
金光は、意地悪そうに言った。
「そうよ、何があったか知りたくて、父が通っていたこの道場にもぐりこんだのよ。
 やっと尻尾を出したわね。
 警察に通報してやるわ。」
女性は、眼を真っ赤にしながら気丈に振る舞っていた。
「それは、それは。
 残念だね、美由紀。
 これから、ここに居る全員と寝技の稽古だよ。
 どれだけ、楽しませてくれるかな。
 あっはっは。」
金光は、欲望をぎらつかせた顔をして笑った。
そんな金光を見ながら春彦は嫌悪感を抱いた。
(リンチだって?殺したって?
 女と寝たいだって?
 どいつも、こいつも、まったく…しょうがない…。)
そして、春彦の心の中にどす黒い蛇のような怪物が鎌首をもたげた。
「金光!」
道場の神坐から金光を呼ぶ声が聞えた。
「はい、館長。
 何でしょうか。」
金光は、大げさに敬うような言い方をした。
館長と呼ばれた男は、黙って顎で春彦の方を指した。
金光は、少し顔を歪めたが、直ぐに頷き、春彦の方を向いた。
「おい、春彦。
 お前に1番を譲ってやる。
 女は初めてだろ?
 気持いいぜ。思いっきりぶっこんじゃいな。
 ひょっとしたら、あいつも処女だったりして。
 童貞と処女だと、どうなるかな。
 なあ、おい。」
金光は一番を取られた腹いせに、汚い言葉を口にしながら、周りに笑えと促した。
他の師範や弟子たちは、半分仕方なしに笑っていた。
春彦は、そんな周りを気にすることなく、襲われていた木乃美のことを思いだしていた。
そして、男たちに押し倒され、押さえつけられて、嫌がる木乃美の顔を思い出した瞬間、ピシッと何かが頭の中で弾けた気がした。
そして心の中のどす黒い蛇のような怪物の眼がらんらんと輝きだし、シューシューという音とともに舌が獲物の匂いを嗅ぐように動き出していた。
DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
「もしもし、
 あっ、舞さん?
 キクだけど。」
舞が電話を取ると、電話口からキクの声が聞えた。
「お義母さん?
 いつも、すみません。
 それに、しっかりと春彦が迷惑をおかけして。」
「何言ってるの、こっちは、大喜びよ。」
春彦が立花の実家に下宿する様になり、春彦の近況をキクはこまめに舞に電話で知らせていた。
「春彦ちゃん。
 最近、学校でお友達が出来たそうなの。」
「え?
 本当ですか?」
舞は、誰とも交わらない春彦を、ましては友人なんて全く想像していたので意外だった。
「そうなのよ。
 たまに、その子の話をするようになってね。」
「え?
 もしかして、お友達って、女の子ですか?」
「いやねぇ、違うわよ。
 男の子。
 同じクラスで、良く話しかけてきてくれて、いつしか、話すようになったそうよ。」
「へー。」
「それで、その子も同じ大学を受験するんだって。
 最近、勉強始めたみたいよ。
 それに、だいぶ笑顔を見せるようになって。」
「そうなんですか。」
舞は、安堵の声を出した。
(やっぱり、環境を変えて正解だったかしら。
 でも、また、あの人のこと隠しているのかしら。)
「それでね、その子は両親が居なくて、お姉さんと二人暮らしなんですって。
 春彦ちゃんも、自分もお父さんがいないって言ったみたいなのよ。」
「?!!
 …いないって…。」
「そうなの、お互いの境遇を言い合ったみたいよ。
 僕も小学校の時にお父さんが病気で亡くなったって。
 少しずつ、気持ちの整理がついてきたのかしら。」
「お義母さん…。
 お義母さん、本当にありがとうございます。」
舞は、涙声で受話器を持ったまま、深々と頭を下げていた。
環境も春彦にいい影響を与えたのだが、それにも増して、春吉やキクが大事に預かってくれていることが好転の兆しであることは確かだった。
「それとね、お正月は、戻ろうかって言ってたわ。
 私も、おじいさんも春彦ちゃんの好きなようにさせようと思って。」
「お義母さん……。」
それ以上、舞は言葉が出ず、頬に涙が伝わっていた。
(あなた、ありがとう。)
舞は、心の中で春繁が笑っているような気がして、そう呟いた。

春彦は、大みそかの夜に帰ってきた。
夜、玄関のチャイムが鳴り、舞は努めて冷静さを装って向かい入れた。
「お帰り。」
「ただいま、母さん。」
そう言うと、春彦は舞に笑顔を見せた。
その顔を見て、舞は、堪え切れず、涙を流した。
「かあさん…?」
「…ンでも……。
何でもないわ。
目にゴミが入っただけ。
今日、大掃除していたし……。
ともかく、入りなさい。」
その後、夜更けまで、喜びを爆発させた舞は、お酒を飲み、何度も何度も、春彦の友達のこととか向うでの暮らしのことを聞きまくっていた。
元日、久々に舞と春彦は親子水入らずで家で過ごしていた。
おせちを食べ、舞は朝から気を良くして、お酒を飲んでいた。
「かあさん、昨日からお酒、飲みっぱなしじゃないか?」
「え?
 いいのよ、いいの。
 年に一度のお正月じゃないの。」
「でも、かあさん、毎日飲んでいない?」
「言ったな、この坊主!!」
そういうと舞は春彦をくすぐろうとちょっかいを出した。
実際は、春彦が立花の実家に言っている時、舞は、ほとんどお酒を飲んでいなかった。
寂しいこともあるが、春彦の顔を思い出すとお酒を飲む気がしなかったのだ。
ひとしきり、じゃれ合った後、春彦は真面目な声で切り出した。
「ねえ、かあさん。」
「ん?」
「本当に、受験していいの?」
「馬鹿、そんなのいいに決まっているじゃない。」
舞は、つい数か月前は、怠惰で後ろ向きな話しかしなかった春彦が、前向きな話をするのを聞いて嬉しさがこみ上げてきた。
「そう言えば、むこうでお友達が出来たんだって?
 一緒の大学を受けるの?」
「かあさん、よく知ってるね。」
春彦は、感心した様に言った。
「当然。
 私とお義母さんは、ツーカーの仲なんだから。」
「おじいちゃんとは?」
春彦は意地悪っぽく聞いた。
「ぶー!!」
舞が、口を尖らせ言う姿を見て、春彦は苦笑いをした。
「で、友達は?」
「ああ、陽介、白戸陽介って言って、同じクラスでさ。
 転校当日から、何かと話しかけてきて、最初は、うっとおしいかと思ったんだけど、だんだんと面白い奴だなって思ってさ。」
「へえ、どんな子?」
「ん?
 結構、細身でさ、結構いけてる顔で、女子にも人気があるんだよ。」
「へえ、あんたも、“いけてる”なんてセリフ言うんだ。」
「え?
 ああ、これも陽介の影響かな。
 結構、話し好きでさ、いろんなこと教えてくれるんだよ。」
「ふーん、そうなんだ。」
舞は、楽しそうに話す春彦の顔を見ながら、自然と笑顔になっていた。
「で、その子、陽介君だっけ?
 一緒の大学に受験するんだ。」
「そうなんだよ、いろいろ話しているうちに受験の話になってさ。
 それで、受けてみようかと思って。」
「でも、あの大学、家からでも立花の実家からでも、ちょっと離れているんだよね。
 どうしようか。」
「かあさん、まだ、受かってもいないから。」
「え?
 お前なら、ちゃんと勉強すれば大丈夫よ。
 何せ、私とあの人の息子なんだから。」
「ありがとう、かあさん。」
少しして、次に舞が恐る恐る切り出した。
「ねえ、春彦。
 佳奈ちゃんたちに合わなくていいの?
 あの子たち、みんな、あんたのことを心配しているわよ。」
「うーん。
 今は、まだ、会いたくないかな。
 今度帰ってきたらにするよ。」
「そう…。
 わかったわ。」
舞は、無理強いせずに、春彦がその気になるまでは好きにさせるつもりだった。

翌日の朝、再び、立花の実家に戻っていった。
春彦を見送った後、舞は昨日の春彦との会話を思い出していた。
「まあ、あの調子なら、大丈夫か!」
舞は、心が晴々した気がしていた。
そして、春彦と入れ違うように、佳奈と木乃美が訪ねてきた。
二人は、挨拶も漫ろに、切り出した。
「舞さん、はる、帰っていますか?
 会えますか?」
真剣な面持ちの二人に、舞はすこし困った顔をした。
「ごめんなさい。
 春彦、1時間くらい前に、実家の方に戻っていったわ。」
舞は、両手を合わせて謝った。
「えー、そんなぁ。」
二人は、がっくりと肩を落として、ため息をついた。
「まあ、そんなところじゃなんだから、家に上がっていきなさいよ。
 時間、大丈夫なんでしょ?
 あなた達が来るかと思って、甘酒、用意してあるのよ。」
佳奈と木乃美は、明るい口調の舞を見て、春彦がいい方向に動き出したように感じ、上って話を聞くことにした。
リビングで3人は、舞の作った甘酒やお菓子を頬張りながら、春彦の近況について話をしていた。
「へえ、春彦、友達出来たんだ。」
「だいぶ、明るくなったんですね。」
「そうなのよ。
 もう少しすれば、元に…。
 ううん、心の成長が追い付いたふつうの子になって、戻ってくるわ。
 だから、それまで、気長に待ってていてね。」
「はい!」
佳奈と木乃美は声を揃えて、返事をした。

春彦は数日ぶりに立花の家のある駅に降り立った。
この日も快晴で、前日まで雪混じりの天気だったせいか、辺り一面、薄らと雪が積もっていた。
遠くの山も雪が降ったようで、山並みも真っ白な雪化粧をしていた。
風は冷たく、肌を刺すようだっやが、風に舞い上がった雪がキラキラと光って見えて、春彦はしばらく見惚れていた。
「さあ、戻ったら雪かきの手伝いかな…。」
春彦は、くすりと笑って、立花の実家に向かった。
雪は思ったほど積もっておらず、また、春吉がキクと一緒に雪かきをしたのか、門から玄関までは雪が避けられていた。
「ただいま。」
そう言って、春彦は玄関を開け家の中に入っていった。
「春彦ちゃん、おかえり。
 早かったわね。」
キクがニコニコしながら春彦を出迎えた。
「あれ?
 おじいちゃんは?」
「ん?
 ああ、あの人、春彦ちゃんが戻ってきたら正月のお祝いをやるんだって言って、居間で待ってるわよ。」
「え?
 お正月のお祝い、まだやっていなかったの?」
「そうなのよ。
 おせちも何も手を付けずに、お酒とおつまみだけで元日は過ごして。」
キクは、呆れたような仕草をしていたが、キクもまた、春彦が戻ってきてからと楽しみにしていた。
春繁が亡くなり、舞と仲たがいをしてから、十数年、ずっと正月は春吉とキクの二人だけで、いつも決まって春彦はどうしているかと寂しい正月だったのが、今年は、その春彦が目の前にいるので、二人にとって夢のようで、この機会を逃すまいと楽しみも待ちわびていたのだった。
キクと話をしていると、居間の方からそわそわした春吉の声が聞えた。
「春彦、帰って来たか?
 こっち来て、新年のあいさつだ。
 お屠蘇、いや、お酒もあるぞ。
 さあ、早くこっちに来おいで。」
「何言ってるんですか、春彦ちゃんはまだ未成年なんだから。」
笑いながら、キクと春彦は春吉の待つ居間に入っていった。
その日は、飲めや食えやのどんちゃん騒ぎで、珍しくキクまでお酒を飲んみ、いつまでも居間からは笑いが絶えなかった。
DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
春彦は、立花の実家のある駅に降り立った。
その日は、天気も良く、風もなく、初冬になろうかというのに暖か日だった。
立花の実家は、春彦の住んでいるところより山間の田舎にあり、一面、田んぼや畑で、先には山並みが見えるのどかなところ。
そんな山や畑も、秋が終わり、いい天気のせいか黄金色にそまっていた。
また、あちこちの畑では、落ち葉や枯草を燃やしている煙が立ち上り、どことなく焦げ臭い匂いを感じた。
春彦が立花の実家に着くと、春吉とキクがいつもと変わらぬ笑顔で春彦を向かい入れた。
「春彦ちゃん、今日から春繁の部屋を自分の部屋として使ってね。
 あ、でも、嫌だったら他にも部屋があるから。」
「ううん、おばあちゃん、父さんの部屋がいい。」
「そう言うと思って、今日、大掃除しておいたのよ。
 布団も新しくしたからね。」
「うん、ありがとう。」
「おい、春彦。
 風呂も沸かしといたから、夕飯の前に入っちゃいなさい。」
春吉も嬉しそうに春彦に声をかけた。
「うん。」
春彦は笑顔で答えた。
夕飯の前と言っても、まだ、四時台で周りも明るかった。
立花の家のお風呂は、木のお風呂で、かつ、窓も広く、遠くの山並みを見ながらのんびり身体を伸ばすことが出来た。
その景色を見ていると、思い悩んでいたことが全て消え去ったように感じた。
春彦は、久々の開放感を覚え、湯船につかりながら、いつまでも遠くの山並みを眺めていた。
夕飯は、キクの美味しい手料理で、春彦は久し振りに満腹感を覚えるまで食べ続け、食べるごとに気力がわいてきた気がした。
そして、食事も終わり、春吉とキクとの団らんの後、春彦は春繁の部屋に戻り春繁の使っていたベッドに横になった。
寝具は新調されていたが、何となく、懐かしい父親の匂いを感じる。
「父さん……。」
春彦は、佳奈の思いとは逆に、久々に安住の地でぐっすりと夢の中に落ちていった。

翌日、宅急便で春彦の生活用品が大きなバッグで送られてきた。
その中で一際大きく壊れ物、取扱注意のテープが何重にも張られたものがあった。
そのテープを破って、中を取り出すと、中身はベースとアコースティックギターだった。
それらは舞が気晴らしにと、春彦に送ってくれたものだった。
「母さん、ありがとう。」
そう独り言を言って、春彦はベースを取り出し、つま弾き始めた。
「あ?
 そうだ、ピックを文化祭の時に佳奈にあげたんだっけ…。」
もともとそのピックは、ベースのケースに入っていたもので、三角形の真ん中にきれいな花柄模様が入っていた。
公園のベンチでベースを弾ていた時、佳奈が目ざとく、そのピックを見て「綺麗」と惚れ惚れするように見ていた。
本当ならば、見つけたらすぐに春彦にねだるところだったが、ベースと一緒に入っていたもの、つまり、春彦の父親が使っていたものと知ったので遠慮していたが、高校3年の文化祭の後、春彦は二人っきりになった時に、何となくそのピックを佳奈に持っていてもらおうと思い、佳奈に渡していた。
「え?
 はる、これって大事なものじゃないの?」
「ああ、でも他にも持っているし。
 何となく、佳奈に持っていてもらおうかなって。
 ほら、いつも、物欲しそうにこのピック、見ていたじゃん。」
「物欲しそうにって、なによ、その言い方!
 でも、本当にいいの?」
佳奈は、初めは怒った口調だったが、最期は疑心暗鬼のような声を出した。
「いいよ。
 だいぶ、削れてきたから、そろそろ終わりかなって思っていたんだ。
 だから、返さなくてもいいよ。」
「ほんと?
 演奏で使いたいから、返してってことにならない?」
「ならない。」
「ほんとう?」
「ほんとう。」
「ほんとうのほんとう?」
「ああ、ほんとうのほんとう。」
「ほんとうの…」
春彦は、その時のやり取りを思い出し、つい思い出し笑いをしていた。
そして、立花の家に来てから、春彦はずっと思い悩んでいた自分の中の暴力を渇望している自分が嘘のように霧散したような気がして、心が軽くなった気がした。

週明けの月曜日に春彦は、立花の実家から新しい学校に通い始めた。
ただ、高校3年生の、しかも2学期の終わりに転校してきただけに、当然、周りから奇異な目で見られ、完全に浮き上がった存在だった。
春彦は、そんなことは一切気にすることもなく、友達やあえて周りと打ち解けようと考えず、一人、春繁の通っていた学校を満喫しようと思っていたが、そんな春彦に、ちょっかいを出してくるクラスメイトがいた。
名前は、白戸陽介。
色白で、身長は春彦より小柄で体格はほっそりしており、髪はぼさぼさ髪だが、顔はどことなく女性っぽい可愛い顔をしていた。
また、名前に通り朗らかな性格で、春彦に話しかけてきた。
「なあ、立花って、何か訳ありで転校してきたんだろう?
 何があったの?」
陽介の遠慮ない問いかけに、周りは一瞬、凍り付いたようだった。
皆、聴きたいけど、何か禍が降りかかるといけないと、あえて知らぬ顔を決め込んでいたのだが、陽介はお構いなしだった。
春彦は、馬鹿にしてきたのかと陽介の顔を見たが、悪気のある顔ではなかったので、半分呆れてため息をついた。
「まあ、ちょっとな。」
春彦は到底、何があったか答える気は起きず、適当にあしらっておこうと決めていた。
「そっかぁ、やっぱり、何かあったんやね。
 でも、立花、悪そうじゃないから、何かに巻き込まれたのかな?」
陽介は、どんどんと確信をついて来た。
「別に話さなくてもいいだろ。」
春彦が、つっけんどんな言い方で言うと、周りにさらなる緊張が走ったようだった。
これで、春彦が怒りだし、暴れたりしたらどうするんだろうと。
「まあ、いいや。
 それより、この学校になれた?
 何か困ったことがあれば、遠慮なく言ってな。」
陽介は、人懐っこい笑顔で言った。
「そや、俺の名前、憶えた?
 おれ、白戸陽介。
 陽介でいいよ。
 それと、このでっかいのは黒鋼哲也。
 おれの親友。
 柔道やっているんだぜ。」
陽介に紹介され哲也はしかたなしに春彦に一瞥した。
哲也は、短い髪にごっつい顔と体つきで、いかにも柔道をやっていますという感じだった。
「哲也は、これでも柔道二段で、強いんだぜ。
 なあ、哲也。」
「ああ。」
「ただ、無口なのがたまに傷だけどな。
 立花も、何かいじめにあったり困ったことがあったら、哲也に相談するといいよ。
 なあ、哲也。」
哲也は、だまって頷いて見せた。
それからというもの、機会があるたびに陽介は春彦に話しかけてきた。
春彦にとって、初めはうっとおしい存在としか見えていなかったが、2,3日もすると、陽介のペースにはまったか、だんだんと話すようになっていた。

「そう言えば、白戸って、いつもゴムボール持っているよな?
 左手、どうかしたの?」
陽介は、いつも左手にゴムボールを持って、握ったり緩めたり、握力の鍛錬をしているようだった。
「陽介でいいよ。
 立花も、春彦でいいよな。」
春彦は、まんざらでない顔でうなずいた。
「左手、病気でさ。
 マヒが残っているんだよ。
 だから、ボールを握ってリハビリさ。」
春彦は聞いてはいけないことを聞いた気がした。
「ごめん、変なこと聞いて。」
「いいよ、気にしていないから。
それより、春彦は、大学受験しないの?」
「ああ、あまり乗り気じゃないが、お袋が受けろってうるさいんだよな。」
「え?
 じゃあ、どこを受けるの?
 おれ、鶴橋大学、受験するんだ。」
「ん?
 それって、お袋が受けろって言っていた大学じゃないか。」
「そうなの?
 やった、仲間が増えた。」
「仲間が増えたじゃなくて、倍率が上がった、ライバルが増えたじゃないか?」
「学部は、まさか、商法部?」
「ほら、ライバルじゃん。」
「そんなことないよ。
 二人で受かればいいんだよ。
 知っている奴で、あの学部受けるのいないから心細かったんだよ。」
「でも、おれ、受けるなんて言ってないよ。」
「そんな。
 折角なんだから、受けて、一緒に通おうぜ。」
「おいおい、受ければ受かるってものじゃないだろ。」
「いいじゃん、いいじゃん。」
「変な奴。」
春彦は、思わず笑みをこぼした。
「おっ、春彦、笑顔もいいじゃん。
 お前、結構、スタイルいいし、女子から注目されているんだぜ。」
「馬鹿言うな。」
春彦は、ふと、佳奈はどうしているかと気になった。

一週間程たったある日の昼休みのこと。
「なあ、春彦。」
いつものように陽介が話しかけてきた。
「お前の家って、父さん、いないのか?」
陽介は思ったことを、普通は遠慮するようなこともストレートに言葉に出す性格で、春彦は初めは面食らったが、その裏表のない陽介に心を許していた。
「え?
 どうして?」
「いや、なんとなく。
 この前、母親の話はしていたけど、父親の話はしていなかったから。
 うちは、母ちゃんはだいぶ前に病気で、お父ちゃんは、最近、事故でさ。
 今は、ねえちゃんと二人暮らしなんだ。
 だから、この話した大学に行けって言うのは、うちは姉ちゃんでさ。
 大学を出ないと、いいところに就職できないだろって。
 それで、いいところに就職したら、一杯稼いで、姉ちゃんを楽させろってさ。」
陽介は面白そうに言った。
「そうなんだ。
俺の親父は、小学生の時に病気で死んじゃったんだ。」
春彦は、陽介が両親の死に何の気負いなく話すのを見て、抵抗もなく父親の死を始めて口に出した。
「そっか。
 でも、かあちゃんと離れて、じいちゃん、ばあちゃんのところに下宿しているんだろ?」
「ああ、お袋は仕事の関係で、今の家を離れるわけにいかないから、俺だけこっちに下宿しているんだよ。」
「そうなんだ。
 じゃあ、寂しいだろう?」
「え?
 そんなことないよ。」
「ちゃうちゃう、お前じゃないって。
 お前の母ちゃんのことだよ。」
春彦は、そのセリフに軽いショックを受けた。
(おふくろ、寂しがってるかな…。)
「正月は、帰ってやるんだろ?」
「え?
 何も考えていなかった。」
「何言ってんだよ。
 折角、母ちゃんがいるんだから、ちゃんと帰ってやらないと、な?」
「ああ、そうだな。」
春彦は、なぜか、陽介の言うことは素直に耳に入っていた。

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