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梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
「春彦、ちょっと話があるの。」
「なに?」
病院のベッドの上で、相変らずだるそうなしぐさをしている春彦に舞は話しかけた。
「今の学校を、本当に辞めたいの?」
「……」
春彦は、面倒くさそうに頷いた。
「佳奈ちゃんたちやお友達、ほら軽音部や福山君はどうするの?」
「もう、いい……。」
「あんた、本当にそう思っているの?」
「……」
春彦は、また、面倒くさげに頷いた。
(ふう…。)
舞は、春彦の心は変わらないと、ひとつため息をついた。
「わかったわ。
 退学届けを出してあげる。
 但し、転校してもらうわ。」
「え?」
「あの人の出た学校、3年生の2学期の終わりだけど受け入れてくれるって。
 だから、高校だけは出て頂戴。」
「父さんの通っていた高校?」
「そう、せめて高校は出てくれないと、あの世に行った時、あの人に合わせる顔がないから。」
舞は、いつになく真剣な目で春彦を見つめた。
「父さんの学校……。」
わずかに、春彦の瞳に光が差したように思えた。
「わかった、いいよ。」
春彦の返事を聞いて、舞は一瞬顔を緩めそうになったが、慌てて引き締め、更に続けた。
「それと、この大学に願書を出すから、受験しなさい。
 進学するしないは、あなたの自由でいいわ。
 ともかく、受けるだけ受けなさい。」
「……。」
春彦は、頷くでもなく、ただ、黙っていた。
「まあ、いいわ。
 気が向いたらね。」
春彦の転校は、医師と相談してのことだった。
春彦の父親に対する強い思いを、父の背中が見えるような、春繁が通っていた学校、住んでいた家で生活することで、心の傷が癒えるのではということだった。
その一言があってから、春彦の眼には光が戻って来て、間もなく、家に戻ることができた。

「さあ、じゃあ、荷物をまとめなくっちゃ。」
舞は、努めて明るく言った。
「?」
春彦は、舞の言った意味が分からなかった。
「あの人の出た高校は、立花の実家の近くなの。
 ここからじゃ、毎日、通うのが無理だから、卒業するまで、立花の実家に居候させてもらうように、お義母さんに頼んであるから。」
「そうなんだ。
 で、母さんは?」
「私は、この家でお仕事よ。
 寂しくなったら、いつでも、戻っておいで。」
「……。」
春彦は微かに頷いた。
舞にとって、春彦がどんな反応を見せるか気が気ではなかったが、今の春彦の仕草で十分だった。
「さあ、部屋のもどって、準備しなさい。
 荷物は段ボールに入れて。
 そうしたら、宅急便で送るから、ともかく、すぐに必要なものは手で持っていく、そうでないものは、段ボールに詰め込む。
 わかったわね?」
「……。」
春彦は頷いて、部屋に戻り、荷造りを始めた。
それは、事件後2週間ほど経った頃の話だった。

数日後、転校先の手続きの関係もあり、春彦は立花の実家に向かうために家を出た。
「じゃあ、母さん、行ってくる。」
「ああ、気を付けてね。
 大きな荷物は、今日中に宅急便に頼んでおくから。」
「うん。」
春彦は、当座の荷物が詰まっているバッグを肩にかけ、舞に手を振った。
舞も、手を振り返し、春彦が見えなくなるまで、後ろ姿を見送っていた。
春彦が駅に向かう途中、一人の見知らぬ少女が春彦を見つめているのに気が付いた。
その少女は、長い黒髪で、うつむきがちだったので、春彦からは顔が良く見えなかった。
「?」
春彦が、その少女の方を見つめると、その少女は、深々とお辞儀をし、その場を走るように離れていった。

舞は、春彦を見送った後、初めて一人になり、心の中にぽっかりと大きな穴が開いたようだった。
舞にとっては、春繁がいなくなり、悠美がいなくなっても、いつも、春彦が傍にいた。
だから、春彦を夢中になって育てることで、寂しさを紛らわせていたというのも過言ではなかった。
舞は、テーブルの椅子にもたれ掛かり、気の抜けたように動かなかった。
どの位経ったか、玄関のチャイムの音で舞は我に返った。
時計を見ると、4時を指していて、数時間、椅子に座ってぼんやりしていたことに気が付いた。
「やあね、府抜けて…。」
そう独り言を言いながら、舞は玄関に立った。
「舞さん、はるはいますか?」
訪問者は佳奈と木乃美で、二人とも息せき切らして尋ねて来た。
「あら、佳奈ちゃん。
 それに、木乃美ちゃんに……。」
舞が玄関を開けると、佳奈の他に木乃美、京子が立っていた。
正式に春彦の転校の説明をその日学校で聞いて、驚いて駆け付けたのだった。
当初、佳奈、京子、慶子の3人だったが、途中で木乃美にばったり出会い、木乃美に状況を話すと、木乃美も一緒に行きたいと言った。
慶子は、木乃美が行くのなら、あまり大勢で押しかけてもと、途中で引き返した。
慶子は、春彦に会いたかったが、寂しそうな春彦の顔を見たくないというのが本音だった。

「田口です。
 佳奈と木乃美の友人で、立花君とも仲良くさせていただいています。」
京子は、簡単に自己紹介をした。
「舞さん、はるは?
 はるが、転校したって本当ですか」
佳奈が思い詰めたような顔をして舞に言い寄った。
「佳奈。」
昂奮する佳奈を抑えようと小さく佳奈の名を呼んで、木乃美は佳奈の手を引いた。
「ここじゃ話もしにくいでしょ。
 さ、みんな上がって頂戴ね。
 何もないけど、お茶位ならあるから。」
寂しそうな笑顔を見せる舞を見て、佳奈は大人しくなった。
「さっ、どうぞ。」
「はい、じゃあ、お邪魔します。」
3人は気まずそうな声を出して、誘われるまま、玄関から中に入った。
佳奈、京子とリビングに通され、木乃美がしんがりで入ってくると、舞は、木乃美を招き寄せ、そのまま、木乃美を抱きしめた。
「え?」
「木乃美ちゃん、酷いことにならなくてよかったわ。
 怖かったでしょ。
 うちのぼんくらがもっと早く駆け付けられたらよかったのに。
 でも、怪我がなくて、本当に良かった。」
「おばさん…。」
木乃美は、舞の抱擁に目頭が熱くなるのを感じた。
(そう、舞さんも昔から私のこと、可愛がってくれていたんだ…)
「舞さん……。」
佳奈が、どうしたらいいかわからずに声をかけた。
舞は、そっと好みから離れ、佳奈の方を振り向いた。
「あら、ごめんなさい。
 佳奈ちゃんも木乃美ちゃんも、こんな小さい時から知っているから、つい、自分の子供みたいに思っちゃうの。
 ほら、うちは春彦一人でしょ。
 男の子と違って、女の子って花があるじゃない。
 だから、二人が来ると尚更、そう思っちゃうのよ。
 それに今日は三人でしょ。」
「舞さん。」
明るく振る舞う舞に佳奈たちは複雑な心境になった。
「さ、お茶でも飲みながら、説明しましょうね。
 三人とも、春彦の転校のことが聞きたかったんでしょ?」
「え?
 はるは、やっぱり転校なんですか?」
「春彦、何も悪いことしていませんよ。」
「まあまあ、ちょっと待って。
 二人とも紅茶でいい?
 田口さんも、紅茶でいい?」
舞は、息せき切ったように話し始めようとした佳奈と木乃美の出鼻をくじくように遮った。
「はい。」
3人は、口々に返事をした。
紅茶をテーブルに並べ、皆、一口飲んだあたりで、舞はわかりやすく3人に話をした。
「実はね、いろいろあって春彦、心が折れちゃったの。」
「え?
 やっぱり、私のせいですか…。」
木乃美が泣きそうな顔をした。
「ううん。
 木乃美ちゃんを守ったことについては、春彦は一切後悔していないわよ。
 それどころか、もっと早く助けに行けば、嫌な目に合わなかったろうにって。」
「じゃあ、なぜ?」
今度は、佳奈が問いかけた。
「うーん、本当のところは、誰にも分らないの。
 ただ、春彦の心の中の何かが、ちょっとしたきっかけで壊れちゃったのよ。」
「それって、もしかして、私が、はるのお父さんのこと知っていて黙っていたことですか?」
佳奈は、春彦の部屋の方を意識してか、小声になっていた。
「え?
 ああ、あの話ね。
 佳奈ちゃんが、うちの人のことを庇ってくれたって。
 大丈夫よ。」
そう言いながら、舞は原因の一つであったことを何食わぬ顔で否定した。
「なら…。」
なおも食い下がろうとする佳奈を、舞は優しい声で遮った。
「たぶんね、みんな成長していくうちに心も、徐々に大人になっていくでしょ。
 春彦は、それが、心の成長が、人より遅かったのかな。
 だから、今回の件で、いろいろ考えちゃったんでしょ。
 そうしたら、心がその現実を受け入れられるほど育っていなかったから、パンクしたんじゃないかって、お医者さんが言ってたわ。
 私もそう思う。」
「…。」
「それでね、うちの人の実家で、うちの人の通っていた学校に転校し、うちの人の止まった時間の後を受けて、ちゃんと現実を理解できるように、心を休めながら育てたほうがいいかなって思ったの。」
「じゃあ、はるは、もう、この家にいないんですか?」
佳奈は泣き出しそうな顔で尋ねた。
佳奈は、リビングに通されてから、春彦の居る気配が感じられなかった。
他の二人も、泣きそうな顔になっていた。
「ごめんね。
 皆に挨拶もしないで。
 そうなのよ、今日、お昼前に立花の実家の方に行っちゃったの。」
「どうして……。」
「さっき話したように、春彦には、一人で誰も春彦のことを知らないまっさらなところで心を休める時間が必要になったの。」
そういって、舞は、一呼吸おいてまた話し始めた。
「私、気が付かなかったんだけど、いろいろなことがあって少しずつ、春彦は心を病んで行ったみたい。
 そう、本人も気が付かないうちに、ぼろぼろになって、そして今回のことで超えちゃったんでしょ。
でも、木乃美ちゃんのせいじゃないわよ。
さっきも言ったけど、春彦、後悔するとしたら、もっと早くに駆け付けられなかったことだって。」
そして、三人は、あることを思いだし、顔を見つめ合った。
『春彦の幽体離脱』
中学の時、一時期噂になったことで、よく春彦が窓の外をぼーっと見つめていたことから広まった噂だった。
それと、佳奈は何度も感じた、春彦から得体のしれない何か、そう、俊介を怪我させたときの春彦の変りよう。
全てが、舞の話で繋がってきたように感じた。
一人で、じっと何かに耐えてきた春彦。
大好きだった春繁、大好きだった悠美を失い、悲しい心をじっと自分の胸にしまい込んでいた春彦。
佳奈と木乃美は、そんな春彦のことをわかってあげられなかったという自責の念にかられた。
「春彦、帰ってきますよね。」
佳奈は、小さな声で言った。
「当たり前よ、佳奈ちゃん。
 春彦の帰って来るところは、ここしかない。
 佳奈ちゃんたちのところしかないじゃない。
 帰ってこなかったら、用事を頼めなくて、私が困る。
 私が……。」
舞は、笑いながらうつむいて言った。
その目から涙が一粒流れ落ちたのを佳奈は、見落としはしなかった。
「舞さん……。」
「さ、そんなとこ。
 そのうち、元気になって帰って来るわよ。
 そうしたら、みんなで宴会しましょうね。」
舞が無理に元気な振りをしているのが、3人には見え見えだった。
「舞さん、また、遊びに来ていいですか?」
「え?」
「春彦が居なくても、遊びに来てもいいですか?」
木乃美は、必死に笑顔を作っていった。
「私も来ていいよね?
 舞さん。」
「わたしも!」
佳奈と京子も木乃美に続いて言った。
「あなたたち…。」
少し間を置いてから、舞はにっこりと微笑んだ。
「いいわよ、美味しいお菓子を用意しておくね。」

三人は、春彦の家を出て、別々の帰路についた。
「さて、どうしようかな。」
木乃美は一人になってから、歩きながら独り言を言った。

佳奈は、家に帰ると茂子に春彦のことを話していた。
ただ、茂子は、舞から詳細に話しを聞いていたので、佳奈の言うことを頷きながら聞くだけだった。
その夜、佳奈はベッドの中で、声を押し殺して泣いていた。
それは、春彦たちが小学生の時に引っ越していった時と同じだった。
「はる……、寂しいよ~。」
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DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
事件から5日目の土曜日に、再び、臨時PTA総会が体育館で開かれた。
満子としては、徹底的に春彦を悪者にして、怪我をした加害者たちを正当化するのと、校長の責任を糾弾し、正義のヒロインを演じようとしていた。
そのため、ワザとマスコミに情報を流したので、学校の前にはマスコミ関係者が集まっていた。
佳奈たち学生たちも、後ろの方で立ち聞きしていた。
総会では、春彦の取り調べの状況について、まだ春彦の自供が取れていないと警察を非難し始めた。
佳奈は、真っ赤な顔をして歯を食いしばっていた。
隣の京子と慶子が佳奈の手を握り締めていなければ、きっと大声で騒ぎ始めたところだった。
「佳奈、全部噓だから、私達もそう思っているから我慢して。」
「絶対に、立花君の無実が証明されるから。」
「朝比奈先生も、そう言っていたじゃない。」
実は、朝日奈から佳奈たちに総会を後ろの方で静かに聞くように、決して大声や騒ぎを起こさないようにと念を押されていた。
「だけど……。」
満子の話は、当然、全てが作り話で、徹底的に春彦を悪人に仕立て上げ、それを野放しにしたと校長の責任に話を向けた。
「ちょっと、待ってください。
 先程、立花の退学が正式に決まりました。」
校長は額の汗を拭きながら説明すると、講堂内の父兄からざわざわと話し声がはじまった。
「え?
 退学?」
佳奈は、驚き、怒りを忘れていた。
「退学?
 ふざけんな!!」
後ろで、我慢していた俊介や、詩音たちが、我慢できずに騒ぎ始めた。
「何だね、君たち、静かにしなさい。」
「なんだあ、こらー!
 静かにしろだと、静かにすんのはてめーらのほうだろー!」
今度は、俊介が大声で怒鳴った。
「今、大声で騒いだ学生は、この場から出て行きなさい!」
「何でよ。
 何も悪いことしていない立花を、なんで退学にさせるの!」
「いい加減にしなさい。
 これ以上騒ぐと、生徒は、ここから全員出て行ってもらいます。」
「……。」
退出されられると、話が全部聞けなくなるので、皆、渋々、静かになった。

満子は、そのやりとりを見ながら、さらに、煽るように得意万遍な顔で話し始めた。
「退学なんて、当たり前です。
 むしろ、遅いくらいですよ。」
そして、饒舌に拍車がかかり、詩音たちが詰め寄ろうとした矢先、満子の関係者と思われる人間が、壇上に上がり、怪訝そうな顔の満子に近寄り、なにやら深刻そうな顔で耳打ちをした。
満子は、その話を聞くや否や、捻じ曲がるような顔をして、慌てて壇上を降り、その耳打ちした人物とともに講堂を後にした。

残された父兄や教師は、何事かとざわつき始めた。
詩音たちも、何が起こったのかわからず、拍子抜けに立ちすくんでいた。
「皆さん、お静かに。」
いつしか壇上に朝比奈が上がり、マイクに向かって話し始めていた。
「たった今、そこにいる刑事さんから、この件について話がありました。
 校長先生、急なことで済みません。
 少し、マイクをお借りします。」
朝日奈が目線で刑事の小山の方を指示した。
皆が、小山の方に注目したが、すぐに朝比奈が話し始め、皆、改めて壇上にいる朝比奈に注目した。
校長や教頭も、何事かと、ただただ、黙って話を聞き始めた。
話の内容は、春彦への被害届が取り消されたこと。
そして、その理由は、恐ろしいものだった。
前日、自分が襲われた時のビデオテープを木乃美が小山に持ち込んだことから事態は急変していた。
当初、木乃美が襲われた時のビデオテープは見つからなかったのだが、実は、ビデオ係の学生がビデオ本体を春彦に投げつけ、壊れた拍子に中からテープが飛び出し、偶然、木乃美のスカートのポケットに入り込み、気が付かなかった木乃美の母親がそのまま、クリーニングに出していた。
そして、前日にスカートと一緒にテープがクリーニング店から戻ってきたのだった。
木乃美は、そのテープが自分を襲った時のテープであることを確信し、小山のところに持ち込み、警察で、中を再生すると、木乃美や佳奈の言った通りのことが画像と音声で確認できた。
しかも、撮影者は几帳面な学生で、ビデオの背表紙に大きく番号が書かれていた。
これで、余罪があるものと、警察は一気に撮影者の学生の自宅を家宅捜索に踏み切った。
その頃、学校では俊介が春彦の件で怒りが抑えられず、つい、撮影者の学生のロッカーを思いっきり叩き、その拍子でロッカーが半開きとなり、中から背表紙に丸数字の書かれたビデオテープが3本、零れ落ちた。ロッカーの壊れる音を聞いて通りがかった教師の熊野が俊介を叱っていたが、落ちているビデオテープを見つけ、職員室に持ち帰り再生したところ、1本ごとに、問題の男子学生5人が今年に入り転校していった5人のうち3人の女子学生を暴行しているところが録画されていた。
そこには、木乃美の時と同じように、怯える女子学生を用具室に連れ込み、泣き叫ぶ口をふさいで、男子学生5人が次々と女子学生を弄びながら、残忍な笑顔を向けている姿がハッキリと録画されていて、怒りを覚えるものばかりだった。
そして、最も驚かされたのは、暴行を記録したビデオを見ながら、万遍の笑みを受かべている華子の姿が隠し撮りされていた。
撮影した学生は、裏切られた時の保険として、こっそり取っていたものだった。
ビデオの中の華子は、泣きさけぶ同級生のビデオを見ながら高笑いしていた。
「あははは、ざまあないわね。
 ちょっと頭が良くて、可愛くたって、所詮はこんなもんよ。」
「でもさ、華子さん、こんなことしてやばくない?」
「何言ってんのよ、あんたたちだって、楽しんでるでしょ?」
「だけどさ、ばれたらどうすんだよ。」
「大丈夫よ。
 ビデオ撮ってるって脅せば、何にも言ってこないわよ。
 現にみんな、学校止めてだまってるじゃない。
 何かあっても、うちのジジイとババアに言えば大丈夫よ。
 いろんなコネがあるし、お金もあるし、ね。
 ほら、市議会のxxとか、警察署のxxも、うちのジジィのいいなりだもんね。
 あはははは。」
慌てた熊野は、朝日奈に相談し、朝日奈もテープの中身を確認し、急いで刑事の小山に連絡しテープを渡した。
小山達、刑事はそれを確認し、入院中の5人の中で話の出来る生徒にテープの一部を写真で見せ、尋問したところ、男子学生5人で相次いで女子生徒たちを暴行したことを認めた。
また、その5人に指示を出していたのも、ビデオに写っている通り、満子の娘の麗子だと供述したため、麗子を任意同行したところ、麗子があっさりと認めたというものだった。
麗子も、まさか自分のことがビデオに撮られているとは思ってもいなかったので、警察でビデオを見せられた時、力なく頷くだけだった。
榎元夫妻が弁護士を引き連れて警察に駆け付けた時は、すでに、麗子が自白した後で、春彦への被害届から、麗子を含めた6人に対して連続婦女暴行事件の加害者と捜査方針が変わっていた。
後日、警察から関係者に説明された話では、首謀者の麗子は受験勉強でイライラし、5人をそそのかして、自分より容姿端麗で頭の良い女子学生を暴行させ、その泣き叫ぶ姿をビデオで見て、発散させていたそうだった。
加害者の5人も親がPTA会長で大きな顔をして命令してくる麗子に、初めは難色を示していたが、進学に便宜を図る様に親に行っておくとか、この話を聞いたからには断ったら退学にしするとか、飴と鞭で逆らえずに手を貸したのだが、すぐに楽しくなり率先して引き受けるようになった。
そして、ビデオでその場面を撮影し、それで脅すことで被害者たちは泣き寝入りし、学校をやめていたので尚更、増長していったとのことだった。
その襲われた女学生の中の一人が、気丈にも被害届を提出したが、他の女学生は一日の早く事件を忘れたいということで、被害届は出さなかった。
しかし、事件が事件なので被害届なしでも立件に向け検察が動いていた。

木乃美が襲われ、春彦の無実が立証され、犯人たちが検挙されるまで、わずか1週間だったが、佳奈たちには激動の1週間だった。
なぜ木乃美を襲ったかは、別のクラスの会沢という女学生と間違えたということだった。
実行犯の学生は皆全治2~3か月の重傷で、それよりも、心に大きなダメージを受け、意識がハッキリしてからも、反省以上に常に何かに怯えて、まともな精神状態に戻らないのではと医師から告げられていた。
榎元夫妻は、満子が呼んだマスコミは、事件の被害者加害者が未成年であることから、取材を控えたが、一方、金三の贈賄、脱税、受け取った権力者の収賄などが明るみに出て、そちらの方を、徹底的に電波に乗せた。
そのため、金三の事業も傾き、立ち上がれないくらいのダメージを被っていた。

「はるの無実が証明されたから、はるの退学は取り消しですよね。」
佳奈は、嬉しそうに朝比奈に話しかけた。
「そうね…。」
朝日奈は、こまった顔をして、口籠った。
「先生?」
「うん、実はね、ここに来る前に、立花さんのお宅に刑事さんと寄ったの。
そうしたら、立花君のお母さんが、痣だらけで出てこられたの。」
「え?」
佳奈は、何のことかわからなかった。
「昨晩ね、立花君、発作を起こして家で暴れたんだって…。」
朝日奈は、舞から聞いた話を茂子、佳奈、木乃美に手短に話した。
話の内容は、こうだった。
春彦は、事件当日から実は一睡もできておらず、そんな極限状態からか、ついに昨晩、急に声にならない声を発し、自虐行為に及んだそうで、舞は、何をするかわからない春彦を、ともかく、身体を張って、春彦と揉み合い、押さえつけたそうだった。
普通なら、学生と言えども舞よりも背丈が大きく、舞の力では押さえつけることなど出来るはずがないのだが、それ以上に、春彦は憔悴していて、何とか押さえつけることが「できた」そうだった。
それから、救急車でかかりつけの病院に搬送し、今なお、意識不明の状態とのことだった。
「はる…。」
佳奈は、手で口を押えながら、涙をこぼしていた。
「そんな、なんではるが、そんなに苦しんでいたなんて。」
「…。」
木乃美もうつむいて唇を嚙みしめていた。
「それで、何でも、最近ずっと学校を辞めるっていってたそうよ。
 だから、ひょっとしたら、学校を辞めてしまうかも…。」
朝日奈の横で話を聞いていた小山は何にも言わなかった。
「そんな…。」
佳奈と木乃美は、絶句していた。

春彦は、その日のうちに病院のベッドの上で目を覚ましたが、あからさまに精神状態が不安定で、それからは舞以外は面会できない状態が続き、佳奈や木乃美も会うことが出来なかった。
そして1週間がたったころ、佳奈と木乃美は朝比奈に呼ばれた。
「立花君、学校を辞めるそうよ……。」
「え?
 なんで、どうして?」
佳奈は、驚いて朝比奈に食って掛かった。
「私も、辞める必要はないっていったの。
 でも、……。」
朝日奈は、佳奈の顔を見て続けた。
「立花君の心が、どうも、壊れてしまったみたいなの。
 立花君のお母さんが、お医者さんとも相談し、一旦、立花君を違う場所で心の傷を治させたいっていったの。」
「でも、辞めることないじゃないですか。
 治ったら、また、学校に出てくれば。」
木乃美がそう言うと、朝日奈は首を左右に振った。
「お医者さんの話では、良くなったとしても、いろいろなことがあった学校に登校し、また、何が引き金になるかわからないそうよ。」
「え?」
「それに、事件の結末を立花君に説明しても、学校を辞めたいって。」
朝日奈はどこまで佳奈と木乃美に話していいのか考え、ここで話を切った。
「そ、そんな……。」
(みんなで、悪者扱いにするから。
 私が、はるの秘密にしていたことを知っていたから……)
いろいろな思いがこみ上げてきて、佳奈の眼から涙があふれ出てきた。
「佳奈、しっかりして。
まだ、本人と話していないじゃない。」
木乃美の一言に、佳奈は顔を上げ頷いた。
「そうよね。
 私、はるにあって、ともかく謝って、学校を辞めないでって頼んでくる。」
「そうよ、私も行くわ。」
そう言って、佳奈たちは立ち上がっろうとしたが、次の朝比奈の一言で、また、座り込んだ。
「立花君、面会謝絶よ…。」
DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
小山が佳奈と木乃美から話を聞きいたあとも、事態はどんどんと悪い方向に進んでいった。
そのひとつとして、春彦の大学推薦も白紙になっていた。
それもPTAの榎元が手を回し、知り合いの大学関係者に事件のことを密告し、全て春彦が悪く、推薦を取り消すように強く申し入れたためだった。
もうひとつは、臨時PTA総会が開催され、やはり榎元が徹底的に春彦を悪者として、学校側に退学処分とするように詰め寄っていた。
当然、舞や、佳奈と木乃美の両親も出席し、反論したが、すでに春彦が暴力を好むとんでもない不良で今までに数限りなく暴力事件を犯しているといったデマが大手振って出回っていたのと、満子が被害者気取りで、涙まで流す演出の入ったうまい演説で多勢に無勢となっていた。
そして、事件の話は、徐々に学校の外に漏れ始めていた。

満子の娘の麗子は、相変らず学校のあちらこちらで、噂話を面白そうに話していた。
「お母さんが言ってたけど、立花ってお父さん、いないんだって。
なんだか、事業に失敗して、事件を起こして自殺したんだって。
親が親だから、あんな子供になったんだって。」
偶然、その場に通りがかった佳奈は、烈火のごとく、華子に食って掛かった。
「なんですって!!
 はるのこと、何も知らないで。
 はるのお父さんのことも、何も知らないで。
 はるのお父さん、優しくてすごくいい人だったのよ。
 それに、はるが小学生の時に、病気で亡くなったのよ。
 どうして、そんなひどいことが言えるの?
 それに、はるは、お父さんがいなくても、他の人よりずっと、ずっとしっかりしてるわよ。」
佳奈は、春彦の父親の優しい笑顔を憶えていた。
春彦の家に遊びに行くと、いつも元気で笑顔で佳奈を迎えてくれたこと。
面白い話を聞けせてくれて、春繁を真ん中に舞と春彦と笑いが絶えなかったことを。
涙を流しながらいまにも麗子に掴みかかろうとする佳奈を京子と慶子が必死になって抑えていた。
「佳奈、だめ。
 おちついて。」
そう言いながら、慶子は華子を睨みつけていた。
「ちょっと、華子。
 何の根拠があって、そんなこと言うの?
 あんた、立花のお父さんのこと知らないんでしょ!」
京子が、佳奈に変わって華子に怒鳴りつけた。
「そんなの、知らないわよ。
 私は、ママに聞いただけなんだから。」
華子は、精一杯強がって言ったが、3人の剣幕に恐れをなしたように、取り巻きを連れて、その場を逃げるように立ち去った。

「でも、私、立花君のお父さんが亡くなっていたなんて知らなかったわ。」
慶子は華子たちがいなくなってからぼそっと言った。
その一言に、佳奈はキッとした目つきで慶子を睨みつけた。
「慶子まで、そんなこと言うの!
 お父さんがいなくたって」
慌てて慶子は、佳奈の言葉を遮った。
「違うわよ。
 変な意味じゃなくて、ただ、中学から今まで知らなかったなって。
 確か、海外に仕事の関係でいるって言ってたんじゃなかったけ。
 佳奈は、立花君から聞いていたの?」
「う……。」
佳奈は、言葉に詰まってしまった。
「まあ、いいじゃない。
 本人、言いたくなかったんでしょうから。」
京子が助け船を出すように割って入った。
佳奈は、本人から聞いたわけではなく、母の茂子から聞いて知っていた。
それに、春彦の気持ちを誰よりも良く理解していた。
あんなに仲の良かったのに、春繁が亡くなって、どれだけ春彦が悲しかったのか。
きっと、自分の口から春繁が亡くなっていることを言いたくなかったんだろうと。
その父子の関係が、土足で踏みにじられていく気がして、佳奈はやり切れなかった。


「まあ、佳奈ちゃんが、そんなことを…。」
その晩、舞は茂子からの電話で昼間の佳奈と華子のやり取りについて聞いていた。
電話が終わったのを見計らうように、春彦が居間に水を飲みに入ってきた。
「あ、春彦?
 今ね、茂子から電話あったの。」
そういって、佳奈が春彦の父親の春繁の名誉を守るため、噂を流している人間と戦ってくれたと説明をした。

「そっか、佳奈は知っていたんだ。
 俺の親父が海外じゃなくて、もう死んでいるって。」
春彦はぼそっと小声で、そう言うと部屋に戻っていった。
「え?
あんた、まさか、佳奈ちゃんにも言ってなかったの?」
舞は、あ然とした。
春彦は、春繫が亡くなってから、周りに気を遣わせないようにと、父親のことを聞かれると、『春繁は会社の関係で一人海外にいる』と答えていた。
舞は、そのことを耳にし、本当のことを言った方が良いのではと思ったが、大好きだった父親を亡くした春彦の精神的なショックと、特に自分から率先して言うのではなく、友達に聞かれたら、仕方なく答えるくらいで、当然、教師たちは本当のことを知っていたので、そのままにしていた。
それが、今になって、パンドラの箱を開けてしまったようで、驚きよりも恐怖心を感じていた。

佳奈の家では、電話の終わった茂子がテーブルでお茶を飲んでいた。
「お母さん、電話だったの?」
そこに、佳奈が何気なく入ってきた。
「うん、今ね、舞と話していたのよ。」
「え?」
佳奈は、一瞬、胸騒ぎを感じた。
「今日、佳奈が一生懸命、春繁さんのことを庇ったって舞に言ったら、舞、喜んでいたのよ…。」
茂子が、なおも電話の話をしていたが、佳奈は、凍り付いていた。
(私が、はるのお父さんのことを知っていたことを、はるに知られた。
 お父さんが亡くなっていることを知っていたことを、はるに知られた。
 どうしよう…。)
佳奈は、頭の中が真っ白になった。
(いつも、はるに話を合わせ、お父さん、早く帰って来るといいね、なんて言ってたのに)
そして、事態が最悪の方向に向かっている気がしていた。

「春彦?」
その夜、舞は、春彦の部屋のドアを叩いた。
「起きてる?
 入っていい?」
「ああ」
春彦の返事がかすかに聞こえ、舞はドアを開けた。
その途端、冷たい風が舞を肌を刺した。
秋深い季節だが、夜はめっきりと冷えてきていた。
見ると、春彦の部屋も窓が全開になっていた。
春彦は、机の椅子に気だるそうに寄りかかり、覇気のない顔で座っていた。
「ちょっと、風邪ひいちゃうわよ。
 窓、閉めるね。」
そう言って、舞は春彦に背中を向け窓を閉めていた。
その後ろから、いきなり、春彦が言葉を投げかけた。
「ねえ、母さん。
 学校、辞めていいかな。」
「え?
 あんた、何言ってるの?」
舞は、キッとした顔を向けた。
「あんたは悪いことしていないじゃない。
 それが学校をやめるってことは、負けたってこと?」
「そんなこと、どうでもいいよ。
なんか、かったるくなっちゃってさ。
 どっか違う、誰もいないところに行きたくなっちゃった。」
酷くだるそうに言う春彦の顔は蝋人形のようだった。
舞は、春繁の話をしようと来たのだが、春彦の顔を見て辞めることにした。
「あんた、いろいろあって、疲れてるのよ。
早く寝て、すっきりした頭で、考え直しなさい。」
「そっかなぁ。
 じゃあ、そうするよ…。」
春彦は、椅子から降り、振らり振らりしながらベットに突っ伏した。
「ちょっと、ちゃんと布団に入って。」
舞はそう言いながら、春彦に布団をかけたやった。
「何か話したいことがあったら、私を起こしなさいね。
 お母さんは、あんたの味方だからね。」
春彦から返事がなかった。
(寝ちゃったのかな)
そう思い、舞は、部屋の電気を消し、そーっと部屋を出て行った。
春彦は、瞬きせずに、じっと壁を見つめていた。


それから、春彦は日増しに無気力でだるそうにしていて、舞をやきもきさせていた。
「舞さん、はるに会えますか?」
あれから、何度か、佳奈は春彦に会いに来たが、春彦に頑なに拒否されていた。
「ごめんね、佳奈ちゃん。
 春彦、ちょっとおかしいのよ。
 それに、誰とも会いたくないんだって。
 ごめんね。」
佳奈も、春彦の心中を察してしたので、無理に会おうとはしなかった。
「わかりました。
 また来ます。」
「ごめんね。」
ううんと佳奈は、かぶりを振った。
「はる、また来るからね!」
佳奈は、春彦の部屋に向かって聞こえるような声で言った。
(顔を見て話せれば、怒っていたら謝ることが出来るのに…。
 会えないと何もできない…。)
佳奈は、肩を落として春彦の家を後にした。

佳奈が帰った後、春彦は部屋から無言で出てきた。
「ねえ、佳奈ちゃん、すごく心配していたよ。
 何か、やつれたみたいだったわ。」
佳奈は春彦に知られてから、思い悩み、食欲もなく、ろくに睡眠もとれておらず、やつれていた。
しかし、春彦もほとんど寝ていないのを舞は知らなかった。
そして、頬がげっそりとして、顔色も土器色になっていた。
春彦は、無表情で、力のない声を出した。
「母さん、もう、いいだろ。
 学校辞める話。」
「また、それかい。
 せめて、高校くらい出ておかないと、どうするの?」
「世の中、中卒で働いて立派になっている奴いるよ。」
「でもさ、なんで学校辞めたいの?
 やっぱり、ここで辞めたら負けじゃない?」
「勝ち負けの問題じゃなくて、だるいし、誰の顔も見たくないんだよ。」
吐き捨てるように言って、春彦はゆっくり立ち上がり部屋に戻っていった。
「……。」
ここのところ、こういうやり取りがずっと続いていて、舞も困り果てていた。
「あの人がいたら、何ていうだろう……。」
舞は、ため息をついてうつむいた。
「仕方ないか……。」
そう言うと、舞はあちらこちらに電話をし始めた。
DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
その頃、事件のあった翌日、学校では、PTAの会長の榎元満子が学校に乗り込んできていた。
満子の亭主の金三は、この付近では知られた娯楽施設を運営している会社の社長で、金回りも良く、裕福な家庭だった。
満子は、その資産に物を言わせ、学校に通っている一人娘のために、学校のPTA、更には一部の教師までも懐柔していた、俗に言う『サル山のボス』的存在だった
「ちょっと、校長先生、あの立花って生徒の処分は、どうするんですか?
 まさか、このままじゃないですよね。
 警察にも事情聴取されているっていうじゃないですか。
 少年院送りも確定みたいですよ。
 前代未聞の不祥事じゃないですか。
責任問題ですよ。」
木乃美を襲った5人の親は、俗に言う満子の取り巻きで、今回の件で被害届を出させたのも満子の差し金だった。
事件は、その日のうちに満子に取り入っていた教師から情報が入っていた。
当初は、木乃美を襲ったということで5人の親は、どう対処していいか考えあぐねていた。
しかし、満子は自分の取り巻きが婦女暴行未遂で病院に入院していると周りに知れると、自分の権威に傷がつくので、証拠もないんだし、単なる悪ふざけをしようとしたところ、春彦から無抵抗で暴行を受け、大怪我して入院したということで通すように言われ、かつ、被害届を出すように命令され、皆、言われた通りにしていた。
「まあまあ、榎元会長。
警察の方から、話があってから処分を考えるということでもいいんじゃないですか。」
校長は、大ごとにしたくないので、及び腰だった。
「何言っているんですか。
 善良な生徒が5人も大怪我させられたんですよ。
 これから大学受験も控えていて、下手したら人生を棒に振るかもしれないんですよ。
 さっさと、臨時集会を開いて、処分の発表と相手の両親の謝罪、
あっ、あの子の家庭は片親でしたっけ。」
満子は、どこで調べたのか春彦の父親が亡くなっているのを知っていた。
「まあ、そんなのどうでもいいわ。
学校として今後こういうことのないようにと、対応の説明をしてくださいな。
 早く動いてくれないと、今後に響きますよ。」
校長も榎元金三から多額の寄付金を受取っていたのと、陰でいろいろと便宜を図った貰っていることがあり、無下には出来ない立場だった。
「そうですが、しかし……。」
「ああ、どんくさいわね。
 うちの人に言って、緊急のPTA総会を招集しますから、準備しておいてくださいな。」
「……。」
満子はそう言うと、さっさと校長室から出て行った。
その日のうちに、学校から舞のところに事件が片付くまで春彦に出席停止を告げる電話があった。

その頃、生徒たちの方では、満子の娘で高校3年生の華子が、春彦が何もしていない5人に暴力を振るい、病院送りし、警察の取り調べを受けていることを誇張しながら、言いふらしていた。
その話は、尾ひれがつき、高校1年の時の『五商』との一件も実は春彦が糸を引いていたとか、怪我をした5人からお金をせびろうとして断られたので、その腹いせに暴力を振るったとか、あげくの果ては、実は春彦が木乃美を強姦しようとして、それを5人に止められ腹いせに暴力を振るったとか、さまざまな憶測が、あちらこちらで話されていた。

「いったい何のこと?」
その話は、当然、佳奈の耳にも入り、佳奈はそれで始めて春彦がたいへんな窮地に追い込まれていることを知った。
それまで、春彦が学校を休んでいるのは風邪をひいているからで、見舞に行こうと考えていた矢先のことだった。
木乃美も、あの事件以来、学校を休んでいて、木乃美については本人から1週間ばかり気晴らしするからと聞いていたので心配していなかったが。
「ちょっと、佳奈。
 大変よ!」
やはり噂を聞いた京子が佳奈のところに飛んできた。
「立花の話、知ってる?」
「ええ、今、噂で聞いたんだけど。」
「それが、噂じゃないんだって。
 半分、デマかもしれないけど、この前、男子学生が5人、大怪我して救急車で運ばれたって。
 その怪我を負わせた犯人が立花で、警察で連日取り調べを受けているんだって!」
京子は、興奮しながら加奈に話した。
「え?
 だって、あれは木乃美にいたずらしようとした奴らを春彦がやっつけただけよ。
 悪いのは、あいつらだって!」
「え?
 じゃあ、木乃美が悪戯されそうになったのは、デマじゃないのね。
立花が怪我を負わせたっていうのは、本当なんだ。」
「何言ってるの。
 はるが、やってくれなかったら、たいへんなことになっていたんだから。」
「なんかね、その連中、ちょっと悪ふざけで木乃美を脅かそうとしただけなのに、春彦が入って来て暴力を振るわれたって。
 悪ふざけだって説明しようとして、無抵抗で春彦に襲われたから、あんなに大怪我になったんだって。」
「悪ふざけ?」
佳奈の眼が一気に吊り上がった。
「どこが、悪ふざけなもんですか。
 あいつら、佳奈を本気でひどい目にあわせようとしたのよ。
 ちょっと、先生のところに行ってくる。」
そう言って、佳奈は足早に職員室に向かった。
しばらくして、職員室から戻った佳奈は泣きそうな顔をしていた。
「佳奈?」
教室では、心配した京子と慶子が佳奈の戻ってくるのを待っていた。
「京子の言った通りのことを言われたわ。
 熊野先生や朝比奈先生はいなくて、学年主任の先生に聞いたら、はるがいけないって。
いったい、なんで、はるなの。
 春彦は、何も悪いことしていないのに。
 木乃美を助けただけなのに。
 はるがいなかったら、今頃、木乃美は…。」
佳奈は、悔し涙を流しながら、握っている拳に力を込めた。
「佳奈、落ち着いて。
 私達は、皆、春彦の味方だよ。
 あいつが、佳奈がいるのに、そんなことするわけないじゃない。」
京子は、そう言いながら佳奈の肩を抱いて慰めていた。
「そうよ、絶対に間違いなんだから。」
慶子も、心配そうな顔で佳奈の顔を覗き込んでいた。
「間違いも何も。
 その場に、私もいたんだから。
 木乃美が、いたずらされそうになっていたところを、はるが助けたんだから。」
それを聴いて慶子は、ビックリした顔をした。
「佳奈、その場にいたんだ。
 じゃあ、100パーセント間違いないわね。」
「当たり前よ!
 それなのに、何で警察なの。
 なんで、あんな言われ方されなきゃいけないの?
 五商との時も、あんなに怪我して、皆を守ったのに。」
そう言って佳奈はその場に泣き崩れた。

佳奈は、その日の帰りに春彦の家に寄ったが、玄関のチャイムを押しても誰も出てこなかった。
家に帰り、茂子にそのことを話すと、茂子にもPTAからと連絡があったことを知った。
話の内容は、佳奈が学校で聞いたのと、ほぼ一致していた。
少し違うのは、春彦が木乃美に片思いしていて、それで、悪ふざけだと哀願している無抵抗の学生を次々、襲ったということと、木乃美は幼馴染の春彦を庇っていると、見事に作られた内容だった。
当然、茂子もそんな話は真に受けていなかった。
特に、佳奈からその日のうちに話を聞いて、かつ、木乃美の母親とも連絡を取っていたからだった。
そのPTAの関係者と名乗る女性は、電話途中で、茂子が反論すると、明らかに相手は不機嫌になり、途中で電話を切ったそうだった。
「いったい何の?
 何が起こっているの?」
「わからないわね。
 ただ一つ言えることは、舞と春彦君が大変なことに巻き込まれているって言うことだけ。」
舞と幼馴染の茂子は、渋い顔をしながら言った。
「はる…。」
佳奈も、春彦のことが心配で仕方なかった。

事件があって、数日後。
「佳奈、一体何が起きてるの!」
佳奈が春彦の窮地を知った翌日、血相を変えた顔をして木乃美が教室に飛び込んできた。
木乃美は、あれから、親の勧めもあって、気分転換にと学校をしばらく休んでいたが、春彦の噂を母親から聞いて、血相変えて学校に出てきたのだった。
「こ、木乃美~。」
木乃美の名前を呼びながら、佳奈は、今にも泣きそうな顔で木乃美に抱きついた。
佳奈は、春彦のことで思い詰めていて、木乃美の顔を見て少し気が緩んだ。
木乃美は、先に佳奈に抱きつかれ、まず佳奈をなだめることにした。
「佳奈、落ち着いて。
 一体何があったの。
 私が春彦を振ったって?
手籠めにされそうになったって?
 何なの一体。
訳の分かんない電話がママのところかかって来て、今度、臨時総会を開催するって言ってきたのよ。」
「そうなのよ。
 話が捻じ曲げられ、いつの間にか、悪の張本人になってるのよ。」
京子が厳しい顔をしながら言った。
「ちょっと、私、職員室に行ってくる。
 ちゃんと説明しなくっちゃ。」
「木乃美、大丈夫なの?」
気丈に振る舞う木乃美を見て、京子は心配そうな顔をして言った。
ただでさえ、木乃美が裸にされ、舐られ、犯されたという全くの作り話が、噂になっていたので、木乃美が出て行ったら、かえって好奇の視線で見られ、木乃美が傷付くのを案じていた。
現に木乃美の姿を見て、教室の中は少しざわつき始めていた。
佳奈も、興奮していたが、木乃美のことが心配だったので、首を横に振った。
「だけど、そうでもしないと春彦が…。」
そう言いかけ、木乃美の目にもいっぱい涙がたまってきていた。
「相沢さん、ちょっと。
 菅井さんたちも、ちょっと来なさい。」
気が付くと保健医の朝比奈が教室にはいって来て、佳奈たちに声をかけた。

「先生…。」
保健室で朝比奈は佳奈たちの顔を見て話し始めた。
「相沢さん、気持はわかるけど、前面に出ちゃダメよ。
 この状況で、皆の前で何か言うと逆効果になるから。」
朝比奈は、偶然、保健室の窓から血相を変えた顔をした木乃美が校舎に入っていくのを見かけ、慌てて教室に駆け付け、佳奈たちの話を聞いていた。
保健室は消毒薬の匂いが立ち込め、佳奈たちも頭に昇った血が少しおさまってきていた。
「だけど…。」
「いい、こんなにいろいろな噂が立っていたら、逆に、余計、立花君に不利になるような噂が立ちかねないから。」
「そんな…。」
佳奈も、二人の話を聞きながら唇を噛んでうつむいていた。
木乃美については、皆の前に立たないのが一番と思っていたが、では、どうしたら春彦の無実を説明できるのか答えのない問いで頭を悩ましていた。

「先生?」
急に男性の声が聞こえ、皆、一瞬びくっとした。
「あ、ごめんなさい。」
朝比奈は、カーテンの向こうから声がした方に向かって答えながら、カーテンを広げた。
カーテンの向こうには、大柄の男性がばつが悪そうに座っていた。
「急に、走って行って、如何したんですか?
それに、その生徒たちは?」
大柄の男性は朝比奈に問いかけた。
「すみません。
 この子たちが、先ほど話した当事者の子なんです。
 早まったことをしそうだったんで、連れてきちゃいました。」
そういうと、朝比奈は、佳奈たちに振り返った。
「この人、刑事さんで、今回の立花君の件で見えたのよ。」
「え?
 刑事さん。」
木乃美がそう言うと、横から佳奈が興奮した声で口を挟んだ。
「刑事さん、なんではるを連れて行ったんですか?
 はるは、犯人なんですか?
 何か悪いことしたんですか?
 何も、何も、していないじゃないですか……。」
いつしか佳奈の頬に涙が流れていたが、佳奈はお構いなしに、刑事と紹介された大柄の男性に食って掛かろうとした。
「ちょっと、菅井さん、落ち着いて。
 この刑事さん、ちゃんと調べてくれようとしているから。」
「小山です。
 この件を担当しています。
 私も彼から話を聞いて、何か辻褄が合っていない気がしています。
 ですので、話しづらいかもしれませんが、皆さんからお話を聞いてみたく、そこの先生にお願いしていたところです。」
佳奈と木乃美は、誠実そうな小山の人柄に警戒心緩め、うなずいた。
「相沢さん、大丈夫?」
朝日奈は心配顔で木乃美を見た。
木乃美は、力強く頷いた。
「じゃあ、刑事さんにあの時のことを話してあげられるかしら。
 私から、一応、あらましは説明していたんだけど……。」
「はい、大丈夫です。」
そう言って、木乃美と佳奈はお互いの手を握り合って、あの日のことを事細かに小山に話をした。
小山は、手帳に書き留めながら、途中、2、3質問をした。
そして、全部聞き終わると、手帳をしまい、佳奈と木乃美にお辞儀をした。
「状況は、良く判りました。
 彼の話と全く同じですね。」
佳奈と木乃美は黙って頷いた。
「よく、話しにくいことを話してくれました。
 私の方で、他にもいろいろ当たっています。」
「あの、刑事さん。」
「はい?」
「はるは、いったい……。」
『一体どうなるのか』と佳奈は聴きたかった。
「罪に問われるのかということかな?」
「でも、でも、はるは何も悪くないんですよ。」
また、佳奈の目に熱いものがこみ上げてきた。
「刑事さん。
 私、全部言いましたよ!」
木乃美も訴えるような目で小山を見た。
小山は、頭を掻きながら困った顔をして言った。
「相沢さんの話が本当だとしても、相沢さんは当事者で、しかも立花君とは幼馴染。
 話は、参考までで、確証がないのです。」
「そ、そんな…。」
「何か、その話の裏付けになるような物的証拠でもあれば、話は変わるのですが。」
「あっ、そう言えば、一人、ビデオを回していた。
 そのテープがあれば…。」
木乃美は、思い出して言ったが、小山は顔を横に振った。
「その話を聞いて、探したんですが、壊れたビデオはあったのですが、中は空っぽで。
 どこかに落ちていないかと捜したのですが、見つからないんです。」
「だって、あいつ、確か、『ちゃんと撮っているか』って言ってたわ。」
木乃美は、絶望的な顔をし、佳奈は、小山睨みつけた。
小山は、佳奈の視線に気づき、咳ばらいを一つした。
「わかっています。
 きちんと調べて、公正な判断をしますので、あなたたちは自分たちを信じて待っていてください。」
小山は、佳奈と木乃美の刺すような視線を受け、答えに窮していた。
DATE: CATEGORY:第7章 春彦の光と影(喪心編)
木乃美が眠りにつこうとしていた頃、春彦は、自分の部屋のベッドに腰掛けていた。
昼間、拳が相手の顔にめり込んでいく感覚、蹴りが相手の身体を粉砕していく感覚、何よりも、足の裏に残った男子学生の肋骨が折れていく感覚、それらをつぶさに思い出していた。
思えば、今まで、俊介との組手以外で、こんなにも同じ年代の相手に力を振るったことはなかった。
(もう少し、力を込めれば、もっと壊れていたかな。
もう少し、捻じりあげれば面白かったな…。)
そう思いながら、何時しか春彦の顔には笑みが浮かんでいた。
「!!」
春彦は、突然正気に返ったように、自分が考えていたこと、興奮で笑みがこぼれたことに愕然とした。
(俺はいったい何を……。)
しかも、木乃美の身体の柔らかな感触は当に頭から消え失せ、暴力的で相手を壊していく感覚が、快楽と感じるようになっていた。
(違う、違う。
 俺は、木乃美を助けるので、仕方なく相手を倒しただけだ。
 何も、好き好んで、暴力を振るった訳じゃない。)
そう思いながら、頭を激しく振った。
(きっと、木乃美の泣きそうな顔を見たから、変に興奮しただけだ。
 一晩寝れば、落ち着くさ。)
春彦は、そう思って布団をかぶって目をつぶった。
しかし、手や足に残った感触が、何とも言えない興奮していく感覚に変わっていった。
(俺は、本当は…)
『本当は、相手打ちのめす願望を満たすきっかけを捜していたんじゃないのか』と自問自答しながら、春彦は無意識で否定した。
そうこう考えているうちに、いつしか春彦は寝落ちしていた。

ふと、春彦は目を覚ますと、そこは、小学校低学年まで住んでいたアパートだった。
懐かしさ反面、何か凍り付くような寒気を覚えた。
(はるちゃん。)
白いワンピース姿の女性が、近づいてきながら春彦の名前を呼んだ気がした。
「う、うわー!」
春彦は、恐怖から堪らず悲鳴を上げた。
その女性は、びっくりした様に、春彦に手を伸ばそうとした。
「うわー、化け物!」
悲鳴だけであったが、春彦にはその女性がお化けの様に見え、悲鳴を上げまくった。
(はるちゃん…。)
その女性が顔を上げると、それは悠美の顔だった。
しかし、春彦は悠美だと認識しても、悲鳴を止めることが出来なかった。
そして、悠美は寂しそうな顔をして、春彦に背を向け、部屋から消えていった。
その悠美の後姿を目で追いながら、なおも春彦は悲鳴を上げ続けていた。

「春彦?」
ドンドンドン。
「春彦、どうしたの?
 大丈夫?」
舞の声と部屋のドアを叩く音で、春彦は目を覚ました。
「春彦?
 ちょっと、大丈夫なの?
 何か大騒ぎして。」
春彦は、寝言で絶叫し、舞がそれを聞きつけ心配してドアを叩いていた。
「あ、ああ。
 大丈夫。
 怖い夢を見て、うなされただけ。」
春彦は、力なくドアの外の舞に返事した。
「大丈夫なのね?」
「ああ、ごめんなさい。」
「なら、いいわ。
 いい夢みなさいね。」
そう言って、舞が自分の部屋に戻っていく気配を感じ、春彦は、ため息をついた。
そして、とてつもない虚脱感に襲われているのを感じた。
「あれは、なに?
 俺は、悠美ちゃんを見て、怖くて悲鳴を上げた?
 なんで?
 いつもなら、夢に出てくると嬉しかったのに。
 それに、いつも傍にいてくれている気がしていたのに。
 今は、一切、ない…。」
春彦は暗い部屋で、ベッドの上で上半身を起こし、悶々と考え事をしていた。
そして、いつの間にか夜が明けていた。
目覚ましがいつもと同じ時刻で朝を告げ、春彦はベッドから這い出たが、虚脱感が増々ひどく、立っているのも苦痛なほどだった。
居間に行くと、舞がびっくりした様な声を上げた。
「ちょっと、春彦。
 大丈夫なの?
 顔色、悪いわよ?」
春彦の尋常ではなく憔悴しきった顔を見て、舞は心配になった。
「ああ、大丈夫。
 ちょっと、だるいだけ。」
春彦は強がって言った。
「学校、休む?」
「いや、行ってくる。」
そう力なく言って、春彦は学校に行くため玄関を出た。

それを待っていたかのように、二人のサラリーマン風の大人が春彦に声をかけてきた。
一人は背が高く体格ががっしりしていて、もう一人は、やせ形でメガネをかけていたが、眼光は厳しかった。
二人とも普通のサラリーマンでないことは、春彦にもわかった。
「えっと、君が立花春彦君かな?」
メガネをかけている男が声をかけてきた。
「はい。」
春彦は、注意深く簡素に答えた。
メガネをかけている男は、懐から手帳を取り出し、春彦に見せた。
手帳には身分証明書と思しき写真と肩書が書かれていた。
「我々は、警察の者だが、ちょっと話が聞きたいので、一緒に来てくれるかな。」
手帳は警察手帳で、メガネの男は小久保と名前が書かれていた。
「何でしょうか。
 僕は、これから学校なんですが。」
春彦は身を強張らせて答えた。
「なんだ、普通の高校生じゃないですか。
 ガイシャの怪我をみたら、キングコングみたいな奴かと思っていましたよ。」
もう一人の大柄の男が、拍子抜けしたといわんばかりにそう言って小久保の傍に寄ってきた。
小久保は、何も言わずに肩をすくめて答えた。

「どうしたの?」
外で春彦たちの声が聞こえ、心配になった舞が玄関から顔を出した。
「あ、春彦君のお母さんですか?
 我々は警察の者です。」
そういうと、久保山は警察手帳を舞に見せた。
舞は、一瞬、顔色が変わったが、気丈に久保山に尋ねた。
「その警察の方が、うちの春彦に何の用ですか?」
「いえ、ちょっと昨日の件で被害届が出ていまして、春彦君に任意同行してもらおうと声をかけた次第です。」
「被害届?」
舞は、何のことだかわからず、一瞬、ぼーっとしてしまった。
「さあ、一緒に来てもらおう。」
そう言って、大柄の男が春彦の腕を掴もうとした。
「ちょっと、待ちなさい。
 春彦は、未成年なんですよ。
 それに任意同行なんて、犯罪者扱いじゃないですか。」
舞は、きつい口調で制した。
「しかし、お母さん、現実に被害届が出てますので。」
久保山はそう言って、大柄の男に春彦を連れて行くように目配せした。
「待ちなさい!
 さっきも言ったように、春彦は未成年です。
 任意同行でしょ、まず、私が本人と話をします。
 それから、警察の方に行きます。」
舞は、きっぱりときつい口調で言い切った。
逮捕ではなく任意同行なので久保山たちには強制権がなく、しかも、春彦は未成年で、あばれたり、逃げたりするように見えなかったので、しぶしぶ、その場は引き上げることにした。
「でも、お母さん、お昼までに警察の方に来てください。
 そうでないと、逮捕状を請求し、ことを荒立てなくてはならなくなりますから。」
そう言うと、久保山は大柄の男に引き上げる仕草をして、その場を後にした。

「何なの、一体。」
舞は、一つため息をついた後、厳しい顔で言った。
「春彦、家に戻って話を聞かせて頂戴。
 まずは、それから。」
厳しい顔をしている舞に、春彦は無言でうなずき、舞の後をついて家の中に入っていった。

「そう、そんなことが昨日学校であったの……。」
春彦は、昨日学校であったことを包み漏らさず舞に説明した。
「木乃美ちゃんが無事でよかったわ。
 それでも、心に傷を残したんじゃないかしら。」
舞はため息混じりに言った。
「でも、良く判ったわ。
 あんたは、悪くないわね。」
春彦は、頷いたが、顔が曇っていた。
「どうしたの?」
舞は目ざとく春彦の顔色を見て尋ねた。
「いや…。
 木乃美を助けに飛び込んで、その後、記憶があいまいで…。
 気が付いたら、あいつら大怪我していて。」
「……。」
舞は、何か言おうとしたが、言葉を飲み込み、春彦の頭を軽く叩いた。
「あとは、警察に行って相手の話を聞かなくちゃね。」
「ああ。」
それから、舞は身支度を整え、学校に、今日は欠席する旨の連絡を入れ、久保山たちの待つ警察に春彦を連れて行った。

警察では、相手の言い分として、特に悪いことをしていないのにいきなり、春彦が暴力をふるい5人の男子学生に全治2~4か月の大怪我を負わせ、その5人の学生の親から被害届が昨晩警察に提出されたということだった。
舞は、当然、木乃美に暴行を加えるところを助けたことを説明したが、皆、話の聞ける状態ではないとのことだった。
ただ、話の出来た一人の学生は、その親に、「ただふざけていただけで暴行を加える気はなかった。」と言っているとのことだった。
そして、大学受験の最中に怪我を負わせ、怪我だけじゃなく、進路に悪影響を及ぼしたと5人の親は憤慨しまくっていると舞に説明した。
別室では、久保山と大男が春彦から話を聞くと言って取り調べを行っていた。
取り調べの内容は、主に、春彦がどうやって相手に怪我を負わせたか、なぜ、どういうつもりで暴力を振るったのかと、頭ごなしに春彦がすべて悪いと決めつけたように、くどくどと尋ねていた。
春彦は、一貫して、木乃美が強姦されそうだったこと、それを助けようとして我を忘れ、何をしたか覚えていないと繰り返し答え、話しはいつまでも平行線をたどっていた。

翌日も、春彦は任意出頭で事情聴取という名の取り調べを受けていた。
しかし、春彦は揺ぎ無く同じ答えを繰り返すだけだったが、口数は、滅法、減っていった。
久保山と大柄の刑事は、春彦を取り調べの部屋に残し、廊下の隅の喫煙所で休憩をしていた。
「久保山さん、どう思います?
 私には、あの子の言っていることが正しい気がして。
ただ、無我夢中だと言っても、あれほどの怪我を相手に負わせるのは、ちょっとですが。
まあ、弾みなんでしょうかね。」
大柄の刑事は久保山に話しかけた。
「小山ちゃんも、そう思う?
 実は、俺も長年の勘からそう思うんだよな。」
久保山は、小山という大柄の刑事の疑問に答えるように言った。
「あの被害者と言っている5人の方が、叩けば何か出てきそうなんですけど。」
「そうだよな。
 うーん、でも、どうしようかな。
 被害届も出ているし、状況的には、あの子の方が一方的に不利なんだよな。」
「そうなんですよね。
 言っていることは嘘じゃないと思うんですよね。
 ことの本質が、相手の怪我の度合いが大きすぎることで見えなくなっているのでは。
全て、あの少年が悪いとは。」
「そうだよな。
 少し、別の線も探ってみるか。」
「そうですね。」
小山は、そう言って警察署を出て行った。

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