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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第6章 春彦の光と闇(光編)
春彦の歌を聞きながら、佳奈は暗がりの中、懸命になって、木乃美の手を捜した。
すると、直に木乃美の手に当たった。
木乃美も、懸命に佳奈の手を捜していたのだった。
そして、二人は各々探し当てた手をぎゅっと握り合った。
佳奈も木乃美も、流れる涙を拭かず、じっと春彦の方を見つめていた。

その視線の先に、二人には楽しそうに歌う春彦と悠美の姿が見えていた。
そして、悠美が佳奈たちに気が付いたように、佳奈たちに笑顔を向けているようだった。
「ねえ、悠美姉。
 あの歌、歌って。」
「いいわよ。」
悠美はいつも歌に佳奈と木乃美の名前を入れていた。
 いつも、佳奈のことだけ考えている。
 いつも、佳奈のことだけ見つめている。
「えー、佳奈だけずるい。」
「はいはい。」
木乃美のふくれる顔を見て、悠美は笑顔であやしながら、歌い続けた。
 いつも、木乃美のことだけ考えている。
 いつも、木乃美のことだけ見つめている。
その歌を聞きながら、佳奈と木乃美はいつも悠美の暖かさに包まれて気持ちよさそうにうとうとしていた。
 
 安心して、お休みなさい……。


春彦のギターが途切れると、一瞬の静寂が視聴覚教室に流れた。
そして、間髪入れずに、小久保のギター、近田のキーボードが曲を奏で始め、春彦は、さっさとフォークギターを置いて、自分のベースを担ぎあげ、ストラップに頭を通した。
観客は春彦の歌が終わったのか、続くのか判断できず、ただ、ただ、どうしていいのかわからない状態だった。
「銀嶺の覇者!!」
詩音が叫ぶと、あ然としていた観客は初めて春彦の曲が終わり、次の曲に移ったことを理解した。
単調なギターとドラムのリズムに春彦のベースが追い付き、一気に曲が始まった。
詩音の甲高い声が鳴り響き、観客は全員総立ちとなっていた。
春彦のバラードで感情が高鳴っている観客が、次にロックで完全に爆発したようだった。
そういう意味では、詩音のプロデュースの思うツボにはまっていた。
「なに?
 一体何が起こっているの?」
佳奈は、何度も何度も全身に電気が走っている気がした。
「『俺は銀嶺の頂点に立つ男』か。
 矢田部らしいね。」
木乃美がぼそっと独り言のように漏らした。
「え?
 木乃美、英語わかるの?」
「だって、矢田部が歌うから、日本語英語よ。
 授業受けていれば、誰でもわかるわ。」
「……。」
佳奈は思わず黙ってしまった。
曲は、『銀嶺の覇者』からツェッペリンの『Trampled Under Foot』に変わり、一段と観客も熱気を帯びてきた。
年配の教師や父兄は昔を思い出したように、今の学生は、まるで新しい音楽に触れたように各々興奮していた。
「これは、日本語で言えないな…。」
木乃美が横で、また呟いた。
「え?」
佳奈は何のことかわからなかった。
「ふふふ、歌詞の内容がドスケベなのよ。」
横で楽しそうに舞が言った。
「え?
ドスケベ?
そうなんだ。」
佳奈は、顔を少し赤らめ、視線をステージの春彦に戻した。
春彦は、変わらず楽しそうに身体全体でリズムを取りながらベースを操っていた。
「はる、本当に嬉しそう……。」
佳奈も、春彦が伝染したかのように楽しくて、わくわくして仕方なかった。
そして、ふと周りを見渡すと観客も皆立ち上がって、おのおのリズムに乗って体を動かしていた。
隣の木乃美も、リズムに合わせ頭を左右に振っていた。
「すごい…。」
佳奈は、またステージに目を戻した。
ステージの春彦を見つめると、春彦と目が合ったような気がした。
そして、春彦が佳奈に向かってウィンクをしたような気がした。
「ラストー!!」
ツェッペリンの曲が終わると、再び詩音が大きな声を出し、それに観客が答え、視聴覚教室中大騒ぎとなっていた。
最後の曲はパープルの『smoke on the water』と『highway star』のメドレーだった。
曲が始まると、詩音たちのバンドは一段とギアを上げたようだった。
春彦のベースが一段と縦横無尽にリズムを刻み、他のメンバーがそれに感電した様にハイテンションな演奏になっていた。
いつしか、青田たち軽音部のメンバーも全員、ステージの前に陣取って観客の一部と化していた。
曲が終わると、観客から絶叫が上がり、直ぐにアンコールの大合唱となっていた。
「おいおい、ただでさえ、持ち時間10分オーバーしてるんだよ。」
肩で息をしながら詩音がつぶやいた。
そして、視線の先に実行委員が大きな丸を腕で作っている姿を見つけた。
「アンコール、OKって?!
 知らんよー。」
詩音はそう言うと、バンドメンバーの方を向き、大きく頷いた。
それを見て春彦らバンドメンバーも大きく頷き町田がドラムのスティックでリズムをとると、観客はまた絶叫をあげ、騒然とした。
その中、アンコール曲のパープルの『BURN』が始まると視聴覚教室中誰か失神するのではないかと思うほど、大騒ぎとなっていた。
曲が終わると、すぐにアンコールの大合唱が起こった。
ふとステージの前を見ると、青田たち軽音部のメンバーも興奮し、『アンコール!』と絶叫していた。
「おいおい。」
詩音は肩で息をしながらメンバーの方を向いて、顎で「アンコール」を懸命になって叫んでいる青田たちを差した。
夏美や、町田、小久保,近田、それに春彦も全員、肩で息しながら青田たちを見て笑った。
「?!」
詩音は、再び実行委員のアンコールOKの合図を見た。
実行委員も明らかに興奮していた。
「おーい、どこまでやるの?」
詩音は軽口を言ったが、視聴覚教室中の雰囲気を楽しむように、再び、メンバーの方を向いてアンコールで、あと1曲出来るか確認した。
詩音自体も、あと1曲が限度だった。
メンバーは、詩音が指を1本立てて『とっておき』を演る合図しているのを見て頷いた。
詩音もそれを確認し、観客の方を振り返った。
観客は、詩音が何を言うのかと固唾を呑んで見つめていた。
「これが、正真正銘のラスト!
 『KILL THE KING』!!」
そういうと観客から『いやー!』という悲鳴が巻き起こった。
詩音は、それに笑顔で返し、町田のドラムと詩音のギターが吠え始め、直に、春彦の重低音のベースの爆撃、負けじと近田のキーボード、小久保のギター、夏美のタンバリンが後に続く。
1フレーズが終わると、バンドメンバーの眼がさらに怪しく光り出した。
「いいよな、多少外しても、すぐに春彦が戻してくれるから。」
近田は自分にそう言うと、ダダダダダとドラムを叩くスピードを猛然と上げる。
「なに?
 32ビート?
 いや、もっと?」
詩音が、町田の力強い音に驚いた。
「あははは、楽しいね~。
 俺も、指が動きまくるぜー。」
近田のキーボードが、高音域から低音域、また高音域とまるで指が20本あるのかと思うような強烈な音色を高速のような指の動きで奏でている。
「うーん、もうたまらん。
 これこれ、これだよ。
 詩音、ごめんちゃい。」
そう言うと、小久保がサイドギターから、メインギターの演奏に割り込み、詩音とツインギターの様に、迫力を増していった。
「あっ、てめえ。
 まけるか!」
詩音はそう言って、小久保とメインフレーズを競い合って弾きまくった。
「いやーん。
 もうだめ、詩音、私もごめん。」
そう言うと、夏美は、タンバリンの叩く速度をパワーアップし、かつコーラスから、メインボーカルへと割り込んでくる。
「ああん?
 夏美、お前もか!!
 まけんでぇー!!」
詩音は小久保とギターの競演をしながら、夏美に負けじと声を振り絞った。
夏美のハスキーで、声量のある歌声と、詩音の高音が迫力のあるツィンボーカルとなって、聴くものすべてを虜にしていった。
観客は、皆、言葉にならない叫び声をあげ、演奏に合わせ激しく身体を揺すったり、足踏みや、手でテーブルを叩いたり、詩音たちと陶酔の世界に落ちていった。
詩音は、激しい曲の中、メンバー一人一人を見ていった。
皆、嬉しそうに、楽しそうに、ここで倒れてもいいと言わんばかり、目いっぱいの笑顔で演奏していた。
「これだよ、これ!
 これが、俺のやりたかった音楽、俺がやりたかったバンド!!」
詩音も心の底から笑顔になっていた。
そして、春彦は、自由自在にベースを操り、全員の潜在能力をこれでもかと引き出し、楽しそうに、やはり笑いながら軽やかなステップを踏み演奏していた。

「最後に、これを持ってきたの。」
舞は、思わず嬉しそうに声を漏らし、小声で『KILL THE KING』を口ずさんでいた。

佳奈も興奮して、涙目になりながら春彦を見つめていた。
(はる、かっこいい。
 今日のはるは、とってもすてき!
 え?)
その瞬間、佳奈にだけ、春彦の隣にもう一人ベースを持った人物が見え、春彦と楽しそうに共演しているように見えた。
そして、春彦の口が「父さん」と言ったように動いたのを見逃さなかった。
そして、急に確信した。
(春彦のお父さん、いくら海外勤務っていっても、ずっといなかった。
 はるのお父さんって、ほんとうは……。)
佳奈は、口を両手で押さえたが、涙が止めどもなく流れていた。

曲も終盤に差し掛かると、メンバーの視線は自然と春彦に向けられていた。
メンバーはこの曲で最後と、最後の体力1滴たりとも残さないといわんばかり、ハイテンションで演奏し、詩音と夏美もあらん限りの声を上げ歌い上げた。
このステージは、後々まで学園祭の伝説となるほど、観客と1体化した物凄いものだった。
そして、大歓声の中、最期のフレーズが終わった瞬間に、メンバー全員、決めポーズをとっていた。
春彦は、右手を高々に上げ、天を仰いでいた。
ちょうど、天井ライトの真下で、まるでスポットライトを浴びているようだった。
(はる、はる!
 かっこいい!
 大好き!!)
佳奈は、先ほど心をよぎった思いを忘れたかのように興奮し春彦に向かって心の中で大きく叫んでいた。
そして観客の絶叫と拍手がなりやまないまま、ステージの幕が降りていった。
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DATE: CATEGORY:第6章 春彦の光と闇(光編)
「ねえ、春彦、違うギターを手に取ったよ。」
「うんうん。」
佳奈は、手を胸の前で組み、まるで祈るかのようだった。
(はる。
 がんばってね。)
春彦のソロパートがあるのは軽音部以外、佳奈しか知らなかった。
そして、ざわつく中、お構いなしに春彦は、フォークギターを構え、
ジャララ~ン
と、一度、ギターを鳴らした。
その音で、観客は皆静かになった。
その中、夏美がタンバリンでリズムを取り始めた。
春彦は、ソロを引き受けた代わりに、どんな形でもいいので、歌でも、演奏でもいいから割り込んできてほしいと皆に頼んでいた。
しかも、練習するわけではなく、即興で、自分たちのイメージでと注文を付けていた。
そう、この曲だけは、作られた曲をなぞっていくのではなく、その時その時の感情を込めたいという春彦の強い思いからだった。
そして、夏美のタンバリンに乗って、春彦のギターが強いリズムを奏で始めた。
夏美も、そっと春彦の歌に声を合わせていった。

 花が引きちぎられ、風に飛んでいく。
 残ったのは、無残な草木の残骸。
 風は血なまぐさい空気を運んでくる。
 私は、愛する人の元に帰りたいのに。
 ……
春彦のくぐもった声が、夏美の切ない声が、歌詞を歌い上げていく。
「ふーん。」
佳奈の横にいる舞が、声を上げた。
(舞さん、この歌知っているんだ)
「ねえ、佳奈。
 春彦が歌っているよ。」
木乃美がおどろいたように、佳奈に声をかけた。
「……。」
佳奈は静かにうなずき、春彦の歌に耳をそばだてた。
(私も、この歌、知っているかも……)

 みんな、そう思っているはずなのに。
 泣きそうな顔をして倒れていく。
 風は狂気に満ちた声を運んでくる。
 私は、愛する人の元に帰りたいのに。

シャラーンと夏美がタンバリンを鳴らし、それを合図に曲奏が変わる。

 なぜ、忘れてしまった?
 心落ち着かせる花の香りを。
 なぜ、忘れてしまった?
 心和ませる優しい風を。
 なぜ、忘れてしまった?
 心穏やかな水の音を。

 私は、帰りたい。
 愛する人の元に。
 私は帰りたい。
 あの笑顔にもう一度。
 あの角を曲がれば、優しい人が待っている家に着くのに。
 でも、私は知っている。
 あの角の先にいる悪魔を。
 あの角を曲がれば、優しい人が待っている家に着くのに。

途中から、詩音のハーモニーが入り、会場全体が静かに春彦たちの歌に聞き入っていた。
シャラーンと夏美がタンバリンを鳴らし、また、曲奏が変わった。
今度は、一転して穏やかな明るい雰囲気に変わった。
夏美は、春彦のギターに合わせタンバリンを奏で始めた。
そして、今度は、明るい優しい歌声で、春彦に合わせ歌っていく。

 風になって、髪を撫でてあげる。
 風になって、花の香りを運んであげる。
 風になって、優しく包んであげる。

「あっ、この歌!!」
木乃美が小さな悲鳴のような声を上げた。
佳奈は、いつしか木乃美の手を握り締め、何度も頷いていた。
(これは、悠美姉がいつも歌って聞かせてくれた歌)
佳奈は、全身に電気が走り、涙がこみ上げてきた。
歌は続く。
いつの間にか、春彦の声のトーンが高くなって。
まるで、春彦が歌っているのではなく、悠美が歌っているように。

 たとえ、傍にいられなくても。
 たとえ、世界が違っても。
 いつも、あなたのことだけ思っている。
 いつも、あなたのことだけ見守っている。
 だから、悲しまないで。
 だから、傷つかないで。

 風になって、涙を飛ばしてあげる。
 風になって、笑顔を届けてあげる。
 風になって、太陽で照らしてあげる。

「ねえ、舞ちゃん。
 私、この歌の前半は怖くて嫌いなの。」
悠美が悲しそうな目で舞を見あげて言った。
「そうね。
 この歌は、どうして人同士が傷つけ合わなければならないのか。
 一人ひとりは、争いなんかしたくないのに、大きな力に従わなければならいない……。
 と言っても、まだ悠美にはわからないわよね。」
「わからないけど……。
 でも、その大きな力に負けない力をつければいいんじゃない?」
「そうしたら、今度はその力に負けたくないって、相手が力を付けたら?」
「そうか…、じゃあ、それに、負けない力は?」
「そうしたら、ずーっと競争になっちゃうわよ。
 そしてある日、手が滑ったって言ってミサイルを発射しちゃうかもしれないでしょ?」
「ミサイル?」
「そう、大勢の人を殺せる破壊兵器。
 そうして、大勢に人が殺し合って死んで行っちゃう。」
「いや!
 そんなのいや!
 繁おじちゃんも舞ちゃんもずーっとこのままで居て。」
悠美は泣きそうな顔をして舞にしがみついていた。
「だからね、そんな競争しないで、皆で自然を感じたらって。
気持ちいい風を感じ、暖かいお日様を浴び、皆で美味しいもの食べて、楽しくお話するの。
 自分のことだけを思うのではなく、相手のことを考えて、困っていたら手を差し伸べて、楽しそうだったら一緒に笑ってあげるの。
 皆がそうしたら、きっと争い事はなくなるんじゃないかしら。」
「うんうん。
 そう!
だからね、私、後半の歌は大好きなの。
 大事な人のことをどれだけ思ってあげられるか。
 それで、その人が幸せになればいいなって。」
「そうね。
 悠美も、どうかやさしい娘になってね。」
「うん。
 舞ちゃんに子供がやってきたら、うーんと可愛がってあげる。」
「ふふふ、お願いね。」
ギターケースから出てきたカセットテープには、春彦の生まれる前の舞と悠美の会話が残されていた。
春彦には、まるで、目の前で二人が話しているようだった。

 たとえ、傍にいられなくても。
 たとえ、世界が違っても。
 いつも、あなたのことだけ考えている。
 いつも、あなたのことだけ見つめている。
 
 だから、恐れないで。
 だから、怒らないで。

観客もいつしか春彦の歌に引きこまれているようだった。
DATE: CATEGORY:第6章 春彦の光と闇(光編)
そして、軽音部のコンサートを開始するアナウンスが流れ、観客が一気に拍手と歓声を送り始めた。
「ねえ、木乃美。」
佳奈は、周りの声でかき消されないよう、大きな声で木乃美に話しかけた。
「なに、佳奈?」
木乃美も負けじと大声を出した。
「慶子や京子、久美も来ているかしら?」
「ああ、京子たち?
 少し離れているけど、あそこにいるわよ。」
佳奈たちから2列ほど離れたところに京子たち3人が座って歓声を上げていた。
京子が、佳奈たちに気が付いたのか、佳奈の方に向かって手を振った。
佳奈たちも手を振り返すと、京子が慶子たちを小突いて、佳奈たちに合図した。
そして、ステージの幕が開き、軽音部の1年生のバンドが1番手に上がって演奏を開始した。
あまりの観客の多さと熱気とで、明らかに緊張していたが、1曲終わると少し落ち着いたのか、また、ステージの袖で、詩音たちがいろいろと声援を送っていたせいか、後の曲はいい出来だった。
それから、次の1年生のバンド、新入部員の2年生、1年生の混成バンドなど、1つのバンドにつき15分の持ち分とバンドの入れ替わりの休憩時間の5分を足して、1時間があっという間に過ぎ、次に『ヘビー・チョコレート』の出番となった。
『ヘビー・チョコレート』は流行りのJ-ROCKを、完成度の高い演奏で観客を魅了していた。
舞台の横では、『ヘビー・チョコレート』の演奏を聞きながら、詩音たちが出番の準備をしていた。

「ひゅー、夏美。
 化粧、かっこいいね。」
詩音が夏美の化粧を見て言った。
夏美は、服装こそ学生服だが、赤いルージュにアイシャドウとで化粧をばっちりと決めていた。
その化粧は、派手ではなく、でも、誰もが振り向きたくなるような、おしゃれなものだった。
「まあ、ありがとう。
 次は、詩音の番よ。」
そういうと、詩音の顔に自分の化粧道具で化粧を施していた。
「まったく、詩音は、ただでさえ見栄えのする顔なのに、化粧するとそこいらのどんな女の子よりもきれいなのよね。
 腹が立つ!」
そうぼやきながら、詩音の化粧を終わらせた。
「確かに……。」
「な、なんだよ。」
化粧をした詩音は周りの誰もが息をのむくらいにきれいだった。
「ま、私の化粧の仕方がいいのが半分か。
 他に化粧してほしい人いる?」
夏美は他のメンバーの顔を見て言った。
詩音以外のメンバーは皆、首を横に振った。
「春彦は?
 春彦なら、意外といいかも。」
夏美がそう言うと、春彦は慌ててかぶりを振った。
「ちぇっ、残念。」
夏美は口調からわかる様に、徐々に気分が高揚していた。
春彦は、アンプにつながっていないベースを弾いていた。
「しかし、春彦の左手は、神様の手だよな。」
春彦を見ながら、詩音は呟いた。
「本当。
 魔法の指よね。
 皆、春彦のベースにのせられて、凄く上達したもんね。」
「そうだよな、俺、春彦とバンド組めて嬉しくってさ。」
「私もよ。」
「俺もそうだよ。」
夏美の他、小久保や町田、近田も皆、春彦を見ながら口々に呟いた。

ステージでは『ヘビー・チョコレート』が最後の演奏を終え、アンコールに応えていた。
皆、それに触発されたのか、おのおの気持ちが昂っていった。
そして、幕が下がり、いよいよ『ピンク・シオン・トルネード・バンド』の出番となった。
「詩音、ごめん。
 アンコールで1曲やったから、詩音たちの時間が短くなった。」
青田達は興奮冷めやらぬ顔でステージから降りてきて、詩音たちに声をかけた。
結局、アンコール含め30分はやっていたので、メンバーの入れ替え等で、詩音たちの持ち時間は20分位となっていた。
「いいって、いいって。
 いいパフォーマンスだったじゃん。」
「うん、すごく良かったよ。」
詩音も夏美も明るく青田達に声をかけた。
「ありがとう。
 夏美たちも頑張ってね。」
秀美が夏美に声をかけた。
「さあ、行こうぜ。」
「あっ、ちょっと待った。
 円陣組んで、儀式儀式!」
そう言って詩音はメンバーを集め円陣を作り、真ん中に立った。
円陣にはいつの間にか、青田達や他の1,2年のバンドメンバーなどが集まり、大きな円になっていた。
「さあ、今年の軽音部コンサートの締めだよ。
 気合い入れていくよー。
 皆も応援してねー。
 じゃあ、行くぞー!
 軽音、ファイト!!」
「ファイトー!!」
大勢で声を合わせ大声で気合を入れた。

「わっ、何、今の?」
「ステージの横からじゃない。」
「詩音たち、気合入ってる。」
観客席ではステージの方から聞こえた詩音たちの声で、ざわざわとざわついていた。
「さあ、詩音たちの番よ。」
「早く夏美が見たいな。」
観客席の生徒や教師も、待ちに待った大トリの登場を今か今かと待ちわび、ボルテージも最大級に昇っていた。
そして、再度、観客席の電気が消えると、歓声と絶叫が入り混じった。
「さあ、軽音部のコンサートも残り1組です。
 皆さん、待ってたよねー?」
進行役が声をかけると観客たちがすぐに反応した。
「うん、待ってたー!!」
「よーし、準備できたかな?
 皆もノリノリの準備できてるか―?」
「ウォー!!」
最期は、声にならない咆哮がこだました。

「なあ、あいつ、下手!」
詩音が、そんな進行役と観客のやり取りを聞いて、笑って言った。
「でも、結構、乗ってるじゃん。」
「まあな、じゃあ、こっちも負けないようにやんべ。」
小久保が、楽しそうに言った。

「では、お待ちかね!
『ピンク・シオン・トルネード・バンド』!!」
そう絶叫すると、ステージの幕が上がった。
ステージでは、真ん中に詩音がエレキギターを持ち、その左横にタンバリンを持った夏美が立ち、詩音の後ろにはドラムの町田、夏美のさらに左にリードギターの小久保、詩音の左にベースの春彦、また、その左にキーボードの近田が深々とお辞儀をしていた。
そして、全員顔を上げると、観客から歓声が上がった。
また、詩音と夏美の化粧を見て、男子、女子関係なく、大歓声となった。
「夏美―、超―カッケ―!!」
「詩音―、素敵―!!」
「お前ら、校則違反だぞー!」
教師の一人がそう大声で言うと、皆、大爆笑が巻き起こった。
「さて、皆さん、こんにちはー!!」
詩音がマイクでどなった。
それにこたえるように観客席から再び大歓声が沸き上がった。
「時間がないから、今日はノーMCで、最初っから全開で行くよー!!」
「ウワ―!!」
そんなやり取りを聞いて、春彦はあまりの観客の多さに目を奪われた。
春彦を除くメンバーは多少なりとコンサートをやっていたので、人前に立つの慣れていたが、春彦は全く初めてだった。
「おーい、春彦―!
 帰ってこーい!!」
詩音が、そう春彦に向けると、観客は大爆笑した。

「ねえ、春彦、大丈夫かしら?」
木乃美が心配そうに佳奈の方を見た。
佳奈も心配げな顔をしていたが、いつの間にか佳奈の横に来ていた舞が笑って言った。
「大丈夫よ。
 あれ、意外と楽しそうな顔をしてるから。」
舞は、そういうと春彦の方に顎をしゃくって見せた。
佳奈や木乃美は、うなずいてステージの春彦の方を見た。
「1、2、3…。」
町田がスティックを交差させリズムを取った。
それを合図に、『ピンク・シオン・トルネード・バンド』の演奏は始まった。
最初は、『タイムマシンに願い』をワンコーラス、夏美のボーカルで始まり、そのまま、流れるように『六本木心中』に流れていった。
夏美のボーカルと歌いながらの仕草、2曲目では、詩音も声を合わせてきて、いきなり観客は興奮の絶頂に達した。
(すごい、すごい、この演奏。
 歌いやすいし、ノリノリだわ)
夏美は歌いながら思った。
(スゲー、これなら何でも出来そうだぜ。
 もう、鳥肌もんだよ。)
(リズムが正確で、それ以上に迫力があるぜ。
 別世界に行っちまいそうだ。)
(もう、どんどん叩きまくれるぜ。
 なんでも、来やがれー。)
(どうしよう、自分の手じゃないみたい。
手が止まらないよー。)
夏美、詩音、小久保、町田、近田たちは思い思いに心の中で叫び、皆、春彦の方を見た。
その視線の先の春彦は、楽しそうにベースを操っていた。
(最高だよ、お前は!)
詩音は、そう思っていた。
3曲目は、少女Sを詩音がメインのボーカルを取り、やんやの喝さいを浴びていた。
そして、あっという間に3曲演奏が終わり、休憩のような一瞬の間が生じた。
その3曲だけでも、春彦を除くメンバーは肩で息をしているほどだった。
観客も興奮冷めやらず、次の曲を待ちわびて、ざわついている中、春彦がベースをギタースタンドに立てかけ、代わりに、その横のギタースタンドに立てかけてあるフォークギターを手に取った。
DATE: CATEGORY:お知らせ
ブログ名を元の「混線次元」に戻しました。
物語は、春彦と佳奈を中心に進んでいきますが、幅を持たせるには、『混線次元』の方がしっくりくるかなと思ったからです。
これからも、仕事の合間を縫って週一ペースで続けていきたいと思っています。
応援の程、よろしくお願いします。
梅星
DATE: CATEGORY:第6章 春彦の光と闇(光編)
そうして、いよいよ西高の学園祭が開幕した。
西高の学園祭は2日間で、軽音部のコンサートは最終日だった。
1日目は、春彦は社会部として、展示品の説明をしていた。
「おー、春彦ったら、まじめに社会部やってるじゃん。」
佳奈と木乃美は、手芸部で実演や手芸教室をやっていた。
その休憩時間に、揃って社会部を覗きに来ていた。

「本当、ちゃんと説明してるみたいね。」
佳奈が、感心した顔をして展示室の中を覗いていると、慶子の声が聞えた。
「立花君、もう、いいわよ。
 代わるから、練習に入って来て。」
「おっ、いいの?
 さんきゅー、慶子!」
そう言うと春彦は足早に展示室を出てきた。
そこで、佳奈たちにぶつかりそうになった。
「きゃっ。」
「こら、春彦!
 どこに目をつけてるの!」
「あっ、ごめん、ごめん。
 後で手芸部覗きに行くから簡便な。」
そういって、春彦は二人に手を振って、軽音部の部室の方に足早に歩いて行った。
「まったく、もう。
 何が『覗く』よ。
 それじゃ、覗き魔じゃないの。
 変態!!」
木乃美が春彦の後姿に向かって大きな声で悪態をついた。
「木乃美ったら。」
佳奈は、そんな木乃美を笑ってみていた。
すると、そこに慶子が出てきた。

「何か騒がしいと思ったら、木乃美か。」
「木乃美かぁ、じゃないわよ。
 春彦の奴、うちらにぶつかりそうになってな、なのに謝りもせずに、ほな、さいなら~だって。」
「木乃美ッたら、一応、ごめんごめんて言ってたじゃないの。」
佳奈は、そういうと、慶子の方を見た。
「ねえ、慶子。
 はるは、もういいの?」
「うん。
 立花君、朝から一生懸命説明したりしてくれていたのよ。
 でもね、見えないところで、これ。」
慶子はそう言いながら、右手の指を腿の近くで器用に動かして見せた。
「あっ、ベースの練習?」
「そう、エア・ベースやってるのよ。」
そう言いながら慶子は楽しそうに笑った。
「だからね、明日のために、解放してあげたの。
 明日、佳奈も木乃美も見に行くでしょ?
 軽音部のコンサート。」
「ええ、慶子もいけるの?」
「もちろんよ。」
「でも、慶子も、随分と春彦に甘くなったこと。」
「そっ、そんなことないって!」
慶子は、少し恥ずかしそうに打ち消した。
「佳奈、たいへんよ。
 ライバルがいっぱい!」
「え?
 ライバル?
 いっぱい?」
佳奈は、木乃美の言うことに思わず聞き返した。
「え?
 あ、いや……。
 ほら、明日のコンサートでうまく行けば、ファンが出来るかもって。」
「えー、はるに?
 はるが、きゃーきゃー言われるの?
 想像できないわ。」
そう言って、佳奈は楽しそうに笑った。
(この子は、ほんと、天然だわ……)
木乃美は、苦笑いしながら、心の中で思った。

翌日、春彦はいつもの駅で待ち合わせしていた。
「わっ!
 また、ベースとギター持って。
 なんか、ギター侍みたい。」
「それを言うなら、牛若丸と弁慶の弁慶だろう。」
「弁慶って、あの奪った刀とかを背中の籠にいれて背負っていた弁慶?」
「ああ。」
「ぷっ、本当だ。」
佳奈は、面白そうに吹き出した。
「はい、ベース持ってあげる。」
「え?
 いいの?」
「その代り……。」
「わかってるって、鯛焼きだろう。」
「ごめいさーん!!。」
「好きなのご馳走するよ。」
「えへへ、やった。」
佳奈は、春彦からエレキベースを受け取ると、大事そうに両手で抱きかかえ歩いていた。
「なあ、佳奈。
 今日、終わったら一緒に帰らないか?」
「いいけど、軽音部の打ち上げとかないの?」
「そっか、手芸部は打ち上げがあるんだ。」
「でも、後夜祭があるじゃない。
 それまでには終わるわよ。
 はるは、後夜祭は?」
「うーん、考えていなかったな。
 じゃあ、ともかく後夜祭の始まる直前に落ち合おう。」
「うん、じゃあ、金ちゃんの銅像のところでいい?」
「おっけー。」
金ちゃんの銅像は、佳奈たちの校舎を出てすぐ花壇の中にある二宮尊徳似の銅像で、春彦と以外でも、佳奈のグループの待ち合わせに使われていた。

学校に着き、軽音部の部室まで、佳奈はベースを持っていった。
「おや?
 菅井ちゃんじゃない。
 また、春彦の荷物持ちさせられているの?」
「あ、矢田部君、おはよう。」
「詩音でいいよ。」
「皆さん、今日は頑張ってくださいね。
 絶対に見に行きますから。」
佳奈は、詩音をはじめほかのメンバーに声をかけ、ベースを春彦に渡した。
「じゃあ、はるも頑張ってね。
 楽しみにしてるからね。」
「おう、さんきゅー。」
そう言うと佳奈は手を振り、部室を出て言った。
「菅井さんて、いい子よね。」
夏美が、ニヤニヤしながら春彦に近づき、軽く肘鉄をした。
「ほんと、明るく良い娘だよな。」
「それに、可愛いし。」
「立花がいなければ、絶対にアタックしていたのに。」
春彦は、みんなに冷やかされていたが、すでに心はベースに向かっていた。
詩音たちは、そんな春彦の心を察して、苦笑いしていた。
(ベースが、佳奈のぬくもりで暖かい。
 まるで、佳奈みたい。
 良い日になるぞ、今日は!)
春彦のテンションは上がっていった。

軽音部では午前中、他のグループの最終調整の手伝いをしていた。
特に、新入部員で結成されたバンドについては、アドバイスをして、自信をつけさせていた。
午後になると青田たちのバンドの『ヘビー・チョコレート』と詩音たちのバンドの『ピンク・シオン・トルネード・バンド』が交互に本番に向けた音合わせを始め、全員のボルテージがドンドン上がっていった。

15時近くになり軽音部のコンサートに合わせ、観客が集まり始めてきた。
「佳奈、ぐずぐずしていると、いい席なくなっちゃうよ。」
「わかってるって!」
木乃美と佳奈は人垣を縫うように、視聴覚教室にたどり着き、真ん中当たりの席にたどり着いた。
「ねえ、木乃美、もっと前の方が良いんじゃないの?」
「ううん、この辺りの方が左右からの音が交差していいの。」
「そうなんだ。」
(木乃美は何でも知ってるんだ)
佳奈は、そう思い感心した。
「ねえ、だけど、先生も多くない?」
佳奈がそう言うと、木乃美は周りを見渡してみた。
「本当だ。
 結構、年配の先生も多いな。
 やっぱり、事前の噂、ほら、春彦たちのバンド、昔の曲をやるって、だから、それを楽しみにしてるんだってさ。
ほら、その頃ちょうど私たち位の先生が多いのよ。」
「ふーん、そうなんだ。」
学生がほとんどだが、3~4割の割合いで教師や父兄が混じっていた。
学園祭のコンサートでは、珍しい現象だった。

「かーなちゃん。」
「きゃっ。」
佳奈は、いきなり後ろから抱きつかれ、小さな悲鳴を上げたが、すぐに誰だかわかった。
「舞さん、こんにちは。」
佳奈は後ろを振り向き抱きついた相手を見た。
「うーん、佳奈ちゃん、女子力、また上がったんじゃない?
 木乃美ちゃんも、お久し振り。
 まぁ、木乃美ちゃんも可愛くなって。
 そうそう、この間は、うちのバカの面倒を見てもらって、お礼を言っていなかったわね。
 ありがとう。
 今度、佳奈ちゃんと我家に遊びに来てね。」
「あっ、舞さん。
 こんにちは。
 ご無沙汰してます。
 是非、遊びに行きますね。」
「舞さんも、はるの演奏を聞きに来たんですね。」
「そうよ。
 あのこ、うちの人のベースやギターを持ち出して。
 下手な演奏したら、蹴りを入れてやろうと思って。」
「蹴りって。」
佳奈と木乃美は、思わず顔を見合わせ、そして、笑いだした。
「舞さん、変わってないわ。
 綺麗!」
木乃美がそう言うと、舞は、今度は木乃美を抱きしめた。
「そう?
 可愛いこと言って。
 あら?
 木乃美ちゃんも、立派に女子力が上がっていること。」
佳奈も木乃美も舞に抱きつかれても平気で、逆に小さい頃から抱きつかれると何か安心した気分になるので好きだった。
「ま…い…さん、息が…。」
木乃美は、舞の胸に顔を埋めた格好だった。
「あっ、ごめん。
 苦しかった。」
そう言って舞は木乃美を解放した。
「少しだけ……。」
木乃美は、息苦しさから解放されたが、反面、まだ、抱かれていたい気分だった。
(いつもの舞さんの香り、大好き)
木乃美は、こっそり思った。
そうこうしているうちに、視聴覚教室の客席の電灯が消え、ステージが明るくなった。
DATE: CATEGORY:第6章 春彦の光と闇(光編)
学園祭の本番1週間前となっても、詩音がこだわるバラードの1曲が見つからない状態だった。
「あのさ。
 明日明後日と土日じゃん。今回練習休みにしてさ、各自でこれはと思うバラッドを考えて週明けに、持ち寄って、歌って決めようよ。」
詩音が苦肉の策として提案した。
「え?
 練習しないの?」
春彦はびっくりして詩音を見た。
「だって、他の曲は、もう、完璧!というほどじゃん。
 だから、まだ決まっていないバラッドの方が大事だよ。」
「……。」

春彦は日曜日にいつものように春吉とキクの家で練習していた。
ベースの練習が一段落し、フォークギターをいじりながら詩音に言われた宿題のことを考えていた。
(うーん、バラッドかぁ。
 何にしよう……。)
そう思っていると、ふと、フォークギターを見て、何かを思いついた。
(ま、どうせ駄目だろうけど、一度だけお披露目してみるか。)
そして、その日、春吉とキクの家から帰る時、片手のエレキベース、片手にフォークギターと大荷物を持って春彦は家に帰ってきた。
「あら?
 今日は、おまけがついてきたじゃないの。」
舞は、春彦の荷物を見て言った。
「それに、それって、あの人のフォークギターじゃないの?」
「うん、ねえ、かあさん、このフォークギター、明日、軽音部で使いたいんだ。
 ちょっとだけ、お願い。」
春彦は、舞が気にしていたフォークギターだったので、低姿勢でお願いしてみた。
「まっ、仕方ないわね。
 少しは、弾けるようになったの?」
「うん、少しだけ。」
春彦は嬉しそうにうなずいた。
「そのギターケースにカセットテープが入っていたでしょ。」
「うん。」
「そのテープ、聞いた?」
「うん。」
春彦は力強く頷いた。
「なら、いいわよ。
 でも、ギター傷付けないようにね。
 それに、そのギターは、あくまでも『貸し』だからね。」
「はい。」
(そっか、あのテープ聞いたんだね。)
舞は、部屋に引き上げていく春彦の背中を見ながら、何とも言えない顔をした。

「わわっ!!
 はる、どうしたの?
 なんて格好してるの?」
次の日の朝、いつもの駅で佳奈は春彦を見て驚いた。
春彦は背中にエレキベースを括り付け、右手にフォークギターケース、左手に教科書などの勉強道具が入っている鞄を持っていた。
「何、その右手のものは?
 それも、ギター?」
「うん、フォークギター。
 今日の部活で使うんだ。」
「なんか、その恰好、壮絶ね。
 ねえ、何か持ってあげようか?」
春彦は、考えこんだ。
「じゃあ、ベース持てる?」
「重い?」
「重い…。」
「……。」
それから、学校まで、佳奈はふぅふぅ言いながら、春彦のベースを抱きかかえて歩いた。
「ねえ。
 お礼は、いつものだかね。」
佳奈は、息を切らせて春彦の教室までベースを運び終えて言った。
「サンキュー、佳奈。
 本当に助かったよ。
 いつもの倍でいいからね。」
「やった!
 忘れないでよ。」
佳奈は小さくガッツポーズをした。

その日の放課後、部室に行くと皆、春彦の荷物に注目した。
「春彦、それ、フォークギター?」
「ああ、そうだよ。
 今日のバラッド用に持ってきたんだ。」
「なんだ、フォークギターなら部室にも置いてあるのに。」
小久保の一言に春彦は凍り付いた。
「え?
 部室にあるの?」
「あらら。
 今朝、菅井が重たそうに春彦のベースを運んできていたじゃん。
 可哀想に。
 それって、無駄足ってこと?」
詩音は、朝の様子を見ていたので、からかって言った。
「……。」
(でも、あの曲は、これじゃないとな。)
春彦は、まいったなと思いながら、理由付けをしていた。
「さあ、じゃあ、宿題の発表と行くか。
 夏美から出いいかな。」
詩音は、話題を切り替え夏美にせっついた。
「いいわよ。
 じゃあ、私から。」
そう言って順番に各自用意したバラッドを歌って言った。
そして、春彦の番が来た。
「この曲、何て曲で、誰の曲だか知らないんだ。」
「え?
 お前が作ったの?」
「いや、親父とお袋が歌っていた曲で、誰のかと聞いたんだが、お袋はわからないって。」
「親父さんは?」
「え?」
「あっ、春彦の親父さん、海外だっけ。」
小久保が思い出したように付け足した。
「ああ、だから聞けていないんだよ。」
「ふーん。
 で、それで、そのフォークギター?」
詩音が不思議そうに言った。
「なあ、そのフォークギターもすごくないか?」
恩田がまじまじと春彦の持つフォークギターを見て言った。
「それって、ハミングバードじゃん。
 お前んちって……。」
「それより、歌ってみ!」
詩音が待ちきれないとばかりに春彦をせっついた。
小久保は、春彦のフォークギターについて、まだ何か言いたげだったが、遠慮して引き下がった。
「あとさ、俺、歌下手だから勘弁してな。」
「ああ、わかった、わかった。」
そして、春彦はフォークギターを弾きながら歌い始めた。
最初は、笑顔で聞いていたメンバーの顔が途中から真剣な顔に変わっていた。
そして、後半になると、夏美の目は涙で潤んでいた。
春彦が歌い終わると詩音たちは一同、頷き合った。
「春彦で決まりだな。」
「ああ、悪くない。」
「歌は、確かにうまくないけど、ハートに来るからな。」
「全く、立花にはいろいろと驚かされることばっかりだな。」
「……。」
夏美は涙ぐみながら頷いた。
「どこかで聞いたことがあるような気がするけど……。
 まあ、いいか。
 春彦、じゃあ、今日から両方とも仕上げていこうな。」
詩音は、春彦の歌った曲を思い出そうとしていたが、あきらめたようだった。
「えー、まじかよ。
 俺、歌うのいやだな。」
「つべこべ言うな。」
夏美は、涙を拭きながら春彦の頭を突いた。
「はいはい、わかりました。」
春彦は、皆に良いと言われ嬉しい反面、自分が歌うのかと思うと複雑な気分になっていた。

「今日は、ベースちゃんはお休み?」
佳奈が、いつもの公園のベンチでこの間の労働の報酬の鯛焼きを頬張りながら言った。
春彦は、社会部の部活の日だったので、フォークギターだけ持ってきていた。
「そのギター、使うの?」
「ああ、俺のソロパートで。」
「え?
 はるが歌うの?」
佳奈は、ビックリした顔をして、すぐに笑い出した。
「はるって、歌、上手かったっけ?」
「下手なの知ってるだろ。
 詩音たちが、歌えってさ。
 なんか、笑いものになりそう。」
「ほんと、はるが歌うなんて、いままで、想像したこともなかったわ。」
佳奈は、コロコロと笑っていた。
「ひでぇな。
 でも、そうだよな。」
春彦は、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「でも、そんなことないよ。
 私は、ちゃんと聞いていてあげるから。
 で、何を歌うの?」
「うーん。
 それは、当日のお楽しみということで。」
「えー、教えてくれないの?
 けちんぼ。
 ねえ、教えてよー。」
佳奈は駄々っ子の様に、春彦のブラウスの袖をつかんで振り回した。
「内緒!」
「けちー!」
(佳奈だから、当日まで内緒にしたいんだよ。)
春彦はそう思いながら、佳奈にあっかんベーと舌を出した。
「だけど、ベースちゃんもきれいだけど、そのギター君もきれいね。
 胴体のところに、素敵な模様があるじゃない。
 すごくきれい。」
佳奈が指さしたのは、春彦のフォークギターのピックガードに描かれているきれいな花の中と色鮮やかな鳥の模様だった。
「ああ、これってハミングバードって言うんだって。」
「ふーん……。」
佳奈は、わかったような、わかっていないような声を出した。
「ねえ、ところで、何を歌うの?」
「べー。」
「けち!!」
その日、家に帰るまで佳奈は春彦に食い下がっていた。
そんな二人を夕焼けが明るく照らしていた。

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