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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第5章 悠美の楽しみ
「ねえ、ねえ、舞ちゃん。
 舞ちゃんてば!」
悠美の声に、舞は、はっとした。
「どうしたの?
 さっきから呼んでも、ぼーっとしていて。」
悠美が心配そうに舞の顔を覗き込んでいた。
「ごめんごめん。
 つい、考え事しちゃって。」
(今晩、悠美が泊まりに来るからって、昨晩、繁さん張り切っちゃったから、つい、昔のことを思いだしたのかしら…)
舞は、少し恥ずかしそうにしていた。
「なんか変な舞ちゃん。」
二人がゼリーを食べていると、玄関から春繁の声が聞えた。
「ただいま。
 おっ、お客様だな。」
「お帰りー!!」
舞と悠美が声を合わせて言った。
「おー、ただいまー!」
春繁は、負けじと大きな声で言い直した。
「今日は、早かったわね。」
舞は時計を見た。
時計は3時を指していた。
「ああ、今日は仕事の切りが良かったので、さっさとずらかって来たんだ。
 お!
 ゼリーか、美味しそうだな。
 僕の分、あるかな。」
背広を脱ぎながら、春繁はテーブルの上のゼリーを目ざとく見つけた。
「大丈夫よ。
 ちゃんと繁さんの分、ちゃんとあるから。」
「いらないなら、私が食べるからね。
 舞ちゃん、お手製のゼリー、すごく美味しいんだから。」
舞と悠美は笑いながら言った。
「じゃあ、汗かいているから、シャワーを浴びて、さっぱりしてからいただこうかな。」
「そうね、まだ、お酒には早い時間よね。」
舞にそういわれ、苦笑いしながら、春繁は浴室に入っていった。

「なあ、舞ちゃん。」
春繫が浴室に消えて言った後、悠美は真面目な顔をして舞を見あげた。
「ん?
 なあに?」
「あのね。
 繁おじちゃんて、ギター上手なんでしょ?」
「それはそうよ。
 ベースやギターは上手よ。」
「え?ベース?」
舞には悠美の頭に「?」マークが浮かんだように見えた。
「あはははは。
 悠美、頭の上に「?」マークが3つくらい点灯しているわ。
 ベースってね、ギターの一種。
 細かいことは、うーん……。
 その内、音楽の授業でやるでしょう。」
「うっ。
 何か、舞ちゃんにごまかされたような……。」
舞は、笑いながら、悠美を抱きしめた。
「ごめんごめん。
 話を戻すけど、繁さん、上手よ。
 特に、あの鳥さんのギターはね。」
「ほんと?
 じゃあ、後で頼んだら弾いてくれるかな。
 私、聞いてみたいの。」
「大丈夫でしょ。
 悠美の頼みなら、繁さん、喜んで弾いてくれるわよ。」
「ほんと?」
悠美は、舞の腕の中で寄りかかりながら、嬉しそうな顔をした。
「ほんとよ。」
そういって、舞は悠美の頭をそっと撫でていた。
少しすると、春繁は浴室から出てきた。
「繁さん、暑いでしょ。
扇風機、持って行っていいからね。」
春繁は、舞にそう言われ、扇風機を持って、窓際に座った。
季節は、夏に入り昼間は暑かったが、春繁たちのアパートは少し高台にあり、また部屋が2階だったので、扇風機が無くても風が入り結構涼しかった。
「繁おじちゃん、麦茶を持ってきたよ。」
悠美はそう言いながら、お盆の上の麦茶のコップとゼリーを落とさないようにそーっと持ってきた。
「おっ!
 気が利くじゃない。
 嬉しいな。
 ありがとう、悠美。」
そう言って、春繁は悠美の持つお盆の上から麦茶のコップとゼリー、それを食べるスプーンを受け取り、テーブルの上に置いた。
そして、コップから麦茶を半分くらい飲んで、ふーっと声を上げた。
「うん、喉が渇いていたから、麦茶がおいしい。
 それに、どれどれ、手づくりのゼリーも頂こうかな。」
春繁はゼリーに手を伸ばそうとしたが、ふと、気配を感じ顔を上げたところ、悠美と目が合った。
「あれ?
 悠美、まだ、ゼリー食べてなかったんだっけ?
 それとも、おかわりかな?」
春繁は笑いながら悠美に声をかけた。
悠美は首を振って言った。
「ううん。
 でも、おかわりも魅力的だけど……。」
「はい、あーん。
 まだ、スプーンに口をつけていないから大丈夫だよ。」
そういって春繁はゼリーをスプーンによそって、悠美の顔の前に差し出した。
悠美は、ちょっと考えてから、嬉しそうにスプーンの上のゼリーを頬張った。
「もっと、食べるかな?」
そういって春繁は、また、ゼリーをすくおうとした。
「あっ、繁おじちゃん違うの。
 おいしかったけど…。」
最後の『おいしかったの』は小声になっていた。
「ん?」
「あのね、お願いがあるの。」
「なに?」
「あのね。
 あのギター弾いてほしいの。」
そういって悠美はギターケースの方を指さした。
「え?
 いきなりどうしたの?」
春繁が不思議そうに言った。
「ううん。
 さっきね、悠美にそのギターを見せたのよ。」
舞が、二人の会話に割って入ってきた。
「それでね、悠美ったらギターに興味を持ってね。
 だから、繁さんが帰ってきたら弾いてもらったらって話をしていたのよ。
 それに、ギターのこと、いろいろと教えてほしいって。
 ね。」
そう言って、舞は悠美にウィンクして見せた。
「うん、そうなの。
 だから、繁おじちゃん、ギター弾いてみて。」
「そうなんだ。
 わかったけど、まずは、ゼリーを食べさせてね。」
春繁がそう言うと、悠美はにっこり笑って頷いて見せた。

「さて、じゃあ、始めますか。」
ゼリーを食べ終わり、人心地着いた後、春繁は悠美の羨望の眼差しを一身に受け、ギターケースからハミングバードを取り出した。
そして、ケースの中の音叉を取り出し、テーブルの角に音叉を軽くぶつけて、音叉の下の丸くなっているところをピックガードに当てた。
するとビーンと音叉の振動が音になっていった。
そして、春繁はその音叉の音と合わせるように弦を鳴らし、ネックの先のペグというつまみを回し、弦の音を調整していた。
「?」
悠美は、春繁が何をやっているのかわからず、ぼ-っと見ていた。
「あははは。
 悠美、また、頭の上にはてなマークが見えるわよ。」
舞が笑いながら悠美の横に座った。
「うん
 ねえ、繁おじちゃん、いったい何をしてるの?」
「あれはね、チューニングっていうのよ。
 ドレミが正しい音でなる様にってね。
 ギターの弦て、ゴムみたいでね、伸びたり縮んだりして、音がドレミにならなくなるときがあるのよ。
 だから、弾く前にああやって、音を正しくするの。
 それをチューニングっていうのよ。」
「え?
 だって、さっき舞ちゃん、何にもしないで音ならしたじゃない。」
「ああ、あれ?
 悠美にギターの音を聞かせた上げたかったから。
 それに、チューニングって、難しいんだから。」
「ふーん、難しいんだ。」
悠美が感心していると、春繁は笑った。
「違うよ。
 舞は、単に面倒がってやらないだけ。
 誰にでもできるよ。」
「えー?!
 舞ちゃん!」
悠美は、そういうと舞を睨みつけた。
舞は、ペロっと舌を出して惚けたふりをした。
「さてと、じゃあ、悠美。
 少し教えてあげる。
 弦をこうやって押さえて、つま弾くとドレミが出来るよ。」
そう言って、春繫はドレミファソラシドと弦を鳴らして見せた。
「わー、本当だ。
 ドレミファソラシドだ!」
そう言って、悠美は目を輝かせた。
それからしばらく春繁は悠美に簡単なギターの弾き方や、実際に曲を弾いて見せた。
「うーん。
 折角、ギターを出したから、たまには、舞の歌も聞きたいな。」
「えっ?
 いやよ、恥かしい。」
「え?
 舞ちゃんの歌?
 私も聞いてみたい。」
「い、や、よ。
 繁さんも変なこと言わないでよ。」
「えー、聞いてみたい。」
しばらく悠美のおねだりされ、舞は根負けした。
「じゃあ、仕方ないわね。
 ちょっとだけよ。」
「わーい。」
「おっ、待ってました!!」
春繁も悠美に合わせて楽しそうに言った。
「もう、繁さんまで…。」
舞は、苦笑いしながら、立ち上がり、息を吸い込み、発声練習を始めた。
「あー、あー、あー、ああー。」
舞のその声量に悠美は目を丸くした。
「何、驚いているの?
 久し振りだから、準備運動しなくちゃね。」
その舞の低い音域から高い音域まで自在に声を操る舞の姿を悠美は目を皿のようにして見つめていた。
「舞ちゃん、すごい……。」
その悠美の声が聞えたのか、舞は悠美の方にウィンクして見せた。
「さて、じゃあ、いいかな。
 最初は何にしようか?」
「そうね、カーペンタータワーズのトップオブワールドは?」
「いいね。」
そう言って春繁はギターで伴奏を始め、それに合わせ、きれいな澄んだ声で楽しそうに舞が歌い始めた。
その二人のギターと歌もそうだが、楽しそうな二人を見て、悠美は訳もなく感激していた。
曲が終わると、今度は悠美がせっついてきた・
「ねえねえ、次は?」
「うーん、悠美はシングって曲知ってる?」
「あっ、学校で一度聞かせてもらった。」
「じゃあ、それにしよう。」
そして、また二人は楽しそうにセッションを始めた。
舞は悠美を抱き寄せ、二人で体を揺らせて歌っていた。
「わー、歌って楽しいー!」
曲が終わると、悠美は、ますます目を輝かせていた。
「繁おじちゃんのギターもすごくいい音だし、舞ちゃんの歌もとっても素敵!」
悠美は小躍りしながら舞にまとわりついた。
「じゃあ、次は、久し振りにあの曲を!」
「え?」
春繁がそう言うと、舞は一瞬びっくりした顔をしたが、すぐにうなずいた。


「ねえ、繁さん。
 私ね、昔、一度だけテレビで聞いて忘れられない歌があるの。」
「え?
 なんていう歌?」
春彦と舞はいつもの公園でセッションしていた。
「それがね、歌の題名、憶えていないの。
もう、随分前で、何とかっていうシャンソン歌手の歌で、前半と後半の二部構成みたいになっていて、前半は、なんか怖くて悲しい歌なの。
でも、後半は、すごく優しい歌なの。
もう、フレーズもところどころしか思い出せないんだけど、なぜかずっと心に残っているのよ。」
「あっ、もしかして、昔やっていた夕日放送の歌番組でステージ101匹わんちゃん大集合とかいう番組じゃない?」
「あ!
 そうそう、繁さんも知ってるの?」
「うん、確か一度だけどゲストで出演して、僕もとぎれとぎれだけど、すごく心に残っているんだ。
 たしか、反戦歌で前半は、戦場でひたすら家に帰りたいって祈って、後半は『風になって見守っていてあげる』とかじゃなかったっけ?」
「そう、それよ!
 繁さんも知っていたんだ。
 あの曲がもう一度聞きたいな。」
「うーん、曲名も歌手もわからないからな……。
 じゃあさ、僕たちで思い出しながら作るってどう?」
「え?
 それって、すごく素敵。
 素敵よ、繁さん。」
それから、二人は1カ月以上かけ自分達の記憶を頼りに組み立てていった二人だけの曲だった。

舞が歌い終わると、悠美は複雑な顔をしていた。
「今の歌、私、前半は怖くて嫌だな。
 でも、後半は、すごく優しくて大好き!」
「そうだね、この歌は、反戦の歌だからね。
 悠美には難しかったかな。」
春繁は優しい顔で悠美の頭を撫でた。
「ハンセン?」
「そう、戦争って知ってる?」
今度は、舞が悠美の顔を覗き込みながら言った。
「うん。
 授業で習った。
 国同士が喧嘩して、人が死んじゃうんでしょ?」
「そうね。
 でも、一人ひとりは本当は戦いたくないのよ。
 痛い思いするより、悲しい思いをするより、相手のことを思いやって、仲良く楽しくしたいはずでしょ?」
舞がそう言うと、悠美は強く頷いた。
「だからね、戦争や争いをしてはいけませんよ、って訴えている歌なの。」
「ふーん。
 そうなんだ。
だから、後半は、優しいのね。」
「うん。」
舞は、そういって頷きながら笑顔を見せた。
「悠美も、ずーっと、優しい子でいてね。」
「うん!」
悠美は、力いっぱい頷いた。

ドンドンドン!
いきなりドアを叩く音と年配の女性の大きな声が聞えた。
「立花さん!
 下の階の河合だけど!」
その声を聞いて春繁と舞は顔を見合わせた。
「うるさいって言う文句かしら。」
「そうだな。
 じゃあ、僕が謝って来るよ。」
「あっ、繁さん、いいわよ。
 女性同士、私が謝って来るから。」
そう言って、舞は春繁を制して立ち上がった。
悠美は何事かとびっくりした様だった。
「大丈夫よ、悠美。
 あなたも繁さんとここに居てね。」
そういうと『はーい』と返事をしながら舞は玄関のドアのところに行き、そっと、ドアを開けた。
「河合さん、ごめんなさい、歌、喧しかったですか?」
舞は、済まなそうな声で答えた。
「喧しいって、違うわよ。
まったく、歌う時には声をかけてって、前、言ったじゃないの。」
河合と名乗った女性は50代くらいで恰幅のいい女性だった。
「え?」
「私、あなたの歌のファンなのよ。
 ちゃんと教えてくれなきゃ。
 ほら。」
そう言うと、手に持っていた日本酒を差し出した。
「これ、差し入れね。
 だから、私にもあなたの歌を聞かせて頂戴。」
河合は、そう言うとニコッと笑った。
「ええー!!」
舞は、思いもよらぬ展開に驚いて呆然としてしまった。
「ねえ、舞ちゃん、どうしたの?」
心配になって悠美は、舞の傍に来て手を引いた。
「あら?
 この子は、あんたらの子供かい?」
「いやだ、おばさん。
 悠美は、私の姪っこよ。」
「そうかい。
 たまに見かけるから、誰かと思ってたわ。
 ほんと、めんこい娘だね。」
河合は笑顔で悠美の頭を撫でながら言った。
「ねえ、舞ちゃん。
 “めんこい”って、なあに?」
悠美は不思議そうな顔をした。
「めんこいってね、可愛いってことよ。」
舞は、悠美の鼻のあたまを軽く指で触りながら言った。
「……。」
悠美は、照れ笑いを浮かべて、河合と舞を見た。
「で、いいでしょ。
 あんたの歌を聞かせて頂戴よ。」
「ええー、そんな、人に聞かせるなんて……。」
舞がためらっていると、河合の後ろに若い夫婦がやってきた。
「立花さん、私達にも聞かせて。
 急だったので、家にあったお菓子で申し訳ないんだけど。」
「あら、平井さんまで。」
見ると、隣に住んでいる舞と春繁と同じ年齢位の平井夫妻だった。
「ほら、平日の昼間、立花さん、たまに歌っているじゃないですか。
 すごく上手で、きれいな声なので、是非、聴かせていただこうと思って機会をうかがっていたんですよ。」
「僕は、妻に言われていたのですが、先程の歌声を聞いて、是非と思って。」
夫婦は交代交代に舞に話しかけてきた。
「わっ、またお客さんだ。」
悠美がおどろいて声を上げた。
「あら、可愛いお子さんですね。」
「いえ、違うって。
 この子は姪っ子よ。」
舞は、悠美の説明をしながらこの場をどうしたものかと思いあぐねていた。
そうすると、今度は初老の男性が、夫婦の後ろから声をかけてきた。
「わしも、是非聞かせてくれ。」
「あら、玉井のおじさん!」
玉井は、やはり舞たちの斜め下の部屋に住んでいる男性だった。
「ちょうど、いいものが届いたんで、持ってきたよ。」
玉井は、手に思っている干物と書かれた紙袋を差し出した。
「わわわ、また出た。」
「まあ。」
「私は、何もないですけれど、いいですか?
 私、旦那様のギターも聞いてみたくって。」
その横から、平井夫妻とは逆隣の若い独身の女性が声をかけてきた。
「あら、薫ちゃんまで。」
いつの間にか、舞たちの部屋の玄関口がにぎやかになっていた。
悠美は、いきなり大勢の大人が集まってきたので、目を白黒させていた。

「舞、皆さんに上がってもらえばいいじゃない。」
奥から春繁が出てきて舞に声をかけた。
「えー、繁さん。
 みんな、私の歌が聞きたいって。」
「たまにはいいんじゃない。
 ぼくも、もっと聞いていたいから。」
「繁さん!」
舞は、春繁を睨みつけたが、すぐに観念した様に、ため息をついた。
「いいわ。
 その代り、繁さんは伴奏ね。
それと、今日は宴会!!。
 どうぞ、入ってください。
 狭いけど我慢してね。」
そう言って舞は笑いだし、皆を部屋の中に招き入れた。
「え?
 じゃあ、僕、ビール買ってきますね。」
最後に、やはり斜め下の階の独身の男性が声をかけてきた。
「あら、隆くんまで。」
「結局、アパートの住人全員じゃない。」
河合はそう言って、目を丸くした。
それから、夜まで、立花家では、飲めや歌えの大騒ぎになっていた。
悠美は、最初は驚いたが、楽しそうに歌う舞や演奏する春繁、またそれを聴いていたり、楽しそうにいっしょに口ずさんでいるアパートの住人を見ているうちに、自分まで楽しくなったようで、大はしゃぎだった。
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DATE: CATEGORY:第5章 悠美の楽しみ
夏休みが終わり、春繁と舞がサークルに顔を出すと、周りの皆が二人の真黒に日焼けした姿にびっくりするほどだった。
そして、授業が始まり、夕方から、また二人はバイトにせいを出す生活を送っていた。
学園祭が終わり、秋も深まったころ、念願の購入資金が溜り、二人はいそいそとお気に入りのハミングバードが置いてあった楽器屋に向かって行た。
「舞、今気が付いたんだけど、あれから何か月か立っているじゃないか。
 売れていたら、どうしようか。」
春繁は、当たり前のことを今更心配していた。
「大丈夫よ。
 まだ、お店にあるから。」
「え?
 何でわかるの?」
「えへへ。
 内緒。」
舞は、買うと決めた夏休みのバイトの日から、毎日のように足げに楽器屋に通い、売れていないかを確認していた。
そして、いつしか、楽器屋の店員たちと仲良くなり、事情を話して、自分たちが買いに来るまで、誰にも売らないでくれと頼み込んでいた。
最初は難色を示していた店員も舞の熱意に根負けし、舞がお金が出来ると言った月までの期限付きで、売らないで取っておくと約束をしていた。
喜び勇んで買った春繁が、その話を聞いたのは少し後のことだった。
「ねえ、繁さん。
 ちゃんと、『ハミちゃん』あったでしょ?」
「ああ、奇跡か、それともギターの神様の導きかだね。」
「ねえ、今すぐは弾けないんでしょ?」
「ああ、弦を張り替えて、チューニングして少し練習してからかな。」
「じゃあ、今度の土曜日に、あそこ!
 桂川レイクサイドパークに『ハミちゃん』持って行かない?
 そこで、お披露目。
 ね?
 いいでしょ?」
舞は、ギターを持つ反対側の春繁の腕に抱きついた。
「え?
 うん、いいね。
 ただし、天気が良ければね。
 ギターに水は厳禁だから。」
「わかっているわよ。」
舞は、春繁の腕を振り回しながら、嬉しそうに言った。
春繫は、舞に抱きつかれた時の柔らかい感触が忘れられなかった。

その土曜日、秋晴れの格好のピクニック日和だった。
桂川レイクサイドパークは、川岸の広大な土地を整備し、憩いの場として遊びに来る人たちに公開している公園だった。
春繁は、約束の時間のだいぶ前にたどり着き、入り口の辺りでギターを抱えながら舞を待っていた。
それから、程なく、舞も待ち合わせの時間より早く、大きなバッグを持ってやってきた。
「あー、繁さん、早―い。
 ごめんね、待った?」
「いや、少し前に着いたから、そんなに待っていないよ。」
「なら、良かった。」
舞は、息を切らせていた。
「でも、舞。
 どうしたの?
 そんな大きな荷物を持って。」
春繁は、舞の大きなバッグを見て言った
「え?
 ああ、これ?
 今日、天気いいでしょ。
 だから、外でお昼を食べても気持ちいいかな?って思って、お弁当作ってきたの。」
「え?
 舞が?」
「そうよ。
 なあに?
 私じゃ、不満だって?」
「滅相もない。
 その逆、その逆。
 楽しみだなって。
 舞って、料理するんだ。」
「また、そんなに馬鹿にして。
 両親が仕事で忙しい時、私がご飯を作っているんだから。
 両親と兄夫婦でしょ、それにたまに家に帰って来る妹の分も。」
舞の家は、自営業を営んでいた。
舞と10歳以上年の離れた兄の清志が家業を手伝い、その兄も結婚したが、仕事が忙しく兄嫁の敏子も家業を手伝っていた。
その内、光一と悠美が生まれ、必然的に舞は家事と子守を率先して引き受けていた。
「舞ちゃん。
 いつもごめんなさいね。」
「敏子さん、気にしないで。
 光ちゃんと、悠美は全然手が掛からないから。」
舞は、いつもそう言っては光一と悠美にまとわりつかれ、まんざらではなかった。
舞の妹は、天真爛漫な性格でその時代では珍しく、高校から海外の学校に留学したりして、あまり、家には寄り付かなかったが、姉妹中はすごく良かった。

「そうなんだ。
 それは、悪かったね。
 ごめん。」
春繫は、悪いと思ったら、必ず謝るタイプで、そういうところも舞にとっては魅かれるところだった。
「うん。
 でも、テレビに出てくるようなお重じゃないから、あんまり期待しないでね。」
「いや、思いっきり期待しているよ。」
「もう。」
二人は、笑いながら公園に入っていった。
公園は広く、様々なテーマごとに区画がわかれていた。
子供向けに遊具があるところ、ファミリー向けにバーベキューができる広い芝生、恋人たちの語らいの場にもってこいの、川岸の眺めのよい憩いの場などで、舞たちは、その憩いの場に向かった。
「あっ、繁さん。
 あそこあそこ。
 ベンチも空いているし、他から少し外れているから、ギター鳴らしても迷惑にならないわ。」
春繁は、舞の指さす方を見つめた。
確かに、区画の隅で周りにベンチがなく、かといって、川岸から、対岸の山々の景色が楽しめる場所だった。
「ねえ、早く行かないと、取られちゃうよ。」
「おお、わかった。」
そう言って、二人は手を取る様にベンチに向かい腰掛けた。
「さて、まず、何からしようか。」
「そうね。
 まず、『ハミちゃん』で、何か演奏してみて。」
「OK!」
そういって春繁はギターケースから真新しいハミングバードを取り出した。
「わー、やっぱり綺麗!」
舞は、ギターとピックガードに描かれているハミングバードにくぎ付けになっていた。
春繁は、『いえすたでえ』と『夢のキャリホルニア』を歌を添えて演奏した。
ハミングバードから流れる音は、きれいで澄み切ったような音がした。
舞は、そのアコースティックギターの音と、そのギターの音になぜかマッチしているような春繁の声に聞き入っていた。
そして、曲が終わると、やんややんやと言わんばかりに拍手してみせた。
「やっぱり、いい音だろ?」
「そうね。
 素敵。
 でも、繁さんの歌もまあまあね。」
舞は、そう笑いながらいうと、春繁は照れたように頭をかいた。
「じゃあ、今度は、舞の番ね。」
「え?
 うん、わかった。
 ちょっと、発声練習するね。
 まずは、口を潤してっと。」
そういうとバックからゴソゴソと水筒を取り出し、中のお茶をコップに注いで一口二口飲んだ。
「繁さんも、喉乾いていない?
 歌ったばかりだし。」
そういうと、新しいコップを出して、お茶を入れ春繁に差し出した。
「さんきゅう。」
そう言って、春繁は渡されたコップのお茶を口に含んだ。
「あー、あー。」
舞は、手をお腹の前で組み、声を出し始めた。
最初は、軽く、声を出す程度だったがその内喉が温まってきたのか、いきなりオペラ歌手のような発声練習を始めた。
「あー、あー、あああー!」
舞の声は澄み通るようなきれいな声で、声量もあり、さらに春繁を驚かせたのは何オクターブも上げ下げができることだった。
「すっ、すごい……。」
春繁は、舞の発声練習を聞いただけで、目を丸くしていた。
舞は、そんな春繁を見て、発声練習を止め、顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「どうしたのって、舞、その声。」
「え?
 やっぱり、変だった?
 だから私人前で歌うの嫌だったの。
 へたっぴぃだけど、勘弁してね。」
舞は、ぺろっと舌を出して、すまなそうに言った。
「い、いや、その逆。
 まるで、声楽家みたいなすごい声してるって。」
春繁は、明らかに舞の声を聞いて興奮していた。
「えー、何言っているのよ。
 そんな大げさな。」
舞は謙遜している訳ではなく、本心から言っていた。
「じゃ、じゃあさ。
 早速、合わせてみようよ。」
「うん。」
「何が歌える?」
「えー、逆に何が演奏できるの?
 演奏できなきゃ意味ないじゃない。」
舞は笑いながら言った。
「それもそうだね。
 うーん。
 じゃあ、カーペンタワーズは?」
「うん、だいたい知ってるわよ。
 イェスタデイワンスモーとか。」
「ヨーミンは?」
「知ってる知ってる。
 結構好きなの。
 ほら、お菓子のCMで流れた『やさしさに包まれてなら』とか。」
舞がそう言うと、春繁は、その『やさしさに包まれてなら』のフレーズを弾き始めた。
舞はそのフレーズを聞いて、ニコッと笑って歌い始めた。
その声は、ギターを弾いている春繁を楽しくさせた。
「じゃあ、これは、どう?」
そういうと春繁は軽快なフレーズを弾き始めた。
「知ってるわよ。
 ジャンバタヤでしょ。」
そういうと、舞は英語の楽曲もすらすらと歌い始めた。
その歌は、最初の歌といい人を弾きつける歌声だった。
「じゃあ、これは?」
そんなこんなで、10曲近く、次から次へとセッションし続けた。
春繁が、どんな曲を持ち出しても、それが日本語の楽曲だろうが英語の楽曲だろうが舞は苦にしなかった。
「すごいよ、舞。
 やっぱり、歌が上手いし、すごくいい声だよ。」
「ええー?
 そうなの?
 繁さんのギタテクがいいからじゃない。
 それに『ハミちゃん』の音がいいからじゃない。」
「いや、そんなことない。
 舞の歌は最高だ。」
春繁に真面目な顔で言われ、舞はどぎまぎした。
「それに、どれだけ曲を知ってるの?
 歌詞も全部わかるみたいだけど。」
「うん。
 私、歌が好きで、いつもラヂオを聞いて口ずさんでいるから、自然と覚えたのかしら。」
「ふーん。」
春繁は、ひたすら感心していた。
舞は、10曲近く歌っていたが、嫌な顔一つせず、ケロッとして、たのしそうにしていた。
「そうそう、繁さん、お腹空かない?」
「え?」
舞に言われ、確かにお腹が空いていることに気が付き、腕時計を見てみた。
春繫の腕時計は1時を回っていた。
「え?
 もうそんな時間?
 ここに来てから、もう2時間以上たっているんだ。」
「そうよ。
 でも、楽しいから、あっという間。」
舞は、そう言いながら、ごそごそとバッグからお弁当を出だしていた。
「道理で、お腹もすいたところだ。
 舞も、お腹空いたろう?
 ごめんな、僕ばっかり楽しんで。」
「何言ってるのよ。
 私も楽しいって言ったばかりじゃない。
 ねえ、何食べる?
 定番の唐揚げと卵焼きでしょ。
 それに梅干しのおにぎりとね、たこさんウィンナー。
 ブロッコリーのベーコン焼きでしょ。
 あとね……。」
「いったい何品作ってきたの?」
まだまだ、献立が続きそうだったので、春繫はあ然としていた。
「冗談よ。
 あとは、ポテトフライとミニトマトよ。」
「でも、すごいな。
 あっ、僕は梅干しのおにぎりが大好きなんだ。」
「まあ、良かった。
 たくさん食べてね。」
春繁は、舞から渡されたおにぎりを頬張った。
「う、うまい!!
 この握り方も絶妙だし、梅干しもおいしいよ。」
「えへへ、そうでしょ。
 その梅干し、自家製よ。
庭の梅の木になった梅を毎年梅干しにしているの。
これでも、私が作っているのよ。」
「へえ。」
春繁は感心しながら唐揚げや卵焼きに手を出した。
どれも、春繁にとっては、どれもすごくおいしいご馳走で、味わうたびに「うまい、うまい」を連呼し、舞を喜ばせた。
そして食事が終わると、たくさん作ってきたお弁当が見事に空になっているのを見て、舞は小躍りして喜んでいた。
「わあ、全部食べたわね。」
「ああ、どれも最高に美味しかったよ。
 ご馳走様。」
「はい、お粗末さまでした。」
舞は、ニコニコしながら片づけをした。
その後、また二人はギターを伴奏に、プチコンサートさながら、セッションを繰り返していた。
「ふう、少し疲れたね。」
ギターの手を止めて、春繁は舞の方を見た。
秋も深まり、当たりはもう、日が傾いていた。
その夕日に舞が照らされていた。
舞はジーパンに白いフリルのついたブラウス、その上に赤いカーディガンを羽織っていた。
髪はいつもの肩までのウルフカットで、ほとんど化粧っ気もないが、血色の良い顔が活発さを醸し出していた。
それと同時にやさしい笑顔が女性らしさを強調していた。
「あ…。」
「ん?」
舞が春繁の方を向くと、夕日に照らされた舞の顔、特に茶色の澄んだ瞳がとても愛らしく見えた。
舞のからは、やはり夕日に照らされた春繁がドキッとするほどカッコよく見えていた。
春繫は、そっとギターを横に置き、舞の名前を呼んだ。
「舞。」
「なあに。」
そう言いうと、二人は自然と顔を近づけていった。
そして、目を閉じ、そっと二人は唇を合わせた。
唇を離し、春繁が目を開けると、舞は笑顔だったが涙ぐんでいた。
春繫は、その理由がわからず、あわてていた。
「え?
 あ、ごめん。
 びっくりした?
 いやだった?」
しどろもどろになっている春繁を舞は微笑みながら見て、首を横に振った。
「ううん。
 その逆!
 私、男の人に、こんな感情を持ったの初めてだし、信じてくれないかもしれないけど、今まで誰とも付き合ったことも、手を触れたこともないのよ。」
舞は、活発そうに見え男友達も多そうに見えがちだったが、そんなことは一切なく、好意を持てる男性がいなかったのと、家事と子守の方が楽しかったので、男友達は皆無だった。
春繁の方も家が田舎だったのと、バイトやエレキベースに明け暮れ、周りは華やかなカップルが溢れていたが、その流れに思いっきり乗り過ごしていた。
そんな二人だったので、お互いが意識した初めての異性だった。
なので、付き合い始めて半年、二人にとって正真正銘、ファーストキスだった。
「いや、信じる。
 僕も、同じさ。」
「えー、そうなの?
 繁さんて、女性にもてそうなのに?」
「何言ってるの、舞だって同じだよ。
 美人だし、スタイルいいし。」
「ありがと。
 でも、繁さんもかっこいいわよ。」
そう言い合いながら、先程まであった二人の距離がなくなり、肩を寄せ合うようにベンチで座っていた。
春繫は、寄りかかる様に体を預けている舞から、暖かい体温とともに何とも言えない女性のいい香りを感じていた。
舞も、寄りかかりながら春繁の見かけは細身だが寄りかかるとたくましく熱い身体、また、男臭さではなく、抱かれていたくなるような臭いを感じ、うっとりとしていた。
「なあ、舞。」
「ん?」
「舞は、本当に僕でいいの?」
舞は、小首をかしげて春繁を見ていた。
「僕は舞がいればいい。
 いや、舞じゃなければ、だめだ。
 だから舞にずっと傍にいてほしいんだ。」
「ほんと?
 私も!
 繁さん、大好き!!」
舞がうれしそうに言うと、春繁の胸に飛びついた。
春繁も、しっかりと舞を抱きしめ、二人は黙って、再び、唇を重ね合わせた。
それは、最初のキスよりも何倍も長い時間をかけ、お互いの気持ちを確かめ合っているようだった。
DATE: CATEGORY:第5章 悠美の楽しみ
「いやだなー。
 雨の日って、外で遊べなくて。」
悠美が、窓の外を眺めながらつぶやいた。
「あら、でも、お百姓さんには、大事なのよ。」
舞が、笑いながら答えた。
「それはそうだけど。
 それなら、普通の日に、そうそう、体育のある日に降ってほしいな。」
いつものように、悠美が春繁と舞のアパートに遊びに来ていた。
「ん?
 悠美は、体育が嫌いなの?」
「その時によって。
 ドッチボールとかは好きなんだけど、体操や徒競走なんかは嫌だな。」
「まあ、それもそうね。
 私もそうだったかしら。
 でも、この季節はプールじゃなかった?」
「う、うん。」
「プール嫌い?」
「ううん。
 でも、この前、授業の時に、おおっきな蛾が浮いていたのよ。
 信じられない。
 思い出しただけで、ブルブルものよ。」
「あら、悠美でも苦手なものあるのね。」
悠美は、好奇心が旺盛で、虫も大概のものは平気だった。
「グロテスクなのは嫌!」
「あははは。
 さあ、気分を変えて、ゼリー作ったの。
 そろそろ固まっているかしら。
 食べる?」
「うん!
 舞ちゃんて、お料理上手だもんね。」
土曜日の昼下がり、悠美が遊びに来ると前日に連絡があったので、舞は悠美に食べさせようと用意していた。

「ねえ、この大きなケースはなに?」
悠美ははやの片隅に立て掛けていたギターケースを指さして言った。
「ああ、それ。
 それね、繁さんのよ。」
そう言うと舞は、ギターケースを横にして、ケースのロックを外し、ふたを開けた。
悠美は、なんだろうという顔をして、そのケースの中を覗き込んだ。
「あっ、知ってる。
 これって、ギターでしょ?」
「そうよ。
 アコースティックギターっていうの。」
「わー、このギター、まん丸太ったところに綺麗な鳥さんの絵がある。」
「まん丸太ったところ……。」
舞は、悠美の形容の仕方に絶句してしまった。
「ねえねえ、これって、どうやって鳴らすの?」
「ん?
 これはね、こうやって持って……。」
そう言いながら舞は胡坐をかき、その中にギターを置いて“ジャララーン”と指で弦を撫でて鳴らして見せた。
「わっ、びっくりした。」
悠美は、ギターの音に思わずびっくりして見せた。
「ギターはね、一つずつ、ドレミファソラシドを奏でることも出来るし、6本の弦で一つのコードを奏でることが出来るのよ。」
「コード?」
「あはは、悠美には難しいわよね。
 私も説明が下手だから、繁さんが帰ってきたら教えてもらいなさい。」
「はーい。
 でも、この鳥さん、きれい。」
「そうなのよ、私もこの鳥が気に入っているの。
 カラフルで、きれいでしょ。」
それは、普通のハミングバードのピックガードではなく、特別仕様でカラフルな色で彩られたハミングバードだった。

それは、舞と春繁が大学生の時。
二人は映画を見た後、レストランを捜しに街をぶらぶらしていた。
「やっぱり、ロッキッキーは最高だよな。」
「えー、女の子を誘ってみる映画なの?
 もっと、ロマンチックな映画を見に行くと思った。
 しかも、散々、殴り合ったあとに、『えんどりあ~ん』でしょ。」
「それがいいの。」
「ふーん。
 まだ、燃えよドランゴの方がいいわよ。
 『おちゃー』ってね。」
そういって、舞は春繁のお腹にふざけて空手チョップを見舞った。
「同じじゃん。」
春繁は、笑いながら舞のチョップを受け止めた。
「あら?」
舞は、楽器屋のショーウィンドウに目が釘付けになった。
「ん?
 どうしたの?」
「繁さん、あれ、あれ見て。」
舞が指さした先には、ショーウィンドウの中にフォークギターが飾ってあった。
そのアコースティックギターのピックガードには、今まで見たことのないカラフルできれいな模様の花の蜜をついばむような鳥の絵が施されていた。
「ああ、これってギブスンのハミングバードだね。
 でも、模様が普通と違い、カラフルできれいだね。
 ほら、その横にあるのが普通のハミングバードだよ。」
横には茶色のピックガードに鳥の模様が黄色っぽい線で描かれたギターが飾られていた。
「きれいねぇ。
 すてき。」
舞は、そのカラフルなハミングバードにくぎ付けになっていた。
春繁も、そのギターを覗き込み、横の正札に目をやり、思わず声を上げて。
「うわっ!!」
「えっ?
 どうしたの?」
舞は、きょとんとして、春繁を見あげた。
春繁は、何も言わずにそのギターの正札を指さした。
「20万……。」
舞も途中から言葉にならなかった。
「でも、きっと、良い音色よね。」
「それはそうだろう、ギブスンだから。」
「ねえ、中に入って、触ってみましょうよ。
 触るだけなら、ただなんだから。」
そう言って舞に引っ張られながら、春繁はお店の中に入っていった。
そして、お目当てのギターを店員に確認してから、持ち上げ、軽く音を出してみた。
「……。」
「……。」
二人は、あまりにきれいな音に思わず聞きほれてしまった。
その後、店員から月賦も組めると勧められたが、二人は這う這うの体で店を後にした。
「でも、値段だけあるな。
 良い音だった。」
「本当。
 それに、あの鳥の模様、すごくきれいだったわ。」
「そうだね。」
そう言って、二人は映画の話をそっちのけに、ギターの話で盛り上がりながら喫茶店に入った。
「そうそう、舞。
 今度の学際で、バンドのボーカルやらない?」
春彦たちの入っているサークルは音楽研究会(音研)で、学際ではバンドを組んで生演奏のコンサートをだいだいやっていた。
「ボーカルのなり手が無くてさ。」
「ぱす!」
舞は、あっさりと春繁の勧めを却下した
「私、歌上手くないし、人前で歌うの絶対に無理!!」
「えー、舞って声いいじゃん。」
「歌聞いたことないでしょ。」
「でも、声量ありそうだし、きれいな声だから、絶対、歌上手いと思うよ。」
「だめー!」
「そうか?」
「絶対、ダメ―!」
そう言って、舞は身体の前で腕を交差させバツ印を作った。
「じゃあさ、今度、僕の伴奏で歌ってみない?」
「ええ?
 繁さんの伴奏って、エレキベースじゃない。
 そんなんで、歌えません。」
舞は、ぷいっと横を向いた。
「そうかな……。
 確かにベースだけじゃ歌いにくいかな。」
「そうよ、いくら繁さんがベース上手くても、スリーグリズリーズなんて伴奏できないでしょ?
 アババは?」
「うっ、いきなりハードルをあげたね。
 でも、アコースティックギターなら出来るか。」
「え?
 繁さん、アコギ弾けるの?」
「ああ、サークルに置いてあるのをたまに弾いてるよ。」
「ふーん。
 じゃあ、アババやビトールズも弾けるの?」
「ああ、練習すればね。」
舞は、目を輝かせて言った。
「じゃあ、じゃあ。
 今度、私に聞かせて。
 二人だけなら歌ってもいいから。」
「えー、バンドでは?」
「いや!
 繁さんの伴奏で、繁さんにだけならいいの!」
春繁は、舞にそう言われ、半分嬉しかった。
(繁さんにだけならいいの)
「わかった。
 ともかく、アコギでいろいろ弾けるように練習するわ。」
「わーい。
 何か楽しみ!!」
舞は、上機嫌だった。
舞は、春繁と二人っきりで色々なことをしてみたかった。

それから何を思ったのか、春繁はあまりサークルに顔を出さなくなっていた。
「あら?
 今日も、繁さん、来てないんですか?」
舞は、怪訝そうな顔をして、サークルのメンバーに聞いた。
「立花、最近、バイトを入れていて、忙しいんだって。
 舞ちゃん、何か聞いてない?
 そろそろ、夏休みに入るから、秋の学際のバンドと曲をどうするか相談したいんだけど。」
「そうなんですか……。」
舞は、春繁がバイトを始めているのが腑に落ちなかった。
(私を避けているのなら、学校であってもあんなんじゃないし、電話しても、いつもと変わらないし。
 どうしちゃったんだろう)
春繁のバイトはどんどん激しくなり、夏休みに入るとプールの監視員のアルバイトを始め、朝から晩まで働いていた。
ただし、週に一度、バイトが休みの日は、舞とデートをしていた。
「ねえ、繁さん。
 どうしたの?
 最近バイトばかりで、サークルの先輩たち困っていたわよ。」
「ああ、皆、秋の学際をどうしようかだろ?
 いつも、僕を頼りにしているから、いい機会だから、自分達で考えてもらおう。」
春繁は笑いながら言った。
「笑い事じゃないと思うけど……。
 で、どうして、そんなにバイト一生懸命やっているの?
 ご両親の具合が悪いとか。
 だから、お金に困っているとか?」
舞は、心配そうな顔をして言った。
春繁は、そんな心配そうな舞の顔を見て、しばらく考えてから言った。
「うーん。
 実はね、アコースティックギターを買おうと思って、バイト始めたんだよ。」
「え?
 アコギ?」
「うん。
 ほら、この前、楽器屋のショーウィンドウに飾ってあったハミングバード。」
「えー、あれって、素敵だけど、すごい値段じゃない。」
「ああ、だからね、夏休みに集中して稼いで、足りない部分を夏休み以外に稼いでね。
 計算したんだけれど、夏休みに10万ちょっと稼げるでしょ。
 後は、半年くらい平日の午後にバイトを入れれば買えるんじゃないかなって。」
「どうして、あのギターなの?」
「だってさ、僕の演奏なら舞は歌ってくれるって言ったじゃない。
 舞の歌、聞きたいし、それには、舞の気に入ったギターで!
 と、思ってさ。」
それを聞いて、舞は目頭が熱くなった。
「そんな。
 そのために、そんなに頑張って。
 疲れてない?
 私、どんなギターでもいいわよ。」
舞は切なそうな顔をしていた。
春繁は、そんな舞の顔をみて、顔を左右に振った。
「大丈夫。
体は丈夫だし、逆にプールは目の保養に……!!」
春繁は、舞の顔つきが変わったのを見て、はっとした。
「目の保養?
 それって、女の子の水着姿ってこと?
 この私がいるのにぃ!!」
舞の目が吊りあがり、頬の筋肉が痙攣した様に動いていた。
「ちょっ、ちょっとさ。
 いや、私がいるのにって!!
 まだ、結婚もしていないじゃないか。」
「結婚?
 そんなこと関係あるの?
 ちょっと気を許すとー!!」
舞は、最後までいうことなく、平手で春繁の頭をぴしっと叩いてさっさと、歩いて行ってしまった。
「ちょっと、舞。
 待ってくれ。」
春繁は追いかけて、舞の腕を掴んで振りむかせた。
振り向いた舞の顔は険しい顔になっていた。
「今日は、帰ります!」
舞にぴしりと言われ、春繁はどぎまぎしながら手を離さざるを得なかった。
その日は、それで喧嘩別れをした格好になっていた。

翌日、春繁は、いつものようにバイト先のプールに出勤した。
朝の朝礼の時、責任者から話が合った。
「えっと、今日からもう一人、バイト仲間が増えました。
 皆、宜しくね。
 じゃあ、南雲さん、あいさつして。」
(え?
 南雲?)
春繁がびっくりし、視線を新しいバイトの娘に目をやると、そこにはセパレートタイプの競泳用の水着を着た舞が立っていた。
「ま…い…。」
啞然とする春繁を横目に、舞は元気よく挨拶をしていた。
「今日から一緒に働きます、南雲舞です。
 よろしくお願いします。
 特に、立花さん、お願いしますね。」
「え?
 立花君と知り合いなのか?」
責任者はそういうと、舞の面倒を見るように、春繁に言った。
「舞、どうして?」
春繁は、おどおどしながら尋ねた。
「詳しい話は、また後でね。
 知らない女の子に、鼻の下伸ばしていたら、あとで蹴っ飛ばすからね。」
舞は、そういうと悪戯っぽく笑顔でウィンクした。
(しかし)
春繁は、舞の水着姿から目を離すことができなかった。
水着になると、舞は細身だが均整の取れた身体とくびれるところはくびれ、出るところは出ている抜群のスタイルだった。
しかも、もともと化粧っ気が少ないがなかなかの美人の上、若くはつらつとした笑顔は人を引き付けるものがあった。
「何を、まじまじ見てるの?
 ささ、仕事仕事!!」
舞は、春繁に”じー”っと見つめられ、照れ臭そうに言った。
春繁は、初めは喜んだがすぐに監視員の仕事が一つ増えたのを後で痛感することになった。
プールの男性客が、常に舞に声をかけて来るので、そちらの方の監視も必要になっていた。
特に、休憩時間、監視員の仕事の一つで。プールの底に落とし物や何か落ちているかお客が上がったプールの中を調べる時、舞はきれいな飛び込みと泳ぎを見せ、プールサイドから歓声が上がるほどだった。
「あの娘、素敵ねぇ。」
思わず女性客からも感嘆の声が漏れた程だった。
その日のバイトの帰り道、春繁がプールの通用口から出てくると、先に上がっていた舞が待っていた。
「繁さん。
 一緒に帰ろう。」
春繁は、昨日の今日だったので、嬉しさいっぱいだった。
何よりも、舞の笑顔で舞い上がらんばかりだった。
「おん。」
春繁は、何を言っているのかわからずに答えた。
「おん?
 何、それ。」
舞は大笑いで聞き直した。
「いや、えーと……。
 『おお』と『うん』がごっちゃになって。」
「それでは、『はい』はどこへ行ったのかな?」
「はい。」
舞は笑いながら春繁の横に来て、肩を並べて歩き始めた。
「なあ、舞。」
「ん?
 なぁに?」
「いや、あのさ。
 何で、プールのバイトなんて、やる気になったの?
 いつ決めたの?」
「えー?
 昨日に決まっているじゃない。
 繁さんを他の女の子に取られないように見張っていなくちゃと思って。
 昨日、別れて、すぐにここに来て、バイトさせてくださいって頼んだのよ。
 もう、履歴書とか途中で買って、なんとか係りの人に頼み込んで大変だったんだから。」
舞は、一生懸命、苦労したことを報告した。
(舞は、大変だったろうが、採用する方は、ねがったりかなったりで、即決だったんだろうな。)
春繁はそう思うと、採用係の花の下を伸ばし切った顔を想像し、苦笑いした。
「まあ、それは冗談だろう。
 で、本当は、どうして?」
「えー、半分は、本当よ。」
『半分は本当』をいう言葉を聞いて、春繁は、さらに嬉しくなっていた。
「で、あと半分はね。」
「半分は?」
「ハミちゃんを買うのを手伝おうと思って。」
「『ハミちゃん』って、あのアコギのこと?」
うんと舞は頷いた。
「もともと、私が気に入ったギターだし、それで、伴奏してくれるんでしょ?
 なら、私も手伝って、早く買って、二人でコンサートやりたいし。
 あっ、コンサートって、二人きりだからね。」
「舞……。」
春繫は、いじらしいまでに可愛い舞を抱きしめたくて仕方なかった。
「だからね、夏休みはずっと一緒よ。」
「まいー。」
「きゃっ、繁さん、なんで泣いているの?」
春繁は、感動のあまり泣き出していた。
(こんなに可愛い、いい女性が僕のために……)
そう思うと、涙が止まらなかった。
「繁さん、ほら、ハンカチ。
 涙を拭いて。」
舞はおろおろしながら、ハンカチを差し出し、春繁をなだめていた。
それから、その夏休みはバイトではあったが、二人はずっと一緒だった。
バイト中、舞はいろいろ男性たちから声を掛けられ、春繁はハラハラしたが、舞には全くその気がなく、軽くあしらっていた。
また、プールの営業時間が終わった後、プール会社の社員から飲み会だの、誘われていたが、舞は、お金を貯めるためにバイトしていると言って、頑として誘いを断っていた。
予断だが、その年の夏休みのプールの入場者数は、暑いせいもあったが、最高を記録し、その記録は今でも破られていないほどだった。

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