FC2ブログ

プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


最新記事


最新コメント


月別アーカイブ


カテゴリ


メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:


訪問していただいた方々


よろしくお願いします。


リンク


DATE: CATEGORY:第3章 佳奈の決意
それからは、平日はリハビリ、週末に春彦と過ごすほかに、仲良し4人組との日々のメールのやり取り、たまに、ばらばらで佳奈の顔を見に家に遊びに来るオプションがついて、佳奈の毎日も随分とにぎやかになってきた。
春彦が、そんな佳奈に、たまには自分と会わずに、のんびりする日も必要なのではと、聞いたが、佳奈は、そんなことないと首を横に振るだけだった。
春彦も、佳奈の傍にいるだけで、気持が休まるので、週一回は会いに来ていた。
その日は、特に外に出ることなく、佳奈の部屋で、二人でのんびりしていた。
「春?
 今日は、何か疲れてるみたい。」
佳奈がベッドの上から、床に座り佳奈のベッドに寄りかかっている春彦に話しかけた。
「ああ、今週は、なんだか仕事が忙しかったからなあ。」
「春彦は、子供向けの教育出版の仕事でしょ。」
「うん、もっぱら、車で幼稚園を回り、本を配ったり、新しい本が出ると、その売込みだよ。
 これでも、幼稚園の園児と仲良くなったりしてるんだぜ。」
「先生ともじゃないの?
 この前のコロンが好評だったって?」
佳奈が笑いながら聞いた。
「まあね。
 コロンはさておき。
 顔見知りも増えてきたよ。
 でも、幼稚園の先生さんって、重労働みたいだよ。
 何せ、元気の塊で太陽みたいな子供たち相手だからね。
 結構、定着率、低いみたいだよ。」
「ふーん、たいへんなんだね。
 私も、病院で入院中の子供たちとお話ししたりするけど、重い病気じゃなければ、けっこう元気を持て余しちゃっている子もいて、看護婦さんたちも、面倒を見るのがたいへんそうだもんね。」
「そうだね、看護婦さんたちもたいへんだよな。
 佳奈なんていう、おっきい子供もいるもんな。」
「なによ、それ。」
佳奈は、ちょっと怒った口調で言った。
「そう、それで、昨日は、教材を届けた幼稚園で、園児たちにつかまって、幼稚園終わった後、園庭で1時間近く相手をさせられたんだぜ。
 お母さんたちは、先生と話が弾んじゃって、子供はこっちに押し付けてるって感じ。」
「まあ。
 でも、春だったら、子供に人気あるだろうし、人畜無害そうだから、幼稚園の先生やお母さんたちも安心して、任せているんじゃない?」
「人畜無害?
 言ったなぁ。
 まあ、でも、当たってるか。」
とぼけた春彦の返事に、佳奈はクスクスと笑った。
(そうか、春彦も頑張っているんだよね。
 私も、何かしなくちゃ。
 何が、出来るだろうかな…。
 前の会社も辞めちゃったし、この足じゃOLも無理だろうし。
 何か、資格を取っておけば良かったな。)
佳奈は、一人で考えこんでいた。
「?」
佳奈は、春彦が静かなのに気が付き、考え事を中断し、春彦の様子をうかがった。
春彦は、佳奈のベッドに寄りかかったまま、うたた寝をしていた。
(あらら、余程、疲れているのかな。
 春ったら、結構、私の部屋で転寝するんだよね。)
佳奈は、うたた寝をしている春彦を優しい顔で眺めていた。
(そうだ、風邪ひくといけないから、ガウンでもかけてあげるか。)
普段は、そんなに冷房を掛けないのだが、今日は春彦のために冷房をすこし強めにしていた。
佳奈は、春彦が起きないように、そっと、自分のガウンを、器用に身体を捻じって、そっと春彦の肩からお腹にかけて掛けた。
(そうだ、今から何か資格を取ろう。
 何があるかな…。)
佳奈は、春彦の寝息を聞きながら、再び、考え事をしていた。
しばらくして、茂子が、お茶を持って部屋に来た。
「佳奈?」
茂子は佳奈の部屋が静かなのに気が付き、ノックの音も小さく、どうしたのかと、そーっと様子をうかがいながら入ってきた
佳奈は、慌てて、春彦を指さし、(しー)と、もう一方の手の指を口に当て、静かにするようにとジャスチヤ―した。
茂子は、春彦がうたた寝しているのに気が付き、佳奈に頷き返し、お茶が乗っているお盆を、そーっと佳奈の机の上に置いた。
「春、昨日、幼稚園で園児の世話をして疲れちゃったんだって。」
佳奈は、小声で茂子に説明した。
「まあ、春彦君だったら、子供に人気がでそうよね。
 我が家でも、大きな子供の人気の的だもんね。」
「もー、春と同じこと言わないで。」
「でも、この前の木乃美ちゃんといい、春君といい、よく佳奈の部屋でお昼寝するわね。
 余程、居心地がいいのかしら?」
「居心地がいい?」
佳奈は、内心『居心地がいい』というセリフが何となく嬉しく、はにかみながら聞き返した。
「うーん、そうね。
 ぼんやりした佳奈が傍にいるから、気が緩むとか。」
茂子はそう言うと、笑いながら部屋を出ていった。
「もう、お母さんたら変なこと言って。」
佳奈は、小さな声で文句を言った。

春彦は、そんな気配に気が付き、目を開けて大きく伸びをした。
「悪い悪い、つい、
眠っちゃったみたいだ。」
そういいながら、身体にかかっている佳奈のガウンに気が付き、手に取った。
ガウンからは、佳奈の甘い匂いがしていた。
(最近、佳奈から甘い、いい匂いがするんだよな。
 そう、昔から変わらないなぁ。)
「こら、はる。
 なに匂い嗅いでるのよ。」
ぼーっとガウンの匂いを嗅いでいた春彦に佳奈が、恥ずかしそうに言った。
「あ、ごめん。
 ちょっと、良い匂いだったんで。」
つい、春彦は口を滑らせた。
「……。」
佳奈は顔を赤らめ、ガウンを渡すようにと、手を出した。
春彦は、その手にガウンをそっと渡した。
佳奈は、もう、事件のトラウマから回復していた。
特に、春彦には絶大な信頼を置いているので、「いい匂い」という言葉を、ストレートに信じていた。
それに、香りの魔術師の木乃美がいることも大きな支えになっていた。
春彦は、佳奈の机の上に置いてあるお茶を見つけた。
「ひょっとして、おばさん、入ってきたの?」
「うん、春の寝顔をじっくり見ていたわよ。
 かわいいって。」
佳奈は、笑いながら言った。
「えー、起こしてくれればいいのに。
 おばさん、呆れていただろう。」
「ううん、そんなことないよ。」
「そっかぁ?」
「そうよ。」
「まあ、いいや。
 折角だから、お茶、いただきます。
 佳奈、取ってやるよ。」
「ありがとう。」
2人は、運ばれてきたお茶を飲みながら、話を続けた。
「春、私ね、何か資格を取ろうと思うの。
 そして、その資格で何か仕事が出来ればいいかなって、考えてるんだ。」
「おー、いいじゃん。
 何を取るの?」
「うーん、今、考え中。
 体力のいる仕事は無理だし、経理とか…。
 幼稚園の先生や保母さんは、やっぱり無理だよね。」
「そうだね、子供って、みんな、ボルトみたいなやつばっかりだからなぁ。」
「えー、100m、10秒切っちゃうの?」
「笑い事じゃなく、ほんとに素早いよ。」
「そっか、面白そうだな。」
「まあ、いろいろ探してみるといいよ。
 インターネットでもあるだろう。
 『ウイキャン』みたいな資格専門の会社が。
 あとは、何かパンフレットがあれば、持ってきてやるよ。」
「あー、知ってる。
 イエス、ウイキャン! でしょ?
 ありがとう。」
「あっそうだ。
 佳奈、来週は来れないから。」
春彦は、思い出したように言った。
「え?」
佳奈は、驚いて聞き返した。
「今度の土日、泊りがけで会社の慰安旅行なんだ。」
「えー、そうなの。
 どこ行くの?」
「うん、確か鶴亀温泉て、ほら、テレビもCMでもやってるでしょ。
 半島の先っぽの温泉ホテル。」
「知ってる、知ってる。
 なんだっけ、古代風呂で、みんな原始人みたいな格好して温泉に入るCMでしょ。
 見るたびに、“なぜ?”て、思うCM。」
「そうそう、そこ。
 今年は、そこに行くんだって。」
「ふーん、じゃあ、今度の週末は遊びに来てくれないんだ。
 つまんないなぁ。」
「まあ、まあ。
 寂しかったら、4人組、いや、今は3人か。
 大木とか声を掛ければ。」
「そうだね。」
佳奈は、少し残念そうに言った。
「お土産は、何がいい?
 温泉まんじゅうとか?」
「マグロ…。」
佳奈は、拗ねたように、ぼそっと言った。
「え?」
「だから、マグロがいい。」
「……」
「大きいマグロを釣ってきて。」
「えー、釣りはしないし…。
って、あんなところでマグロなんか釣れないよ。」
「だめ!
 おいしいマグロをお腹いっぱい食べたいの。」
佳奈は、駄々っ子のように言った。
「はいはい、泳いでいたらね。」
春彦は、小さい子をあやすように言った。
「また、子ども扱いして。
 ぶー、ぶー。」
佳奈が口をとがらせて言った。
春彦は、そんな佳奈を見て思わず吹き出し、つられて、佳奈も噴出した。
「まあまあ、にぎやかなこと。」
茂子が、お菓子を持って、部屋にやってきた。
「あ、お母さん。
 さっき、春彦の寝顔見たよね。」
「はいはい、しっかりと。
 春彦君、可愛かったわよ。」
「ほらね。」
「おばさん!」
春彦が照れながら言った。
茂子と佳奈は、そんな春彦を見て大笑いしていた。
そして、しばらくしてから、春彦が帰るため立ち上がった。
「じゃあ、お土産、買ってくるからな。」
「うん。
 気を付けて、いってらっしゃい。
 お土産、大きいマグロ1匹、忘れないでよ。」
「はいよ。」
春彦は、軽く答えて、佳奈の家を出て、家路についた。

次の週末、春彦は会社の慰安旅行に出かけていた。
ただ、前日、舞から佳奈の調子が良くないと聞いていた。
なんでも、週の後半から口数が減り、食欲も落ちてきて、ため息をつくことが多くなったとのこと。
「春彦が、今週、会いにいけないからじゃない?」のと舞は、春彦をからかっていた。
「まさかね…。」
春彦は、そんなことはないと思いながら、何かあったのかと気になっていた。

その土曜日の夜、茂子は佳奈の様子を見に佳奈の部屋にいた。
「佳奈、この2,3日、変よ。
 どうかしたの?」
「ううん、どうもしないわ。」
「そう?
 でも、ここの所、食欲もないし、ため息ついたり、ふさぎ込んでいるじゃないの。」
「…。」
「熱でもあるの?」
「ううん。
 大丈夫よ。」
「お友達は、今週、来ないの?」
「うん、連絡してないから。」
佳奈は小さく頷いて言った。
茂子は、そっと佳奈の手を取って、優しく言った。
「何か心配事?
 何でも、お母さんに言ってみて。
 一緒に考えてあげるから。」
「……」
佳奈は、しばらく考えこみ、そして、重い口を開くように言った。
「春が、今週は会いに来れないの。」
(やっぱり)茂子は、内心思った。
「確か、社員旅行で、泊りがけで出かけているんでしょ?」
「うん。
 鶴亀温泉に行っているの。」
茂子は、黙って頷き、佳奈の手をさすっていた。
「おかあさん。」
「なに?」
「何か、変なの。
 今週だけなのに、春に会えないと思うと、何かつまらないと言おうか…。
 何もしたくなくなっちゃって。」
確かに、春彦は、佳奈が退院し、見舞に来始めてから、1回も欠かすことなく週末の土日のどちらかは、必ず、佳奈に逢いに来ていた。
「そうよね、春彦君、ずっと、毎週来てくれてたわよね。」
「うん。
 何か、私、それが普通になっちゃって。
 でも、考えたら、春だって、春の世界があって、やりたいことがあるはずなのに、それなのに、いつも会いに来てくれて、優しくしてくれて…。」
徐々に佳奈の声が、涙混じりになってきていた。
「私と居るより、もっと、楽しいことや、やりたいことがあるはずなのに。
 でも、でも、私には春が傍にいてくれることが当たり前で……。
 私、春と一緒に公園を歩いたり、一緒にバスケや運動することができないし……。
 春の好きなことを一緒にできないし。
 なのに、私は、春にいてほしい……。」
「佳奈……。」
「お母さん。
 このまま、春に甘えていていいのかな。
 春は、ああいう性格だから、きっと顔には出さないわ。
 春、仕方なく来てくれているのかな。
 私、わからなくなってきた……。」
茂子は、そっと、佳奈の頭を撫でた。
「佳奈は、春彦君のこと信頼しているんでしょ?」
「うん。」
「じゃあ、いやだと思っている人が、こんなにいつも来てくれないでしょ。
 それに遠慮はしない間柄で、特に、あの春彦君でしょ。」
「そうだと思うけど。
 でも……。」
佳奈は、とうとう泣きべそをかき始めた。
「佳奈は、春彦君のことが好き?」
「え?
 うん、好きよ。」
「兄妹としてではなくてよ。」
「え?」
佳奈は、しばらく黙り込んでから口を開いた。
「うん、小さい時からずっと好きだったの。」
「好きだった?」
過去形で言う佳奈の言葉に、茂子は思わず聞き返した。
「うん。
 春は、その気がないみたいで、一方的な片思い。
 それでも、いつかは…、なんて思っていたけど、この身体になっちゃたし。」
佳奈は自分の両脚を見て、寂しそうにつぶやいた。
「佳奈……。」
「こんな私を好きになって、なんて言えないし。
 もし、万が一、春がその気になってくれたとしても、それって、きっと同情半分。
 だから、きっと長続きしないと思うの。
 春には、健康的で一緒に歩いたりしてくれる女性が似合うわ。
 私じゃない…。」
佳奈は、首を左右に振って、うつむいた。
「佳奈、そんなに思い詰めないで…。
 身体って言っても脚だけじゃない。
 後は、健康になってきたんだし、脚も、その内、きっと良くなるから。」
茂子は、佳奈の手を摩りながら、何とか励まそうとして言った。
「ありがとう、お母さん。
 でも、この身体になって、ひとつ良いことがあったの。
「いいこと?」
何を言い出すのかと茂子は訝しんだ。
「あのね、この身体になって、春が毎週、私に会いに来てくれるようになったこと。
 それまでは、大学、社会人と春と別々の道に進んだら、会う機会もぐっと減って、寂しかったの。
 変でしょ。
 うれしいなんて……。
 だから、もし、付き合って、別れちゃったら二度と会えなくなるじゃない。
 このままでいいの。」
「佳奈…。」
「だからね、だからね、ずっとこのまま会いに来てほしいなって。
 春が、素敵な女性と結婚したら、その人にお願いして、毎週じゃなくていいから、たまに会いに来てって。」
佳奈は、涙声で話し、茂子はそんあ佳奈の話しに何も返せず、ただ聞くだけだった。
スポンサーサイト
DATE: CATEGORY:第3章 佳奈の決意
翌日、佳奈はリハビリを終え、自宅に帰り茂子とお昼ごはんを食べ、くつろいでいたころ、木乃美が遊びにやってきた。
「こんにちは。」
「あら、木乃美ちゃん。
 久し振りね。
 今、海外でお勉強しながら、働いているんだって?」
佳奈と木乃美は良く両方の家に上がり込んで、話しこんだりしていたので、茂子とも親しい間柄だった。
「ええ、今、調香師になるため、頑張っているんですよ。」
木乃美は明るい声で応えた。
「木乃美?
 お母さん、木乃美が来たの?」
加奈の部屋の方から声が聞えた。
「そうよ、木乃美ちゃんよ。
 さあ、木乃美ちゃん、上がって、上がって。
 佳奈ったら、朝から楽しみにしていたのよ。」
「私もです。
じゃあ、お邪魔します。」
木乃美は、お辞儀をしてそう答えると、いそいそと佳奈の部屋に入っていった。
「アコちゃん、いらっしゃい。」
佳奈は、興奮からか昔の呼び名で木乃美を呼んでいた。
「遊びに来たよ。」
それから、ひとしきり、きゃっきゃと楽しげにお互いの近況を報告し合っていた。
事件のことに話が触れると、木乃美は佳奈の手をぎゅっと掴んだ。
「春から、聞いたと思うけど、そんな風に、ちょっと嫌なことがあったんだ。」
「『ちょっと』じゃないでしょ。
 でも、よく頑張ったわね。
 それで、春彦が助けてくれたんだ。」
「うーん、実はその時の記憶がほとんどないの。
 でも、春が助けに来てくれたのは確かなんだけど。
 その時のことは、春も話したがらないし、私も……。」
「で、犯人は、春彦がぶっ殺したんだよね。
 あいつ、意外と強いから。」
「ぶっ殺したなんて、木乃美ったら。
 それも、入院中のことでよく知らなくて、後から聞かされたの。
 犯人は自国に戻ったけど、重い罰を受けてるって。
 日本人の犯人は全員逮捕されたって。」
「そうよね、何とかっていう大臣の娘さんが監禁されてて、大スキャンダルだったもんね。
 まさか、そこに佳奈もいるとは思わなかったわ。」
「本当に。
 でも、それが返ってよかったみたい。
 家には、誰からも、何にもなかったし、安全だって。」
「そうなんだ。」
木乃美は、心底安心して笑顔を見せた。
「久美からの話しと、春彦からの話しで、この2、3日、半狂乱状態だったから、疲れちゃった。」
「心配かけて、ごめんね。」
「ううん。」
木乃美はかぶりを振って、自分のバックの中からトッピングした小箱を取り出した。
「はい、これ。」
木乃美からその小箱を手渡され、佳奈は不思議そうに見ていた。
「そろそろ、お部屋のアロマが切れたころだろうと思って。
 それと、コロンもね。」
「え?
 わー、嬉しい。
 ちょうど、お部屋のアロマも、コロンもなくなっちゃっていたの。
 嬉しいな。」
佳奈は、にこやかな笑顔で箱のトッピングを外し、中身を取り出した。
「これこれ、この匂い。
 お部屋にちょうどいいのよ。」
佳奈は早速、佳奈の部屋のために調合されたアロマオイルの匂いを嗅いだ。
「コロンはね、佳奈の成長に合わせ、少し変えてあるんだ。」
木乃美は、その時々の相手のことを想像しながら、その時分に合うように、少しづつ香りを変えていた。
なので、1年として同じ香りのものは佳奈に渡していなかった。
「わーい。
 今回はどんな香だろう。
 でも……。」
「?」
言葉を濁す佳奈を、木乃美は訝しんで見つめた。
「健康ならば、きっと合うんだろうけど、今の、こんな私じゃ、きっと合わない……。」
そんな佳奈の言葉を受け、木乃美は、優しく諭すように言った。
「ねえ、佳奈。
 私の作る香りは、決して見た目だけで作っている訳じゃないの。
 特に、佳奈のために作るものは。
 佳奈が、どういう風に頑張って暮らしているかな。
 どういう女性になっているかな。
 どんな笑顔で暮らしているかなって。
 それを想いながら、きっと、こんな香りが合うんじゃないかなって。」
「木乃美……。」
「実はね、私も佳奈の状況がわからなくて作ったものだから、合うかなって心配してたの。
 それでね、昨日会った時に、私の想ってた佳奈の笑顔じゃなかったら、渡さずに持って帰ろうと思っていたのよ。」
「……。」
「そうしたら、何?
 昨日の笑顔は。
 特に春彦に抱えられている時の笑顔は。」
木乃美は、笑いながら言った。
「ちょっと、木乃美ったら。」
佳奈は、顔を赤らめた。
「その笑顔は、私の想っていた笑顔と、ジャストマッチしたの。
 だから持ってきたのよ。」
「ねえ、匂い嗅いでいい?」
「もちろん。」
佳奈は、コロンの入っている小瓶を手に取り、少し、手の甲につけ、匂いを嗅いでみた。
ほのかに甘く、柔らかな香りがした。
「わー、すごくいい匂い。
 この香り、私、今までの中でも、一番好きだわ。」
「当然でしょ。
 誰が作ったと思っているの。
 えへん。」
木乃美は、胸を張って偉そうに言った。
「やっぱり、木乃美って私のこと一番わかってくれているんだ。」
「そうよ、だから、今度から隠し事なしよ。
 苦しい時も、楽しい時もね」
木乃美はウィンクして見せた。
「うん。」
「ふぅ、でも、いろいろなことが合って、疲れちゃった。
 あ、そうそう、出国の時、審査がうるさかったから、今回は少ししか持ち込めなかったの。」
「え?
 出国の審査?」
「そう、今、テロだとか、怪しい薬だとか、関税をごまかして商品を持ち込もうとする人だとかいろいろあるみたいで。
 飛行機に乗るのも、たいへんなのよ。
 大きな瓶に、訳の分からない液体が入っていただけで大騒ぎよ。」
「えー、そうなんだ。」
「向うは、以前、飛行機テロがあったからね。
 それに薬物も、本当にあの手この手みたいよ。
 折角、佳奈にと持ってきたのに、没収されたら、たまったもんじゃないでしょ。」
「うんうん。」
「だから、向こうにもどったら、厳重に包んで、また、送るわね。」
「うん。
 だけど、大丈夫?」
「え?
 大丈夫よ。
 この香りを嗅いだら、麻薬探知犬だって、興奮して、よだれを流すわよ。」
「もう、木乃美ったら。」
二人は顔を見合わせながら、けらけらと笑った。
「そう言えば、昨日、春彦から佳奈が作ったコロンの匂いがしたけど、無事に渡せたの?」
木乃美はからかい気味に言った。
「やだ、ほとんど、木乃美が作ってくれたんでしょ!」
「えー?
 佳奈が、春彦の香りのイメージをあんなに熱心に言ってたじゃない。」
「……。」
「でも、やっぱり、あの香で合ってたね。
 ほのかに香って、いい感じだったわ。」
「そうでしょ!
 私も、そう思ったの。」
佳奈は、ぱっと顔を輝かして言った。
「もう、春彦ったら、初めは『僕は、そんなのつける習慣はない』なんていったのよ。
 そうしたら、会社でも、お客さん先でも評判がいいって、鼻の下伸ばして言ってるのよ。
 まったくねー。
 誰が一生懸命作ったと思ってるのよね。
 もっと感謝してほしいわ。」
そう言いながら、佳奈はにこやかな顔をしていた。
「はいはい。
 聞いているだけで疲れたわ。
 佳奈、少し、スペース空けて。
 私、横になりたい。」
木乃美は、おねだりする様に言った。
「はいはい。」
佳奈はそういうと、ベッドの上で上手に身体をずらして、木乃美が横になれるくらいのスペースを空けた。
二人は、昔から話しに夢中になって疲れてくると、ベッドの上でうつ伏せになり、状態だけ起こして話込むのが習慣となっていた。
「今日、持ってきた佳奈のコロンと、春彦のコロン、一緒に居ても香りで喧嘩しないわよ。」
木乃美は、佳奈のベッドでうつ伏せになり、両肘をついて顔を上げた。
「え?」
佳奈は、何のことだかわからなかった。
「よく、いい香りと違ういい香りが一緒だと、きつい匂いになったりすることがあるの。
 香り同士が主張し合うっていうのかな。
 そうなると、両方のいいところが台無しになって、それ以上に不快な香りになったりするのよ。
 つけている当人たちは、わからないんだけどね。
 でも、大丈夫よ。」
「……?」
「ん?気が付かなかった?
 今回のコロン、ベースに少し白檀を入れてあるの。
 だから、春彦のと、愛称ばっちりよ。」
「え?
 白檀が入って、こんなにいい香りなったの?」
「ふふふ。
 すごいでしょう。」
「すごい。
 絶対にすごいよ。
 木乃美」
佳奈はひとしきり感激したあと、ぼつりと宙を見ながらつぶやいた。
「そうなんだ。
 春彦と一緒なんだ。」
木乃美は、横目で嬉しそうな顔をしている佳奈を見て、満足げに目をつぶった。
(ふふふ、それだけじゃないんだよね……)

しばらくして、茂子がお茶と、お茶菓子のおかわりを持って部屋に入ってきた。
「お母さん、しー。」
佳奈は、静かにするようにと茂子に合図した。
茂子は、何かしらと、ふと、佳奈が指さすベッドを見ると、佳奈の座っている横で木乃美がスヤスヤと眠っていた。
「時差ボケと、いろいろ心配し過ぎて疲れちゃったんだって。
 私のことで、ずいぶん心配させちゃったみたいなの。」
佳奈が、笑いながら言った。
「まあまあ。
 木乃美ちゃんも昔と変わらないわね。
 良く遊びに来て、佳奈のベッドで眠り込んじゃったことあったもんね。」
「うん。」
「あら?
 何か、部屋の中、いい匂いがするわ?」
「うん、木乃美がアロマとコロンを作ってきてくれたの。
 新作だって。」
「まあ、素敵。
 本当に、いい香りね。
 木乃美ちゃんて、すごいわね。」
「うん。」
佳奈は、木乃美が褒められ、自分もうれしくなっていた。
「春君といい、木乃美ちゃんといい、皆、いい子たちね。
 佳奈も二人には気兼ねなしだもんね。
 素敵な友達を持ったわね。」
「うん。」
佳奈は、嬉しそうにうなずいた。
「昔、悠美姉に言われたの。
 3人ともどんなことがあっても、周りから何を言われても、この関係でいなさいって。
 こんな巡り合いは、滅多なことではないから、絶対にその時の周りに流されたりしないようにって。
 それに、絶対にお互い遠慮しちゃダメって。」
「まあ、そうだったの。
 それで、3人とも、ずっと守っている訳ね。」
「うん。
 だから、春とも木乃美とも、いつ会っても楽しいの。」
そう言う横で、木乃美は小さく寝がえりを打ち、寝ぼけた声を出した。
「春彦?
 ……。」
木乃美の寝言と分かり、佳奈と茂子は顔を見合わせて笑った。
「まあまあ。
 じゃあ、また後で来るからね。」
そう言って、茂子はそっと部屋を出ていった。
佳奈は、そんな木乃美の寝顔をしばらく見つめていた。

それから少しして、茂子は様子を見に部屋に入ってきた。
「あら?」
茂子の目には、ベッドで佳奈と木乃美が手を取り合って、嬉しそうに寝ている姿が、何だか仲のいい子猫が抱き合って寝ているように見えた。
「まあまあ……。」
そして、茂子は優しく二人の寝顔を見て、また、そーっと部屋を出ていった。
DATE: CATEGORY:第3章 佳奈の決意
(え?
ナイフ?)
そう思った刹那、ほんのり優しい香りと押し殺したような低い声が聞えた。
「春彦。
 よくも、私に内緒にしていたわね。」
「あ、アコ!」
アコとは、小さな時に佳奈と春彦とで木乃美を呼ぶときに、相沢木乃美の苗字と名前の一文字を取った呼び名だった。
しばらくして、木乃美という名前なのにアコというのも変なので、呼び方も「木乃美」に変わったが、佳奈と春彦はたまにそう呼んでいた。
その木乃美が木の枝をナイフに見立て春彦の背中を突いていた。
「あとで、きっちりと落とし前つけてもらうからね。」
「ああ……。」
木乃美は昨日電話で佳奈が一体どうしたのかを根掘り葉掘り尋ねてきた。
春彦は、木乃美ならばと思い、佳奈が逢った事件のことをかいつまんで説明した。
そして、佳奈の身体のこと、明日の桂川レイクサイドパークのことも話した。
「なんで、私にもっと早く連絡してくれなかったの?
 私が、どれだけ佳奈のことを思っているか知っているでしょ?」
「ああ、ごめん。」
春彦は、しどろもどろになって答えた。
そんなことがあって、木乃美も時間を合わせて公園に来ていたのだった。
「佳奈ったら、あんなにやつれて。
 髪だって、私と同じくらい長く、しなやかな髪だったのに。
 それに、あんなに元気だったのに、車椅子だなんて。」
春彦の後ろで、佳奈の様子を見ながら木乃美は涙声で言った。
木乃美は、佳奈よりも若干小柄で、黒髪が背中の中程まで来ていた。
佳奈は、だいぶ、髪の毛が伸びたが、まだ肩位で、髪の色は少し茶色掛かっていた。
「佳奈!」
春彦は話に夢中になっている佳奈に声を掛けた。
「なに?」
佳奈はなんだろうという顔をして、春彦の方を振り向いた。
「佳奈、アコ!」
「え?」
佳奈は、びっくりした顔をした。
そして、春彦は後ろに立っていた木乃美が佳奈に見えるようにすっと身体を横にずらした。
小柄な木乃美は、すっぽりと春彦の陰に隠れていた。
春彦が身体をずらしたため、海外にいるはずの木乃美が突然現れたような気がして、佳奈は、大きく目を見開いた。
「木乃美?」
佳奈がおどろいたように木乃美の名前を呼んだ。
春彦は木乃美の背中をそっと押した。
木乃美は、顔をくしゃくしゃにしながら、一歩ずつ佳奈に近づいて行った。
「佳奈。
 こんなになって、どうして、もっと早くに教えてくれなかったの?
 教えてくれれば、全部放って、駆け付けたのに。」
木乃美は涙声で言いながら、車椅子の横で地面に膝立ちして、佳奈の手を握った。
「木乃美。
 ごめんね。」
佳奈も、涙ぐみながら言った。
「なんで、佳奈が謝るの?」
「え?
 だって、連絡しなかったから。」
「そんなこと、どうでもいいの。
 それより、辛かったでしょう。
 こんなになって……。」
佳奈にとって木乃美は、春彦と同様に佳奈にとっては何でも言い合える仲で、どれだけ木乃美もショックを受けたかが今の会話で痛いほど感じた。
それと同時に、春彦とはまた別に自分をさらけ出せる友人の出現に心が溶け出すようだった。
「うん。
 辛かったの、悲しかったの……。」
佳奈が涙声でそう言うと、木乃美は立ち上がり佳奈の顔が自分の胸にくるように抱きしめた。
「木乃美。」
佳奈はそう言うと、声を上げて泣き出した。
周りにいた3人も佳奈と木乃美の深く心の底で繋がっている関係を知っていたので、涙ぐみながら見守っていた。
佳奈の泣き声が少しおさまってきたのをきっかけに、木乃美は佳奈を抱きしめていた腕をほどいて佳奈の顔を覗き込み、ハンカチを差し出した。
「ほら、佳奈。
 涙で、可愛い顔が台無しじゃない。」
佳奈は、ハンカチを受け取り涙を拭いて、木乃美の顔を見た。
見あげた木乃美の顔も涙でくしゃくしゃだった。
「木乃美もじゃない。
 可愛い顔が台無しよ。」
木乃美は黒縁のメガネを外し、佳奈から返されたハンカチで涙を拭った。
そして、二人はお互いの顔をみて、笑い出した。
それをきっかけに、4人は、また佳奈を囲むようにして話し始めた。
「木乃美、今、海外だったんじゃないの?」
久美子が、尋ねた。
木乃美は、顔を久美の方に向け、堰を切ったように一気にまくしたてた。
「だって、久美子から、佳奈が交通事故に逢ったって聞いて、びっくりして。
 それに、ここのところ電話もメールも通じなくなって。
 どうしちゃったのかと、心配していたところに、交通事故でしょ。
 そして、車椅子だっていうから、どんなに大変な怪我をしたんだろうって。
 もう、いてもたっても居られなくて、気が付いたら飛行機に乗っていたの。
 飛行機は、昨日の夜に日本についたんだけど、夜遅くて、朝一の電車で飛んできたのよ。」
「ま、木乃美らしいわ。」
皆、呆れたように大笑いした。
春彦は、木乃美にだけは事件のことから話していたが、他の3人には交通事故とだけしか言ってなく、木乃美にも、そう伝えてあった。
「そんなことより、佳奈、どうなの?」
木乃美は心配そうに佳奈に身体の具合を尋ねた。
「うん、交通事故で打ち所が悪かったのか、両脚が麻痺してよく動かないの。」
佳奈が、苦笑いしながら、かいつまんで説明した。
木乃美は、また、半分泣きそうな顔をして聞いていた。
「で、でもね。
 今、一生懸命リハビリしてるのよ。
 まだまだだけど、少し、いい傾向になってきたのよ。
 だからね。
 大丈夫だからね。」
佳奈は、木乃美をあやすように言った。
「本当?」
まるで、駄々子があやされてるみたいに、木乃美は顔を上げた。
「うん。
 これでも、前向きに頑張ってるのよ。」
佳奈は、ガッツポーズをして見せた。
それを見て、木乃美も少し落ち着きを取り戻した。
「私、いつでも応援してるから。
 何かあれば、海外からでも、どこからでも飛んでくるから。」
「あー、木乃美。
 私たちもそうなんだからね。」
慶子が割って入った。
皆が笑った。
佳奈は、変わらない、それ以上に、強く友人の絆を感じ、一時でも皆から遠ざかろうとしていたことに後悔していた。
「みんな、本当にごめんなさい。」
佳奈は、深々と頭を下げた。
「いいのよ、佳奈。
気にしないで。」
「そうよ、私だってきっと佳奈と同じ境遇になったら同じことしてるから。」
「でも、佳奈。
 実は、私知っていたんだ。」
「え?」
京子の言葉に一同顔を見合わせた。
「私のうち、おばあちゃんがいて、腰が悪く、病院にリハビリに行っているの。
 たまに付いていくんだけど、そこで、たまたま、リハビリをしている佳奈を見たの。
 最初、佳奈に似ているなと思ったんだけど、リハビリが大変そうだったのと、まさか、佳奈がと思って、声を掛けなかったんだ。
 ごめんね。」
「ううん、気にしないで。
 これで、皆に報告できたからすっきりしたわ。」
「では、ちゃんと、今の携帯の番号とメールアドレスを教えること。」
「それと、罰として、そのお菓子をくれること。」
「はーい。」
佳奈が楽しそうに答え、皆、笑顔になっていた。
それから、皆で調整池の周りをきゃあきゃあはしゃぎながら、ぶらぶらと辺りを散策し、駐車場のところにあるレストランで休憩をとった。
「でも、ここって、久し振りね。」
木乃美が言った。
「そうね、小学校に遠足に来ていらいかな。」
久美が答えた。
「えー、やっぱりここに遠足に来ていたんだ。」
京子が答えた。
佳奈と木乃美、久美と慶子と京子が同じ小学校出身だった。
レストランでも、佳奈を囲むようにし、きゃあきゃあと、はしゃいでいる5人を、春彦は、少し呆れながら傍観していた。
(しかし、5人揃うと、昔と同じで騒がしいこと)
一向に、話は尽きそうもなかったが、春彦は、そろそろと思い、久美に合図した。
久美は、ちょっと残念そうな顔をしたが、頷いていった。
「さあ、そろそろ帰らないと。
 佳奈、疲れちゃうからね。」
「そうだね。」
一同、頷いた。
「佳奈、今度は、ちゃんとメールちょうだいよ。」
久美は念を押すように言った。
「うん、ちゃんとみんなにも状況報告するね。」
「うん、私たちも、たまに、遊びに行くからね。」
「あー、いいなー。
 私、仕事辞めて戻ってこようかな。」
本気とも取れない口調で、木乃美が口をとがらせて言った。
皆は、「まあまあ」と木乃美を慰めていた。
「そうだ、佳奈、明日の予定は?」
木乃美はおもむろに切り出した。
「え?
 明日は、午前中リハビリに行って、午後は特に予定ないかな。」
「じゃあ、午後、遊びに行っていい?」
「え?」
「帰りの飛行機、明後日しか取れなかったんで明日は1日こっちなんだ。」
「あら。
 でも、折角帰ってきたんだから、ご家族とゆっくりしたら。」
「いいの、いいの。
 どうせ、昼間は誰もいないから。」
「うん。
 それならば、待ってるからね。」
「じゃあ、お昼ごはん食べてから行くからね。」
「うん。」
それから、皆で駐車場に行き、春彦が佳奈を助手席に乗せようと抱き上げると、皆でやんややんや歓声が沸いた。
「わっ!
 これが、あの有名なお姫さまダッコ!」
「実物を、初めて見たわ」
「いいなぁ、佳奈。
 私も抱っこされてみたいわ。」
佳奈は、笑いながら
「妹の特権だから、いいでしょ。」
と、いつものセリフを言った。
春彦も照れながら、佳奈をそっと助手席に座らせた。
「木乃美、わざわざ、海外から、ありがとう。
 久美も慶子も、京子も、今日はありがとう。
 すごく、すごく、嬉しかった。」
佳奈は、涙を見せながら言った。
皆、うんうんと頷いて見せた。
「じゃあ、明日ね。」
木乃美が、そういうと、皆も負けじと口々に会いに約束をしていた。
「私も明日は仕事だけど、また、すぐに会いに行くから。」
「近いうちに、顔見に行くからね。」
春彦は、佳奈の車椅子を積み込み、運転席に乗り込み、助手席の窓越しに、助手席の周りに集まっている佳奈の友人に向かって言った。
「おーい、何かおおげさじゃないか。
まあ、木乃美は、仕方ないけど、大木たちは、いつでも会えるじゃん。」
「春彦、うるさい!」
木乃美が怒ったように言った。
「そうよ、こっちもしばしの再会なんだから、余計なこと言わないの。」
「立花君は、佳奈を無事に連れて帰ることだけ考えればいいの。」
一斉にブーイングを浴び、春彦は、首をすくめた。
佳奈は、そんなやり取りを聞いて笑い転げていた。
「じゃあ、またね。」
春彦は、車を動かし、佳奈は皆に別れを言った。
皆、春彦の車が見えなくなるまで、見送っていた。
「あの二人、どう、思う?」
久美が誰彼関係なく聞いた。
「また、佳奈は、兄妹だからって。
 ほんと、正直じゃないんだから。」
「でも、立花君も鈍そうだし…。」
「どうなっちゃうんでしょ。」
慶子がため息交じりに言った。
「じゃあ、2次会は、佳奈と立花君の関係について論じてみようか。」
「木乃美は、まだ、時間は大丈夫なんでしょ。」
「うん。
 でも、時差ボケで、ねむーい。」
木乃美が、眠そうに言った。
「しっかし、木乃美もすごいよね。
 まさか、飛んでくるとは思わなかったわ。」
「そう、普段は、おっとりしているのに、そういう時の行動力はびっくりするわね。」
京子や久美が、あきれ顔でいった。
「まあ、昔から木乃美は佳奈が一番だからね。」
「えへへへへ。」
木乃美が満足げに笑った。
「じゃあ、2次会に出発。」

佳奈は、走っている車の中で、しばらく目をつぶっていた。
それから、春彦に向かって、低い声で言った。
「ところで、春彦君。
 いや、立花君。
 これは、どういうつもりかな。」
(来た!)春彦は、思わず身構えた。
「いや、えーと。
 この前、久美に偶然会って…。」
「偶然に会って?」
「それで、佳奈さんの話になり…。」
「私の話になり?
 何かな?」
冷ややかな声で佳奈は続けた。
(こえー、やっぱり、絶交かな…)
春彦は、覚悟していた。
「で、事故に逢ったこと。
 佳奈が皆に会いたがっていることを、お話ししました。」
佳奈の迫力に押され、春彦は丁寧語になっていた。
「ふーん、それで?
それで、今日のサプライズなわけ?」
「う、うん。」
「ふーん。
 私をハメたわけね。」
「いや、そんな…。」
春彦は運転しながら、しどろもどろに答えていた。
佳奈は、また、黙り込んで、助手席側の窓から外を眺めていた。
そして、少し間をおいて、また、佳奈は口を開いた。
「それだけじゃないでしょ。
 木乃美には?」
佳奈の問いかけに、春彦は真面目な声で応えた。
「ああ、アコには、かいつまんでだが、経緯は全部話した。
 あいつには、ちゃんと伝えておいた方が良いと思った。」
「……。」
それから、佳奈は行きと違い、黙って車外の風景を見ていた。

微妙な沈黙が続き、佳奈の家についた時、春彦は、ほっとしたように息を吐いた。
そして、運転席を降り、助手席に回り、助手席のドアを開けた。
その途端、佳奈は、泣き笑い顔で、春彦の首に腕を回し、しがみついてきた。
春彦は、バランスを崩しそうになったが、しっかり、佳奈を抱き留め、抱き上げた。
佳奈は、春彦にしがみついたまま、涙声で、でも、嬉しそうに言った。
「はる。
 今日は、ありがとう。
 すごく、すごく嬉しかった。
 また、皆に会えたし、みんな変わってなかった。」
「はいはい。」
「木乃美にも、何て話そうかって。
 私の大事な友達だから、隠さないほうが良いのか迷ってたの。
 当然、他の友達にもだけど……。」
「他の連中には、おいおい話せばいいって。
 皆、わかってくれるよ。」
「うん。
 そうだね。」
春彦は、佳奈をあやすように言った。
「じゃあ、このまま、玄関まで、連れてってやるよ。」
「うん。」
春彦は、佳奈を抱き上げながら玄関に向かって歩き出した。
「春は、私の失くしたものを、一つずつ、取り返してくれるみたい。」
「そっかぁ?」
「うん。」
「じゃあ、もっともっと、取り返してやるよ。」
「うん。」
佳奈は、力強く答えた。
「あらあら。
 春彦君、たいへんじゃない。」
茂子は、春彦の車が玄関の前に止まったのに気が付き、家の中から玄関に出てきていた。
春彦は、佳奈を室内用の車椅子にそっと降ろした。
「あら、佳奈、どうかしたの?
 何かあったの?」
そして、泣きはらしたような佳奈の顔を見て、一瞬、ぎょっとして聞いた。
「うん。
 あのね、今日、みんなに会えたの。
 ほら、学生時代に仲良かった4人と。」
「あら、あの仲良し4人組?」
「うん。
 皆、心配していてくれたのよ。
 木乃美なんて、わざわざ、今日のために、海外から戻ってきてくれたの。」
「まあ、そうだったの。
 よかったわね。」
春彦は、二人の会話を邪魔しないように、車に戻り、佳奈の外用の車椅子を持ってきた。
「春彦君、今日もいっぱい佳奈がご迷惑を掛けたみたいで、ごめんなさい。」
茂子がすまなそうに言った。
「いえいえ、そんなことないですよ。
 じゃあ、車を停めておけないので、これで、今日は帰ります。」
「えー、帰っちゃうの?」
佳奈は、残念そうに言った。
しかし、車を停めておけないということで、あきらめざるを得なかった。
「お茶でもと思ったのに。
 本当に、ありがとうね。」
茂子も、本当に済まなそうに言った。
「じゃあ、佳奈。
 またな。」
春彦は、にこやかに言った。
「うん。
 気を付けてね。」
佳奈も笑顔で答えた。
(今日は、4人の話で、佳奈と茂子さんは盛り上がるだろうな。)
なんて、考えながら春彦は、佳奈の家を後にした。
DATE: CATEGORY:第3章 佳奈の決意
次の日曜日は、あいにくの雨で、春彦は佳奈の部屋で話をしていた。
「今日は、雨で残念賞だね。」
「本当。
 昨日、テルテル坊主を作って飾っておいたのに。」
佳奈は、残念そうに言った。
「佳奈、テルテル坊主、ひっくり返ってたんじゃないか?」
「えー、そんなことないよ。
 だって、ひっくり返すと雨になるんでしょ。
 ちゃんと、まっすぐに気を付け!って。」
「おっ、知ってたんだ。」
「もう、すぐにバカにして。」
佳奈は、笑いながら言った。
最近は、良く笑うようになったなと春彦は心の中で思い、嬉しくなっていた。
「今度は、どこに行こうか?」
「うーん、どこにしようかな…。
 でも、どこでもいい。
 春が連れて行ってくれるところなら。」
「おっ、こっちに振ったな?」
「えへへへ。」
佳奈は、楽しそうに笑った。
「途中にちゃんとした施設があれば遠出も出来るかな?」
佳奈は、少し考え込んでから、小さな声で言った。
「車椅子用の施設があるところなら、安心なんだけど……。」
「佳奈、電車で駅3つくらい行ったところに大きな川があるの、知っているよな?
 その川に沿って調整池があって、その湖畔に広い公園とかいろいろあるところ。」
「あー、知っている。
 小学校の時に遠足に行った、桂川レイクサイドパークでしょう?!
 広場や、遊具施設や、芝生にいろいろ。
 すごく広くて、自然がいっぱいあるところ。
 いいなぁ、行ってみたいなぁ。」
「あそこさ、駐車場のところに休憩やレストランや自然観が入っている大きい施設が出来たんだ。
 あそこなら、施設もきちんと整っているし、きれいだよ。」
「本当?」
佳奈は、目を輝かしていった。
春彦は、インターネットで調べ、実際に、下見に行っていた。
「ああ、この前、そこの近くに用事があって、ついでに、見てきたから間違いないよ。」
「用事…。」
「ん?なに?」
「ううん、何でもないの。」
佳奈は、春彦の話し方から、用事ではなく自分のために、いろいろなところを見て回ってくれていること察し、目頭が熱くなるのを感じた。
「でも、そこまでは電車で行かなきゃだめなんでしょ?」
佳奈は、少し困った顔をした。
「ああ、だから、俺の車で行こう。
 佳奈の車椅子、畳めるやつでしょ?
 まあ、畳まなくても、詰め込めると思いから。」
「え?
 春の車って、あのワンボックスタイプの大きい車でしょ?
 私を乗せてくれるの?」
佳奈は、ぱっと顔を輝かせた。
「もちろん。
 社会人になって、買ったやつだから、まだきれいだよ。
 それに、母さん以外は、まだ、そんなに人を乗せてないんだよ。」
春彦の車は、佳奈を助け出した時に、意識のない佳奈や茂子、一樹を乗せ、病院に担ぎ込むのに使ったり、いろいろと活躍していたが、春彦は、そんなことはおくびにも出さなかった。
「いいの?
 お菓子こぼして汚したとかで、怒らない?」
「当たり前だろう。」
佳奈の小さな子が半信半疑で聞いてくるような言い方に、春彦は笑いながら答えた。
その時、ドアをノックする音がし、茂子が、お茶とお茶菓子を持って入ってきた。
「お邪魔しますね。
 何にもないけど、紅茶とクッキーを持ってきたの。
 食べてね。」
「すみません。」
春彦は、お礼を言った。
「ねえ、お母さん。
 桂川のレイクサイドパーク、覚えている?」
「え?
 ええ、昔、小学校の遠足とか、良く佳奈を連れて行ったから覚えているわよ。」
「あそこ、駐車場のところに、レストランとかいろいろなものが入った施設が出来たんですって。
 車椅子でも利用できるんですって。
 それでね、今度、春が車で連れて行ってくれるって。
 ねえ、お母さん、行っていいでしょ?」
茂子は、春彦がきちんと佳奈のことを考えてくれていることを知っているので、二つ返事で許可した。
「いいわよ。
 春彦君が一緒なら、安心だから。
 今の季節、池の周りの木々も青々して、気持いいでしょうね。」
「わーい、やったー。
 お母さん、ありがとう。」
「まあまあ、まるで小さい子みたい。
とても、二十歳を過ぎた社会人とは考えられないわ。」
茂子は、苦笑したが、内心は、明るい佳奈を見て嬉しかった。
「春彦君、いいの?
 佳奈をお願いしちゃって?」
「ええ、全然問題ないです。
 来週の日曜日に、天気が良ければ行こうかと思います。」
「わーい、楽しみだな。
 テルテル坊主、たくさん作って置かなきゃ。」
佳奈は、屈託のない笑顔で言った。
春彦と茂子も釣られて笑い出した。

その夜、春彦は舞に今度の日曜日に佳奈と車で出かけることを話した。
「ふーん、桂川レイクサイドパークかぁ。
 あそこなら、施設もいろいろと整っていて、しかも、建物は出来たばかりだからきれいよね。
 春彦にしちゃあ、なかなかいい線ね。」
舞は、コップのお酒を飲みながら、言った。
「ああ、この前、母さんに佳奈のこと聞いたから、それであそこならってね。
 小さい頃、よく連れて行ってもらったから。」
「そうよ、覚えている?
 あんたったら、いらないっていうのに、バッタやカマキリをいっぱい捕まえてきて、同じ虫かごに入れたでしょう。
 そしたら、少しして、バッタが減ってきて、私に逃がしたでしょうって言ってきたのよ。
 可哀想に、カマキリが丸々と太ってたわよ。
 ああ、気持ち悪い。」
舞は、腕を組んで身震いした。
「あはは、そんなことあったね。
 後で、よく見たら、みんな食われてたって。」
「もう、その話は気持ち悪いからおしまい。」
「何言ってるんだよ。
 自分から言い出しておいて。」
春彦は、苦笑いした。
「まあ、本当に、あんたとあいつってきたら、良くカブトムシやクワガタも捕まえてきたわね。
 あいつの方が夢中になっていたようだけど。」
「ああ、父さんね。
 父さん、虫取りの名人だったよ。
 あと、ザリガニ、カニ、魚釣りと、いろいろ楽しかったな。」
「何言ってるの、その都度、後始末は私だったのよ。
 魚だって、食べられもしないようなやつばっかり。
 少しは、マグロとか喜ばれるものを持ってくればいいのに。」
舞は、少し怒った顔をして見せた。
「マグロは無理だろう。」
春彦は笑って言った。
「いいのよ、別に魚屋さんの袋に入っていても、切り身になっていても。」
「はいはい、今度、刺身にしようね。」
「ところで、車で行くって?
 運転、気をつけなさいよ。
 佳奈ちゃん、バランスが取れないかもしれないから、急ハンドルや急ブレーキを掛けたら転がっちゃうからね。」
「ああ、よくわかっているよ。」
「まあ、あんたのことだから、大丈夫とは思うけど、慎重にね。」
「了解です。」
春彦は、真顔で答えた。
そのあと、しばらくして電話が鳴った。
「こんな時間に珍しいわね。
 誰かしら?」
舞は、呟きながら受話器を取った。
「もしもし?
はい、立花ですが。
……。
あら、久し振りね。
元気にしていた?」
春彦は、そんな会話を聞きながら、電話が舞の知り合いからと思った。
「春?
 いるわよ。
 ちょっと待ってね。」
舞は、電話を保留にして、春彦の方に振り向いた。
「春、あんたに電話よ。」
舞は、ニヤニヤしながら顎で受話器の方を差し、春彦に早く出るように促した。
「え?誰?」
春彦は、そう言いながら、立ち上がり受話器の方に手を伸ばした。
「お楽しみよ。
 早く出なさい。」
「ああ。」
佳奈だったら携帯にかけてくるし、舞の顔では会社関係という顔でもなさそうだしと考えながら受話器を取った。
春彦が受話器を取ると、舞はニヤニヤしながら保留を解除して自分の座っていたところに戻っていった。
「もしもし?」
春彦は、誰だろうかと身構えながら声をだした。
「もしもし、春彦?」
電話の主の声に聞き覚えがあった。
「木乃美か?」
春彦は、耳を疑った。
電話の主は、海外にいるはずの木乃美だった。

次の日曜日、佳奈の作ったテルテル坊主のご利益か、朝からいい天気だった。
春彦は車を佳奈の家の前に着け、迎えに行った。
佳奈は、薄ピンクのワンピースに、この前と同じ可愛らしい花柄の飾りのついた麦わら帽子をかぶって、玄関先で待ってた。
「お待ちどうさま。」
「今日は、よろしくお願いします。」
佳奈は、にこやかに答えた。
「じゃあ、春彦君、お願いしますね。」
茂子も出てきて、春彦にお辞儀をした。
「はい、じゃあ行ってきます。」
というと、この前と同じように、佳奈を車椅子から抱き上げた。
「きゃっ!
 え?
 なんで?」
「何言ってるの、車椅子ごと助手席に入れないでしょ。」
「そうね……。」
恥かしそうに、佳奈はうつむき加減に言った。
春彦は、佳奈を抱きながら車まで歩いて行った。
佳奈は、最初は恥ずかしそうだったが、春彦の首に手を回し、だんだんと、笑顔になっていた。
そして、春彦からほのかに木乃美と二人で春彦をイメージして調合したオーデコロンの匂いがするのに気が付いた。
「春、この前のコロン試してくれているんだ。」
「ああ、匂いを嗅いでみたら結構好きかなって香りだったんで、会社にも、つけて行ってるんだよ。
 この前、お客さんの幼稚園の園児からも良い匂いがするって。
 幼稚園の先生もいい匂いってさ。」
「その先生って、若いの?」
佳奈は訝しがるように言った。
「ああ、みんな二十歳くらいかな。」
「外にはつけて行っちゃあかん!」
佳奈は、すこし睨みながら言ったが、でもすぐに笑い飛ばした。
二人は車のところにたどり着くと、助手席の前で立ち止まった。
そして、春彦は器用に片手で助手席のドアを開け、そっと、佳奈を助手席のシートへ座らせた。
それから、佳奈を助手席に残し、今度は佳奈の車椅子を持ってきて、後ろのドアから車内に車椅子を畳んで入れ込み、最後に、運転席にまわり、車に乗り込んだ。
「佳奈、シートベルト出来るか?」
「うん、大丈夫。」
「じゃあ、行こうか。」
「うん。」
子供のような大きな声で佳奈は頷いた。
佳奈は、最初は車内をきょろきょろ見渡し、あれはなんだ、これはなんだと興味津々と春彦に尋ねてきた。
春彦は、佳奈にわかりやすく説明していた。
次に、佳奈は車外の流れる景色を楽しんでいた。
「ねえ、ねえ、見てあの看板、面白い絵が書いてあるわよ。」
「どれどれって、こっちは運転してるんだから、よそ見させないようにね。」
春彦は、苦笑いしながら言った。
「はーい。ごめんなさい。」
佳奈は、舌を出していった。
(佳奈は、余程、嬉しいんだろうな。
 興奮しまくりじゃない。)
春彦は、無理もないと思っていた。
車で、20分ほど行ったところで、目的地の桂川レイクサイドパークに到着した。
春彦は、広めのところに駐車し、まず、佳奈の車椅子を下ろした。
そして、助手席に回り、ドアを開け、佳奈を抱き上げようとした。
「えへへへ。」
佳奈は、目いっぱいの笑顔を見せ、春彦の首に手を回し、抱きついてきた。
「おや?」
春彦は、いきなり佳奈に抱きつかれ、少しびっくりした。
「だって、車椅子まで、連れてってくれるんでしょ?」
佳奈は、笑顔で言った
「当然。」
春彦も笑いながら、軽々と佳奈を抱き上げ車椅子まで運んでいった。
そして、そっと佳奈を車椅子に座らせた。
「車の鍵かけてくるから、ちょっと待っててな。」
「はーい。」
春彦は、茂子の言った“まるで小さい子みたい”というセリフを思い出し、ちょっと吹き出した。
「なあに?」
「何でもないよ。」
春彦は手早く、車から荷物をだし、車のドアをロックし、佳奈のところに戻ってきた。
「春、バックありがとう。」
「だいじょうぶ?
 俺が持とうか?」
「大丈夫よ、いつも肩に引っかけて車椅子を動かしているから。」
「そうか。」
春彦は、佳奈のバッグを手渡し、自分の荷物は、ナップザックで背中に担いでいた。
「じゃあ、大丈夫だったら、まずは、池の方に行ってみようか?」
「うん。」
「佳奈、池まで道が狭いから、ゆっくり押してやるよ。」
「えー、大丈夫だよ。」
「まあまあ。」
春彦は、佳奈の後ろに回り、ゆっくり車椅子を押して歩き始めた。
「春、ありがとう。
 でも、春が疲れたら、自分で動かすからね。
 無理しないでね。」
「はいはい。
 でも、今日はいい天気で気持ちいね。」
「本当。
 何か、何年振りって感じ。
 うーん、気持ちいい!」
佳奈は、思いっきり深呼吸と伸びをした。
周りは木々が青々と茂り、澄んだ空気と気持ちの良いお日様の暖か、たまに吹き抜けていくそよ風、すべてに満喫していた。
「いつからだろう、こういうのを忘れてしまって。」
「あっ、佳奈、バッタがいる。」
春彦は目ざとく見つけて佳奈に言った。
「おー、本当だ。」
佳奈は興味津々、バッタを見ていた。
春彦は、そんな佳奈を見てくすりと笑った。
「佳奈は、虫も平気だよな。」
「うーん、たいていの虫は平気だけど、グロテスクなのはさすがに…。
 悠美姉も虫が平気だったでしょ。
 よく見せられているうちに、慣れちゃったのかな。」
佳奈も笑いながら答えた。
そうこうしているうちに、二人は調整池を周回する広い道に出た。
そこは、ジョギングやサイクリングを楽しんでいる人、犬を散歩に連れてきている人、いろいろな人が楽しんでいるところだった。
「春、ちょっと、自分で動かすね。」
「ああ。」
春彦は、佳奈の車椅子から手を離した。
道の片側には調整池の護岸、逆の方は草木が茂っていて、ところどころに芝生の広場や、遊具が置いてある広場があり、子供たちのはしゃぐ声が風に乗って聞こえてきていた。
「わー、風が気持ちいい。」
佳奈は、思わず車椅子から手を離した。
春彦は、そっと、佳奈に気が付かれないように車椅子の後ろの取っ手をつかんだ。
しばらく二人は、風景を楽しんだり、他愛のない会話をしながら楽しんでいた。
「佳奈、疲れたろう。
 そこのベンチのところで、少し休もう。」
「うん。」
春彦と佳奈は護岸のベンチに近づき、春彦はベンチに座り、佳奈は、その正面に車椅子を寄せた。
「はい。」
佳奈は、バッグの中からチョコレート菓子を出して、春彦に渡した。
「おおー、サンキュー。」
2人は、お菓子をつまみながら、ペットボトルのお茶でのどを潤した。
「佳奈?」
「?」
2人が一息ついた後、佳奈は名前を呼ばれ、後ろを振り向いた。
振り向くと、見覚えがある3人の女性が立っていた。
「久美?
 京子?
 慶子?」
「そうよ、そうよ、久美よ。
 佳奈。」
「佳奈。」
「かな~。」
3人は、涙声で佳奈の車椅子の周りを取り囲み、佳奈の顔の高さと同じ高さにしゃがみ込んで佳奈の手を取った。
「どうしたのよ。
 連絡も取れなくなって、皆心配したのよ。」
久美が、心配顔で言った。
「そうよ、交通事故で、怪我したんだって?
 だから、車椅子なんだって。
 なんで、言ってくれなかったの?」
京子も、涙声で言った。
「それに、何で電話やメールを切っちゃったのよ。
 すごく心配したのよ。
 何かあったんじゃないかって。
そうしたら、交通事故に逢っていたなんて。」
慶子も、泣きながら佳奈の手をつかんでいた。
「みんな…。」
佳奈は、いきなりでびっくりしたが、すぐに、皆が心の底から心配していてくれていたことを感じ、急に目頭が熱くなってきた。
「ごめん…。
 ごめんね、皆。
 私、こんな体になっちゃって、気が動転して…。
 みんなにこんな姿見せられないって…。」
佳奈は、べそをかきながら3人に謝った。
「ばか、ばか」
「そうよ、私たちが、それで佳奈のこと笑ったり、そっぽ向くと思ってるの。」
「まったく、もう。
 心配ばっかりさせて。」
4人は泣き笑いしながら、お互いを確認していた。
春彦は、微笑みながら一歩離れたところで、そんな4人を見ていた。
少しして、皆が落ち着いて来た時に佳奈が尋ねた。
「ところで、何で、ここに?」
久美は、春彦を指さした。
「立花君が、教えてくれたの。」
佳奈は、それで納得し、春彦をにらみつけた。
「ふーん、立花君がねぇ。」
佳奈は、久美のマネをしていった。
「立花君、後でお話ししましょうね。」
春彦は、佳奈が怒っていると思い、首をすくめて見せた。
そして、心の中で、(まあ、良くてもしばらく絶交かな)と覚悟していた。
「そうだ、木乃美は?」
慶子が、誰にともなく聞いた。
「佳奈と木乃美は、昔からすごく仲良かったもんね。」
京子が続けた。
「でも、木乃美は、仕事の関係で、海外に住んでいるのよ。」
久美が答えた。
「そっかぁ、じゃあ、折角、久し振りに全員集合かと思ったけど、しょうがないね。」
慶子が残念そうに言った。
そんな会話を少し離れたところで聞いていた春彦は、不意に後ろに人の気配を感じ、背中に何か尖ったものが当たった気がした。

copyright © 2018 混線次元(はるかな物語) all rights reserved.Powered by FC2ブログ