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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第3章 佳奈の決意
次の週、春彦は、また、佳奈を外に連れ出した。
今度は、少し遠くて、むかし通っていた中学校まで足を延ばした。
佳奈の家から、中学校までのちょうど中間に『中屋』があるので、前回の倍の距離だった。
佳奈は、疲れも見せず、久し振りに通いなれた中学校の往復を楽しんでいた。
「佳奈。」
「なに?」
「そういえばさ、中学校からずっと仲良かったグループいたじゃん。
 連絡、取っていないの。」
「うん、大学まではしょっちゅう、わいわいのやってたんだけど。
 皆勤め始めたのと、私が、こんなになっちゃたでしょ。
 だから、それっきり。」
「携帯とか、メールアドレス教えていないんだよなぁ。」
「うん、何かこの姿を見せるのは、躊躇しちゃうの。
 ねえ、覚えてる?
 グループの名前。」
「名前なんて付けてた…。
 あっ、思い出した。
 あのふざけた名前。
 確か、『チームかきくけこ』だっけ。」
「ふざけたのは余計よ。」
佳奈は、少し膨れた顔をして抗議した。
「私が、佳奈。あと、京子、久美、慶子、木乃美。
 名前の一文字をとって並べると『かきくけこ』の出来上がり。」
「すごいよなー。
 集まっただけどでも奇跡的なのに、皆、仲良かったもんな。」
「そうよ、大の仲良し。
 私の大事なお友達よ。
 会いたいなぁ…。」
佳奈は、少し寂しそうだった。
「さあ、今日も『中屋』で鯛焼きでも買って食べよう。」
春彦は佳奈を元気づけるように明るい声で言った。
「うん。」
佳奈は、明るく答えた。
だけど、春彦は(やっぱり、本音は会いたいんだろうなぁ)と思った。
それから、二人は鯛焼きを買って、いつもの公園でお喋りをしながら食べていた。
「そうだ、春。
今日、帰りに家に寄ってくれない?」
「ん?
いいけど、どうしたの?」
「春に渡したいものがあるの。」
「え?なに?」
「えっとねー。」
佳奈は少し焦らす様な仕草でいった。
「家に着いてからのお楽しみ!」
「えー、今、教えてくれないの。」
「うん。
 タネをばらすと楽しみが半減しちゃうでしょ。
 だから、内緒。」
「ふーん。」
春彦はそれ以上追及するのを止めた。
それから二人はしばらくの間、公園で屈託のないお喋りをした後、佳奈の家に戻った。
「ただいまー。」
佳奈は、いつものように明るい声で言った。
「はーい、おかえりなさい。」
茂子は、奥から玄関に迎えに出てきた。
そして、春彦は当然のごとく佳奈を抱き上げ、室内用の車椅子に運んだ。
「まあまあ、春彦君。
 重たくない?」
茂子はそんな二人を見ながら、声を掛けた。
「……。」
佳奈は、黙って少し顔を赤らめ、春彦の首に齧りつくように腕を回していた。
「大丈夫ですよ。
まだまだ、軽いから。
高校時代は、もっと重たかったから。」
「え?」
茂子は思わず聞き返した。
「ばか……。」
佳奈は小さな声で呟いた。

「ねえ、春。
木乃美のこと、覚えてるでしょ。」
二人は佳奈の部屋でくつろいでいた。
相沢木乃美は、佳奈にとって小学校の入学式から意気投合しそれ以来の幼馴染だった。
春彦も小学校時代、何度も佳奈と一緒にいた木乃美とも遊んでいたので、良く知っていた。
「ああ、覚えてるよ。
 相沢が、どうしたの?」
「木乃美って、昔からいい匂いのするお花を集めるの好きだったのよ。
 ドライフラワーにしたり、匂い袋を作ったりして遊んでいたの。」
「あっ、覚えてる。
 相沢が傍に来ると、いつも花の匂いがほんのりしてたな。」
「そうなのよ。
 それで、中学に上がると、アロマオイルを買って、自分で調合したりしていたの。」
「アロマオイルって、香水?」
「ううん。
 香水じゃなくて、アロマテラピーって知ってる?」
佳奈は楽しそうに話を続けた。
「ああ、何か香りでリラックスさせるやつだっけ?」
「うん。
 部屋に置いたり、お風呂に入れたりするの。
 よくプレゼントってもらっていたのよ。
 この部屋も、木乃美が調合したアロマオイルを置いてあるの。」
「そうなんだ。
 だからいい匂いがするんだな。」
「うん。
 それでね、木乃美ッたら、調香師になって香りで人を幸せにするんだっていって、大学卒業したら、一人で海外に勉強にいってるのよ。」
「え?
 あのもっさい娘がね。」
「あー、そんなこと言って。
 木乃美って可愛いのよ。」
「だって、あの黒ぶちメガネだろ。
 それに結構どんくさいところあるじゃん。」
「そんなことないよ。
 メガネ取るとびっくりするくらい可愛いし、芯もしっかりしてるわよ。
 春がケガした時、手当てしてくれたじゃないの。」
「そうだったね。
 あの黒縁メガネを外すと、結構、いけてるよな。
 たしかにそうだ。」
「こら、また、そんな言い方して。」
佳奈に叱られ、春彦は、頭をかきながら謝った。
「でね、今はパフュームというか、オーデコロンね。
 そういう香水を作っているの。
 木乃美、きつい人工的な匂いは嫌いだからほんのりしたのがいいって。
 それで、その人をイメージできる匂いを作っているのよ。
 私も、作ってもらっちゃった。
 結構、気に入っていたのよ。」
「そうなんだ。」
「でも、もうなくなっちゃったし、連絡も取っていないから……。」
佳奈は残念そうな顔をした。
「ならば、連絡とればいいじゃん。
 木乃美なら佳奈の幼馴染で、何でも話せる一番の友達じゃない?」
「うん、そうだけど……。」
佳奈は、歯切れ悪く言った。
まだまだ、こんな自分の姿を見せられないという気持ちがそうさせていた。
春彦は、そんな佳奈の気持ちを察して、やさしく声を掛けた。
「まあ、その内、気が向いたら連絡を取るといいよ。」
「うん。
 そうだね。」
佳奈は顔を明るくして応えた。
「そうそう、それでね。
 去年、木乃美が一時帰国して遊びに来てたの。
 それでね、二人で春に合う香りってどんな香だろうって。
 たまたま、木乃美が少し材料を持っていたので、二人で作ってみたのよ。
 じゃーん。」
佳奈は、枕元から小さなスプレーのついた可愛いガラスの小瓶を春彦の方に差し出した。
「え?
 俺をイメージしたオーデコロン?」
「うん。」
佳奈は楽しそうにうなずいた。
「渡そうと思っていたんだけど、いろいろあって渡せなかったから。」
「でも、俺、そういうのつける趣味はないんだけど。」
春彦は困った顔で言った。
「なに言ってるのよ。
 もう7月になってあつくなってきてるじゃない。
汗臭いと幼稚園の園児に嫌われちゃうわよ。
 それに、そんなにきつくないし、どちらかというとほんのり香る位だから。
 試しにつけて見て。」
「俺って、そんなに汗臭いかな。」
春彦は自分の脇の下の匂いを嗅ぐふりをした。
「ううん。
 春は、不思議と汗をかいても臭わないの。
 不思議よね。」
「小さい頃からプールでよく泳いでいたから、プールの塩素が染みついたかな。」
「もう、そんな変なこと言って。
 でも、男のたしなみよ。
 試してみて。」
佳奈は一生懸命勧めていた。
春彦はそんな期待感を万遍の顔に表している佳奈を見て苦笑いした。
「うーん、気が向いたらでいいか?」
「いいわよ。
 一度、匂いを嗅いでみてね。」
「わかった。
 ところで、俺のイメージの匂いって何?」
佳奈は一瞬戸惑った顔をし、うつむき加減に小声で応えた。
「白檀。」
「え?」
今度は、春彦が面食らった声を出した。
「ビャクダンって、あの年寄りっぽい匂いだろ。」
「えー、違うよ。
 確かに和風の道具や着物の匂い袋に使われているけど、清々しいいい匂いなのよ。
 それに、白檀をベースにしているけど、そんなに白檀って匂いはさせてないから大丈夫よ。」
「そうか?
 うーん。」
春彦はすこし考えこんだ。
「まあ、折角だから、もらって帰るな。」
「うん。
 気に入ってくれるといいけど。」
佳奈はにこやかな顔をしていった。

春彦は。佳奈からオーデコロンの小瓶を受け取り、佳奈の家を後にした。
「うーん。
 これどうしようかな。
 まあ、一度家に帰ったらつけてみるか。
 でも、昔、母さんが買ってきた香水、めちゃくちゃ臭かったからな。
 いくら有名な香水と言っても、きついのは苦手だから。」
そんなことを独り言のようにブツブツ言いながら、しばらく歩いたところで女性から声を掛けられた。
「ひょっとして、立花君?」
「え?」
振り向くと、どこか見覚えのある、同じ年位の女性が立っていた。
「はい、立花ですが、えーと。」
「ほら。」
と言いながらその娘は、両手で髪の毛をツインテのように束ねて見せた。
「あー、思いだした。
 大木じゃないか。
 大木久美。」
「そうよ、久し振り。
 高校卒業していらいだもんね。」
「そうだな。
 でも、全然変わらないじゃん」
「ちょっとー、素敵なレディに向かって、高校時代と変わらないとは、何事じゃ。」
確かに、久美は少し大人びていたが、GパンにTシャツ姿で、しかも、化粧っ気もなかったので、十分、高校生でも通ると春彦は思った。
「あははは。
 そうそう、『チームかきくけこ』だったよなぁ。」
「えー、覚えていたんだ。
 でも、今じゃ、『か』が欠けちゃっているんだけどね。」
「え?
 『か』が欠けている?」
「そうなの、佳奈と一切、連絡が取れないの。
 電話やメールしても、もう使われてないって。
 心配で、佳奈の家まで、たまに見に行っているんだけど。
 外から見る分には、変わってないし。
 でも、何か家に押しかけるのは気が引けて……。
 そうだ、立花君、佳奈と仲良かったよね。
 何か知らない?」
久美は、本気で心配していた。
そして、すがるような目で、春彦を見つめ、口を開くのを待っていた。
春彦は、どうしようかとためらったが、久美の本気で心配している姿と、佳奈の寂しそうな姿を思い出し、口を開いた。
「ああ、今、佳奈に会って来たんだよ。」
「え?」
久美は、声も出ないほど驚いた様子だった。
が、すぐに、春彦の両腕をつかんで、矢継ぎ早に質問攻めを浴びせた。
「佳奈に会ってたの?
 佳奈は元気なの?
 どうしちゃった?
 何かあったの?」
春彦は、「ちょっと、お茶でも飲みながら」と考えたが、久美の必死な顔を見て、その場で答えることにした。
ただ、事件のことには触れず、交通事故に逢い、しばらく入院し、やっと退院できたのだが、車椅子生活を送っていること、こんな自分の姿を皆に見せたくないと、連絡を断ったこと、でも、4人に逢いたがっていることをかいつまんで伝えた。
久美は、最初は驚いた顔をし、最期は、涙を浮かべていた。
「そんな…。
 バカな佳奈。
 そんなことで、一人で悩んで…。
 交通事故って、足以外は大丈夫なの?」
「ああ、他は大丈夫だよ。
 大分痩せたけど、だんだんと元に戻って来てるみたいだよ」
「もう。
 たとえ顔が変わっても、私たち友達なんだから、気にしなくていいのに。」
「でもね、それは、俺らは何ともないからいえることじゃない?」
ずっと佳奈を見てきた春彦だから言えるセリフだった。
「……。」
春彦の一言で、久美は、「はっ」となり、涙で顔をくちゃくちゃにした。
「そうだね、そうだね。
 でも、やっぱり、私たちは、佳奈の友人よ。
 何があっても。」
ハンカチで、涙を拭きながら久美は震える声で言った。
少し、考えてから、春彦は口を開いた。
「あのさ、ちょっと、相談。」
「えっ?
 なに?」
久美は、目を真っ赤にしながら、怪訝そうな顔をした。
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DATE: CATEGORY:第3章 佳奈の決意
「え?」
佳奈は、びっくりした声を上げた。
「うん。
 今度の日曜日、天気だったら、一緒に『中屋』に『鯛焼き』食べに行かないか?」
次の日曜日、春彦はいつものように佳奈に会いに行き、にこやかに言った。
「だって、私、歩けないのよ。」
「ん?
 車椅子があるじゃない。
 それに、中屋だったら、ここから20分も掛からないし。
 おれが、きっちりエスコートするから。」
「えー、春がぁ?」
「うん、俺が。」
佳奈は、しばらく考え込んでいた。
「春は、車椅子の私と歩くの、嫌じゃない。」
「嫌じゃないよ。」
「だって、車椅子って、結構大変なのよ。
 わかってる?」
「うん、わかっている。」
「……。」
佳奈は再び考えこんでいた。
「ちょっと、お母さんと相談するね。
 それから、返事するのでいい?」
「OK。
 いいよ。
 あっ、でも、決して無理しなくていいからね。」
「うん。」
佳奈は、頷いて答えた。
そして、その翌日、春彦の携帯に佳奈からメールが届いた。
『春へ
 中屋話しだけど、春彦が嫌じゃなければ、連れて行ってね。
 私も頑張って、車椅子漕ぐから。
 よろしくお願いします。
 佳奈』
メールの文面から、佳奈が緊張しているのが手に取るようにわかった。
『佳奈へ
 ぜんぜん、いやじゃないよ。
 エスコート、ばっちり、任せて。
 じゃあ、楽しみにしてるからね。』
春彦は、メールの返信を送った。
「はるー、ごはんだよー。」
舞がリビングから声をかけた。
春彦がリビングに行くと、ご飯の支度を終え、晩酌している舞がいた。
「春彦も、飲む?」
「うん、じゃあ、一杯もらうわ。」
「ビールなら冷蔵庫ね。」
「はいはい、妖しい銘柄の日本酒より、ビールの方が悪酔いしないからな。」
「ふん。」
舞は、不満げに春彦の言葉を鼻であしらった。
春彦が冷蔵庫からビールを取ってきて、自分のグラスに注いでいると舞が声をかけた。
「春、今度、佳奈ちゃんを外に連れ出すんだって?」
「え?
 もう知ってるの?
 佳奈に言ったの、昨日だよ。
 それに、連れ出すって言っても、中屋までだよ。」
「でもね、大騒ぎみたいよ。
 茂子から電話があって、佳奈ちゃん、何着ていこうか、とか。」
舞は、ケラケラ笑いながら言った。
「えー、高々、中屋に行って、『鯛焼き』でも食べて帰ろうと言ったのに。」
「いいじゃないの。
 これも、良い傾向の一つよ。
 何せ、病院以外の外に出る気になったんだから。」
「まあ、そうだね。
 佳奈、食いしん坊だから、『鯛焼き』で、釣られると思ったんだ。」
「ばか。」
舞は、頭を抱え込んでいった。
春彦は、何の事だかわからず、コップのビールを飲み干した。
「お前は、そういうところが、相変らず鈍いね。」
「え?」
「まあ、いいや。」
舞は、苦笑いして言った。
「で。
ちゃんと、エスコート出来るんだよね。」
「ああ、一応。
 坂道とかは、車椅子を押してやるとか。」
「それだけ?」
「え?」
舞は、真顔になった。
「いいかい、佳奈ちゃんは、以前と違って、何するのも大変なんだよ。
 例えば、トイレに行きたくなったらどうする?
 一人で、何とか用を足せるようになっても、外では勝手が違うんだよ。
 車椅子がオッケ―のトイレじゃないといけないし、何かあっても、一人じゃ対処できないんだよ。
 車椅子だって、段差があったら倒れるかもしれないじゃないか。
 だから、佳奈ちゃんが進む道をちゃんと先に見て、段差や穴ぼこがあったら、道を迂回するとか、お前が、車椅子ごと持ち上げるとかしないと。」
「……。」
春彦は、黙って舞の話を聞いていた。
確かに、舞の言う通り、自分は簡単に考えすぎていたことを、後悔していた。
「いいかい、特に、病院という決まったルートじゃないし、知っている町並み、道にしたって車椅子では初めてなんだからね。
それに車椅子からの景色は、普通の時とは違うんだからね。
 最新の注意を払わなきゃだめだよ。
 いくら幼馴染の佳奈ちゃんといっても、よそ様のお嬢さんなんだよ。
 何かあったら、大変なんだからね。」
「そうだね、ちょっと、軽率だった。」
春彦は、真顔で言った。
「いいかい、自分が車いすに乗っていたらと言うことをよくよく考えて行動しなさいよ。」
「はい。」
春彦は、かしこまって返事をし、コップにビールを注いで、一口、飲んだ。
「でもね、佳奈ちゃんには、良い刺激なんだから、あんたにしちゃ、よく考えたもんさ。
 それは、褒めてあげるよ。」
舞は、顔を崩して言った。
それから、夕飯を食べ、春彦はベッドに横になった。
そして、足を使わないように、ベッドから椅子に移ろうとした。
が、どうしても足に力が入り、うまく、腰から上だけで移ることはできなかった。
「佳奈は、もっと大変なんだよな…。
 車椅子か。」
春彦は、ベッドに仰向けに横たわり、ぶつぶつ言いながら考え事をしていた。

日曜日は、朝からいい天気で、暑くもなく、いい陽気だった。
春彦が、佳奈の家に迎え見行くと、佳奈は玄関の内側で、すでに車椅子に乗って待っていた。
佳奈は、白いワンピースと麦わら帽子をかぶっていた。
「佳奈、お待たせ。」
「春、今日は、よろしくね。」
春彦が声をかけると、佳奈は、にこやかな顔で返事をした。
茂子も傍にいて、少し心配そうな顔をしていた。
「佳奈、大丈夫?
 お母さんも、着いていこうか?」
「やだー、大丈夫よ。
 春が、ちゃんとエスコートしてくれるって言ってくれてるし、それに、中屋の『鯛焼き』は口に合わないんでしょ。」
佳奈が、笑いながら言った。
「そうだけど……。」
茂子は、そういわれて口籠った。
「おばさん、大丈夫ですよ。
 ちゃんと、エスコートしますから。」
春彦がにこやかに言うと、茂子はあきらめた顔をした。
「じゃあ、よろしくお願いしますね。
 佳奈も、何かあったら、すぐに連絡しなさい。」
「はーい、じゃあ、出発!」
佳奈は、車椅子を自分の手で動かし、玄関を出た。
春彦は、そんな佳奈の横に付き添った。
佳奈の家の門をくぐろうとした時、佳奈は車椅子を止め、躊躇しているようだった。
春彦は、そっと佳奈の後ろに回り、車椅子の後ろの取手に手を掛けた。
「慣れるまで、ゆっくり押してやるよ。」
春彦が優しく声をかけた。
「うん。」
佳奈は、身体をねじって春彦の方に向いて、笑顔で返事した。
春彦も、佳奈が体をねじるほうに、自分の身体を倒し、佳奈がすぐに自分を見れるように気を配った。
「じゃあ、再び、出発。」
今度は、春彦が号令をかけ、ゆっくりと車椅子を押して門の外に出ていった。
茂子は、やはり心配そうな顔で二人の後姿を見送った。
「どう、久し振りの外の気分は。」
「うん、やっぱり、外はいいわ。
 特に、今日は天気もいいし。」
佳奈は弾んだ声で応えた。
「そうだね。」
春彦は、そういいながら車椅子の進む方向に細心の注意をしていた。
取りあえず、前日はリハーサルとして、一人で佳奈の家から、『中屋』までの道を歩き、段差やくぼみがないか、チェックはしていたが、やはり、何か障害物が落ちているかもと注意をしながら、車椅子をゆっくり押していた。
佳奈は、両手を結んで前に伸ばし、伸びのようなことをした。
「いつもね、一人で必死に漕いでいるんだよ。
 だから、今日みたいに何もしないって、何か新鮮。
 ただ、景色がいつもと違うの。
 何か、小学生の時ってきっとこうだったのかなぁ。」
車椅子に乗ると、佳奈の頭位置は、小学生の高学年の子供位の高さだった。
「通いなれた道でも、やはり景色が違う?」
「うん。」
少し、佳奈は口籠った。
「どれどれ。」
春彦は、車椅子を押すのをやめ、後ろから佳奈の顔の横に自分の顔を出し、佳奈の視野で周りを見渡した。
「本当だ。
 植え込みも花とか、真近で見れるね。
 いつもは、視線の下であまり感じなかったのに。」
「本当だ。
 言われてみたら、そうね。
 この風景も、これはこれでいいかも。」
佳奈は、ご機嫌を取り戻した。
「さあ、もうすぐ、『中屋』だよ。
 今日も、餡子でいいのかな?」
「ねえ、春。
 鯛焼き買ったら、いつも通った公園で食べたい。」
佳奈は、お願いするような声で言った。
「わかってますよ、お嬢様。
 はなから、そのつもりでした。」
「さすが、はる!」
佳奈は、ぱっと明るい顔をして言った。
2人が中屋に行くと、昔から応対してくれるおばさんが出てきた。
そして、車椅子の佳奈を見つけると、近寄ってきた。
「あれ?
佳奈ちゃんじゃない。
久し振りだねー。
で、どうしたの、車椅子で。
何かスポーツやって怪我したんでしょ。
バレーボールかい?
最近、ナデシコちゃっちゃっちゃとか言うの流行っているからね。
気をつけなきゃだめだよ。」
「おばさん、それ、ニッポンチャチャチャよ。」
佳奈がケラケラ笑いながら言うと、やだよといっているように、中屋のおばさんは、手を振った。
それから、2人は鯛焼きを買い、公園に向かった。
鯛焼きは佳奈が持ち、膝の上に置いていた。
「うーん、鯛焼きのいい匂い。
 つまみ食いしたくなっちゃった。」
「こら。
 もう少し、我慢しなさい。」
春彦は偉そうにして言った。
「はーい。」
佳奈は、舌を出して返事した。
「しかし、『中屋』のおばちゃん、相変らずだったよね。」
「ああ、まったくすっ呆けて、何がナデシコちゃっちゃっちゃだよ。
 しかも、“ちゃっちゃっちゃ”だよ。」
「昔から変わらないよね。」
2人は声を出して笑った。
「でも、普通に怪我しているように見えたんだ。
 しかも、すぐ直るような…。」
一笑いした後、佳奈が考え深げに言った。
「そうだね。
 だから、良くなるよ。」
「うん。」
佳奈は、微笑んだ。
公園に着くと、いつものベンチのところに行き、佳奈は車椅子で、春彦はベンチに腰掛けた。
ベンチに座ると、いつもの高さに佳奈の頭があるようだった。
「わー、ここからの景色は、変わらないわね。」
「そうだね。」
「ここからの眺め、結構好きなんだ。
 ほら、あそこに通ってた中学校があるでしょ。」
公園から正面は、いったん窪地になり、また、丘のように登っていく、その中腹に学校があった。
「なんか、海外の番組でよく紹介されている地中海あたりで、こんな感じに丘の中腹にきれいな街並みがあるじゃない?
 そんな感じがするの。」
佳奈の視線の先には、丘の中腹は新興住宅街で白を基調としたきれいな家が多く立っていた。
春彦は、その風景を見ながら興奮気味に話をしている佳奈を優しく見つめながら相づちを打った。
「そうだね。
 結構、白い色の家が多いから、そう見えるね。」
佳奈は、視線を風景から膝の上の鯛焼きに移した。
「あー、鯛焼き食べるの忘れてた。」
「食いしん坊の佳奈にしちゃ、珍しいな。」
「言ったなぁ、春には渡さないからね。」
「おいおい。」
2人はふざけあって、鯛焼きを頬張った。
「うーん、おいしいー。
 うちで食べるのもいいけど、こうやって外で食べるのも、格別においしい。」
佳奈は、嬉しそうに言った。
そんな佳奈を、春彦は嬉しそうに見つめていた。
「さあ、そろそろ帰らないと、おばさん心配してるからね。」
食べ終わって、一息ついた後、春彦は切り出した。
「うん。
 おかあさん、結構心配性だから、そろそろ帰らなくちゃ。
 でも、今日は、いろいろあって楽しかったなぁ。
 春、ありがとう。」
「どういたしまして。
 また、ちょくちょく、来ような。」
「うん!」
佳奈は、力強く頷いた。
帰りは、途中から平坦な道だったので、佳奈が自分で動かすと言い出したので、春彦は佳奈の横について歩いてた。
ただ、片手はそっと、車椅子の取っ手の近くに添えていた。
佳奈は、余程楽しかったのか、帰り道の間中、昔のように、他愛のない話を止めどもなくしていた。
春彦は、そんな佳奈が嬉しかった。
「たっだいまー。」
佳奈は、家に帰ると茂子に明るい声で言った。
「まあ、上機嫌な事。
 楽しかった?」
「うん、とっても。」
「春君、ご苦労様。
 ありがとうね。」
ほっとしたように、茂子は言った。
「さあ、じゃあ、家の中に。」
茂子は家の中で使う車椅子を用意してきた。
「うーん、これが面倒なのよね。」
佳奈は、ちょっと不平を言った。
玄関で外用の車椅子を降りて、玄関を上がり、家の中で使う車椅子に乗り換えるのは、大変な苦労だった。
「どれどれ。」
春彦は佳奈の背中と脚に手を差し込んだ。
「?!」
突然のことで佳奈は声を失った。
茂子も、呆然と見ていた。
「よっと。」
掛け声とともに春彦は佳奈を抱き上げた。
「きゃっ。」
佳奈は思わず、春彦の首に腕を回しかじりついた。
春彦は佳奈を“お姫様だっこ”をして、車椅子から持ち上げ、玄関を上がり、そーっと家の中の車椅子に佳奈を下ろした。
「……。」
佳奈は、しばらく茫然としていた。
そして、小さな声で「ありがとう。」と言った。
「どういたしまして。」
春彦は、笑顔で答えた。
「また、いこうな。」
春彦の声に、佳奈は万遍の笑みを浮べ答えた。
「うん。」
茂子は、しばらく、そんな二人を眺めていて、心配が取り越し苦労だったことを実感した。
春彦が、常に佳奈に気を配っていたことは今の態度で嫌というほどわかった。
茂子や佳奈に家に上がっていかないかと勧められたが、春彦は久し振りの外出で佳奈が疲れているだろうからと、丁重に断り、佳奈の家を後にしたが、気持、後ろ髪を引かれる思いをしていた。
腕には、まだ、佳奈の感触が残っていた。
「佳奈って、あんなに軽かったんだ。
 それに、やっぱり、いい匂い…。」
「くすっ」と誰かに笑われた気がして、はっと春彦は周りを見渡した。
一陣の心地よい風が、春彦の傍を通り抜けていった。

春彦が帰り、佳奈は自分の部屋で部屋着に着替えベッドの上でくつろいでいた。
茂子は、佳奈の着替えとか手を貸した後、お茶を持ってくるねと部屋を出ていった。
そして、お茶を持ってきて、佳奈に今日のことを尋ねた。
佳奈は、待ってましたとばかりに、楽しかったこと、鯛焼きがおいしかったこと、鯛焼き屋のおばさんが面白かったことなど今日起こったことを、顔を上気させて話した。
茂子は、相槌を打ちながら、生き生きとしている佳奈を見て、うれしくてたまらなかった。
そして、話しは最後の“お姫さまダッコ”に話が及んだ。
「もう、いきなりで、びっくりしちゃった。
 春ったら……。」
佳奈は、顔が熱くなるのを感じた。
「あらあら、いいわねー。
 わたしなんて、一樹さんにやってもらったことあったかしら?
 で、どうだった?
 抱っこされた感想は?」
茂子はからかうように聞いた。
「えー、びっくりしたけど……。
 春って、たくましかった……。」
佳奈は顔を真っ赤にしながら、最期の言葉は消え入るような声になっていた。
「え?
 何?
 なんていったのかな?」
茂子はからかうように言った。
「もう、お母さんたら。
 妹の特権よ!」
佳奈は、茂子を叩くふりをした。
「えー?
 妹?」
「うん。
 悠美姉の弟妹だもん。
 春が最初に悠美姉の弟になり、私がその次だから、兄妹になった順で、私が妹!」
「まあまあ、その妹さんが赤くなってること!」
しばらく、佳奈と茂子の笑い声は絶えることがなかった。

春彦は、家に帰って、舞に無事に連れて帰ったことを説明した。
「でも、どうせ、すぐに茂子さんから報告が入んでしょ。」
「まあね。
 茂子も毎日大変だけど、佳奈ちゃんが日増しによくなっていくので、それが元気の源になっているみたいよ。
 もう、しょっちゅう電話で、今日は佳奈ちゃんどうだったとか、あーだのこーだの、ほぼ一方的ね。」
「でも、気持はわかるよ。
 それに、母さん相手だから尚更でしょ。」
舞は、まんざらでもない顔で「まあね」と言った。
「そうだ、春彦君。
 次のプランは、考えてるの?」
「うーん、ノーアイデアってとこかな。」
「だめだねー。」
と話している側から電話がなった。
「噂をすれば。
 やっぱり、茂子よ。」
舞は、受話器を取って話しはじめた。
「いったい、この二人の電話代は、どうなっているのやら…。」
春彦は苦笑いしながら、自分の部屋に戻った。
そして、ベットに仰向けに寝転んだ。
「次ねー。
 佳奈の喜ぶところか…。」
リビングの方から、舞と茂子が電話で話している声が聞こえた。
「えー、春がそんなことしたのー。」
舞の素っ頓狂な声で、春彦は、佳奈を“お姫さまダッコ”したことが報告されていることを察した。
「やば…。」
春彦は、布団をお頭から被りながら、佳奈を抱き上げた時の柔らかな感触や、佳奈のいい匂いを思い出していた。
それから、電話が終わった後、舞に部屋を急襲され、さんざっぱら、“お姫さまダッコ”の件でからかわれまくられた。
「そうそう、じゃあ、ダッコの王子様にいいこと教えてあげる。」
「ダッコの王子は余計!」
春彦は、少しむくれて言った。
「まあまあ。
 そう、いいことはね、佳奈ちゃん、ちゃんと車椅子でも使える施設って、わかるよね?
 それがあれば、介助の手がなくても大丈夫になってきたんだって。
 どう?
 次のプラン、範囲が広がったでしょう。」
「じゃあ、少し遠くても、きちんとした施設があればオッケーなんだ。」
「そうよ。
 佳奈ちゃんの外用の車椅子、確か畳めるから、近場なら家の車でも大丈夫と思うわよ。」
「そっかー、サンキュー。」
「じゃあ、しっかり考えなさいね。
 ダッコ王子!」
「うるさい!」
舞は、言いたいことを全て言って部屋を出ていった。
「そっかぁ、いろいろと範囲が広がってきたのか。」
春彦は、思わずニヤニヤしながら独り言を言った。
DATE: CATEGORY:第3章 佳奈の決意
春彦が家に帰ると、舞が待ってましたと言わんばかりに声をかけてきた。
「おかえり。
 いっしょに飲もうと思って待ってたよ。
 顔や手を洗って、早くおいで、おいで。
 おーっと、うがいも忘れずにね。」
「何が、待っていただよ。
 もう、飲んでいるんじゃない。」
春彦は、半分出来上がっている舞を見て苦笑した。
「そうだよ、飲んで、待っていたんだよ。」
「やれやれ……。」
春彦は、洗面所で顔を洗い、キッチンでお酒用のコップを持って、テーブルで待つ舞のところに行った。
「よいしょ、っと。」
春彦が座ると、待っていたかのように舞がお酒を注いだ。
「待ってました。
今日は、“紅顔の美少年”って銘柄だよ。」
春彦は、銘柄を聞いて、なぜか先の公園で佳奈に抱いた感情を思い出し、少し恥ずかしくなった。
「あれ?」
舞は、鋭く何かを感じ取って声を出した。
「まあまあ、じゃあ、乾杯!」
春彦は、詮索されないよう、話をそらしていた。
「そうだ、つまみは?」
「イカ干しとエイヒレが、あるよ。
 炙って持っておいで。」
「了解。」
そんな会話があって、春彦がつまみの用意をし、落ち着いて飲み始めた。
「茂子から、早速、電話があったよ。
佳奈ちゃん、中断していたリハビリを頑張って再開するって、茂子に言ったんだって。
茂子、大喜びで、春が何の魔法を掛けたのかってさ!」
手短に、佳奈が心のうちを春彦に話したこと、それで、心が軽くなったのか、前向きな態度に変わったことを説明した。
但し、佳奈を抱きしめたことは内緒であった。
「ふ~ん、そうだったんだ。
 佳奈ちゃん、我慢しちゃうからね。
 溜め込みすぎて、にっちもさっちもいかなくなっちゃったんだね。
 そこへ、ボケーっとしたお前の顔を見て、思わず弾けたんだろうね。」
「多少、言っている内容に憤りを感じないことはないけど、まあ、いいか。
 そんなとこかなぁ。」
「まぁ、これで、何とか、佳奈ちゃんがスタートラインについたことには、かわりないね。
 あの子は、芯の強い子だから、一度、自分で決めたことは、やり通すだろうね。
 でも、いつ、元のように歩いたりできるか、こればっかりは、わからないよ。」
酔いが回ってきたのか、舞は、少し涙声になっていた。
「……」
春彦は、舞の話を聞く一方で、お酒を飲みながら、思いを巡らしていた。
(確かに、母さんの言うように、リハビリをやっても、元のように戻るかは、わからないか。
 あんなに明るく、一緒に歩いていたのに。
 あんなことがなければ、今、どうなっていたんだろう)
「そうそう、春彦。」
「えっ?
 なに?」
自分の思いに浸っていた春彦は、舞から不意に名前を呼ばれ現実に戻っていた。
「大丈夫だと思うけど、可哀想だからとかで、佳奈ちゃんに手を出したりしちゃ、ダメだよ。」
「なっ、なにを急に。
 そんなこと、するわけないよ。」
佳奈を抱きしめた感触を思い出し、春彦は焦って否定した。
「ともかく、何があっても、手を出したりしたら許さないからね。」
「う、うん。」
何か舞の言うことに、春彦は釈然としなかった。
(なんだろう。
 リハビリの邪魔になるからかな。
 これからが、大変だから、かな?)
その後、舞と春彦は、ひとしきり他愛もない話で盛り上がっていた。
「さて、眠くなったから、先に寝るよ。
 後片付け、お願いね。」
「はいはい、じゃあ、おやすみ。」
「おやすみー。」
春彦は、舞を見送り、自分のコップにお酒を注ぎ、飲みながら、今日のこと、舞の言ったことを考えていた。
ブルブルっと、春彦の携帯がなった。
春彦は、携帯をマナーモードにしてあったことを思い出した。
携帯を見ると、佳奈からメールが入っていた。
(何年振りだろう)
別々の大学に進学し、一時期、佳奈とは疎遠になっていた。
その時、たまに、メールのやり取りをしたくらいで、それからは、ご無沙汰状態だった。
メールを開くと、『佳奈だよー!』という件名で、次のような本文がかかれていた
『今日は、愚痴を聞いてくれて、ありがとう。
おかげ様で、元気になりました。
リハビリ頑張るからね、応援してね。
で、春にお願い。
リハビリのことを、たまに、メールで報告するから、いやがらないで見てね。
春に、報告すれば、辛くても続けられると思うの。
だから、よろしくね。
あと、鯛焼き、おいしかった。
やっぱり、中屋だよね。
あの餡子、久々で、すごく美味しかった。
また、買ってきてね。(^_-)-☆
じゃあ、おやすみなさーい。』
(はいはい、また、買っていきますよ。
 でも、太ったってしらないからなぁ)
春彦は、心の中で、佳奈に話しかけながら、メールの返信文書を打ち込んだ。
『OK!
 いつでも、メールしていいからね。
 楽しみに待っているから。
 鯛焼きの件も了解です。
でも、体重の超過に気を付けて。
じゃあ、おやすみ』
(ぽちっとな)
と送信ボタンを押し、メールを返信した。
(佳奈、頑張れよ。)
春彦は、いろいろと思いあぐねていたことを全て、佳奈からのメールで忘れたようだった。
(さて、俺も、がんばらなくっちゃ。
まずは、ここの片づけっと)
夜は、深々と更けていった。

佳奈は、翌日から病院でリハビリを開始した。
翌日、茂子が病院に電話したところ、すぐにでも再開したほうがよいということで、急きょ、佳奈とタクシーで病院に向かった。
出迎えたのは、佳奈を担当してきた医師の岩崎とリハビリ担当の医師の戸田だった。
加奈を含め、4人で今後のリハビリプランの話をして、早速、リハビリが開始された。
マッサージや、平行棒を使っての歩行訓練と、佳奈にとっては、想像も絶するくらいにかなり辛いリハビリだった。
しかし、以前と違い、佳奈は辛いながらも懸命に取り組んでいた。
茂子は、そんな佳奈を見つめるだけしかできない歯がゆさを感じていた。
初日が終わり、着替えをすまし、帰りのタクシーの中で茂子は、佳奈に話しかけた
「ご苦労様、頑張ったね。」
「うん、頑張ったよ。
何とか、歩ける様になるといいんだけど。」
心細そうな佳奈の声を聴いて、思わず茂子は声を強く言った。
「何言ってるの!
 まだ、始めたばっかりでしょ。
 それに、絶対に歩ける様になるから、気持を強く持つのよ。」
そんな茂子の励ましに、少し驚いたが、すぐにうなずいて見せた。
「そうよね、頑張らなくっちゃ。
 まだ、今日が初日だもんね。」
(ほんと、弱音を吐くのは早すぎるし、春と約束したんだから)
佳奈は、自分に言い聞かせるように小さく頷いた。
「そうだ、帰ったら、春にメールでご報告っと。」
「あら、佳奈ちゃん、嬉しそうね。」
「そうよ、だって、また、おいしいものを持ってきてもらうんだから。」
「いや、そういうのじゃなくて…。」
と、言葉を濁す茂子に向かって、佳奈は笑い飛ばした。
「何言ってるの、お母さん!」
家に帰り、茂子と一緒にシャワーを浴び、佳奈は自分の部屋のベッドで横になった。
「ふう、今日はつかれたなぁ。
 寝ころびながら、佳奈は、携帯を取って、春に、ご報告のメールを打ち始めた。
『春へ。
今日から、リハビリスタートです。
朝、お母さんが病院に電話したら、早いほうが良いって、今日からになりました。
急いで、ジャージやトレパン持って、病院に行ったんだよ。
リハビリの先生が出てきたんだけど、覚えてる?
高校の時の歴史の先生で、むきむきマッチョマンの戸田先生。
その先生にそっくりなムキムキマッチョマンて感じの先生で名前も戸田先生って言うの。
その先生から、リハビリのやり方の説明を受け、みっちり2時間。
歩行訓練で、伝え歩きだとか、いろいろでした。
だから、今日はお腹がすいたのと、疲れて眠くなってます。
春は、お仕事頑張ってますか?
加奈も頑張っているので、春も頑張ってね。
まずは、初日のご報告でした!
佳奈』
(送信!)
佳奈は、送信ボタンを押して春にメールを送った。
(お腹すいたなぁ…)
と、考えながら、佳奈は疲れからか眠り込んだ。

ブルブルと、春彦の携帯がメールの着信を伝えた。
春彦は、いつも、携帯をマナーモードにしているので、バイブの音と振動だけで、たまに気が付かないことがあり、よく舞から買い物を頼まれるのだが、気が付かないで帰り、思いっきり怒られることが、多々あった。
今日は丁度仕事が一区切り付き、背伸びをしていたところだったので、メールが届いたことに気が付いた。
(誰からだろう。
 また、舞さんからの買い物メールかなぁ)
何て考えながらメールを見ると、それは、佳奈からのメールだった。
(おっ!?早速、なんだろう)
春彦は、メールを読みながら、佳奈がリハビリを開始したことを知った。
(返信、返信と)
早速、春彦は佳奈にメールを打ち始めた。
『佳奈へ。
 随分と早く始まったんだね。
 でも、早く始まって良いと思うよ。
 負けないで頑張ろうね、俺も、いつでも応援してるから。
 お腹すいたって?
 いいことじゃん、たくさん食べて、ゆっくり休むんだよ。
 こっちも、仕事頑張ってるからね。
 でも、リハビリの先生がこともあろうに、あの戸田先生似だって?!
 今度見てみたいな。
 また、報告メールよろしく!』
(ぽちっとな)
春彦は、佳奈に返信メールを送り、大きく伸びをした。
(そうか、いよいよ戦闘開始か。
 佳奈、がんばれ!)

佳奈の部屋では、茂子がお腹をすかせた佳奈のためにお菓子を持って部屋に入ってきた。
そこで、うたた寝をしている佳奈を見つけ、お菓子や御茶の入っているお盆を机の上に置き、佳奈の枕元に坐り、髪を優しく撫でた。
(あらあら、佳奈ちゃんたら、うたた寝しちゃって。
 でも、無理ないわね。
 リハビリ大変だものね。
 早く、良くなるといいんだけど。
 頑張るのよ、可愛い佳奈)
髪を撫でながら、そう心の中で言っていると、佳奈の携帯がメールの着信を告げるメロディが、小さい音でなった。

「はる~」
佳奈が寝ぼけて春彦の名前を呼んだ。
「あらあら。」
思わず、茂子は笑い出し、それをきっかけに佳奈を起こしはじめた。
「ほら、佳奈ちゃん。
 お腹減ったでしょ。
 夕飯には、まだ時間があるから、お菓子を持ってきたわよ。
 起きて、食べない?」
「あ、お母さん?
 うん、食べる」
佳奈は、寝ぼけ眼をこすりながら、だんだんと目が覚め、今がどういう状態かを理解し始めていた。
二人は、お菓子を食べ、お茶をしながら今日のリハビリのこととかを会話していた。
ふと、茂子は、佳奈の携帯が鳴ったことを思い出した。
「佳奈ちゃん、さっき、携帯なってたわよ。」
「えっ?
 ほんと?
 きっと、春からだ。
 さっき、今日のリハビリのことをメールしたから、その返信だよ」
「へー、何て書いてあるの?」
「だめっ!
 誰にも見せないもん。」
笑いながら佳奈はメールを開き、読み始めた。
そこには春彦から素っ気ないメールだが、佳奈にとっては嬉しく、元気になっていくようであった。
「うんうん。」
佳奈は、にこにこしながらメールを読み終わり、携帯を閉じた。
「ねえねえ、何て書いてあったの?」
興味津々と茂子は尋ねた。
「内緒だもん。」
佳奈は、楽しそうに答えた。
「そういえば、ほかのお友達とは、連絡を取っていないの?」
「うん、もう少し、良くなってからね。」
佳奈は、心なしか小さい声で答えた。
(やっぱり、今の状態を見せたくないんだわ)
茂子は、佳奈の心中を感じ、それ以上、この話題には触れることは止めた。
佳奈は、事件の時に携帯電話を壊され、自宅に帰ってから携帯電話を買換え、メールアドレスも変更し、誰にも教えていなかった。
この前、春彦が見舞いに来た時に、春彦にだけ気分を変えたいからと称して、メールアドレスを変更したことと、新しいメールアドレスを教えただけだった。
「お母さん、やっぱり、お腹がすいてきちゃった。
 今日のおかずは何?」
「そうね、今日は佳奈の好きなハンバーグと、煮物にしようと思って。」
「やったー、楽しみに待ってるから。」
そういう会話をしていて茂子は、佳奈が学生時代の佳奈に戻ったような気がして、少し嬉しくなっていた。
「よーし、腕によりをかけて、美味しいハンバーグをつくるかぁ」
「やったー、楽しみー!」
明るく茂子が言うと、佳奈も明るい笑顔で答えた

それから、平日の昼間は茂子に付き添ってもらいリハビリに通い、家に帰っては、自分の力で身の回りのことや、松葉づえや車いすで家の中を移動できるように、佳奈は練習を繰り返した。
そして夜は、今日あったことを簡単にだが、春彦にメールで報告するのが、いつしか日課になっていた。
春彦は、そんな佳奈のメールを毎日楽しみにし、感想や励まし等、他愛のない内容の返信をするのを日課として、週末は、土日のどちらかは、佳奈に会いに家を訪ねていた。
最初のころは、佳奈に会うと、おでこや体のあちらこちらに痣ができていることに驚いた。
が、佳奈から一人でベッドから降りて車いすに乗ったり、車いすからベッドに移る練習で転びまくっていることを聞いて納得はしたが、気が気ではなかった。
「佳奈、そんなに痣作って、大丈夫か?」
「うん、それより、大分、自分で出来るようになってきたの。
 見てみて。」
佳奈は、両脚にギブスをし、それを支点に松葉づえを使ってうまく、立ち上がれるようになっていた。
そして、体を入れ替え車いすにお尻から倒れこむように腰を下ろした。
「おっ、すごいじゃん。」
「えへへへ、でも、たまに目測を誤って車いすごと転がっちゃうことがあるの。」
佳奈は照れ臭そうに言った。
そして、今度は逆に車いすから立ち上がってベッドに戻った。
春彦は、佳奈が立ち上がるとき、車いすが動かないように、そっと抑えていた。
「ありがとう。」
佳奈は、抑えていてくれた春彦に言った。
「それで、この痣か。」
「うん、脚にもたくさん痣があるんだよ。」
佳奈はトレパンを腿までまくり上げて見せた。
言う通り、脚のあちこちに痣があった。
「痛そうだな。」
「うん、でも、感触がないんだ…。」
佳奈が、少し沈んだ声で言った。
「そっかぁ。」
春彦は、佳奈の足の痣に手を置いた。
「こらこら、いきなり何するの…。」
佳奈は、いきなり春彦に足を触られびっくりしたが、急に、言葉を止めた。
「?」
春彦も、いくら幼馴染といえ若い佳奈の足に手を置いたことに気が付き、急いで手をどけようとした。
「あたたかい…。」
佳奈が、ぼそっと言った。
「え?
 まあ、良く手は暖かいと…。」
春彦は佳奈が何を言おうとしているか察した。
「佳奈、わかるのか?」
「うん。」
「もう一回、足、触っていいか?」
「うん。」
春彦は佳奈の足首の辺りを触った。
「感触はないんだけど、暖かいのはわかるわ。」
「じゃあ、ここは?」
春彦は、今度は佳奈のふくらはぎを手で包み込んだ。
「暖かい!」
「じゃあ、ここは?」
春彦は、腿を手で包み込んだ。
「暖かい…。
 でも、はる、恥ずかしい…。」
最後は消え入るような声で佳奈は言った。
佳奈の顔は、恥ずかしさで赤みを差していた。
「ごめん。」
春彦も、赤面しながら手をどけた。
「でも、暖かいっていう感覚が戻ったんだ。」
春彦が言うと、佳奈は涙ぐみながら笑顔で頷いた。
このことは、佳奈をはじめ、茂子や一樹に大いに希望を与えるものだった。
茂子は特に大喜びして、早速、担当の医師の岩崎に電話で報告した。
岩崎も、驚いたように、希望が出てきましたねと電話口で話した。
茂子は、その日、ずっと、佳奈の脚をさすって、何度も何度も「暖かい?」と佳奈に尋ねた。
佳奈は、そんな茂子を見て「いやだ」とも言えず、笑って頷いていた。

春彦が、大喜びの佳奈の家から自宅に帰ると、舞が出迎えた。
「今、大騒ぎの茂子から電話があったよ。
 佳奈ちゃんの脚、少し、感覚が戻ったんだって?」
「ああ、触られて暖かいっていうのが感じたみたいだよ。
 茂子さん、お医者さんに早速電話したら、凄く良い兆候だって言われ飛び跳ねていたよ。」
春彦が、思い出したように笑って言った。
「そうそう、茂子が電話でも盛んに言ってたよ。
 良かったね。
 じゃあ、祝杯と行こうか!」
「そうだね、今日は祝杯ということで、お付き合いしますよ。」
春彦が笑って言うと、舞は急に春彦の方を振り向き、見上げるようにして言った。
「ところで、君が触ったんじゃないでしょうね?」
「え?
 まあ、その…。」
春彦は、頬が熱くなるのを感じ、返事もしどろもどろになっていた。
「あらら、赤くなってるよ、この子は。」
舞は、ニヤニヤしながら春彦をからかった。
「さあ、着替えておいで。
 祝杯じゃあ、祝杯!」
「はいはい。」
たまらんなぁと春彦は思いながら、部屋に着替えに戻った。
ふと、携帯に目をやると、メールが入っていた。
「誰からだろう?」
春彦は、メールを見ると、それは佳奈からだった。
『春へ
 今日は、ありがとう。
 春彦のおかげで、足の感覚を一つ、取り戻すことが出来ました。
 お母さんたら、喜んで、あれからずっと私の脚を触っていたのよ。((´∀`))ケラケラ
 もっと、もっと、良くなるように頑張るからね。
 これからも、よろしくね。』
簡単な内容だったが、佳奈の喜びが詰まっている気がした。
春彦は、少し考えて、メールの返信を打ち始めた。
『佳奈へ
 よかったね。
 一生懸命、リハビリしている成果が出てきたね。
 これからも、いつも、応援しているからね。
 あと、お母さんに触りすぎると火傷するからって言ってみたら(笑)。
 また、行くからね。
 今日は本当に良かったね。
 おやすみ。』
春彦は、返信してから、舞の待つリビングに戻っていった。
春彦は、台所から自分のコップを持って、舞のいるテーブルに腰掛けた。
舞は、にこにこしながら、春彦のコップにお酒を注いだ。
「さて、今日のお酒の銘柄は何でしょう?」
いぢわるっぽく舞は尋ねた。
「え?
 うーん、『熟女のため息』ですか。」
春彦は、自分で言っていて、赤くなった。
「おー!
 お前も言うようになったわね。
 残念でした。
 今日のお酒は、『処女の感触』でした。」
ぺろっ、と舌を出して舞は言った。
「嘘つけ!」
春彦も笑いながら答えた。
「でも、退院してから3か月か。
 そう思うと、佳奈ちゃん、順調に回復してるわね。
 これなら、歩ける様になる可能性が高くなるわね。」
「そうだね。
 佳奈は、がんばっているからなぁ。
 体中、痣作ってるんだよ。
 一人で、車いすに乗ろうと練習して。」
「茂子が言っていたわ。
 最初、派手な音が佳奈ちゃんの部屋から聞こえ、ハラハラしていたって。
 最近は、派手に転がる音が少なくなったって。
 ん?
 それで、君は、その痣を触ろうとして、思わず、佳奈ちゃんの恥ずかしがるところに手を!」
「そんなことないよ!
 まったく、妄想だけは激しいんだから。」
春彦は、怒った顔をしていった。
「あとは、気分転換に外に出れるようになれば、また、気が変わるんだけど。」
春彦は、少し考え気味に言った。
「そうなんだ、佳奈ちゃん、まだ、病院以外に外に出ようとしないんだ。
 お友達と会ったりしないの?」
「そうみたいだよ。」
「ふーん。
 心も、一歩一歩かな。」
「だろうね。
 まあ、佳奈のことだから、その内、何とかなるんじゃないかな。」
「おー、まるで他人事。」
「そうじゃないよ、あいつ、昔から社交性はあるから、良くなればじっとできなくなるって。」
「じゃあ、君が、また、そのきっかけを作ってあげたら?」
「え?」
意外な舞の言葉に、春彦は戸惑った。
「そうか、きっかけか…。」
舞の言葉に、春彦はいろいろと考え始めた。
舞は、お酒を口にしながら、ニヤニヤ笑い、春彦を見ていた。
DATE: CATEGORY:第3章 佳奈の決意
佳奈は、日に日に明るさを取り戻してきた。
ただ、両脚が麻痺している状態は変わっていなかった。
家の中での移動も車いすで、茂子にいろいろと世話を焼いてもらわないと、家中どこに行くのも一人ではいけない状態だった。
茂子は元気にしていても、それなりに年を重ねていて日常の家事のほか、佳奈の世話でかなりの重労働だった。
それを間近でみている佳奈も、元のように自分のことは自分で出来るようにならなければと思い、家族や、担当の医師から勧められているリハビリをする気に、ようやくなっていた。
担当の医師からは、今までの状況が状況なだけに、足の筋肉もすっかり落ちてしまい、まずは筋力をつけるリハビリから始めるようにリハビリプランが組まれていた。
そして、ある日、佳奈はリハビリに行ったが、あまりの辛さに一度でめげてしまい、心と体のあまりのギャップに愕然としてしまっていた。
ちょうど足が痺れた時のように、感覚がなく、座っている分にはいいが、何かにつかまり立ちするとビリビリするような、それがもっとひどい状態だった。
春彦は、佳奈を見舞う前日に、茂子から舞を経由して状況を聞いていた。
「リハビリは、ただでさえ苦しいんだって。
 大の男でも音をあげるんだって。
 何て言っても、麻痺している足を動かそうとするんだから。
 リハビリで平行棒のような棒に捕まって立ち上がろうとしただけで頭の先まで感電したみたいにビリビリとするらしいわ。
 私には想像できないわ。」
前の晩、春彦は舞に誘われ、自宅でお酒を一緒に飲んでいた。
「俺も人に聞いただけだから、実際にどの位辛いかは想像できないよ。
 でも、あのしっかり者の佳奈が、そう簡単に音をあげるやつじゃないから、相当つらいんだろうな。」
「そうね、それに、あと心配なのは茂子がいつまで持つかなんだよね。
 平気、平気と電話じゃ言っているけど、佳奈ちゃんも子供じゃないから、それだけ色々な世話で体力的にも大変だろうし、年を取っ てきたら、変な話、茂子も一樹さんもいなくなったら、佳奈ちゃんどうするんだろう。
 なんて心配しちゃうわ。」
舞は、お酒のおかわりというように、空になったコップを、春彦に差し出した。
春彦は、そのコップにお酒を注ぎながらしみじみと言った。
「そうだよなぁ。
 佳奈には、兄弟姉妹がいないからなぁ。」
「そう、我家もそうだけど、年が近い従兄の光ちゃんがいるから、あんた一人になっても、あまり心配してないよ。
 いざとなれば、何とかなるだろうし。」
「まあ、光ちゃんは、しっかりしてるし、頼りがいがあるからなぁ。
 でも、結婚したらわかんないよな。
 奥さんに夢中で、こっちには気を留めてもくれなるよね、きっと。
 でも何で結婚しないんだろう。
 結構、もてると思うのだけど。」
光一も春彦ほどではないが、そこそこ背も高くすらっとした結構モテる部類だった。
「まあ、あいつは、まだまだできないだろうねぇ。
 あれを、あれを引きずっている間はね。」
「そうかぁ、そうだね。」 
ぐびっと、春彦はコップのお酒を飲みほし、新しく注ぎなおした。
「おっ、いい飲みっぷりだね。
 この餃子もおいしいよ。
 でも、あんまり飲み食いしたら、佳奈ちゃんに嫌われるからね。
 ニンニクとお酒のにおいが混じったら一発でアウトよ。」
舞は親指を立てて、野球のアウトのジャスチヤ―をして見せた。
「わかってるよ。」
「でも、春も最近変わったね。
 少し前までは、おっかない顔で無口だったのに、最近は、良く飲み、良く話すようになったじゃない。
 それも、佳奈ちゃんの影響かな?」
「そっかなあ。」
佳奈の名前が出て、春彦は、佳奈のこれからが気になって仕方がなかった。

次の日、日曜日の昼下がり、春彦は毎週の日課になっている佳奈の見舞いに家を出た。
舞からは、出がけに何か買っていくようにと言われていた。
道すがら、ふと、中屋の前で足を止めた。
そこには、学生の時によく佳奈と立ち寄り、歩きながら食べた鯛焼きが昔のまま売っていた。
お店自体は、昭和の香りのする食堂で、その軒先で、今川焼と鯛焼きを作り売りしていた。
学生相手を意識して、値段が安いのと、ボリュームがあるので、中高生たちに喜ばれている店だった。
また、種類も豊富で、餡子、カスタードクリーム、抹茶クリーム、チョコレートクリーム等があり、それも、人気に拍車をかけていた。
(佳奈はよく餡子の鯛焼きを食べていたな。
 頭から食べるか、尻尾から食べるかなんて、くだらない話をしたっけな。)
昔を思い出しながら、今日のお土産はたい焼きにすることに決め、餡子の入っている鯛焼きを買った。

「佳奈、鯛焼き買ってきたよ」
いつものように、佳奈の部屋のドアをノックし声をかけた。
「うん、入って。」
昔と変わらない元気な声が聞こえた。
部屋に入ると、ベッドに腰かけた佳奈が笑顔で迎えた。
「ほら、いつも買っていた中屋の鯛焼き、買ってきたよ」
「わーい、やったー。
 私、餡子がいいって覚えてた?」
佳奈は、無邪気な声で返事をした。
「当然、ほらね。」
春彦は、袋から餡子と書かれている包装紙に包まれた鯛焼きを取り出し、佳奈に差し出した。
「わー。
 ねえ、食べていい?」
「もちろん。」
佳奈は、喜んで受け取り、さっそく、“ぱくっ”と、鯛焼きを一口かじった。
「うんうん、久し振りだけど、この味だよ~。
 おいし~!」
佳奈は、美味しい顔をして鯛焼きを頬張った。
「あんまり、がっつくと、喉に詰まるからな。
 そういえば、佳奈は、鯛焼きを頭から食べるんだよね。」
「うん、頭から。
 尻尾まで餡子が詰まってるかなって、考えながら、詰まっていたら今日はいいことあるぞってね。
 春も、頭からだよね。」
「ああ、尻尾から食べると、頭が最後に残り、何か睨まれている気がするから。」
「鯛焼きに?」
佳奈は、けらけらと笑いながら答えた。
「春は、何味だっけ?」
「おーい、自分は覚えているかって聞いて、俺のは覚えていないのかよ。」
「あはははは、まあまあ。」
「ちぇっ、佳奈にはかなわないな。
 宇治抹茶金時味だよ。」
「ウソばっかり、カスタードでしょ。」
「なんだ、覚えていたじゃん。」
そんなこんな、他愛のない話をしていると、茂子がお茶を持ってきた。
「佳奈ちゃん、お茶を置いておくから、こぼさないようにね」
「はーい、って、子供じゃないんだから。」
「だって、腰かけていて、バランスをとるのがたいへんでしょ?」
「まあね…。」
加奈の口調が暗くなった。
しまったと思い茂子は話をそらした。
「春君、その鯛焼きは、十国屋の鯛焼き?」
十国屋は、この辺りでは老舗の和菓子屋で、値段も結構するので、学生は中屋が中心となっている。
「残念、これは中屋です。」
「そうよ、お母さん、私たちはそんな高価な鯛焼きじゃなくて、庶民的で、かつ、たくさん食べられる中屋の方なんだから。」
「そんなこと言いながら、結構、体重を気にしていたじゃん。」
「あっ、それは言わないで。」
笑いが部屋中を包み、和やかな雰囲気に戻り、茂子は退散することにした。
「じゃあ、私たちは、十国屋の鯛焼きでも買ってきましょうかね。
 お茶のおかわりは言ってね。
 じゃあ、春君、ごゆっくり。」
茂子が部屋から出ていったのを見届け、佳奈は、ぽつぽつと話しはじめた。
「そうなの、こうやってベッドに腰掛けているんだけど、脚がしびれて感覚がなくて、支えられなくて、よく、転がりそうになるの。
 嫌になっちゃうわ。」
「でも、今は、上手にバランスとれているじゃない。」
「気が張っているからね。
 油断すると、すぐ、よろよろって。
だから、御茶碗もってお茶を飲むのがたいへん」
その言葉を聞いて、春彦は佳奈の隣に腰掛けた。
「じゃあ、これで、お茶飲むとき支えているから、寄りかかりな。」
「春……。」
春彦は、佳奈の湯呑茶碗をテーブルから取り、佳奈に渡した。
佳奈は茶碗を受け取り、少し、春彦に寄りかかりながら、御茶をすすった。
「ありがとう、春は優しいね。」
佳奈は湯呑茶碗を春彦に戻した。
そして何かを考えるように、しばらくうつむいていたが、意を決した様に顔を上げ春彦を見つめた。
佳奈は、思いつめた顔をしながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「春、一度だけ、一度だけ、文句を言わせて。
 一度言ったら、もう言わないから」
春彦は、軽くうなずいた。
佳奈は、それを見て、続けた。
「悔しいの。
 脚が、自分の足なのに、感覚がなくて、言うこと聞かないの。
 自分の足じゃないみたい。
 何も感じないのよ、こうやって、叩いても、つねっても。
 正座して、足がしびれた時みたいなの。
 それがずっとなの。」
加奈は自分の足を叩き、徐々に涙声になっていった。
「歩きたい、また、前のように歩き回りたい。
 春と、鯛焼きを食べながら歩きたい。
 好きな時に外に出て、芝生に上とか、公園、お店をぶらぶらしたい。」
そして一気に何かが爆発したようだった。
「ねぇ、私、何か悪いことした?
 何か悪いことをして、天罰を受けたの?
 悪いこと、何もしていないよね?
 普通に暮らしていただけなのに、何で、こんなことになったの?」
春彦は優しく佳奈の肩を抱いた。
佳奈は、気持の高まりか声のトーンが上がり、涙声で続けた。
「なんで、こんな目に合わなくちゃいけないの?
 リハビリ、辛かったのよ。
 すごく辛かった。
 あれを続けても、前のように歩けるかわからないのよ。
 きっと、無理よ。
 私、これから、どうなっちゃうんだろう。」
一息つき、佳奈は低い声で搾り出すように言った。
「憎い。
私をこんな風にしたやつが憎い。
春、私を助けて。
どうにかなっちゃう。」
佳奈は可哀想なくらい悲しい顔をしていた。
春彦は、そんな佳奈の頭に手を回し、自分の胸に佳奈の顔を押しつけるように、力をこめて抱きしめた。
「大丈夫、いつでも俺がいるから。
 佳奈のそばにいるから。」
佳奈に言い聞かせるように、耳元で呟いた。
佳奈は、春彦の腕の中で、小さく頷いき、春彦の胸に顔を埋め、じっとしていた。
春彦の心臓の音と、体温の暖かさで、佳奈は高ぶっていた気持ちが溶けていくのを感じていた。
春彦は、腕の中の佳奈の柔らかな感触と心地の良い匂いに、何とも言えない気持ちになっていた。
二人は、そのまま、じっとしていた。
まるで、ずっとこのままで居たいと望んでいるようだった。
しばらく、そのままでいたが、佳奈が小さな声で言った。
「春、苦しいよ…。」
「あっ、ごめん。」
春彦は、佳奈を腕の中から離した。
しばらくして、少し深呼吸をして、佳奈は、春彦に笑顔を向けた。
「春は、バカ力なんだから。
 私の鼻が潰れたら、どうしてくれるの?」
「そんな、力いれていた?」
春は、心配な顔で聞いた。
佳奈は、顔を横に振りながら、答えた。
「ううん。
 でも、春、ありがとう。
 これで、すっきりしたわ。
 もう、泣き言は言わない。
 これから、頑張って、リハビリもやるし、歩けるようになるからね。
 お母さんに負担を掛けないように、いろいろなことを自分で出来るようにならなくっちゃね。」
と腕を曲げ、力こぶを見せるポーズをした。
その途端、「きゃ」と佳奈は、小さな悲鳴を上げ、バランスを崩した。
春彦は、とっさに佳奈を抱き寄せ、転げないように支えた。
「ありがとう。」
と、佳奈は悔しそうな顔を一瞬見せたが、すぐに笑顔で、春彦を支えにして体勢を立て直した。
「頑張るわ。
う ん、絶対に頑張る。」
「うん、頑張れよ。
 何もできないけど、いつでも、応援するから」
「でも、甘やかさないでね。
 怠けたら、厳しく叱ってね。」
「それは、いやだ。
 ベロンベロンに、優しくしてやるよ。」
「なによ~、それ。」
佳奈は、また、朗らかな顔つきに戻っていた。
「あのね、春。
 春がいてくれてよかった。
 春といると、心が軽くなっていくの。
 何でもできる気がしてくるのよ。」
「それは、それは。
 光栄ですなぁ。」
「また、偉そうに。」
佳奈が、けらけらと笑う。
つられて、春彦も笑い出した。
「頑張るからね。」
佳奈は、春彦に、また、半分は自分に言い聞かせるように言った。

春彦が帰った後、佳奈の部屋でお茶等の後片付けをしている茂子に佳奈は話しかけた。
「お母さん」
「ん?
なに?」
「あのね、私、もう一度、リハビリ頑張るから。
 頑張って、早く自分のことが自分で出来るようになるから。
 そして、お母さんに負担を掛けないように頑張るから。」
それまで、苦しいリハビリに耐え切れず、ふさぎ込んでいた佳奈から、リハビリを再開する、そして、何よりも自分をも思いやってくれている佳奈の言葉に思わず、茂子は片づけている手が止まり、佳奈をまじまじと見つめていた。
「どうしたの、お母さん。
 私、なんか変なことを言った?」
「ううん、そうじゃなくて、びっくりしたの。
 そう、頑張るのね。
 じゃあ、お母さんも一緒になって頑張るからね。」
「しばらくは、今まで通りご迷惑をおかけしますが、なるべく早く自分でできるように頑張りますから、もう少し助けてくださいね。」
佳奈は神妙な口ぶりで言った。
「うんうん。」
茂子は、頷きながら思わず涙ぐんでいた。
「やだ、お母さん、どうしたの?
 泣かないで。
 もう、嫌だとか言わないからね。」
「うんうん、わかった。
 でも、急にどうしたの?」
佳奈は、手を前に組み、伸びをしながら
「うーん、なんかね、春としゃべっていたら、何か頑張るぞって気分になってきたの。」
佳奈は、春彦にいろいろ言ったことを茂子に話したが、抱きしめられたことは言わなかった
「そうなんだ、じゃあ、それですっきりしたのね。
 でも、春君、いろいろ言われて、面食らっていなかった?」
「そうなの。ハトが豆鉄砲くらったみたいに、目を白黒させていたのよ。」
佳奈は、楽しそうに言った。
(本当は、抱きしめてくれたんだけどね)と、心の中でこっそり言った。
「あら、春君、可哀想に。
 今度、何か御馳走しなくちゃね。」
茂子も楽しそうに答えた。
「じゃあ、明日、病院の先生に早速電話しておくね。」
「うん、お願いします。
 あと、ギブスと松葉づえと車いすもね。」
「はいはい、出しておくね。」
「うん、後ででいいから、部屋に持ってきてね。」
「えっ?部屋に持ってくるの?」
「うん、早く自分でベットから降りたり、家中、動けるように練習、練習。」
「わかったわ。
 でも、あまり急にはじめないのよ。」
「はーい。」
茂子は、心配そうに言って、片づけをした後、ギブスと松葉づえ、車いすを持ってきた。
佳奈の場合、腰から下の両脚が麻痺しているため、歩くことも、立ち上がることもままならない状態だった。
ただ、麻痺は両脚の付け根からだったので、腰でバランスをとって座ったりすることができた。
リハビリは、脚から腰に脱着式のギブスをつけ、歩行練習をすることで、脚の神経を刺激し、徐々に感覚を取り戻させる位というもだった。
ギブスは、固定式だが、膝の部分を稼働させるよう、ロックをしたり、ロックを外せるような仕組みがされていた。
立ち上がるとき、歩行練習をするときは、膝を固定し、座って楽な姿勢を取るときはロックを外せば、普通に腰かけている状態になるものだった。
「さて、まずは、ベットから降りて、車いすに乗れるようにならなくっちゃ。」
佳奈は、自分に言い聞かせるように言った。
そんなに簡単にいくはずはなく、ギブスをして車いすに乗ろうとして、バランスを崩し、倒れてしまった。
「きゃっ。」という悲鳴とともに、ガシャンと倒れる音がして、茂子が佳奈の部屋に飛んできた。
「どうしたの?」
見ると、佳奈が横倒しになった車いすの横でうずくまっていた。
「佳奈ちゃん、大丈夫。」
茂子は、佳奈のそばに駆け寄り、佳奈に手をかし、座らせた。
「えへへ、バランスを崩しちゃった。
 急にはうまくいかないね。
 でも、頑張らなくっちゃ。」
車いすのぶつけたのか、佳奈のおでこがうっすら赤みを差していた。
「練習するときは、私が傍についててあげるからね。」
茂子が心配そうに言った。
「大丈夫よー。
 一人で出来なきゃ意味がないんだから。
 気を付けてゆっくりやるから、心配しないで。」
「でも…。」
「いいから、お母さんは用事があるでしょ。
 何かあったら、大声で呼ぶからね」
「もう、無茶しないのよ。」
佳奈に言われ、茂子はしぶしぶと部屋から出ていった。
そのあと、何回か加奈の部屋から、物が倒れる音が聞えていたが、茂子は佳奈が声をかけるまでじっと我慢していた。
佳奈が自ら頑張りはじめたことを嬉しく思いながら、また、怪我しないか心配な茂子だった。

その頃、春彦は、佳奈の家から帰りながら、ふと近所の公園に立ち寄った。
その公園は、学校帰りに二人で良く立ち寄った公園で、遊具もブランコと滑り台、砂場にベンチが置いてあるこじんまりした公園だった。
春彦たちの住んでいるところは、小さな山に挟まれ、谷間を電車が走っていた。
そして、それを挟むように両方の小高い丘の斜面には、新興住宅地として、家が整然と並んで立っていた。
公園は、開けた高台にあり、夕方になると正面の丘の街並みが夕焼けに朱く染まって見え、遠くには高い山々が見える見晴らしがよく、春彦と佳奈のお気に入りの公園だった。
春彦と佳奈は、両方の母親が幼馴染で大の仲良しだったことから、小さいころからこの公園で遊んだことがあった。
春彦は小学校に上がり少しして、父親の仕事の関係から違う町に引っ越し、中学に上がった時に、また、この町に戻ってきたのだった。
そして転入した中学に佳奈がいた。
佳奈は悠美を介して、別の町にいた時も春彦とたまに会っていたので、春彦が転入してきたことをすごく喜んだ。
佳奈は、早く学校になじませようと春彦の世話をよく焼き、周りから囃し立てられたが、お互いに意を返さなかった。
よく一緒に帰り、この公園で買った鯛焼きを頬張っていた。
どちらかというと、二人とも一人っ子ということもあって、また悠美から弟妹扱いをされていたので、お互い仲の良い兄妹のような関係で、恋愛感情は、特に春彦には一切なかった。
ベンチに座って、春彦は、抱きしめた佳奈の柔らかい体のぬくもり、鼻腔をくすぐるいい香りを思い出していた。
「うーん、何だろう。」
この前まで、付き合っていたカレンとは違っていた。
カレンは、春彦よりも年が上で、成熟した女性だった。
佳奈は、そのカレンとは、全く違っているが、妙に心が騒いだ。
「痛っ!」
急に、頭に何かが当たった感触がして、周りを見回すと、どんぐりのような木の実が足元に落ちていた。
「佳奈は、これから大変なんだから、浮ついた変なことを考えるな、ってことかな。
 でも…。」
春彦は、独り言を言い、頭をかきながら家路を急いだ。
そんな春彦の横をひと筋の風が吹き抜けていった。
DATE: CATEGORY:第2章 悠美の伝言
悠美の伝言をお届けしました。
これから、悠美の元気な時の話しなども、ちりばめていきたいと思っています。
登場人物も、だいぶ増え、また、関係図も描きやすくなったかと思いますが、次章では、また新しい人物が登場します。
次章は、「佳奈の決意」をお届けします。
「佳奈の決意」は、退院し、自宅に戻り、少しずつ前を向き始めた佳奈とそれを助けていく春彦の話しです。
お楽しみください。

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