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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第2章 悠美の伝言
佳奈は、茂子から悠美が会いたがっているっていると聞いて、日曜日になるのを今か今かと首を長くして待っていた。
学校帰りだと、埃っぽかったり、汗臭かったりで、悠美に嫌われる気がして、学校のない日曜日にお見舞いに行くことにしていたのだ。
悠美は、病気の具合が芳しくなく、ここ1か月ほど入院していた。
(きっと退屈しているんだろうなぁ。
お見舞いの品物を何にしようかなぁ。)
と、授業中に考えたりしていた。
(悠美姉は、いつ退院できるのかな。
こんないい季節に病室の中じゃあ可哀想。
そうだ、春もいくのかなぁ?)
悠美は春彦の従姉で、二人より10才程年上だった。
春彦と佳奈は、幼稚園に上がる前から親友同士の茂子と舞に連れられて良く公園で遊んでいた。
そんなある日、春彦に付き添って遊びに来た悠美に見初められ、それからまるで姉妹のよう二人は意気投合していった。
外の風景は5月に入り、緑がいよいよ色濃くなり、風が心地よい季節になっていた。

見舞に行く約束をした日曜日も五月晴れの暑すぎず、寒くもないとっても気持ちの良い日だった。
佳奈は、陽気だけではなく久し振りに悠美に会えるので、うれしく、つい歩みも早くなっていた。
しかし、病院に入ると、逆に足が遅くなり、悠美の病室の前で、緊張し、とうとう立ち尽くしてしまった。
(もし、具合が悪そうだったらどうしよう。
 お見舞いに来たけど、いいのかな……。)
佳奈は、躊躇し、いろいろと考えあぐねたが、勇気を奮って、一歩病室に踏み込んだ。
「あっ!佳奈ちゃん、こっち、こっち。」
懐かしい悠美の声が聞こえ、佳奈は声の方へ顔を向けた。
そこには、ベッドで半身を起こして笑顔で佳奈を手招いている悠美の姿があった。
(少し、やせたみたいだけど、元気そうでよかった。)
佳奈は、ほっとしながら悠美の方に小走で近づいた。
「悠美姉、具合はどうなの?
 入院したって聞いて、びっくりしたのよ。
 具合は、どうなの?」
「あはは、びっくりした?
 ごめん、ごめん。
 ほら、入院って暇でしょ。
 つまらなくて、佳奈ちゃんの顔がみたいなって。」
「えー、私、暇つぶしなの?」
「そうよ、私の可愛い暇つぶし。」
二人は、顔を見合わせて笑いあった。
「具合はねぇ、そんなに悪くないのよ。
 検査で少し引っかかって、入院して治しちゃいましょって、先生が言ったのよ」
「そうなんだ。
いつ頃までかかるの?」
佳奈は、聞いて「しまった」と思った。
病気の治療を受けているのは悠美なのに、軽々しく、「いつまでかかるの」何て聞いて、悠美が、傷ついたらと思うと、自責の念にかられていた。
それを察してか、悠美は明るい声で言った。
「薬が効くまで、少し時間が掛かるんだって。
 でも、あと1~2か月で退院できるんじゃないかって。
 でもね、午前中に診察と投薬治療だけで、あとはベッドの上。
 もう、暇で暇で仕方ないのよ。」
悠美から聞いた状況は、あまり深刻な状況でなさそうなので、佳奈は、心底ほっとした。
そして、持ってきたお見舞い品を持ち出し、悠美に手渡した。
「はい、暇だろうと思って、パズルの本買ってきたの」
「わー、ありがとう。
 クロスワードパズルじゃない。
 私、これ大好きなの。
 さすが、佳奈ちゃん。
 ありがとー。」
悠美は、佳奈から本を受け取り、大事そうに抱きしめた。
「えへへ、喜んでもらえて、良かった。」
「春ちゃんには、私の好きそうな漫画を持ってきてって頼んだのよ。」
「あははは、悠美姉は漫画も好きだもんね。」
「でも、パズルはもっと好きよ。
 ありがとうね、佳奈ちゃん。」
「えへへへ、どういたしまして。」
悠美に喜ばれて、佳奈は照れ臭そうに笑った。
「そうだ、そこの冷蔵庫の中に、ジュースとアイスがあるから、どちらか好きなのを取ってね。」
「えっ?いいの?」
佳奈は、遠慮がちに聞いたが、悠美は笑顔でうなずいた。
「じゃあ、遠慮なく。
 どれどれ。」
と、佳奈は冷蔵庫を開けて中を見た。
冷蔵庫の中には、バニラのカップアイスとサイダーが入っていた。
「本当に、いいの?」
佳奈はもう一度確認した。
いつもは、悠美が手に持って、「どっちがいい?」と、半ば強制的に聞いてくるので、遠慮はいらなかったが、さすがに悠美の分だろうと佳奈は気が引けていた。
「いいのよ。
 お見舞いに来てくれた人用でもあるんだから。
 ちょっと、脚を捻じっちゃって歩けないから、冷蔵庫から出してあげられないけど、遠慮いしないでね。」
「えっ?
 脚を捻じったって?
 動けないほど、ひどいの?」
佳奈は、驚いて尋ねた。
「そんなに、大げさなもんじゃないのよ。
 ちょっとベッドから降りる時に、よろよろ、ぐきって。
 もう、ほとんど痛くないけど、また、捻じって、それで入院が長引いたら、たまらないでしょ。」
「うん、わかった。
 痛くないのね?」
「少しだけ。」
悠美は笑って答えた。
佳奈は、安心し、カップアイスを手に取った。
「じゃあ、カップアイスを頂きます。」
「あはは、やっぱり。
 佳奈ちゃんは、アイスが好きだから、兄さん、買っておいてもらったのよ。
 大正解でした。」
「そういうことなら、遠慮なく。
 頂きまーす。」
「どうぞ、召し上がれ。」
陽気が暖かくなってきたのと、悠美が心配だったので喉が渇いていた佳奈には、普通のカップアイスが、極上のアイスに思えるほど、美味しく感じた。
アイスを食べていながら、ふと、悠美の視線を感じた。
そこには、佳奈を優しく見つめる悠美がいた。
(そうそう、いつも、悠美姉は私を優しく見ていてくれる。
 それが、すごく暖かくて居心地がよく、私は大好きなんだ。)
小さい時から、振り返ると必ず悠美は優しく微笑んでいたことを思い出していた。
「佳奈ちゃん。
 今日の洋服、すごく可愛いわよ。」
「え?」
急に言われ、佳奈はドキッとした。
「そのオレンジ色のワンピース。
 佳奈ちゃんは、明るい色が良く似合うもんね。」
「うん。
 私、オレンジ色って好きなんだ。」
「そうだよね。
 昔から、お絵かきするときオレンジ色ばっかりだったもんね。」
「そんなことないよ~。
 他の色も使っていたよ。」
佳奈は、小さく口をとがらせて抗議した。
「あはははは、ごめんごめん。
 でも、本当に素敵よ。
 佳奈ちゃんがいるだけで、病室がすごく明るくなって。」
「そう?」
佳奈は、嬉しそうにアイスを一口頬張った。
「そうだ、今日は、春は呼んでいないの?」
「うん。
 ほら、病室、狭いでしょ。
 それに、ほかの人もいるから、大勢だと迷惑になるでしょ。
 それと春ちゃんも最近は随分身長が伸びて体つきも大きくなってきたでしょう。」
(そうだ、春は最近身長が伸び、私よりも大きくなったもんなぁ)
そんなことを思いながら、佳奈はアイスをまた頬張った。
アイスを食べ終わった佳奈に、悠美は声をかけた。
「ねえ、佳奈ちゃん。
ちょっとここに来て。」
「うん。
なに?」
悠美は自分が座っている横に来るように手招きした。
「髪が少し乱れているわ。
 ブラシしてあげるから、後ろ向きに座って。」
「わぁい」
佳奈は、喜び勇んで、言われるとおりに悠美のベッドに後ろ向きに腰掛けた。
悠美は、小物入れからブラシをだし、佳奈の髪をとかしはじめた。
佳奈は、小さいころから悠美にブラシをかけてもらうのが好きだった。
「悠美姉のブラシ、久し振りで、うれしいなぁ。」
「ほんと?」
「でも、大丈夫なの?
 疲れたりしない?
 でも、気持良くて、止めてとはいえないんだけど、えっへっへ。」
「大丈夫よ。」
ブラシをしながら悠美は佳奈に話しかけた。
「ねえ、佳奈ちゃん、外はどう?
 気持ちいい?」
「うん、今日は天気がいいし、清々しくて気持ちいいよ。」
「いいなあ、私も外に出たいなぁ。」
「ねえ、悠美姉。
 退院したら、また、一緒に公園とか、買い物にいこうよ。
 ここのところ、半年ぐらい、悠美姉具合が悪くて、一緒に出掛けられなかったでしょ。
 寂しかったのよ。」
「そうね。
 そんなになるんだっけ。」
佳奈にブラシをかけながら、他愛のない話をしていると、通路から声を掛けられた、
「あら、妹さん?」
見ると、同室の小柄な老婆がニコニコ笑いながら二人を見ていた。
老婆は、ちょっと用を足し、戻ってきたところだった。
「そうなの、おばあちゃん。
 可愛いでしょ。」
「そうかいそうかい、めんこいねぇ。
 ゆっくり、お姉ちゃんに甘えていきなさいね。」
と、声をかけカーテン向こうの自分のベッドに戻っていった。
「佳奈ちゃんのこと、妹だって。
 うれしいな、似てるのかなぁ。」
加奈の耳元で、こっそりと悠美がささやいた。
(悠美姉と姉妹だって。
 こんな素敵な悠美姉と姉妹に見えたんだ)
佳奈は嬉しさで半分舞い上がってしまい、悠美のブラシの手が止まっているのを気が付かなかった。
不意に悠美が、優しく佳奈を後ろから抱きしめた。
「悠美姉?」
佳奈は、少し驚いた。
小さいころは、良くこうやって悠美に抱きしめられることがあったが、最近では、大きくなったせいか、なかったことだった。
その頃が思い出せるように、ふわっとした風に乗って悠美の何とも言えない優しい香りに包まれ、佳奈はじっとしていた。
「佳奈ちゃん、いい匂い。
女子力上がったんじゃない?」
固まっている佳奈を抱きしめたまま優しく悠美は話しかけた。
佳奈は、ほのかに香る女性らしい悠美のいい匂いが好きだった。
「私なんて…。
 悠美姉の方がいい匂いよ。
 大好き。」
「えー、病院の中だから、消毒薬の匂いしかしないでしょ。」
悠美がけらけらと笑った。
「そんなことない、悠美姉の優しいにおいがする。」
佳奈はむきになってそれを否定した。
「ありがとうね、佳奈ちゃん。
 ねえ、佳奈ちゃん。
 これから、佳奈ちゃんは素敵な女の子、ううん、女性になっていくわよ。
 私が、太鼓判押ちゃう。
 もっともっと、佳奈ちゃんのそばにいたかったなぁ……」
「えっ?
 悠美姉、なに言ってるの?」
佳奈はびっくりして、飛び上がりそうになった。
「えー?
 だって、そのうち、佳奈ちゃんにも、素敵な彼氏ができて、私のことなんて二番手、三番手で会いになんて来てくれなくなるでしょ?」
すこし、意地悪そうに悠美は言った。
「何言ってるの、悠美姉。
 そんなことないよ。
 悠美姉が一番好き。
 私のお姉ちゃんだもん。」
「そうだね、私たち、仲良し姉妹だもんね。」
一呼吸おいて、悠美は話し続けた。
「でも、ひとつだけ。
 佳奈ちゃん。
 何かあったら、春ちゃんを頼りなさい。
 あの子は、佳奈ちゃんを、ちゃんと守ってくれるからね。」
「えっ?」
悠美は抱きしめていた腕をほどいた。
佳奈は急いで体を悠美の方に向け顔を覗き込んだ。
そこには、初めて見た悠美の悲しげな笑顔があった。
佳奈は、何だか急に不安で心がいっぱいになった。
「悠美姉、いやよ、そんな顔しちゃ。
 どうしたの、今日の悠美姉、なにか変よ……。」
不安からか胸がぎゅーと締まるような寂しい感じがして、いつしか佳奈は涙声になり、泣きじゃくり始めた。
何かが違う、何か重大なことがある、佳奈は不安で押しつぶされそうになっていた。
ふわっと、佳奈の髪を撫でる悠美の手を感じ、佳奈は、顔を上げた。
悠美は、そんな佳奈の髪を撫でながら
「ごめん、そんなつもりじゃなかったのよ。
 そうだね、入院が長引いて、少し、心細くなったのかな。
 早く良くなって、退院したら散歩に付き合ってね」
「うん、絶対だよ。
 約束だからね。」
佳奈は念を押した。
「うん。
 佳奈ちゃんの髪って、触り心地いいね。
 大好き。」
悠美は話をそらすように言った。
「悠美姉。
 絶対だからね。
 元気になって、また、二人で買い物とか遊びに行くんだからね。」
佳奈は真剣に言った。
悠美は、笑いながら何度もうなずいた。
「大丈夫だからね。」
悠美は優しく佳奈に言った。
「絶対?」
「私が佳奈ちゃんとの約束を破ったことある?」
「ううん。」
佳奈は、小さく頭を左右に振った。
そして、悠美の言うことを絶対に信じるんだと自分に言いきかせた。
「さて、佳奈ちゃんの顔を見たら嬉しくて、興奮しちゃった。
 疲れたので、少し休むね。」
「じゃあ、私もこれで帰ります。
 でも、さっきの、絶対約束だからね。
 早く良くなってね。」
「はいはい、大好きな妹にそこまで言われたから、頑張って早く治すわね。
 今日は、来てくれてありがとう。
 気を付けて、帰ってね。」
佳奈が、帰ろうとしたとき、悠美の兄の光一が病室に入ってきた。
「おや、佳奈ちゃんじゃない。
 悠美の見舞いに来てくれたのか。
 ありがとね。」
「はい、でも、ちょうど今帰るところなんです。」
「じゃあ、病院の玄関まで、送っていこう。」
「お兄ちゃん、可愛くなったからって、佳奈ちゃんに手を出さないでよ。」
悪戯っぽく悠美は言った。
「いやだ、悠美姉ってば。」
「そうだね、手なんかだしたら、悠美に半殺しにされるな。」
「全殺しだよ。」
悠美は、楽しそうに言った。
「そうだ、佳奈ちゃんを送っていったら、何か買ってこようか?
 何がいい?」
「それは、当然、カップアイス!
 佳奈ちゃんが、いつアイスを食べに来てくれてもいいようにね。」
それを聞いて、佳奈は思わず笑い出した。
「じゃあ。」
佳奈と悠美はお互いに手を振って別れの挨拶をした。
光一と歩きながら、佳奈は恐る恐るたずねた。
「あのー、悠美姉の具合は、どうなんですか?」
「えっ?なんで?」
「なんか、悠美姉、いつもと感じが違ったような気がして。」
「そうかなぁ、入院が続いて、少し精神的に参っているのかな。」
「そうなんだ、可哀想。」
佳奈は、光一の話に何の疑いも持たなかった。
「まあ、退院すれば、元に戻るよ。」
「ですよね。」
退院という言葉を聞いて、佳奈の声は急に元気になった。
「悠美姉、言ってたのですが、後1~2か月で退院ですって?」
光一は、黙ってうなずいた。
そういう話をしながら、二人は病院の玄関のところまで来ていた。
「じゃあ、佳奈ちゃん、今日はありがとうね。
 悠美は、とっても喜んでいたから。」
「はい、また、お見舞いにきます。
 悠美姉に伝えておいてください。
じゃあ、失礼します。」
佳奈は、ぺこっと光一にお辞儀し、可愛らしい麦わら帽子をかぶって病院を後にした。
光一は、しばらく、佳奈の後ろ姿を見送っていた。
そして、独り言をつぶやいた。
「あと、1~2か月か。」
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DATE: CATEGORY:第2章 悠美の伝言
次の日、佳奈は春彦と学校帰りに一緒に歩きながら、昨日悠美を見舞ったときのことを報告していた。
「だから、あと1~2か月で、退院なんだって。」
「でも、1~2か月って、アバウト過ぎない?」
「えっ、言われてみればそうかも…。
 でも、何の病気かも聞いていないし、悠美姉、ベッドから降りる時に、ねん挫したって言ってたし。
 春は、何か聞いている?」
「俺も、詳しくは聞いていないんだ。
 この前、入院する前に逢った時は、やっぱり、脚にギブスしていたし…。
 ねん挫のひどいのって言ってた。」
「えっ?じゃあ、そのひどいところを、また、ぐきってやっちゃたのかなぁ。」
佳奈は自分が痛いという顔をして見せた。
「でも、いくらひどいねん挫って言っても1か月も2か月も入院しないよね。」
佳奈は、また、もやもやした不安が心の中に湧き上がってくるのを感じた。
「いいよ、今度の休みに、母さんと悠美ちゃんのお見舞いに行くから、その時、もう少し、ちゃんと聞いてみるから。」
「うん、お願いね。
 でも、舞さんの方が病気のこと知ってるんじゃない?」
「うーん、どうだか。
 この前聞いたら、難しい名前でよくわからないって言ってた。」
「ねん挫で難しい名前?」
「よくあるじゃん、脛骨第3番なんちゃらかんちゃらとか、漢字ばっか並べて、かんたんに言えば首を寝違えただけとか。
 そんな名前みたいだよ。」
「なにその、なんちゃらかんちゃらって。」
佳奈は笑い出した。
春彦も、笑ったが、内心は、これ以上病気のことを深堀したくないというのが本音だった。
なので、話をそらそうと今日の授業のことに話を向けた。
「そうだ、今日、また、あの地理の先生、バカやったんだって?」
「そうそう、あのムキムキマッチョマン、変なことやったのよ。
 何やったと思う?」
「この前は、いきなりスプーンを投げて『君たちには、もう、さじ投げた』だっけ。」
「今日は、へんな茄のような帽子をかぶってきて『君たちは、腐ったトマトだ』って言ったのよ。
 みんな、何のことかあきれ返っちゃった。
 春、その意味、わかる?」
「そんなの、わかるわけないだろう!
 あの先生と一緒にしないでくれー。」
春彦と佳奈は、大笑いした。
佳奈は、春彦と大笑いしたせいで胸の中で渦巻いていた悠美への“もやもや”した気持ちを忘れていた。

次の日曜日、舞と春彦は悠美の見舞いのため、家を出ようとしていた。
「さあ、春、行くよ。」
「はいはい、今行くから、ちょっと待って。」
春彦は、がさがさと紙袋を持って玄関にやってきた。
「何持ってるの?」
舞は、袋の中を覗き込むようにして、春彦に尋ねた。
「うん、悠美ちゃんに頼まれた漫画。
 サザエさん、全巻持っていけないけど、とりあえず、5冊詰め込んだんだ。」
「全巻て、いったい何冊あるのか知ってるの?」
「この前、本屋に行ったら、70冊もあったよ。
 でも5冊で、おこずかいがすっ飛んだ。
 舞様、臨時のおこずかい、お願いします。」
春彦は、両手を合わせ、舞に拝みこんだ。
「べーだ。」
舞は、ウィンクしながら、舌を出した。
「でも、5冊でもおこずかい足りなかったんじゃない。」
「ああ、お年玉まで手を出した。」
「やれやれ、あきれた。」
そんな会話をしながら、二人は悠美の入院している病院にたどり着いた。
「そうそう、春。」
「ん?」
「悠美ちゃんは、女の人だけの病室に入院してるのよ。
 男子禁制だから、女の子の振りをしなくちゃだめだよ」
「おーい、どこの世界の話?
 じゃあ、光ちゃんなんて女装して付き添っているのか!」
「ちっ、かわいくないなぁ。」
他愛のない話をしながら、二人は、悠美の病室の前に来た。
春彦は、心なしか緊張を覚えた。
「おーす、悠美ちゃん。
 お見舞いに来たよー」
そんな春彦の心を察してか、舞はさっさと病室に入り、カーテンで区切られている悠美のところに入っていった。
「わー、舞ちゃん、お見舞いに来てくれたんだ。
 ありがとー。
 廊下の方で、声が聞こえたので、そうかと思ってたんだ。」
カーテン越しに悠美の明るい声が聞こえた。
「春も来てるよ。
 何してんだろう。」
そんな声が聞こえ、ひょこっとカーテンから舞が顔を出した。
「ほら、春。
 恥ずかしがってないで、入っておいで。」
春彦は、部屋に入り悠美のいる一角に入っていった。
「悠美ちゃん、こんにちは。」
「わー、春ちゃん、来てくれたんだ。
 待ってたよ。」
悠美は、ベッドに腰掛け、春彦の方に笑顔を向けていた。
悠美は薄いピンクの花柄のパジャマに、白っぽいカーデガンを羽織っていた。
元気そうな悠美を見て、春彦は少し安心した。
「うん。
 はい、これ。」
春彦は、紙袋を悠美の方に差し出した。
「えー、何かな?」
悠美は、紙袋を受け取り、ごそごそと中を確認した。
「あー、これサザエさんじゃない。
 しかも、5冊も!
 ありがとう、重かったでしょう。」
悠美は万遍な笑みを浮かべて、言った。
春彦は、嬉しくて照れ笑いした。
「悠美、元気そうだね。
 どう、調子は?」
舞が悠美のベッドに並んで腰掛けて尋ねた。
「うん、ここのところ、痛みがあったりで、あまり良くなかったの。
 でも、今日は、すごく調子いいのよ。」
悠美は、両手で力こぶを作るまねをした。
「そうなの。
 薬は、ちゃんと飲んでる?
 食事は、ちゃんと取ってる?」
「あまり、食欲はないけど、頑張って食べてまーす。」
悠美は、舞を実の姉のように慕っており、つい、甘えたような態度になっていた。
舞も、そんな悠美を自分の妹のように可愛がり、いろいろと世話を焼いていた。
「そうね、ゆっくり、一歩一歩治していかなきゃね。」
「うん」
そんな二人の会話を、春彦はじっと聞いていた。
「そういえば、光一君は?」
「兄さんは、さっき地下の売店に行くって、出ていったわ。」
「そう、じゃあ、私も、ちょっと売店に行ってこようかな。
 春、ここは、女性だけの病室だから、おとなしくするのよ。」
「って、わかってるって。」
春彦は、少し口をとがらせて言った。
悠美はそんなやり取りが面白いのか、うつむいて、くっくと笑っていた。
「じゃあ、また、あとでね。」
「でも、すれ違ったりしないかなぁ。」
「大丈夫、その時はその時。
 じゃあね。」
舞は、悠美に背を向け片手をあげて病室を出ていった。
「まったく、母さんは…。」
と言いかけ、笑顔でじっと見つめている悠美の視線に気づき、春彦は悠美の方に顔を向けた。
悠美は、嬉しくて嬉しくてどうしようもないと言わんばかりにじっと見つめていた。
小さい頃から、よく悠美には、そうやって見つめられることがあったが、今日は特別嬉しいやら恥ずかしいやらで、ドキドキした。
「春ちゃん、久し振りね。
 元気してた?
 学校は、どう?」
悠美は、春彦の顔から眼を離さず、笑顔のまま尋ねた。
「うん、元気だよ。
 学校も、ぽちぽちだよ」
「中学2年になって、佳奈ちゃんとは、クラスが違うんだっけ?」
「うん、佳奈が1組で、僕は4組。」
「じゃあ、学校で話したりしないの。」
「いや、なんだかんだで、休み時間話したり、帰りに一緒に帰ったりしてるよ。」
「そうなんだ、じゃあ、相変わらず仲良しだね。
 安心した。
 でも、転入してから半年だっけ?
 すぐにクラス替えで、友達出来た?」
「うん、そこそこ。」
「そうなの?
 よかった。」
春彦は、もともと今住んでいる場所の近くで暮らしていたが、父親の仕事の関係で、違う土地に引っ越し、そのため小学校低学年の時に転校していった。
それからしばらくし、中学1年の途中でまた、この土地に戻ってきたのだった。
悠美はそんな春彦を心配し、いろいろと聞き出し、学校生活が無事に送れているとわかると心底、ほっとしていた。
そして、悠美は腰かけたまま腕を上にあげ、伸びをした。
「ちょっと、疲れたから、ベッドで寄りかかるから、いいって言うまで、回れ右。
 こっち見ないでね。」
「うん。」
春彦は言われるままに、悠美に背を向けた。
悠美の方から、ベッドに上って坐りなおす音、何かを外す音が聞えていた。

一方、舞は病室を出て、見舞客用のエレベータで地下に降りていった。
エレベータから降り、きょろきょろしていると声を掛けられた。
「舞さん、こっち。」
「あら、光ちゃん、待った?」
振り返ると光一が立っていた。
「そろそろ来る頃だと思って、待ってました。」
「そっかぁ、じゃあ、どこかで座って少し話さない?」
「はい、このフロアに喫茶店がありますが。」
「いいわよ、長時間、春と二人にしたら悠美が疲れちゃうだろから。
それに、顔見たら帰るつもりだったんだから。
 あっ、そこの椅子でいいわ。」
「そうですね、春君も困るだろうし。」
光一は、あいまいな笑顔を浮かべた。
「まあ、それは心配ないわ。
 あの二人、恋人同士より、たちが悪いから」
笑いながら二人は待合室のような一角にある長椅子に並んで腰かけた。
「缶コーヒー買って来たんですが、いかがですか?」
「ビールは、ないの?」
「さすがにそれは……。」
光一は、微笑んだ。
舞は、話をしながら光一の様子をうかがった。
光一は、疲れからか顔色が悪く、憔悴した感じだった。
「悠美は、良くないの?」
「うん、ここのところ、だいぶ痛みがひどくなって辛いようです。
 ほとんど、寝たきりなんですが、今日は、舞さんと春彦君が来るって、朝からなんでもなかったかのように元気なんですよ。
 会いました?」
「うん、少しやつれたみたいだけど、いつもとあまり変わらなかったわ。」
「そうなんですよ、僕もびっくりしてます。
 余程、二人に会うのが楽しみだったんでしょうね。」
「いや、あの顔は、“春に”だわね。」
コーヒーを一口飲み、二人は話を続けた。
「お父さん、お母さんは、今日は?」
「母が、夕方に来ます。
 父は、がっくりと気を落としてしまって…。」
「そうよね、お父さん、悠美を目の中に入れても痛くないくらい可愛がってるもんね。」
「そうなんですよ。
だから、悠美の前に立つと、目がうるうるし始めて、情けない顔するもんだから、悠美に帰れって、しょっちゅう、怒られてるんですよ。」
「あらあら。
 それじゃあ、悠美もいい気はしないよね。」
「そうなんですよね、僕も注意はしているんですが。
 それで、家だとお酒ばっかり飲んで。
 油断すると一升瓶空にするんですよ。
 母にもしっかりしなさいって怒られて。」
光一は、苦笑しながら言った。
舞も苦笑した。
「悠美は、知ってるの?」
舞の質問に光一は、一瞬どきっとしたが、顔を左右に振っていった。
「悠美には、何も。
 でも、察しのいい子だから、何か薄々感じてるんじゃないですか。
 父の態度も態度ですから。」
「そう、光ちゃんも大変ね。
 疲れているでしょ、大丈夫?」
「ええ、僕は、まだまだ大丈夫です。
 舞さんにいろいろと話せるので、少し、楽になります。」
微笑みながら、光一は答えた。
「ところで、悠美は、後、どのくらいなの?」
舞のその問いかけに、重苦しい沈黙が流れた。

病室では、ベッドの上で座りなおした悠美が春彦に声をかけた。
「もう、いいよ。
 こっちむいて」
「うん。」
振り返ると、同じように嬉しそうに春彦を見つめている笑顔の悠美がいた。
「あれ?
 少し見ないうちに、春ちゃん、背が伸びた?」
 なんか、大きくなったよ。」
「そっかなぁ。」
「身長、何センチになったの?」
「この前の健康診断で、計ったら170センチだった。」
「えー、じゃあ、1年で15センチくらい伸びたんじゃない?
 とっくに、私を追い越したわね。
 この前、会ったときは同じくらいかと思ったのに。」
悠美は、わざと、目を丸くして見せた。
「どれどれ、ちょっと後ろ向いてみて。」
「うん。」
春彦は言われるままに後ろを向いた。
「わー、大きい背中。
ちょっとこっちに来て、ここに座ってみて。」
悠美は、座っているそばのベッドの端を手でぽんぽんと叩きながら春彦を呼んだ。
「うん。」
春彦は、返事をし、悠美に言われた通りに悠美の横に後ろ向きで腰かけた。
「そのままにしててね。
 よいしょっと。」
声をあげ、悠美がごそごそと動く気配を春彦は感じた。
「?」
どうしたんだろうと思った瞬間、ふわっと、悠美が後ろから春彦の肩から手を回し抱きついてきた。
後ろから抱きしめられるのは、悠美の癖で、春彦は物心つくころから、会うたびにしょっちゅうやられていたことだった。
春彦もそんな悠美の柔らかい感触、体温のぬくもり、悠美の香りが好きだった。
ただ、今日はいつもと違う感触があった。
片膝をついて、春に抱きついているのだが、悠美の左脚の感触がなかった。
悠美が、後ろから春彦の耳元でささやいた。
「春ちゃん、知ってるんでしょう。」
「……
 うん。」
春彦はすこし考え、観念した様に答えた。
春彦は、悠美の左脚が義足だったことを、少し前から知っていた。
それは、いつものように遊びに行き、悠美に待っているように言われたときに、鏡越しに義足が見え、それに手を伸ばして自分のところに引き寄せている悠美の姿を偶然目撃したからだった。
春彦は、びっくりしたが、口には出さず、また、何も見なかったように振る舞うこと、それを誰にも言わないと心に決めて、守っていた。
「やっぱりね。
 春ちゃんは、優しいね。
 気を使って、知らないふりしてたんでしょ。
 ありがとう。」
悠美は、優しい声で続けた。
「このこと、佳奈ちゃんには、言ったの?」
春彦は顔を左右に振り、否定した。
「そう、じゃあ、まだ言わないでね。
 あの子、びっくりして、おろおろしちゃうと思うから。」
春彦は、黙って頷いた。
「二人でおはじきしたり、ビー玉遊びしたり、セミを捕まえたり。
 楽しかったね。
 映画にも行ったよね。
 映画館でポップコーン買って、ばらまいたっけ。
 あれ拾うの大変だっとよね。」
「うん。」
返事をしながら、いきなり何をいいだすのだろうかと春彦は思った。
「ねえ、約束覚えてる?」
「え?」
「ほら、『女の子には優しくするのよ。
 絶対に泣かせちゃだめだからね。』」

そう、それは、春彦が幼稚園の時、悠美と庭で遊んでいて思わず握りこぶしが悠美の顔にあたってしまったとき。
幼稚園児の握りこぶしなので、そんなに痛くないはずなのに、悠美は大げさに痛がり、泣きまねをした。
春彦は、はじめはふざけていると思い、
「痛くないくせに」
と強がっていたが、だんだんとお大変なことをしたとおろおろしながら、悠美を気遣っていた。
「悠美ちゃん、大丈夫?
 痛いの?
 ごめんなさい。」
春彦がだんだんと泣き声になっていったころを見計らって、悠美は泣きまねをしながら言った
「悪いと思ってる?」
「うんうん」
{女の子を間違えても叩いたりしちゃだめよ。
 いじめたり、泣かしたりしちゃだめだからね。
 約束だからね。」
「うん。」
春彦は泣きじゃくりながら答えた。
その返事を聞いて、悠美は笑顔で春彦を思いっきり抱きしめた。
「春ちゃん、大好き!」
春彦は、悠美が泣きマネだと分かったが、絶対に約束は守ろうと心に誓っていた。

「うん、覚えているよ。
 悠美ちゃんの悲しい顔なんか見たくないから。」
「よかった。
 じゃあ、佳奈ちゃんのこと、頼んだからね。」
「えっ?
 佳奈の何を?」
「全部!」
「……?」
春彦は、悠美の言っている意味がわからず、また、悠美の笑顔と話の内容が、どこか食い違っていると戸惑いを覚えた。
「また、どこかに行きたいね。
 退院したら、どこに遊びに行こうか?」
悠美は、戸惑っている春彦をおかまいなしに話しを変えた。
「どこでも、一緒にいくよ」
春彦は答えた。
「絶対だよ。
 うーん、どこがいいかなぁ。
 公園、児童館…、児童館って年でもないね。
 どこへ行こう。」
春彦の後ろで、悠美は無邪気にはしゃぎながら言った。
春彦は、何だか嬉しくなった。
(悠美ちゃん、元気になったじゃないか。)

「あらあら、何じゃれあってるの?」
いきなり舞の声が聞こえた。
見るとカーテンのそばで、舞と光一が笑いながら立っていた。
「うん、今ね、春ちゃんと退院したらどこに遊びに行こうかって話をしていたの。」
悠美は無邪気に言って、春彦から体を離した。
春彦は、悠美の柔らかな感触が去っていくのを残念に思った。
優しい暖かさ、優しい香り、ずっとそばにいたいと思っていた。
「まあ、あんまりはしゃいじゃ疲れちゃうわよ。」
「そうだよ、すこし休まないと。」
舞と、光一は声をそろえていった。
「はーい。」
悠美は、しぶしぶと返事した。
「さあ、春。
 悠美、疲れちゃうから、そろそろお暇しましょう。」
悠美も少し疲れたみたいで、小さく頷いた。
しかし、春彦を見る目は、相変らず嬉しくてたまらないという目で、それに加え、目に焼き付けるかのごとくまじまじと笑顔を絶やさずに見ていた。
そして、視線を舞に向け
「舞ちゃん、今日は、ありがとうございました。」
と、かしこまったように悠美は言った。
舞は、困ったような顔をしていった。
「何を改まったように。
 じゃあ、また来るからね。」
「うん、
 じゃあ、春ちゃん、ばいばい。」
「うん、またね。」
「あっ、やっぱり、途中まで送っていくわ。」
舞と春彦が部屋から出ようとした瞬間、そういって悠美は、ベッドを降りて松葉づえを手にしようとした。
「きゃ」
と軽い悲鳴のような声が聞こえ、悠美はバランスを崩したようだった。
舞と悠美の間にいた春彦が、とっさに悠美を支えようとした時、悠美が春彦の首に手を回し抱きついてきた。
春彦は、悠美の柔らかな感触、暖かさ、悠美の優しい香りが一気に押し寄せ、まるで、悠美のすべてが自分の中に飛び込んできたような錯覚に陥り、ただ、呆然と、しかし、悠美をしっかり支え、立ち尽くした。
「春ちゃん、つっかまえたー。」
悠美は、にこやかに春彦に話しかけた。
「春ちゃん、ちょっと抱き上げて。」
舞と光一は、悠美がわざとバランスを崩すふりをして、春彦に抱きついたことがわかり、呆気にとられていた。
「うん。」
春彦は、何が起こっているのか、まだ理解が出来ていないようで、悠美に言われた通り、腰に手を回し、悠美の脚が少し宙に浮くような感じで抱き上げた。
(悠美ちゃん、やせた、軽くなった…)
春彦は、感じた。
「えへへへ。」
悠美は、満足の笑い声をあげた。
一呼吸おいて、今後は舞に向かって悪戯っぽく話しかけた。
「ねえ、舞ちゃん、春ちゃんを私の弟にしていい?」
悠美は、春彦の肩越しに、今まで見たことのないような、眩しい笑顔を見せ、舞に話しかけた。
「えっ?」
一瞬、舞は何をと思ったが、すぐに、思い当たり、そして半泣きになりながら、それでも笑顔で答えた。
「悠美ったら、まったくこの子は。
 いいわよ、いいわよ。
 可愛がってね。」
それは、悠美が赤ん坊の春彦を抱き上げた時に舞に言ったせりふだった。
「やったぁ。」
嬉しそうな声をあげ、悠美は少し体をそらし、春彦の顔を飛び切りの笑顔で見つめた。
「春ちゃんは、ずーっと、私の弟だからね。」
「うん。」
春彦は、今まで、そう思って接してきたので、何で今更と思いながら頷いて答えた。
「悠美、そんなことじゃ、彼氏がやきもち焼くぞ。」
半分冗談に光一も顔をくしゃくしゃにしながら言った。
光一にとっても、病気であることが嘘のような悠美の姿を見ることは久し振りで、思わず涙が込み上げてきた。
「いいの、春ちゃんは特別。
 私の大好きな弟なんだから。」
悠美は、光一の方を向いて軽くあかんべーをした。
そして、一呼吸おいて、
「春ちゃん、疲れたからベッドに座らせてね。」
「うん、わかった。」
春彦は、そっと悠美を抱き上げながらベッドの傍らまで悠美を連れていき、そっと座らせた。
「ありがとうね。
 じゃあ、これで、本当にバイバイね。」
「うん。
 また来るね。」
悠美は、小首を傾げ、一呼吸おいて言った。
「じゃあ、今度は家でね。」
「うん、じゃあ。」
「じゃあね、ばいばい。
 舞ちゃんも、ばいばい。」
「ええ、じゃぁね。」
悠美は終始笑顔で、ベッドに坐りながら二人を見送った。
舞と春彦は後ろ髪を引かれる思いで、ちょくちょく振り返った。
そのたびに、笑顔で手を振っている悠美と、その傍らに付き添っている光一の姿が見えた。
そして、その姿も見えなくなり、舞と春彦は、病院を後にした。
DATE: CATEGORY:第2章 悠美の伝言
病院を出たところで不意に、舞が春彦に話しかけた。
「そうだ、春。
 そこで野球やってるんだよ。
 デーゲームで進撃の巨人の試合。
 ねぇ、見ていこうよ。」
病院から野球場までは歩いて行ける距離で、練習をしているのか、ボールを打っている音、観客のざわつく声が、その方向から聞こえてきた。
「いいけど、チケットあるの?」
「大丈夫、大丈夫。
 こんな地方球場だもん、当日券があるわよ。」
「母さん、野球も好きだからなぁ。」
春彦は急な話ですこし面食らったが、天気がいいのと、悠美の笑顔が見れたので、二つ返事で野球を見に行くことにした。
二人は、野球場に入りベンチに腰掛けた。
「ね、自由席だけど内野だよ、内野席!
 選手の顔もばっちり見えるよ。」
春彦は、なぜかハイになっている舞を少し呆れていた。
「あっ、おねーさん、こっちこっち!
ビール2つね。」
「おいおい、俺、未成年の中坊だって。」
春彦は焦って言った。
「いいの、2つとも私が飲むんだから。
 1つ飲み終わるまで、もう一つは、春が持っていてね。
 泡位なら、飲んでいいから。
 あっ、おねーさん、あと、ポップコーンもひとつね!」
半ば強制的に春彦はビールとポップコーンを持たされていた。
試合が始まり、舞のボルテージは更に上がっていた。
「きゃあ、今日はエースの城が投げるのよ。
 春、あの投げ方は独特だから、よく見ておきなさい。
 ジョー、頑張れー。」
舞は、絶叫しながら応援を始めた
(やれやれ、でも、本当だ。
あのピッチャー、柔道の背負い投げのような投げ方しているな)
春彦は、舞にあきれながら、冷静に試合を観戦していた。
明るい日差しと、病室で悠美に抱きつかれた昂奮とで喉が渇いていた春彦は、ビールの泡を少し飲んでみた。
「にがっ!」
春彦は思わず口に出した。
ふと舞の方を見ると、舞は、春彦のそのしぐさを見てケラケラと笑っていた。

翌日、春彦はいつものように学校の昼休み、弁当を食べ終わり、友達とふざけていると、佳奈が教室に入ってきて、きょろきょろと春彦を捜していた。
そして春彦を見つけると近寄り声を掛けた。
「あっ、春。
 今日、部活ないんでしょ。
 一緒に帰ろー。」
「いいよ。」
「じゃあ、放課後、いつものところでね。」
佳奈はそれだけ言うと、そそくさと一緒にいる友達と教室を出ていった。
「もう、お前たちは、からかうのも疲れるわ。」
春彦の友人が呆れ気味に言った。
最初のうち、春彦と佳奈の関係をからかう生徒は多かったが、付き合っている仲ではなく幼馴染であることと、二人があっけらかんとしていることから、だんだんと何も言われなくなっていた。
「だから、違うってーの。」
春彦は、笑いながら答えた。
放課後、いつものところ、正門近くの銀杏の木のところで、佳奈は先に来て春彦を待っていた。
春彦は、佳奈が先生や知っている友達に笑顔で挨拶している姿を見て、何となく可笑しくなった。
「遅いよ。」
「そっか、ごめん。」
佳奈は笑顔で言った。
「じゃあ、中屋で鯛焼きおごってね。」
「まじか?」
佳奈は無邪気に頷いた。
「やれやれ。」
春彦は、お小遣いがいくら残っているか、頭の中で計算していた。
「まあ、いいか。
じゃあ、行こう。」
「やったー!
 ところで、さっき、私の顔見ながらニヤニヤしていなかった?」
「そうかぁ。」
春彦は明るい笑顔の佳奈を見るのが好きだった。
佳奈の笑顔ををみると、春彦はつられて楽しくなるのだった。。
中屋という食堂の軒先で売っている鯛焼きを買って、いつものように、近くの公園のベンチに二人並んで腰を下ろし、買ってきた鯛焼きを頬張りはじめた。
一口食べてから、佳奈から口を開いた。
「昨日、悠美姉のお見舞いに行ったんでしょ?
 悠美姉、どうだった?
 元気だった?」
「ああ、思った以上に元気だったよ。
 いつものように抱きつかれたし。」
「あっ、私もこの前行ったとき抱きつかれた。
 悠美姉に抱きしめられると、何か幸せな気分になるんだよね」
「うん。」
春彦は、昨日、帰りがけに悠美に正面から抱きつかれたことを思い出し、照れ臭くなっていた。
そんな晴彦の感じを察したのか、佳奈がからかった。
「あれー?
 春、赤くなってるよ?
 さては、悠美姉に惚れたか!」
「バカ言うな。」
春彦は、苦笑いしながら、佳奈の頭を叩くふりをした。
その拍子に、春彦は手に持っていた鯛焼きを落としてしまった。
「なに、どじってるの。
 もう、はい。」
佳奈は笑いながら、自分の鯛焼きを手で半分に割って、口をつけていないほうを春に差し出した。
「おお、サンキュー。」
春彦は、遠慮なく受け取って口に頬張った。
春彦と佳奈の間には遠慮というものがなく、それでいて、二人とも相手を思いやる心が強かった。
これは、いつも悠美に言われていたことで、いつの間にか、当たり前になっていたことだった。
「で、どうだった。
この前、痛いって言っていた脚、良くなってた?」
「ああ、それは大丈夫みたいだよ。」
「よかったぁ。」
春彦は、悠美から足のことは佳奈に内緒と言われていたことを思い出し、何でもなかったように答えた。
(まあ、内緒だと言われなくても、言わないけど)
春彦は、少し前から悠美の足のことは知っていたが、決して誰にも言わなかった。
知っているはずの舞の前でも、話題にも出さなかった。
「で、いつ退院できるって言ってた?」
「うーん、詳しく言ってなかったけど、退院したらどこに行きたいの、何がしたいので、はしゃいでいたから、結構早いんじゃないの。」
「もう、ちゃんと聞いてくるっていったじゃないの。
 でも、その感じだったら、結構早いかもね。
 早く悠美姉帰ってこないかな。」
「そうだね。」
二人は、夕やけ空を見ながら、悠美の退院を待ち望んでいた。
そして。


その週の金曜日の朝、春彦はいつものように起きて、リビングに朝食を食べに入ってきた。
いつものように、舞は、朝食の用意を整えていた。
「おはよう、母さん。」
「おはよう。
 ご飯の用意できてるからね。」
「うん。」
春彦は、舞の様子がいつもと違う気がした。
何が違うか考えながら席に着いた。
「じゃあ、いただきます。」
いつもなら、軽口ひとつ言いう舞だが、今日に限り、頷くだけで何も言わなかった。
春彦は、そんな舞のことが気になりながらも、朝食を取り始めた。
そして、食べ終わったころ、おもむろに、舞が口を開いた。
「春彦。」
「うん?」
「悠美ちゃん、昨日死んじゃった。」
「え?」
春彦は、一瞬、何のことだかわからなかった。
が、徐々に状況が飲み込めてくると同時に、恐ろしく冷淡に受け止める自分を感じた。
「そう。」
春彦は、一言だけ答え、食器を下げ、学校に行く支度をしていた。
「帰ってきたら、これからのこととか、詳しく話すからね。」
舞は、そんな春彦を見つめながら、感情を押し殺したように言った。
「うん。」
春彦は、身支度を整えて、玄関に行き、靴を履いた。
少し心配げに舞は尋ねた。
「春、大丈夫ね?」
「うん。じゃあ、行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
玄関を出ると、雲一つない青空で、朝日が目に眩しかった。
春彦は、無意識に全力で悠美に事を考えることを拒否していた。
ただ、心にぽっかりと大きな穴が開いたような、虚無感を感じていた。
どこをどうやって学校についたのか、いつも通りの通学路で登校したのだが、学校までに道のりに一切記憶がなく、他の学生の笑い声で我に返り、学校についたことを知った。
「おーい、立花!」
友人の中村が声をかけてきた。
「おう、おはよう。」
春彦は、その友人の方に顔を向け、返事を返した。
「おはよう。
 今日はいい天気だね…。」
友人は、あいさつもそこそこに、早速、昨晩のテレビのことや、最近はまっているゲームのことを話しはじめた。
春彦は、いつもであればすぐ話に入っていくのだが、今日は、その話に生返事をしながら、実際に声は聞こえていたが、話の内容はうわの空になっていた。
教室に入り、席に着くと、そばの席の同級生も話に加わり、いつものような風景になっていたが、春彦は、一歩離れて、友人たちを見ている自分を感じていた。
授業が始まり、昼休みにいつものように、舞の手作りの弁当を食べ、午後の授業を受けと、いつもの日常だが、今日の春彦には喜怒哀楽が欠落していた。
というか、欠落している自分を感じていた。
ただ、友人達は、春彦のことを、いつもより少しおとなしいなとしか思っていなかった。
「春、春ってば。」
放課後、下校の時間になり、教室から出た春彦は、自分の名前を呼ばれているのに気が付いた。
声の主は佳奈だった。
「何、ぼーっとしているの?
 何回も呼んだのよ。
 どうかしたの?」
「ん?
 いや、どうしも。」
春彦は、無表情で答えた。
佳奈は、少し怪訝な顔をして春彦の顔を覗き込んだ。
「お昼休みに、一緒に帰ろうっていったじゃないの。
 なのにスタスタ行っちゃうし。
 なんか変よ。」
「そっか、悪い悪い、ちょっと考え事していた。」
「何考えてたの?
ひょっとして、何かよからぬこと?」
佳奈は気を取り直して、いつものように軽口を言った。
「いや。
 そうだ、佳奈。
 今日は悪いけど一人で帰るわ。」
少し冷たい言い方の春彦のセリフに、佳奈はびっくりした。
「えっ?
 何?
 どういうこと?」
「だから、今日は一人で帰るって言ったんだ。」
春彦は、佳奈に向かってきつい口調で言った。
春彦から、そういうことを言われたことがなく、また、喧嘩をしている時位、いや、喧嘩をしている時と違って、きつく冷淡な言葉を聞き、佳奈はその場に立ち尽くした。
「ごめん。」
春彦はそう言うと、立ち尽くしている佳奈をその場に残し、一人でその場を後にした。
「何よ。
 何なのよ。」
最初は、腹を立てていた佳奈だったが、だんだんと春彦のことが心配になっていた。
(どうしたんだろう。
 何かあったのかなぁ。
 月曜日に、何かあったのか聞いてみよう。)
佳奈は、何か釈然としない気分で、家路についた。

春彦は、まっすぐ家に帰る気がしなくて、しばらく、いろいろと遠回りしながら道草をくっていた。
そして、夕方になり、日が傾き始めたころに自宅に戻ってきた。
「ただいま。」
春彦は、玄関のドアを開け自宅に入った。
居間に行くと、舞がリビングでビールを飲んでいた。
「おかえり。
 遅かったね。
 でも、私もさっき悠美のところから帰ってきたのよ。」
舞は、病院から無言で自宅に戻った悠美の弔問に、また、葬儀に向けてのいろいろな段取りの手伝いに行っていた。
「そうなんだ。」
「だから、夕飯は、今市のお弁当。
名前の通り、いまいちなんだけど、まあ、勘弁してね。」
「ああ、おれ、今市の弁当、結構好きだよ。」
「そう、よかった。
 じゃあ、着替えてきて、食べなさい。」
「ああ」
春彦は部屋に戻り着替えをして、洗面所で顔を洗いリビングに戻ってきた。
舞は、ビールではなく、日本酒に切り替えていた。
「そんなに飲んで、大丈夫なの?」
「ん?
大丈夫よ。
 春も、一緒に飲む?」
「まさか。」
春彦は、椅子に坐り、テーブルに置いてあるペットボトルのお茶を開けて、一口飲んだ。
「どっちの弁当食べていいの?」
テーブルには、形の異なるお弁当が二つおいてあった。
「どっちでも。
 私は食欲ないから、両方食べていいよ。」
「そう。」
春彦は手前にある弁当を取った。
弁当の包みには「とんかつ弁当」と書いてあった。
「じゃあ、食べるね。」
「うん。」
春彦はもくもくと弁当を食べ始めた。
春舞は、コップのお酒をゆっくり一口ずつ、何か考えをまとめているように、時間を掛けて飲んでいた。
彦の食事が一段落したところで、舞は、ゆっくりと悠美のことを話しはじめた。
「悠美ね、私達が帰った後、まるで風船の空気が抜けていくように、元気がなくなり、疲れたから休むと光一に行ってベッドに横た わったんだって。
 そのあと、数日間、痛みにうなされながらも昏々と眠り続けてたの。
 昨日ね、光ちゃんから悠美の容態が悪いから、今のうちに会いに来ないかって。
 そして、見舞に行って、寝ている悠美の手を握ったら、その時だけ、目を開け、何言うわけでもなく、また、目を閉じたの。
 少し、様態が安定したからって、家に帰ったんだけど、夜遅く急に容態が…。
 そしてすぐに息を引き取ったんだって。
 最後の時、苦しそうな悠美を見て両親、光一は居てもたってもいられず、何とかならないのかとお医者さんに聞いたんだって。
 お医者さんは、もう意識もなく、本人は痛みも感じていないはずとだからといったそうよ。
 今日、悠美の顔を見てきたけど、苦しい闘病だったけど、それを感じさせないほど穏やかな顔をしていたわ。
 あんな…。」
舞は、言葉に詰まった。
春彦は何も口を挟まず、じっと舞の言葉を聞いていた。
舞は、自分の心を整理する様に少し間を置き、再び、話しはじめた。
「明日が、お通夜で、明後日がお葬式。
 土日で、土曜日は祭日にぶつかっているから、学校は大丈夫よね。」
「うん。」
春彦は、静かに頷きながら返事をした。
「茂子には、さっき電話したから、佳奈ちゃん、今頃聞いているんじゃないかな。」
「そっかぁ。」
(加奈のことだから、ひどく悲しむだろうな)
春彦はぼんやり考えていた。
「白のワイシャツ、アイロン掛けておくから。
 あと、御数珠は、お父さんのを忘れずに持っていきなさい。」
「ああ。」
春彦は、返事して立ち上がった。
「どこ行くの?」
舞は思わず尋ねた。
「うん、今日は疲れたから、部屋でごろごろしてる。」
「わかった。
 でも、お風呂にちゃんと入って寝なさいよ。」
「うん」
舞は、春彦の背中を見送り、お酒を一口飲み込んだ。
そして、一つため息をついて、独り言を言った。
「悠美。
 昨日、あなたの手を握って、『悠美まで、私を置いて行かないで』って心で言ったの聞こえたのかしら。
 だから、目を開けてくれたの?
 何か言おうとしてくれたの?
 でも、寂しいわ……。」
いつしか舞の頬に涙が流れていた。
春彦は自分の部屋に戻り、ベッドにうつ伏せで倒れこんだ。
(なんか、体が重いなぁ)
そんなことを考えながら、だんだん、眠りに落ちていった。
DATE: CATEGORY:第2章 悠美の伝言
その頃、佳奈の家では、佳奈が茂子から悠美の訃報を聞かされていた。
「嘘!」
佳奈は、そう言うと絶句した。
驚きが先で、悠美の死という現実を徐々に認識し始めるとともに、深い悲しみがとめどもなく広がってきた。
「だって、2週間前に逢いに行ったとき、元気だったし、退院したら一緒に……。
 なのに、何で。
 何でなの?
 お母さん?」
茂子も、涙を浮かべ、舞から聞いたことを話しはじめた。
「悠美さん、病気が予想以上に進行が早く、どうにもならなかったんだって。
 なので、佳奈の顔が見たいって、最後に……。」
茂子は、言葉に詰まってしまった。
「悠美さん、本当の病気のことや長くないことは聞かされていなかったそうよ。
 でも、薄々わかってたんじゃないかって。
 じゃなければ、佳奈や春ちゃんに会いたいなんて言わなかったんじゃないかって。」
佳奈は止めどもなく流れる涙をハンカチで拭いながら茂子の話を聞いていた。
「二人に会ったら、満足したんじゃないかって。
 それで、一気に……。」
茂子も話しながら、エプロンの端で涙を拭っていた。
「あんな、素敵な人だったのにね。
 加奈のこと、妹だって言って、すごく可愛がってくれたんだよね。
 本当に優しい娘だったのに。」
佳奈は、ハンカチで顔を覆い、泣きじゃくりながら何度も頷いていた。
佳奈は、声を絞り出すように話はじめた。
「初めて、悠美姉に逢った時、万遍の笑顔で…。
 こんな、優しい笑顔をする人がいるのかって……思った……。
 私のこと、妹みたいだって……、にこにこ笑いながら、妹にしてくれるって……。
 わたし、私、すごく嬉しかったの。
 あんなきれいな人、素敵な人が妹にしてくれるんだって……。
 わたしの、憧れの…」
そこまで話、佳奈は抑えきれず、テーブルに突っ伏し、声を上げて泣きだした。
茂子は、そっと佳奈のそばに行き、佳奈の肩を抱き、頭を撫でた。
佳奈は、しゃくり上げながら、話しを続けた。
「この前、お見舞いに行った時、私の髪をとかしてくれたのよ。
 私の髪、長くてきれいだって。
 私、悠美姉のようになりたくて……。
 せめて、外見だけでもって、悠美姉と同じくらい肩の下まで伸ばしたの。
 悠美姉と一緒に、ポニーテールやツインテや、いろいろな髪形してって……。」
「そうね、あなたも悠美さんも、きれいな真っ直ぐの髪だからね。
 なんでも、似合うわね。」
「そうでしょ、そう思うよね。
 なのに、なんで……。」
佳奈は、そう言うと、また、声を上げて泣き始めた。
しばらくして、佳奈は、少し、落ち着きを取り戻し、急に春彦のことが頭をよぎった。
「悠美姉、凄く元気だったって、春は言っていたのに……。」
そこまで言って、佳奈は今日の春彦の態度が普段と違っていたことの理由が分かった気がした。
「悠美姉、昨晩、亡くなったって。
 春は、いつ聞いたのかしら。」
「きっと、朝じゃない。」
「お母さん、今日、春、変だったのよ。
 じゃあ、きっと……。
 なんで、会ったときに私に教えてくれなかったんだろう。」
茂子は、ちょっと考えてから言った。
「学校で悠美さんのことを聞いたら、きっと、佳奈が悲しみ、今みたいになるから言えなかったんじゃないの?」
「そうかぁ。」
(春も悲しかったんだ。
 だから、あんな冷たい口調になったんだ。)
佳奈は、昼間の春彦の様子が普通じゃなかったことを納得した。
「でも、春彦君も、もっともっと悲しいはずなのに、強いね。」
「うん。」
佳奈は、頷くだけだった。
「少し、落ち着いた?」
茂子の問いかけに、思いっきり泣いた分、少し落ち着いて来た気がして、佳奈はうなずいた。
「明日、お通夜で、明後日、告別式だって。
 私は、佳奈がお世話になったから、両方行ってくるけど、佳奈はどっちかでいいからね。
 お通夜に行く?」
佳奈は、顔を横に振り言った。
「私も、両方行く。」
「わかったけど、参列する人はみんな悲しいんだからね。
 特に悠美さんのご両親やご兄弟は特に悲しいんだから、今みたいに、取り乱したりしたらだめよ。」
佳奈は、小さくうなずいた。

翌日、悠美のお通夜は、厳かに営なわれた。
佳奈と茂子は焼香の一般客として、列に並んでいた。
昨日、茂子にしっかりするように言われていた佳奈は、それでも、目を赤くし、ハンカチで鼻を押さえながらも、泣くのを一生懸命こらえていた。
徐々に列が進み祭壇に近付いてきたころ、佳奈は、親族の席にいるだろう春彦の姿を探した。
春彦と舞は親族の席の後ろの方に並んで座っていた。
春彦は、無表情な顔でじっと前を向いていた。
舞も、同じだった。
佳奈たちの焼香の晩が来て、二人は並んで祭壇の前に立った。
正面には、にこやかにほほ笑む悠美の写真が飾られていた。
写真の悠美は、病気にかかる前で、まだ、ふくよかな顔をしていて、少しすましたような顔で笑っていた。
(悠美姉…)
佳奈は、とめどもなく流れてくる涙を止めることができず、ハンカチで涙を押さえていた。
茂子が、そんな佳奈の様子を察し、そっと佳奈の手を取り、お焼香をするように促した。
佳奈は、頷き、お焼香を済ませた。
それを見届け、茂子は佳奈の腰に手を回し、そっと出口の方に誘導していった。
「お母さん、ごめんなさい。
 悠美姉の写真を見たら、涙が止まらなくなっちゃって。」
斎場を出て、佳奈は茂子に謝った。
「いいのよ、頑張ったもんね。
 悠美さんの写真、きれいだったね。」
その茂子のセリフに、佳奈はハンカチで鼻を押さえながら頷いた。
(春は、大丈夫なのかしら)
佳奈は、青白い顔をして無表情で坐っていた春彦の姿を思い出していた。
その夜、佳奈はなかなか寝付けなかった。
悠美との楽しかった思い出を思い出すたびに、涙がこぼれて仕方がなかった。
最期には、泣き疲れ、眠りに落ちていった。

翌日、悠美の告別式は午前中に営まれた。
その日は朝から天気は良かったが、風の強い日だった。
佳奈と茂子は、通夜の時と同様に、お焼香をすませ、出棺を見送るために待っていた。
告別式が終わり、親族による最後のお別れが行われていた時、待機していた二人のところに春彦が現れた。
「母さんが、お二人にもいらしてほしいと言ってますので、ついてきてくれますか。」
佳奈と茂子は、お互いの顔を見合わせ、一瞬ためらったが、すぐに春彦に続いた。
その先に、親族が一人ずつ生花を持って、悠美が横たわっている棺を取り囲んで、一人ずつ棺の中の悠美にお別れをしているのが目に入った。
「こっちです。」
春彦は二人に生花を渡し、順番の列に手招きした。
悠美の棺の傍らで、寄り添うように、悠美の母親の敏子座って、何やら悠美に話しかけていた。
父親の清志や光一もそのそばで、敏子を支えるようにそばにいた。
佳奈は、良く悠美の家に遊びに行っていたので、光一だけではなく、敏子や清志とも、親しかった。
「佳奈ちゃん、こっちに来て。」
敏子は、佳奈に気が付き、そばに来るように手招きしていた。
佳奈と茂子が呼ばれるままに近付いていくと、敏子が悠美に話しかけていた。
「悠美、佳奈ちゃんが来てくれたわよ。
 あなたが、妹だって、可愛がっていた佳奈ちゃんが来てくれたわよ。」
ほとんどの親族は、悠美から春彦と佳奈のことを弟、妹みたいに可愛がっていることを聞かされていた。
なので、佳奈が戸惑っていると、道を開け、参列者の誰かがそっと佳奈の背中を押して悠美の横たわっている棺の方に導いた。
佳奈は、棺の中の悠美に対面した。
「佳奈ちゃん、見て。
 悠美、きれいでしょ。
 佳奈ちゃんが来てくれたから、喜んでいるわ。」
敏子は、悠美の髪を撫でながら佳奈に話しかけていた。
佳奈は、悠美の顔を見つめた。
悠美は、薄ら薄化粧しており、そのためか薄ら頬に紅が差しているよう、まるで、寝ているかのような安らかな顔をしていた。
「悠美姉…。」
まるで今にも目を開けて「佳奈ちゃん」といつものように名前を呼んでくれるのではないかと思うほど穏やかな死顔を見て佳奈は絶句した。

あれは、初めて佳奈と悠美が出会った日。
佳奈が幼稚園に上がる前、その当時は、よく休日になると、茂子と舞が佳奈と春彦を連れて公園に遊びに行っていた。
その時、小学生だった悠美は休日を利用して春彦と遊ぶため、舞の家に来ていて、舞が春彦を連れて公園に行くということで悠美も一緒についてきた。
最初のうち、佳奈は悠美に人見知りしていた。
突然、悠美の方から佳奈ににっこり微笑みながら話しかけた。
「佳奈ちゃんて言うんだ。
 私は、悠美っていうんだよ。
 春ちゃんのお姉さんなの。
 よろしくね。」
優しい人懐っこい悠美の笑顔を見て、佳奈はすぐに警戒を解いた。
「ゆ…み…ねえちゃん?」
佳奈は、悠美の名前と春彦のお姉ちゃんだといった悠美のセリフかが、ごっちゃになって、思わずそう切り出した。
「そうよ、悠美お姉ちゃんっていうんだよ。
 よろしくね。」
悠美は、春彦と佳奈と一緒にブランコ遊びや、砂場遊びをして楽しんでいた。
「悠美さんて、すごく感じの良い娘ね。
 子供たちの面倒もよく見てくれるし、佳奈もすっかりなついているわ。」
茂子は、感心しながら言った。
「まあ、自慢の姪っこだから。」
と舞も笑いながら砂場遊びをしている3人の方に顔を向けた。
「ん?」
舞の目に、悠美がニコニコしながら、宝物でも見つけたような目で、じっと佳奈を見つめている姿が映った。
「あちゃー、茂子、ごめん。」
「え?
 何?」
「ううん、すぐわかる。
 ほら。」
顔を向けた先に、佳奈を抱き上げ、こちらに向かってくる悠美が見えた。
悠美は、佳奈を抱き上げ、春彦を従えて、興奮とまんべんの笑顔で二人に近付き、茂子に向かって明るい声で、言った。
「茂子さん、佳奈ちゃんを私の妹にしていい?」
「え?佳奈を?」
横で、舞がゲラゲラ笑いだした。
「この子はね、下の兄弟がいないから、気に入った子を見つけると、弟や妹にしたがるの。
だから、春もこの娘の弟にされちゃったんだ。」
舞の話を聞いて、茂子は納得した。
そして、笑顔で悠美に話しかけた。
「いいわよ。
 その代り、可愛がってね。」
「はいっ!」
悠美は、はじける笑顔で返事をして、抱き上げている佳奈にほおずりしながら言った。
「佳奈ちゃん、ゲッチュー!
 今日から、私の妹だからね。
 よろしくね。」
佳奈は、何の事だか理解できなかったが、ほおずりしている悠美の柔らかさ、優しい香り、何よりも嬉しそうに自分に話しかけてくれることで、思わず嬉しくなり返事をした。
「うん、佳奈、悠美姉ちゃんの妹になる。」
それを聞いて舞は、さらに大笑いして茂子に言った。
「ほーら、佳奈ちゃん取られちゃったよ。」
「そうみたい。」
その場の全員が楽しそうに笑っていた。

「佳奈ちゃんは、私の妹だからね。」

佳奈は、悠美が目を開けて、また、いつもの優しい笑顔で、そう言ってくれるのではと思った。
そして、我慢していた涙が止めどもなく頬に流れ、体の力が抜けていく気がした。
その時、いつの間にか、そばにいた春彦が佳奈の肩を抱き支えた。
「は…る…?!」
佳奈は、春彦の力強い腕に支えられ、少し、体に力が入る気がした。
「あら、春ちゃんも。
 悠美、春ちゃんと佳奈ちゃんが揃ってきたわよ。
 あなたの可愛がっていた弟と妹よ。
 わかる?
 そうよ、よかったわね。」
敏子は、春彦と佳奈を見て、また、悠美に話しかけた。
(あら、悠美が笑ってる。)
その光景を見ていた舞は、思わず心の中で呟いた。
「ほら、悠美ちゃん待っているから。
 一緒に花で飾ってあげよう。」
春彦が佳奈に優しく言った。
「うん。」
佳奈は、春彦に促され、二人で持っていた生花を悠美の枕元にそっと置いた。
佳奈は、もう一度棺を見渡した。
そして悠美の傍らに佳奈が持って行ったパズルの本と春彦が持って行った漫画の本が一緒に置かれているのを目にした。
「それね、結局悠美は読めなかったから、持たせようと思って。」
光一が、佳奈の視線の先の本に気が付いて説明した。
「うん。」
佳奈は、小さく頷いた。
「さあ、佳奈。」
春彦は、次の人に場所を譲るよう、佳奈の名前を呼び、肩に回している腕に力を籠め、佳奈を立ち上がらせた。
佳奈は、春彦に言われるとおり立ち上がり、最後にもう一度、悠美の顔を見た。
悠美は、優しく佳奈に「バイバイ」しているようだった。
「悠美姉、またね。」
佳奈は小さな声でお別れを言って春彦と、その場を後にした。
「春…。
 ありがとう。」
佳奈はささやくように言った。
春彦は無言のままだったが、小さく頷くのが感じられた。
二人は、舞と茂子が立っているところに戻った。
春彦は、佳奈を支えていた腕をほどき、佳奈をそっと茂子の方に押しやった。
佳奈は、さっき、悠美の棺の方に押しやってくれたのが、春彦だと思った。
「春ちゃん、ごめんね。
 迷惑かけて。」
茂子は春彦にすまなそうに謝った。
春彦は、何も言わずに顔を横に振った。
「じゃあ、舞。
 私達は、外でお見送りするから。」
「うん、今日は来てくれてありがとう。
 佳奈ちゃんも、ありがとうね。」
「いいえ、とんでもない…。」
佳奈が丁重に答えた。
佳奈と茂子が部屋から出ていくのを見届けた後、突然、春彦が言った。
「母さん、火葬場に行きたくない。
 俺も、ここで見送って、でいいかな…。」
「え?」
一瞬、舞は考えたが、納得したように言った。
「いいわよ。
 一人で帰れるわね。
 皆には、私の方で言っておくから。」
「うん、ごめんね。」
「ばか。」
春彦は、そこで舞と別れ、佳奈たちの出ていったほうに歩いて行った。
「皆様、そろそろ出棺の時間です。
 まだ、ご挨拶がすんでいない方は、急いでください。」
葬儀の進行役が厳かにアナウンスした。
最後の対面が済んで、出棺の準備が始まった。
そして、棺に蓋がされたとき、敏子の絶叫が外の参列者まで聞こえた。
「いやー、いやよ、悠美。
 目を開けなさい。
 うわー。」
棺の蓋を閉める時に、敏子の感情が爆発し、棺に抱きつき大声で叫んでいた。
参列者は、居てもたってもいられず、皆、下を向いていた。
力なく棺にしがみついている敏子を、清志と光一が両方から抱きかかえるように支え起こした。
コーン、コーンと棺にくぎを打つ音が妙に響いた。
棺が、大勢の大人に担がれ、霊柩車に入れられた。
親族の挨拶では、清志が言葉に詰まりながら、涙声で参列者にお礼の言葉を言っていた。
その傍らには、悠美の写真を胸に光一に抱えられるように立っている敏子が立っていた。
そして、清志、敏子は霊柩車に、光一と火葬場まで行く親族たちはマイクロバスに分乗した。
最後に、式の進行役が霊柩車の火葬場への出発を告げ、霊柩車は、クラクションを鳴らし徐々に動き始めた。
春彦は、じっと霊柩車の去っていく方向を見つめていた。
「春君、途中まで一緒に帰らない?」
ふと声を掛けられ、振り向くと、そこには茂子と目を真っ赤にはらした佳奈が立っていた。
茂子は、最後の対面の時、春彦と佳奈を待ちながら、舞と話をしていたことを思い出していた。
「春君、しっかりしてるね。」
「ううん、違うの。
 たぶん、もう限界なのよ。
 早く一人にしてやらないと…。」
「え?」
どういう意味なのか聞き直す前に二人が戻ってきたので聞きそびれたが、茂子には、その意味が分からなかった。
「はい」
春彦のしっかりした返事を聞いて(やっぱり、しっかりしてるわよ)と思った。
「春、大丈夫?」
「え?」
佳奈が、春彦のことを気遣って声をかけたのに茂子ははっとした。
春彦は、佳奈の方を向いて頷くだけだった。
春彦と佳奈は並んで、しかし、無言で歩いていた。
茂子は、後ろから付き添って歩いていた。
(無理もないわよね、二人にとって悠美さんは特別だったからね)
ただ、佳奈がしきりに気にして春彦の方をちょくちょく見ているが気になった。
(佳奈も、悠美さんのことで悲しみいっぱいのはずなのに)と、訝しんだ。
佳奈は、やはり、口にハンカチを当て少し泣きじゃくりながら歩いていたが、それでも、たまに春彦の方を見ていた。
春彦は佳奈たちと佳奈の家の近くで別れた。
「じゃあ、春君、気を付けて帰ってね。」
「はい、どうもすみません。
 じゃあ、失礼します。」
春彦は、丁寧に茂子に挨拶をして、自分の家の方角に向かって歩き始めた。
佳奈は、急に春彦の方に駆け寄り、春彦の手を握った。
「春、本当に大丈夫。」
佳奈は、春彦の顔を覗き込んで聞いた。
「大丈夫だよ。
 じゃあね。」
春彦は、作り笑いをしながら、佳奈の握っている手をぽんと叩き言った。
そして、手をそっと振りほどき、手を振って、また歩き始めた。
その後ろ姿を見送りながら、茂子は心配になって佳奈に尋ねた。
「ねえ、春君、どうかしたの?」
「えっ?
 ううん。
 何か思いつめているみたいで気になって。」
「えっ?」
茂子は、佳奈の方が春彦のことを、よく、わかっていると思った。
「もし、春まで、何かあったらどうしよう。」
佳奈は不安気にいった。
茂子も舞の言った(「もう限界なのよ」)という言葉を思い出し、不安に駆られた。
そして、不安を払いのけるように言った。
「大丈夫よ。
 春君は、大丈夫よ。」

春彦は、まっすぐ家に帰った。
ドアを開け、「ただいま」と誰もいない家の中に向かって言った。
そして、自分の部屋に行き、窓を開け、新鮮な空気を入れた。
午後の陽だまりの中、暖かい柔らかな風が部屋に入ってくるのを感じた。
(疲れたな。)
春彦は、ベッドに倒れこむように、うつ伏せで横になった。
しばらく身じろぎもせず、窓からカーテンを揺らし入ってくる風を感じていた。
少し、うとうとすると、悠美がベッドに腰掛け、春彦の髪を撫でていた。
正確にいうと、部屋に入ってくる優しい風が、春彦の髪を揺らしていたのだが、春彦には悠美にやさしく撫でられている気がして、身近に悠美の気配を感じていた。
そして、悠美のやさしい声が聞こえた気がした。
「春ちゃん、悲しいね。
 私も悲しいわ。
 悲しい時は、我慢しないで泣いちゃおう。
 そうすれば、きっと明日は元気になるから。」
春彦は、嗚咽を漏らしながら、泣き出した。

「ただいま。」
夕方、舞が帰ってきた。
「おかえり。」
春彦が部屋から出てきて、舞に言った。
舞は、泣きはらした春彦の顔を見て、少し、ほっとした。
その夜、舞は一人でお酒を飲みながら、茂子にお礼の電話をかけていた。
茂子は、佳奈が落ち着いたことと、春彦のことを心配していた。
「春君、大丈夫?
 佳奈もすごく心配してたわ。
 私より、春君のことが、わかるみたい。」
「まあ、二人とも悠美の弟と妹だから、お互いが分かるんじゃない。」
「そんなものかな。」
茂子は少し納得した。
「春君、限界って言ったけど、どういう意味?」
「うーん、何て言うのかな。
 私もよくわからないけど、悠美に言われたの。
 あれが亡くなった時も、今回みたいに、春は泣かずに普通にしてたの。
 その時は、私は、小さいながらにしっかりしてるなと、思っていたの。
 それに、春だけ見ている余裕がなく、おとなしくしっかりしていたので助かってたのよ。
 そうしたら、悠美が来て、春彦の顔を見た瞬間に、真っ青な顔で言ったの。
 『舞ちゃん、春君がたいへん。
  春君、壊れちゃう』って。
 そして、春を借りるって言って、どこかに連れてったの。
 しばらくして戻ってきたら、春の顔ったら、泣きはらした顔をして、口をぎゅってつむんで泣くのを我慢していたの。
 どうやら、その時の春は、あまりの悲しさに心がおかしくなっていたみたい。
 悠美が、それに気づいて、魔法を掛けくれたみたいなの。
 それから、告別式が終わるまで傍についていてくれたの。」
「そうなんだ、そんなことがあったんだ。
 で、今日は?
 春君大丈夫なの?」
「うん、人前では決して泣かない子だから、一人にしたら、目を腫らしていたわ。
 だから、大丈夫だと思う。
 帰って来た時、普通に戻っていたから。」
「そう。
 ならばよかった。
 舞、無理かもしれないけど、あまり気を落とさないでね。
 いつでも、話し位なら聞けるからね。
 それと、身体に悪いから、飲み過ぎちゃだめよ。」
「うん。
 ありがとう、茂子。」
舞は、茂子との電話を切った後、立ち上がりキッチンに新しいお酒を取りに行った。
「今日くらい、潰れるほど飲んでもいいよね。
 明日は、仕事、休んじゃおう。」
そう言うと、コップに日本酒を注ぎ、一気に飲み干した。
しばらくして、酔いがまわってきたのか、傍にまるで悠美がいるかのように独り言を言い始めた。
「悠美、あんたって、最期まで小さくて……。」
(何言ってるの、舞ちゃんとあんまり変わらなかったじゃない。)
「笑うと、目がなくなるみたいな、ちんちくりんな顔をして。」
(えー、悪かったわね。)
「でも、その笑顔が、とっても可愛かったわよ。」
(ありがと。)
「すました顔の時は、誰に似たんだろう。
 知ってた?
 ずいぶん美人さんだったのよ。」
(あら、舞ちゃんより?)
「なのに、何で先にいっちゃったの?
 寂しいじゃない……。」
(……ごめん……。)
舞は、こらえきれず嗚咽を漏らして泣き始めた。
リビングのドアの外では、春彦が立って、様子を窺っていた。
春彦も、喉が渇いたのでキッチンに行こうとしたが、舞の声が聞え、遠慮していたのだった。
(母さん、あまり飲み過ぎないようにね。)
春彦はリビングを横切ってキッチンに行くことを諦め、部屋に戻っていった。
舞は、ひとしきりさめざめと泣いた後、宙を見上げて、ぼそっと独り言を言った。
「悠美、春彦のこと、ありがとうね。
 でも、あの時と違うのは、あなたがいないということ。」
舞は何かが胸に引っかかっている気がした。
そう、春彦の心のピースが1つ欠落していたことを知るよしもなかったが、漠然とした不安が心をよぎっていた。
DATE: CATEGORY:第2章 悠美の伝言
悠美の伝言をお届けしました。
これから、悠美の元気な時の話しなども、ちりばめていきたいと思っています。
登場人物も、だいぶ増え、また、関係図も描きやすくなったかと思いますが、次章では、また新しい人物が登場します。
次章は、「佳奈の決意」をお届けします。
「佳奈の決意」は、退院し、自宅に戻り、少しずつ前を向き始めた佳奈とそれを助けていく春彦の話しです。
お楽しみください。

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