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プロフィール

梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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よろしくお願いします。


DATE: CATEGORY:第5章 悠美の楽しみ
春彦や佳奈が生まれる前のお話です。

舞と春繁が結婚して1年経ったある日のこと。
「ねえ、あなた。
 悠美が、また、土曜日に泊りに来たいって。
 いいかしら。」
舞が、少し困った顔をしながら春繁に言った。
「ああいいよ。
 次の日は、日曜日で休みだから。」
「ごめんね、日曜日しか休みないのに、ゆっくり休めないわよね。」
「まあ、いいさ。
 悠美が来たいっていうなら、歓迎するよ。」
「ありがとう。
 悠美のことを可愛がってくれて。」
「でも、すごいよね。」
「なにが?」
「だって、悠美って、小学校に上がってばかりの小1だろ?
 それなのに、いくら、叔母さんの家だっていっても、平気で泊りに来るんだから。」
「そうね……。
 それだけ、あなたの魅力が優っているのかしら。」
舞は、ニヤニヤしながら言った。
「おいおい。」
春繁は、困ったように頭をかいていた。
舞と付き合い始めた学生の頃、初めて悠美や光一にあった春繁は、なぜか、二人に好かれていた。
そして、舞と春繁が結婚し、アパート暮らしを始めてからは、さらにエスカレートし、度々、悠美が泊りに来るようになった。
光一は、悠美と一緒に泊まりに来たい反面、枕が変わると眠れない性格だったので、悠美ほど頻繁には泊りには来なかった。
しかし、悠美を迎えに来ると言う口実で、悠美が泊まった翌日の朝早く、光一はアパートに遊びに来るのが常だった。
「じゃあ、今回、光一君は?」
「光一は、翌日コースよ。
 泊まるのは、悠美だけ。」
「光一君も面白いな。
 もう、いい加減に我が家も慣れたんじゃないないかな。」
「もう、そんなこと言って。
 こんな狭いアパートに、悠美だけじゃなく、光一まで泊まったら狭くてしょうがないじゃない。」
舞は、苦笑いをした。
二人は結婚するとき、すべて自分たちだけの力で生活すると、2DKのアパートを借りて新婚生活をスタートさせた。
生活費は、春繁の給料と、舞のパート代で贅沢ではないが、それなりの暮らしが出来ていた。
舞のパートは、翻訳の仕事で、評判がよく、平均的なパートよりも多く定期的に収入があった。
「そうだよな。
 この前は、眠っている顔を、悠美の脚が襲って来たもんな。」
「あっ、それは単に悠美の寝相が悪いだけ。
 一人で泊りに来ても、あちこち蹴られているじゃない。
 光一なんて、気を付けしながら寝ているのに。」
「ああ、そうだった。
 悠美の方が、寝相は悪いな。
 でも、お前も褒められたもんじゃないよ。
 悠美と一緒に、布団の上をぐるぐる回っているもんな。」
「えー、私、そんなに寝相悪くないよー。」
舞は精一杯否定した。
「でも、不思議よね。
 なんであなたって、あんなに二人になつかれているんでしょ。
 悠美なんて、初めてあなたに会った瞬間に、もじもじしながら近づいて行ったもんね。」
「そうそう、それで、いきなり手を握られて、『あそぼ』だもんな。」
春繁は、愉快そうに笑った。
「ほんとうよ。
 周りの人たち、いきなりで皆、『口ぱかーん』だったもんね。」
舞も楽しそうに言った。
「それでも、あなたも、すぐ遊んであげて。
 私を置いてけぼりにしたんだもんね。」
「あははは、そうだった。
 肝心の舞を放って、悠美とおままごとだもんな。」
二人は、お腹を抱えて笑いあった。
「でも、あなたも、子供に合わせるの、上手よね。」
「まあね。
 子供は、大好きだからね。
 悠美や光一君、二人とも自分の子供の様に可愛いよ。」
「ふふふ、そういうあなただから、私は好きなの。」
舞は、そういう春繁が本当に好きだった。
「じゃあ、明日の夜、悠美が来るなら、我家の子作りは、今晩いかがかな?」
「もう、バカ。」
舞は、少し、はにかんで答えた。
「いいに、決まっているじゃない。」

次の日、春繁は会社に行く前に舞に話しかけた。
「今夜は、悠美の好きな卵焼きとカレーかな?」
「そうね、定番の悠美スペシャルかしら。
 あ、あなた、それじゃなくて違うのがいい?
 無理に悠美に合わせる必要ないんだからね。
 何か違うのを作りましょうか?」
「いや、いいよ。
 お前のカレーや卵焼きは天下一品。
 逆に、それを楽しみに、お腹空かせて帰ってくるから、たくさん作って置いてくれ。」
舞には、それがお世辞でないことがわかっているので、思わず笑顔になった。
「わかったわ。
 たくさん作って置くから、楽しみに帰ってきてね。」
「ああ。
 舞、愛してるよ。」
春繁は、そう言うとひょいと、舞の唇に自分の唇を重ねた。
「じゃあ、行ってくるね。」
「いってらっしゃい。」
舞は全力の笑顔で春繁を送り出した。

春繁は、普通の会社員で、舞とは大学のサークルで知り合った先輩、後輩の間柄だった。
お互いがお互いを一目惚れというパターンで、どちらかというと、年下の舞の方が積極的で、年上の春繁の方が慎重なタイプだった。
サークルで、自己紹介の時、すでにお互いを意識し、新歓コンパのとき、酔いつぶれた舞を快方したことから、一気に二人の距離は縮まった。
それは、新歓コンパといっても少し遅い6月のある日のこと。

発端は、舞が春繁を夢中になって眺めるあまり、他の先輩たちからつがれるお酒を考えずに言われるまま飲み干していったのが原因だった。
春繁の方も舞を気にして、お酒もあまり飲めず、舞の方をちらちらと舞に気づかれないように見ていたが、途中から、言われるままに杯を空けていく舞をハラハラしながら見ていた。
「おい、あの娘、まだ二十歳前だろう?
 あんなに飲ましちゃだめだよ。」
「何言ってんだよ、立花はいつからそんなにお堅くなったんだ?」
春繁は、隣の席の友人に言ったが、軽くいなされてしまった。
「それに、あんな可愛い子、ほっとく男がいるのか?」
「でも、具合が悪くなってからじゃ、遅いだろう。」
春繁は、我慢できなくなり、舞の傍に行って、飲むのをやめさせようとしたのだが、状況はすでに遅かった。
「おい、新人の女の子にそんなに飲ませたらだめだろう。
 君、大丈夫か?」
春繁は、心配そうに舞の顔を覗き込んだ。
舞は、春繁の顔が目の前に現れたのに、どきっとして、一気に酔いが回ってしまった。
「ああ、はるひげせんぱい…。」
一言発したまま、くたっと、春繁にもたれかかった。
「おい、大丈夫か?
 南雲さん?」
周りのものたちも心配そうに寄ってきた。
「大丈夫か?」
「まさか、急性アルコール中毒じゃないか?」
「まずいよ、だれが、こんなに飲ませたんだ?」
周りがざわつく中、春繁は舞の顔を覗き込むと、舞はうれしそうな顔をして、寝息を立てていた。
「寝てる……。」
春繁がひとこと漏らすと、周りにいたサークルの部員から安堵の声があがった。
「まったく、信じられない。」
「いい心配したよ。」
「でも、そもそも、お前が飲ませすぎたのが原因だろう。」
周りで喧々諤々がはじまった。
その中の部長格の部員が、春繁に声をかけた。
「立花、悪い。
 その娘、家まで送って行ってくれ。」
春繁は、ここぞとばかりに頷いた。
但し、そこから連れて帰るのだが、舞は泥水状態で寝てしまっており、数人で協力し、舞を春繁に背負わせた。
泥水状態の人間は、たとえ体重が軽くても、その数倍、重くなるので、数人がかりだった。
春繁も、舞の重さに足元をふらつかせながら、何とか歩くことができた。
「と、それはいいけど、この娘の家は?」
「学生証に書いてあるだろう。
 それ見て、タクシー使って送って行ってな。
 俺たち、まだ、しばらく、ここで飲んでいるから。」
「じゃあ、よろしく。」
他のサークルの部員は、春繁に手を振ってお店に戻っていった。
「おいおい、こっちは、手がふさがってるんだよ。
 あーあ、だめだ、あいつらも酔っぱらっていやがるわ。」
春繁は、仕方がなく、舞を背負ったまま、当てもなく歩き始めた。
「この娘、なんかいい匂いだな。」
春繁は、背中に背をわれている舞からほんのり石鹸の匂いがして、そう思った。
季節的に暑くも寒くもなく、心地よい風が吹いている中を少し歩いていると、「ううん」と背中の舞が声を上げた。
「南雲さん、大丈夫?」
春繁は、すかさず、声をかけた。
「うーん、気持ち悪い…。」
その舞の声に春繁は、真っ青になった。
「まずい、これは、まずいぞ。
 どこか、休ませるところはないか…。」
春繁は、思いっきりうろたえながらまわりを見渡し、公園が傍にあることを発見した。
春繁は、急いで公園に行き、ベンチに舞を座らせた。
舞は、だいぶ、意識がはっきりしてきたのか、自分の力でベンチに座った。
「何か飲むもの買ってくるから、待っててね。」
「あい。」
舞は、まだ、ろれつが回っていなかった。
春繁が、近くの自動販売機から冷たいお茶を買ってきて、舞に手渡した。
「ありがと……。」
舞は、お茶を受け取ると、ごくごくと飲み始めた。
春繁は、心配そうに舞を見ているだけだった。
しばらくして、舞は落ち着いて来たのか、顔色も良くなり、目線もしっかりしてきた。
「立花先輩……。
 私、先輩に迷惑を掛けちゃいましたか?」
急に、舞がすまなそうな顔をして、春繁にたずねた。
「いや、大丈夫だよ。
 ただ、飲みすぎて、寝込んじゃったのを、僕が連れて帰ることになったんだけど、南雲さんの家、知らなかったので、どうしようかと 途方に暮れていたところ。
「ああ、やっぱり、私、迷惑を掛けていたんじゃないですか。
 先輩、ごめんなさい。
 バッグの中を開けて、学生証に書いてある住所を見てくれればよかったのに。
 で、タクシーに放りこんでくれれば…。」
春繁は笑いながら、頭を抱えている舞を制した。
「そんなことできる訳ないだろう。
 ましては、好きな女の子のバックの中を勝手にみて、タクシーに突っ込むなんてこと。」
「え?
 今なんて?」
「え?」
春繁は、「好きな女の子」と思わず漏らしたことに気が付き、「しまった」と思った。
春繁は、舞の方を見ると、舞はうつむいていた。
「あ、ごめん、ごめん、そんな意味じゃなくて。」
言い訳をし始めた春繁を今度は、舞が制した。
「先輩。
 そういう意味じゃないってどういう意味ですか!」
顔を上げ、まっすぐに春繁の顔を正面から見据える舞に春繁は、どきまぎして言葉が出なかった。
「私、好きな女の子って言われて、すごく嬉しかったんです。
 それなのに、そういう意味じゃないっていうのは、どういう意味なんですか?
 先輩、答えてください。」
見ると、舞はいっぱいに涙をためていた。
春繁は、舞の頭をそっと手で撫でた。
「悪い、悪い。
 こんなにお酒の入っている状況だったんでね。」
「で、私のこと、本当は、どう思っているんですか?
 私は、立花先輩のこと、大好きです。
 まだ、1か月位しか先輩と話をしていませんが。
 先輩、優しいし…。」
いきなりの舞からの告白に、春繁は、鼻の頭を人差し指でかいた。
そして、一呼吸おいて、話しかけようと舞を見ると、舞はこれ以上ないほどの真剣な顔で春繁を見つめていた。
ごほん、と春繁は照れ隠しに、咳払いを一つした。
「僕も、初めて会った時から南雲さんのこと好きだったよ。
 一目惚れってやつ。
 そして、同じように、まだ1か月だけど、どんどん、好きがふくらんできている。
 ああ、この娘は思った通りの娘だって。」
舞は、春繁の言葉をうっとりとした顔で聞いていた。
「せんぱい。
 うれしい…。」
ことんと、舞は、春繁に頭をぶつけてきて寝息を立てはじめた。
今度こそ、安心し切った顔をして。
「おい?
 南雲くん?
 おーい、寝るなー。
 まだ、住所聞いていないよ。」
夜は、幸せな二人を包んで更けていく。

そのあと、何とか春繁は舞を起こし、住所を聞き出し、タクシーで家まで舞を送って行った。
家に着くと、舞の両親は、こんなに飲ませてと、かんかんに怒りまくっていた。
春繁は、ひたすら、頭を下げその場を後にした。
翌日、春繁が大学の食堂で昼食を食べていると、寄ってくる人の気配がした。
「先輩、一緒にいいですか?」
顔を上げると、舞がランチのトレイを持って立っていた。
舞の顔は、これ以上ないというほど、すまなそうな顔をしていた。
「ああ、いいよ。」
春繁は、にこやかに笑って、舞に席に座るように促した。
舞は、そんな春繁の笑顔にほっとして、席に着いた。
「先輩、昨日はすみませんでした。
 あの後、両親から聞いたのですが、先輩を飲ませた張本人の様に怒ったんですって?
 それを聞いて、先輩は私を快方して、しかも家まで送り届けてくれた人なんだからと叱っておきました。
 ついでに、父親とは絶交してきました。」
「絶交って、おいおい…。」
どこまでもまっすぐな娘なんだろうと、春繁は感心した。
「で、先輩。
 あの、昨日の話しは……。」
急に舞はしおらしくなって、春繁に尋ねた。
舞の急な豹変に、春繁は慌てたが、まっすぐ、舞を見て笑顔で答えた。
「昨日の話しは、本当。
 君は?」
今度は、舞の方が真っ赤になり、うつむきがちになりながら言った。
「私も、本当です。」
ふう、と春彦は、息をついた。
そして、精一杯の笑顔を舞に見せた。
「じゃあ、よかった。
 これから、よろしくね。」
「はい。」
舞も元気よく答えた。
「さあ、胸のつかえが下りたところで、ご飯、ご飯。」
「はい。」
「あと、お父さんとの絶交は解除しておいてね。」
「はい、でも、あのー。」
「ん?なに?」
舞はもじもじしながら、春繁の食べているものを眺めていた。
「先輩、先輩は何を食べているんですか?」
「え?
 ああ、コロッケカレーだよ。」
舞は、なお一層もじもじし、春繁の目を見ないようにして言った。
「先輩、そのコロッケ、あの、半分、いや、4分の一、いや、一口でいいのでいただけませんか?」
「?」
春繁は、初めて舞のトレイの上に乗っているものを眺めた。
そこには、ご飯が盛ってある茶碗しかなかった。
「父と喧嘩して、家を飛び出したのはいいのですが、その、お財布を忘れちゃって…。
 ポケットに入っていた小銭だと、これしか買えなくて。
 でも、お腹が空いちゃって…。」
舞は、真っ赤な顔をしてうつむいていた。
「ぷっ。
 あはははは。」
春繁は思わず吹き出して笑った。
舞は、なお一層、小さくなっていた。
「ごめん、ごめん。
 あまりに可笑しかったから。
 お詫びにお茶碗出して。」
舞が言われた通りお茶碗を出すと、春繁はその上にコロッケをまるまる1個乗せた。
「え?
 先輩のコロッケは?」
舞は驚いて、春繁の顔を見つめた。
春繁は、優しいほほえみを浮かべていた。
「僕は、カレーがあるから大丈夫。
 それより、コロッケまだかじっていないから安心して。
 あと、カレーが付いているのは、おまけっていうことで。」
「先輩。」
舞は、春繁の優しさに思わずじーんとなっていた。
「先輩、ありがとうございます。
 先輩のコロッケなら、例え齧ってあっても、歯形が付いていてもオッケーです。」
「そんな、大げさな。
 あっ、ちょっと待ってて。」
春繁は、そういうと席を立ち、自動販売機の方に向かった。
しばらくして戻ってくると、手にお茶のペットボトルを持っていた。
そして席に着くと、そのペットボトルを舞の前に置いた。
「お金がないと、飲み物も困るだろう。
 これ、おごりね。」
「せんぱい…。」
舞は感激一杯の顔をして、春繁を眺めていた。

春繁を送り出した後、舞は初めて春繁と大学の食堂で食事をしたことを思い出していた。
「うーん、今日は、卵焼きとカレーとコロッケにしよう。」
舞は、午前中に、掃除や悠美の寝る布団を干し、早めに買い物に行き、いつ悠美が来てもいいように出かける用事を済ませておいた。
お昼ごはんを済ませ、片付けを終わらし、一息ついていると、悠美がやってきた。
「舞ちゃん、ただいまー。」
悠美は、ランドセルを背負って、手には着替えの入った手提げ袋を持っていた。
「お帰り―、じゃないでしょ。
 こんにちは、おじゃまします、でしょ。
 悠美ったら。」
舞が呆れたように言うと、悠美は笑って答えた。
「いいでしょ。
 ここは、私の第2のお家なんだから。」
「まあ。
 で、そのランドセルは?」
いつもランドセルは家に置いて着替えと遊び道具の入った手提げ袋で来る悠美だったが、今日は、手提げ袋とランドセルを背負っていた。
「そうなの、舞ちゃん、聞いてよ。」
悠美は、口を尖らせながら舞に聞いてほしそうな顔をした。。
「なあに?」
「学校の先生が、最近クラスの書き取りの点数が悪いって、それで、山ほど漢字の書き取りの宿題を出したのよ。」
「それで、ランドセル?」
「うん。あとで机を貸してね。」
「いいわよ。」
悠美は舞の兄の子供で、小さい頃から舞のことを姉の様に慕っていた。
舞も、そんな悠美のことを妹の様に可愛がっていた。
「悠美、お腹は?」
「うん、家でお昼ごはんは食べてきたんだ。」
「プリン、買っておいたんだけど、食べる?」
「え?
 うん、食べる。」
悠美はうれしそうな顔をして頷いた。
「じゃあ、手を洗ってきなさい。」
「はーい。」
舞と悠美はテーブルを囲んでプリンを食べていた。
「わあ、このプリン、美味しい。」
悠美が目を輝かせて言った。
「そうでしょ、駅近くのデパートに美味しいケーキ屋さんがあってね、そこで、奮発したのよ。」
「こんなおいしいプリン、初めて。」
悠美の幸せそうな顔を見て、舞も思わず微笑んでいた。
「今日は、繁おじちゃん、何時ごろ帰ってくるの?」
悠美はプリンを食べる手を止めて、舞に尋ねた。
「そうね、何もなければ夕方かしら。」
「じゃあ、それまでに、宿題を終わらせなくっちゃ。」
「そうよ。
 その後、今晩は、悠美の好きな卵焼きとカレー、それと、コロッケにしようと思って。
 だから、コロッケ丸めるの手伝ってね。」
「え?コロッケ?
 私、コロッケも大好き。
 しかも、舞ちゃんのお手製のコロッケなの?
 うれしいな。
 たくさん、手伝うね。」
「ふふふ、悠美は、嫌いなものないのかしらね。」
「えー、嫌いなのあるよー。
 ピーマンでしょ、お漬物でしょ、あとね…。」
「えー?
 ピーマン嫌いなの?」
「うん、だって苦いし……。」
「家じゃ、どう料理しているの?」
「うーん、普通に炒めているかな?」
「じゃあ、ピーマンの肉詰めや、お味噌を使った甘辛炒めは?」
「お肉を詰めたのは給食で出たけど、苦かったよー。」
「そうなんだ。
 でも、お料理次第でピーマンって美味しくなるのよ。
 繁さんも、結婚した当初は、ピーマンが駄目だったの。」
「えっ?
 繁おじちゃんも?」
悠美は驚いた顔をした。
「そうよ、それがね、今じゃ良く食べるのよ。
 特にお味噌の甘辛炒めは、美味しい美味しいって。」
舞は、面白そうに笑った。
「舞ちゃん、お料理上手だからなー。
 今度、私も食べてみたい。」
「いいわよ、今度、作ってあげるね。
 じゃあ、早く宿題片づけちゃいなさいね。」
「はーい。」
悠美は、残りのプリンを美味しそうに平らげ、片づけを手伝ってから、机の上に書き取りの道具を並べて、宿題を始めた。
「この娘は、本当に手が掛からないいい子ね。
 一体、誰に似たのかしら。」
舞は台所から一生懸命宿題をしている悠美を眺め、感心した様に呟いた。
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DATE: CATEGORY:第5章 悠美の楽しみ
「ねえ、舞ちゃん。」
「ん?
 なに?」
「舞ちゃんて、体がそんなに細いのに、胸とか大きいね。」
「え?
 なに、いきなり。」
舞は、突飛な話に面食らっていた。
「私の胸なんかぺったんこ。
私も、舞ちゃんみたいにスタイル良くなるかなぁ。」
舞は、どちらかというと細身の体形でワンピースやスカートではなく、ラフなチェックのブラウスとぴっちりしたGパンが好きだった。
「まっ。
 お間瀬さんね。
 小学1年生がボインボインだとおかしいでしょ。」
「だって、本当に舞ちゃんてカッコいいんだもん。
 脚は細くて長いでしょ。
 ウェストなんてくびれているし、この前テレビで見たモデルさんみたい。」
舞は、思わず吹き出していた。
「こらこら、そんなにお世辞言って、何がほしいのかな?」
「そんなんじゃないもん。」
悠美は少し拗ねて見せた。
「悠美。」
舞は悠美を手招きし、自分の膝に後ろ向きで座らせ、後ろから優しく抱きしめた。
ほあっとした舞の香りと背中に触れている舞の胸の柔らかさで悠美はうっとりしていた。
「何言ってるのよ。
 悠美も大きくなったら、きっと私より美人になるわよ。」
「そうかな。」
「そうよ。
 あと、私が持っていなくてうらやましいのを悠美は持っているし。」
「え?
 なに?」
悠美は振り向いて聞いた。
「それはね、この真っ直ぐな黒髪。
 長くてしなやかで、触り心地が良くて。
 私なんて、くせっ毛だからこんなに伸ばせないわ。」
悠美の髪は、肩の下あたりまで伸びていた。
「ほんと、枝毛もなく、きれいね。」
舞に、髪を撫でられ、悠美はうれしそうな顔をした。
「私、舞ちゃんに髪を撫でられるの、大好き。
 でも、舞ちゃんも、その髪型、かっこいいじゃない。」
舞は、少し長めのウルフカットだった。
「そう?
 でもね、繁さん、長い髪の女の人が好きなのよ。
 それも、悠美みたいな長い真っ直ぐな髪が。」
「え?
 そうなの?」
「私もほんとうはショートにしたいんだけど、これ以上短くすると、繁さん、泣いちゃうから。」
「ふーん、私、舞ちゃんみたいな髪型にしてみたいなって思っていたのに。」
「あーら、たいへんだ。
 そんなことしたら、繁ちゃん、号泣ものよ。」
「ごうきゅう?
 ごうきゅうってなに?」
「え?
 号泣って、目から涙が、こう『ぴゅー』って吹き出すほど大泣きするっていうことよ。」
舞は、そういうと両目に手を当てて大げさに、左右に伸ばして見せた。
「そんなに、涙が出るの?」
「そうよー。」
そう言って、二人は笑い転げていた。
「でも、繁おじちゃん背が高いよね。」
「そう。
 170㎝の後半だからね。
 舞は身長いくつ?」
「この前の身体検査じゃ、120㎝位。」
「じゃあ、50㎝以上離れているもんね。」
「この物差し、2つ分かぁ。」
そう言って悠美はランドセルに差していた30cmの物差しを指さした。
「舞ちゃんは?」
「私?
 私は、160㎝くらいかな。」
「うわ、でっかい。」
「こら、でっかいとは何よ。
 ゴジラじゃないんだからね。」
そう言って舞は悠美を後ろから羽交い絞めし、その手をクロスさせ脇をくすぐった。
「きゃあ、ごめんなさい。」
悠美は、くすぐったがりながら、舞の腕の中で悶えていた。
「で、でも、繁おじちゃんも結構細いよね。」
悠美は息を切らしながら、懸命に話題を変えた。
「そうね。
 でも、学生の時から、すごく食べるのよ。
 それなのに、どうして太らないんだろう。」
「それは、舞ちゃんも一緒じゃない。
 二人とも、よく食べてよくお酒を飲んで……。」
「よく笑ってね。」
そう言って、舞はまた悠美をくすぐりまくった。
「きゃはははは、か、勘弁しちくれー。」
悠美の笑い声と、舞の笑い声が部屋中にこだましていた。
 
夕方、未だ明るい時間に春繁は家に帰ってきた。
「ただいま。」
そう言って家の中に入ると
「おかえりー」
と、舞と元気な悠美が出迎えた。
「おお、悠美、来たね。
 いらっしゃい。」
「おじゃましてまーす。」
悠美はそういうと、ちょこんと頭を下げた。
「あら?
 さっき家に来た時は、『ただいまー』って飛び込んできたのは誰だったかしら?」
舞は、笑いながら言った。
「もう、舞ちゃんたら。
 いいでしょ。」
悠美は、ちょっと怒ったふりをした。
「繁おじちゃん、あのね、いま、舞ちゃんのお手伝いで、コロッケ丸めてるの。」
「え?
 今日はコロッケか?」
「そうよ、卵焼きとカレーとコロッケよ。
 コロッケカレー。」
舞が悪戯っぽく言った。
ネクタイを外しながら春繁もすぐにピンと来たように笑った。
「コロッケカレーか、懐かしいな。」
「そうでしょ、それに今日は、悠美が手伝ってくれているんだから、余計に美味しいわよ。」
「そうか、じゃあ、尚更、楽しみだな。」
「えへへへ。」
悠美は、はにかんで笑った。
「じゃあ、僕は、お風呂に入って汗を流すね。
 さっぱりしてから、美味しいご飯にありつこうっと。」
「ええ、お風呂、沸いているからね。」
「サンキュー、奥様。」
「どういたしまして。」
春繁と舞の楽しそうなやり取りを、悠美も楽しそうに聞いていた。
春繁はそう言うと、さっさとお風呂に入った。
春繁がお風呂に入ると、急に悠美がもじもじとし始めた。
舞は、そんな悠美を見て、笑いながら言った。
「悠美、お手伝いはもういいわ。
あと、コロッケを揚げるだけだから。
 悠美も、繁ちゃんとお風呂に入ったら。」
「本当!?」
その一言に悠美は顔を輝かせた。
舞は、笑いながら頷いた。
「じゃあ、また、お風呂から出たらお手伝いするからね。」
そう言って、悠美はそそくさとお風呂場に行き、裸になりお風呂場のドアを開けた。
「繁おじちゃん、一緒に入ろー」
「おお」
春繁も、笑いながら答えた。
「もう、小学1年生になっても、おじちゃんとお風呂かしら。」
舞は笑いながら脱ぎ散らかした悠美の服を片付け、悠美のために、バスタオルとパジャマを出しておいた。
「ねえ、繁おじちゃん、聞いてよ。」
「ん?なに?」
春繁は、悠美の長い黒髪を洗いながら聞いた。
「うちのクラスの男子って、おばかばっかりなの。」
「え?なんで?」
「だって、漢字の書き取りが出来なくて、嫌ってほど宿題を出されたのよ」
「ええー?
 小学校の1年から書き取りの宿題が出てるんだ。
 あ、悠美、シャワー掛けるから。」
「うん。」
春繁は慣れた手つきで悠美の髪を洗い、シャワーでシャンプーを洗い流した。
悠美は、春繁の大きな手でシャンプーされるのが好きだった。
次に春繁は悠美の髪にリンスを付けていた。
「そうなの。
 だから、さっきまでずっと、書き取りの宿題やってたのよ。」
「あははは、たいへんだな。
 でも、小学校は楽しい?」
「うん、お友達がいっぱい出来たから、面白いの。」
「そっか、それは良かったね。
 さあ、今度は、リンスを流すからね。」
「うん。」
リンスを流した後、悠美は湯船につかり、その間に、春繁は自分の髪から身体を洗っていた。
「繁おじちゃんも、小学校の時、宿題、たくさん出た?」
「うーん。覚えていないな。
 それより、しょっちゅう、立たされていたのは覚えているけど。」
「え?なんで?」
悠美は、春繁が良く立たされたということに興味を持ち、湯船から身を乗り出して聞いた。
「うーん、僕が小学校の時、忍者のテレビが流行って、皆で忍者ごっこしていたんだよ。
 それも授業中に。
 『この葉隠れの術!』なんていって、机の下に隠れたり。」
春繁は、身ぶり手振りジャスチヤ―を交えて悠美に説明した。
悠美はそのたびに、ワクワクして春繁の話を聞いていた。
「それで、先生に見つかって、『立花君、廊下で立って修業しなさい』ってね。」
「あははは、繁おじちゃん、だめだめだったんだ。」
悠美は、ケラケラ笑って言った。
「まあ、なんて楽しそうなのかしらね。」
舞は、風呂場から聞こえてくる悠美の笑い声を聞いて、つい顔をほころばせた。
「出たよー。」
春繁と悠美の声が重なって、お風呂から上がったことを知らせる声が聞こえた。
「バスタオルとか、パジャマ、出しておいたからね。」
「はーい。」
仲良く二人の声が重なって、舞は、こらえきれず、ゲラゲラ笑ってしまった。
「なんか、舞ちゃん、笑っているよ?」
「いいの、舞ちゃん、笑のツボに入っただけだから。」
「笑いのツボ?」
「あとで教えてあげるね。
さあ、風邪をひかないように、よく身体を拭くんだよ。」
「えー、面倒くさい。」
悠美は、期待を持ったような声を上げた。
「しかたないなぁ、ほら。」
春繁は悠美のバスタオルを取り、髪をごしごしと吹き始めた。
「あわわわわ…。」
悠美はおかしそうに声を出した。
「髪の毛を拭いてもらっている時に声を出すと、面白い声になるの知ってた?」
「えー、それは知らなかったな。」
春繁は悠美の髪の拭くとバスタオルを肩にかけた。
「あとは、自分でちゃんとね。」
「はーい。」
悠美は満足したような声を上げた。
二人が、パジャマを着たころ、舞が頃合を見計らってか、声を掛けてきた。
「さあさあ、二人とも、こっちに来て冷たいものでも飲みなさい。」
「はーい。」
春繁と悠美は、また、一緒に返事をした。
「もう。」
舞は呆れたように笑った。
春繁と舞のアパートは和室の6畳と八畳の一間ずつと台所、あと、このタイプには当時珍しい、トイレと浴室付だった。
窓に面した和室が寝室、真ん中の和室がリビング兼舞の仕事場であった。
リビングとして使用している部屋にはテレビやオーディオがあり、そこでテレビを見たりくつろぐことが出来た。
「あ、今何時?」
悠美がいきなり時間を気にして言った。
「今?
 5時半だよ。」
春繁が何事かと答えた。
「繁おじちゃん、テレビ見ていい?
 いつもの『魔法のマサ子さん』をやっているの。」
「いいよ。
 テレビつけて、好きなのをみなさい。」
「そうね、ご飯も後30分位だからちょうどいいかも。
 『魔法のマサ子さん』て、30分ものだもんね。」
横から、舞が口を挟んできた。
「え?
 舞も、その番組知っているの?」
「ええ、結構、面白いわよ。
 魔法の呪文を言って、主人公の『マサ子さん』がいろいろな職業の人に変身して、いろいろな事件を解決するのよ。」
「舞ちゃんも見てるんだ。
面白いもんねー。」
舞も相づちを打つ様に答えた。
「ねー。」
「じゃあ、つけるね。」
「どうぞ」
テーブルには舞が麦茶を入れたコップを用意していた。
悠美と春繁は、コップの麦茶を飲んでテレビを見ていた。
春繁が、座椅子に寄りかかり、テレビの方を向いていると、悠美がテレビを正面に見ながら後ろ向きで春繁に近づいてきた。
「!」
そして、ちょこんと春繁の脚の上に座り、上半身を春繁の身体に寄りかかるようにし、まるで、春繁を座椅子替わりにするように座った。
春繁は、まんざらでもないような顔をして、そのまま、悠美を座らせ、一緒にテレビを見はじめた。
季節は7月に入り、日中は汗ばむ陽気になってきたが、夕方になると涼風が吹き、窓を開けていれば、まだ、扇風機も必要ないほどの心地よさだった。

「まあ。」
舞は、春繁を座椅子替わりにしてテレビを見ている悠美を見て、微笑んで声を漏らした。
春繁はそれに気づき、舞の方を見て、片目でウィンクをした。
番組が終わるころ、ちょうどコロッケも揚り、夕飯の準備が出来きたところだった。
「あー、面白かった。」
悠美は、そういうとテレビから目を離し、テーブルの方に目をやった。
「うわー、御馳走がいっぱい!
 もう、お腹、ペコペコよー。」
悠美は、テーブルの上に並んでいるコロッケや卵焼き、カレーライスを見て、興奮気味にはしゃいだ。
「さあ、たくさん食べてね。
 あっ、その前に、悠美、ちょっと来て。」
舞が悠美を手招いた。
「うん。」
悠美は、返事をして舞の傍らに座った。
「髪を結んであげるから、ちょっと、後ろ向いてね。
 折角、お風呂できれいになったでしょ。
 ご飯で汚さないように、結んであげるからね。」
悠美の長い髪を、舞は後ろで束ね、リボンでとめた。
「はい、いいわよ。」
そういうと、悠美は鏡のところに飛んでいき、自分の後姿、リボンを気にしてみていた。
「さすが、小1といえども女の子だな。」
春繁は、鏡を見ている悠美を見て、感想を漏らした。
「女の子は、そういうもんよ。」
舞も笑いながら答えた。
「わー、このリボン、可愛いい。」
悠美が気に入ったように、声を上げた。
「それ、悠美にプレゼント。
 この前お店の前を通ったら、その可愛いリボンがあったの。
 悠美に、似合うかなと思って。」
「わーい、舞ちゃん、ありがとう。
 とっても気に行ったわ。」
「さあ、じゃあ、ご飯が覚めないうちに食べましょう。」
「はーい。」
悠美はテーブルに自分の食器などが置かれている前に座った。
そこは、舞と春繁に挟まれたところで、二人の顔が良く見える、悠美の指定席だった。
「じゃあ。
 いただきまーす。」
「いただきます。」
悠美と春繁が声を揃えて『いただきます』を言うと、また、舞はおかしくなって笑った。
「はい、召し上がれ。
 うふふふ。」
「僕は、まずは、コロッケを頂きます。」
「私は、舞ちゃん特製の卵焼きー。」
春繁と悠美は各々自分の好きなおかずをお皿に取り、かぶりついた。
「美味しー。
 やっぱり、舞ちゃんの卵焼きは、世界で一番おいしい。」
「うん、このコロッケも、滅茶苦茶うまい!」
「えへん。
 腕がいいからね。」
舞は、自慢げに腕を曲げ、力こぶを作って見せた。
「それに、そのコロッケ、悠美が丸めてくれたのよ。」
「えー!
 だから、美味しいんだ。」
春繁が感心して言うと、悠美も口に卵焼きを頬張りながら、力こぶを作って見せた。
それから、皆、思い思いのおかずを取って食べたり、悠美の小学校の話しなどを聞きながらにぎやかな夕飯を過ごした。
舞も春繁も悠美の話を聞いたり、喋らせたりするのが上手で、悠美はご飯を食べながら、楽しそうに話を舞と春繁に聞かせていた。
舞と春繁は、そんな楽しそうな悠美を見るのが大好きで、一生懸命、悠美と話を合わせていた。
「ご馳走さまでした。」
にぎやかな夕食が終わり、悠美と春繁が、『ご馳走さま』をした。
「まあ、よく食べたわね。」
舞がそう驚くほど、テーブルの上のお皿は空になっていた。
「だって、本当に美味しかったんだもん。
 でも、お腹、ぽんぽん。」
「ふふふ、じゃあ、少し食休みしていなさい。
 食後に桃を向いてあげるから。」
「桃!?」
悠美が目を見開いて、驚いた顔をした。
「私、桃、大好き!
 うれしいなー。」
悠美は、鼻歌交じりに身体を左右に振って、喜んでいた。
その食後の桃も食べ終わり、舞は後片付け、春繁は布団の用意を始めた。
「舞ちゃん、片付け、手伝うね。」
「あら、ありがとう。」
悠美は、一生懸命、テーブルの食器を下げ、舞のところに運んでいた。
舞も、嬉しそうに、悠美から食器を受け取っていた。
「何か、本当の親子みたいだな。
 僕らに、子供が出来たら、やっぱり、こうなるのかな…。」
仲良く片づけをしている舞と悠美を見て春繁はつくづくと思った。
布団がひけたのを舞が目ざとく見つけ
「悠美、ありがとうね。
 あとは、私がやるから、悠美は、お布団の方を手伝ってあげてね。」
「うん。」
そう言って悠美が振り向くと、もう春繁が布団をひき終わったところだった。
布団は川の字で、真ん中に少し小さめの悠美の布団がひいてあった。
「わーい。
 私のお布団だぁ。」
悠美は、目を輝かせ、どしんと布団に飛び込んだ。
「おいおい、近所迷惑だから、あんまり大きな音は立てないようにね。」
春繁は、笑いながら、やんわりと注意した。
「はーい。」
悠美は、舌を出して、謝った。
そして、三人の布団の上をはじからはじまで、転がって遊び始めた。
「こら。」
春繁は、そう言いながら、悠美を捕まえて、くすぐった。
「いや、あはははは。
 くすぐったい。」
きゃあきゃあと悠美は大はしゃぎをした。
「こらぁ。
 繁さんも騒がせないでよ。」
あまりの悠美のはしゃぎっぷりに、舞も苦笑いしながら春繁に注意した。
「ああ、ごめん、ごめん。
 さあ、悠美、歯磨きしよう。」
「はーい。」
そう言って悠美と春繁は二人で仲良く洗面所に行き、並んで歯磨きをしていた。
「まったく、まるで、本当の親子みたい。」
そんな二人を見て、舞は微笑んだ。
「私たちに子供が出来たら、毎日、こういう光景かしら。」
舞も、春繁と同じことを思っていた。
寝る支度が出来、春繁と悠美は布団の上に転がった。
「ねえ、繁おじちゃん。
 明日は、何して遊ぶ?」
「ん?
 何でもいいよ。
 悠美は何がいい?」
「うーん、お手玉でしょ、おままごとでしょ、あとねえ…。」
悠美は眉間にしわを寄せて真剣に考えていた。
「そうそう、明日は、光一君が来るんでしょ。」
「あっ、そうだ。
 お兄ちゃんが来るんだった。
 じゃあ、野球とか。
 私、バッターね。」
「はいよ。
 明日も天気がよさそうだから、何でもできるよ。
 楽しみにして、そろそろ、お休み。」
「はーい。」
「じゃあ、ここ、閉めるわね。
 悠美、おやすみ。」
二人の会話を聞いていた舞が、話しかけた。
「おやすみなさい。
 舞ちゃん。
 今日の夕飯、すごく美味しかったわ。」
「ふふふ、良かった。
 また、あしたね。」
そういって寝室とリビング代わりの和室を仕切る障子を閉めた。
暗くなったが、カーテン越しに月明かりが部屋に入ってきて、しばらくして目が慣れると部屋は、ほんのりと明るかった。
もぞもぞ、と悠美は春繁の方に寄っていき、自分の足を春繁にくっつけた。
「繁おじちゃんって、あったかいね。」
「そうか?」
「うん、暖かくて気持ちいい。」
そういって悠美は、春繁の布団の中にもぐりこんできた。
「あたたかい。」
嬉しそうに悠美は満足げに言った。
春繁は、そんな悠美の髪を微笑みながら撫でてやった。
しばらくすると、悠美の寝息が聞こえてきた。
DATE: CATEGORY:第5章 悠美の楽しみ
春繁は、そっと、悠美が寝たのかを確かめ、抱きかかえて、悠美の布団に寝かせた。
「悠美、寝たの?」
そーっと、障子を開いて舞が春繁に声をかけた。
「ああ、ぐっすりだね。」
「悠美は、寝つきが良いし、一度寝ると朝までぐっすりだから、手が掛からないわね。」
「ああ、舞も片付け終わったんだろ?
 お風呂に入って、一杯飲むか?」
「さんせーい。
 じゃあ、さっさと入ってくるわね。」
舞は、楽しそうに言って風呂場に入って行った。
しばらくして、舞がお風呂から出てくると、春繁は新聞の夕刊を読んでいた。
「繁さん、テレビつけても大丈夫よ。
 悠美、大概の音では目を覚まさないから。」
「うん。
 でも、良いテレビやっていないし、悠美の寝顔を見てる方が楽しいよ。」
「まあ。
 まるで、親ばかじゃない。」
舞は、思わず吹き出した。
「そっかな。」
少し照れくさそうに春繁は答えた。
「じゃあ、お酒の支度でもするか。」
「あっ、いいわよ。
 座っていて。
 私が用意するから。」
「そうかぁ。
 すまないな。」
そんな会話をしながら、舞は日本酒の支度をしてきた。
2つの湯飲み茶わんに日本酒を注ぎ、その一つを春繁の前に置いた。
「じゃあ、お疲れ様。」
「お疲れ様。」
二人は乾杯して、お酒を一口飲んだ。
「あー、美味しい。」
舞がそう言うと、春繁は笑いながら言った。
「酔っぱらって、悠美の上に倒れるなよ。」
「もちろん、倒れるとしたら、繁さんの上に決まっているでしょ。」
「おお、どんとこい。」
そう言って、二人は楽しそうに笑った。
「でも、今日のコロッケ、美味しかったよ。」
「食堂のと、どっちがおいしかった?」
「決まっているだろう、我家の方だよ。」
「ならば、よし!」
また二人は笑いあった。
「でも、懐いてくれていることもあるけど、悠美は可愛いわね。」
舞は、悠美の寝顔を見ながらしみじみ言った。
「さっき、二人で、洗面所で歯磨きしていたでしょ。
 まるで、親子みたいだったわよ。」
「そっちも、夕飯の片づけしているところ、仲のいい親子みたいだったぞ。」
「私たちに子供が出来たら、こんな感じかしら。」
「そうだろうな、お互い、子供が好きだからな。」
「そうね。
 そろそろ、ほしくなっちゃった。」
「僕もだよ。」
二人は目くばせして、微笑みあった。

翌朝、春繁が目を覚ますと、目の前に悠美の笑顔があった。
「繁おじちゃん、おはよう。」
「ああ、おはよう。」
春繁は、そう答えて悠美を見ると、悠美は既に洋服に着替えていた。
そして、台所の方から、舞が朝食の支度をしている音が聞えていた。
「繁おじちゃんが、一番のお寝坊さんでした。」
「あら、繁さん、起きたの?
 悠美ぃ―、まさか、繁さんを起こしちゃったの?」
「ううん、違うわよ。
 繁おじちゃん、自然に目が覚めたんだから。
 でも、起きてって思いながら、顔を見ていたんだけど…。」
そういって、悠美は小さく舌を出した。
「まったく、繁さん、仕事で疲れているんだから…。」
舞は、それ以上、悠美を怒れずに、苦笑いをした。
「ああ、大丈夫だよ。
 ぱっちり、目が覚めて、気分も爽快だから。」
春繁は、悠美の期待に添うべく、返事をした。
悠美は、にこにこしながら春繁の顔を見ていた。
「さあ、じゃあ、僕も着替えなくっちゃ。」
春繁は、そう言って起き上がり、笑っている悠美の頭を軽く撫で、着替えを始めた。
「ちょうど、朝ごはんも出来たところなの。
 繁さん、悠美、手と顔を洗ってきてね。」
「はーい。」
また、春繁と悠美は声を揃えて返事をした。
舞は、半分あきれて、肩を竦め、台所に戻って行った。
春繁と舞は洗面所で、交互に手と顔を洗って、朝食の並んでいるテーブルに座った。
「今朝は、悠美のリクエストでパンなの。」
テーブルの上には、目玉焼きやソーセージ、牛乳、それに菓子パン、惣菜パンが並んでいた。
「わーい、やったー。」
悠美はそういって、早速、中にクリームが入っていて、上にチョコレートが掛かっている菓子パンを手にとった。
「いただきまーす。」
悠美はニコニコしながら、『いただきます』をした。
「はい、召し上がれ。
 たくさん、食べてね。」
舞も、笑顔でこたえた。
春繁は、そんな二人をまじまじと見つめていた。
舞は、その視線に気が付き、尋ねた。
「ん?
 繁さん、どうかしたの?」
「いや、二人がニコニコしていると、なんだか、家の中が明るく、暖かく感じていいなぁって思ってさ。」
「あら、まるでいつもは、私が怖い顔しているようないいかたじゃない?」
舞は冗談で、少し怒った口調でいった。
「いや、そうじゃなくて、なんて言うんだろう…。」
「うん、私にもわかるから、大丈夫。
 さあ、繁さんも好きなパンを取ってね。
 繁さん、甘いのよりも、カツサンドとか卵パンとかあるからね。」
「おお、じゃあ、メロンパン。」
「何でよ!」
春繁と舞は楽しそうに笑った。
悠美もそんな二人を見て、楽しそうに笑った。
舞と春繁も思いおもいにパンを取って食べ始めると、玄関のチャイムが鳴った。
「誰だろう、こんな朝早く。」
春繁が怪訝そうに言った。
舞は、時計を見てから、悠美に話しかけた。
「ということは、誰が来たんでしょう。」
「あっ、お兄ちゃんだ。」
「たぶんね、二人で見に行こうか。」
「うん。」
舞と悠美が玄関に出て、チャイムの主を確認した。
「どちらさまでしょうか?」
悠美が大人ぶった言い方をすると
「悠美?
 僕だよ、光一。」
「光一?
 どこの光一様ですか?」
「悠美!」
玄関先で、光一の焦れた声が聞こえた。
「ほら、悠美。
 あんまり意地悪しないで、開けてあげなさい。」
「はーい。」
ドアを開けると、光一が玄関先に立っていた。
「さあ、光ちゃん、入ってね。」
舞が、そう促すと、光一は頷いて入ってきた。
「舞さん、おはようございます。」
「はい、おはよう。」
「光一か、早いな。
 さあ、上がった上がった。」
奥から春繁が顔を出し、光一を手招いた。
「あ、繁おじさん、おはようございます。」
「うん、おはよう。
 さあ、こっちに来て。」
春繁がそういうと、悠美が光一の手を引いて朝食の並んでいるテーブルに連れていき、自分の横に座らせた。
舞は、予想していたかのように、光一の分の目玉焼きや牛乳を光一の前に置いた。
「光ちゃん、朝ごはん、食べていないでしょう。
 一緒に食べましょう。」
「食べずに来たのか?
 じゃあ、お腹ペコペコだろう。
 好きなの取って食べなさい。」
光一は、一瞬、どうしようかとためらったが、すぐに、空いているお腹を感じて卵パンを手にとった。
「でも、何で僕が朝ごはん食べていないって、わかったんですか?」
光一が怪訝そうに尋ねると、舞は、悠美を指さした。
「私がね、お兄ちゃん、絶対に朝ごはん食べないで来るよって、舞ちゃんに言ったの。」
悠美が、そう言うと、光一は納得した様に頷いた。
(だって、昨日、ここに来る前に、朝ごはん食べないで行くからねって、悠美に言ったんだったよな。)
「じゃあ、いただきます。」
にこにこと元気な声でいう光一を見て、春繁と舞は、また、笑った。
「あれ?お兄ちゃん、入ってきてから、手を洗った?」
悠美が、鋭く注意した。
「あっ!」
光一は、そそくさと洗面所に行き手を洗って戻ってきた。
悠美も光一も、もう何度もこの家に来ているので、まるで、自分の家の様に振る舞っていた。
「じゃあ、もう一度。
 いただきます。」
「召し上がれ。
 ちゃんと噛んで食べるのよ。」
悠美がおせっかい焼の様に言った。
「光一も、悠美にはたじたじだな。」
春繁が愉快そうにいうと、光一は、どうしたもんかと言わんばかりに複雑な顔をした。
光一は悠美と6歳年上で、すこし、間が空いているので、悠美のことを可愛がっていた。
なので、悠美に何を言われても、別に悪い気はしないのだが、春繁にからかわれ、悠美に何か言う訳にも、また、春繁に何を言っていいのかわからず困っていた。
舞も、そんな光一の顔を見て、笑いをこらえていた。
その日は、朝食後午前中、春繁は光一と悠美を近所の公園に連れていき、キャッチボールをしたり、公園の遊具で二人を遊ばせたりしていた。
舞は、朝食の片づけや、掃除洗濯など家事を終わらせてから、公園で3人に合流した。
昼食は、昨日のカレーを食べ、午後は皆部屋で、カードゲーム等ゲーム三昧で、あっという間に夕方になっていた。
外でも、家の中でも、常に中心には悠美がいて、屈託のない笑顔で楽しんでいた。
「さあ、光ちゃんに悠美は、そろそろお家に帰らなくっちゃ。」
「はーい。」
舞がそういうと、二人はしぶしぶ、返事をした。
「まだ、居たいな。」
「何を言ってるの。
 もう遅いし、明日、学校があるでしょ。
 早く帰って、宿題のまとめをしなくっちゃ、ね。」
悠美が正直な感想を漏らしたが、舞に促されしぶしぶ帰り支度をしていた。
そんな悠美を見て春繁は笑いながら言った。
「そんなに、暗い顔しないの。
 また、今度、遊びにおいで。
 二人なら、いつでも大歓迎だから。」
「そうよ、また来ればいいんだから。」
舞も、合いの手を入れるように言った。
「うん、また来るね。」
悠美は、ぱっと笑顔になった。
「はい、また来ます。」
光一も笑顔で言った。
「繁さん、二人を駅まで送って来ます。
 ついでに、帰りに買い物して帰ってくるから、家でのんびりしていてね。」
舞がそういうと、春繁は一瞬考えこんでから笑顔で言った。
「僕も、駅まで送っていくよ。
 買い物も一緒に行きたいし。」
「繁おじちゃんも駅まで来るの?
 やったー。」
悠美は小躍りして喜んで見せた。
「大丈夫なの?
 疲れていない?」
舞は、心配そうに春繁の顔を覗き込んだ。
「だいじょうぶだって。」
そう言って、4人は家を出た。
悠美は当然の様に春繁の手を握って、にこにこしながら歩いていた。
そして、悠美の反対に手は光一の手を握っていた。
「えー、私は?」
一人取り残された舞が、抗議の声を上げた。
「舞は、こっち。」
そういうと、春繁が空いている方の手を差し出した。
「やったー。」
舞は、嬉しそうに言うと、その春繁の手を握った。
道が空いていたので4人は手をつないで歩いて駅まで向かった。
「何か、童謡にでも出てきそうな世界だな。」
春繁は、不思議そうに言うと、舞は、春繁にもたれかかれようして言った。
「まあ、いいじゃない。
 何か幸せって感じ。」
「そうだな。」
駅に着き、舞が光一と悠美に家までの切符を買って渡した。
別れ際に悠美が、春繁と舞の前ではちきれんばかりの笑顔で言った。
「とっても楽しかった。
 私、幸せ。
 繁おじちゃん、舞ちゃん、ありがとう。
 また、くるね。」
「うん、また、いらっしゃい。」
「待ってるよ。」
「うん、じゃあね。
 今度は、お兄ちゃんもお泊りするって。」
「悠美、そんなこと言っていないよ。」
光一と悠美は、ふざけながら電車に乗り込んでいった。

二人の乗った電車を見送って、春繁と舞は駅を後にした。
「台風一過とは、このことだな。」
「そうね、急に静かになっちゃったね。」
「ああ、じゃあ、家に帰ってから大人の時間ということで、一杯飲みますか。」
「賛成!」
舞は、春繁の腕に抱きついて笑顔でこたえた。
「じゃあ、夕飯のおかず兼お酒のつまみということで、何にする?」
「うーん、たまには、アサリバターや、エイヒレ、当たり目かな。」
「それって、全部、お酒のつまみじゃないの。」
舞が、呆れた顔をして言った。
二人は、なんだかんだ言いながら、スーパーで夕飯のおかずというか、お酒のつまみを買って家に帰った。
「ねえ、悠美みたいな子どもだったらいいね。」
舞は、小さい頃から面倒を見ている悠美が可愛くて仕方なかった。
「でも、光一みたいな男の子でもいいな。」
「そうね、光ちゃん、悠美には、すごく優しくて、面倒見がいいのよ。
 そういう子でもいいな。
 ね、最初は、どっちがいい?
 男の子?女の子?」
「うーん、どっちもほしいな。」
「えっ、それって双子?」
「あはは、それも面白いかも。」
「えー、たいへんだって、誰かが行ってたわよ。」
「ああ、別に双子じゃなくてもいいし、どっちでもいいよ。
 舞の子供なら、きっと、どっちもいい子だろうし。」
そう言いながら、春繁は、そっと、舞を抱き寄せた。
「あ、ちょっと。
 まだ、明るいって…。」
「いいじゃん、昨夜は悠美がいたんだから。」
「もう、夜まで待てないの?」
「待てないの。」
「もう…」
そう言いながら、二人は重なり合ってひとつになった。

二人は幸せな時間を過ごした後、舞は身支度を整えた。
「さきに、お風呂に入ってて。
 その間に、お酒の用意と夕飯の支度をしているから。」
舞は、機嫌よく春繁に言った。
「わかった、そうするよ。
 夕飯は、お酒のつまみがあればいいから、僕が出たら、舞もお風呂入っちゃえば。」
「うん、そうするね。」
舞は、鼻歌を歌いながら、台所で支度を始めていた。
(舞は、やっぱり、いい女だな。)
春繁は、そんな舞を見て充実感のようなものを感じていた。

「なあ、立花。
 お前、南雲と付き合ってるんだって?」
新歓コンパのあと、1カ月くらいたったある日、春繁の友人がうらやましそうに声をかけてきた。
「ああ、見ての通り。」
春繁も別に隠すことなく素直に答えた。
「やっぱり、あの新歓コンパの後か。」
「ああ、お前たちがしこたま飲ませたおかげだよ。
 まったく、たいへんだったんだぜ。」
「何言ってるんだよ、嬉しそうな顔をして。
 南雲って、スタイルいいし、顔も可愛いじゃん。
 しかも性格が明るくていいって先輩が言ってたし。
 俺が送って行けばよかったな。」
「馬鹿か。
 人に押し付けて、自分たちは結局、朝まで飲んでいたんだろう。」
「違いない。
 あっ、噂をすれば。」
春繁は友人の差す方を見ると、少し離れた廊下の角から、舞が出てくるのが見えた。
舞もすぐに春繁に気が付き、万遍の笑顔を見せ、大きく手を振って速足で向かってきていた。
「いいなぁ。
 俺もあんな彼女がほしいわ。」
「確かに……。」
春繁も、輝くような笑顔を見せている舞を見つめ、つくづく思った。
「何、ジロジロ見ているの?」
いつの間にか、春繁の傍に立っている舞が怪訝そうな顔をして聞いた。
「い、いや、べつに。」
「ふーん、なんか変なの。
 あっ、田中さん、こんにちは!」
舞は、目ざとく春繁の友人を見つけ挨拶した。
「よっ!
 南雲ちゃん。
 今日も元気だね。」
「はい。
 まあ、元気だけが取り柄ですから。」
舞は笑顔で応えた。
「ねえ、繁さん。
 お昼まだでしょ?
 一緒に学食で食べない?
 田中さんも一緒に。」
「いや、僕は、学食の味はいまいちで。
 外で食べてくるから、二人で行ってきて。」
「えー、学食って安くて美味しいのに。」
「まあまあ、こいつ、意外とグルメだから。」
「意外とは、余計だって。」
田中はそう言うと、手を振りながら、二人から離れていった。
「だけど、学食のコロッケ、美味しいのになぁ。」
「まだ言ってる。」
春繁はゲラゲラと笑った。
「そんなに笑わなくてもいいじゃない。」
「わっ!」
舞の笑いながら、しっかり春繁の背中を叩いた。

付き合い始めてすぐ、二人はお互いをどう呼び合うか相談していた。
「南雲さんは、舞ちゃんかな。」
「あっ、それ皆に言われているの。」
「え?
 じゃあ、嫌?」
「ううん。
 男の人にそう呼ばれるのは初めてで、なんかこそばゆいけど、それで、お願いします。」
「了解、舞ちゃん。」
舞は、少し恥ずかしそうにしていた。
「立花さんは、どうしよう。
 立花さん?
 たち?
 春繁だから、そのまま?
 でも、なんかピンとこないなぁ。
 春さん?
 うーん。」
「あっ、ちなみに、僕の親父、『春吉』っていうんだ。」
「えー、じゃあ、紛らわしくなるから、却下ね。」
舞はそう言いながら眉間に皺を寄せて真剣に考えていた。
そんな、舞を春繁は楽しそうに見つめていた。
「あっ!」
舞は、電球にぱっと灯ったように、明るい顔になった。
「『繁さん』って、どうですか?
 『繁ちゃん』だと、なんか安っぽいし。」
「安っぽい?」
春繁は、不思議そうな顔をした。
「繁さん、繁さん、しーげさん。
 決定!
 今日から、あなたは『繁さん』です。」
舞が嬉しそうに言うのを見て、春繁は二言もなく頷いた。

春繁はゆっくりとお風呂で時間を過ごし、出てきたころには、テーブルにアサリバターや燻った当たり目、そして、アジの開きなどが並んでいた。
舞は、春繁を見ると、どうだと言わん顔でテーブルを指さした。
「おお、りっぱな食卓だ。
 さあ、お風呂に入っちゃいな。
 お酒飲むの、待っているから。」
「いいわよ、私時間が掛かるから、先に飲んでいて。」
舞は、そう言ってお風呂場に消えていった。
春繁は、夕やけから夜のとばりが降りようとしている外の風景をぼーっと見つめていた。
(いい感じだな。
 舞と居ると、心地いいし。
 後は、悠美や光一みたいな家族が増えると、楽しいだろうな。)
そんなことを考えながら、ぼーっと涼んでいると、ぱたぱたと舞が御風呂から出てきた。
「あら、繁さん、待っていなくていいって言ったのに…。」
「いいじゃないか、湯上がりの色っぽい奥さんと晩酌なんて、おつじゃないか。」
「えー、何か繁さん、エロ爺さんみたいなこと言って。」
舞はけらけらと笑って言った。
確かに、お風呂上がりで上気した顔の舞は、年相応の色気があり、春繁は食い入る様に舞の顔を眺めていた。
「もう、そんなに見ないで。」
舞は、恥かしそうな顔をして、台所にいった。
「ねえ、ビールと日本酒、どっち、飲む?」
「そうだね、お風呂上がりだから、まずは、ビールと行こうか。」
「賛成!」
舞は、台所から冷えたビールとコップを2つもってきて、一つを春繁に手渡し、ビールを注いだ。
春繁も、ビールの瓶を舞から受け取り、舞のコップにビールを注いだ。
「かんぱーい。」
二人は、各々、ビールを飲んだ。
「おいしー、喉、カラカラだったの。」
「やっぱり、最初の一口は、たまらないよな。」
「うん。
 あと、冷酒も買って、冷やしてあるからね。」
「おお、よく気が付く奥さんだ。
 最高だね。」
「うふふ、ありがと。」
二人は、ゆっくりお酒を飲んだり、つまみを食べて、休日を満喫していた。
「そうそう、悠美たちは無事に着いたのかな?」
「あ、ごめんなさい。
 繁さんが御風呂に入っている時、悠美から『着いたよ』コールがあったの。
 すごく、楽しかったって。」
「そうか、それならいいや。」
「繁さん、お疲れ様でした。」
舞が春繁を労うと、春繁も舞を労った。
「舞の方こそ、いろいろとご苦労様でした。
でも、今回は、夜中に悠美に蹴られなかったなぁ。」
「あら、私は、しっかりパンチをもらったわよ。」
二人は、悠美が来てから帰るまでのことを思い出すように、笑いながら話し合っていた。
夕飯の片付けも終わり、春繁と舞は布団に横になった。
舞は、ふざけて布団の上を転がって、春繁に体当たりをした。
「いたっ!
 もう、悠美と違って、大きい子供なんだから。」
春繁は笑いながらいった。
そして、舞が自分の布団の方に戻ろうとした時、その腕を掴んで、自分の方に抱き寄せた。
「えっ?」
舞は、びっくりしたように、春繁を見つめた。
「うーん、色っぽい奥さんが尋ねてきたら、お構いしないわけにはいかないでしょ。」
春繁は笑顔で、舞を抱きしめた。
「だって、さっき…。」
「さっきは、さっき。
 今は、今。」
「けだものぉ。」
「がお。」
「繁さんて、ひょっとして、私の身体が目当てで結婚したの?」
「身体も心も、全部だよ。」
「もう。」
舞は抗うことなく、逆に、春繁に抱きついていった。
そうして、また、二人の幸せな時間がめぐってきた。
いつまでも、いつまでも、と言わんばかりに。
DATE: CATEGORY:第5章 悠美の楽しみ
「いやだなー。
 雨の日って、外で遊べなくて。」
悠美が、窓の外を眺めながらつぶやいた。
「あら、でも、お百姓さんには、大事なのよ。」
舞が、笑いながら答えた。
「それはそうだけど。
 それなら、普通の日に、そうそう、体育のある日に降ってほしいな。」
いつものように、悠美が春繁と舞のアパートに遊びに来ていた。
「ん?
 悠美は、体育が嫌いなの?」
「その時によって。
 ドッチボールとかは好きなんだけど、体操や徒競走なんかは嫌だな。」
「まあ、それもそうね。
 私もそうだったかしら。
 でも、この季節はプールじゃなかった?」
「う、うん。」
「プール嫌い?」
「ううん。
 でも、この前、授業の時に、おおっきな蛾が浮いていたのよ。
 信じられない。
 思い出しただけで、ブルブルものよ。」
「あら、悠美でも苦手なものあるのね。」
悠美は、好奇心が旺盛で、虫も大概のものは平気だった。
「グロテスクなのは嫌!」
「あははは。
 さあ、気分を変えて、ゼリー作ったの。
 そろそろ固まっているかしら。
 食べる?」
「うん!
 舞ちゃんて、お料理上手だもんね。」
土曜日の昼下がり、悠美が遊びに来ると前日に連絡があったので、舞は悠美に食べさせようと用意していた。

「ねえ、この大きなケースはなに?」
悠美ははやの片隅に立て掛けていたギターケースを指さして言った。
「ああ、それ。
 それね、繁さんのよ。」
そう言うと舞は、ギターケースを横にして、ケースのロックを外し、ふたを開けた。
悠美は、なんだろうという顔をして、そのケースの中を覗き込んだ。
「あっ、知ってる。
 これって、ギターでしょ?」
「そうよ。
 アコースティックギターっていうの。」
「わー、このギター、まん丸太ったところに綺麗な鳥さんの絵がある。」
「まん丸太ったところ……。」
舞は、悠美の形容の仕方に絶句してしまった。
「ねえねえ、これって、どうやって鳴らすの?」
「ん?
 これはね、こうやって持って……。」
そう言いながら舞は胡坐をかき、その中にギターを置いて“ジャララーン”と指で弦を撫でて鳴らして見せた。
「わっ、びっくりした。」
悠美は、ギターの音に思わずびっくりして見せた。
「ギターはね、一つずつ、ドレミファソラシドを奏でることも出来るし、6本の弦で一つのコードを奏でることが出来るのよ。」
「コード?」
「あはは、悠美には難しいわよね。
 私も説明が下手だから、繁さんが帰ってきたら教えてもらいなさい。」
「はーい。
 でも、この鳥さん、きれい。」
「そうなのよ、私もこの鳥が気に入っているの。
 カラフルで、きれいでしょ。」
それは、普通のハミングバードのピックガードではなく、特別仕様でカラフルな色で彩られたハミングバードだった。

それは、舞と春繁が大学生の時。
二人は映画を見た後、レストランを捜しに街をぶらぶらしていた。
「やっぱり、ロッキッキーは最高だよな。」
「えー、女の子を誘ってみる映画なの?
 もっと、ロマンチックな映画を見に行くと思った。
 しかも、散々、殴り合ったあとに、『えんどりあ~ん』でしょ。」
「それがいいの。」
「ふーん。
 まだ、燃えよドランゴの方がいいわよ。
 『おちゃー』ってね。」
そういって、舞は春繁のお腹にふざけて空手チョップを見舞った。
「同じじゃん。」
春繁は、笑いながら舞のチョップを受け止めた。
「あら?」
舞は、楽器屋のショーウィンドウに目が釘付けになった。
「ん?
 どうしたの?」
「繁さん、あれ、あれ見て。」
舞が指さした先には、ショーウィンドウの中にフォークギターが飾ってあった。
そのアコースティックギターのピックガードには、今まで見たことのないカラフルできれいな模様の花の蜜をついばむような鳥の絵が施されていた。
「ああ、これってギブスンのハミングバードだね。
 でも、模様が普通と違い、カラフルできれいだね。
 ほら、その横にあるのが普通のハミングバードだよ。」
横には茶色のピックガードに鳥の模様が黄色っぽい線で描かれたギターが飾られていた。
「きれいねぇ。
 すてき。」
舞は、そのカラフルなハミングバードにくぎ付けになっていた。
春繁も、そのギターを覗き込み、横の正札に目をやり、思わず声を上げて。
「うわっ!!」
「えっ?
 どうしたの?」
舞は、きょとんとして、春繁を見あげた。
春繁は、何も言わずにそのギターの正札を指さした。
「20万……。」
舞も途中から言葉にならなかった。
「でも、きっと、良い音色よね。」
「それはそうだろう、ギブスンだから。」
「ねえ、中に入って、触ってみましょうよ。
 触るだけなら、ただなんだから。」
そう言って舞に引っ張られながら、春繁はお店の中に入っていった。
そして、お目当てのギターを店員に確認してから、持ち上げ、軽く音を出してみた。
「……。」
「……。」
二人は、あまりにきれいな音に思わず聞きほれてしまった。
その後、店員から月賦も組めると勧められたが、二人は這う這うの体で店を後にした。
「でも、値段だけあるな。
 良い音だった。」
「本当。
 それに、あの鳥の模様、すごくきれいだったわ。」
「そうだね。」
そう言って、二人は映画の話をそっちのけに、ギターの話で盛り上がりながら喫茶店に入った。
「そうそう、舞。
 今度の学際で、バンドのボーカルやらない?」
春彦たちの入っているサークルは音楽研究会(音研)で、学際ではバンドを組んで生演奏のコンサートをだいだいやっていた。
「ボーカルのなり手が無くてさ。」
「ぱす!」
舞は、あっさりと春繁の勧めを却下した
「私、歌上手くないし、人前で歌うの絶対に無理!!」
「えー、舞って声いいじゃん。」
「歌聞いたことないでしょ。」
「でも、声量ありそうだし、きれいな声だから、絶対、歌上手いと思うよ。」
「だめー!」
「そうか?」
「絶対、ダメ―!」
そう言って、舞は身体の前で腕を交差させバツ印を作った。
「じゃあさ、今度、僕の伴奏で歌ってみない?」
「ええ?
 繁さんの伴奏って、エレキベースじゃない。
 そんなんで、歌えません。」
舞は、ぷいっと横を向いた。
「そうかな……。
 確かにベースだけじゃ歌いにくいかな。」
「そうよ、いくら繁さんがベース上手くても、スリーグリズリーズなんて伴奏できないでしょ?
 アババは?」
「うっ、いきなりハードルをあげたね。
 でも、アコースティックギターなら出来るか。」
「え?
 繁さん、アコギ弾けるの?」
「ああ、サークルに置いてあるのをたまに弾いてるよ。」
「ふーん。
 じゃあ、アババやビトールズも弾けるの?」
「ああ、練習すればね。」
舞は、目を輝かせて言った。
「じゃあ、じゃあ。
 今度、私に聞かせて。
 二人だけなら歌ってもいいから。」
「えー、バンドでは?」
「いや!
 繁さんの伴奏で、繁さんにだけならいいの!」
春繁は、舞にそう言われ、半分嬉しかった。
(繁さんにだけならいいの)
「わかった。
 ともかく、アコギでいろいろ弾けるように練習するわ。」
「わーい。
 何か楽しみ!!」
舞は、上機嫌だった。
舞は、春繁と二人っきりで色々なことをしてみたかった。

それから何を思ったのか、春繁はあまりサークルに顔を出さなくなっていた。
「あら?
 今日も、繁さん、来てないんですか?」
舞は、怪訝そうな顔をして、サークルのメンバーに聞いた。
「立花、最近、バイトを入れていて、忙しいんだって。
 舞ちゃん、何か聞いてない?
 そろそろ、夏休みに入るから、秋の学際のバンドと曲をどうするか相談したいんだけど。」
「そうなんですか……。」
舞は、春繁がバイトを始めているのが腑に落ちなかった。
(私を避けているのなら、学校であってもあんなんじゃないし、電話しても、いつもと変わらないし。
 どうしちゃったんだろう)
春繁のバイトはどんどん激しくなり、夏休みに入るとプールの監視員のアルバイトを始め、朝から晩まで働いていた。
ただし、週に一度、バイトが休みの日は、舞とデートをしていた。
「ねえ、繁さん。
 どうしたの?
 最近バイトばかりで、サークルの先輩たち困っていたわよ。」
「ああ、皆、秋の学際をどうしようかだろ?
 いつも、僕を頼りにしているから、いい機会だから、自分達で考えてもらおう。」
春繁は笑いながら言った。
「笑い事じゃないと思うけど……。
 で、どうして、そんなにバイト一生懸命やっているの?
 ご両親の具合が悪いとか。
 だから、お金に困っているとか?」
舞は、心配そうな顔をして言った。
春繁は、そんな心配そうな舞の顔を見て、しばらく考えてから言った。
「うーん。
 実はね、アコースティックギターを買おうと思って、バイト始めたんだよ。」
「え?
 アコギ?」
「うん。
 ほら、この前、楽器屋のショーウィンドウに飾ってあったハミングバード。」
「えー、あれって、素敵だけど、すごい値段じゃない。」
「ああ、だからね、夏休みに集中して稼いで、足りない部分を夏休み以外に稼いでね。
 計算したんだけれど、夏休みに10万ちょっと稼げるでしょ。
 後は、半年くらい平日の午後にバイトを入れれば買えるんじゃないかなって。」
「どうして、あのギターなの?」
「だってさ、僕の演奏なら舞は歌ってくれるって言ったじゃない。
 舞の歌、聞きたいし、それには、舞の気に入ったギターで!
 と、思ってさ。」
それを聞いて、舞は目頭が熱くなった。
「そんな。
 そのために、そんなに頑張って。
 疲れてない?
 私、どんなギターでもいいわよ。」
舞は切なそうな顔をしていた。
春繁は、そんな舞の顔をみて、顔を左右に振った。
「大丈夫。
体は丈夫だし、逆にプールは目の保養に……!!」
春繁は、舞の顔つきが変わったのを見て、はっとした。
「目の保養?
 それって、女の子の水着姿ってこと?
 この私がいるのにぃ!!」
舞の目が吊りあがり、頬の筋肉が痙攣した様に動いていた。
「ちょっ、ちょっとさ。
 いや、私がいるのにって!!
 まだ、結婚もしていないじゃないか。」
「結婚?
 そんなこと関係あるの?
 ちょっと気を許すとー!!」
舞は、最後までいうことなく、平手で春繁の頭をぴしっと叩いてさっさと、歩いて行ってしまった。
「ちょっと、舞。
 待ってくれ。」
春繁は追いかけて、舞の腕を掴んで振りむかせた。
振り向いた舞の顔は険しい顔になっていた。
「今日は、帰ります!」
舞にぴしりと言われ、春繁はどぎまぎしながら手を離さざるを得なかった。
その日は、それで喧嘩別れをした格好になっていた。

翌日、春繁は、いつものようにバイト先のプールに出勤した。
朝の朝礼の時、責任者から話が合った。
「えっと、今日からもう一人、バイト仲間が増えました。
 皆、宜しくね。
 じゃあ、南雲さん、あいさつして。」
(え?
 南雲?)
春繁がびっくりし、視線を新しいバイトの娘に目をやると、そこにはセパレートタイプの競泳用の水着を着た舞が立っていた。
「ま…い…。」
啞然とする春繁を横目に、舞は元気よく挨拶をしていた。
「今日から一緒に働きます、南雲舞です。
 よろしくお願いします。
 特に、立花さん、お願いしますね。」
「え?
 立花君と知り合いなのか?」
責任者はそういうと、舞の面倒を見るように、春繁に言った。
「舞、どうして?」
春繁は、おどおどしながら尋ねた。
「詳しい話は、また後でね。
 知らない女の子に、鼻の下伸ばしていたら、あとで蹴っ飛ばすからね。」
舞は、そういうと悪戯っぽく笑顔でウィンクした。
(しかし)
春繁は、舞の水着姿から目を離すことができなかった。
水着になると、舞は細身だが均整の取れた身体とくびれるところはくびれ、出るところは出ている抜群のスタイルだった。
しかも、もともと化粧っ気が少ないがなかなかの美人の上、若くはつらつとした笑顔は人を引き付けるものがあった。
「何を、まじまじ見てるの?
 ささ、仕事仕事!!」
舞は、春繁に”じー”っと見つめられ、照れ臭そうに言った。
春繁は、初めは喜んだがすぐに監視員の仕事が一つ増えたのを後で痛感することになった。
プールの男性客が、常に舞に声をかけて来るので、そちらの方の監視も必要になっていた。
特に、休憩時間、監視員の仕事の一つで。プールの底に落とし物や何か落ちているかお客が上がったプールの中を調べる時、舞はきれいな飛び込みと泳ぎを見せ、プールサイドから歓声が上がるほどだった。
「あの娘、素敵ねぇ。」
思わず女性客からも感嘆の声が漏れた程だった。
その日のバイトの帰り道、春繁がプールの通用口から出てくると、先に上がっていた舞が待っていた。
「繁さん。
 一緒に帰ろう。」
春繁は、昨日の今日だったので、嬉しさいっぱいだった。
何よりも、舞の笑顔で舞い上がらんばかりだった。
「おん。」
春繁は、何を言っているのかわからずに答えた。
「おん?
 何、それ。」
舞は大笑いで聞き直した。
「いや、えーと……。
 『おお』と『うん』がごっちゃになって。」
「それでは、『はい』はどこへ行ったのかな?」
「はい。」
舞は笑いながら春繁の横に来て、肩を並べて歩き始めた。
「なあ、舞。」
「ん?
 なぁに?」
「いや、あのさ。
 何で、プールのバイトなんて、やる気になったの?
 いつ決めたの?」
「えー?
 昨日に決まっているじゃない。
 繁さんを他の女の子に取られないように見張っていなくちゃと思って。
 昨日、別れて、すぐにここに来て、バイトさせてくださいって頼んだのよ。
 もう、履歴書とか途中で買って、なんとか係りの人に頼み込んで大変だったんだから。」
舞は、一生懸命、苦労したことを報告した。
(舞は、大変だったろうが、採用する方は、ねがったりかなったりで、即決だったんだろうな。)
春繁はそう思うと、採用係の花の下を伸ばし切った顔を想像し、苦笑いした。
「まあ、それは冗談だろう。
 で、本当は、どうして?」
「えー、半分は、本当よ。」
『半分は本当』をいう言葉を聞いて、春繁は、さらに嬉しくなっていた。
「で、あと半分はね。」
「半分は?」
「ハミちゃんを買うのを手伝おうと思って。」
「『ハミちゃん』って、あのアコギのこと?」
うんと舞は頷いた。
「もともと、私が気に入ったギターだし、それで、伴奏してくれるんでしょ?
 なら、私も手伝って、早く買って、二人でコンサートやりたいし。
 あっ、コンサートって、二人きりだからね。」
「舞……。」
春繫は、いじらしいまでに可愛い舞を抱きしめたくて仕方なかった。
「だからね、夏休みはずっと一緒よ。」
「まいー。」
「きゃっ、繁さん、なんで泣いているの?」
春繁は、感動のあまり泣き出していた。
(こんなに可愛い、いい女性が僕のために……)
そう思うと、涙が止まらなかった。
「繁さん、ほら、ハンカチ。
 涙を拭いて。」
舞はおろおろしながら、ハンカチを差し出し、春繁をなだめていた。
それから、その夏休みはバイトではあったが、二人はずっと一緒だった。
バイト中、舞はいろいろ男性たちから声を掛けられ、春繁はハラハラしたが、舞には全くその気がなく、軽くあしらっていた。
また、プールの営業時間が終わった後、プール会社の社員から飲み会だの、誘われていたが、舞は、お金を貯めるためにバイトしていると言って、頑として誘いを断っていた。
予断だが、その年の夏休みのプールの入場者数は、暑いせいもあったが、最高を記録し、その記録は今でも破られていないほどだった。
DATE: CATEGORY:第5章 悠美の楽しみ
夏休みが終わり、春繁と舞がサークルに顔を出すと、周りの皆が二人の真黒に日焼けした姿にびっくりするほどだった。
そして、授業が始まり、夕方から、また二人はバイトにせいを出す生活を送っていた。
学園祭が終わり、秋も深まったころ、念願の購入資金が溜り、二人はいそいそとお気に入りのハミングバードが置いてあった楽器屋に向かって行た。
「舞、今気が付いたんだけど、あれから何か月か立っているじゃないか。
 売れていたら、どうしようか。」
春繁は、当たり前のことを今更心配していた。
「大丈夫よ。
 まだ、お店にあるから。」
「え?
 何でわかるの?」
「えへへ。
 内緒。」
舞は、買うと決めた夏休みのバイトの日から、毎日のように足げに楽器屋に通い、売れていないかを確認していた。
そして、いつしか、楽器屋の店員たちと仲良くなり、事情を話して、自分たちが買いに来るまで、誰にも売らないでくれと頼み込んでいた。
最初は難色を示していた店員も舞の熱意に根負けし、舞がお金が出来ると言った月までの期限付きで、売らないで取っておくと約束をしていた。
喜び勇んで買った春繁が、その話を聞いたのは少し後のことだった。
「ねえ、繁さん。
 ちゃんと、『ハミちゃん』あったでしょ?」
「ああ、奇跡か、それともギターの神様の導きかだね。」
「ねえ、今すぐは弾けないんでしょ?」
「ああ、弦を張り替えて、チューニングして少し練習してからかな。」
「じゃあ、今度の土曜日に、あそこ!
 桂川レイクサイドパークに『ハミちゃん』持って行かない?
 そこで、お披露目。
 ね?
 いいでしょ?」
舞は、ギターを持つ反対側の春繁の腕に抱きついた。
「え?
 うん、いいね。
 ただし、天気が良ければね。
 ギターに水は厳禁だから。」
「わかっているわよ。」
舞は、春繁の腕を振り回しながら、嬉しそうに言った。
春繫は、舞に抱きつかれた時の柔らかい感触が忘れられなかった。

その土曜日、秋晴れの格好のピクニック日和だった。
桂川レイクサイドパークは、川岸の広大な土地を整備し、憩いの場として遊びに来る人たちに公開している公園だった。
春繁は、約束の時間のだいぶ前にたどり着き、入り口の辺りでギターを抱えながら舞を待っていた。
それから、程なく、舞も待ち合わせの時間より早く、大きなバッグを持ってやってきた。
「あー、繁さん、早―い。
 ごめんね、待った?」
「いや、少し前に着いたから、そんなに待っていないよ。」
「なら、良かった。」
舞は、息を切らせていた。
「でも、舞。
 どうしたの?
 そんな大きな荷物を持って。」
春繁は、舞の大きなバッグを見て言った
「え?
 ああ、これ?
 今日、天気いいでしょ。
 だから、外でお昼を食べても気持ちいいかな?って思って、お弁当作ってきたの。」
「え?
 舞が?」
「そうよ。
 なあに?
 私じゃ、不満だって?」
「滅相もない。
 その逆、その逆。
 楽しみだなって。
 舞って、料理するんだ。」
「また、そんなに馬鹿にして。
 両親が仕事で忙しい時、私がご飯を作っているんだから。
 両親と兄夫婦でしょ、それにたまに家に帰って来る妹の分も。」
舞の家は、自営業を営んでいた。
舞と10歳以上年の離れた兄の清志が家業を手伝い、その兄も結婚したが、仕事が忙しく兄嫁の敏子も家業を手伝っていた。
その内、光一と悠美が生まれ、必然的に舞は家事と子守を率先して引き受けていた。
「舞ちゃん。
 いつもごめんなさいね。」
「敏子さん、気にしないで。
 光ちゃんと、悠美は全然手が掛からないから。」
舞は、いつもそう言っては光一と悠美にまとわりつかれ、まんざらではなかった。
舞の妹は、天真爛漫な性格でその時代では珍しく、高校から海外の学校に留学したりして、あまり、家には寄り付かなかったが、姉妹中はすごく良かった。

「そうなんだ。
 それは、悪かったね。
 ごめん。」
春繫は、悪いと思ったら、必ず謝るタイプで、そういうところも舞にとっては魅かれるところだった。
「うん。
 でも、テレビに出てくるようなお重じゃないから、あんまり期待しないでね。」
「いや、思いっきり期待しているよ。」
「もう。」
二人は、笑いながら公園に入っていった。
公園は広く、様々なテーマごとに区画がわかれていた。
子供向けに遊具があるところ、ファミリー向けにバーベキューができる広い芝生、恋人たちの語らいの場にもってこいの、川岸の眺めのよい憩いの場などで、舞たちは、その憩いの場に向かった。
「あっ、繁さん。
 あそこあそこ。
 ベンチも空いているし、他から少し外れているから、ギター鳴らしても迷惑にならないわ。」
春繁は、舞の指さす方を見つめた。
確かに、区画の隅で周りにベンチがなく、かといって、川岸から、対岸の山々の景色が楽しめる場所だった。
「ねえ、早く行かないと、取られちゃうよ。」
「おお、わかった。」
そう言って、二人は手を取る様にベンチに向かい腰掛けた。
「さて、まず、何からしようか。」
「そうね。
 まず、『ハミちゃん』で、何か演奏してみて。」
「OK!」
そういって春繁はギターケースから真新しいハミングバードを取り出した。
「わー、やっぱり綺麗!」
舞は、ギターとピックガードに描かれているハミングバードにくぎ付けになっていた。
春繁は、『いえすたでえ』と『夢のキャリホルニア』を歌を添えて演奏した。
ハミングバードから流れる音は、きれいで澄み切ったような音がした。
舞は、そのアコースティックギターの音と、そのギターの音になぜかマッチしているような春繁の声に聞き入っていた。
そして、曲が終わると、やんややんやと言わんばかりに拍手してみせた。
「やっぱり、いい音だろ?」
「そうね。
 素敵。
 でも、繁さんの歌もまあまあね。」
舞は、そう笑いながらいうと、春繁は照れたように頭をかいた。
「じゃあ、今度は、舞の番ね。」
「え?
 うん、わかった。
 ちょっと、発声練習するね。
 まずは、口を潤してっと。」
そういうとバックからゴソゴソと水筒を取り出し、中のお茶をコップに注いで一口二口飲んだ。
「繁さんも、喉乾いていない?
 歌ったばかりだし。」
そういうと、新しいコップを出して、お茶を入れ春繁に差し出した。
「さんきゅう。」
そう言って、春繁は渡されたコップのお茶を口に含んだ。
「あー、あー。」
舞は、手をお腹の前で組み、声を出し始めた。
最初は、軽く、声を出す程度だったがその内喉が温まってきたのか、いきなりオペラ歌手のような発声練習を始めた。
「あー、あー、あああー!」
舞の声は澄み通るようなきれいな声で、声量もあり、さらに春繁を驚かせたのは何オクターブも上げ下げができることだった。
「すっ、すごい……。」
春繁は、舞の発声練習を聞いただけで、目を丸くしていた。
舞は、そんな春繁を見て、発声練習を止め、顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「どうしたのって、舞、その声。」
「え?
 やっぱり、変だった?
 だから私人前で歌うの嫌だったの。
 へたっぴぃだけど、勘弁してね。」
舞は、ぺろっと舌を出して、すまなそうに言った。
「い、いや、その逆。
 まるで、声楽家みたいなすごい声してるって。」
春繁は、明らかに舞の声を聞いて興奮していた。
「えー、何言っているのよ。
 そんな大げさな。」
舞は謙遜している訳ではなく、本心から言っていた。
「じゃ、じゃあさ。
 早速、合わせてみようよ。」
「うん。」
「何が歌える?」
「えー、逆に何が演奏できるの?
 演奏できなきゃ意味ないじゃない。」
舞は笑いながら言った。
「それもそうだね。
 うーん。
 じゃあ、カーペンタワーズは?」
「うん、だいたい知ってるわよ。
 イェスタデイワンスモーとか。」
「ヨーミンは?」
「知ってる知ってる。
 結構好きなの。
 ほら、お菓子のCMで流れた『やさしさに包まれてなら』とか。」
舞がそう言うと、春繁は、その『やさしさに包まれてなら』のフレーズを弾き始めた。
舞はそのフレーズを聞いて、ニコッと笑って歌い始めた。
その声は、ギターを弾いている春繁を楽しくさせた。
「じゃあ、これは、どう?」
そういうと春繁は軽快なフレーズを弾き始めた。
「知ってるわよ。
 ジャンバタヤでしょ。」
そういうと、舞は英語の楽曲もすらすらと歌い始めた。
その歌は、最初の歌といい人を弾きつける歌声だった。
「じゃあ、これは?」
そんなこんなで、10曲近く、次から次へとセッションし続けた。
春繁が、どんな曲を持ち出しても、それが日本語の楽曲だろうが英語の楽曲だろうが舞は苦にしなかった。
「すごいよ、舞。
 やっぱり、歌が上手いし、すごくいい声だよ。」
「ええー?
 そうなの?
 繁さんのギタテクがいいからじゃない。
 それに『ハミちゃん』の音がいいからじゃない。」
「いや、そんなことない。
 舞の歌は最高だ。」
春繁に真面目な顔で言われ、舞はどぎまぎした。
「それに、どれだけ曲を知ってるの?
 歌詞も全部わかるみたいだけど。」
「うん。
 私、歌が好きで、いつもラヂオを聞いて口ずさんでいるから、自然と覚えたのかしら。」
「ふーん。」
春繁は、ひたすら感心していた。
舞は、10曲近く歌っていたが、嫌な顔一つせず、ケロッとして、たのしそうにしていた。
「そうそう、繁さん、お腹空かない?」
「え?」
舞に言われ、確かにお腹が空いていることに気が付き、腕時計を見てみた。
春繫の腕時計は1時を回っていた。
「え?
 もうそんな時間?
 ここに来てから、もう2時間以上たっているんだ。」
「そうよ。
 でも、楽しいから、あっという間。」
舞は、そう言いながら、ごそごそとバッグからお弁当を出だしていた。
「道理で、お腹もすいたところだ。
 舞も、お腹空いたろう?
 ごめんな、僕ばっかり楽しんで。」
「何言ってるのよ。
 私も楽しいって言ったばかりじゃない。
 ねえ、何食べる?
 定番の唐揚げと卵焼きでしょ。
 それに梅干しのおにぎりとね、たこさんウィンナー。
 ブロッコリーのベーコン焼きでしょ。
 あとね……。」
「いったい何品作ってきたの?」
まだまだ、献立が続きそうだったので、春繫はあ然としていた。
「冗談よ。
 あとは、ポテトフライとミニトマトよ。」
「でも、すごいな。
 あっ、僕は梅干しのおにぎりが大好きなんだ。」
「まあ、良かった。
 たくさん食べてね。」
春繁は、舞から渡されたおにぎりを頬張った。
「う、うまい!!
 この握り方も絶妙だし、梅干しもおいしいよ。」
「えへへ、そうでしょ。
 その梅干し、自家製よ。
庭の梅の木になった梅を毎年梅干しにしているの。
これでも、私が作っているのよ。」
「へえ。」
春繁は感心しながら唐揚げや卵焼きに手を出した。
どれも、春繁にとっては、どれもすごくおいしいご馳走で、味わうたびに「うまい、うまい」を連呼し、舞を喜ばせた。
そして食事が終わると、たくさん作ってきたお弁当が見事に空になっているのを見て、舞は小躍りして喜んでいた。
「わあ、全部食べたわね。」
「ああ、どれも最高に美味しかったよ。
 ご馳走様。」
「はい、お粗末さまでした。」
舞は、ニコニコしながら片づけをした。
その後、また二人はギターを伴奏に、プチコンサートさながら、セッションを繰り返していた。
「ふう、少し疲れたね。」
ギターの手を止めて、春繁は舞の方を見た。
秋も深まり、当たりはもう、日が傾いていた。
その夕日に舞が照らされていた。
舞はジーパンに白いフリルのついたブラウス、その上に赤いカーディガンを羽織っていた。
髪はいつもの肩までのウルフカットで、ほとんど化粧っ気もないが、血色の良い顔が活発さを醸し出していた。
それと同時にやさしい笑顔が女性らしさを強調していた。
「あ…。」
「ん?」
舞が春繁の方を向くと、夕日に照らされた舞の顔、特に茶色の澄んだ瞳がとても愛らしく見えた。
舞のからは、やはり夕日に照らされた春繁がドキッとするほどカッコよく見えていた。
春繫は、そっとギターを横に置き、舞の名前を呼んだ。
「舞。」
「なあに。」
そう言いうと、二人は自然と顔を近づけていった。
そして、目を閉じ、そっと二人は唇を合わせた。
唇を離し、春繁が目を開けると、舞は笑顔だったが涙ぐんでいた。
春繫は、その理由がわからず、あわてていた。
「え?
 あ、ごめん。
 びっくりした?
 いやだった?」
しどろもどろになっている春繁を舞は微笑みながら見て、首を横に振った。
「ううん。
 その逆!
 私、男の人に、こんな感情を持ったの初めてだし、信じてくれないかもしれないけど、今まで誰とも付き合ったことも、手を触れたこともないのよ。」
舞は、活発そうに見え男友達も多そうに見えがちだったが、そんなことは一切なく、好意を持てる男性がいなかったのと、家事と子守の方が楽しかったので、男友達は皆無だった。
春繁の方も家が田舎だったのと、バイトやエレキベースに明け暮れ、周りは華やかなカップルが溢れていたが、その流れに思いっきり乗り過ごしていた。
そんな二人だったので、お互いが意識した初めての異性だった。
なので、付き合い始めて半年、二人にとって正真正銘、ファーストキスだった。
「いや、信じる。
 僕も、同じさ。」
「えー、そうなの?
 繁さんて、女性にもてそうなのに?」
「何言ってるの、舞だって同じだよ。
 美人だし、スタイルいいし。」
「ありがと。
 でも、繁さんもかっこいいわよ。」
そう言い合いながら、先程まであった二人の距離がなくなり、肩を寄せ合うようにベンチで座っていた。
春繫は、寄りかかる様に体を預けている舞から、暖かい体温とともに何とも言えない女性のいい香りを感じていた。
舞も、寄りかかりながら春繁の見かけは細身だが寄りかかるとたくましく熱い身体、また、男臭さではなく、抱かれていたくなるような臭いを感じ、うっとりとしていた。
「なあ、舞。」
「ん?」
「舞は、本当に僕でいいの?」
舞は、小首をかしげて春繁を見ていた。
「僕は舞がいればいい。
 いや、舞じゃなければ、だめだ。
 だから舞にずっと傍にいてほしいんだ。」
「ほんと?
 私も!
 繁さん、大好き!!」
舞がうれしそうに言うと、春繁の胸に飛びついた。
春繁も、しっかりと舞を抱きしめ、二人は黙って、再び、唇を重ね合わせた。
それは、最初のキスよりも何倍も長い時間をかけ、お互いの気持ちを確かめ合っているようだった。

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