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梅星

Author:梅星
社会人になっても、いつもいろいろな空想の世界を思い描いていました。
その中で、ずっと書きたかったお話(小説)をブログという世界を使って紹介させていただきます。
無理なく肩の力を抜いて続けていきたいと思いますので、楽しんでいただけたらと思います(毎週更新予定です)。
初めて読まれる方は、『あらすじ』も並行して読んでいただければ、読みやすいかと思います。
お楽しみください。

尚、文中の登場人物、会社等すべてフィクションです。


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DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
男が目にした春彦は、眼の光もなく、唇の両端がⅤの字に待ちあがった残忍な獣、いや、冷酷な魔物と言った方が当たっていた。
男はあまりの恐怖に息をのんだ。
「あ…、ひ…。」
そしてその場を逃げようとしたが、体は言うことを利かず、只々立ちすくみ、自分が哀れな生贄だと観念した様だった。
華枝は、得体のしれない空気から、そばに見てはいけないものがそこにいると直感し、春彦に背を向けたまま目をぎゅっとつぶっていた。

春彦は、男の方にゆっくりと右手を伸ばした。
男は春彦の右手が近づいてくるのを、鞴(ふいご)の様な息遣いで凝視していた。
春彦の右手は男の右手に握られている華枝の生徒手帳を掴み、取り上げると、男に向かって甲高く、そして声にならない声を発した。
男はその声を聞いて、心臓を握りつぶされたように感じ、その場に倒れ込んだ。
華枝も、その声に恐怖し、両手で耳を塞ぎ、眼を力いっぱい閉じ、ひたすらしゃがみ込んだ姿勢で震えていた。

その時、生暖かい風が華枝をするり抜け、春彦の方に流れてきた。
その風の中には、若い女性、華枝の匂いが混じっていた。
その匂いは、男を興奮させるような匂いだった。
春彦は、何も言わずにしゃがみ込んでいる華枝を見下ろした。
華枝はよく見ると、おさげの様に髪を二つに分けリボンで結んでいたので、白いうなじがしっかりと見えていた。
また高校生でありながら、体つきも中肉中背で胸や腰回りも十分に成熟していた。

「ぐぅ…。」
春彦は、小さく唸り声を上げ、自分の下半身が熱く、硬くなるのを感じ、女性に対する欲求を我慢できなくなっていた。
そして、一歩一歩華枝に近づき、華枝の背後にしゃがみ込み、右手に持っていた華枝の生徒手帳を左手に持ち替え、空いた右手で、華枝の二つに分けた紙を結んでいたリボンに触れ、ゆっくりと解いた。
リボンが取れた黒髪はさらさらと肩にかかっていった。
「ひぃ!」
華枝は小さく悲鳴らしき声を上げた。
春彦は、その解けた髪を右手で弄ぶように掴むと、自分の鼻をその髪につけ、すぅっと匂いを嗅いだ。
華枝の髪は、シャンプーの甘い香りがし、春彦の下半身をさらに刺激させた。

春彦は、そのまま華枝のうなじに顔を近づけ、匂いを嗅ぎながら、右手で華枝を抱きしめようと手を伸ばした。
「…さ…いで…さ…。」
その時、華枝の口から何かことばが漏れた。
春彦は右手を止め、耳を凝らしいた。
「お願い…です…。
 何でも…、します…から、殺さない…で…、くだ…さい…。」
華枝の口からは恐怖で震えた声で、助けを請う言葉が漏れていた。

それを聞き、恐怖に震えて華枝の後姿を見て、春彦は顔を歪め、華枝の胸ポケットに生徒手帳を押し込んだ。
恐怖の頂点に達していた華枝はいきなり胸に何かを差し込まれる感触を感じ、ついに失神して、その場に頭から倒れ込んでいった。
しかし、倒れ込む華枝を、春彦は、右手で支え、そっとその場に横たえた。
月明かりに照らされた華枝の顔は、可愛らしく、男に好かれる顔立ちだった。
春彦は、そっと立ち上がると周りを見渡し、何かの気配を探っていた。
そして、気配のする方向に、手近に合った木の枝を拾って投げた。

木の枝は、弧を描き茂みの傍の歩道に落ちた。
「なんだ?
 誰かいるのか?」
「どうした?」
「いえ、あそこの繁みから何かが飛んできたようです。」
「よし、行って見よう。」
声は巡回中の警察官だった。
春彦は、さすがに華枝をその場に置いて立ち去る訳に行かず、また、気を失っている男が意識を取り戻し、華枝にまた変なことをしないように、頻繁に巡回するようになった警察官の気配を探していたのだった。
そして、運のいいことに近くに警察官の気配、拳銃や警棒のこすれる音を感じ、注意を引いて華枝の方に誘導し、自分は、音もたてずにその場を後にした。

警察官が茂みの中をのぞくと、華枝が倒れているのと、その近くに中年の男が作業着を脱ぎシャツ一枚で、しかも、ズボンのチャックを下げた状態で倒れているのが見えた。
その光景は、どう見えても中年の男が女子高生に乱暴しようとして、何かの弾みに気を失ったとしか見えなかった。
「おい、きみ。」
一人の警官が華枝に声をかけると、華枝は“う~ん”と声を漏らした。
「こっちの娘は大丈夫みたいだ。
 そっちは?」
中年の男に声をかけ揺さぶっている警官に声をかけた。
「おい、おまえ、大丈夫か?」
警官は、男の胸に耳を当て、すぐに左手の脈拍を確認した。
「おい、こっちはまずい。
 心肺停止だ。
 心臓マッサージするから、早く救急車の手配を。」
「わかった。」
警官の一人が大急ぎで男に心臓マッサージを施すと、すぐに男の心臓は動き出し、口からくぐもった声をもらした。
「おい、大丈夫か?」
警察官が、男の顔を覗き込むようにして尋ねると、男は薄目を開け、頷くと、また大人しくなった。
いつの間にか応援の警察官が駆け付け、俄かにその場は、昼間のようにぎやかになっていた。
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DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
それからしばらくしたある金曜日の夜のこと。
いつものように春彦の部屋で話していた陽介は自分の部屋に戻るため、部屋のドアに手をかけた。
「そうそう、春彦、今夜は雨が降るってさ。
 水しぶきをまき散らせて走る超絶ばあちゃんにならないようにな」
そう言うと笑いながらドアを開け手を振って出て行った。
「ありがとな。」
春彦は、その後ろ姿を見送りながら、つぶやいた。

時計を見ると夜の8時近かった。
美穂子は既に会社から戻っていて、美穂子の部屋から音楽が微かに聞こえていた。
それも春彦でないと聞こえないほどの音だった。
「ふぅ…。」
春彦は、軽く息を吐きだすと、自分の中から、いつもの凶暴な自分が目を覚ましてくるのを感じていた。
(もう、妄想相手に組み手をやっても、治まらなくなって来たな…。)
そう思いながら黒っぽい半そでのTシャツとジャージの下に着替え、春彦はまるでネコ科の獣のように音もなくアパートを出て公園に向かって走り出した。

夜だったが、空は重たい雲に覆われ、いつ雨が降り始めてもおかしくなかった。
そしていつものように、ジョギングコースを走り始めたが、時間が早かったのか、また天気を気にして早めに来たのかジョギングコースにはいつもの倍以上にランナーが走っていた。
さすがにいつものように自分のペースでは走れず、春彦は3周くらいでジョギングコースを外れた。
公園の奥の木々が茂っている方に行くと、やはり時間が早いのか、または、治安が良くなったのか家路を急ぐため公園を突っ切る人の数も増えた気がした。

「……。」
「……。」
春彦は、近くの茂みの方で男女の言い争うような声が聞え、そっとその方向に近づいて行った。
「お前、一体なにしたと思っているんだ。」
「…。」
「万引きなんかしてさ。
 わかってる?
 万引きって犯罪なんだよね。
 警察に突き出そうか?
 それとも学校に連絡してやろうか?」
そう言う男は片手に手帳のようなものを持ってひらひらと揺らしていた。

春彦は気が付かれないように、茂みの中をのぞくと、中年の男と、高校生くらいの学生服を着た女の子が見えた。
話の内容から、その女子高生が万引きしたのを見咎めた中年の男が何やらよからぬことを考え、女子高生を暗がりに引っ張り込んだようだった。
「その手帳、返して!」
男が手に持っていたのは、その女子高生の学生証が入っている手帳だった。
「おーっと、そうは行かねえよ。
 ここに、自宅の住所や電話番号も書いてあるじゃねーか。」
「返して!」
女子高生が男の持っている手帳に手を伸ばして取り返そうとしたが、男は上手によけ、逆に手を取り、後ろ手に絞り上げた。
「痛い!」
「まあ、そう急かさない、急かさないって。
お楽しみは、これからだから。
 ね、華ちゃん。
 お前、華枝って言うのか。」
「手を離してよ!」
華枝と呼ばれた女子高生が身をよじったが、男は絞っている手に力を入れ離さなかった。
「痛い!」
絞り上げられ女子高生は悲鳴を上げた。

「おーっと、大きな声を出すんじゃねぇよ。
 俺は、こう見えても怖い人たち知ってるんだよ。
 そいつらにお前のことを話せばどうなると思う?
 お前の家族なんか、行方不明になり、お前もどこかに売り飛ばされるぞ。」
男は声のトーンを下げ、ドスの効いた声で脅しにかかった。
その声を聞いて、華枝は大人しくなった。
「そうそう、それでいいんだよー。
 やさしくしてやるからなぁ。」
男は、華枝の締め上げている腕を外し、そのまま、後ろから抱きしめた。
「くっぅ……。」
華枝は涙を目にいっぱいため、唇を血が出るくらい噛みしめていた。

「うひひひひ
 下はふかふかの芝生だからね。」
男は明らかに興奮していて、意味の分からないことを口走っていた。
そして、力任せに華枝を芝生の上に押し倒し、男は自分の着ている作業着を脱ぎ始めた。
華枝は、うつ伏せで肩を震わせていた。
“バキッ”
男が作業着を脱いだ時、茂みの中から春彦が湧き出たように男の前に立った。
「ん?」
男は凄みをきかせて春彦を睨もうと、春彦の顔を下から見上げるように見上げた。
「はっ、えっ?」
春彦は、すでに人の顔ではなかった。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
美穂子は美由紀の前に数字の「1」を似せて人差し指を立てた。
「まずは、怪人ランナー。
 なんでも、普通に走っていたら、後ろから行き成り黒っぽい服装のランナーに抜かれるんだって。
普通なら足音が近づいてくるからわかるんだけど、足音も気配もなく、そして、今抜かれたと思ったら、半周もしないうちにまた抜かれるらしいわよ。
しかも、その抜かれた人ってゆっくりジョギングしているジョギング愛好家じゃなくて、ばりばりの現役陸上部で、トレーニングで真剣に走っていたんだってさ。
それが、1周のうちに2回も抜かれるって、人間には無理だろうって話よ。
可哀想に、その追い抜かれた陸上部の子、自信喪失で塞ぎ込んじゃったんだって。
また、その怪人ランナー足が地面から10㎝位浮いていたって目撃者もいるんだって。」
「えー、それって、もしかして、おばば?」
美由紀が素っ頓狂な声で言った。
「なによ、それ。」
「昔、お父さんが読んでいたマンガで、おばあちゃんの幽霊がすごい勢いで走っていくって面白いマンガがあったの。」
「美由紀ぃ、何言ってるの。
 これは、怖―い、怖―い、怪人のお話しなのよ。」
美穂子は、半分呆れた顔をしていた。

その時“ガリッ、ガリガリ…”と氷が砕かれる音が聞えた。
陽介が音のした方を見ると、春彦が飲んでいたコーラのコップに入っていた氷を口に頬張り無表情に齧っていた。
“ガリ、ガリ…”。
その音で、美穂子も美由紀も一瞬気を取られ黙ったがすぐ美由紀が口を開いた。
「でも、襲われた人、いないんでしょ?
 それに驚いて怪我した人もいないんでしょ?
 よっぽど、おばあちゃんが走っていた方が怖いわよ。」
「もう…。
 それはそうだけど…。」
美穂子は口ごもったが気を取り直したように口を開いた。

「じゃあ、これは?
闇夜に舞う笑い男。」
美穂子は今度は数字の「2」に似せて人差し指と中指を伸ばした。
“ガリッ!”
春彦の氷を噛む音が、さらに大きくなった。
それを聞いて、美穂子が春彦の方を向いた。
「春彦~、どうしたのかな~?
 怖くなって、氷をかじる力が強くなったのかな~?」
美穂子は、春彦が怖がっていると勘違いしニヤニヤ笑っていた。
「いや、別に…。」
そう言う美穂子に、春彦はそっけなく答えた。

「まあ、いいわ。
それでね、ジョギングコースから外れた暗い茂みの方に出るんだって。」
「まあぁ。」
「ほんと、ほんと。
 黒いタキシード姿、黒いシルクハット被った長身で細身の男。
顔は、眼が半円の様なこんな目で。」
そう言いながら美穂子は、眼の辺りに山の様な半円を描いて見せた。
「それでね、口はこんなⅤの字で」
美穂子は自分の口の辺りに鋭角なⅤの字を描いて見せた。
「それでね、踊るようにゆらゆらと闇夜に浮かんで、声にならないような笑い声を上げてるんだって。
 それで、その声を聞くと、みんな心臓が締め付けられ、弱い人だと心臓が停まっちゃうんだって。」

「ねえ、美穂子さん、それって西洋の伝説に出て来るマンドラゴラとごっちゃになっていない?」
陽介がおかしそうに口を挟んだ。
「あ、それ私も知ってる。
 植物で、引き抜くと人間の様な顔をして悲鳴を上げるんでしょ?
 それで、それを聞いた人間は死んじゃうって言う。」
美由紀も面白そうに口を挟んだ。
美穂子は、怖がらせようとして話した話が、美由紀と陽介の笑いを誘い、拍子抜けをして春彦の方を向いた。
「春彦は、どう思う?」
「え?」
「“え?”じゃない。
 本当にいると思う?」
「うーん、どうだろう。」

春彦は、美穂子の話が自分のことだとわかり、苦虫を噛み潰した顔をした。
(確かに、他のランナーをぶっちぎったよ。
 茂みの中で、エアー乱取りをやってたよ。
 それが、走るばあちゃんに笑い男か…。)
ポンと肩を叩かれ、顔を上げると陽介が面白そうな顔をし
「ドンマイ!」
と笑いながら言った。
陽介は、夜な夜な春彦がジョギングをしに公園に行っているのを知っていた。
ただ、単に走るだけとでしか思っていなかったが…。
「ほっとけ。」
春彦は、苦笑いをして答えた。
(今度は時間帯ややり方を考えなくちゃ…)
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
春彦が公園から歩いて帰って来ると、アパートの前に陽介が立っていた。
「春彦、何やってたんだ?
 こんな夜遅くに。」
「え?
 ああ、なんか最近身体がなまって、ジョギングしてきたんだ。」
「あそこの公園か?」
「ああ。」
春彦はにこやかに答えた。
その顔を見て、陽介は何かほっとした気分となった。

「でもさ、なんか公園の方が騒々しいけど、どうしたか知ってる?
 パトカーや救急車がけたたましくサイレンを鳴らして走っていったけど。」
「ああ、俺も帰る途中ですれ違ったよ。
 救急車や消防車、それにパトカーが数台。
 何か事件でもあったのかな。」
「ほら、だからあそこは夜は危ないって言っただろ。」
「でもさ、ジョギングコースは街灯があって明るいし、それに、数人、走ってたよ。」
「そっかぁ?
まあ、確かにジョギングコースは、明るいし大丈夫か。」
陽介は少し考え込むように言った。

「あ、ジョギングの話、美由紀さんには内緒な。」
「え?
 なんで?」
「だってさ、美由紀さん、きっとそんな時間に危ないからダメってすごく心配すると思うから。」
春彦は鼻の頭を掻きながら言った。
「まあ、そうかもな。
 わかったけど、春彦もあまり、なっ。」
陽介が春彦のことを気遣っているのが、春彦には良く判っていた。
「ああ、危ないことはしないよ。
 さて、シャワーを浴びて、寝っと。」
そう言って、春彦は陽介に手を振って玄関のドアに手をかけた。
「ああ、お休み。」
陽介の声に、もう一度春彦は手を振り玄関の中に入っていった。

その後も、春彦は毎晩のようにこっそりとアパートを抜け出し、公園に通っていた。
そして1ヶ月も経たないある夜、事件が再び起こった。
前回の強盗と同じように、巡回中の警察官がジョギングコースを外れた暗がりの道で下半身裸で立ち尽くしながら失禁、口からは「エケエケ…」と意味のない言葉を漏らしている中年の男を発見した。
声をかけながら近づくと、同じようにその場で倒れ込み、痙攣をおこし危険な状態に落ちっていた。
すぐに救急車で病院に運ばれ、事なきを得たが、ショックによる心臓麻痺だった。
男は、痴漢の常習犯で、取り調べに素直に応じ、全てを白状したが、やはりその夜のことを
家を出て公園の茂みに隠れたところまでで、それ以降のことは一切覚えていなかった。
前回の強盗と同じように、自分が今までに犯した悪事を反省しながら自ずら率先して全て語ったことも特筆されることだった。

「でも、あの公園で何が起こっているのかしら。」
美由紀が不思議そうな顔で言った。
日曜日の昼間、春彦と美穂子は美由紀に誘われ、陽介も混じって、美由紀の家でランチをしゃれこんでいた。
美由紀はいつものように茶色の髪をポニーテールにして、ぴっちりと体の線が出るジーパンにプリント柄のTシャツというラフな格好だった。
「でも、結構治安が良くなったんだって。
 あの2件の被害者は、強盗に痴漢だったんだって。
 だから、悪いのがビビッて近づかなくなったって噂よ。」
美穂子がフランスパンを齧りながら言った。
美穂子は、夏に向かってと言って美由紀と同じ茶色の髪をショートし、やはりジーパンにTシャツというラフな格好だった。

「そうそう、それに、警官の見回りも増えたんだって。
 だから、今じゃ1日中安全だって話だよ。」
陽介が利いた風な口をきいた。
「ええ?
 陽ちゃん、その話誰から聞いたの?」
美由紀が疑いの眼差しで陽介を見た。
「え?ええ…。」
口籠る陽介を後目に美穂子が口を出した。
「その噂、私も聞いた。
 ほら、いつも買いに行く酒屋さんの看板娘の、えっと、華ちゃんだっけ?
 その子が言ってた。」
美穂子はニヤニヤしながら陽介を見た。
「へえ、そうなんだ。」
「でも、その代わりに、出るって噂よ。」
美穂子は悪戯っぽい顔をして言った。
「出るって?
 何が?」
「やーね、美由紀ったら。
出るって言ったら、あれよ。」
「何よ。」
「しょうがないな、教えてあげる。」
美穂子が得意げな顔で話し始めた。
DATE: CATEGORY:第9章 クロスロード
和彦がアパートに向かって歩き始めると、草むらから二人組の男が飛び出して来た。
二人組の一人は、刃渡り10センチくらいのナイフを持っていた。
「ちっ、ジャージ姿じゃん。
 金持ってないんじゃない。」
ナイフを持っている一人が舌打ちした。
「仕方ねえな。
 なあ、金持っていないなら、裸に引ん剝くってどうか?」
「ああ、よく言うよな。
 俺見たことないから、面白いかもな。」
「ということで、悪けどさ、金持ってる?」
春彦は静かに首を横に振りながらうな垂れた。
「じゃあさ、悪いけど、裸になってくんない?
 そのジャージ売れるかわかんないけどさ。」
手にナイフを持っている男は、春彦が完全に怖がっていると思い込み、その手に持ったナイフをちらつかせながら春彦に詰め寄った。
「それが嫌なら、家に帰って金を持って来てくんないかな、
 バックレようとしても、顔、よーく覚えたから、逃げられないぜ。」
普通なら震え上がるほど、一人が凄みをきかせて言った。

二人組の男たちが1,2歩春彦に近づいた時、がばっと春彦は勢いよく顔を上げて男たちを見た。
春彦と目を合わせた二人組の男たちは、猛獣に出くわした子羊のように、瞬時に自分たちの死を迎い入れた。
男たちを見ている春彦は、その目の黒目と思われるところにぽっかりと穴が開いていて、光というものが感じられなかった。
そして、まるで新月のように口の両端が吊り上がっりまるで笑っているようだった。
何よりも春彦から発せられている猛獣よりももっと恐ろしい、悪鬼、悪魔の様な波動が二人の心臓をがっちりと掴み、今にも握りつぶそうとしているようだった。
二人は、まるで悪魔の呪文にかかったように、呼吸もするのを忘れ、その場に凍り付いた立ち尽くすしかなかった。
その二人に、春彦は音もなく1歩1歩と近づいて行った。
「…に……。」
春彦の口から何かことばが漏れたが、二人組は動くことが許されていなかった。
そして、春彦が何か行動を起こそうとした、その時、懐中電灯の光とともに声が聞えた。

「そこ、何しているんだ!!」
声を発したのは、自転車を押していた巡回中の二人の警官だった。
警官の声が聞こえ、春彦は二人の眼から目を離さず、不気味な口元を見せながら、音もなく後づさりするように、暗闇に溶け込んでいった。
「おい、そこで何やっているんだ!」
二人の警官は自転車のスタンドを立て、2人組の男たちに走り寄って来た。
「おい!」
変事のない二人組に声をかけ、肩を叩くと、ナイフを持っていない方の男が、まるで糸の切れた人形のように、ドサッという音とともに、その場に倒れ込んだ。
もう一人のナイフを持っている男も、ナイフを握ったまま、へなへなと腰を抜かしたようにその場に座り込んだ。

警官の一人は、その手のナイフを見つけた。
「おい、お前、そのナイフは何だ。
 そーっとそこに置け。
 バカなこと考えるんじゃないぞ。」
そう言ってもナイフを持った男は、そのまま、動かなかった。
何か異様な雰囲気を感じた警官は、そっと男の手を掴み、ナイフを取り上げた。
しかし、男は放心状態で一切抵抗せず、また、その場で失禁し、座っているところを中心に水たまりが出来ていった。
「お…い…。」
警官は、あまりの事態にその男を見つめるだけだった。

「おい、たいへんだ。
 こっちの男は、呼吸が止まっている。」
「なに?」
慌てて警官は倒れ込んだ男を上むきにし、呼吸と脈の確認をあわただしく始めた。
「おい、脈もないぞ。」
「心臓マッサージをしよう。」
「俺は、応援と救急車を呼ぶ。」
それから、公園にパトカーと救急車が駆け付け、一時騒然となった。
結局、心臓が止まっていた男は、警官の迅速な心臓マッサージの甲斐があって蘇生し、そのまま。救急車に乗せられた。
もう一人の男も、失禁したまま心神喪失状態で、とても事情が聞けそうまなく、仕方なく、一緒に救急車で搬送された。

「おい、一体何が当たんだ?」
パトロールをしていた警官の上司の警官が二人に尋ねた。
「いえ、何か声が聞えて、近づいたらすでにこんな状態で。」
「でも、確か、もう一人いたような気がします。
 あの二人組が、その者を恐喝しているように見えたんですが…。
でも、どこにも痕跡が無くて、気のせいなのかなぁ。」
警官の一人はキツネに摘ままれたような顔をしていた。
「しかし、外傷もなく、争った形跡も、ましては変な薬剤の匂いもしないしなぁ。」
「それに無臭の毒ガスでしたら、近づいた私たちも無事ではないはずですし…。」
現場にいた警官が不思議そうな顔をして言った。
「一応、この辺りを細かく見てみよう。」
「はい。」
それからしばらく、公園のあちらこちらで警察官の懐中電灯の明かりが乱舞していたが、結局何も見つからなかった。

後日談になるが、二人組の強盗は回復した後、警察の取り調べに素直に応じ、今までも余罪含め、全て自白したが、あの夜のことは一切記憶になかった。
二人を診た医師の話でも、考えられないがあまりの恐怖に記憶の一部が欠落したのだろうということで、結局、その場で何があったのか誰も知ることが出来なかった。

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